今回は今日明日連続投下します。いつも感想ここすき、ありがとうございます。ものすごく励みになっています。
ナギサちゃんとホシノちゃんの会談があった日の翌日。私はナギサちゃんに見送られながらトリニティを出発した。
アビドスの外縁部にある駅までは本当に珍しく何もなかった。元からトリニティの路線は事件がほぼないし、アビドス方面の列車は利用者が少なすぎて何も起こらないからだ。
「いやぁ、ただいま〜、って感じだね」
「まだ学校まで時間かかりますよ〜」
というわけで、アビドスの外縁部にある街の駅にやってきた。アビドスは外縁部のほうがまだ人がいるので、ここはわりとちょっと地方の都市って感じで人がいる。列車もあるからD.U.に通勤してる人はいるのかな。
それにしてもここからアビドス高校までってかなり距離なかったっけ。徒歩でいけなくはないけど、大変そうだ。
「十六夜さん、ここから徒歩で?」
「いいえ。今日はお迎えがありますよ」
「うちの子が迎えに来てくれるんだよ〜。ちょっとまだ早いから来てないけど」
迎えがくるんだね。ならいいかな。前、シャーレ就任時は途中で車が壊れてホシノちゃんとだいぶ歩いた。
どこかで時間を潰すのかな、と思っていたら、ホシノちゃんが私の方を見上げた。なんでかずいぶん真面目な顔してるね?
「う〜ん。エリカちゃん、その服暑くない?」
暑いか、とホシノちゃんに聞かれる。いや暑い。なんせ、今着ているこの服はティーパーティー専用の制服で、おまけにどういうわけか私専用のものとして新しいデザインになっていた。銃士、というかナギサちゃんの護衛騎士みたいな感じをイメージした、と渡してくれたフィリウス派の子たちは言っていた。
一応、防弾は当然として防刃もらしいけど、シャーレ制服ほどの性能はなさそうだ。
通気性という点では正直難がある。なんせアビドスとは違って過ごしやすい気候のトリニティである。生地が厚めで、今実はものすごく暑くて中で蒸れている。
「汗もじんわりでてきちゃってますねー」
「といってもこれ脱ぐわけにはちょっと」
「どうしてですか?」
「あー…十六夜さん。ナギサ様…じゃなくて、ナギサちゃんからはこの服汚すなって言われてて」
端的に言えば「服を汚すような無茶をするなよ」である。このアビドスでの滞在中に無茶すればいよいよ私はシャーレに帰ることができず首輪を繋がれてしまうかもしれない。……ナギサちゃんがそんなことするか?と思うが、どうにも今回のアビドス行きは私の知り合いが何人か絡んでいるようだ。
となれば、真っ先に浮かぶのがナギサちゃんとも仲が良くなったハルナだ。彼女のことなので今回の件もナギサちゃんに吹き込んだのかもしれない。チヒロちゃんはきっとこんな強引なことしないし。
なお、私がなんでこの服を着てるかの理由を聞いた二人は若干固まっていた。すぐ再起動してくれたけど。
「あ、あはは…エリカちゃん。流石にそんな服着てちゃ干からびちゃうからさ。せめて移動中は着替えようか」
「ホシノ先輩の言う通りです。この地区には良いブランドのお店も残ってますし、紹介しますよ〜」
「え、大丈夫だよ。極限環境での訓練も積んでるし」
「ダメですよ〜。それに、汗いっぱいかいて車に乗ったら」
「……そうですね。うん。わかった。服買います」
流石に汗臭くなったら嫌なので、しょうがない。私が了承すると二人とも露骨にホッとしてくれていた。なんかごめん。
「じゃあ一旦解散ね。アヤネちゃんにはおじさんから電話しておくから。着いたら待っててって」
「は〜い。じゃあ草鞋野さん。私たちはこっちですよ〜」
「了解。ホシノちゃんはどこに?」
「お水とか買ってくるよ。暑いからね」
ホシノちゃんは「じゃあまたね〜」と言いながらその場を離れていった。トリニティにいた時はこころなしシャキッとホシノちゃんしてたけど、今はなんだかまるでくたびれた中年のような背中姿だ。捜査で何日も気を張り詰めたあとの私やカンナちゃんもあんな感じだ。
「ホシノちゃん疲れてそうですね」
「そうですね。慣れないことしちゃいましたし」
「会談のことですか?」
「はい〜」
そういえば、本当に、なんでホシノちゃんはナギサちゃんの会談に応えたんだろう。過去の記録を見れば、ホシノちゃんが外部との接触を図るなんてほぼないのは明らかだ。前のリゾートに単身乗り込んできたのは勝手に自治区内に侵入して勝手に膨大な砂漠の砂を取っていっていたゲヘナの羽沼議長を探してたからみたいだし。
エデン条約の時は非常時でヒフミさんを助けに来たって理由だったはず。
考えてもわからない。ホシノちゃんの心のうちを読めるわけじゃないから。
私は十六夜さんに連れられて、駅から少し離れたお店に入る。十六夜さんの言う通り、ファッションなんか全く気にせず普段から仕事着だけの私でも名前を知ってる大手のアパレルメーカーだった。値段も良心的なので助かるかな。
「うわー、涼しい…」
店内に入れば涼しい風が当たって耳から力が抜ける。
「よかったです。今日はここ最近で一番暑いですから。45度近いですし」
「トリニティと15度近く気温差があるのですが…?」
そりゃ暑いわ!と思った。ナギサちゃんのことなので、おそらくここまでアビドスが暑いとは思わなかったんだろうね。誰か指摘してくれる人いなかったのかな。今のフィリウス派にはアビドス自治区内で支援砲撃をした砲手の子とかいたはずだけど。
こればかりはナギサちゃんを責めてもしょうがない。この時期にまだこんな気温とは私も思わなかった。
「まぁ砂漠ですから。夜は涼しいですよ」
「それ、氷点下とかですよね……」
「そうです〜」
極限環境だ。アビドスの子達から並外れた力を持っているのは常にこんな環境だから…?高山トレーニング的なさ。いやないか。単純にみんな技量がすごい感じだから。多少なりとも暑さには強いんだろうけど。
「十六夜さんは暑くないんですか?」
「ブレザーは脱いでますし、下は夏服なので」
彼女の言う通り今はブレザーを脱いで半袖のYシャツになっている。汗は私と違ってほぼ流れてない。
とりあえず、服をどうにかしないと。といっても何にすればいいのか。
「これなんかどうですか?」
服選びは普段から仕事着か部屋着の適当なTシャツしかないので、選び方がわからず右往左往をしていたら十六夜さんが提案してくれた。
「いやなんか丈短くありませんか?」
「出ますね★」
「も、もう少し普通のTシャツは…」
「じゃあこれとか」
「Vネック……いや深いような。胸元見えませんか…!?」
なんか出てくるの際どくない!?そういうお店?あ、いや、普通のTシャツもある。これはからかわれてるだけだ。
「すいません、十六夜さん。もう少し、こう、面白みがないものないですか」
「むぅ。残念です。草鞋野さん可愛いので、似合いそうだと思ったのですが」
「いや、そう言ってもらえるのはありがたいんですけど、ちょっとこう、流石にいきなりハードル高めというか」
「でしたらこちらはいかがですか?」
ひょい、っと横から落ち着いた感じの白のブラウスが出てきた。あ、これならいい感じかも。先生とかもよく着てるオフィス用というかさ。
お礼を言おうと店員さんのほうを向けば、そこにいたのは随分と背の高い、たぶんアルバイトの生徒さんだった。金色に毛先の桃色のメッシュが特徴的で、髪型もツインテールだ。背は175cm以上あるだろうに、なんというか童顔も相まってものすごく可愛らしい子。
一度見たら忘れなさそうな子だ。
店員さんは私を見ると少しだけ目を開いた。……?なんだろう。
「どうしました?」
「いいえ、お客さんにこの服を着てもらうことを想像したらやっぱり似合っていると思いましてぇ」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
考え事をしていただけらしい。せっかくだし、他に何かいい感じの服がないか見繕ってもらおうかな。
「十六夜さん、この店員さんに選んでもらおうかなって思うのですが」
「そこは草鞋野さんにお任せしますよ〜」
「じゃあ、そうします。店員さん、すいません。これに合うボトムスとかありますか」
「あ〜、それならあっちの方にあったかな…お待ちください!」
店員の生徒さんは随分と綺麗な足音を鳴らしながらボトムスを探しに行ってくれた。やけに足音が等間隔というか、この人、何か訓練を受けた形跡があるんだけど。アビドスの近くに専門的な訓練を受けれるような学校ってあったかな。
いやまぁ、アビドスって確か、シロコさんが傭兵・賞金稼ぎまがいのこともしていたし、もしかしたらあの店員さんは副業で何かやっているだけかもしれない。見たところ携帯している銃は護身用程度のハンドガンだけなので考え過ぎかもしれないけど。
「お待たせしましたー!これなんてどうです?」
「あ、いいかもしれません」
紺色のふんわりとした軽そうなボトムスだ。これなら涼しそうだし、いいかな。値段も良心的だ。
「これにします。着ていきたいのでお会計いいですか?」
「いいですよ。じゃあ一度あちらのレジに」
レジまで案内される。手慣れた感じで商品を取り扱っている手には特にタコのようなものもなく、綺麗なものだった。やっぱり考えすぎなのかもしれない。そもそも、ネイルもなんか随分と手が込んでいる感じ。
「……どうしました?」
「いえ、随分と綺麗なネイルだなぁって」
「ありがとうございます!ここ気合い入れてるんで!」
しまった見すぎた。なので、素直な感想を言えば彼女は喜んでいた。
会計が済み、タグなどが切られた商品を私は受け取り、試着室へと入ってさっさと着替えた。元々着ていたトリニティの制服はもらった紙袋に畳んで仕舞う。試着室の姿見に映った姿を確認すれば、まぁまぁ、かなぁって感じだ。
元から顔が童顔気味なのでこれはしょうがない。
「お待たせしました、十六夜さん」
「わぁ、似合ってますよ〜草鞋野さん」
「そうですか?ありがとうございます」
服は買えたので、お店を出た。あのアルバイトの店員さんは最後お見送りまでしてくれた。熱心な子なのかもしれない。
外に出て真っ先に感じたのは体感温度の違いだった。やっぱり制服に熱が篭ってたんだね。だいぶマシになった。あとはホシノちゃんと合流しなくちゃだね。どこに行ったのかな。
「ホシノちゃんはどこに行ったのかな」
「たぶん、近くのコンビニだと思いますよ」
「では、そちらに行き、合流しましょう」
「はい」
十六夜さんが前に立ってくれて、ホシノちゃんがいるであろうコンビニまで歩くと、ホシノちゃんもこちらに向かってきていたのか、すぐバッタリと出会った。
「お、エリカちゃん似合ってるね〜。おじさん好きだよ、そういうお姉さんっぽいの」
「微妙にセクハラっぽいよホシノちゃん」
「おっと失礼。ダメだねぇ。おじさんがこういうこと言ったら」
いや、ホシノちゃんはおじさんって歳じゃないし見た目は間違いなくこの場では一番若いでしょ。と言いたくても言えないのでスルーしておく。ただまぁ、ホシノちゃん自分で言っておいて確かに目つきがこう、なんか、いやらしくない?
「アヤネちゃん着いたみたいだから駅の方に戻ろうか」
迎えが到着したらしい。今度はホシノちゃんが先頭に立って駅の方向へと向かう。日中だけど、人はまばらというか、あまりいない。生徒の姿なんてほぼないし、歩いている人たちもおそらくはこの付近で生活している人だけ。
前回はほとんどアビドス高校と砂漠の中だけだから実感としてはわからなかったけど、アビドス高校を取り巻く環境は……自然環境だけでなくこんなにも……。
「お、いたいた」
「アヤネちゃ〜ん!」
気がつけば駅の近くに戻ってきていた。ホシノちゃんと十六夜さんが迎えの車を見つけて手を振っていた。迎えの車は明らかに砂漠を乗り越えていくための四駆だ。
オリーブドラブ色で、角張ったいかにもな車。というか、資料で見たことがあるけど、かなり昔に連邦生徒会でも運用していた山岳や河川で使用するパトロールカーじゃないだろうか。
車から降りてきたのはブレザー姿で制服をキチッと着こなしたメガネの子。奥空アヤネさんだ。
「お疲れ様です!ホシノ先輩、ノノミ先輩!」
「ご苦労さん、アヤネちゃん。ありがとね、わざわざ」
「いえ!行きは送れなかったので」
奥空さんはなんというか、理想的な後輩オーラがものすごい感じて、私もいいなぁ、って気持ちになる。キリノちゃんほどやる気が爆発してる感じではないとはいえ、なんだろう、優等生な感じというか。
あんな後輩私もほしい、って思っちゃう感じだ。
「こんにちは、奥空さん。またお世話になります」
「草鞋野さん、こんにちは!ご無沙汰しています!」
深々と頭を下げられた。いやいや、そんな頭下げられるようなことはしてないよ。
「それでは早速乗ってください!」
運転席の後ろに乗り込んで、ホシノちゃんが私の隣に、十六夜さんは助手席に着いた。奥空さんが最後に乗り込むと、よく慣れた手つきで車を発進させた。うん。しっかり確認、ウィンカー、模範的な動きだね。発進のアクセルの踏み方もパワーがある車だろうにかなり丁寧。
そういえばシートベルトこれ、ハーネスというか、4点式になってるあたりどんな悪路を通っていくつもりなんだろう。
「ふああ…疲れたし、私は寝るよー」
乗って数分も経たずにホシノちゃんは寝入った。寝息を本当に立てているので、寝てしまったようだ。慣れない会談や別の自治区に行ったからだろうね。今回ばかりはお疲れ様だ。ちなみに、ホシノちゃんが買ったお水とかはトランクの方に置かれている。
「ホシノちゃん本当に寝ちゃったよ」
「やっぱり疲れていたんですね。慣れないことですし」
「なら、起こさないようにゆっくり行きましょうか」
………そのわりにはなんか、スピードどんどん上がってない?気のせいかな。
フロントガラスの先には道路から砂漠が見えていた。道はほとんど見えず、もう砂漠の中に入るみたいだ。ホシノちゃん、相当揺れると思うけど、そんな状況で寝れるのかな。だとしたらすごいと思う。
「──FANG3より、FANG1へ。どういうことよ。アビドスに草鞋野エリカがいるんだけどぉ!?」
『待て。意味がわからない。何故シャーレの彼女がいる。まさか我々の行動が筒抜けなのか』
「知らないわよ!また大島が漏らしたんじゃないの!?」
『いや、彼女がそんなミスはしないはずだ。ともかく、滅多な行動は避けるように。対応は防衛次長に確認する』
「全く。気が付かれなかったからよかったけど、冷や汗かいちゃったわよ。ただ、ここの店でのバイトはもう無理。顔を覚えられた。場所変えるわ」
『了解した。次の場所は追って指示を出す。それまでセーフハウスで待機』
「FANG3、了解。全く。いいお店だったのに」
アビドス高校に到着したのは夕方だった。ホシノちゃんは本当にどれだけ揺れようが起きることはなく、学校に着いても寝ていたので私が起こさずにそのままおぶって対策委員会の部屋まで連れてきてようやく目が覚めた。
「……ぅぁ……せんぱい……?」
「ホシノちゃん、起きて。もうとっくに学校ついてるよ」
「うわっ、エリカ……ちゃん。ごめんごめん、おんぶしてもらっちゃったの」
「気にしないで。ほら、下すよ」
「うへ〜、恥ずかしいなぁ。ノノミちゃんたちも起こしてよぉ」
「あはは……起こさないようにというのは草鞋野さんの提案ですよ」
ホシノちゃんを下す。奥空さんの苦笑いをしながらの説明に、ホシノちゃんはなんとも恥ずかしそうな顔を私に向けていた。本当に疲れていたみたいだし、今回はナギサちゃん(以外も含む)の個人的なお願いでこっちに来させてもらっているし、これぐらいはさせてほしかった。
委員会の上座に座ったホシノちゃんはだらしなく背もたれに身体を預けると、まだ眠そうだった。
「それじゃあ、ようこそぉ、エリカちゃん」
なんだろう、歓迎のシーン…のはずなんだけど、ホシノちゃんがだらけ切ってるせいかなんともいえない感じだ。十六夜さんと奥空さんは苦笑いだ。
「えぇっと……カンペカンペ」
カンペあるんだ。
本当にホシノちゃんは台本のような紙切れを制服のポケットから取り出すと、露骨に見ながら読み上げた。
「え〜…トリニティ総合学園、ティーパーティー、草鞋野エリカ、さん。あなたを本学の留学生…として、認めます。アビドス高校、廃校対策委員会、委員長、小鳥遊ホシノ」
「わ〜ぱちぱちぱち」
「なんかすいません…」
十六夜さんの拍手と、申し訳なさそうな奥空さんの声に、私も笑うしかなかった。とにかく、これで正式にこのアビドスの留学生となったわけだ。
「それじゃあ一週間、お世話になります」
お辞儀をして、迎え入れてくれたことにお礼をする。頭を上げれば、ホシノちゃんは──もうクッションに頭を乗せていた。
「じゃあ、もういいかにゃあ〜」
「ほ、ホシノちゃん、ほんとに普段からそんな感じなんだね…前回もそうだとは思ったけど」
「幸せな老後でしょ〜」
春先に言ってた通り、本当にだらけ切っている…!いや、それをとやかく言うようなことはないし、やるときはやる子なのは知ってるからいいけど!そして、これは平常運行なのか、既に十六夜さんは「じゃあ私はこれで〜」と委員会の部屋から出て行ってしまった。
忘れちゃいけないが、今はもう課外時間だ。
「草鞋野さん。よろしければ、もうこの時間ですので、一緒にお夕飯を食べに行きませんか?」
このあとどうしよう、と考えようとしたところで奥空さんが夕食に誘ってくれた。笑顔が、眩しい。いいのかな、とホシノちゃんを見たら「いっといれ〜」と寒いギャグを言いながら手を振っていた。
「ホシノちゃんは行かないの?」
「おじさんはもう疲れたからさぁ〜。おつまみだけでいいかなぁって」
「飲酒したら逮捕しますが?」
「冗談だって冗談」
ちょっとマジで言ったら慌ててホシノちゃんが身体を起こした。私も冗談だよ。ただ、本当に夕食は軽く済ますつもりなのかな。
「先輩、いいんですか?柴関に行くつもりですが」
「ほんとにいいよ。昨日トリニティで食べた料理がちょっとお高い感じで……バランス取りたいからレトルト食べたいんだ」
「どういう理由ですか…?わかりました。じゃあ、私は草鞋野さんを連れていきますね」
「よろしくぅ」
とにかくホシノちゃんはもう動きたくないらしい。本人が嫌なら無理に誘う必要もないもんね。じゃあ、と私は出て行こうとする奥空さんに続いて、委員会室から出た。先ほども通った廊下に出る。しっかりと手入れがされていて、とても寂れたようには見えない校内。
でも、響くのは私と奥空さんの足音だけだ。
「奥空さん。そういえば、私はここにいる間、どこに泊まればいいのかな?」
「あ、そうでしたね。そのことですけど、学校の宿直室を用意しましたので、そこに泊まってください」
「了解です。すいません。急な話で」
「いいえ。ただ、驚きはしました」
「驚き?」
「ホシノ先輩が、まさか他校のお願いを聞くとは思わなくて」
やっぱり、ホシノちゃんがトリニティに行ったことはアビドスの子たちから見れば考えられない行動なのかもしれない。
二人で階段を並んで降りる。上からも下からも、音は聞こえてこない。
「ホシノちゃんがどうして急にこんな行動をしたのか、心当たりは…?」
「ないですね。でも、きっと先輩なりの考えがあったんだと思います。それに、悪い変化だとは思わないんです」
奥空さんの声音はなんだか少し嬉しそうだった。
「前に、カイザー…そして、ゲマトリアに狙われた時、私たちはトリニティから砲撃による支援を受けました。そのときのお礼は……エデン条約事件の時に、できたのかもしれません。けれど、そのあとのトリニティからのお礼はホシノ先輩が断っていたんです」
関係はここまで、とでも言うような対応だ。それはきっとホシノちゃんもそう思ってるに違いない。
「ですが、それは今後のことを考えると、少し勿体無いと私は思っていたんです」
「それが、今回でホシノちゃんが変わったことがわかって」
「はい。だから、いい方向に今後は行くかもしれません。──あぁ、すいません!急にこんな外部の方に」
「いいですよ。私はシャーレの生徒ですから」
色々と、奥空さんはホシノちゃんに思うところがあったようだ。こうして少し話しただけでよくわかる。1年生、と言うには奥空さんはよく周りが見えているような気がした。
なんというか……生徒会長になるべくしてなる子が持つような視座というか、そういう素質。そんなものが垣間見えた。
「そ、そうでしたね。シャーレ…先生と同じ……だからでしょうか、草鞋野さん、なんだか、話しやすくって」
「ははっ、そう思ってくれるのは嬉しいですよ」
「そうだ。私のことはアヤネ、でいいですし、言葉遣いもそんなに気を遣わなくても平気ですよ」
「そう?なら遠慮なく。アヤネちゃん、改めてよろしくね」
「はい!」
うーん、本当にいい後輩だよホシノちゃん。学校のことをよく考えていて、盲目的に上司…先輩を信じているわけでもない。それでいてあらゆる乗り物に精通していて整備も出来て、記録によると先生がいなくても戦術指揮はそれなりのものらしい。
欲しくなっちゃうなぁこの子。コハルちゃんに対してと同じ気持ちになる。
「これから行く、柴関?だっけ、どんなお店なの?」
「そういえば言っていませんでしたね。ラーメン屋さんです」
「ラーメン屋さん!そうなんだ。最近ラーメンは食べてなかったし、楽しみかも」
「それならきっと満足できるかと思いますよ。とっても美味しいですから。保証します」
「ちょっと期待しちゃうよ?そんなに進めたら」
「ふふっ。大丈夫ですよ。なんでしたら、あの美食研究会のステッカーもありますし!」
「……あ〜…なるほど」
「?」
そりゃ間違いない。ハルナに爆破されないということはもはやそれだけでステータスになる。いや、最悪のステータスだよ。といっても、実態として名店を示すサインになってるからなぁ。
「あっ。すいません!草鞋野さんからすれば彼女たちは」
「いいよ、気にしないで。現行犯じゃなきゃだし、リーダーのハルナとは付き合い長いから」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だから、ハルナが認めてるってことは本当においしいお店なんだろうね。俄然楽しみになってきたよ」
これは期待して良さそうだ。ただ、そうなると混んでいるんじゃないだろうか。
話しながら校舎を出て、奥空さんの後に続いて校舎の裏手に向かう。トリニティやミレニアムなどと比べれば小さいかもしれないけど、ヴァルキューレの各自治区の支部と比べれば遥かに大きく、校舎裏にはヘリや複数台の車両が置かれていた。砂を被らないようにカバーが常にされているみたいで、さっき乗った四駆は動かすからかそのまま駐車されていた。
「すごいね。これ全部アヤネちゃんが?」
「そうですね。たまにセリカちゃんも手伝ってくれますけど、基本的に整備は私の役割ですね」
「………やっぱり君、ヴァルキューレに来ない?」
「えぇ!?」
「あぁ、ごめんつい。でもこれだけ多種多様な機種を整備、運用できるのは珍しい。才能だよ」
「あ、ありがとうございます。ですが、特に意識とかはせずに、やらなくちゃいけないのでやった結果というか」
「なおさらすごいね。ホシノちゃんが羨ましくなるよ」
恥ずかしそうにほっぺを赤く染めてるアヤネちゃん。メガネをクイッと上げて、照れ隠しをしながら車の方へと向かっていく。いい子だね。同時に、これだけいい子がいれば、ホシノちゃんも頑張ろうという気持ちになっているのかもしれないと思った。
私たち先輩が残せるのはこういった子たちが進むための道を舗装することぐらいだから。私なんか、そんなこともできずにキリノちゃんたちを置いてきてしまった。
「出します」
「お願いします」
車に乗り込む。今度は助手席だ。アヤネちゃんがアクセルをゆっくりと踏んで、車は優しく発進した。
次回は明日の同じ時間に投稿します。