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「ぐっ…………ぅううぅ……」
朝、自宅の寝室にて。ユーリの苦しげな声が響き渡る。高熱、そして寒気に頭痛……。典型的な"風邪"症状なのだが、いつも以上に彼は弱っていた。
「((こんな時、姉さんが傍に居てくれたら……。やっぱりすぐに電話して来てもら―――いや、ダメだ。たかが風邪如きで姉さんを呼んだなんて"ロッティ"に知られたら……こんな醜態を晒すわけには……))」
そして……彼は葛藤していた……。姉に会えば元気になるなんていう根性論のようなものと、その夫であるロイドにこの姿見せたくないという見栄。
そんなことを考える度に更に体調は悪化していく。
体調は昨夜よりも悪くなっていた。夜中に水を飲もうと立ち上がった時は酷い目眩に襲われ、とてもじゃないが歩行すらままならない。……いいや、起き上がることも動くことも億劫だ。
「((最近仕事が忙しくてまともに休みもとれなかった。……ついにそのツケが回ってきたか?))」
以前発生した西国と東国の会談のテロ未遂事件。そして数日前のイーデン校のテロ未遂事件……
全て未遂ではあったものの警戒を怠ることは出来ない。それに伴い秘密警察の仕事も日に日に増えていくばかり。
「((自分の体調管理もままならないのに……ボクは東国を……姉さんを守れるのだろうか。―――未来を担う子供たちを……あとは―――))」
ふと"彼女"の後ろ姿が脳裏に浮かぶ。白衣を纏った金髪の―――
「〜〜ッ!!何でまたあの女がボクの脳内に!?ボクには姉さんだけ!姉さんだけ……うえっ……ゲホッゲホッゲホッ!!」
反動で勢いよくベッドから起き上がったもののやはり体調は最悪だ。背中にべっとりと汗が染み込み気分も悪いし、喉も痛む。
今日がたまたま休みだったのが不幸中の幸いだろう。
「クソっ……こうなったら病院に……。近くの診療所は確か今日は休診日…………となれば……」
東国最大の医療機関……"バーリント総合病院"に行くしか……
「((となるとロッティに遭遇する可能性が高い。それは絶対に嫌だ!……しかもあの病院にはあの女……。ん?まてよ。……ボクは何かを"忘れてる"。))」
ぼんやりと天井を見上げ"何かを忘れている"ことに気づいたユーリ。何かを置き忘れてどうしても憶いだせないようなジリジリした奇妙な気分……。そして視線を天井から室内の壁掛け時計に移すと針は午前10時を指していた。
すると刹那、来客を知らせるチャイムが鳴り響く。
「((しまった……今日はあの女が―――))」
ユーリはチャイムの音が鳴ったと同時に"それ"を思い出すと、額から冷や汗を流し、酷く焦燥感に駆られたように更に顔を青く染めていた。
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「……あれ?居ない?」
ユーリの自宅扉の前。ティファニーは不思議そうに首を傾げていた。約束の時間に訪れたのだが彼が現れない……
「((約束したのは1週間前……もしかして忘れられた?))」
念の為もう一度チャイムを鳴らすもやはり反応は無い。在宅じゃない可能性が十分考えられる。それに彼は多忙だ。急遽仕事が入ったことも十二分に考えられる。
「仕方ない。今日は帰ろう。」
若干残念そうにため息を漏らすティファニー。借りていた大量の本が入った紙袋を持ち直し踵を返す。
実はここ最近何度か訪れたことがあるのだが、ユーリの性格上忘れられたこともなければ、普通に出迎えてくれていた。
本の貸し借りやたまに食事を一緒に食べることも。イーデン校以来、少しずつ距離は狭まっているのは間違いない。己が理のために。オペレーション〈梟〉のために……
全ては任務の為だけど
……ほんのちょっとだけ、寂しい。
ユーリの自宅の隣の隣……を通過したその時。他の住民の自宅扉が開く音が聞こえると同時に背後から聞き覚えのある男性の声が響く。
「……あれ!君は…確か……」
ティファニーはその声の持ち主に呼びかけられその場に立ち止まり、クルッと背後に向き直り相手に頭を下げる。
「"ドミニク"さん。おはようございます。」
「やっぱり!ティファニーちゃんだ。久しぶりだね〜!」
人当たりのよさそうな穏やかな笑みを浮かべる男性。"ドミニク"
彼はユーリと同じマンションに住む住人でヨルと同じく東国首都バーリントの市役所で働く公務員。彼とティファニーは全く接点が無かったもののヨルとユーリと仲が良いこともあり自然と話が伝わり、何度かたまたま顔を合わせる度に知り合いに発展したのであった。
「もしかしてユーリ君に会いに来たの?」
「はい。……でも居ないみたいで。」
「えー?そんなはずないと思うんだけど……」
「何か心当たりが?」
「うん。昨日たまたま帰りにマンションの前で鉢合わせたんだけど"今日は休み"だって言ってたよ?」
ティファニーも同じくだ。ユーリが休みだからと今日この日を指定したのだ。しかし彼は現れない。もしかすると緊急の案件で仕事に向かったのかもしれない。……いや、ほぼ確定だろう。
「…もしかしたら今日の事忘れちゃってどこか外出したのかもしれませんね?」
「それは無いと思うけど。だって約束してたんでしょ?」
「そうなんですけど約束したのも1週間以上前で……」
「大丈夫大丈夫。忘れるはずがないよ、ユーリ君は。」
やけに念押しするドミニク。そんな彼はニヤッと口元を緩ませ、嬉しそうに笑顔を零すととある話を口にする。
「ヨルさんから聞いたんだけど。ユーリ君、ティファニーちゃんの事ばかり話してるとか。」
「……ユーリさんが?」
初耳だ。というか"姉さん命"な彼がヨル以外の人物の話をするなんて有り得ない。何か怪しい事でも目論んでるのでは?と疑ってしまう程だ。
「最近、仕事以外の話題も沢山話してくれるって。今までは仕事中心の話ばかりだったのに、ティファニーちゃんと観た映画とか、本の話を沢山してくれるとか……」
「…………」
やはり意外過ぎる。彼からはそんな素振りさえ感じることもなければ"何となく、仕方なく"自分と関係を保っている気しか感じなかった。ヨルとも会うことは度々あったがその事を口にする事もなかったし……
「――ヨルさん。嬉しそうにそれを話してくれて……喜んでたよ?」
「……そう、ですか…………」
オペレーション〈梟〉
これは上手くいっているのでは?
「一先ず出直します。もしかしたら直ぐに戻ってくるかもしれませんし!」
「うん、それがいいと思うよ。……よかったらウチで待ってたら、なんて言いたいところなんだけど俺も出ないといけなくて。」
「ドミニクさんはお出かけですか?」
「ああそうなんだ。彼女と映画に行く約束をしていてね。ほら!今人気の"バ・バ・バーリント"!」
この時間に在宅し、どこか余所行きの服装のドミニクの様子から納得だ。明らかに休日の装いの彼は恥ずかしそうに後頭部に手を添え照れ笑いを浮かべていた。
おっとりとした天然気質のドミニク。彼には性格が正反対の"カミラ"という彼女がいる。ヨルとの同僚でロイド曰くかなり度を過ぎた発言をするとか……。だがドミニクとカミラの付き合いは長いらしく"カミラは少しひねくれているだけでいいヤツ"だと話していた記憶がある。
「その映画、私も気になってたんです!……って、こんな所で立ち話しちゃって……急がないとですよね?」
「…おっ……と。確かにもうこんな時間だ!―――じゃあ俺はそろそろ出るよ。ユーリ君によろしくね?」
「はい。それじゃあまた……」
慌てた様子で走り向かうドミニク。その背後を見送ると、ティファニーは再び長く伸びる廊下を歩み進める。
そしてドミニクの言葉に対し不思議と喜びの気持ちが溢れていたのだった。
"あの"ユーリが。多少なりとも自分自身に興味を抱いてくれているかもしれない、と。
そんなことを考えながら紙袋をギュッと抱き直す。そして通路を曲がろうとしたその瞬間、再び扉が開かれる微かな音が鼓膜をつつくと瞬時にティファニーは音の出処であろう箇所に視線を向けた。
「―――?」
微かに開かれる扉。そこは間違いなくユーリの自宅扉。……そして何となく薄らと見える人影。
「……おい。」
「…………」
「ティ……フィー……」
のっそりと扉から顔を覗かせるユーリ。
しかし様子がおかしい。まるで幽霊。
「ぇ……えっ!?ユーリさん!?」
あまりにも驚いたティファニーは反射的に紙袋を床に落とし、慌てて駆け寄るのであった―――。
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「……38.9。酷い高熱です。」
「…………ぅ……」
体温計に表示された数字を見たティファニーの表情が曇っていく。傍らでは力なくベッドに倒れ込むユーリの姿。いつもなら自分に対して嫌味ったらしい言葉を吐くのがお決まりなのだが今の彼にはその力さえもないらしい。
「いつからですか?」
「……昨日の昼過ぎから……熱っぽさはあった……」
昨晩鉢合わせたというドミニクからはとくに何もユーリの様子が変だった事などは言われなかった。おそらく夜中辺りから酷くなったのだろう。
「病院は?」
「……行ってるとこ、休み……」
「確かに今日は週末……なら少し距離がありますけどうちの総合病院に行きましょう?ただの風邪ならいいんですけど感染症も考えられますし。」
「…………」
返答がない。どうやらバーリント総合病院には行く元気はないらしい。状態から見て電車に乗ることも厳しい……だとしたらタクシーを呼んで連れて行くしか無さそうだ。
「タクシー呼びますね?私が付き添いますし、放っておけないです。」
「…………だ……」
「……?何か言いましたか?」
「いや、だ。…………行きたくない。」
「…………もう……」
子供か、この男は。
……いや、本当に子供だ、この男は。
弱った様子で目を潤ませこちらを見上げるユーリ。そして駄々をこねる幼子のように毛布を頭まで被ると完全拒否の姿勢を見せ始める。
だいたいこの男が考えていることは容易に考えつく。
万一、ロイドに出くわした時が嫌なのだ。見られてしまえばヨルにこの話は必ず伝わるだろうし、そうなれば心配をかけてしまう―――なんて。
あくまで予想にしか過ぎないがそんなところだろう。
「今日は病院には行かない。という事で?」
「……ん……」
「本当に?」
「…………ぅ……」
何を言っても聞かないだろう。
自分が出来る限り"診る"しかなさそうだ……
「―――分かりました。とりあえず色々調達して来ますから。待っていてください。」
「…………」
「解熱剤がもし効かなかったら問答無用で明日も仕事を休んで病院にかかってください。それを約束してくれるなら無理やり病院には連れて行きませんから。」
「…………」
「ただの風邪なら直ぐに良くなります。それを願いましょう?私も出来る限り手伝いますから。」
自分の気持ちをくみ取ってくれた彼女に感謝だ。半ば呆れている様子が見て取れるが背に腹は変えられない。今日は大人しく彼女に従うしか無さそうだ…。
「買い物に行ってくるので寝ててください。近所の薬局とスーパーに行くだけなのですぐ戻ります。……家の鍵、借りていきますね?」
ティファニーは寝室の扉の取っ手に手をかけ買い物へ向かう支度を行う。そしてなにか思い出したかのようにひょっこりと再び寝室を覗き込むとベッドで横たわるユーリに向かって言葉を放った。
「あと報酬は多めですよ?"休日特別手当"!。」
「…………ん……」
"コクリ"と頷く様子が布団越しからハッキリと見える。私の冗談でさえ返す元気を失っている様子だ。さすがにここまで来ると滑稽すぎる。
いつもなら煩いくらいに言い返してくるであろうユーリ。あまりにも"死にかけている"彼を本気で心配するティファニーだった。
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「……悪くないな。…」
「よかったです。」
意地でも素直に"美味しい"と口にしないユーリ。それでもパクパクと自分が作ったものを食べてくれるのは素直に嬉しいと感じていた。
「((…ベッドから起き上がれなかった時はどうしようかと思ったけどご飯も食べれてるし、ただの風邪みたいね。))」
存外そこまで酷くない様子に安堵する様子を見せる。ゆっくりと食べ進めるユーリの対面側の席に腰を下ろすとその様子をじっと見据えていた。
「白身魚を使った魚粥です。卵も溶かして入れてるのでタンパク質もビタミンもしっかり摂れますよ。」
「……」
「あとよかったらこれも。ビルベリーが手に入ったのでヨーグルトと混ぜてみたんです。栄養豊富で万能なんですよ?」
「((さすが……知識豊富だな。))」
テーブルに置かれた小鍋。手作りの温かい魚粥がふんわりと部屋中を良い香りで充満させていた。それに味も見た目も悪くない。実は彼女の手料理を口にするのは初めてだったのだ。
「食べ終わったらこの薬と……あとこのビタミン剤を。」
傍らに置かれた水の入ったコップと薬。ビタミン剤はともかく、解熱剤と思われる薬が錠剤では無いことに気づくとユーリは怪訝そうに表情を曇らせる。
「ボクは粉薬は苦手なんだ。他に無かったのか?」
「この薬が一番効くんです。このビタミン剤とも飲み合わせも良いし……」
「粉は苦いから苦手なんだ!」
「…………」
"呆れた"
どこまで子供なんだこの人は。しかも最悪なことに少し調子が良くなったせいでいつもの煩さも蘇った様子。元気になって欲しいなんて先程までは考えていたが前言撤回しよう……
「((また苦しみながら寝込んでしまえばいいのに。))」
「なんだその顔は!やめろ!チワワ娘と同じムカつく顔!」
テーブルに両肘をつき顎に手を添え"ジト顔"を向けるティファニー。どうやらアーニャのそれと全く同じ顔らしい。
……まあそれはともかく。いつも通りのユーリの姿に安心したティファニーはジト顔から笑顔へと切り替わる。
「少し回復したみたいで安心しましたよ。ユーリさん。」
「ボクは元々元気だ!ただの風邪なんて少しすれば良くなる。」
「さっきまで死にかけてた癖に。何言ってるんだか……」
「べっ……別に死にかけてなどいない!お前がたまたま来たから……」
「約束も忘れてた癖に。ふんっ。」
「なっ!!!」
ツンっと口を尖らせそっぽを向き、しょんぼりと表情を顰める。ユーリはそれに対し言い返すことは出来ず、ただただ自分の醜態を恥じていた。
まさかこの歳下の少女に救われるとは……どうも納得いかない。姉の憎き夫の愛弟子。貸しを作りたくないのに次から次へと世話になるばかりだ。
そして何よりも彼女に体する"奇妙な気持ち"が擽ったくてたまらない。
この気持ちが"何なのか"――自分は分かっているのに……
「((………なんでボクがこの女に惹かれるのか……クソッ!クソーー!ボクには姉さんが……姉さんが!!))」
スプーンを握る右手に力が込められると今にでも曲がってしまいそうだ。怒りでは無い別の感情がフツフツと湧き上がると更に力が篭っていく。
"素直に彼女に伝えられない自分がもどかしい"
「ほーら!冷めないうちに食べちゃってくださいね?食べたら薬!あとは着替え!そうしたらまた寝てください。」
「煩い!いちいち言われなくても全てこなすさ!」
「だったら薬もちゃーーんと飲んでくださいね?例え苦い粉薬が苦手でも。」
「薬は断固拒否する!錠剤じゃないと飲まない!」
「…………じゃあヨルさんに今日の件を…」
「狡いぞ!すぐに姉さんをダシに使いやがって!卑怯者!」
「あんまり大声出さないでください!まだ万全じゃないんですから!」
「それはお前が――――」
リビングで言い合う2人の姿。しかし2人の様子はどこか愉し気だった。
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""銀色の明かりの下 お眠りなさい
私のかわいい王子様 お眠りなさい――""
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悲しみを照らすような優しい声。例えるならそれは"そよ風"。
単調な歌声が、風に消えて行く狩の角笛の音のように、細々といつまでも鼓膜を響かせていた。
「((――昔、よく姉さんが歌ってくれていた子守唄。ぼんやりとしていてあまりハッキリとは思い出せないけど……))」
眠れない夜。母親の面影を愛おしく思っていた幼い頃。姉さんが優しく頭を撫でてくれたっけ。……優しい声と優しい掌の効果なのか、安心して寝入ることが出来ていた。
「((懐かしくて気持ちいい。――…ゆっくり眠れ、……そう。……))」
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窓から差し込む橙色の暖かい夕日の光。ふと時計に視線を向けると"もうこんな時間……"と心の中で呟いた。
「――晩御飯と残った食材で作り置き。薬も分けておいたし、こんなもんかな?」
昼の残りで簡単に作った料理は冷蔵庫に収められ、ユーリが嫌がっていた薬も容赦なく5日分分けられていた。
しかし、最初に部屋に入った時は驚いたが……暫く自宅に戻っていない事が見受けられた。室内は生活感が無いほどに片付けられていたし冷蔵庫は飲料ばかり。綺麗で整頓されているが微かに埃が目立つ。
国家保安局もうちの組織と同じく"大忙し"なのだろう。スパイ狩りも大変そうだ。
――皮肉にも。彼らが一番追い求めている西国のスパイは一番近くにいるというのに。
「………………」
ティファニーはそっと寝室の様子を扉の隙間から覗き込む。どうやらユーリは深い眠りに落ちていた。これは"好都合"。
「((さて、と。サクッと終わらせよう。))」
寝室の前から踵を返し書斎を目指す。何度かユーリの自宅に訪れた甲斐があって大体の事は把握していた。"今日のような日"の為に一切気は抜いていない。
風邪で運良く寝込んだユーリ。その間に
「…………失礼します……。」
書斎のドアノブをゆっくりと回し、ゆっくりと室内に入り込む。その部屋はシンプルなテーブルと椅子。そして小窓の傍らにはユーリとヨルが写った写真が置かれており余計に後ろめたくなってしまいそうだ。
ティファニーは写真から視線を逸らし、怪しそうな箇所を探っていく。ユーリの仕事用鞄やスーツジャケットのポケットの中まで……。ありとあらゆる隠し場所をひたすらに探っていく。スパイらしい仕事だ。
「((……これ。マークされてる重要人物の一覧表?……この前秘密警察に連行された市役所職員の名前、バツ印が付いてる。ていうか、こんな重要書類を自宅で所持するなんて存外東国の公安も甘いのね。))」
市役所内に潜んでいた内通者。そして他にも記憶にある人物の名前がちらほらと目に入る。名前、そして経歴に顔写真。家族の情報などありとあらゆる個人情報が載せられた書類たちに頭が痛くなりそうだ。
「((さすがに書類ごと持ち去るのはバレちゃうし、暗記暗記――))」
幸いにもロイドやフィオナの情報は載せられていない。警戒すらされていない様子にほっと胸を撫で下ろす。万一、ここに仲間の情報があれば大問題だ。
――そう。万一秘密警察にマークされれば危険――――
紙を1枚、ペラっと捲る。
「………………え?」
――Tiffany Rudner
自分の名前。そして顔写真。
予め用意していた偽の経歴がそのままその書類に明記されていたのだ。
あまりにも異常すぎる経歴に怪しまれているのか。もしくは既に諜報員だということがバレているのか。……いいや、それは有り得ない。だとすれば容赦なく今頃尋問されているだろう。
備考欄には"現時点で怪しい点無し。続けて調査必須"と書かれているものの西国の秘密警察に"目をつけられている"という事実。
「……少しだけ、期待した自分が馬鹿だった。」
ほんの少しだけ。本当に本当にちょっとだけ。もしかしたらユーリは自分を好いてくれていると思っていたのだ。それは友人や恋愛対象ということは置いておいて、ただ単に"自分に興味を持ってくれているかもしれない"なんて呑気なことを考えていた。
「ユーリさんは……私を調査するために近づいてる……」
それは由々しき事態だった。下手をすればオペレーション〈梟〉に多大なる害を与えかねない。ロイドやフィオナにも危険が及ぶ可能性も考えられる。となれば無関係なアーニャにもヨルにも……可能性は十分にあるのだ。
ティファニーは書類に視線を落とし、自分自身の顔写真を睨みつける。そしてそれをゆっくりと元の場所へと戻したのであった。
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