それではよろしくお願いします!
ハイランダーの子たちが上がってきたのは数分後だった。
「失礼します。突然の来校にも関わらずお招き頂き──」
「ここが生徒会室?」
「せまーい」
「ちょ、お二人とも!?」
礼儀正しく入室してきた事務官、と名乗っていた子の後ろから緑色の髪をした小さい子二人が飛び出してきた。ツインテールの活発そうな子と、ロングヘアのふわっとした子だけど、顔立ちは近いものがあるし、双子なのかな?
礼儀正しい事務官さんの後ろからひょこっと顔を出して顔出し0秒で失礼な言動だった。事務官さんが顔を青くして「すいませんすいません!」と頭を慌てて下げていた。なんだろう、ものすごく苦労人って感じがする。
「まぁまぁ、元気がよくて結構。おじさんそういう子好きよ」
「おじさん?おばさんじゃなくて?私たちと同じぐらいなのに?」
「わかいよー」
「……………」
「マジでやめてくださいほんとに」
ホシノちゃんの真顔は初めて見たかもしれない。あと事務官さんの胃が口から出そうなぐらい顔色が悪い。他のアビドスの子達はホシノちゃんへの無礼な態度に「マジか」という信じられない顔をしていたし、明らかにキレかけたホシノちゃんにみんな顔色を悪くしている。
対策委員会室の中がなんだろう、C4を敷き詰められたような緊張感で埋まる。先生、助けて欲しい。
「え、えぇっと、ハイランダーの…方、ですよね。よ、ようこそ〜」
アヤネちゃんがなんとか声を絞り出して歓迎の意を見せれば、事務官さんが今にも土下座しかねないぐらいの勢いで頭を下げていた。床と並行、直角。苦労してそうだ…。
「事務官ちゃん別に頭下げる必要ないって〜」
「いや条件違反になりかねないからすぐ行ったほうがよくない?って言ったのノゾミさんですよね!?」
「でも謝る必要はなくなぁい?だって勝手に線路引いたやつが根本的には悪いし〜」
「そーだそーだ」
「そうですけど!あああああああああっ!もうっ!」
事務官さんが発狂してしまった。あまりに気の毒なのでアビドスの子達も同情的な視線になってきてる気がする。これでは話が進まないので……今はシャーレじゃないけど、シャーレの生徒として話すしかないかな。
「失礼します。連邦捜査部シャーレの草鞋野エリカです。セントラルコントロールセンター、というとハイランダーの生徒会相当組織とお見受けします。そちらのお二人は幹部生というと、学園として公式に、協議ないしは会談に来たということですね」
学園間の仲介もシャーレのお仕事の一つだ。ちょうど今、先生が百鬼夜行でゲヘナ相手にしているように。
私の発言に、騒いでいた双子のおそらくCCCの生徒が並んで私の前に立った。
「へぇ、あなたがあの草鞋野エリカ?」
「私のことを知ってるの?」
「そりゃそうでしょ。D.U.路線のトレインジャックを激減させたんでしょ」
「だから救世主〜」
え、そんなことになってるのハイランダーの中で私。でも、私がトレインジャック対策したわけでもないし、減ったのはハイランダーの生徒が頑張った結果だと思うけど…。
「じゃあ名乗る必要ないかもだけど……私は草鞋野エリカ。あなたたちは?」
「私は橘ノゾミ、こっちはヒカリ」
「だよー」
「橘さん……名前で呼んでもいいかな?」
「「いいよー」」
声を揃えて返事をしてくれるあたり双子なんだなぁ。性格は才羽さんたちと同じく真逆みたいだけど、息ぴったりだ。とりあえず騒がなくはなったので事務官さんの方へと目を向ければ、露骨に安堵していた。
「はぁ……私は児玉リョウカです。CCCで事務官をしています」
「どうも。事務官さんは二人の?」
「補佐です」
あ、事務官さんが補佐役なんだ……補佐というか、子守役なのかな。
「とりあえず座ってもらおうかな?セリカちゃん、椅子出してあげて」
「はぁい」
話ができる空気になったと思ったのか、ホシノちゃんが黒見さんにそんな指示をすれば部屋の隅にあった予備のパイプ椅子2つと、キャスター付きの丸椅子が出てきた。補佐役、というだけあってか事務官さんが丸椅子に座って、橘さんたちがパイプ椅子に座った。
「それで、捜査協力、というのは?」
意外にも、最初に発言したのは十六夜さんだった。声音にいつものゆるっとしたものがなくて、まるで余裕が無さそうだった。なんだかすごい違和感があるけど、十六夜さんは何かハイランダーとあるのだろうか?
「それより前にお茶もないの〜?」
「おもてなしー」
「急に来たんですからそんなこと言っちゃダメですって!」
「エリカちゃん、さっき淹れてたの、余ってたらだしたげて」
「わかったよ」
用意するまでもなくさっきの余りがあるのでちょうどよかった。カップも3つあったので、残ってた紅茶を注いで、三人にソーサーごと手渡す。まさか出てくるとは思わなかったのか驚いていた。
「え、すご。なんで用意あるの?」
「しごできだ」
「ほんとすいません……」
「私がたまたま淹れてたの。どうぞ」
とりあえず紅茶を飲んで一息ついてもらった。十六夜さんは話を聞いてもらえなかったからか、ちょっと顔つきが鋭くなってる。優しい人なのに、こんな顔をしてしまうなんて。これは橘さんたちが生意気だからだけじゃなくて、ハイランダー自体にやっぱり何か…?
「ふぅ。まあまあ美味いじゃん。あ、それで捜査協力の話ね。事務官ちゃん」
「はい」
ノゾミさんが事務官さんを呼べば、最初から準備していたのかクリアファイルに入った書類が手渡される。なんの書類?
「はいこれ。アビドス自治区内のハイランダー路線の占用許可書。自動更新になってるからまだ有効」
ノゾミさんが席を立ってアビドスの子達に書類を見せる。ホシノちゃんが代表して受け取って、中身を確認すると、うんうんと頷いていた。
「本物だね。前にこっちで見た鏡と一緒」
「なによこれ、10年も前のアビドス生徒会の許可…?」
「セリカちゃん。これはやましいやつじゃなくて、ちゃんとした書類だよ。ハイランダー鉄道学園のこと、セリカちゃんはよく知ってるかな?」
「知らないかも」
本来、学園間の取り交わしってあんまり一般生徒には広まらないし、アビドスだとつい数日前のトリニティとの協議が久しぶりの他校との接触だったみたいだし、黒見さんが知らないのは当然かもしれない。
態度は橘さんたち最悪だけど、自ら不利になるのに許可書持参で見せてくるのは意外とまともというか、しっかりというか、律儀かもしれない。
黒見さんの疑問にはアヤネちゃんが応えてくれた。
「…ハイランダー鉄道学園は特定の自治区を持たないんです。彼女たちは線路の上が自治区の代わりだとか」
「え、そうなの!?」
「だから、他校の自治区に線路を走らせるということは、別の自治区の土地を自分の自治区として上書きするって意味合いにもなってしまいます」
「10年以上前のアビドス自治区は占用許可、って形で土地を貸してる格好なんだねぇ。公共性が高いからって当時の生徒会が占用料免除してるけど」
「昔はお金があったと言いますし、余裕を見せたかったのかもしれません」
「なによそれ!じゃあタダで貸してるってこと!?」
「そういうことだねぇ。まぁ、その話はおいおいするとして」
多額の借金を抱えてるアビドスからすれば、ハイランダーからアビドス内の路線全ての占用料は取りたいだろうけど、その話は今じゃないってことだね。ホシノちゃんがノゾミさんに目を向ける。不遜な態度をとっているノゾミさんだけど、ホシノちゃんの発する威圧感みたいなものを感じ取ってしまったのか、ちょっと勢いが削られていた。
「ノゾミちゃんだっけ?君たちはこの条件書の中の6番……”占用者は占用物の維持管理に務め、異常があればただちに管理者に報告・補修等の対応を行うこと”と、7番の”本承認以外の路線の拡大は協議による。協議無しの拡大は原則認めず。違反した場合は管理者に従うこと”って条件に従ってわざわざ来てくれたわけだ」
「理解早いじゃん。そうだよ」
私は思わず感動していた。取り決めがちゃんと生きてそれを履行しようとする生徒がいるなんて。涙が出た。このキヴォトスでは貴重も貴重。
「なんで泣いてるのー?」
「え、えらいなぁ、って」
「いえーい、ほめられたー」
ヒカリさんは喜んでるけどノゾミさんは引いていた。そんな褒めたのに。
「ですが、ハイランダー鉄道……いいえ、セイントネフティス社の鉄道事業は頓挫して、今はアビドス外縁駅が始発・終点駅のはずです。それ以上の路線は」
「いやノノミちゃん。この許可書は一応、計画路線も全部先行して許可してるし、実際、計画図の途中まで線路は敷かれてる。これを出して来たってことは」
「……この路線図以外の線路が勝手に敷かれて、さらに不審な車両が走っている、ということですか?」
アヤネちゃんが最後にまとめて言えば、ハイランダーの子達は頷いた。
「じゃあなに?この書類通りなら、えっと、管理者、つまり私たちアビドスがなんか言わなきゃいけないってこと?アヤネちゃん」
「そういうことだと思うよ、セリカちゃん」
「ただし、今回はこうして来てくれたから注意する手間は省けたわけだね」
自発的に問題が起きたので報告する、というのは本当に当たり前の話なんだけど、そんなのなかなかここでは少ないというか……私は目の前で繰り広げられているアビドスとハイランダーのやりとりにただただ感動し続けていた。
「そんじゃ、具体的にハイランダーはどういう対応をしてくれるのかな?」
「ハイランダーとしては運行の妨げ、そして事故を起こしかねない車両は対応しなくてはいけません。敷設した路線に勝手に付け足しがあるのならそちらも占用者として是正を考えています」
ホシノちゃんの問いに事務官さんが整然と答えた。
「まぁまずは現地確認からだけどね。ほんとはとっとと見つけて吹っ飛ばしたいけど、他所の自治区だし?こっちは借りてるし」
「ていねいにやるよー」
付け加えるようにノゾミさんとヒカリさんが言う。……さっきからヒカリさんはあんまり意味のある発言していない気がするのは気のせいじゃないけど、まぁいいのかな。
現地確認からっていうのも教科書通りでハイランダー鉄道学園が学校でありながら公共の交通機関を扱っている性格が出ている気がする。これなら、もうシャーレとして特に口を挟む必要もなさそうだ。
「それで、現地確認なのですが、可能であれば貴校からも同行をお願いできませんか?」
事務官さんが同行をお願いしてきた。捜査協力、って言ってた本題はこれかな。
「同行ですか?」
「はい。私も含めここは疎いので」
「ナビゲーション役ということですか……ホシノ先輩、どう思いますか?」
「ん?いいんじゃないかな。でも、誰が行くかは考えたいな。いつ行くの?その現地確認は」
「本日の午後を考えています。車はこちらのパト車があるので」
「わかったよ。じゃあ連絡先交換して、午後までに選んでおくよ」
「承知しました。お迎えに上がります」
「ちょっと事務官ちゃんでしゃばりすぎ!」
「えっけんこういー」
「すいません。つい……でも、問題ないですよね?」
「私たちが言おうと思ってたんだけど。まぁ……いいや」
話はまとまったらしい。
「じゃあね〜私たちはまた来るから」
「またねー」
「失礼します」
用はそれだけ、とハイランダーの子達は出て行ってしまった。残された私たちは少しだけ言葉を発さずに残された沈黙の中で固まっていた。
「……まさかこんな時にハイランダーが来るなんて」
「ノノミ先輩…?」
「あっ。いや、草鞋野さんのお友達が大変な目に遭ってる時にって」
それはそれ、と話は別にしていい気がする。カヤちゃんの件とハイランダーの件はそれぞれで対応をすべきだ。ただ、ホシノちゃんが一瞬、十六夜さんのほうを意味深に見てたけど、何かあるのかな。
「それでこれからどうするの。ホシノ先輩」
先ほどからほぼ黙っていたシロコさんがようやく口を開いた。彼女からの問いにホシノちゃんは「どうしようかねぇ」と考えてる。ハイランダーからの同行願いのメンバーを選出しようとしてるのかな。
「とりあえず、ハイランダーの子達と一緒に行く人を決めないとね」
「でも、ホシノ先輩。草鞋野さんのお友達の件もあるのに、どうして」
「うーん……」
「それならホシノちゃん平気だよ。防衛室長の件を手伝ってくれるのは嬉しいけど、今の問題はアビドスが対応しないと」
私が後押しをすると、ホシノちゃんは決めたのか「それじゃあね」と席からゆっくりと立ち上がり、あくびをし、背伸びをする。
「ふぅ。じゃあ、ハイランダーの子達とはおじさんとエリカちゃんでいこっか」
「えぇ!?ホシノ先輩、草鞋野さんを連れて行くんですか!?」
慌てた様子でアヤネちゃんがホシノちゃんに言えば、みんな同じ気持ちなのかホシノちゃんに視線が降り注ぐ。私はいいのかって?
「エリカはそれでいいの?友達が攫われたんだよね」
シロコさんが聞いてくる。いいか、よくないか、で言えばよくないかもしれない。ただし、ここで急いでもどうにもならないのはもうわかってる。それに、今私は話をさっきから聞いていて気になることがあった。
「私はいいよ」
「何かエリカちゃん、気になることあった感じ?」
「うん。そもそも、アビドスに不審な列車が侵入してどこかに向かうなんて、何を運んでたんだろうな、って」
「非合法な物質ならいくらでも思いつくけど」
「怖いこと言わないでよシロコ先輩……」
「……でも、このアビドス砂漠で非合法な物品の取引なんて、簡単にはできません。まともに組織だって動けていたのはカイザーぐらいです」
「アヤネちゃんの言う通りだねぇ。だからさおじさん、その列車が真っ当なものを乗せてたと思うんだよねぇ」
列車が運ぶものといえば貨物で様々なものが浮かぶけど、それ以外となれば真っ先に浮かぶのが「人」だ。今は少しでも手掛かりになりそうなものがあるなら確かめたい。ホシノちゃんはそのあたり汲んでくれたんだろう。
「エリカちゃんもいいみたいだし、これで決定ってことで。とりあえず、午後は二人でデートしてきちゃうから、あとよろしく〜」
「わかりました。それじゃあホシノ先輩、草鞋野さん、お願いします」
「はい。それとホシノちゃん、ありがとう」
「いいって〜。じゃあ、それまで私は寝るからよろしくね〜」
「えぇ!?それはダメですって!セリカちゃん!ホシノ先輩が寝る前に書類を!」
「あぁもう!ちゃんと仕事してよ先輩!」
これで午後にホシノちゃんと出動することは決まった。ここからはホシノちゃんがアビドスの仕事をしなくてはならないみたいだし、私は一旦、この場で出来る限りのことはしておこう。
そうだ。RABBITとFOX両小隊の様子を確認しないと。たぶんみんなのことだから無茶はしていないはず。
「じゃあ私はちょっと別の教室で電話とかしてるね」
「うへ〜、エリカちゃんこんな仕事漬けのおじさん置いていくの〜?」
「……申し訳ありませんが、わたくし、トリニティの生徒ですので」
「そうですよ!他校の生徒に決済させるんですか!?」
「なんだかアヤネちゃんが厳しいぞ〜!?」
あれは冗談じゃなくて本当に仕事が面倒くさそうなので頑張ってホシノちゃんにはやってもらおう。いや、たぶん日常的にあんな感じで言ってやってはいるんだろうけど。それじゃあ、と私はシロコさんに手を振りつつ委員会室の外に出た。
静かに引き戸を閉めると、中からこもった声が漏れ出すけど、廊下は静かだ。
「ん〜、まずはミヤコちゃんたちが心配だからそっちに電話を……」
携帯を取り出して画面を操作し、モモトークを取り出す。ミヤコちゃんとのトーク履歴はよく小隊運用のことで相談を受けるから結構上の方にある。……私じゃなくて真っ当な先輩のユキノちゃんたちに聞いた方が絶対いいと思うんだけどなぁ。
というかさ、懸念した通り未だに私のことSRTの生徒会長扱いだ。色々とまずい気がするけど、いいのかな。
「なんともないといいけど」
ミヤコちゃんにさぁかけようと画面を親指でタップしかけた時だ。着信が入った。
「……………………うーん」
モモトークのアイコンはロールケーキ。ナギサ、と表示される名前からプライベートのアカウント。言うまでもなくナギサちゃんからの着信だった。2コール、3コールと続く中、私は応答するか悩んだ。いや悩む必要ないでしょ。
「…はい、草鞋野です」
『ごきげんよう、エリカさん』
プライベートのアカウントでの着信なのに、電話の向こうから聞こえてきたのは我らがトリニティのティーパーティーホスト、桐藤ナギサ様だった。
「えっと……」
『今、どちらに?』
「アビドス高校です」
『そうですか。……GPSでも確かに敷地から出ていないようですね』
「え。なにGPSって」
待った。それは初耳なんだけど。どこにそんなの付けられてるの。まさか制服!?
『ミレニアムの機械は優秀ですね。耐水耐熱防弾……あらゆる状況に対応した超小型の端末で、それを制服に装備して頂いています』
これは悲しんでいいのだろうか。人として好ましく思ってる子がGPSで行動を監視していると知ってしまったのは。……いいや、待て、私。そもそもナギサちゃんにここまでさせた原因作ったの誰だ。私だバカ。
「あ、あはは、すごいね。エンジニア部の製品かな」
『はい。なんでも、ヴァルキューレの次回装備入札に向けて制作されてるものだとか』
いやぁ、導入されればすごい役立ちそうで何よりだ。上手くいくといいね。まさか私に対して使われることになるとは。
GPSで私の行動全部ナギサちゃんに追跡されてるのはまぁいい。彼女に見られて恥ずかしい行動は何一つする気がないので。そもそも普段から先生目当てにやたらめったら盗聴盗撮ストーカーが多いのでプライバシーなんてあったもんじゃない。
……考えてたら、やっぱりあいつら見過ごさずに、全員しょっぴきたくなってきたな。
「えっと、それでナギサちゃん。私に電話をかけてきたってことは釘を刺そうってところかな」
『お話が早くて助かります。えぇ、その通りです。防衛室長の件は私も聞いています。現時点で飛び出していないのは驚きましたが、小鳥遊さんに説得でもされましたか?』
なんでこう、私の周りの子達は察しがいいのだろうか。
「……はい、そうです」
『そうですか。よかったです』
「ちなみに飛び出してたらどうなってたのかな」
『………………』
「黙らないでよぉ!?」
『はぁ…もう、エリカさん。心配しているんですよ』
「うっ。はい……」
ようやくナギサちゃんになってくれた。いや本当に、飛び出してたらどうなってたかは考えておかないでおこう。…この制服、GPS機能以外にも余計な機能がありそうで怖い。
『それで、どうされるおつもりですか?あなたのことですから、そのまま彼女の件を黙って見過ごすとは思っていませんが』
「手掛かりになるかはわからないけど、今、アビドス自体でこんな問題が起こってね──」
先ほどのハイランダーの件をナギサちゃんに伝えてみる。ナギサちゃんも生徒会長だし、ハイランダーの路線はトリニティ内部にもある。話自体はスムーズに伝わった。
『なるほど。少しでも手掛かりになればと……ただ、話は逸れますが、気になります』
「なにが?ナギサちゃん」
『管理者としてアビドスが現地確認に同行するのは筋が通っています。ただハイランダーにしては対応が早すぎるのです』
「どういうこと?」
『過去、トリニティ自治区内部でも勝手に線路が伸ばされてしまい、その対応をしたことがあります。ただし、ハイランダーが出てきたのはこちらが言ってからです』
「まぁ、よくあることだよね。ダメなとこをわざわざ言わないし。まさか裏があるって?」
だからさっき感動したんだよね。だいたいは報告が遅くなるから。あの橘姉妹はいい子たちなのかなって。事務官さんも真面目そうだし。それでも裏があるというのかな。ナギサちゃんからすれば、引っかかるところがあると。
『わかりません。ですが、経済界ではアビドス自治区でのハイランダーとセイントネフティス社による鉄道事業の失敗は今もよく耳にします。あらゆる万事を尽くしてもなお、天災には抗えなかった事業として』
ちらりとは聞いたことあったけど、経済のことなんてわからない私でさえ知ってるからそりゃよく知る人からすれば有名な話なんだね。
『エリカさん。ほぼ無効となった占用許可をいくら占用料がかからないからと持っておくような真似、他自治区に自身の自治区を敷くというセンシティブな活動をするハイランダーが放置するのは、違和感がありませんか?』
どういうことだろうか。タダなら別に放っておいても……待った。わざわざ許可を廃止するには──。
「もしかして、勿体無い…?」
『正解です。ふふっ、やはりエリカさんはわかりますね』
「いや、ナギサちゃんに言われなきゃ考えもしなかったよ。来た子たちも悪そうな子じゃなかったし」
『エリカさんの目から見てもそう見えた、ということは現場に来た生徒たちは間違いなく善良なのでしょう』
「それは言い過ぎじゃない?」
『ハルナさんという前例がありますので』
テロリストが善良とは一体………そこは置いといて、橘姉妹や事務官さんは今思い返しても、私の勘が騒ぐようなことはなかった。言葉遣いこそ悪かったけどノゾミさんは言うことは真っ当だし、事務官さんの手続きの進め方も改めて思うけど教科書通り。シャーレとして口を挟む必要がないぐらい。
あっ。違うこれは──シャーレが”口を挟めない”ぐらいに真っ当なんだ。
「シャーレだって無闇矢鱈に自治区間の問題に介入はできない。本当はできるけど、する必要がない。だからエデン条約のような要請、今先生たちが行ってる交流会の調整……そういう時に間に入る……」
『これまでのシャーレの活動はエリカさんと先生のおかげで、春先のような疑念は消えつつあります。連邦生徒会のように強権的ではなく、生徒に、自治区に寄り添うものとして』
なんだろう、途端に身震いがしてくる。
『では、そのようなシャーレに対して介入されないようにするにはどうするか──小細工はいりません。ただ、真っ当にしていればいい。それがどんなに阿漕な行いにつながるとしても』
「……まさかそんな。彼女たちが」
『話を聞く限り、今回アビドスを訪れたハイランダーの生徒は少なくとも裏はないと思います。直接見聞きしたわけではありませんが、エリカさんから見て悪意がないというのであれば、それは間違いないと思いますから』
「ただ、ハイランダー鉄道学園としては」
『えぇ。油断はしないほうがいいかと思います。……正確にはセイントネフティス社が、かもしれませんが』
セイントネフティス社。鉄道事業だけじゃなく、兵器や日用品なども手がける大企業だ。ハイランダー鉄道学園が資金難で自己破産に陥らないのは鉄道事業を学業とするために連邦生徒会からの手厚い支援があるからだけど、それだけじゃなくセイントネフティス社もOGが多く繋がりがあるから後援となってる。
セイントネフティス社の事業は頓挫したって、さっき十六夜さんは言っていた。それは本当にそうなのだろうか。……これもわからない。今の時点では。
「……ありがとうナギサちゃん。勉強になったよ」
『いいえ、お礼を言われるほどのことでは。それではエリカさん。くれぐれも、その小鳥遊さんと一緒に行く現地調査、無理などしないでくださいね』
「まぁ砂漠で暑いだけだと思うから。ナギサちゃんもティーパーティーのお仕事、頑張ってね」
『その言葉だけで、今日はいつもより頑張れそうです。戻られたら、お茶会、楽しみにしています』
「うん。私も。じゃあね」
ナギサちゃんとの通話が切れた。
はぁ、まさかハイランダーが何か狙いがあるなんて。考えもしなかった。これはやっぱり政治をやっているナギサちゃんだからこそ気がつけた違和感なんだろうね。ただし、今は警戒をそこまでする話じゃない。頭の片隅に引っ掛けておく話だと思う。
それに、学校だけじゃない、セイントネフティス社という企業も絡んでくる。カイザーと比較すれば後ろ暗いところなんてない、まともな企業だ。そんなところにシャーレが口を出す権利なんてあるわけがない。
「……やっぱり、そこは風邪薬と一緒か」
ちょうど良さそうな空き教室を見つけて扉を開けつつ、私はつぶやいた。結局、対処療法しかできない。これはシャーレでも同じだ。この疑念が杞憂で済んでくれればそれでいい。そうでないときは…どうすればいいのだろうね。
「今は考えてもしょうがないぞ、私。とにかく、今度こそミヤコちゃんに電話しよう」
私はミヤコちゃんとの通話をするべく、モモトークを再度開いた。
「水よ」
「どうも」
アビドス砂漠のとある場所にある採掘場の隅、資材置き場の鉄骨に腰掛けたタンクトップに作業着ズボン姿のカヤはアルからペットボトルに入った生ぬるい水を受け取った。砂漠の酷暑はカヤの肌を焼き、汗と砂が混じりべたつくが、それでもカヤは持ち前の反骨精神で乗り切っていた。
「ふぅ……ぬるいですね」
「水があるだけマシね」
「………あの成績が悪い生徒たち、無事だとよいのですが」
一般的な感覚に則りカヤは言うが、大して心配という感情は湧かなかった。
カヤたちが連れてこられたカイザー系列の人材育成会社、オクトワイズ社が非合法に行っている採掘場での作業を行う研修は採掘のペースが悪い生徒には水も最低限以下、ギリギリしか与えられず、休みすら削られる。
そういった成績の悪い生徒たちが監督官に叱責されているところで倒れている様をカヤは2日間の間で何度も見ている。
「彼女たちを助けるのも私たち次第よ」
「そうですね。それにしてもまさか、あなたが民間協力者とは」
「なったのは成り行きよ」
内心未だにコノカへの呪詛をアルは吐いていたが、カヤへのイメージを崩さぬように余裕を見せる。
「それにしても、カヤはさすがね。採掘のペースを上げるだけじゃなく、監督官に気に入られるなんて」
「いいえ、それほどでも」
カヤもまた、あえて謙遜する。
彼女たちがそもそもこんな昼間に休憩時間を取れているのは今現在、模範生徒という扱いになっているからだった。カヤがしたことはまず弱音を吐かずに愚直に働き監督官の注目を集めた上で、微かに頭の中にあるレッドウィンター出身の人材室室長から聞いた土木知識を活かし、周囲の協力できそうな生徒へ伝え効率的に採掘作業を進めていたからだ。
結果、オクトワイズ社の社員からカイザーから求められた要件を満たす満点の生徒として扱われていた。カイザーの認識ではカヤはすぐに根を上げるだろうと踏んでいたせいで、オクトワイズ社にわざと扱いを悪くするなどということはさせていなかったことが裏目に出ていた。
アルは恐ろしい速度で烏合の衆でしかない不良たちをまとめ上げていくカヤに恐れを抱いたが、そうでもなければキヴォトスの頂点に立つ組織にはいないだろうと納得もしていた。
一方で、カヤから見たアルは抜け目のない女というものだった。今手渡した水も頼んだわけでもなく、また本来であればまだ新しい水は支給される時間ではないこともわかっていた。
つまりはどこからかくすねてきた水なのだ。
「ところでこの水はどこから?」
「手癖の悪い子がいたのよ。その子に私たちのグループへ入れてあげる代わりにもらったの」
「なるほど。──他には?」
「ふふっ。わかるのね」
「もちろん。あなたのこと、少しずつわかってきましたよ。アル」
したり顔で言うカヤとニヤリと笑うアル。
「(なにがわかってるのよ……!?怖いわよこの人!)」
「(私ほどではありませんが優秀ですね。こう言えば、まだ出てくるでしょう?手柄は私のものです!)」
二人の心はどうしようもなくすれ違っていた。
「この採掘場が何を掘っているのか、聞いたらしいのよ、その子」
「ずいぶんと地中深くまで掘っていますが、一体何を?」
カヤたちが潜る坑道は明らかに途中まではシールドマシンにより掘削されており、カヤたちはその掘られた奥深くまで、別の列車で送り込まれ手作業での掘削をさせられていた。
「兵器。強力な、キヴォトスそのものをひっくり返すような兵器、だそうよ」
「腑に落ちました。わざわざ人力でやらせるということは遺跡の発掘みたいなものだったということですね」
「そうみたいね」
「しかし、兵器というと、真っ先に雷帝の遺産が浮かびますが」
「雷帝…?」
「おや。アルさんであれば知っていると思いましたが、ゲヘナの雷帝を」
アルはうろ覚えであるが、ゲヘナの生徒会長にそのような人物がいたことを思い出した。
「防衛室には過去の要注意人物、自治区の記録があります。それによれば、アビドス自治区はかつてゲヘナ自治区と同盟寸前にまで協議が進み、雷帝の代では詳細不明ですが戦略兵器が送られたという噂もあります」
カヤは部外者に話すためにあえて「噂」と言ったが、詳細不明なれど、確実にそのようなものがアビドスにあるという話は防衛室長のみが閲覧できる紙ファイルに残っていた。カヤもそれを最初に考えていたが、採掘場が深くにあることから早々に雷帝の遺産ではないと見切りをつけていた。
「それがこの地下にある、そう言いたいの?」
「まさか。送られたのは地下深くに埋まるほど前ではありません。……話を戻しますが、そのような兵器を発掘させようとは、何が目的なのでしょうね」
「流石にそこまではわからなかったわ」
「十分です。今のお話だけで、この私が動くに足り得る状況となりました」
「どういうこと?」
カヤはペットボトルに残っていた水を頭から浴び、首からかけていたタオルで顔を拭う。
「私、不知火カヤは防衛室長です。防衛室長の役目はこのキヴォトスの平穏を守ること。キヴォトスをひっくり返すような兵器を探しているのであれば、それは防衛室の扱う案件です。次いではSRTの出番でもあります」
皮算用が高速でカヤの中に走っていく。未然にキヴォトスの危機を取り除くことができればグッと連邦生徒会会長の座が近づくのではないかと。
「なんとか外部に連絡をとりましょう。アル、やれますね?」
「当然…とは言い切れないわね。水をくれた子曰く、監督のいる詰め所には固定電話があったみたいだけど」
「固定電話?」
「監督官たちは無線通信機で連絡を取り合ってて携帯は持ってないそうよ」
「生徒たちに奪われないためにですね」
「そうみたいね。呆れるほどに用心深いわ」
「だから固定電話、ですか」
簡単にはいかないことにカヤは歯噛みする。カヤには残念ながらFOX小隊のような潜入スキルもなければ知識もない。
「忍び込む…のはリスクが大き過ぎますね」
「そうね。けれど、手がないわけじゃないわ」
「どういうことですか?」
「固定電話なら電話線があるはずよ。…映画で見たのだけれど、有線の電話なら細工をして回線を横から使えるはず」
「その映画、私も見たことがあるかもしれません」
「あら。意外ね」
「仕事中の息抜きですよ」
「これだけ不良がいるのよ。一人や二人、そういうことができる子がいるわ」
「……犯罪まがいの行為をするのは気が引けますが、今はこちらが被害者で生殺与奪を他人に握られているのですからやるしかありませんね」
「そうとなれば探すわ」
「任せましたよ、アル。私は引き続き、グループを掌握します」
「お願いね」
不敵な笑みを交わす二人の心は、すれ違いながらも、この場所からの脱出という出口には真っ直ぐ一緒に進んでいた。
お読みいただきありがとうございました。
感想やここすき、いつもありがとうございます。大変励みになっています。
ハイランダーとアビドスの関係は本作ではだいぶ改変したものになっています。
これまでも描写してきましたがあえて本作では現場のハイランダー生は善良に描いています。でもじゃあその本体やバックにいる存在は……?といった感じです。
次回はまた未定です。お待ち頂けますと幸いです。