頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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大変お待たせしました。
なかなか忙しいので生存報告も兼ねて。



Area-10「マスドライバー上 #天使の羽 #瞬間移動 #常識はずれ」

 先手はミカさんからだった。彼女はおそらく、私の歩法を使って一気に距離を詰めた。ただし利き手は開けたまま。実弾が通じない、そう思ってのことだと思う。ただ、ミカさんの脚力が凄まじいせいか鉄製のマスドライバーの床が抉れていた。

 

「そぉ…れっ!」

 

 目にも止まらないとはこのことで、ミカさんは早瀬さん型のロボットに一瞬で詰め寄ると容赦無くパンチを繰り出した。が、早瀬さん型はそれを読んでいたといわんばかりに避ける。いいや、もう、ミカさんが動き出した瞬間には予備動作が見えた。

 

「ミカさん!」

 

 たまらず私は援護射撃。避けられると思わなかったのだろう。ミカさんは虚をつかれた形となって動けていない。

 

 援護は上手く通った。回避からのカウンターを狙っていた早瀬さん型はサブマシンガンを構えたところでまた回避行動に移り、生塩さん型の横へと一度下がる。こちらの追撃を防ぐためか、生塩さん型はハンドガンを両手で構え連射。ミカさんは慌てて右へ、左へと回避する。

 

「嘘でしょ?当たった筈なのに」

 

「ミカさん。たぶんこのロボットたちも晄輪大祭のアバンギャルドくんと同じだと思う」

 

『間違いありません。回避運動が攻撃をかけた時点で始まっています』

 

 生塩さんは記憶力がいいためか、間違いないと言ってくれた。厄介な。晄輪大祭のアバンギャルドくん並みの回避力に加えて生徒程度の大きさ。

 

 ……シャーレへの赴任時に一度戦った時、早瀬さんはかなり身のこなしがいいことは知っている。早瀬さんの力を完全再現しているのなら、当然高い回避力は再現できるだろうし、加えてあのロボットは人間の身体が無意識にかけているリミッターを気にせず十二分以上の力で動けるはず。

 

「エリカちゃん、撹乱だけ!」

 

「…了解した!」

 

 ミカさんの呼びかけに従って私は全力で動いた。彼女の指示は攻撃を躊躇うなら、という気遣いがあってのものだろうけど、高速で動く相手に私の手数では決め切れない。だからアタッカーをミカさんとするのは合理的だ。

 

 一歩で早瀬さん型の背後を取る。エデン条約の時、古聖堂でアリウス生相手に一度だけタガが外れたからやってしまったけど、今回はロボットだ。動くだけなら!

 

「どっちに避けるかな♪」

 

 前後からの挟撃。ミカさんが再び殴りかかる。それを早瀬さん型が避ける。今度は、左に。

 

 そして、そこにはミヤコちゃんが投げた手榴弾があった。

 

 爆発。直撃した。でも、ミカさんは爆炎の中に向かって容赦無く両手持ちでサブマシンガンをフルオートで叩き込んだ。そこを私の左斜め後ろに動いた生塩さん型がカットしようというのが見える。私は生塩さん型のハンドガンを構える右手を掴んだ。

 

 キュイン、と生塩さん型がこっちを見る。うっ、意志がないとはいえ、知っている人の顔がこんな無機質に見てくるのはかなりクるものがある。

 

「だが、捕まえた!」

 

 掴んだのでそのまま背負い投げ。そう思って私は体を生塩さん型の方へと入れようとするも、頭と腹部に衝撃を受け、力が緩んだところで生塩さん型が私の拘束を抜け出し、ハンドガンのグリップ底部をハンマーのように振り下ろしてきた。

 

 視界が突然の頭部への衝撃で痛くて涙が勝手に出てしまったので滲んだけど、なんとか体をひねりライフルを横にして受け、弾く。そのまま、床を蹴って20mぐらい離れた。

 

「先輩!大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫だ!聖園は?!」

 

「いやいや、痛覚ないって感じ?」

 

 ミカさんも一旦私の横に戻ってきた。痛覚がない。なるほど。

 

 爆炎が晴れれば、服がボロボロになり、おそらくミカさんの全力射撃が身体の至る所を直撃したのか弾痕が目立つも、早瀬さん型のロボットは平然と立っていた。ただ、無傷とはいかなかったようで、左腕がだらんとしてサブマシンガンを取り落としてる。

 

『なんで煙の中にいたのに……ノア、わかる?』

 

『おそらくですが、私のロボットとユウカちゃんのロボットで視界を共有しているのではないでしょうか』

 

『そういうことね…草鞋野さんは頭撃たれたけど平気?』

 

「問題ない。使用している弾丸は通常弾のようだ」

 

 生塩さんの推測はおそらく当たっている。ロボット、というぐらいだしおそらく、受け的な戦い方がこの二機の動き方かもしれない。さっきのガードロボットといい、時間稼ぎが目的なら正解だ。

 

『ヒマリ先輩、先ほどは会長が私たちのことを理解していない、と言っていましたが思ったよりは理解していると思いますよ?』

 

「…………機微がわかるようになったというのなら、認めるしかないですね」

 

『どういうこと?ノア?』

 

『ふふっ。いいえ、なんでも』

 

 何故かさっきまで不機嫌全開だった生塩さんが少し機嫌をよくしていた。まぁ、二人とも仲がいいから、実際、本人たちもコンビネーションは抜群にいいのかもしれない。とはいえ、今はそうであってほしくなかった。

 

 やっぱり時間稼ぎが目的なのか、私たちがこうして一度退けば相手も動きは止まる。

 

「エリカちゃん。どうしよっか」

 

「……手はある」

 

「ホント!?」

 

 攻略できそうな手段はあるにはある。ただ、そうするには装備が足りない。今の私の装備はライフル一本だ。ナギサちゃんの護衛を務めた時から変わっていない。こうなるなら白石さんに頼んでライオットシールドのようなものをでっちあげてもらえばよかった。

 

「盾があればそれを前に質量攻撃が出来た」

 

「なるほど?盾を構えてエリカちゃんが超スピードで突っ込むってことだね」

 

 頷く。手段は単純明快。万全な今の私ならできる全力全開でのタックル。当然、身一つですればかなりのダメージを受ける完全な自爆技。

 

「…お二人は何を言っているのですか?」

 

「部長。センサーが反応できない速度でタックルするって言ってるんだと思う」

 

「人間ですか?草鞋野さんは」

 

 明星さんがなんだか信じられない目を向けてるけどいやいや、さっきからミカさんの動き見てるでしょ。

 

「しかし先輩、装備がありません」

 

 ミヤコちゃんからも盾がないことを指摘される。だからこの手はつかえないんだ。せめて、何か強度のあるものがあればいいんだけど、そんなものはここにはない。やっぱり、自爆覚悟で突っ込むか?

 

 私が覚悟を決めようとしたところで、ミカさんがちょんちょんと私の頬を突いた。

 

「エリカちゃん?バカなこと考えてないかな?」

 

「………考えてる」

 

「ダメだよ?なんだかよくわからない力で元気になって、金木犀くさいけど、もし次大怪我したら私、ナギちゃんにチクるからね」

 

「なにを」

 

「また死にそうになったらそろそろ首輪つけないとねって」

 

 なんか恐ろしいことを言われてるんだけど!?

 

『桐藤会長そんな趣味あるの…?』

 

『聞かなかったことにしましょう、ユウカちゃん』

 

「いや待った!彼女にそんな趣味はない!」

 

 なんかナギサちゃんがとんでもない性癖を持ってる風に思われてるけど断じて違う!

 

「彼女はそんなことなど露ほども考えつかない天使だ!」

 

 あらん限りの叫びで否定した。とりあえずみんな黙ってくれた。よし。

 

「いやいや、なんでそんな、ヨシ!って顔してるのエリカちゃん」

 

「コホンっ。友人の名誉を守っただけだ、聖園」

 

「そっかー」

 

 ものすんごいニヤニヤした顔をミカさんがしていてちょっとムッとするけど、遊んでる場合じゃないのでスルー。

 

 自爆攻撃をしないとなると、どうにかしてミカさんと二人で速攻攻撃しかない。

 

 射撃が効かないなら格闘戦だ。そして、相手は幸いにも人型だ。人と同じ形である以上、崩してしまえばどうとでもなる。私が一撃で仕留められないからミカさんにやってもらうしかない。

 

「私が体勢を崩す。格闘戦で、一撃で仕留めろ」

 

「一撃で?どういうこと?」

 

「全力で殴れ」

 

 私は銃を一旦床に置いた。キヴォトスで銃を置いて戦うという行為ははっきり言ってありえない。でも、今回に限って銃は必要ない。私は体勢を崩すだけに専念する。集中する。目標は早瀬さん型。

 

「あぁ…すいません。どうにかできるなら一体は残してください」

 

「どういうこと?エリカちゃん、どうする?」

 

「加減できるか、聖園」

 

「うーん、やってみるね。失敗したらごめんね?ヒマリちゃん」

 

「いいえ、ダメ元です。出来なかったらその時はその時です」

 

 どういうわけが一体は残せとのと指示なので、ミカさんに頑張ってもらおう。

 

 再度意識を集中させる。一歩。一歩で詰める。

 

「いくぞ──」

 

 私は地面を蹴った。早瀬さん型の真後ろに回り込んで、即座に足払い。ほんの一瞬だけ早瀬さん型のロボットが浮く。

 

 ミカさんは足払いをかけたところでスタートして、銃を左手に持ちかえると右手を握り、引いていた。

 

 ただちに私は早瀬さん型のロボットの背後から飛び退けば、次にまばたきをした時にはもう、早瀬さん型のロボットにミカさんの拳が放たれていた。ただ、青色のバリアが展開していて、直撃は避けてる。

 

 それでも当たったことは変わらず、そのままミカさんの腕が振り抜かれたことで、派手に吹き飛んでロボットは壁に激突した。

 

『……何が起こったのですか?』

 

『み、見えなかったわよ……!?本当に…!これが、安全局の狛犬…!』

 

 どうあれ、一瞬でもこのロボット2体を引き離せたのはチャンスだ。次は生塩さん型を狙おう。振り向けばハンドガンを向けられていたけど、ミカさんが腕を振り抜いた勢いを殺さずにその場でくるりと一回転。スカートがふわっと舞う。綺麗。

 

 サブマシンガンの銃口が生塩さん型に向けられているので、私は射撃を待たずにもう一機へ突貫した。

 

 相手のハンドガンの銃口が私の眉間に寸分狂わず向けられてる。でも、撃たれる前にミカさんが相手を撃つ。腕を撃たれロボットの照準は大きくズレる。発砲されても見当外れな方向へと弾丸は飛んでいった。

 

「会長!」

 

 ミヤコちゃんの呼びかけ。私は大きく地面を蹴り飛ばす。3mほど飛び上がり、元いた場所をおびただしい銃弾が通り過ぎる。ミカさんに殴り飛ばされ、壁にめり込みながらも早瀬さん型が援護射撃をしていた。

 

 生塩さん型を飛び越えるように着地し背後に付く。振り向こうとするロボットの腕を掴む。ハンドガンを持っている右手、その手首へと私は手を滑らせて掴み、そのまま捻りあげる。

 

 関節を外してしまおうとするけど、流石に簡単にはいかない。かなりの強度だ。パワーもある。抑えている私の腕はじりじりと動かされる。

 

「だが、つかまえたッ」

 

「そーれっ★」

 

 動きが固定されたロボットにミカさんが全力で突きを打ち込み、ミカさんの拳が容易くロボットの胸元を貫いた。私に固定され、吹き飛ばされるのとは違い、衝撃をその場で全て受け止めたロボットはわずかに痙攣した後、動かなくなった。

 

「こっちはバリアないんだね」

 

「そのようだ」

 

 手を離す。生塩さんの姿をしたロボットはまるで、どろりと溶けるように生塩さんの姿を溶かし、衣服以外はマネキンのような体に変わっていた。これは一体…?いいや、今はそんなことを気にする余裕はない。

 

「……想像以上ですね。本当に演算を超える速度で動けるとは」

 

 明星さんの呆れたような声が届く。私だって上手くいくとは思ってなかったので、相手の反応を超えられてよかった。

 

「で、どうする?エリカちゃん。あのバリアみたいなの。手、痛かったよ」

 

 ミカさんがひらひらと右手を振っている。まさか怪我でもしたのか。

 

「大丈夫!?怪我してない!?」

 

「……なんともないよ〜。というか急にワンコモードになるじゃん」

 

 ワンコモードってなにさ。心配してるんだけど!?

 

「大袈裟に言っただけか」

 

「ごめんごめん。機嫌悪くしないで」

 

「撫でるな」

 

 撫でられても困る。機嫌はなおりません。

 

 とにかく、あのバリアは厄介だ。攻略法はないのか、早瀬さんに聞いてみよう。

 

「早瀬さん。教えてほしい。あのバリアに攻略法はないのか」

 

『許容値以上のダメージを与えれば割れるけど、そもそも、あんなものすごいパンチを当てられたら一溜りもないはずよ』

 

「いいえ、アレはウタハがユウカのために作っていた改良品ですね」

 

 強化されてるってことか。さすが調月会長、って思ったら明星さんが白石さんの作品であることを教えてくれた。

 

『アバンギャルドくんに続いて何してくれてるんですかあのマッドエンジニア!?』

 

『ユウカちゃん落ち着いて』

 

 気持ちはわからなくもないけど、アバンギャルドくんだって倒せない相手ではないから何か弱点があるはず。ミカさんの全力の拳が通じなかったのは気になる。ダメージの許容値……うーん。

 

「あの」

 

「なんでしょうか?月雪さん」

 

「聖園補佐官の攻撃が通じなかったのは単純に点の攻撃だったからではないでしょうか」

 

 ミヤコちゃんが何かわかったようだ。早瀬さん型の動きはこっちが攻撃を止めたからか止まっているので、話を聞いてみよう。

 

「なるほど。月雪さんの言わんとしていることはわかりました。……エイミ、下ろしてください」

 

「え?でも」

 

「あなたの力が必要です」

 

「……わかった」

 

 明星さんは何かを思いついたらしい。彼女は和泉元さんに自身を背から下すよう伝えると、和泉元さんは優しく明星さんを座らせる。地面に座った明星さんは話を続ける。

 

「晄輪大祭に出したアバンギャルドくんの装甲もある程度のダメージまでは無傷で耐えられましたが、小鳥遊ホシノさんのような強大な力を持つ生徒の攻撃、それもショットガンとなると装甲表面のバリアといってもいいコーティングが剥がれていました」

 

 たぶん、明星さんが言っているのはホシノちゃんがアバンギャルドくんと戦った時のことだと思う。

 

「なるほど。和泉元さんのショットガンを至近距離で当てる。そういうことか」

 

「理解が早くて助かります。草鞋野さん」

 

 手数が足りないならってことかな。

 

 私はミヤコちゃんに目配せし、ミヤコちゃんも意図を察して私が置いたライフルを投げてくれた。キャッチし、装填する。早瀬さん型は体勢を立て直している。私とミカさん、和泉元さんは並んだ。

 

「じゃ、やっちゃっおっか。その場で釘付けにして、この子のショットガンでバリア壊してしまえばいいんだよね」

 

「部長、合ってる?」

 

「合っています。お願いしますね」

 

 やってしまおう。私は早瀬さん型に向かって加速した。一歩で眼前に。反応は僅かにこちらが早い。相手の腕が上がる前に、右へ避けて、また地面を蹴って、背後へ。ライフルを構えれば、ロボットは振り向いてこっちに右手の銃口を向けようとしてくるけど、ロボット越しにミカさんが羽を大きく広げて飛び上がっていた。

 

「あははっ!ほら、こっちにもいるよ!」

 

 そのまま、ミカさんは空中で力強く羽をはばたかせると銃を構えて、発砲。本気なのか、銃口から光が溢れると、放たれた銃弾も光を帯びていた。ロボットのバリアはミカさんの雨のような射撃を防ぐけど、その場に釘付けにされる。

 

「もらった」

 

 そこへ、和泉元さんが駆けてくる。ロボットは正面からくる彼女にサブマシンガンを向けて射撃する。というか、あのバリア内側からは銃弾通るの!?ズルすぎ!

 

 でも、和泉元さんの方がもっとすごい。真正面から飛んでくる銃弾を彼女は意に介することなく突撃する。直撃を受けているのに、まるでダメージになっていない。そういえば和泉元さんはエデン条約事件の時に、遊園地でトラックの爆発の中にいても本人は無傷だった。

 

 そうして、動けなくなったロボットの正面にやってきた和泉元さんはショットガンを連射した。ド、ドドドンって音。い、一気に何発撃ったの?

 

 バリアは──割れる。ガラスが割れるような音と共に、ロボットは無防備になる。

 

「沈めッ!」

 

 ライフルのストックを向けて、ロボットの首筋を全力で殴打。そのままロボットはうつ伏せに倒れ、先に倒した生塩さん型同様、衣服以外が溶けるように形を変えて、マネキンのような姿になって動かなくなった。

 

「っと、これで終わりかな?ふふっ、大したことなかったね」

 

 着地してスカートを払いながらミカさんは言う。ちょっと気になったので、私はつい聞いてしまった。

 

「……トリニティの有翼の生徒は飛べるのか?」

 

「飛べるよ。ものすっごく疲れちゃうから普段は絶対やらないけどね」

 

「そうか。なら、助かった。飛んでくれてありがとう」

 

「気にしないでいいよ。一瞬だったし」

 

 つまりはナギサちゃんも飛べるんだ。………うっ、こんな時に何を想像してるんだ私は。彼女が飛ぶ姿を想像して、あまりにも綺麗だなんて。

 

 和泉元さんはすぐに明星さんの元に戻って彼女をおんぶし、倒したロボットの傍へとくる。明星さんは倒れたロボットをじっくり眺めると、口を開いた。

 

「なるほど、泥人形(ラハム)とはよく言ったものです。このアンドロイド、素体はこの通りで、機体表面を入力したデータに合わせて変化させていると」

 

 明星さんが解説してくれた。よくわからないけど、なんだか凄そうだ。

 

『……合理的ですね。会長はこのロボットを人型の方舟と言っていました。数多の生徒全てを救うというのならオーダーメイドの機体など時間が足りません。会長はこの機体に変態機能を設けて、ワンオフにする必要を無くして、大量生産を可能としたのでしょう』

 

『是非は置いといて、会長らしいわね。けど、こんなの世に出しちゃダメね。それこそ、世界が滅ぶわ』

 

 生塩さんたちの懸念はわかる。もしこんなものがカイザーなんかに渡ったらキヴォトスは…考えただけでゾッとする。ミヤコちゃんやミカさんも同じような気持ちなのか、あまりいい気分ではない顔だ。

 

『はい。今この世の広がってはいけないものです。だというのに、一体は残すようにとヒマリ部長は言いました。何故ですか?』

 

 ただ、それをわかっている明星さんが一体だけ残すようにお願いした意図。彼女は何を考えているんだろうか。

 

「……どのような手を使おうと、アリスの中に潜在的なリスクが残るのは明白でしょう」

 

 リスク。今天童さんを連れ戻しても、あの暴走の原因となった何かが天童さんの中に残るのは間違いない。このことは私も否定できない。調月会長が天童さんを幽閉しようとしたのはまた暴走しないとは保証できないからだと思う。

 

「しかし、そのリスクはおそらく、切り離せるものだと私は考えています」

 

『ヒマリ部長…まさか』

 

「いいえ、ユウカ。私がこの泥人形に入れようとしているのは──アリスの中に潜む何かです」

 

 何を言いたいのかわかる。天童さんが私たちとは違うところがあるのはその出自からも理解できるし、彼女の中にいる何かが不明確なもう一つの人格とか、そういうものじゃない可能性が高いと。

 

『なんとなくわかりました。ただ抜き出すにしても、スタンドアロンの機器にってことですね』

 

『ユウカちゃんの言う通りですね。正体がなんであれ、アリスちゃんの体で草鞋野さんを退けたほどです。何かがあっても加減する必要がなくなるから、ということですか?』

 

「そういうことです。ノア」

 

 色々問題はありそうだけど、悪い部分だけを取り出してしまおうということかな。

 

「……すいません。大変恐縮なんですが、内容はだいたい理解できました。しかし、そのことを調月会長も考えているのでは?」

 

 このミヤコちゃんの指摘はごもっともだと思う。天才、と言われるほどの調月会長と同格の明星さんが思いついたことであれば、調月会長も考えているのではと思うのは無理ない。明星さんはミヤコちゃんからの指摘に、特に気分を害することもなく「確かにそうでしょう」とまだまだ余裕ありげな表情で頷いた。

 

「あのリオがこんなバケツを用意してそこに流し込むような真似、考えないわけがないでしょう。ですが、あの女がそれをしなかったのは、単純に今はできないから。それだけだと思います」

 

「なら、ヒマリちゃんはできるんだ」

 

「いいえ、聖園さん。私にもどうすればいいかはわかりません。それでも、私たちはミレニアムの生徒です。一つの手がダメなら二つの手で、三つでも足りないなら四つで…一人では解決できない問題があっても一千の知恵が集えば不可能は可能に変わります」

 

「……ふふっ、本当に、いい学校だね。ミレニアムは」

 

「そうでしょう?お嬢さん。……彼女がその長であるのなら、全てを一人で救おうなどと、視野狭窄が過ぎます」

 

 一人で戦うな、みんなを頼れ。調月会長に明星さんが伝えたいことはこのことなのかな。

 

 なんだろうか、耳が痛い。私にも当てはまる。

 

 とてもいいことを言ってくれた明星さんは気恥ずかしいのか咳払いをした。

 

「再起動をさせないように一旦細工をして持っていきましょう。エマージェンシーも発動させないといけません。草鞋野さん、運んでくれますか?」

 

「わかった」

 

「私たちは制御室に行きますよ、エイミ」

 

 そうだ。障害がなくなったのでエマージェンシーを発動させてガードロボットを止めないと。あの壁際で機能を停止しているのはひとまず、ミヤコちゃんと運ぼうかな。

 

「聖園は先に制御室へ。月雪、貴様は私とあのロボットを回収だ」

 

「オッケー。先に行くね」

 

「RABBIT1、了解」

 

 

 

 

 

 

 

 マスドライバーの制御室は明かりこそついていたものの誰もおらず、ブービートラップの類もなかった。てっきり、室笠さんあたりが仕掛けていると思ったけれど、杞憂だったようだ。

 

『ヒマリ先輩。エマージェンシーの発報を確認。周囲のガードロボットが退きます』

 

「ふぅ。これでセントラルタワーへの障害は一つ片付きましたね」

 

「随分すんなりいったね?」

 

 ミカさんの言う通りで、すんなり行き過ぎな気もしている。本当に私たちを阻む相手はこれだけなのだろうか。

 

「マスドライバーへ向かう最中、草鞋野さんと聖園さんが時間稼ぎと弾丸の消費が目的と考えていたと思いますが、まさしくそれが狙いだったのでしょう」

 

『ただ、会長の計算が狂ったのは草鞋野さんも聖園さんも、素手でガードロボットを殴り出したところかしら?』

 

『私もそう思います。迷わず格闘戦を選択するあたり、お二人は常識外れですね』

 

 なんだか私とミカさん二人して常識ないと言われてない?私とミカさんはお互い顔を見合わせて苦笑いするしかない。このキヴォトスで銃を使わないで戦おうなんてありえない話なのは私もわかってる。でも、だからこそ、有効な時がある。

 

 私なんかは人質を取った犯人を確保するのに格闘戦は必須だし、至近距離なら最悪銃を捨ててでも飛び掛かる覚悟はある。ミカさんは……よくわからないけど、模擬戦をした時に技術はあまりないけどセンスだけで必要とあれば格闘戦も選択する。そこに迷いがないのはミカさんの性格かな。

 

「………すごいね。私も部長のボディーガードだし必要かな」

 

「エイミ。あなたもエージェントとして体術の類は仕込まれているのでしょう」

 

「武器を使うのを前提としたね。装備なしでなんてやらないよ」

 

 さっきの銃を置いてというのが呆れられてる。ヴァルキューレにいた時もカンナちゃんや安全局の仲間からは同じ目線を向けられてた。だから怪我が絶えないって。しょうがないじゃん、とは当時思ってたけど、結局あの頃も一人でどうにかしようとしてたから…本当に私はよくないね。

 

「とにかく、これで道は開けた。そう思っていいのでしょうか?」

 

 ミヤコちゃんが場を切り替えるように問い掛ければ、明星さんが頷く。

 

「えぇ。先生たちの状況はどうなっていますか、ノア」

 

『アバンギャルドくんの群れは退けて進撃を再開──いえ、エンジニア部だけは疲労困憊と、アバンギャルドくんの鹵獲・改造のために戦線離脱だそうです』

 

「そうですか。ウタハたちのことですから仕方がないですが…まぁ、アバンギャルドくんを戦力化できるなら…先生も許可しているのでしょう?」

 

『はい』

 

 順調なのかはわからないけど、進んではいるみたいだ。

 

「では、こちらも行動再開だ。月雪、あのロボットは貴様が。聖園、フォーメーションを組み直す。私が先鋒、貴様が殿だ」

 

「了解しました」

 

「いいよ〜」

 

 ロボットを運ばないといけないから、こうするしか。前後で私とミカさんが挟めば大丈夫だと思いたい。

 

「よし。明星さん、このまま私たちは調月会長のラボに入るということでよろしいか?」

 

「はい。……油断はしない方がよいでしょう。あのリオのことです。何か手は打ってくるでしょう」

 

 だろうね。それこそ、あのパワードスーツをこちらに回してくる可能性だってある。何が来ても、今は天童さんたちのところへ行かないと。私はみんなの準備が終わるのを待ってから、制御室の外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく。あんなガラクタであたしらを止められると思うとはな」

 

「ほんと!」

 

 アバンギャルドくんの群れを退けたネルとモモイが先頭を進み、先生はその後ろをチヒロの操縦する装甲トラックの上にいた。今のところ、エンジニア部が疲労で後退した以外は先生たち側の損害と呼べるようなものはなく、快進撃と言っていい状態だ。

 

「チヒロ、エリちゃんたちはどうかな」

 

『今、ノアから連絡があって向こうも障害を取り除いてセントラルタワーに向かってる』

 

「順調みたいだね」

 

『ヒマリだけだと心配だったけど、エリカもいるからね──あっ』

 

『先輩惚気てる!』

 

『マキ!』

 

 気が抜けそうな空気に先生は鉄火場にいるにも関わらず和んでしまった。

 

「(アロナ大丈夫かなぁ。リオにどうにかできるとは思えないけど)」

 

 先生はアリス以外の、もう一人の大事な生徒であるアロナのことが心配だった。シッテムの箱そのものでもあるが、エリカ以上に一緒にいるアロナは先生にとって、大切な生徒であることは変わりない。

 

 先行するネル、アスナ、カリン。パワードスーツのモモイに先生が目を向ければ、次第に高架橋となった道が繋がっている先が見えてきていた。要塞都市エリドゥの中心地、リオがいるセントラルタワー前にある広場。

 

「見えた!頼むよみんな!」

 

 先生が呼びかけ、勢いよく全員が広場へと傾れ込んでいく。当然、最深部を前にしてそのまま素通りとはいかなかった。トラックが急ブレーキをかけ、先生は吹っ飛びかけるがなんとか耐える。

 

 一行の前には、二人分の影があった。

 

「ふぅ。てっきりトラップまみれ、強襲してくんのかと思ったが、なんだ?騎士道精神にも目覚めちまったのか?リオはよ」

 

 凶悪な笑みを浮かべながらネルは待っていた二人に言う。

 

「いいえ、リーダー。会長はあなた方に数をぶつけても無駄だとお考えです」

 

 いつも通りの瀟洒な雰囲気を醸し出しつつ、アカネは言う。

 

「でもアバンギャルドくんはいっぱいいたじゃん!」

 

「必要とあれば、あの6機に加えて都市に常駐しているAMAS500機を差し向けることも可能です。それを会長はしていません」

 

「ただの出し惜しみじゃん」

 

 トキにモモイが噛み付く。だがトキは動じることもなく、むしろため息を吐いた。

 

「ムッカー!」

 

「熱くなんなよ、モモイ」

 

「けどけど!」

 

「煽るってことは余裕がねぇってことだ。アリスが言ってたぜ」

 

 なぁ?とネルはトキを睨んだ。トキはポーカーフェイスを貫いた。

 

「まぁ御託はいい。アカネ、新入り。教育の時間だ。最近リーダーらしいことなんもしてなかったからな」

 

「ゲーセンばっかりいってたもんね!」

 

「うっせーぞアスナ」

 

「はぁ…先輩。腰を折らないで…」

 

 漫才のような空気感でいるネルたちに、トキは僅かに眉を動かす。相手のテリトリーに入りどうしてここまで余裕があるのか。トキには理解できない。

 

「……アカネ。それと…トキ、だったね。道を開けてくれないかな」

 

 先生はトラックから降りると、ネルたちに混じって二人へと呼びかけた。呼びかけても、二人はその場から動かなかった。代わりに、アカネが口を開く。

 

「先生。こうなってしまったことは、非常に残念に思っています」

 

「そっか」

 

「ですが、私は……C&Cです。会長のメイドです」

 

「うん。アカネは最高のメイドさんだから、そうだよね」

 

 笑顔で、先生は言う。裏切られた恨みなど、一片もない笑顔に、アカネは思わずたじろいで頬を赤く染めた。嫌味なんてない、先生の言葉は間違いなくアカネを褒めたものだった。

 

「おい先生。あたしを差し置いてアカネを最高のメイドとはどういうことだ」

 

「あ、いや、ネルもさ、チャーハンおいしいし」

 

「誤魔化しにも雑がすぎんだろ!」

 

「ごめんって」

 

「ったく……それで、テメェら殴り倒せばリオのとこに行けるわけか」

 

 先生の脇腹を肘で突きつつネルは両手の銃を弄ぶ。アスナとカリンは僅かにネルの持つ空気がピリっとしたものに変わったことに気がつき、互いに頷くとそれぞれの得物を構え直す。

 

 戦闘態勢に入ろうというC&Cの3人に遅れて、モモイもパワードスーツの腕を構えさせ、操作するユズとモモイも身構える。

 

「倒せればの話ですが」

 

「新入り。オメェさっきから随分とデカい口叩いてるが、逆に聞く。あたしに勝てるとでも?」

 

「そのために私はここにいます。……会長」

 

『えぇ。あなたは勝てるわ。トキ』

 

 トキの呼びかけに、リオは応えた。

 

「リオ、さっきぶりだな。女主人に飽き足らず今度は悪の女幹部ごっこか?ママゴトならいくらでも付き合ってやるよ。メイドだからな」

 

『……ネル。あなたのことはよく理解しているつもりよ。その戦闘力も。だからこそ、信頼し、信用し、お願いをしてきた。コールサイン、ダブルオー』

 

「ならお前の負けってのはわかってるじゃねぇか。現実はゲームと違って禁止カードはねぇからな。あたしというカードが場に出た時点で終いだ」

 

『その通りよ。……私はゲームをしないけれど、この学園の長である以上は最低限の知識はある。あなたの隣にいるパワードスーツが、花岡ユズの動きをしているということも』

 

 ユズはパワードスーツ越しにリオに睨まれたような感覚に陥った。

 

『だから、こちらも容赦はしない。二人とも、武装の使用を許可するわ。ネルと先生たちを退けなさい』

 

「「かしこまりました。ご主人様」」

 

 その場にいない主人にスカートの裾を持ち、礼をするアカネとトキに、思わず先生はテンションが上がってしまったが、次の瞬間、トキが何故かメイド服を全て脱ぎ去った。現れたのはまるで競泳水着にも見えるボディスーツであり、似たような格好をしているモモイは何が来るのか察してしまった。

 

「まさか…!」

 

「えぇ。パワードスーツはそちらだけの特権ではありません」

 

 セントラルタワー、その屋上から”2つ”の光が飛び出す。装甲トラックの中で新たな反応を検知したヴェリタスのメンバーの動きが慌ただしくなり、叫んだのはマキだった。

 

『モモ!熱源2つ!来るよ!』

 

「ミドリ!ユズ!」

 

『迎撃!』

 

『おっけーユズちゃん!』

 

 モモイは空中からやってくる二つの何かに向けて、自身でも右手のマシンガンを構え、ユズとミドリも背負っているキャノンとミサイルを向けるが、当然そんなことを黙ってさせせるリオではなく、先ほどのエリカたちの行動を見て対策を既に立てていた。

 

『アビ・エシュフ強制起動。迎撃』

 

『ッ……!?お姉ちゃん、シールド!』

 

 タワーから発射された2つの──コンテナのようなものの一つが開き、中から出現したのは黒のパワードスーツ。それは両腕がマシンキャノンとなり、背中には2つの大きな砲身のようなものがあった。

 

 そのパワードスーツの両腕のマシンキャノンがモモイたちに向けられていた。

 

「マズっ!?先生!」

 

「アスナ!」

 

「ご主人様こっち!」

 

「どわっ!?」

 

 跳弾すれば危ないと、アスナが指示に従って先生を抱き抱えるとその場から飛び退く。直後に放たれるマシンキャノン。モモイはバックパックのアームユニットからシールドを前面に回し、上空からの砲撃を受けた。

 

「ちょっ、なにこれ!?マシンガンってレベルじゃないけど!?」

 

『あなたも合体中は攻撃するタイプなのね、才羽モモイ』

 

「あれはロボットじゃなくない!?」

 

 浪漫に理解は示しつつも、モモイはアビ・エシュフはあくまでパワードスーツでロボットではないと否定した。

 

 アビ・エシュフの強制起動により、もう一つのコンテナはアカネの背後に着地し、無事に開くと、そこにはもう一機のアビ・エシュフ。真っ白な、エリカが高速で戦ったプロトタイプ・アビ・エシュフがあった。

 

 先生はアカネが乗り込もうとするそれが、夏にアウトランド・リゾートで戦ったものと同一であることを悟った。

 

「やっぱり夏のはリオだったんだね」

 

『あのリゾートでは遅れをとったけれど、今度はそうはいかないわ』

 

 アカネとトキがそれぞれのアビ・エシュフへと乗り込む。

 

「アビ・エシュフ、起動!」

 

「リーダー。ご覚悟を」

 

 後輩たちから向けられた銃口を前に、ネルはただ、嗤った。

 

「覚悟?ハッ、んなもんいるかよ。喧嘩で大事なことなんだかわかるか?」

 

 ネルがだらりと銃口を地面に向ける。それは戦意を喪失したわけではないことは誰の目からも明らかだった。

 

「大事なのは覚悟じゃねぇ、最後まで突っ立ってる気合いだ。行くぞチビども!」

 

 ネルの弛緩した体に一気に力が篭り、爆ぜるように彼女は突撃した。

 

「任せてよ!行くよ、ミドリ、ユズ!アカネ先輩たちを越えてアリスのとこに!」

 

『うん…!』

 

『行こう!お姉ちゃん!』

 

 そのネルの背後からモモイのパワードスーツ、サムス・イルナの持つミサイルが放たれ、ネルに付き従うかのように突撃に追従する。

 

「リオ!教えてやる!お前がわかったつもりのあたしの強さをな──あたしの間合い(現実)で勝てるやつはいねぇってな!」

 

 

 

 




次回は未定です。

アビドス三章を読んで、改めて本作主人公とホシノって二人きりにさせちゃいかんのではと思い出したこの頃。
事故は事故でもね…。
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