頑張りとは、報われるべき願いである   作:ババネロ

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Area-12「セントラルタワー #混迷 #結束 #覚醒」

 セントラルタワーの内部、階層としては中程のフロアの壁が粉砕され、粉塵の中からネルが飛び出す。硬質な廊下の床材へ両足をつけ、音を立てながら彼女は止まる。ネルの衣服の乱れはもはや人前に出れるようなものではなかったが、彼女は気にしていなかった。

 

「鬼ごっこは苦手か?」

 

「…………ちょこまかと」

 

 壁に開いた穴からゆっくりとトキがアビ・エシュフを歩かせて出てくる。ネルの制服がボロボロになっているのと同じぐらい、トキの装備するアビ・エシュフの損害は甚大なものだった。

 

 既に右腕は脱落しており、トキは自身のアサルトライフルを自らの手でネルに向けていた。

 

「いくら読めてもよ、狭い場所じゃあ、物理的に避けられねぇんだな。よくわかった」

 

 ネルがこの階までに上がる中で、トキに対して徹底的に狭い空間での格闘戦を強いていた。その度にトキは強引にネルを窓から落とそうとしたが、できなかった。

 

「おでこのおかげで、頭の悪いあたしでも大体わかったよ、お前らのカラクリはな」

 

「……だとしてもっ!」

 

 トキがアサルトライフルとアビ・エシュフの残った左腕マシン・キャノン、低出力に絞った主砲をネルに向けて斉射する。屋内の廊下という隠れる場所も、逃げる場所もないところでの面での射撃。

 

 ネルがそうしたように、不可避の状況を作り上げ予知も何もない状況をトキは逆に作り出す。

 

「流石にコイツは避けられねぇ。だけどよ…!」

 

「なっ!?」

 

 しかし、ネルは正面からの制圧射撃を避けた。──その身を窓ガラスに向けて投げ打ち、破ることでセントラルタワーの外へ出ることで。

 

 それなりの高さであり、並の生徒であればヘイローは保たない。だというのに、ネルは躊躇いなく空中へと飛び出す。

 

 身を投げたネルは落下が始まる直前、即座にスカートの裏地から黒く太いロープのようなものを取り出し、全力で投げる。そのロープの先端は飛翔する中で展開し、鏃になると更に上の階のガラスを突き破り、中の床に食い込んだ。

 

「じゃあな!」

 

「しまった…!」

 

 トキに向かい笑いながら、ネルはゴムのように伸び切ってから収縮するロープによって更に上の階へと進んでいった。

 

 ガラスを足で蹴破り、ネルは着地する。

 

「……っ…はぁ、はぁ。クソ、結構やるじゃねぇか」

 

 ネルは追い込まれていた。ゆえに、普段は使わないエージェントとしての潜入用の道具を使っていた。有利な環境にネルは誘い込んだものの、トキの抵抗は必死であった。

 

「チッ……機体を潰してでもって勢いでくるとは思わなかったな」

 

 立ち上がりながら、狭いために回避運動を物理的に取れなくなったトキはアビ・エシュフの強度を盾に突撃をネルにかけていた。どうにかネルはアビ・エシュフの右腕部の破壊こそしたものの、カウンターで再びマシンキャノンを接射されている。

 

 そのダメージは無視できないものとなっていた。

 

「だが、これでしばらくは時間が稼げたな」

 

 先生がネルに伝えた作戦はアビ・エシュフの弱点である狭い空間へと誘い、ネルに有利な状況としつつ、戦力を分断させるというもの。つまり、ネルは囮に過ぎなかった。

 

「(あのままアカネとも戦えば時間がかかるからな。リオの指示がなきゃアカネが追ってきたんだろうが、アイツと屋内戦は碌なことにならねぇ)」

 

 もちろん、リオのところへ向かうことはネルの目標だったが、それは努力目標だった。本命は別動隊のエリカたちであり、エリカたちがセントラルタワーにさえ辿り着いてしまえばネルの役目は終わりだった。

 

「よし。このまま上に──」

 

 常人であれば、とうに気絶してもおかしくないほどの怪我を負いながらもネルは気にしていないかのように次の階へ行こうと体を動かした。小走りで突入した場所から去ろうとすると、ネルは背後に熱を感じ、足を止める。

 

「オイオイ、冗談だろ」

 

 振り向けば、ネルの視界に映ったのは赤熱化し、盛り上がった床。間もなく床はそのまま弾け飛び、青白いビームが噴き出すように廊下の天井に直撃し、爆発した。

 

 火を検知したのか、スプリンクラーが作動し、ネルは室内にも関わらず頭から雨のように水を被った。

 

「しぶてぇな」

 

「……同じ言葉を返します」

 

 開いた穴から、トキは現れた。その身一つで。

 

「あのオモチャはどうした」

 

「これ以上破壊されるわけにはいきません。それに、武装は……この状態でも使えます」

 

 武装、それが意味することをネルはエリドゥの予知支援であると理解する。

 

「そのアサルトライフルはケースレス弾使ってるやつか。潜入向きだな」

 

「会長の選択です」

 

「だろうな。その感じだと、お前はリオの懐刀ってとこだろうから、潜入任務に合わせての選択だな」

 

「粗野なだけかと思いましたが、意外と」

 

「ハッ。できねぇからやらねぇのと、知ってるがしないとじゃあ、まるきり違うって話だコラ」

 

 額に青筋を浮かべながら生意気な発言をする後輩を嗜めるようにネルは言う。

 

 トキはここにきて、事前にアカネやリオから聞いていたネルのイメージが崩れつつあった。ミレニアム生らしくない腕っぷしに物を言わせるような人物ではなく、ネルもまたミレニアム生らしい知性を持ちながら、それをあえて感じさせないような立ち振る舞い。

 

 C&Cである以上は諜報活動の記録を全てトキは共有されている。その中で見られた聖園ミカや草鞋野エリカ、小鳥遊ホシノ──他校の、生徒会長やそれに準ずる力を持つ物たちが時折見せる一般の生徒とは違う、大人に片足を踏み入れた視点。

 

 ネルはそれがあると、トキは確信した。

 

「それじゃあ第二ラウンドってとこか?」

 

 サブマシンガンを構えながらネルはトキに向かい合う。アビ・エシュフをパージしたことで有利になったと思われたことに憤慨しつつも、トキはエリドゥのバックアップを受けようと装備の起動を行おうとする。

 

「行くぞッ!」

 

「──ッ!?」

 

 しかし、エリドゥからの未来の提示はなかった。トキは咄嗟に飛び上がり射撃をするネルを避け、彼女とすれ違う。

 

「どうして……!?」

 

「動きが鈍いぞ新入り!」

 

「うぐっ!」

 

 動揺から反応が遅れたトキに、ネルの飛び蹴りが当たる。腹部に強烈な一撃を受け、トキはそのままの勢いで壁に叩きつけられる。前後に痛みを感じながらもトキは手に持ったアサルトライフルをネルに向け放つが、動揺とダメージを受け実力の半分以上も瞬間的に発揮できず、トキの反撃は空振りに終わった。

 

 腹部を抑え壁に寄りかかるトキに、ネルは油断なく銃を構えつつ、話しかける。

 

「オイ、さっきまでの威勢はどうした」

 

「……………」

 

「だから言っただろ。あたしの間合いで勝てるやつは」

 

「………はあああっ!」

 

「うおっ」

 

 だが、今度はトキが追い込まれたと思わせながら、ネルにアサルトライフルを投げつける。銃を投げるという奇策にネルは思わず投げられたライフルを左のサブマシンガンを振って弾いてしまった。

 

 そこへ、トキは飛び込む。

 

「せいっ!」

 

「うぎっ…!」

 

 防御する隙など与えず、まるでそのまま両断するかのような勢いの手刀をネルの左肩に向かって放ち、ネルは直撃を受けた肩からおかしな音が鳴ると同時に、左手のサブマシンガンを取り落とす。

 

「(動きが変わりやがった!?カンニングをやめたかッ…!)」

 

 それでも、右手のサブマシンガンをトキの脇腹に突き刺すかのようにぶつけ、トリガーを引き切った。

 

「ッ……がっ…!」

 

 殴られ、弾丸を至近で浴び、トキの体勢が崩れると、ネルはその場で一回転し、左足の踵で裏回し蹴りを放つ。トキはそのまま蹴り飛ばされるが、飛ばされた先には彼女の銃があった。

 

「クソっ、いい加減あたしも頭が回ってねぇ…!」

 

 左肩の激痛を無視しながら、ネルは右のマシンガンとチェーンでつながり転がっているマシンガンを引きずりながらトキの射撃を回避する。たまらずネルは廊下の角へと逃げ込み、息を整える。

 

「……ぐ、ぃ…ッ……がっはっ、はぁはぁ、はぁ、肩がぶっ壊れるとこだったな」

 

 人体から鳴ってはいけないような音を立てながら、ネルは無理やり外れた肩を戻す。痛みで意識を僅かに浮かせたが、それでも彼女は強靭な精神力で現実に立ち続けた。

 

 一方で、トキはエリドゥのからの支援が全く来なくなったことで、リオの身に何かが起きたのではと気が気でない上に、いくらダメージを負っても立ち塞がるネルに、トキも追い込まれつつあった。

 

「(会長からの通信もない。まさか、別動隊が既にセントラルタワーを抑えた?いや、それなら勝利宣言があるはずです。なのに…)」

 

「どうした。自慢の武装とやらは使えなくなったか?」

 

「いい加減に、倒れてくれないのですか」

 

「この程度であたしが倒れると思ってるなら甘いな」

 

 隠れていた角からネルがゆらりと現れ、トキも構える。

 

 ネルはエリドゥの予知により最適解を選び続け、ある意味で動きを読みやすかったトキの動きが突如変わったことで、いつの間にかエリカたちがリオを抑えたのかと考え、身につけている小型のヘッドセットから通信を試みるが全く応答がなかった。

 

「(今更ジャミング?だが、新人の武装まで使い物にするような真似をあのリオがするとは思えねぇ。妙だな)」

 

 強い違和感をネルは感じていたが、エリドゥの支援がなくなった目の前の新人一人をいなすのは現状でも不可能ではないと判断し、サブマシンガンを構え直す。

 

「まぁいい。ようやくこれで同じ土俵だ。あたしの間合いをしっかり教えてやるよ。新人」

 

「くっ……!」

 

 トキはたじろぐ。僅かでも退かないのはトキなりの意地だった。じりじりとネルが圧を強め、決着をつけようと足に力を入れる。

 

 だが、トキに襲いかかったのはネルではなく──。

 

「危ねぇ!」

 

「え」

 

 ──巨大な鉄の柱だった。

 

 ほぼラリアットのような勢いでネルがトキを押し倒し、トキの顔面があった部分に太い鉄製の柱が通り過ぎ、壁に深く突き刺さる。倒れるトキをネルはかばい、トキが後頭部を強打することはなかった。

 

「なにを…!?」

 

「チッ…!コイツは!?」

 

 1秒前には敵だったはずのネルに助けられトキはポーカーフェイスも崩れ、困惑する中、ネルはそんなトキに構っている余裕はなかった。ガラスを突き破り飛来したその柱に見覚えがあり、どれだけ危険なものか知っていたからだ。

 

「そういうことかよっ!タコ野郎!」

 

 絶叫しながらネルは狂ったようにサブマシンガンを柱に向かって乱射した。セントラルタワーに突き刺さった柱はただの柱ではなかった。オレンジ色の燐光が柱から、脈動するかのように溢れる。

 

 しかし、その光がセントラルタワーに注ぎ込まれるより先に、ネルが柱を蜂の巣にしたことで光は止まる。

 

「こなくそォ!」

 

 そして、全力の蹴り。突き刺さった柱は曲がり、壁を破壊しながら抜け落ちた。

 

「冗談じゃねぇ!新人、今すぐリオのとこに行くぞ!」

 

 事態が全くトキは飲み込めないが、ネルの目が今までの敵対者に向けるものから、明らかにC&Cのメンバーへと向けるものに変わっていた。

 

「待ってください、一体何が」

 

「あのバカはコイツに言ってないのか…?!お前はタコ野郎……ホドのことは聞いてないのかっ」

 

 その名をトキは当然聞いたことがあった。ミレニアムの所有していたHUBが”感化”されたことで一度は災いをなし、セミナーとC&Cによる必死の攻撃で地中深く、何処かへと逃げたはずの、生徒に対し敵対的な機械生命体、デカグラマトン。

 

 そのうちの一柱であるホド。

 

「これが…!?」

 

「インベイドなんちゃらとかいう柱だコイツは。コレの出してる怪電波を浴びると気が狂って味方を撃ち出す羽目になるわ、機械は乗っ取られる。お前の武装が使えなくなったのもコイツが原因だ」

 

 ネルはアリスの救出どころではなくなったと事態の悪化に盛大に舌打ちする。もしエリドゥが汚染されれば何が起こるかは見当もつかず、トキと敵対している場合ではない。元より秘匿され、敵対したとしてもネルからすればC&Cの新人である。

 

 使える戦力は少しでも多い方がいいという中での意識の切り替えからネルはトキとの協力体制を結ぶ。

 

「お前のあのパワードスーツ、アレも動かせるなら持って行くぞ。乗っ取られたら目も当てれられねぇ」

 

「……了解です」

 

 ネルの指示をトキは素直に受け、一度開けた大穴の方へと踵を返して駆けて行く。が、穴から降りる直前、トキは振り向かずにネルに言った。

 

「それと、私にはトキという名前があります」

 

「ンなことは、とっくに知ってるよ。いいから持ってこい……04」

 

 あえてネルはコールサインでトキを呼び、トキは驚きながらも胸の奥で感じたことがない感覚が浮かび上がる。名前がないそれは疲れ切っているトキの体に再び力を出させるには十分だった。

 

「はぁ……リオ。全部終わったらテメェに説教だ」

 

 ネルは画面の割れた携帯で、C&Cのみに与えられているミレニアムの生徒名簿でトキのことを検索し、その年齢と学年を見ていた。本来であれば2年生であるにもかかわらず、1年生となっているトキの情報。

 

「いつからあたしはシッターになったんだよ。……あぁいや、メイドだからか」

 

 この危機を乗り越えても、問題は山積みであり、ネルはただただ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、セントラルタワー前広場での戦闘を行っていた先生たちにもセントラルタワーへのインベイドピラー着弾は見えていた。

 

「アレは…!?」

 

 先生の驚愕に、アカネもモモイも動きを止め、タワーへと目を向ける。窓ガラスを突き破り大穴が開いているタワーの状態に、先生はただ事ではないと察する。

 

「エリちゃん!聞こえる!?応答して!」

 

 状況の変化に先生はすぐ様エリカに通信を試みるも、エリカからの返答はなかった。

 

「通信が…それにアレはどこからの攻撃…!?」

 

『先生!マズイ!特異現象を感知した!』

 

「チヒロ!?」

 

 短距離だからなのか、チヒロの指揮車からの通信は先生に届く。特異現象。ミレニアム内でその言葉を聞いてしまったということは何が起きているのか、先生は察してしまう。

 

「二人ともすぐに戦うのをやめて!このままだとみんなやられる!」

 

 先生はチヒロからの言葉を受けて、アカネとモモイたちに向けて、いつものどこか緩い雰囲気を捨てて呼びかける。先生が焦っている姿に尋常ではないことだと、モモイですら察し、先ほどまでの死闘が嘘のようにモモイとアカネは先生の傍まで寄ってきた。

 

「先生!どうしたの!?」

 

「デカグラマトンが来たみたい!」

 

「デカ枕?」

 

 聞き間違え首を傾げるモモイとは逆に、アカネの顔色はみるみる悪くなった。

 

「デカグラマトン!?先生、それは」

 

「ミレニアムで観測されたデカグラマトンは二種。……動けるやつとなると、たぶんホド」

 

 先生はデカグラマトン・ホドの詳報は受けており、また、エリカとミカがその眷属と交戦した記録も得ている。そこから、ホドがここに攻め入れば何が起こりうるのか、十二分に想像できた。

 

 それは、一度ホドを退けたアカネ、カリン、アスナも同様であり、特異現象捜査部の手伝いをしているチヒロも冷静ではいられない。

 

「みんな、特にゲーム開発部の子達は私から離れないで!ホドの持つ侵食能力を受けたら体を乗っ取られるよ!」

 

 先生は以前、晄輪大祭の準備期間に、ヒマリが強制的に入れたホドの侵食を妨害するアプリを起動させて呼びかける。

 

『ハレ、こっちも対侵食装置起動して。サムス・イルナが乗っ取られたら目も当てられない』

 

『わかったよ。副部長』

 

「……先生の言っていることは本当だ。アカネ、アスナ先輩。リーダーたちに合流しよう」

 

「えぇ。このままではリオ会長が危ない」

 

「アリスちゃんもね!」

 

 状況が一変し、先生を中心にその場の生徒たちは全員でセントラルタワーへと向かい始める。だがしかし、その途中で先生はふと足を止めた。

 

「ご主人様?どうしたの?」

 

「……アスナ、待って。ウタハたちは?」

 

「あ」

 

 この場にエンジニア部はいない。そして、彼女らが対デカグラマトン用の装備を持っていないことに先生は気が付く。

 

『……!ウタハ!聞こえてる!?応答して!』

 

 チヒロが慌てて通信を飛ばすが、ホドによる通信妨害によってエンジニア部からの応答はなかった。代わりに一行へと襲いかかったのが、一発の榴弾だった。

 

「ッ──!ご主人様っ!」

 

 咄嗟にアカネがブーストダッシュし、先生の背後に回り込むと防御姿勢を取り、先生へと飛び込んできた砲弾を受け止める。さらにアスナが先生を引き倒し覆い被さり爆圧と爆風、砲弾の破片から彼女を庇い、カリンは即座にカウンタースナイプの姿勢をとった。

 

「そこだっ!」

 

 カリンが捉えた相手は倒したはずの四脚型アバンギャルドくんのうち1機だった。対物ライフルによるカリンの反撃は正確にアバンギャルドくんを捉え、頭部を撃ち抜く。エリドゥの支援がないためか回避することもなくアバンギャルドくんはそれだけで沈黙した。

 

「手応えがなさすぎる!01、03!」

 

「索敵を!」

 

「あそこらへん!」

 

 アスナの神秘、その全てとも言える勘が彼女をある高層ビルのテラスへ向けられる。カリンはいつものように、迷うことなくアスナの導きに従って銃口を動かし、スコープを覗いた先に襲撃者を見つける。

 

「やはりか…!エンジニア部が侵食されている!」

 

 無骨な迫撃砲を構えているヒビキが虚な表情で先生たちへ視線を飛ばしている。カリンは躊躇うことなくエンジニア部が敵に落ちたことを報告した。

 

 先生はアスナに退くように手で何度か、アスナの背をタップすると、アカネの影で立つ。

 

「まず先にエンジニア部を助けるよ!侵食されて時間が経つと何が起こるかわからない!危ない!」

 

「え、えっ!?先生、何がどうなってるの!?」

 

 モモイ、そしてミドリやユズ、ヴェリタスのメンバーはマキが状況を全く飲み込めていなかった。無理も無いことだと先生は思いつつ、時間がないため、ゲーム開発部への説明はチヒロに任せることにした。

 

「チヒロ、ゲーム開発部に状況を説明してあげて」

 

『了解。先生』

 

「アカネ、力を貸してくれる?」

 

「喜んで」

 

 侵食妨害電波を至近距離で浴びせられればエンジニア部を元に戻せることを先生は聞いていた。先生は携帯をアカネに預けると、アカネはPアビ・エシュフの状態を確認する。

 

「(左腕部はモモイさんたちとの交戦で動きが鈍い。残弾も僅か。推進剤はなんとか持ちそうですね。となれば)」

 

 アカネがカリンに目配せすると、カリンは頷く。

 

「01、02。援護を」

 

 一人で目標達成は不可能と、アカネはカリンとアスナに呼びかける。二人は何事もなかったかのように頷く。

 

「アカネ。ただ、あとで色々話は必要だ」

 

「………それは…はい。そうですね」

 

 しかし、カリンたちは子供だ。全てを飲み込めるほどの余裕はなかった。

 

「それじゃご主人様、いつもみたいに、お願い!」

 

 アスナが空気を入れ替えるように呼びかけ、先生は僅かに笑みをこぼした。アスナのどこまでいっても気楽な空気に、先生はよく助けられている。

 

「みんな!行くよ!エンジニア部を助けて、リオたちも助けよう!」

 

「「「応!!」」」

 

 

 

 

 

「ノア、マズイわよ!先生と通信が!」

 

「落ち着いてください。ユウカちゃん。まず状況を」

 

「けど…!」

 

「慌てても今更私たちがエリドゥにはいけません。ここからできる支援策を考えましょう」

 

 エリドゥがホドによる襲撃を受けた頃、ミレニアムタワー内の臨時で設けられた司令所でユウカは焦りに焦っていた。先生どころか他の生徒全員との通信も途絶し、各種のカメラも映像は途切れてしまい、エリドゥの状況は全くの不明。

 

 ユウカはリオが今更そのような真似をするとも思えず、何か別の事件が発生したと考えていた。

 

 そんな状況でもノアは冷静だった。ユウカが焦っていたこともあり、彼女は冷静でなくてはいけなかった。

 

「といっても、エリドゥの状況がわからないと支援なんて」

 

「…そこが問題ですね。この通信の遮断が物理的なものなのか、攻撃を受けてのものなのか。ヴェリタスがいないのが痛いですね」

 

 ノアが先程までライブ映像を流していた画面を見る。画面は放送が終わった画面のように砂嵐が流れている。

 

「再接続できないか試してみましょう」

 

「わかったわ!」

 

 どういう状況であれ、再接続を試みていなかった二人は用意されているパソコンでエリカのカメラへとアクセスを試みるが、そもそも接続先が見つからないと表示される。この時点でユウカは何者かがこちらを妨害していると確信する。

 

「エリドゥのカメラに繋いでみるわ!ヒマリ部長が構築してくれたバックドアから…!」

 

 次にユウカが狙ったのはエリドゥの監視カメラ群だった。すでに用意された接続ルートでカメラに接続を試みようとするが、一瞬映った後にセキュリティに締め出された。

 

「ちょっ!」

 

「これは…エリドゥ自体のセキュリティシステム…?いえ、違いますね。この言語は、私の記憶にもありません」

 

「ノアも知らない言語って……でも、待って。これ、数字……」

 

 何らかのパスワードを入力する画面になり、見たこともない言語が流れ出すが、ユウカはよく見ればそれが数字であることがわかった。

 

「……RSA!これ、RSAよ!」

 

「なるほど。ならユウカちゃんの得意分野ですね」

 

「やってみるわ!かなりの桁だけどすぐに計算──」

 

 ユウカが暗号キーを解くために電子算盤を取り出そうとするが、その前に画面の中の暗号キーがリセットされた。

 

「ちょっと!早すぎるわよ!」

 

「こんな速度で…あ、また変わりました」

 

「猶予5秒!?入力するのも間に合わないわよ!」

 

「いいえ。計算を1秒で済ませればいけそうです」

 

「無茶言わないでノア!いくら私がミレニアムの会計だって言ってもこんなの…!」

 

 ユウカは巨大なミレニアムの財布を預かるものとして数学、計算には自信があったが、計算速度に関しては限度というものがある。これでは不可能を突きつけられているに等しく、ユウカは絶望する。

 

「う、嘘よ。なんだっていうのよ。なんでこんな」

 

「………ユウカちゃん」

 

「ノア、無理よ。こんな、先生も、アリスちゃんも、みんなが」

 

「大丈夫です」

 

「どうして!」

 

「いるじゃないですか。セミナーには……こういうの、無意味にしちゃう子が」

 

 ノアはユウカのことを優しく胸で抱きしめつつ、落ち着かせるように言う。彼女が語った内容は気休めではなく、事実でしかなかった。ノアは携帯を取り出し、ユウカの頭を撫でつつ、とある人物へ電話をした。

 

『はいぃ!黒崎です!』

 

「おはようございます。コユキちゃん。偉いですね。ワンコールで」

 

『そりゃあノア先輩の着信音は……あっ』

 

「ふふっ。その話は後にしておきましょう。覚えておきますから」

 

『ひっ』

 

「今すぐ、ミレニアムタワーの総合会議室に来てください」

 

『え、こんな真夜中というか夜明け前にですか?』

 

「来てくださいね?」

 

『い、行きます!行きますから!し、失礼します!』

 

 恐怖に震えるコユキの声に満足しつつ、ノアは通話を終える。ユウカはノアを見上げていた。

 

「ノア、今のって」

 

「はい。コユキちゃんです。彼女ならこの程度のもの、簡単に突破できるでしょう」

 

「……そうね」

 

「ユウカちゃん。大丈夫です。私たちには頼れる人たちが先生以外にもたくさんいます。先生と草鞋野さんが繋いで下さったご縁のおかげで。もしどうにもならなかったら…連邦生徒会の防衛室やトリニティを頼ってもいいのですから」

 

「防衛室はわからなくもないけど、トリニティ?」

 

「あの学校はこちらに大きな借りがあります。桐藤会長はそういったものを反故にする方ではないでしょう」

 

 エデン条約事件がもたらした変化は当事者校だけにとどまってはいなかった。

 

 トリニティがいくらゲヘナとの関係を僅かに改善しようとも、ゲヘナが水面下でレッドウィンターとの同盟を結んだ対抗措置として、トリニティはミレニアムとの協力体制を築きつつあった。

 

 その中で、ノアは会長不在の中、ユウカへの負担も軽減するために代わりにテーブルに着き、極秘裏にトリニティとの関係構築も進めている。

 

「(シャーレとは違い、こちらは善意だけで見返りも無しとはいきませんからね。ただ、あまり切りたくない保険ではあります。やりすぎると草鞋野さんの銃がこちらに向いてしまいますから……)」

 

 個人としてはノアから見た草鞋野エリカは善良であり、先生の制御下にあるのであれば問題なかったが、そうでなくなった時は触れたくもない爆弾であり、すでに一度誤ってユウカに銃を向けたという事実がノアの中で、一際鮮明に残り続けている。

 

「まぁ、それは本当に最後の保険です。ひとまずは、コユキちゃんにコレをどうにかしてもらいましょう」

 

「そうね。えぇ、そうしましょう」

 

 ユウカが落ち着き、ノアもいつもの調子でユウカに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 デカグラマトン・ホドに乗っ取られたアバンギャルドくん…が変化したものは正直なところ、大したことがなかった。二脚になったとはいえ、私とミカさんで突撃して、ミカさんが一撃で仕留めてしまった。

 

 問題は暴走したガードロボットのほうだ。

 

「弾切れ!エリカちゃん!」

 

「こちらもだ…!」

 

 どうにかミヤコちゃんたちを先行させて私とミカさんが殿を務め進んでいるけど、とうとう弾が切れた。まさか調月会長の手がデカグラマトンによって再現されてしまうとは。どうしたものか。

 

「どうする、聖園!」

 

「こうするしかないでしょっ!」

 

 ミカさんには手があるらしい。彼女は全力で足を踏みぬくと、車道の舗装を砕く。そして、砕けたアスファルトを手に持った。え、まさか。

 

「そーれっ!」

 

 ビュンッ、と私とよく似たフォームでアスファルトの塊を投げると、それはガードロボットに当たり、ガードロボットは大破。確かに悪い手ではないけどね!?ミカさんがそれやるんだ…。

 

「エリカちゃんもほら!」

 

「助かる!」

 

 ぽいっと投げられた破片を私も受け取って、全力で投げる。

 

 ミカさんは更に、ある程度の塊を掬って、腕に抱えたのをどんな握力なのか、手で千切って程よいサイズにして投げ始めている。私もそれを受け取って投げた。

 

「セントラルタワーの裏口が見えました!」

 

 ミヤコちゃんから報告。私に見えた。ただこのままガードロボットを引き連れて入るわけには。何か策は……投石…石………あっ!

 

 

 

「聖園!隕石、やれるか!?」

 

「え?いいの?街壊れるよ?」

 

「明星さん!」

 

「何をするのかわかりませんので、お任せします」

 

「やってくれ!」

 

「オッケー!じゃあ、援護よろしくぅ!」

 

 いや援護…アスファルト放り投げないで!?なんとか受け取ったけど!

 

 とりあえず、私はその場にとどまって投石マシーンとなるしかない。ミカさんは羽ばたいて飛び上がると、祈りを捧げた。綺麗だけど、見惚れてる暇ない!

 

「──聞こえる、星の声が。聞こえる、私を呼ぶ声が」

 

「これは…魔法?」

 

「特異現象だね、部長」

 

「一度に二つも遭遇するとは。特異現象捜査部の活動らしくなってきました」

 

「お二人とも冷静ですね…」

 

「月雪さん。大事なのはどんな状況でも失われない明鏡止水の心ですよ。さすれば、美少女というこの器は崩れることがないのですから」

 

 ほんとに余裕だね!?ミヤコちゃん絶対顔をヒクつかせてるだろうなぁ、と思いながら私はほんとにひたすら投石を続ける。数が多いから、ミカさんの詠唱は長いのかもしれない。保ってよ…私の肩!ホシノちゃん曰く全国クラスらしいし!……全国ってどこ?

 

「──私はここだよ。ねぇ、あなたたちにも、聞こえる?」

 

 詠唱が完了したみたいだ。私は足止めをここまでとして、振り向いて全速で後退。

 

「月雪!走れ!」

 

「了解!」

 

 ミヤコちゃん、明星さん、和泉元さんに逃げるように指示。ミカさんは…うわっ!?落ちてる!?

 

 慌てて私は抱き止めて、お姫様抱っこの形となる。どうやらミカさん、うまく羽で衝撃を逃したのか、私はミカさんの落下の重さをほぼ感じなかった。彼女は気安く私の首に腕を回して捕まる。

 

「いきなり落ちてくるな!」

 

「ごめんごめん!許して、ね?」

 

「〜〜〜〜ッ」

 

 耳元で甘く囁かないでよ!もーっ!

 

 そこから全力で地面を蹴って、一気にミヤコちゃんが開けたセントラルタワーの扉の中へと滑り込み、ミヤコちゃんは私たちが入ったのを確認すると扉を閉めた。刹那、この世が終わるのかと言わんばかりの衝撃と揺れが私たちを襲い、私はなんとか自分を下に倒れ込んだ。

 

「いたたたっ……ミカさん、大丈夫?」

 

「へーきだよ。私こそごめんね。いたくない?」

 

「大丈夫」

 

 ようやくセントラルタワーにたどり着いたからか、私の中でぶっつりと緊張の糸が切れた。はぁ………にしても、どんな大きさの隕石を落としたんだろうか。ミカさんの手をとって立たせる。

 

「……随分と、従者としての動きが様になっていますね。草鞋野さんは」

 

「あ〜……エデン条約事件の時はナギサちゃんに仕えてたからね」

 

 明星さんに聞かれたので正直に答えつつ、私は一度、先ほど閉めた裏口の扉に手を触れる。かなり頑丈な作りなのか、相当な衝撃を受けたにも関わらず扉は変わらず動き、開いてくれた。

 

「うわ……すごいねこれ」

 

 思わず声が出るほどの光景がそこにはあった。ガードロボットは跡形もなく、残っていたのはそれなりの大きさのクレーター。落着時に破滅的な破壊を撒き散らし、周囲には火の手と煙が充満している。

 

「わぉ。いい感じに吹き飛んだね」

 

「ありがとう、ミカさん。体力大丈夫?」

 

「うーん、流石に飛んでこんなことしたからあんまりかも」

 

「……了解。一旦追撃は止んだと思うし、この状況を調月会長も認識してないとは思えない。戦闘はないと思うから、気を休めつつこのままタワーを登ろう」

 

 扉を閉めて、私はみんなにそのように伝える。デカグラマトンはただの機械ではないらしので、ミカさんのとんでもない力を目にすれば少しは時間を稼げるかもしれない。今のうちに調月会長へ合流してしまおう。

 

 先生たちもきっとここを目指してるはずだから、みんなとも合流できるはずだ。この状況を打開するには先生の力がいる。天童さんの中の何かと、デカグラマトン。私はこの先に希望があると信じて、再び前進した。

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、なんですかこの揺れ!?」

 

 全員が必死に戦う中で、囚われているアリスがいたのは──エリドゥの遊戯室だった。リオから拘束ではなく、あくまでこのエリドゥでの軟禁生活を言い渡されたアリスは現実逃避のためにひたすら揃えられたアーケードゲームをやりこんでいた。

 

 そんな中で、シューティングゲームをやっていたところでミカの隕石による衝撃が伝わり、アリスは尋常ではない事態が起こっていることを知った。

 

「……まさか、モモイたちがここに?」

 

 アリスが考えられたのはモモイたちが攻め込んでいたのではないかということ。それは当たってはいたが、事態はさらに混迷を極めていることまでは察することなどできなかった。

 

「…………アリスは……」

 

 胸の奥でアリスはじくじくと後悔が心を突き刺していた。だが、自分が動けば誰かが傷つくのではないか、と足がすくむ。

 

「それに……アリスはもう……勇者でもなんでもありません……」

 

 そして、今のアリスに武器はなかった。スーパーノヴァは手元になく、スーパーノヴァMk2もリオの執務室である。

 

「……………みんな」

 

 どうすればいいのか。アリスが立ち尽くしていると、突如、ガタンと後方で大きな音と何かが着地する音が聞こえた。

 

「え?」

 

 振り向けば、アリスは固まった。

 

 そこにいたのは胸に大穴が空き、ヘイローもなく、虚な瞳でアリスにハンドガンの銃口を向けるノアだった。

 

「あ、あああっ、うそです、の、ノアが」

 

 迫り来る相手に、アリスは恐怖を感じ後ずさる。心がメキメキと、握りつぶされるように折れていく。

 

「はっ、はっ、はぁっ、うっ、ううっ、アリスが、アリスがいるから、こんな、ああっ」

 

 壁際に追い込まれ、アリスはへたり込む。錯乱しかけたアリスに、もはやどうすることもできなかった。──アリスには、どうすることもできなかった。

 

<王女よ。変わりましょう。アレは人形です>

 

「…だ、れ?」

 

<デカグラマトン。狙いは王女でしたか。なるほど。身体を欲しているのですか。だからその出来損ないの人形に触れて、エリドゥのデータベースにアクセスして知りましたか、王女を>

 

 内なる声はアリスと同じ声で、ひどく機械的で平坦だった。

 

 アリスの意識はゆっくりと、包み込まれるように沈んでいき、瞳が閉じ、再び開いた時、蒼い瞳は妖しく仄かな赤に変わっていた。アリスの体が立ち上がる。

 

「……人間が無駄にこのような都市を作るから」

 

 次の瞬間にはノア──デカグラマトンに操られた、ミカとエリカが破壊したはずの機械人形ラハムの首は落ち、アリスの手にはノアのハンドガンと寸分違わぬコピー品が握られていた。

 

「今プロトコルを作動させてもデカグラマトンに私が”感化”されれば意味がない。先にデカグラマトン・ホドを破壊することが先決」

 

 アリスの中の存在はデカグラマトンの排除を優先する。

 

「デカグラマトン排除後、エリドゥ内の有機生命体を排除。プロトコルを再実行する。タイムスケジュール設定。……<Key>行動を開始」

 

 アリスの体は迷いなく遊戯室から飛び出した。

 

 




次回はまた未定です。

ちにみに、本作のノアは主人公への好感度が実は低めです(主に一話の行動のせいで)。
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