morning glory   作:鈴夢

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潮風漂う街の中で

 

 

 

 

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――某日 フォージャー家にて

 

 

 

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フォージャー家が揃った週末の晴天広がる昼下がり。

気持ちの良いそんな日に、血相を変えて尋ねてきた青年を目の前に黄昏ことロイド・フォージャーはコーヒーカップを片手に言葉を口にした。

 

 

 

 

「――ファニーから連絡が無い?」

 

 

 

"いつも連絡をとっていた相手から急に音沙汰が無くなった"

 

よくある若人の恋愛相談(超初期)に快く乗るロイド。しかし目の前の青年、ユーリ・ブライアにとってはかなりの重大な事らしい。

 

 

「ああ、そうなんだ……」

「あのファニーが…珍しいな。」

 

喧嘩でもしたのだろう。今の今まで、何度も言い合っている姿は見た事もあるし、そもそも目の前の青年は多少他の人物とは大きく違った言動を容易に犯す。ついに見限られたか――

 

 

「おじ"きらわれた"のか?」

「煩い!チワワ娘!」

「このまえ"すとーかー"っていってた。」

「え、ユーリ君そうな――」

「それは誤解だ!ボクはストーカーなんてしてない!ちょっと病院に立ち寄ったり、帰りを待ってたり。だが誰にも彼女について直接聞いたりはしてないからな!これ以上ストーカー扱いされるのは御免だからな!」

 

要するに"何日も待ち伏せをしていた"らしい。

しかし、いても立ってもどこにも彼女は現れない。自宅も留守でティファニーはユーリに一切姿を見せないのだった。

 

 

「((……ストーカー))」

「((ゲプッ……))」

 

話を聞いていたロイド、そしてアーニャでさえ背筋を凍らせるほどユーリの行動に寒気をおぼえた。

 

 

 

「――で?何か知ってるだろ?お前なら。」

「いいや…これと言って何も……」

「嘘をつくな!変態シスコン医!ティフィーの事なら何でも――!」

「ちょっ!落ち着いて!ユーリ君!」

 

今日は酒も何も入っていないにも関わらずやけに初手から強気だ。それだけ彼女が心配なのか……。そんなことを考えていた時、ロイドはふとユーリとの会話の"ズレ"を見つけると、目を丸くし彼を見つめた。

 

 

 

 

「……ん?ちょっと待ってユーリ君。バーリント病院に立ち寄ったって言ったけど…"2週間前からミュンク地方の姉妹院に研修"に行ってるのはさすがに知ってるだろう?」

「ムッ!?知らないぞボクは!」

「え……ウソデショ――」

「クソーーー!!何なんだよあの女ーー!!!」

 

 

ユーリの両手がロイドの服の襟元を容赦なく掴み、その場で何度も揺さぶり倒す。それを目にしたヨルは血相を変えてユーリの腕を必死に掴んだ。

 

 

「ちょっと!ユーリ!!ロイドさんが死んでしまいます!!」

「一言も聞いてないぞ!!ティファニー・ラドナー!!!!」

 

 

騒然とする室内。

ボンドとアーニャは部屋の片隅で震えながらその光景を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

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「"かくかくしかじか"。――という事があったんだが……」

『…申し訳ありません、先生。』

 

 

そしてその翌日。早速ロイドはバーリント病院の自室からティファニーに連絡を入れていたのだった。昨日の一部始終を細かに伝えたところ、彼女の口からは半ば疲れきったような、呆れたようなため息混じりの声が漏れる。

 

 

 

「話してなかったのか?今月いっぱいは研修でバーリント病院には居ないことくらい……」

『はい……話したら話したで面倒くさそうですし。こっちは別の任務の為にミュンク地方まで来ていますし……こっちに来てその任務の弊害になるような事をされても厄介ですし……』

「まあ……確かに。((あの弟ならそれはそれで面倒事を起こしそうだ。――))」

 

 

ティファニーの言うことも分かる。しかし何となく感じる微細な感情。ロイドはそれを敏感に感じ取っていた。

 

 

「((だが、なにか引っかかるんだ。"朝顔"。))」

 

 

どこか本音を隠すような声色。

別に長期間の研修くらい彼に話しても問題は無い(彼女の言う通り何らかの弊害は否めないが……。)

 

ロイドはそんなことを考えつつも、ティファニーに対して何ら他愛のない話題を投げる。

 

 

「それはそうと、研修(任務)は順調か?」

『はい。研修自体は何も問題なく、滞りなく順調ですよ。』

「医局長は?お前に相変わらず無理強いをしたりしてないだろうな?」

『…うーーん。相変わらず鬱陶しい誘いは多いですが上手く避けてます。バレないように睡眠薬飲ませたり、後ろからド突いたり――』

「え?あ……そう……うん。」

 

本当に大丈夫だろうか?

あの医局長はティファニーに"彼氏"が出来たというのは遠の昔に把握しているはずだ。それにも関わらずまだ諦めないその根性――そしてそれを容赦なく捩じ伏せるティファニー……

 

 

 

 

 

『…というより、本当に申し訳ないです。まさかユーリ・ブライアがそこまで行動に移すなんて……想定外でした。』

 

「恐らく、近々そっちに行くと思うぞ。」

『え!?何で……』

「"何で"って、そこまでの行動を起こす奴だからこそだ。お前に一言文句くらい言いに行っても不思議じゃないだろう?」

『……容易に想像が着きます……。』

 

 

来週辺り、ポンと現れて文句だけ言いに来る姿が想像出来てしまう。しかもだいたい何を言われるか、台詞さえも微細に想像つくとロイドとティファニーは脳内でそれを再生していた。

 

それ程に、ユーリ・ブライアという男は分かりやすい――

 

 

 

 

 

「とにかく、一言くらい謝罪はしておけよ?」

『いっ……嫌ですよ!なんで私が……』

「――"朝顔"」

 

 

ロイドの助言に珍しく慌てた口調で反論するティファニー。しかしそんなことを言っている場合では無いと言わんばかりに、黄昏は鋭い口調で彼女の名を口にした。

 

 

 

 

「これはオペレーション〈梟〉の最重要事項でもある。……お前の役目は東国の重要省庁の内実捜査……即ちそれは秘密警察の内実を暴く事にも繋がる。」

『…はい。』

「そして都合よく現れた"ユーリ・ブライア"。彼を利用するのはお前の勤めだと……最初にそう話があったはずだ。」

『………はい。』

 

彼の言う通りだ。これはただ単に恋愛話ではない。"嫌だ"という台詞は通用しない。ティファニー・ラドナーとしてではなく、スパイの朝顔としての役目だ。

 

 

「これは遊びじゃない。恋愛ごっこでもない。…それともまさかお前、本当に――」

 

――"ユーリ・ブライアに堕ちたのか?"

 

 

 

 

その時、ティファニーはロイドの言葉を遮るように言葉を被せた。

 

『申し訳ありません。先生の仰っている事は理解しました。……私の間違いです。』

「ファニー…」

『先程までの私の言葉は全て忘れてください。任務のために"私情"は挟まないと、……先生の手を煩わせること自体が私の大きなミスです。』

「…………」

 

ロイドの言葉に我に返るティファニー。電話越しでも分かる、彼女の声色はハッキリと諜報員(スパイ)"朝顔"そのものだった。

 

何となくその変化に心苦しさもロイドは微かに浮かべていた。

 

 

 

『…すみません、この後市内の往診があるので準備しないと――ユーリ・ブライアには今日中に必ず連絡は入れておきます。また何かあれば直ぐに連絡してください。』

「ああ、分かった。」

『はい。それでは失礼します。』

 

電話の受話器を戻し、椅子に深く腰かけるロイド。そして先程の会話を脳内で巻き戻し彼女のとあるワードを思い出す。

 

 

「"私情"……か。」

 

 

彼女が咄嗟に口にした私情という台詞。ロイドはやはり何か引っ掛かりを感じていたのだ。朝顔は夜帷と違い良くも悪くも分かりやすい。それは年相応という事もあるのだろうが、いくら戦争経験者と言えど幼すぎるのだ。

 

 

「((その言葉に、一体どこまでの意味を宿しているのか――))」

 

 

険しく眉間に皺を寄せ天井を見上げたその時。"WISE"局員が部屋に来たことを知らせる特殊なノック音が室内に響く。ロイドは直ぐに返事を返すと、現れた人物は――

 

 

 

 

 

「――失礼します。次の会議(任務)の資料です。((あぁ、先輩。今日も素敵……))」

「ああ、助かるよ。」

 

"夜帷"ことフィオナ・フロスト。相変わらず無の表情を浮かべたまま、真っ直ぐとロイドのいるデスクへと歩み寄ると書類を手渡す。

 

 

 

「あの……フィオナ君。聞きたいんだが……」

「はい?何ですか。((先輩が私に質問を!?一体何?今夜の予定とか?それともランチの誘い――))」

 

 

「"ファニーの好みの異性のタイプ"」

「――はい?」

「もし何か知っているなら教えて欲しいんだが……。ほら、ファニーと1番中がいいのはフィオナ君……」

「失礼します。」

「え?ちょ……フィオナ――」

「失礼します。」

 

心做しかいつもより彼女の声色が低く感じたロイド。なにか気に触ることをしたのか?……いや、夜帷に限ってそんな感情を顕にするような人物では無い。気のせいだろう。

 

 

 

「((百戦錬磨と言われてきた黄昏――最近女性に対してのアンテナが鈍ってきたのだろうか。なんだか最近、皆俺に対して当たりが強い気が――))」

 

 

ヨルといいフィオナといい、ティファニーといい――しまいには同性のユーリの当たりも強ければ、先日のオーウェンとの騒ぎもそうだが……

 

 

「嫌な予感しかしないぞ……全く……」

 

 

 

 

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――ミュンク地方 "ライトロンゲン"市

バーリント姉妹提携病院――

 

 

 

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首都バーリントンとはまた違った情緒ある町"ライトロンゲン"。小さな町でパッと見発展したような風景は少ないが緑豊かで港も近く、微かに潮の香りも漂う美しい町だ。

 

 

その町に一際大きく、やけに真新しい建造物が建っていた。まだ建てられて数年。しかし利用する人々は多く、現在はこの周辺に住む住民にとって無くてはならない病院へと変化したらしい。

 

 

そんな院内にて、長い金髪を綺麗に結い上げ、白衣を纏った碧眼の少女は傍らの黒電話を横目に小さくため息を漏らす。

 

 

 

「――ユーリ・ブライア。」

 

 

 

 

 

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"君は何者なんだ?"

 

 

 

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あの一件から何となく距離を置くようになったのだ。というか、そもそも距離が近かった訳でもない。付き合っているのも互いの利のためだ。ユーリは姉のヨルを心配させたくない一心で自分と付き合っている。そして自分は任務のため――――その理由があるからこそ、別に体の関係も持っている訳でもない。そもそも体の焼印を見られる訳にもいかず恋人らしい行為は……

 

 

 

 

「…………」

 

 

あの時の台詞とともに、あの時のユーリの行動を思い出した。

 

唇に感じたあの柔い感覚。僅かに香る酒の匂いとユーリの深紅の瞳が自分の瞳を捉えた時の事――

 

 

「ッ――((私は何を……))」

 

カッと頭が逆上せてしまいそうだった。不意に唇に指を添え、顔を赤く染めるティファニー。彼の瞳に呑まれそうになったあの瞬間を忘れるはずはなかった。

 

 

「((ダメよ朝顔。これも罠かもしれない。あの時の台詞自体、本人は何も覚えていない様子だったけど……危険よ。これ以上踏み込むのは……危険すぎる。))」

 

 

本当なのかわざとなのか、あれ以来ユーリは"あんな事"を口にすることも"こんな事"を仕掛けてくることも無かった。

 

 

 

「((結局、あの時のことは誰にも話せていない。話すべきか迷ったけど……これは私自身で対処すべきこと。"最悪"、彼を抹殺すればいいのだから――))」

 

 

窓枠に両肘を立て、目の前に広がる水平線に視線を落とすティファニー。すると背後から人の気配を感じると直ぐに体勢を整え現れるであろう人物に備える。

 

 

 

開けっ放しの扉から現れたのは同じくバーリント病院からこの病院に訪れていた医局長だった。男は穏やかに微笑み、ティファニーに声をかける。

 

 

 

 

「ラドナー君。そろそろ往診だけど準備は?」

「はい。既に済ませてます。いつでも出発できますよ。」

「さすがだ。やはり君を連れてきて正解だったよ。」

「いえ。寧ろいつもこのような場に推薦してくださる医局長には感謝しかありません。」

「相変わらず謙虚だな?だがそこもまた良い。」

 

 

ティファニーは傍らに置いていた大きな鞄を手にすると男に近づく。そして白衣の名札の歪みを整えると医局長に向けて小さく会釈を見せる。

 

50代の医局長、パッと見"イケおじ"だなんて喩えてもなんら異論は無いだろう。優しくキレのある瞳はいつも通りティファニーを見据えていた。

 

 

「……ところでラドナー君。私は明日からまた1週間ほどバーリントンに戻らなければならないのだが……今夜こそ食事に――」

「ダメですよ?確か明日の汽車は始発でしたよね?今日も往診は夜まで続きますし、遅くまで医局長を連れ回すなんて。」

「お願いだ!ラドナー君!一度くらい食事に……」

「――分かりました。但し少しだけですよ?」

 

ティファニーの返答に心の中ではガッツポーズを見せる医局長。彼女はそんな彼の背後で相変わらずのジト目を浮かべてはとんでもない事を考えていた。

 

 

「((……今日も睡眠薬交ぜる手法でいこう……))」

 

 

 

 

 

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約1ヶ月の長期研修。研修というより殆どが実務だ。

 

未だに発展の遅れている小さな村やこれから更にインフラを整えようと進化する計画都市。首都バーリントンには程遠いが数年後には大都市へと発展するであろう中央都市、特殊な事情を抱えた診療所や小児科、そして精神外科などを訪問しミュンク地方の医療体制を視察していたのだった。

 

そしてそれは未来を担う優秀な人材としてティファニーが推薦された。反論する者は誰もおらず、満場一致の人選だった――

 

 

 

 

 

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――22時過ぎ

中央都市 "ユーバーハウゼン"――

 

 

ホテル"マルメザン"

 

 

 

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「((……お陰で医局長は18時頃から眠気で一旦宿に戻るとかでそのまま眠ってくれたみたいだし、約半月の呪縛からやっと抜け出せるわ。とりあえず1週間だけど……))」

 

 

激務を終えたティファニー。ふらふらと疲れた足取りでたどり着いたのは宿舎として利用しているこの辺りではAランクのホテルだった。中央都市と言えど人の数は少ない。しかし緑豊かで海も近く、食べ物も美味しいと有名なこの街は観光客も多い。

 

この時間でもそこそこ観光客らしき人物達がホテルのロビーで寛いでいた。心做しかカップルがやけに目につく。

 

 

「((……そうだ……とりあえず部屋に戻ったらユーリさんに連絡を入れないと……こんな時間だけど早いに越したことはないし、また先生の自宅に押しかけられたら――))」

 

 

"今度こそ本当に黄昏に半殺しにされてもおかしくない"

 

昼間の様子といい、ロイドのあのような口調と声色は久しぶりに耳にしたのだった。白々とした空虚感と黒い怒り。憤りという感情と微かに感じる落胆――あれは本気だ。

 

 

 

「((戻ったら電話。それを終えたらシャワーを浴びて明日の準備――))」

 

 

ロビーから客室へと続くエレベーターのスイッチに触れようとしたその時、広い吹き抜けが広がる豪華なロビーに男の声が響き渡った。

 

 

 

「えっ!ここも空室無し!?」

「はい……大変申し訳ないのですが……」

「多少ランクの高い部屋でも問題ない!そこも空いてないのですか?」

「残念ですが数日後に控えている花火大会の影響もあってどのお部屋も満室で…寧ろ高層階ほど早くに埋まっておりまして…」

「ここのホテルを逃したら完全に野宿なんです!…どんな部屋でも構わない――」

 

 

 

 

 

「((こんな遅い時間に宿を探すなんて。それにユーバーハウゼンは有名な観光地で殆どの宿は常にいっぱいで有名……一体どんなおマヌケさん――))」

 

 

 

どんな間抜けな奴だろうかと、半ば興味本位で再びロビーの受付に顔を向けるティファニー。

 

しかし、まさかの見慣れた人物がそこに立っていることに気づくとティファニーは不思議と纏っていた疲れが一気に吹き飛び、持っていた革鞄を派手に床に落としたのだった。

 

 

 

「えっ……何で……」

 

 

革の鞄が派手に落ちる音がロビーに大きく響き渡った。鞭を打つような鋭い音に敏感に反応した男は音のする方へ顔を向けると、まさかの人物の登場に大きく目を見開く。

 

 

 

 

「ん?――って!"お前"!!!」

 

 

 

 

2人は同時に駆け出し、ロビーのど真ん中でお互いを指さし合うと名前を呼び合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリさん!?」

「ティフィー!?」

 

 

 

 

 

偶然すぎる再会。奇跡の再会。

2人はどことなく嬉しそうに笑みを零すのだった。

 

 

 

 

 

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