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「ふあぁぁ……」
目が覚めた。目覚ましもかけずに起きたのは久しぶりで、すっきりした目覚めだった。体を起こせばそこは敷布団の上。アビドス高校の宿直室はなんだかヴァルキューレの交番のような畳の部屋だった。
置かれているのは小型の冷蔵庫や電気コンロ、電子レンジ、ブラウン管の古いテレビやちゃぶ台。本当に仮眠用の部屋って感じ。冷蔵庫の中にはホシノちゃんがお水とかを入れてくれていた。
「今何時…もう6時か」
朝の6時。いつもならシャーレへの登庁準備を始める時間だ。間違っても布団の上にいる時間じゃない。でも、今日はそんなことも気にしなくていい。アビドス高校の朝礼の時間は8時45分と、昨日アヤネちゃんが別れる前に教えてくれた。
時間はあるけど、だからといって二度寝する気にもならず布団を出る。洗面台は一応あるので、最低限の身だしなみは整える。トリニティではそのあたり結構気を使ってしまうし、普段は絶対使わないようなお高い化粧品で化粧をする必要がある。
だって、ナギサちゃんの護衛なのだから、気品っていうか、格というか、そういうものが必要だから。
「………今はトリニティの生徒だからね」
室内にかけられた制服はシャーレのものではない。私専用に用意されているティーパーティーの制服だ。しかも、ナギサちゃんはいつの間にかミレニアムのエンジニア部にお願いして、あの制服はシャーレの制服同様高い防弾性能を誇っている。
なんでそこまでしたのかと疑問に思い、私の頭ではその理由がわからなかったので、昨日ミカさんにモモトークで通話をしたところ理由を推測して話してくれた。
──今シャーレの生徒名簿見たけど、エリカちゃんウチの子になってるよ。
──えぇ!?
──つまり、シャーレから一時的に転校させられてるね。
──せ、先生までグルってことなの…!
──そういうことじゃんね。でもまぁ、ナギちゃんらしいねぇ。このやり方。
──どういうことなの。
──じゃあ問題です。真面目な草鞋野エリカさん。あなたは他校に派遣されて、その先で生徒会長の顔に泥を塗るような真似、できますか?
ナギサちゃんの恐ろしいところ、というか、本気で心配させてるというのがわかってしまい、昨日は寝る前かなり落ち込んでいた。私の性格を考えた上で、所属をトリニティにわざわざ移すというやり口はなんだか出会った頃のナギサちゃんを思い出して震えてしまった。
トリニティの制服に袖を通して、髪の毛も緩く襟足のところをリボンで結ぶ。白の手袋を両手に嵌めて、黒のニーソックスを両足に履く。最後に、エデン条約事件以降トリニティから永久貸与されているライフル……コハルちゃんのそれとは色が真逆のそれを取って鏡の前に立てば、桐藤ナギサ会長の護衛、草鞋野エリカが立っていた。
「警察、防衛室事務員、シャーレの補佐官、トリニティの銃士……なんだか、私が誰なのかよくわからなくなっちゃうな」
清澄さんなんかも変装しまくるし、こんな気持ちにならないのだろうか?
時計を見れば起きてから30分は経とうというところ。せっかくだし、早朝の校舎の中を見て回ってみよう。
宿直室は校舎内1階の玄関口から遠くない距離にあった。どうにも、本来は用務員さんの控室として用意されていたみたい。廊下に出れば、僅かながら埃っぽいというか、人気がない感じがする。全校生徒5人だからなのかもしれないけど。
話の通り、夜は冷えて、今も廊下は少しだけひんやりとしているけど、窓からは徐々に暑さも感じる。少しすればもう暑くなると思う。
下駄箱のある玄関へとやってくれば、物音を耳が拾う。え、こんな時間にもう登校してくるの?
「おや?エリカちゃん、早起きだねぇ」
「ホシノちゃん?おはよう、早いね」
「そりゃあおじさんだからね。朝は早いよ〜」
まだ朝だからか少しだけしゃんとしてるホシノちゃんがいた。
「こんな時間に学校に来てるなんて意外かも」
「そりゃそう思うよね〜。実際、やることは特にないけど」
「え、じゃあ何を……」
「委員会室で二度寝だよ」
「ちょっと見直しちゃった私の気持ち返して」
「ごめんねぇ。おじさんはもらったもの返さない主義だからねぇ」
ひらひらと手をふりつつ、ホシノちゃんは対策委員会の委員室へと向かっていく。私もせっかくなのでホシノちゃんと一緒に行くことにして、横に並んだ。
「ありゃ、いいのに」
「私も特にやることなくて、ぶらぶらしようとしてたぐらいだから」
「来ても寝るだけだよー」
「そんなこと言わずに、少しおしゃべりとかしようよ」
「おしゃべりかぁ〜若いっていいねぇ」
「ホシノちゃんも若いでしょ」
見た目だけで言えばアビドスの中でも一番幼くて若いのに何を言ってるのやら。
ホシノちゃんの足取りは言葉遣いとは裏腹にしっかりとしたもので、独特だけどちゃんと整った歩調だ。晄輪大祭の時も思ったけど、ホシノちゃんはどこであんな戦闘技能を身につけたんだろう。
「エリカちゃん、普段からこんな早起きなの?」
「そうだね。シャーレは朝早いし、ヴァルキューレの時は早番もあるからね」
「うへー、考えられない世界だ。疲れない?」
「疲れるけど、慣れちゃった」
よくないとは思うけど。歳を取った時にこの無茶の反動は凄まじいだろうね。
「そういえばホシノちゃん。気になったんだけど、対策委員会ってさ」
「ん?」
「生徒会組織だから生徒会室でやらないの?」
ピタリと、階段を登ろうとしたホシノちゃんが止まった。彼女は振り向かず、完全に静止している。……なんか、これ聞いちゃいけなかったことかもしれない。
まるで私が、”先輩”のことを突然言われたかのような、そんな雰囲気が彼女からする。
「やだなぁエリカちゃん。あそこが対策委員会のお部屋なんだから、あそこが生徒会室みたいなもんだよ」
またホシノちゃんが歩き出す。今の言葉は振り向かずに言われた。これはやっぱり聞いちゃいけない話だったかもしれない。
「そうだね。ごめん、変なことを聞いちゃって」
「いーよ別に」
「そういえばホシノちゃん、昨日、アヤネちゃんに連れて行ってもらったラーメン屋さん、おいしかったよ!」
「でしょ?」
話題を変える。ホシノちゃんもすぐに切り替えてくれた。
「昨日は結局何を食べたのホシノちゃん?」
「えっとね、カップ麺とコンビニでサラダかなぁ」
「……結局ラーメンじゃん!あとなんでサラダ」
「ん〜、罪悪感の相殺」
「野菜マシマシのラーメン食べるのと同じなんじゃ…」
これなら昨日一緒にいけばよかったのに。そうだ、ご飯といえばまだ朝ごはんがまだだ。
「ホシノちゃんはご飯食べたの?」
「今日は食べなくてもいいかなぁって」
「いやいや、それはよくないよ。せっかくなら有り合わせで作ろうか?」
「嬉しいけど、なんか悪いなぁ。エリカちゃんはお客さんだからねぇ」
「気を遣わなくて平気だよ。調理場はある?」
「あるよー。たまーに家庭科室でご飯作ってみんなで食べるし、食材も少しは何かあったはず」
そういうことならホシノちゃんに何かを作ってあげよう。
「じゃあ朝ごはんを食べよう。家庭科室はどこかな?」
「それならこっちだよ〜」
もう1階上がるところを上らずに、ホシノちゃんは対策委員会の委員会室がない階の廊下へと出た。ここは比較的よく行き来するのか、使われてる感じがある。
「あれ、この部屋」
「あぁ、そこは初めて先生がアビドスに来た時に貸した準備室だね」
ドアが僅かに空いていた部屋が気になったら、どうやらここで先生はアビドスでの仕事をしていたらしい。ホシノちゃんが引き戸を開けて電気をつければ、ほとんど何もないけれど、デスクの上にペン立てがあって、そこにシャーレのマークが入ったボールペンとかが残っていた。
「エリカちゃんも使う?」
「宿直室を貸してくれるだけで大丈夫だよ」
「そっかぁ」
用もないので、電気を消して先生用の部屋から出て、再びホシノちゃんの先導で家庭科室へと向かう。
「ホシノちゃん。ホシノちゃんは何食べたい?」
「え?そんなのなんでもいいですよ」
唐突にぶっきらぼうな口調で、一瞬その言葉が目の前のホシノちゃんから発したモノだと理解できなかった。声音まで違ってびっくりする。
「ホシノちゃん?」
「うへ、ごめんごめん。変な言葉遣いになっちゃったね」
「びっくりした。でも、それぐらい、私に気を許してくれてるってこと?」
驚いたけど、もしかしてさっきのがホシノちゃんの素だったりして。……それはそれで猫を被るんじゃなくておじさんかぶれなのは謎すぎるけど。ホシノちゃんは振り向かずに「あはは…まぁ、そんなところー」となんだかバツが悪そうに言っていた。
家庭科室にはすぐ辿り着いて、ホシノちゃんがポッケから鍵を取り出すと慣れた様子で扉を開錠していた。引き戸を引いて中に入れば、そこはなんとも一般的な家庭科室といった感じで、よく使うのか使用感と小綺麗さがあった。
「なにがあったかなぁ」
冷蔵庫は家庭用のが1台あって、誰かの字かわからないけど中に入っているものの賞味期限や消費期限が細かく入っていた。
「この付箋は?」
「セリカちゃんだね。食品もタダじゃないから無駄にしちゃだめーってね」
「なるほど」
確か、会計さんだったよね黒見さん。こういう細かい管理は得意なのかな。
「うーん、卵が……おお、だいぶ近いね。他は……ソーセージとかあるね」
「どれどれ。見せて、ホシノちゃん」
ホシノちゃんの後ろから冷蔵庫を見てみると、いくらかの食材が見えた。ただ、必要な分を買っているのか、そんなに多くはない。うーん、朝ごはんだし、ここは軽めのものにしようかな。
おぉ、バターもある。これならいけそう。
「ホシノちゃん。ベーキングパウダーとかある?」
「あったかなぁ。粉物はこっちだった気がする」
一旦冷蔵庫を閉めて、ホシノちゃんが周囲の戸棚を開けていくと、ちゃんと虫が入らないように保管されているベーキングパウダーとかがあった。ここを管理してる人はこまめなんだね。他の品ものも、初めて来たのにすぐわかるぐらい整頓されてる。
「ほい、エリカちゃん」
「ありがと。それじゃあ作るから、適当なところで座ってて」
「はぁ〜い」
誰かに料理をするのは久しぶりだ。軽めの朝食といっても、美味しいと言ってもらえると嬉しいので頑張ろう。
「はいお待ち」
「うわぁ、すごいね?パンケーキ?」
「甘くないパンケーキにスクランブルエッグ、ソーセージを添えて。お好みでケチャップとかどうぞ」
「おいしそ…」
ホシノちゃんから可愛らしいお腹の音が鳴った。彼女は「うへへー、恥ずかしい」と顔を赤くする。ホシノちゃん、こうしてると本当に可愛いというか、後輩っぽいというか。先生が守った子、なんだよね。
「じゃあさっそく…いただきまーす!」
「どうぞ」
ホシノちゃんは豪快にパンケーキにかぶりついて、そのまま次にソーセージにも手をつける。一口含んだあとは顔が緩んでいた。よかった。口にあったみたい。
「おいしー!おじさんこんな朝ごはん食べたことない!」
「よかった。お茶も用意したから飲んでね」
「おぉ〜、おしゃれだねぇ」
トリニティの生徒だからね今は。この家庭科室にあったのはインスタントだけど、形だけでもそれっぽくポットから、ソーサーの上にあるカップへと注ぐ。
「そういえば、カップといえばナギサちゃんからもらったのは?」
「あぁアレ?あれは今度、ノノミちゃんとお茶する時に使おうかなぁって」
「そうなんだ。十六夜さんって、やっぱりそういうの、慣れてるの?」
「そりゃお嬢様だかんねぇ」
やっぱりお嬢様なんだね。それならどうしてアビドスに…?と思ったけど、そんなことを聞くのは失礼極まりないので聞かない。
それにしても、ホシノちゃん本当にいい食べっぷりだね。
「エリカちゃん、そんなにあたたかーく見守らなくても」
「ごめんね。じゃあ私も食べようかな」
流石に見すぎてしまった。あ、その前に。
「ホシノちゃん、口元ついてるよ」
ポケットティッシュでホシノちゃんの口元を拭ってあげる。ケチャップついてた。
「……………」
「ホシノちゃん?」
「うひっ!?あ、あははっ、ありがとねっ」
「どういたしまして」
よし、私も食べよう。いつもエンジェル24でサンドイッチとかおにぎりとかばかりだから、ちゃんと朝ごはん作るの久しぶりだ。
盛り付けた自分の分を持って、ホシノちゃんの横に座った。
「うんっ、おいしくできてる」
「本当に美味しかったよ。桐藤ちゃんに作ってあげたりしてるの?」
「ナギサちゃんに?まさか。私は護衛だよ?料理はティーパーティー専属のシェフ担当の生徒のお仕事があるからね」
「ふーん。なるほど。専属までいるなんてほんと、お嬢様学校なんだね」
「慣れるまでは大変だったよ。ウン万円する紅茶風呂とか…」
「なにそれ」
それからしばらく、ホシノちゃんとトリニティの話題になった。外から見れば信じられないような金銭感覚のトリニティ生の話はホシノちゃんからしても意味不明らしく、終始「うそぉ」「それだけあったらアビドスも買えそう」とか言ってた。
実際、トリニティの資産は相当なもので、装備品も実働部隊である正義実現委員会やティーパーティー直属の砲戦隊などはそこそこ最新の装備も混じっていた。
「──っていう陳情もあってね」
「いやぁ、ほんと知らない世界だねぇ。やっぱお金は、あるとこにはあるもんだね」
「それは同感。シャーレなんかこの前まで常にポンコツの車ばっかり回されたし」
「ポンコツって?」
「私とミカさんでドア閉めたらフレーム歪む車とか」
「えぇ…」
アレはひどかった。新しい車も数日前のミレニアムの事件で潰したし。どうにかならない?とカヤちゃんを通して財務室にお願いをしているけど、せめて中古でもまともなのが来て欲しい。
「ウチの買う?」
「あ、そこはタダじゃないんだ」
「そりゃもちろん。アヤネちゃん印は一級品だよぉ」
「割と本気で考えちゃうかもそれ……」
「どんだけひどいのさぁ」
アヤネちゃんの整備したものならなんだか信頼できそうなので、先生にちょっと相談してみようかな。アビドスとは先生の方が付き合い長いし、考えたこともあるかもしれないけど。
朝食を二人で食べ終えた。ホシノちゃんは満足してくれたみたいだ。
「ごちそうさま。おいしかったよ〜」
「よかった。ホシノちゃんが喜んでくれて」
思わず褒められて顔が緩む。
「うへぇ。エリカちゃん、そんなに嬉しいの」
「そりゃね。なかなか人に食べさせる機会ないから」
「そうなんだ。ならおじさん専属にならない?ここ空いてるよ」
脇を広げてふざけるホシノちゃんに私は吹き出す。
「ふふっ。ホシノちゃん、なんだか本当におじさんっぽいよ」
「そりゃおじさんだもん」
二人して笑った。
「姉御、何見てるんすか?」
「……あぁ、副局長。例の警備局からのな」
「逃げ出したってやつっすか?SRTなら根性あるもんだと思ったんすけどね」
ヴァルキューレ警察学校本部、その公安局の執務室の中でカンナは局長席に座りながら、紙で纏められた資料に目を通す。
そんなカンナにコーヒーを差し入れるのは同じく公安局であり副局長を務めるコノカだった。カンナの同期であり安全局の副局長だったエリカとは、真逆の雰囲気のコノカからコーヒーの入ったカップを受け取りつつ、カンナは口を開く。
「私はそうは思わんな、副局長」
「どういうことっすか?」
「勤怠態度も良好、直近では警備局らしからぬ現場への急行速度。元小隊メンバーでの連携は明らかにヴァルキューレ警備局では敵わないレベルだ」
「どれどれ……なるほど、確かに辞める理由ないなぁ」
「そもそもとして、元DINGO小隊は抵抗していた生徒の中では最初にヴァルキューレへの転属を決めた小隊だ。RABBIT小隊と比べれば警察官としての意識も強かったからな」
「聴取したの姉御でしたっけ?」
「小隊長の狐狼ミエ。彼女の聴取を私がやった。生真面目なやつだった」
コノカはカンナの手元にある資料に目を通す。載っていたのはカンナが名前を口にしたDINGO小隊の小隊長を務めていた狐狼ミエに関する資料だった。SRTでの成績は1年生の中では上位に位置し、技量が劣る小隊員たちを率いて1年生主席の小隊を負け越しはあるものの、数度撃破しているという内容が書かれていた。
「他の小隊員たちはわからんが、彼女が逃げ出すという真似はするとは思えない」
「じゃあなんすか?何か企んでるんすか」
「どうだろうな」
「まさか他のSRTの連中とつるんでテロとか」
「いや、それもないだろうな。今のSRTであるFOX小隊とRABBIT小隊は実質防衛室とシャーレの預かりのようなものだ」
カンナはそれに、と脳内で続ける。
「(──それに、SRTとしての仕事も出来ているからな)」
カヤや先生により、結果として抵抗したRABBIT小隊と、最後まで転属をしていなかったFOX小隊はSRTとしての活動を続けられている。そのことをカンナは知っている。
「だから、滅多な真似はできんはずだ。あとは、あのバカもいる」
「あぁ、エリカの姉貴がSRTの面倒みてるんすよね。そりゃバカやれねぇや」
コノカはエリカが関わったキュドモス事件の真相を知る数少ない一人であり、エリカとは親交があった。コノカは脳裏に、安全局時代の堅物感溢れるエリカを想像してSRT生たちが締め上げられている姿を想像していた。
「姉貴がいるなら残留しているSRT生はいいとして、やっぱりコイツらなんで消えたんすかね」
「それがわかれば私がこうして、資料を警備局からもらっていない」
「もう探しません?」
「……SRT絡みだ。まずは動くべきところが動くべきだな」
「どういうことっすか」
「さぁな。副局長、一旦この件は私が預かる。何かあれば声をかける」
「了解。あっ、そうだ。姉貴と久しぶりにパフェでも食いに行こうかなぁ〜」
「それはダメだ。あいつは今休暇だ」
「休暇ァ!?あの仕事人間の姉貴が!?」
「無理やり休まされてるようだ。シャーレはいい環境だな」
「ははっ。流石の姉貴も上の言うことは聞くんすねぇ。じゃあしょうがねぇや。姉御、姉貴におみやげ期待してるって言っといてください」
「自分で言え」
「え〜…まぁ言いますかね」
コノカは一度自席へ戻ろうとしたが、何かを思い出したかのように振り返り、カンナ側へとやってくる。
「なんだ。じゃれてる暇はないぞ」
「2068、投入成功っす」
「………了解した」
「失踪、といえばこっちの案件もあったっすからね」
「追跡はどうだ」
「手荷物は持ち込めないってことで、無理っす」
「なら連絡待ちか。内容次第で動くぞ」
「ウッす」
今度こそ、コノカは自席へと戻っていき、カンナはコーヒーを飲みながら警察手帳となっている生徒手帳を取り出し、ページをぱらぱらと捲ってあるページで止める。そのページには2068という番号が書かれ、番号の下にとある生徒の写真があった。
「(エリカの紹介だったが、まさか本当に潜り込むとはな。噂には聞いていたが、今回の件が片付いたら要警戒対象だな)」
生徒の写真の下には名前が記載されている。カンナはその名前を指でなぞる。
「(──陸八魔アル。便利屋68社長。エリカが恐れたほどの実力、見せてもらおうか)」
「……んぇ、ここは」
ボヤけた視界の中でカヤの意識は覚醒した。彼女の耳に届くのは電車が軌道の上を走る音のみであり、彼女の意識が途絶える直前にいた子ウサギタウンの静けさとはまた違う静かさだった。
「あら、目が覚めたのね」
「……はい?」
声をかけられ、カヤが横を向く。焦点が合い出した視界の中で右を向けば濃いピンクブロンドの髪を結い上げ、メガネをかけた作業服姿の少女がいた。カヤは自分たちが電車の座席に座っていることもようやく認識した。
「あなたもバイトをしに来たの?」
「へ?」
くすりと、カヤの横に座る少女が嗤う。本能的にカヤは目の前の少女が危険人物と判断し、いつの間にかFOX小隊に仕込まれてしまった癖からか、腰のホルスターに備えてあるハンドガンを抜こうとするも手は空を切る。
「………どうやら違うようね」
「くっ…一体ここはどっ──」
「静かにしなさい」
「ふぐ…ぅ…!?」
怒鳴ろうとしたカヤを隣の少女が口を咄嗟に抑え、黙らせる。カヤは状況もわからず、なぜこんな電車に乗せられているのかも理解できず、パニックになりかけたが、僅かに残った超人としてのプライドがそれを抑えた。
メガネの奥から少女に「次騒いだら殺す」と言わんばかりの殺気を受け、カヤは体が勝手に頷き、口元から手が離れる。それとほぼ同時に、二人の元に足音が迫ってきた。
「………………」
「なにかしら?」
「……………」
現れたのは重武装した兵士であり、銃口は僅かに浮き、カヤへと向けられている。
「ごめんなさい。寝起きが悪いみたいなのよ、この子」
「……………」
「よく聞かせておくわ」
少女の言葉を聞き入れたのか、兵士はその場から離れていく。巡回しているのか、兵士は別の車両に移っていった。
「ありがとう、ございます」
「気にしないでちょうだい」
ここは一度素直に見せておくべきだとカヤは判断し、口だけは少女に礼を告げる。それを相手はなんてことはないと受け流し、小さくため息をつく。
カヤは一旦自らの状態を確認する。着ている服は隣の少女同様、カーキ色の作業服で、連邦生徒会の制服ではない。
「(銃に、携帯、その他の持ち物は全てなし。私は、拉致されたということですか)」
ここで意識が覚める前のことをカヤは思い返す。DINGO小隊捜索を依頼するために子ウサギタウンを訪れたカヤは、そこでミヤコに状況を説明し、ミヤコもかつての同級生であったためにカヤからの依頼は快諾。
カヤは満足して連邦生徒会、サンクトゥムタワーに帰ったはずだった。
「(……子ウサギタウンの端、駅へと向かう途中の路地、あそこからの記憶がありません)」
近道をしようと路地を通ろうとカヤがしたところ、それ以降の記憶がまるでフィルムが切られたかのようにプツリと途切れていた。おそらくそこで、何かをされたのだろうとカヤはようやく現在置かれた状況が現実であり、窮地であると知った。
周囲を見れば、この列車に乗っているのはカヤだけでなく、同じ作業服を着た多くの生徒たちであり、生徒たちは皆一様にひどく暗い顔をしていた。まるでこれから地獄に落ちると言わんばかりの様相に、カヤはこの列車が一体どこへ向かっているのか不安に駆られた。
「少しは落ち着いたかしら」
「………落ち着けるものですか。私は拉致されたのですよ?」
「そうなのね」
「そうなのね、となぜそんなあっさりと」
「ここにいる子たちはみんなそうよ。借金、薬物、その他非合法なこと…何かしら”ツケ”があるのよ」
「私には借金なんてないですし、誰からも恨みを買うような真似もしていません」
カヤはハッキリと告げる。この場にもし連邦生徒会のメンバーなどがいればもはや呆れるほどの白々しさだが、カヤの隣にいる生徒は一瞬目を見開き、再び鋭くした。
カヤは目の前の少女──ツノがあることからゲヘナ生であることがわかる──が、何枚も上手の相手に見え、気後れする。
「(私ほどの超人が圧を受けるとは。何者ですか、この少女は)」
「その目、真っ直ぐね。……どうやらあなたは違うようね」
見透かすような瞳にカヤは言葉を返せずにいる。
「今、私たちがいるのはアビドス砂漠よ」
「……あの僻地ですか?」
「えぇ。でも、僻地と、言うのはよくないわね。この地にもいいところはあるし、たくましく生きている子たちがいるもの」
知っているかのような語り口に、周囲の生徒たちとは明らかに違う余裕のある振る舞い。カヤはますます少女のことがわからなくなる。
「だいたい、この列車はどこに向かっているのですか?」
「さぁ。それは私にもわからないわ。そもそも路線も記録されてない非合法みたいだから」
「……………一体あなたは、何者なんですか」
カヤは問いかける。問いかけられた少女は不敵な笑みを見せ、ちょうど逆光が彼女の顔に影を落とす。
「私はアル。それ以上でも、それ以下でもないわ。あなたは?」
一等の悪党。目の前の少女──アルから発せられた覇気に、カヤは鳥肌が立ち、慄く。
「私は不知火カヤ。どうぞ、よろしくお願いします」
超人が遅れをとるなどあってはならない。カヤは虚勢を張り、堂々と名乗り返す。アルが「へぇ…」と感心したような表情を見せた。
「カヤね。よろしく。………列車を降りたら一緒に行動しないかしら?」
「それはいいですね。ちょうど、私も同じように考えていました」
カヤとアル、互いにこの場にいるべきではない存在と理解し合い、二人は視線で握手を交わす。列車は仮面を突き合わせる少女たちを乗せたまま、灼熱の砂漠を進んで行った。
「(し、不知火カヤって連邦生徒会の防衛室トップじゃない!なんでいるのよ!)」
不敵な笑みを見せながら、便利屋68の社長、陸八魔アルは内心白目を剥いていた。
「(あのギャル警官!何がちょっとよ…!連邦生徒会攫うような連中がちょっと見てくればいい相手なわけないじゃない!)」
アルはヴァルキューレ公安局の民間協力者として、便利屋68で依頼を受け、怪しげな土木作業の闇バイトに潜入していた。公的機関からの依頼であり、これはチャンスだとアルは社員たちの制止も振り切って自ら仕事に飛び込んだ。
公的機関からの依頼であり、依頼してきた公安局副局長の口振りからして、安全は確保されているとアルが思い込んだために。
「(どうすればいいのよ…!なんかどんどん巻き込む感じになってるし。いやでも、連邦生徒会よ?きっと優秀なはず……私よりも……弱気になってもしょうがないわ。こうなったら、やってやるしかないのよ、アル!)」
アルの目的は闇バイト──その実態は次々と生徒が失踪している原因とされているということを突き止めるためのものである。そのため、アルの目的からすればカヤは見事に証拠そのものであり、カヤを連れて帰れればアルの目的は達成できる。
「(何より、連邦生徒会に恩を売れる…先生の口添えがあれば、安定した連邦生徒会の業務委託にも入札できるようになるかも!)」
皮算用をしながら、アルは脳内のそろばんを叩き、目の前のカヤとも協力することを決めたのだった。
アル「(フッ…アウトローとして決まったわ)」
カヤ「(ふふっ……これが超人の余裕というものです)」
なんというか出会ってよかったのかこの二人という感じですが出会わせてしまいました。
次回はまた明日の同じ時間です。よろしくお願いします。