morning glory   作:鈴夢

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真実に蓋を

 

 

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――午後17時過ぎ

バーリント市内――

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「((――ティフィーめ。あれから電話をかけても毎々ボクを無視するなんてどういう事だ!))」

 

まるで追われる者のように、真っ直ぐに前を向いたままずんずん足を急がせるのは"ユーリ・ブライア"。いつもと変わらないスーツ姿にトレンチコートを靡かせると一目散にとある場所へと向かっていた。

 

「((クソクソクソクソクソ!……ていうか、何でボクは直々にあの女のために……いや、これはあいつの為じゃなくてボクのこの"イライラ"を鎮めるために……))」

 

自問自答しながら歩き続けるユーリ。もどかしさが伝わるような表情を浮かべながら猛スピードで歩く異様なその姿はすれ違う人々の視線を何故か奪っていたのだった。

 

 

 

 

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――"バーリント総合病院"

 

 

 

大きな扉が開き広いエントランスに入ると診療時間が終わったのか患者らしき人は疎ら。ユーリはそのまま受付に向かうと綺麗な顔立ちの女性2人組に声をかける。

 

 

「――すみません。研修医のティファニー・ラドナーさんはどちらにいますか?」

 

ニッコリと満面の笑みを向けるユーリ。しかし受付の女性2人は互いに顔を見合わせると目の前の"不審人物"に疑いの目を向ける。

 

「……ねぇ。今月でもう4人目よ?どうする?警察――」

「まだ"ストーカー"って確定したわけじゃないし……とりあえず用件を聞かないと。」

 

その2人はこそこそっと小声で呟くと傍らのベテラン感漂う女性は咳払いをし、笑顔を向けユーリに用件を問いかける。

 

 

「ご用件は何でしょう?当院の診療時間は15時までになりますが。」

「ボクは彼女の友人です。少し用があって直接こちらに伺ったのですが。」

「ご友人?」

「はい。友人の"ユーリ・ブライア"。彼女にボクの名前を伝えてください。」

「「…………」」

 

2人の女性は穏やかな笑みを零しながら互いに横目で見合う。……2人は同じことを考えていた。今までティファニー目当てでアポなしで病院に現れた男は"わんさか"居る。しかもどの人物も皆共通点が有り、見事にユーリもそれに当てはまっていたのだ。

 

"友人"だと名乗ること。そしてやけに好青年で身なりの良い男性が多かったのだ。

 

――ひとえにそれはティファニー本人が任務で関わりを持った男たちだと言うことに間違いないのだが……。東国の省庁の人間、VIPの患者の秘書、他病院の外科医etc..。

 

どの人物も"WISE"が欲しがっている情報を握っていた人物。それと親しくなり、そのツケがティファニーに回ってきている……と言うような状況だ。

 

 

「――お引き取りください。」

 

自分を疑うような、冷笑うような冷ややかな表情をする女性。しかし声色は不気味なほど穏やかで対称的なその様子にユーリは眉を顰める。

 

"確実に疑われている"と――

 

 

「本当にボクは友人です。ここの精神科医とも……」

「これ以上居座るようでしたら警察を呼びます。――どうかお引き取りを。」

 

「((……明らかにボクが不審者だと。今更"外交官"である身分証を見せたところで意味は無さそうだ……))」

 

かといって姉のヨルにティファニーの様子を聞くことも気が引けてしまう。憎きロッティに聞くなんてそれこそ有り得ない。なんとか自分の力だけで彼女の様子をとユーリは必死に考えを巡らせる。

 

 

数秒間、受付の2人組と睨み合うユーリ。するとベテラン風女性の隣で怯えた様子で状況を見守っていた若い女性が耐えきれず椅子から立ち上がると大声を上げる。

 

 

「ラッ……"ラドナー先生"のストーカー!」

 

その女性の声に反応する院内の人間達。一気に無数の視線がユーリに突き刺さるとさすがに大事になりすぎた事にユーリ自身も慌て始める。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!ボクは本当に……」

 

 

どんなに弁明しても手遅れらしい。ヒソヒソと周辺から向けられる視線と声に対し、ユーリは"参った"と言わんばかりに困惑の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれ?ユーリ君!」

 

 

そんな最悪の状況下の時。ふと背後から聞こえた声にユーリは大きく肩を揺らす。

 

 

少しゆるっとしたカーディガンを羽織り現れたのは姉の"憎き"夫。"ロイド・フォージャー"だったのだ。

 

 

「((ゲッ!ロッティ!?!?))」

 

「「フォージャー先生!」」

 

 

救世主!と言わんばかりにキラキラと瞳を輝かせる受付の2人組と周辺で様子を伺っていた院内関係者。そしてそれと同時に"不審者"扱いしていた相手がロイドの知り合いだと分かった瞬間、その誤解が無事解かれるのであった。

 

 

 

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院内の廊下を肩を並べて歩くユーリとロイド。まさか憎きロッティに救われるとは――

 

 

 

 

 

「――実はここ数ヶ月間、ファニー目当てで病院に現れる不審者が多くてね。」

「不審者?……って!ボクは違うからな!!」

「それはもちろん分かってますよ?((……いや、どう考えても怪しいだろう……))」

 

 

 

 

…しかし"いけ好かない"。

認めたくないが隣の高身長イケメンはこの院内ではかなり有名らしく尚且つ人気者らしい。

自分のことを不審者だと誤解をしていた受付の女性たちは打って変わって手のひらを返す。"あのフォージャー先生のお知り合い"という肩書きが付いた自分は無敵だった。

 

そしてそれと同時に彼女にストーカーが存在するという事実。今まで話すら相談すらされた事も無い内容だったのだ。

 

 

「アイツ。そんな危険な目に合ってたのか?」

「本人曰く"日常茶飯時"であまり気にしてないみたいだけど。」

「…………」

「まあ、ファニーは不思議と人目を惹くものがあるみたいでね。院内でも他の医者から交際を迫られたり、VIPを診る事もあるせいかその関係者からも被害に遭ったことも……」

 

「おいロッティ。まさか姉さんという存在がありながら貴様も……」

 

"愛弟子のかわいい妹分の事をそういう目で見てる"のでは?なんてユーリはそんなことで頭がいっぱいだった。

 

 

「僕には"ヨルさん"だけですよ。ご心配なさらず。」

「((コイツ……スマートに言葉を吐きやがって……))」

 

 

眩しいほどに明るい笑顔を見せるロイド。一切の曇を感じない本物の笑顔(偽だが)に耐えきれずユーリは視線を逸らす。

 

 

 

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「彼女なら後少しでここに現れると思うよ。今あっちの部屋で申し送りの最中なんだ。」

 

ロイドに案内された場所は院内の外科の階。"あっち"と指を指された先には扉があり、恐らくは診察室か何かだろう。

 

「助かった。感謝する。」

「手助けが出来たなら良かったよ。――それにファニーも喜ぶと思うよ。」

「……別に長居をするつもりは無い。返したいものがあるだけだ。」

「はははっ。……ありがとう、ユーリ君。」

 

"それじゃ、ファニーによろしく"と言葉を残しロイドは踵を返す。ニッコリといつもの笑顔を向けたかと思えばユーリに背を向けた瞬間、その顔は一気に鋭い"諜報員 黄昏"の顔へと変化した。

 

 

「((……どういうつもりだ、ユーリ・ブライア。))」

 

数日前にティファニー本人から聞かされた話だと"自分が公安にマークされている"だとか。しかもその書類はユーリ本人が所持していたという事実。

……まあ彼女がマークされることは想定の範囲内だったのだが。

 

"異例"尽くしの人間は怪しまれることが多い。それは完全にティファニーに当てはまる。

 

「((俺もハンドラーも采配が甘かった。……しかし、だからといって急に距離を取らせるのも逆に怪しまれる可能性が高い。))」

 

ユーリがこの場所に現れた事は予想外。まさか"あの"ユーリ・ブライアがティファニーに会うために自ら病院まで足を運ぶなど今までの言動から考えるに有り得ない。

 

 

 

「((彼女を怪しんでいるのか。上の命令で動いているのか……。それとも本当に――))」

 

"彼女に興味があるのか――"

 

「((任務なのであればコソコソと病院に現れずとも俺やヨルさんに直接接近すれば自然と彼女に会うことは出来たはず。先程の状況からして俺に遭遇するのを嫌っていた。……単に彼女に会うために、ヨルさんや俺に詮索されないために1人で此処に来たのか……))」

 

出来れば後者であって欲しいとロイドは微かに警戒しつつもその場を速やかに離れるのであった。

 

 

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ロイドと別れて30分。気づけば窓から覗く外の景色は真っ暗闇に。

ティファニーが居ると思われる部屋から20mほど離れた先の椅子に腰掛けるユーリは小さくため息を漏らした。

 

 

 

「……遅いな。申し送りっていうのはそんなにかかるものなのか?」

 

ロイドは"後少しで現れる"と確かに口にしていた。それに先程から全く人気も無くなり、このフロアに居るのはユーリとティファニーとその相手のみだろう。

研修医や外科医が一体どんなスケジュールで1日を過ごしているのかは知らないが……何だか嫌な予感がするのだ。

 

 

じっと部屋の扉を見据えるユーリ。

すると刹那、微かに扉の先から何かが倒れるような音が耳を掠める。

 

「――ん?」

 

思わずユーリは椅子から立ち上がると部屋へと近づく。

 

 

 

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「……オーウェン先生。私、今まで何度もお断りしてますよね?」

「そうやっていつも逃げるだろ?……な?今夜ちょっとメシに行くだけって……」

 

 

背丈の高い男に塞がれる部屋の出口。白衣を纏った男はティファニーに笑顔を向けながらゆっくりと肩に手を添える。

 

"オーウェン・グリント"

3ヶ月前からティファニーの育成担当者として、そして直属の上司としての役割を果たす男。若干30代にしてこの病院の外科の副科長のポジションを持ち、決して顔も悪くない。しかしロイドが現れたことによってチヤホヤされるポジションが奪われてしまったと悔やんでいることも事実。それに"目の前の彼女"とも親子のような関係性を築いているという事実に日に日に嫉妬心が強まっていた。

 

 

「だけど以前それで強引に先生のご自宅に連れ込まれそうになったじゃないですか。」

「あれは俺が酔いすぎてたんだよ〜、ごめん!な?」

 

トントンと叩かれる肩。触れるその手が徐々に下がっていき強引に手を掴まれるとさすがのティファニーもゾッと背筋を凍らせた。

 

 

「……もしOKしてくれたら…な?研修医なら分かるだろ?医局長にも上手く根回しするし。俺って一応この病院の外科の副科長だし。」

 

強引に引かれる手。厭らしく撫で回すその手に気分が悪くなりそうだ。……いっその事、1発蹴り飛ばしてやりたいところだが此処で暴走する訳にはいかない。

万一、相手に怪我を負わせてしまったら間違いなく立場が危うくなる。ここまで築いてきた全てを失うことになりかねない。

 

……だとしたら、大人しく従うべきか。

だがこの男は人脈というものは皆無だと言うことは把握済だ。仲良くなってそれなりの関係を築いたとしてもオペレーション<梟>に有益な情報は一切無い。

 

 

「…私は私の自分の力で頑張るって決めてるんです。だから本当にすみません。そのお誘いには応えられません。」

 

背後の壁に押し付けられるティファニー。見上げると妖しげに微笑を浮かべる男がこちらを見下ろしていた。

 

「別に恋人も居ないんだろう?……だったらさ、俺と――」

 

強引に顎を指で持ち上げられた瞬間。

勢いよく部屋の扉が開かれるとティファニーとオーウェンの視線がそちらへと向けられる。

 

 

その先にいた人物――

 

「おい、お前。」

 

鋭い目付きに光る紅の瞳。

まさかの人物の登場と普段見せない恐ろしい顔つきに思わずティファニーも目を大きく見開く。

 

 

「なっ……なんだ君は!((あれ?……鍵は閉めてたはず……))」

「ユッ……ユーリ、さん!?」

 

 

 

「失礼。何やら揉めている声が外に漏れていたので……((明らかに襲いかかる手前…と言ったところか。))」

「まっ、待て!待ってくれ!!違うんだ!!」

 

オーウェンは慌てて体を離し両手を大きく振るうと、自分は何も"妙な気は起こしていない"とばかりに慌て始める。

 

 

「こっ……この女が急に俺に言い寄ってきたんだ!俺の立場を利用しようと!それで――」

 

「扉は施錠され完全密室。壁に押さえつけられているのは彼女。それに…彼女の右手首が鬱血しているみたいですけど…あなたのその大きな手だったら余裕で骨も折れそうですね?」

「なっ……!」

 

「瞬きの回数も増えてますよ?…あ!彼女の右手を掴んでいたと考えると、あなたの利き手は左でしょうか?さっきから右側に視線が動いてますよ?利き手と反対側に視線が泳ぐ時は嘘をつこうと必死な証拠―――」

 

笑顔を向け、スラスラと早口で言葉を放つユーリ。それはまさに尋問のようだ。相手に話させる間もなく、追い込むように延々と台詞を吐き続けるのだ。

 

「嘘をつくと口が乾いて、唇を窄めたり…ほら!今みたいに舐めたりするんです。……また唇を窄めた。汗も額から流れてますよ?」

 

オーウェンはゴクリと大きく息を飲む。目の前の青年は笑顔で微笑んでいるのに"妙だ"。赤い瞳でこちらを捉えられる度にゾクゾクと寒気を感じてしまう。

 

 

「お前こそ何者だ!部外者が勝手に立入ることは許されないぞ!」

「オーウェン先生!彼は――((まずい…ユーリさんが不審者扱いされちゃう。))」

「君は黙っていなさい!………ん?ほら、言ってみろ。どうせお前もティファニーちゃんのストーカーだろ?親族でもなければ無関係の不審者。俺が一言言えばお前は警察に取り押さえられる。」

「………」

 

相手の上からの台詞に笑顔を崩さないユーリ。しかしティファニーは分かっていた。その笑顔の裏で彼が何を思っているのか――

 

 

「((……爆発する数秒前……って感じ?))」

 

 

不審者、挙句の果てにはストーカー扱い。上から目線の年上の男にズケズケと口出しされるのはユーリにとって地獄だろう。決して口には出来ないだろうが"彼こそが秘密警察(警察)"。

 

それに…ティファニーとはそれなりの関係だ。恐らく目の前の男よりも"彼女の事を知っている"。

 

 

 

「…あの……オーウェン先生。彼は私の――」

 

ティファニーはユーリに迷惑をかける訳にはいかないと素直に考えていた。自分の手首を掴む男の手を握り返し、何とかその場を取り持とうと自分とユーリの関係を口に出そうと再び行動に移す。

 

 

 

 

"友人"である、と――

 

 

 

 

 

そんなティファニーの行動を目の前にユーリの頭の中で何かが"プツン"と切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクは彼女と交際している。これでどうです?問題ありませんよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ直ぐと芯のある声で確かにユーリはその台詞を口にした。一切の曇りもなく嘘偽りの無いと言わんばかりの真剣な眼差し。

 

 

 

 

 

沈黙する3人。

ティファニーに至ってはまるで人形のように体を固まらせ呼吸さえも止まっているように見える。

 

 

 

まるで"笑えないジョーク"を聞くのに似た居心地の悪さだ。

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

オーウェンは手を震わせティファニーから離れる。そしてユーリとティファニーを交互に見ると気の抜けた軽い笑いを浮かべながら声を漏らした。

 

「え、嘘でしょ?ティファニーちゃん。」

「えっと……あのー…そのですね…((ちょっと…どういうこと?ていうか嘘でもこの先生相手にそれはマズイ…))」

 

直属の上司であるオーウェン。ティファニーの分析でこの男がどれだけ面倒な人間なのかは分かりきっていた。

 

傲慢、強欲、無神経

 

ロイド曰く、イーデン校の教員の中にも似たような輩がいるとか何とか聞いた覚えがある。精神科医としてこの病院に身を置くロイドでさえこの男の性格の悪さは有名だ。3ヶ月前にこの男が直属の上司になる事を伝えた時のロイドの顔は忘れられない――

 

 

 

「こんな"小童"相手に?嘘だろう?ハハハッ…。どこぞの学生さんかな?あーーだがスーツを纏っているということはそれなりのお仕事をされているか…」

 

 

刹那、オーウェンの顔の前に掲げられる身分証。ユーリはニッコリと悪魔的な微笑みを崩さず言葉を続けた。

 

 

「これはボクの身分証です。外交官として日々東国の為に働かせていただいている…"ただの小童"です。何か異論があればいつでもご連絡をお待ちしております。"オーウェン・グリント"先生。」

 

身分証を懐に戻すと男の白衣に付けられた名札を指で弾く。そんなドス黒い性悪な声で名前を口にするユーリはまるで悪魔だ。

 

"東国の外交官"、それはこの国の超エリートを意味する職だ。下手にたてつけば……どうなるか――

 

「………ひっ!ひいぃ!!」

 

「あの……せんせ…((まずい…))」

「うわああああぁぁぁぁあ!」

 

まるで化け物に遭遇したかのような悲鳴を上げ部屋を飛び出すオーウェン。その大声は周辺の部屋にも響いたのか"何があったんだ?"と続々と人が現れる。

 

開けっ放しの扉のその先を見据える野次馬達にティファニーは深くため息を漏らした。

 

 

 

「ユーリさん。」

「なんだ。」

「……まずい事になりますよ。」

「何がだ?」

 

ティファニーはトントンとユーリの肩を叩くとじっと彼を見上げる。

 

 

「あの先生。あーなっちゃうと止めれないんです。」

 

 

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「フォーーージャーーーー!!!」

 

院内の自室で着替えをしていたその時。

ノックも無しに開かれた扉の先から現れた相手にロイドは目を大きく見開いた。

 

 

「なっ……どうかされたんですか?オーウェン先生――」

 

今にでも泣き出しそうな酷い顔でしがみつく相手にロイドはギョッとした表情を浮かべ身を引く。しかし相手は引き下がらない。

 

 

「お前!ティファニーちゃんの事はよく知ってるよな?」

「だからどうしたんです?先生…」

「あの子に"彼氏"なんて嘘だよな!?何か聞いてるか!?フォージャー!!」

 

「は……はい?」

 

 

ロイドは疑問を浮かべながらも脳内で事の整理を始める。突然現れたユーリ、目当てはティファニー。オーウェンとの申し送り部屋の前に案内した事。やけに騒がしい通路。

以前からティファニーに"ちょっかい"を出していた男の姿――

 

その時間、僅か1秒。

 

全てを理解したロイドはにっこりと営業スマイルを浮かべ、オーウェンの背中を優しく叩く。

 

 

 

「まあ…彼女も年頃ですから。優しい目で見守ってください。オーウェン先生。」

 

 

そのロイドの言葉に膝から崩れ落ちるオーウェンだった。

 

 

 

 

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早く院内から立ち去ろうとティファニーとユーリは人目を掻い潜り、足早に廊下を歩く。

 

 

 

 

 

「"ああ"でも言わないと引き下がらないだろう?あの男は。」

「いや、論点はそこじゃなくて……"いいんですか?"」

「何が?」

「私とユーリさんが交際してるなんて。嘘だったとしても"先生"に伝わったら……」

「ロッティに?…まさか。"お前ごとき"の恋愛話なんて噂になる訳――」

 

別にこの病院で噂になろうが関係ない。"この病院"であれば。

それに……嘘にしたくないという気持ちも心做しかあるのだ。

 

「((…"嘘"か。……それもそうか。彼女はボクの事はそういう目で見ていない――))」

 

先に嘘だと言われたことに微かに胸を痛めるユーリ。しかしそんなに悲愴的な事を考える時間間もないまま、ユーリとティファニーの前に突如として白衣の集団が現れた。

 

 

「ティファニーちゃん!彼氏がいたなんて!」

「何で俺らに言ってくれなかったんだよ〜!」

 

「……俺、帰るわ…」

「俺も明日から休む……」

 

「医局長もこれを知ったらぶっ倒れるんじゃねぇの?」

「それよりも"フォージャー"の耳に入ったら……」

 

「あいつ可愛がってるもんな、ティファニーちゃんの事――」

 

外科の医者や看護婦たち。中には研修医仲間などの姿があった。

 

ティファニーの予想通り全て伝わっていたのだ。あのオーウェンの慌てた様子に院内の人間たちは皆何事かと不思議に思っただろう。

 

 

「――ね?そういうこと……」

「…………」

「先生の耳に入るのも時間の問題ですよ?…というか既にこの状況ですし、オーウェン先生が話したかと。――早く弁明しないと"ヨルさん"にも……」

 

"ヨルさん"

そのワードにようやく事の重大さに気づくユーリ。

 

 

「うぁあぁぁぁぁぁぁあ!!しまったあぁあああああ!!!」

 

 

ユーリは両手で自身の頭を挟み、間抜けな声を上げたのであった。

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

「((…あのユーリ・ブライアがヨルさんの事を考えることも無く突発的に行動に走った。――ファニーの事を考えると胸も痛むが……"これはチャンス"だ。))」

 

 

その光景を物陰から密かに見据える。ロイドは分かっていた。ユーリの言動を見る限り"彼は好意を抱いている"と。ならばそれを利用する他ない。ティファニーの任務は成功の一途を辿っているのは確かだ。

 

 

「((何にせよ、オペレーション〈梟〉の為に俺やファニーはスパイとして働かなければならない。ハニートラップはその手段――――悪いな"朝顔"。))」

 

 

眉を顰めるような気持ちでロイドはその場から姿を消した。

 

 

 

 

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「――――で、どうなんだ?ブライア少尉。」

 

 

無機質なテーブルに置かれた1枚の書類。その書類に記されている個人情報に視線を落とし秘密警察の"中尉"の男は手に持っている写真を睨みつける。

写真に移る"金髪の少女"は穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

 

 

「彼女がスパイ…有り得ませんね。ただ頭が少し良いだけです。あんなチンチクリンがスパイだなんて…だとしたら西国も落ちぶれたものですよ。」

「……チンチクリン。」

 

中尉は手にしていた写真を指で弾くと、ヒラヒラとテーブルの上にそれは落ちた。

書類に記された名前―― "Tiffany Rudner"

密かに秘密警察にマークされている人物"だった"。

 

 

 

「この前のイーデン校でのテロ未遂事件。お前は唯一あの場でテロリストと対峙しあった立場だが……。本当に"1人"でアイツらを倒したんだな?」

「ええ。そうですよ。前も話した通り、たまたま一緒にいた彼女は隠れていました。…それに負傷したボクを手当してくれましたから。」

「…………」

「彼女のマークは不必要かと。それよりも他の奴らをマークすべきですよ、中尉。」

 

 

にっこりと明るい笑顔を浮かべる部下を相手に中尉は表情を変えることは無かった。

 

 

「えーっと、という訳で、ボクの次のマーク対象者…」

「少尉。彼女は"姉の旦那の教え子"と言っていたな?」

 

 

中尉は椅子から立ち上がるとユーリの目の前へと向かい彼を見下ろす。その瞳には微かな"疑念"が浮かんでいた。そしてユーリは一切動揺することなく、いつもと変わらない様子で中尉を見上げる。

 

 

「はい。そうですよ?」

「………」

「急にどうしたんですか?何か気になります?」

 

"へへへっ"と呑気に笑顔を浮かべる相手。そんな相手に中尉は容赦なく顔を近づけ、獣のような鋭い視線を向ける。

 

 

「――お前、この娘に妙な好意を持っていないよな。」

 

 

全てを見透かすような瞳。

まるで罪人を"尋問"する時のそれと同じだ。

 

 

「いきなり何なんです?」

「小耳に挟んだ事なんだが。…お前、この娘と交際しているとか。」

「あー!そういえば報告するの忘れてました!そうですよ?ボク、彼女と交際し始めたばかりなんです。」

「………」

 

"相変わらず肝心な事を後出しする男"

そんな事を脳裏に浮かべながら中尉はユーリの言葉に耳を傾け続ける。

 

 

「姉さんがボクの事をずっと心配していたので。ボクもそろそろ"そういう相手"くらい作らないとな〜って。」

「………」

「そうだ!今度彼女を交えて食事なんていかがですか?きっと中尉も気に入るかと。チンチクリンなのは確かですが、地頭は良いので――」

 

 

ユーリの様子はいつもと変わらない。話し方も、ペースも、瞬きの回数も、表情も。

 

人が嘘をつく時のサインは全く感じられず"彼はシロ"であると中尉は安堵する。

 

そして男は小さくため息を吐くと再び椅子に腰を下ろし、両肘をテーブルに立てた。

 

 

 

「…悪かった、少し"カマ"をかけてみただけだ。」

「中尉のそういう所…本当に尊敬します。部下であろうが誰であろうが常に疑念の目を向けるその鋭い眼差し。――感服致します。」

 

彼は嘘をついていない。

…今のところはそう感じとれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボク。姉さんの為なら何だってやりますよ。…姉さんの為にボクは生きているんですから。」

 

 

 

 

感情の出口に蓋をするように、ユーリは穏やかに笑みを零す。

 

 

 

 

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