「………?」
「会長?」
「ドアが開いているわ」
ゲーム開発部の部室へと近づいたリオは部室のドアが開いていることに気がついた。さらに中からは激しい物音も聞こえる。
「まさか戦闘が?」
エリカを妨害し、リオたちに合流したトキが部室内でアリスが暴れているのではないかと考え、即座に戦闘態勢を取ろうとするが、すぐにそれは杞憂であるとわかった。
「いい加減にしてよ!アリスのわからずや!」
「……わからずやはモモイのほうです!アリスは、アリスはみんなといちゃいけないんです!」
リオ、トキ、アカネに届いたのは明らかに喧嘩をしているとわかる声だった。さらに3人が耳を澄ませば、物音も取っ組み合いをしているのがわかる音で、アカネが慌てて駆け出した。
一先ず危険性はないと判断して、リオとトキもアカネに続いて部室の入り口の前に到達する。
「アリスちゃん!モモイちゃん!何をしているんですか!?」
アカネが入り口の前に立つと、中ではただでさえ雑然としているゲーム部の部室内は荒れ放題だった。激しい取っ組み合いをしたのかテーブルや椅子は倒れており、部屋の隅でユズはどうすることもできず縮こまっており、ミドリも止めることができなかったのかあわあわと手が空で浮いている。
アリスとモモイは、モモイがアリスに馬乗りになり、二人は互いのほっぺたをつねりあっていた。
突然アカネが現れたことで喧嘩をしていた二人も部室の入り口を見て固まった……が、すぐに無視して喧嘩を再開した。
「あれはアリスがやったわけじゃないのはわかるじゃん!エリさんは怪我しちゃったけど、アリスのこと責めてなかったでしょ!?」
「でも!一歩間違えればエリカはアリスが…!アリスは、勇者でもないです…!きっと、きっと、誰かを傷つける魔物なんです!」
「違う!絶対に違う!」
「違くありません!」
殴り合いにまで発展しないのは二人の性格があってのものだとリオとトキを除くこの場にいる全員が思うも、このままいけば可愛い喧嘩で済まなくなるのは明白だった。たまらずアカネが部室へと足を踏み込む。
「やめなさい!二人とも!」
「アカネ…!」
「アカネ先輩!アカネ先輩からも言ってよ!?アリスが自分を魔物だとか、兵器だとかわけわかんないことを言うんだよ!」
モモイの目尻には涙が僅かに見え、アカネは狼狽える。何がどうしてこのような状況になったかはアカネにはわからない。だが、モモイはただただ純粋に、アリスという友人が過ちを犯したからと過剰なまでに自らを追い込むことを許していないことはわかった。
「と、とにかく、二人とも離れてください」
アカネはひとまず、リオが話をするためにもこの場を落ち着かせる必要があった。しかし、アカネの言葉に二人が従うよりも早く、リオがアカネの横にやってくる。
「天童アリス。あなたは自己分析が出来ているようね」
「………誰?」
突如現れた先生とはまた違う、女教師のような風貌のリオにモモイは怪しむような目線を向ける。リオは少なからず自治区の生徒に認識してもらえない悲しみに心理的なダメージを受けつつも話を続けた。
「私は調月リオ。セミナーのリーダーをしているわ」
「……会長…!?」
部長を務めているユズはリオの顔を当然覚えている。その彼女がC&Cを従えてやってきた。ユズは顔を青くする。アリスでないアリスがしたことはシャーレという連邦生徒会組織の部員に大怪我を負わせ、エンジニア部の部室にも大損害を与えたのだ。
そんな生徒がいるところに学校の、自治区のトップが現れる。ユズからすればもはやこれは死刑宣告が歩いてきたと思ってもいい状況だった。
「セミナーの…!?お、お姉ちゃん…!」
ミドリも慌ててモモイに声をかけるが、怒って冷静でないモモイからすれば、リオの介入は許せないものだった。
「あなたたちには関係ないでしょ!」
「関係はあるわ。天童アリスがしたことは実質連邦生徒会への宣戦布告にも等しい。私はミレニアム自治区の長として、天童アリスを放っておくことはできない」
「あれはアリスがやったわけじゃない!」
「いいえ。結果は既に出ている。天童アリスという生徒が、シャーレの部員に大怪我をさせた。それは覆しようがない事実。本人も認めているように見えるけど」
冷たく一方的に言い放つリオにモモイは反抗的な目を向ける。ミドリはたまらず姉を制止しようと動きかけたが、その前に再びリオが口を開いた。
「天童アリス。あなたはどう思っているのかしら。”ミレニアムの生徒として”の回答を期待しているわ」
その一瞥は間違いなく自治区の愛すべき生徒を見ているもので、アリスはリオが断罪のために来ているのではないことを悟る。その前に話を聞かせてほしい。リオはそう言っているとアリスには感じられた。
「………モモイ、退いてください」
「嫌だ」
「……アリス、リオ会長と話がしたいです」
直感的に、モモイはここでアリスから離れてはいけない、そう思った。だが、新たに入室してきたトキに強引に脇へ手を入れられ持ち上げられた。
「ちょっ!?なにすんの!?離せーっ!」
「………暴れないでください。会長と彼女の話を邪魔するようであれば、排除します」
「お、脅し!?アカネ先輩!なんなのこの人!?」
アカネは答えない。どこか苦しそうなアカネの表情に、モモイはわけがわからなくなった。
モモイが退けられたことで、アリスは立ち上がる。俯き気味で、まるでこれから罪を言い渡されるのを待っている罪人のような姿に、さしものリオもここまで自罰意識が強いのかと驚く。
「(……兵器としては欠陥すぎる。彼女はやはり、AL-1Sそのものではない?)」
何をどうして、このような至って普通の少女の人格が形成されているのか。リオは意味がわからず、困惑する。人類に敵対的な存在であるのならば、絶対にあり得ない様子であり、僅かに躊躇いがリオにも、ささくれのように生まれていた。
「アリスは……人を傷つけました」
しばらくの沈黙の後、アリスの告白が始まった。もしトリニティの生徒が今のアリスの姿を見れば、間違いなく懺悔をしていると思ったであろう。
「その人は、勇者でした。先生のように、誰にも優しくて、誰をも助ける、すごい人でした」
アリスが思い起こしたのはミカとエリカと共にミレニアム内を回ったアイデア探しの時のことだ。アリスが道ゆく生徒に何かを頼み事をされて、解決しきれないときはエリカがアドバイスをし、場合によっては代わりに解決もしてみせていた。
見返りも求めず、助けた人の笑顔を見て同じく笑顔になる。その姿はアリスにとって、憧れる勇者像の一つとして映った。
そんな人物が、命を賭してアリスを止めようとし、結果として大怪我をさせてしまった。アリスは生まれて初めて、誰かを深く傷つけた事実が——奈落に落ちたかのように恐ろしかった。
「その人は、アリスを見つけてくれた人の大切な人でした。なのに、アリスは、傷つけたのに、謝ることもできませんでした」
「あなたはどうしたい?」
「謝りたいです。そして、アリスは……もう二度とあんなことをしないように、みんなから離れたいです」
正体不明のチカラ。制御できるかもわからない。何よりアリスはエンジニア部に持ち込まれたあのロボットを「知っていた」という事実を認識し、自身が生徒ではないということもうっすらと自覚している。
「そもそも、アリスはミレニアムの生徒ではありませんでした」
「……えぇ、そうね。あなたの学籍は偽造されたもの。それはセミナーでも把握している事実よ」
リオが持っていたタブレットの画面をゲーム開発部の面々に見せる。アリスの学籍情報が映っているが、経歴もなく自宅の所在地や緊急連絡先もない、不自然な表。まるで存在しないデータを強引に入れ込んだかのようなブランクだらけなそれはアリスが不正に入学した生徒であることが一目瞭然だった。
「アリスは、ここにいてはいけないのですね」
「ユウカやノアのように、絆されて目を瞑るような真似を私はしない。原理原則からすれば、今この場で学籍を処分し——相応の対応をしなくてはならない」
相応の対応。それが意味することはゲーム開発部の全員が推測できた。C&Cの成り立ちもゲーム開発部は知っている。一度戦ったがために。
リオを主人とするミレニアムの掃除屋。この自治区を守る存在。
「……あ、アリスちゃんは、この部の、部員です…!」
最悪の結末を想像し、ユズが衝動的に立ち上がる。体は震えきっていたが、それでも目だけは真っ直ぐリオを見ていた。リオはユズに一瞬だけ目を向けるも、すぐにアリスへと視線を戻す。
「それは、残酷な真実を知っても言えるものなのかしら。天童アリスを部員と、友人と」
「残酷な、真実?」
ミドリが、繰り返す。知ってしまえば引き返せない。そんな予感がミドリにはあった。
リオは自らが知る事実を告げる一糸の間に、僅かな躊躇いを感じた。だが、その躊躇いはささくれのようなもので、触れなければ痛みを伴わない。
「天童アリス——いいえ、これはAL-1S。あなたたちも見た、不可解な軍隊を率いる指揮官。この世界に敵対的な、兵器。生徒でもない存在。つまりは、あなたたちに馴染み深い言葉を使うのであれば、世界を滅ぼす魔王。それが、あなたたちが天童アリスと呼ぶモノの正体」
澱みなく告げられた事実が、部室内の空気を重く苦しい、澱んだものへと変えていく。
「生徒でない存在のはずのあなたに何故ヘイローがあるのかはわからない。でも、これが事実」
「……そんなっ、妄想みたいなことあるわけないじゃんっ!」
「才羽モモイ。では、あなたたちはどこで、コレを見つけたの?」
「それは、廃墟で」
「あの廃墟は立ち入り禁止の区画。何故だかわかる?」
「それはロボットがたくさん暴走してるからでしょ」
「いいえ、アレは”護っている”のよ」
リオの視線がアリスに向けられ、再びモモイに戻る。
「そんなはずない!だって、あのとき脱出する時も、私たち襲われた!」
「そうね。”天童アリス”はAL-1Sではない。それは事実でしょう」
「じゃあアリスは魔王じゃないじゃん!」
「あなたたちが天童アリスと呼ぶのはAL-1Sのソフト面の一部でしかない。彼女の兵器の指揮官としての力は未だにハード、ソフト共に健在」
「だったらアリスの中にいるそいつをやっつければいいじゃん!」
「そうね。そうするつもりよ」
「やっぱりそうじゃ……あれ?」
まるで今まで並行して走っていたはずが突如交錯したかのような事故的な感覚がモモイ、そしてリオを襲った。明らかにまだこのミレニアムでは芽吹きを迎えていない卵のはずのモモイと意見が一致する。リオは驚きと共に感心する。自らの目的を言う前に当ててみせた、と。
アカネも、まさかモモイとリオの意見が一致するとは思わずポカンとしてしまった。
「あなたはおそらく、こう思っていたのでしょう。私が、天童アリスのヘイローを破壊すると」
「当たり前じゃん!さっきからまるでアリスのことを悪者みたいに!」
「事実として、最初はそのように考えていたわ」
リオの告白は間違いなく殺人を考えていたというものであり、ユズとミドリは平然と話すリオに恐怖し、アリスはやっぱり、と俯く。モモイだけはトキに掴まれたまま暴れる。
「何言ってるか分かってるの……!?」
「えぇ」
「それって、アリスを……!それがなんで」
「学籍を偽造した生徒として、当然、彼女は監視対象だった。日々、C&Cからの報告や監視カメラで彼女を観察していた」
「覗き魔じゃん!」
「否定はしないわ」
モモイの思った傍から発せられる罵倒をリオは否定しない。事実を否定したところで合理的でないからだ。
「日々上がってくる報告、そして観察の結果から、私は次第に天童アリスという存在がミレニアムの生徒に適うものだと思い始めた。最初はあり得ない、と思っていたけれど」
アリスのクエストと称されるフィールドワークの多さ。内容はともかく、そのクエストはリオですら関心するものだった。無知故に、その無知を理解しより刺激と知識を求め奔走する。シャーレの先生の助けはあれど目の前の問題を解決しようと貪欲に挑んでいく様は、まさにミレニアムサイエンススクールの模範生としか言えない。
そして、アリス自身の兵器としてはありえない愛嬌が多くのミレニアム生を変え、学園内の空気は不思議とアリスのおかげで柔らかな物になりつつあった。その変化は決して停滞を生むものではなく、柔軟な思考の始原となって、リオの友人も影響され、リオ自身にもレールガンという開発物を模倣させてみせた。
「認めましょう。天童アリス。あなたはまごうことなきミレニアムサイエンススクールの生徒であり、この学舎で学ぶ資格を持つ学徒の端であると」
「……リオ会長……」
アリスが顔を上げ、リオを見上げる。死刑台へと送られるどころか、学園一の天才から認められるという栄誉以外の何物でもない言葉に、アリスは戸惑いと嬉しさを隠せていない。
リオは決して、お世辞でこれらの言葉を語ったわけではなかった。結果と事実をまとめ、発しただけに過ぎなかった。
「だからこそ、あなたをこのまま放っておくわけにはいかない。あなたの身柄を預からせてもらう」
「え?」
ここに来た目的をリオはようやく口にする。
「アカネ」
「はい」
アカネがアリスに近づき、彼女をはがいじめにした。
「あ、アカネ!?」
突然拘束されたことにアリスはわけもわからずアカネの名前を呼ぶが、アカネは苦い顔をしたまま、命令を忠実に実行する。
「このままあなたがその愛嬌を武器にここにい続ければミレニアムの多くの生徒が絆され、取り返しが付かなくなった時、多くの生徒はあなたを守ろうとする」
「離して!アリスをどうするつもり!?」
「暴れないでください」
「ぐっ、い、いた」
「お姉ちゃん!?」
トキの細腕から万力のような力がかかり、モモイは強制的に黙らされた。痛みに表情を曇らせる姉に、ミドリは叫ぶ。
「やめてください!どうしてこんなこと!」
「どうして?理由は今言った通りよ」
「会長はアリスちゃんを認めるって!」
「……認めたからこそ、天童アリスという生徒をそのままにはしておけない。彼女を拘束し、分解し、解析し、安全とわかるまで離せない」
「ぐぅ、うううっ、そ、それは、いつまで」
痛みに悶えながらもモモイが問う。トキは大した胆力だと驚いた。
「いつまで?それは脅威がなくなるまで」
「その、見通しがいつまでだって」
「——期限はない。簡単に済めばすぐに。そうでなければ、新たな難題として天童アリスは残るでしょうね」
「私たちからアリスを奪うってことは変わらないじゃん……!」
「……彼女をこのまま放置すれば、あなたたち自身もいずれ消え去る。まさか、死んだ方がマシ、とでもミレニアム生であるあなたが言うつもりかしら?非合理よ」
「言わせておけば生徒会長だからってぇ!」
モモイがじたばたともがくが、トキの拘束は決して解けない。それでもモモイの目は諦めていなかった。アリスはモモイの目を見て、心の奥が解けていくような暖かさを感じた。アリスは物分かりがよかった。
目の前のリオの決定は決して覆らない。アリスのことを想って言ったとは思えないが、アリスのことをリオは否定しなかった。ミレニアム最高の天才の一瞥に宿るものが数式のような解を求めるだけでなく、非合理な”何か”を持っていると、アリスはわかってしまった。
「……リオ会長」
「なにかしら」
「会長は、アリスのこと、みんなのこと、助けてくれますか」
「その問いは定義によるわ」
「………リオ先輩は、シャーレが連邦生徒会の部活だから、もしアリスがこの前以上のことをしたときに、ミレニアムが連邦生徒会にとっての”魔王軍”にならないように、しようとしているんですよね」
リオは頷く。アリスはその反応を見て、今にも砕けてしまいそうなほどの笑顔を見せた。
「なら、お願いします。アリスが魔王になる前に。みんなが、魔王軍になってしまう前に」
「アリス!ダメ!行ったらもう、戻ってこれないかもしれないんだよ!?」
モモイの悲鳴のような言葉に、アリスは苦笑いを返す。
「モモイ。勇者のジョブは、モモイに譲ります。アリスが帰ってくるまで、預かっててくれますか?」
「預かれるわけないじゃん!何言ってんの!?」
「大丈夫です。モモイは、アリスよりも、もっと勇者です。今だって、ずっと瞳は、諦めずにメラメラと燃えていて」
「アリスちゃん!ダメだよ!」
ミドリもアリスに呼びかけるが、アリスは変わらない。アカネがアリスは逃れないと判断し、あえて拘束を解いた。
「ミドリ。ミドリは、いつも優しくて、困ったことがあったら助けてくれました。パーティーに必要な賢者でした」
「アリスちゃん、なんでそんなことを言うの…!?」
「それと、ユズ」
「アリスちゃん…」
「ユズは、ゲームがなんでも上手で、アリスたちが喧嘩したとき、優しく諭してくれて、ユズにしかこのパーティーのリーダーは務まらなかったと思います」
まるで今生の別れのように感謝を部員たちへと告げていくアリスに、さらにモモイは燃え上がった。
「なんで、これでお別れみたいなこと言うの!?こんなの最悪だよ…!バッドエンドだよ!クソゲーだよ!?アリスはそれでいいの!?私は嫌だ!」
「……アリスにとって、みんなが酷い目に遭う方がよっぽどクソゲーで、バッドエンドで、嫌です。だから……」
リオは既に目の前の悲劇を見届ける前に部室から出て、アリスを待っていた。明かりの点いていない廊下で、リオはアリスへ手を差し出す。
「だから、これでお別れです。もし、早く戻れたら、そのときはまた、仲間にしてもらえますか?」
「離してよっ!こんなの認められない!私は嫌だ!」
「お姉ちゃん……」
「モモイ…」
「アリス!私は怒ってるよ!なんなの今のセリフは!?こんなシナリオ私は認めない!」
モモイがトキを肘打ち、蹴るなど出来うる限りの抵抗をするも、トキにはまるで効いていなかった。モモイの絶叫に、アリスはただ「ごめんなさい」としか返せず、リオの手をとった。
そのままアリスは部室の入り口の見える範囲から連れられてしまう。それを確認したトキがようやくモモイを離す。モモイは銃を持って駆け出そうとするが、床に置かれた銃はトキが蹴飛ばした。
「なっ!?なにすんの!?」
「………会長の邪魔はさせません」
「むかつく…!何年だか知らないけどさっきから澄ました顔して!」
「私は一年生です」
「同級生なら余計にムカつく!どいてよ!」
「嫌です。…抵抗するなら、実力を行使しますが?」
「やれるもんなら——」
怒りのままにモモイがトキに掴み掛かろうとした瞬間だった。廊下からけたたましいまでのサブマシンガンの発砲音が響く。アカネが即座に部室を飛び出し、トキは目の前のモモイの腹部を殴り行動不能にして部室を離脱する。
「うぎっ」
「お姉ちゃん!」
「モモイ!?」
悶絶するモモイにミドリたちが駆け寄り、トキは部室を抜け出す。そうして現れた光景は驚きのものだった。エレベーターホールの先に3人分の人影があった。一人は小柄で両手にサブマシンガンを持ち、一部の意匠はトキと似通ったメイド服に身を包んだ少女。
もう二人はハイウェイで行動不能にしたはずの生徒のもの。
「……よぉ、リオ。久しぶりだな。なんでUMAよろしく、チビを連れてんだ?」
「ネル。あなたは呼んでいないはずよ」
「そうだな。だが、真後ろにいる不法侵入者どもを放っておけなかったからな」
非常灯の灯りに照らされたネルは凶悪な笑みを見せる。
ネルの背後。控えていたエリカが澱みない足取りでネルの横に並んだ。トキがハイウェイで相対した時とは装いが変わり、どういうわけか一般的なミレニアム生と同じ制服を身に纏い、汚れていた顔も綺麗になっていた。
「また会ったね」
「………まさか、あの状況から追ってくるとは」
エリカの様子は万全に見え、トキは怯んだ。リオは突如現れた障害に動揺はせず、アリスの手を握っている。
「調月会長。私は連邦捜査部シャーレ、草鞋野エリカです。初めまして」
「初めまして。調月リオよ。……今、ネルが不法侵入と言ったようだけど」
「そうだね。料金所…入管でちゃんと生徒証提示してないから」
「何の用でここに?」
「ゲーム開発部からの支援要請で天童さんに会いに」
「その様子だと、一歩遅かったみたいだけど」
アカネとトキはこのままではネルと、それと同等かもしれないエリカを相手にしなくてはならないと警戒し、たまらずリオの前へ出る。トキはリオから”武装”を与えられているが、この狭い空間では完全に真価を発揮できない。加えて、トキはエリカがハイウェイで見せた瞬間移動のごとき速度を知っている。
不意打ちならまだしも、正面からではいずれエリカは手を届かせると想像できた。
「アカネ。最近コソコソとしてたみたいだが、これが理由か」
「……先輩」
「言い訳はぶん殴ってから聞く。この前言った通りな。それにその新顔。先輩にツラも見せねぇとは、いい根性してんじゃねぇかよ」
ネルがトキを睨む。明らかな敵意であり、トキは僅かに怯む。体格は完全に優っているが、それ以上の何かをネルにトキは感じてしまった。
「ネル。彼女のことを話さなかったのは悪かったわね」
「気持ち悪りぃな。お前が謝るなんて」
「………彼女はコールサイン04、飛鳥馬トキ。私専属として用意した子よ」
「本物のメイドが欲しくなったわけか。いい趣味してるな」
「ネル。話すことはないわ。道を開けなさい」
「そいつはできねぇ相談だ。この後ろのバカ犬とバカウサギの話を聞く限り、なんでもアリスに会おうとしてるところを邪魔したらしいじゃねぇか。その新入りがよ」
「そうね。そうする必要があったわ」
全く臆すことなく自白するリオに、エリカは驚いた。同時に、エリカは悟る。
リオもまた、彼女の正義を以てエリカたちに相対していると。
「調月リオ会長。単刀直入にいいます。あなたの目的はなんですか」
「草鞋野エリカ補佐官。私の目的はこのミレニアムを守ること。それだけよ」
言い切ったリオに、ミヤコは理解する。今こそ、まさにエリカが常日頃から言い、FOX小隊から継いだ理念を試されている場面だと。
場の空気は少しでも刺激が入れば弾けてしまいそうなもの。そこに悶えながらもなんとか部室の入り口から顔を出したモモイがエリカたちの姿を見て、たまらず叫んだ。
「エリさん!会長たちを止めて!」
生徒からの願い。それを受けて、エリカは応えないわけにはいかない。空色というには深すぎる蒼の瞳が、リオへと向けられた。
「天童さんを離してこちらに」
「それは、シャーレの権限で?」
「はい」
「拒否するわ」
「……そうですか」
エリカのライフルを持つ手が動く。銃口が上がっていく。
「待ってください。エリカ」
「……天童さん?」
だが、上がり切る前に、アリスがエリカを止める。
「これは、アリスが望んだことです」
「天童さん、何を言って」
「おいチビ。リオに脅されてんのなら」
「脅されてはいません。ネル先輩」
アリスの表情は決して、言わされているわけではなく、自らの言葉を語っていることがエリカ、ミヤコ、そしてネルにはわかった。わかってしまった。
「リオ会長は、ミレニアムを救ってくれます。アリスはアリスのせいでみんなが先生と、エリカと戦うのは嫌です。会長はそれを、未然に防いでくれるんです」
「意味がわからない。おい、リオ。何をしようってんだよ」
「天童アリスの持つ危険な要素の排除。それがなされるまで、彼女は私のテリトリーにいてもらうわ」
「ようは解決できなきゃ一生監獄暮らしってことか?ふざけんじゃねぇ!」
ネルが激昂する。
「アリス!お前はそれでいいのか!?一生遊べなくなるんだぞ!?あたしから勝ち逃げするつもりか!」
「ごめんなさい、ネル先輩。でも、アリス、ネル先輩のことも大好きです。だから、アリスを——行かせてください」
「お前……!」
アリスの瞳は確かな覚悟を見せ、ネルを見つめていた。
「天童さん。本当に?あなたは、大好きな人たちと会えなくなってもいいの?」
「……エリカ。エリカには謝らなくてはいけません。大怪我をさせてしまって、ごめんなさい」
「別にあれぐらい大したことない。いつものことだよ。それより、本当に?アリスちゃんのその選択は——諦めたものじゃないの?」
エリカからの問いかけに、アリスは苦笑いするしかなかった。先生とは似ても似つかない容姿に、年齢も大人ではない。それなのに、エリカの言葉はアリスの心をズキズキとさせる。アリスの覚悟が揺らぎそうになる。
「決して、そんなことはないです」
だからアリスは嘘をついた。それが更に、アリスの心を苦しめる。迷惑をかけたエリカに嘘までつくことが、ひどく苦しかった。
「だからエリカも、その隣の人も、ここを通してください。きっと、リオ会長がこのあとのことはなんとかしてくれます」
「約束はできないわ」
「それでも構いません」
アリスが歩み出す。ネルの横を通り過ぎる。
「ふざけんなよ……!ワケがわからねぇ!あたしはバカだからよ…わかるように説明しやがれ!」
「アリスはただ、みんなを魔物に変えてしまう魔王だった。それだけです」
「くだらねぇ妄言吐いてんじゃねぇ!アリス!やっぱりお前を行かせるわけには——ッ!?」
ネルはアリスを行かせられないと彼女に振り向き手を伸ばそうとするが、突如背後にトキが現れた。まるで、そうするのが読めていたかのように。
「ガッ…!?このっ…!」
手首を掴まれ、締め上げられたがネルは後頭部でヘッドバッドを狙うが、トキは即座にネルを離すと、エリカも見たことがないタイプのアサルトライフルを構える。ネルは回避しようと動くが、その先に向けて銃弾が放たれ、リノリウムの床はえぐれた。
「なっ…!?」
「あなたの動きは見えています。美甘部長」
「あたしが、こんな新米に読まれた!?」
「ネル。あなたではトキに勝てない。そして、草鞋野エリカは動けない」
どういうことか、エリカが問いかけようとしたところで、アカネが懐から取り出したのは何かのスイッチだった。
「草鞋野さん。抵抗をすればこのスイッチを押します」
「まさか」
「ゲーム開発部の入り口に爆弾を仕掛けました。……押したくはありません。ここはお引き取りを」
エリカは歯軋りするしかなかった。ここで手を出そうものなら、リオたちの更に背後にいるゲーム開発部のメンバーにも危害が及ぶ。それはアリスの望むところでもない。
「アカネェ!ふざけてんのか!?」
「ふざけてはいませんっ…!」
「いつもメイドとは主人の間違いを正す者とか言ってやがったが、口だけかよ…!」
「……ぐ……っ」
苦渋と言っていいアカネの表情に、ネルも苦い顔をする。デリケートな判断が必要な状況に、ネルは身動きができない。
エリカも同様であり、ミヤコも人質を取られ、かつ実際の戦力はネルとミヤコしかないとなると、手出しができなかった。
「さようなら。……機会があればまた会いましょう」
リオがエリカたちを通り過ぎ、待っていたアリスを連れていく。アカネとトキは警戒体制のまま、ネルたちに銃口といつでもスイッチを押せる指元を見せつけ、通っていく。ネルの体は今にも爆発しそうなほど震えていた。
エリカたちの背後でエレベーターが到着し、アリスたち4人はこのフロアから立ち去っていく。
「ぐっ、ぐぐぐぐぐっ……!ふざけんなぁあああああっ!」
ネルが廊下の壁を怒りのままに殴り、壁にはすり鉢状にヒビが入る。やり場のない怒りはどうしようもなくネルの中で業火のようにうねっていた。
「…………」
「草鞋野先輩、これから、私たちはどうすれば」
「…………」
「先輩…?」
ミヤコの隣で立ち尽くしていたエリカに、ミヤコは声をかけるが、応答がなかった。
慌ててエリカを見ると、ミヤコの目の前で、エリカはゆっくりと前から倒れていく。
「草鞋野先輩!?」
なんとかミヤコはエリカを抱えて床への激突は避けたが、エリカの息は荒く、体もかなり熱を持っていた。
「先輩!しっかりしてください!先輩!?」
ミヤコの必死の呼びかけはギリギリで意識が残っていたエリカには届いていた。だが、もはや限界を超えていたエリカには反応を返すことすらできなかった。
「(……正義とは、正当なる権限のもとに行使されるべき権利……調月会長は、正義をもってこの自地区を、守ろうとして、それを邪魔する私は……先生、私は、どうすれば)」
より大きな、世界のために。エリカはぼやけた思考の中で自らを貫き通すこともできず、流されていく意識に身を任せ、沈むしかなかった。
次回はまた未定です。
ちなみに主人公が着たミレニアムの制服はノアやユウカと同じタイプです。