morning glory   作:鈴夢

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寝ても醒めても

 

 

 

 

 

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―――午前11時過ぎ

レーゲンボーゲン孤児院 大広間―――

 

 

 

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「――うん。1週間前より良くなってる。このまま継続してきちんと薬を飲んでね?」

「はーい!」

「いい返事ね?―――では、次の子を……」

 

 

広間に訪れる子供たち。先週、医局長が"要注意"と指示を出した子供たちの経過観察。この孤児院の環境は悪くない。食事もきちんと与えられており、衣食住に大きな不自由はそこまで感じなかった。

 

しかし遅れているのは衣食住ではなく"医療体制"。この人数を一括で管理できるような大きな病院や診療所はまだきちんと備わっておらず、バーリント総合病院の姉妹病院ができてからはこういった見放されてきた子供達を中心に診ていこうと方針が決定した。

 

それはひとえに、同じく戦争孤児であるティファニーの強い願いがあったからこそ叶った事だった。

 

 

 

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一先ず1グループの経過観察を終え一息つくティファニー。広間に並んでいた子供たちは既に遊びに出かけたらしく残っていたのはここの施設を任されている長、マジョリーの姿だった。

 

 

 

「ラドナー先生。お疲れ様。」

「ありがとうございます。」

 

冷たいアイスティーの入ったガラスカップを受け取るとティファニーは穏やかに微笑む。傍らに置かれた大量の個人情報を横目に小さく息を漏らすと凝った肩を労わるように首を何度か回す。

 

その姿を傍らで見据えるマジョリー。パッと見まだまだ幼さを残す目の前の女性に尊敬の眼差しを向けていた。彼女の経歴は勿論目にしているが年齢もまだ若い。そんな女性がバーリントンという大きな大都市の代表としてこの街に来ては医療を拡充している。その事実に感服していたのだった。

 

 

「本当に、まだ10代とは思えないですね?先生は。」

「ふふ…よく言われるんですけど、素直に喜んでいいのか…」

「素直に喜んでいいんですよ?褒め言葉以外の何ものでもありませんから。」

 

相手の言葉にこそばゆさを感じたティファニー。アイスティーをごくごくと飲み干し、恥ずかしさを隠すように顔を逸らす。そんな姿も彼女らしくて良いのだ。

 

 

「先生は東国(オスタニア)の宝ですよ。自信を持って、今後も医療に携わってください。」

「………((東国(オスタニア)の宝…か―――))」

 

マジョリーの言葉に心の中では大きな戸惑いを浮かばせる。

 

なんせ、自分は東国(オスタニア)の敵、西国(ウェスタリス)諜報員(スパイ)なのだから。医者というのはあくまでも偽りの姿に過ぎない。たまに本業と訳が分からなくなるのだが―――自分はスパイ、朝顔だ。

 

今だって様々な情報を盗み出すためにこの地方に来ている。人を殺めたことだって何度もある。…人を救う仕事をしている反面、人を殺している事実―――

 

 

様々なところで謝辞を述べられる度に不思議と胸が痛む。今の今までそんなに気にしたことは無かったのに…何故かここ最近、感傷的になってしまうのだった。

 

 

 

 

「―――そういえば、先生が連れてきてくださった外交官のブライアさん。あの方も凄いですね?」

「あっそうだった……彼、どうしてました?数時間。」

「さっき部屋を覗いてきたんですけど、それはもう凄くて―――」

 

失礼ながらユーリの存在を忘れかけていたティファニー。しかしそれほどに何も問題なく、寧ろ彼の力が存分に発揮されている事実を耳にする事に。

 

 

 

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「…よし、次はこの問題を解いてみろ。」

 

「さっきも間違えてたぞ、そこ。次は無いからな!チンチクリン!」

 

「おい!途中式が無いぞ!減点だ!」

 

「うん、全問正解だ。やればできるじゃないかチンチクリン―――」

 

 

先程まで大騒ぎだった子供たちが嘘のようにそれぞれが席に座り、教材とノートとペンを手に大人しく勉学に励んでいたのだった。

 

性別も年齢も様々。学習能力も知能も大きく差のある彼らに勉学を教えることは容易ではない。ひとりひとりに合った教え方、関わり方さえも変わってくる。しかしそれをユーリ・ブライアはたったの短時間で全員の能力を掌握し、あたかも本物の教師のように彼らに指導していた―――

 

 

 

 

 

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―――らしい。

 

 

"やっぱり彼は適任だった"とティファニーは無意識に口元を緩ませる。アーニャへの教え方を見る限り、とにかくユーリは教え方も上手いし子供の扱いも上手いのだ。たまに口が悪い場面もあるが逆にそれが子供にウケている。

 

 

「やっぱり、彼に任せて正解でした。」

「素敵な方を連れてきてくれて私達も嬉しいわ。―――ところで、ラドナー先生…」

 

 

グイッとマジョリーの手がティファニーの腕を掴む。まるでヒソヒソ話をするかのような体勢になる2人。

 

するとマジョリーは耳元で呟いた。

 

 

 

「ブライアさんはラドナー先生の…"コ・レ"?」

 

 

"コ・レ?"と色気のある声色と共に親指を立てるマジョリー。要するに彼氏なのか?という問いかけに思わずティファニーはクスクスと豪快に口を開けて笑顔を見せる。

 

 

 

「ふふふっ、ははははっ!!―――はい。そうですよ?」

 

 

込み上げてくる子供のような笑い方。なぜだか分からないが笑いが止まらなかった。ただただ、その事実に満足し幸せを感じていたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

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午後17時過ぎ―――

 

 

―――"ユーリ・ブライア 初日任務無事完遂"

 

 

 

 

 

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あっという間に空は橙色一色。

昼間に比べて涼しい風が吹き抜けていた。

 

 

 

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「それじゃあ、また明日も同じ時間に来ますね!」

 

 

施設入口の門構えで見送られるティファニーとユーリ。施設のスタッフたちに加え、子供たちもほとんど全員集まっていたのだった。

 

 

「ティファニーせんせー!ばいばーーい!」

「また明日ねーー!!」

「ユーリ先生!また明日も勉強教えてねー!!」

「明日は約束通り隠れんぼね!!」

 

 

 

「ボクの体はひとつしかないからな!!!無茶させるなよ!チンチクリン共!!」

 

「「はーーーい!!」」

 

 

誰よりも大きく手を振るうユーリ。

ティファニーはそれを横目になんとも言えないジト目をユーリに放っていた。

 

 

「((めちゃくちゃ従えてるし、めちゃくちゃ懐かれてる……))」

 

 

どうやらユーリ自身も楽しかったようだ。来た時よりも足取りが心做しか軽く感じる。最初は子供を相手に気がなかなか上がらないだなんて口にしていたが……この人は根っからの子供好きだ。子供好きに悪い人はいないと…あくまでも経験談だが間違いない。

 

 

「―――何だかんだ楽しそうでしたね?ユーリさん。」

「最初はどうなるかと思ったが…案外聞き分けのある利口な子供が多くて助かった。」

 

午後も勉強の他に施設の中庭で子供たちと全力で遊ぶ彼の姿を目にしていた。どの年齢の子達とも対等に接するユーリ、子供たち自身もそのユーリの行動に威厳さえ感じていたのかもしれない。だからこそ、子供たちは彼に懐いたのだろう。

 

 

「ところでティフィー。帰りはさすがに歩いては帰らないよな?」

「え?歩いて帰るに決まってるじゃないですか。」

「はぁ!?」

「そもそもこの道、車なんて滅多に通らないくらい街から離れてるし。せっかく景色もいいのに歩いて帰らないなんて損ですよ?」

「明日もあるんだぞ?それにボク達も休まない、と…」

 

不意にティファニーに手を引かれるユーリ。するとその先に広がる景色に言葉を失うのだった。

 

 

 

「……車で帰ったら、この景色も一瞬です。」

 

 

バーリントン市内では決して見られない景観だろう。奥に見える海は夕日で赤く染まり、大きな陽が地平線に沈んでいく瞬間。栄えている街も見えれば重なる山々も、丘も何もかもがひとつの絵に収まっているようだった。こんな景観は"美術品の絵画"でしか見たことは無かった。

 

 

「…………」

「ね?綺麗じゃないですか?この景色。」

「……悪くない、な。」

「ふふっ。でしょう?」

 

 

柔らかい風が頬を掠めていく。暑くもなければ寒くもなく、心地好すぎる気候に疲れも薄れていきそうだ。

 

 

「…姉さんにもこの景色を見せたい。」

「今度2人で旅行に来てみたらどうです?たまには兄弟水入らずも良いかと。」

「―――ああ。」

 

ユーリの表情が朗らかに溶けていく。姉を思う優しい横顔はティファニーにとって惹かれるものがあった。家族を心から愛しているその表情、それは憧れでもある。

 

 

自分にも愛する家族がいたのだから―――

 

お父さん、お母さん…お兄ちゃん―――

 

 

 

花畑が広がる丘、近くには澄んだ泉があった。飼い慣らしていた牛や羊、毎日手入れをしたお気に入りの鉢植え。

 

草木が擦れ、さわさわと鼓膜を撫でる音。野生の動物達の鳴き声に、虫たちの合唱。

 

春には満開の花々、夏は緑と真っ青な空、秋にはたくさんの収穫、冬は皆で雪だるまを作ったっけ?

 

 

父の穏やかな微笑み。母の子守唄。

大好きな兄弟の温かい手―――

 

 

 

 

 

 

「―――昔を…思い出すんです。……故郷(ふるさと)によく似た景色―――」

 

 

ユーリの手を愛おしそうに握りしめる。そこに家族がいるかのような不思議な感覚だった。

 

 

「………ティフィー?」

 

そしてティファニーは無意識に過去の記憶をそのまま"口にしてしまう"。新鮮な空気を深く吸い込み、彼女は瞼を閉じて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ティフィーの故郷?」

 

脳裏に過去の記憶を浮かべていたその時、ユーリの台詞によって全てが引き戻された。

この男に過去の話は多くしたことは無い。寧ろ自分の出生や家族についてなど一切口外したことが無いのだ。

 

「っ……と。…呑気に景色を見てたらあっと言う間に暗くなりますね?急いで街に戻りましょう?」

「あ…あぁ…。」

「お腹も空きましたし、どこかで外食でもしましょう?」

「…そう…だな?」

 

瞬時にその場の空気を切り替えたティファニー。完全に気を抜いていたことを後悔していた。

 

 

 

「((危ない…何をしてるの私は!下手をして喋りすぎるのはスパイとして失格―――"先生"に何度も指摘されたじゃない…))」

 

急ぎ足で道を進むティファニー。その背後では不思議そうな顔で真っ直ぐと背中を見据えるユーリ。

 

激しく脈打つ心音を押さえようとティファニーは右手を左胸に添え、ただただ真っ直ぐと帰路に着くのであった。

 

 

 

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―――午後21時半

マルメザンホテル 1505号室――

 

 

 

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「ティフィー。水、飲むか?」

「…ありがとうございます。」

 

 

市内で夕食を済ませ、ホテルの部屋に戻った2人。手早く入浴を済ませるとそれぞれやる事をこなしていた。

 

 

ティファニーは引き続き行われる明日の準備。部屋の真ん中に置かれたテーブルには数々の書類が並べられており、1枚1枚事細かにそれをチェックしていた。長い金髪は雑に団子型に纏められており、彼女の雑さが伺える。

 

ユーリは特にやることもなければ明日の準備もする必要は無いらしい。余裕気にティファニーをじっと見据えていると邪魔をしないようにと水の入ったカップをテーブルに置くのだった。

 

 

 

「………((医者っていうのはなかなか大変なんだな。))」

 

 

一切の無駄な時間を発生させないティファニーの動き。それはまるで必死に受験勉強にでも勤しむ学生のようにも見える。ペンを握る手も、あちらこちらに向けられる目もこの小一時間止まることは無かった。

 

 

「ティフィー」

「………」

「…おい。」

「………」

「おい!チンチクリン!」

「!?うぇえ!?」

「なんだその間抜けな声は?」

「何って……ユーリさんこそ驚かさないでくださいよ!いきなり…」

 

あまりにも機械的すぎるティファニーの動きに心配を浮かべたユーリは思わず彼女に大声で呼びかけてしまった。"少しは休憩しろ"と言いたかったのだが、こうでもしなければ彼女はその行動を止めないだろうと思ったのだ。

 

 

「少しは休憩しろ。根詰めると疲れも取れないぞ。」

「あー……そうですよね、ごめんなさい。」

「そんなに仕事量多いのか?…っと…」

 

テーブルを挟み、対面側の椅子に腰掛けるユーリ。ティファニーは小さく疲れた息を吐くと無意識に目元を指で擦り、再び書類に視線を落とした。心做しか、疲れているせいかティファニーの口調も昼間に比べて弱々しい。ハツラツさは皆無、人が変わったかのように大人しい。

 

 

「…今日以外の仕事も残ってて…あまり溜め込みたくないんです、私。」

「気持ちは分かるが…やりすぎるとお前が体を壊すぞ。」

「……はい。」

 

ユーリは半ば強引にティファニーから書類を奪う。そして並べられた書類に目を通すと事細かに手書きで纏められた情報に目を疑う。

 

 

「これ全部…お前が纏めてるのか?」

「え…、ぁ…はい。そうです。」

「…………」

「あの、何か変ですか?」

 

鋭い視線で書類に目を通すユーリを目の前に"何か機密情報を漏らしてしまったかもしれない…"なんて疲れのせいかありえない考えを浮かべてしまうティファニー。しかし彼が鋭い視線を落とす理由はそんな理由ではなかった。

 

 

「―――ここまで微細に、しかも分かりやすく纏められた書類なんて見た事ないぞ。」

「…え?…っと…」

「いや…、お前が手を休めることなく仕事に打ち込んでるものだからどれだけダラダラと無駄な事まで記しているのかと思ったら―――どうやら違ったらしい。」

 

 

俗に言う"書くだけ書いて満足するタイプ"かと思いきや全く違ったのだ。誰もが見やすく、誰もが分かりやすく纏められたカルテや他書類。正に医者としても、仕事を行う者として模範的なものだった。

 

 

「これだけ纏められていれば困る上司や部下は居ないはずだ。」

「…え……」

「褒めてるんだよ、このボクが!」

「……ありがとう…ございます。」

 

 

彼女は照れながら微笑んだ。さっきよりはほんの少し、深い微笑みだった。若干の疲れの色も見て取れるが、ユーリの言葉に少しは元気が出たらしい。

 

そんな姿にユーリも口元に笑顔を零す。

 

 

「ユーリさんにこんなに褒められるなんて。明日は大雨でしょうか?」

「縁起の悪いことを言うな。しかもなんだその例え、俺は悪魔か何かか?」

 

"この減らず口め〜"と言わんばかりにティファニーの柔らかい頬を指で抓る。弾力のある白い肌は呆気なくユーリに伸ばされると、小さな悲鳴を上げる。

 

 

「ひっ、ひたいです。ひゅーりさん…」

「とにかく休め。今日はもう仕事はするな。別に今日する必要は無いんだろう?」

「ん…ぐ……、はい。明日の準備は終えたので…大丈夫です。」

「今から書類に触ったら罰ゲームた!今日、お前はソファで寝る事になるぞ?」

「ていうか、今日はそもそもユーリさんにはベッドで寝てもらうつもりで…」

「は?ボクが?」

「はい、ユーリさん。」

 

 

"何故?"とぽかんと口を開けたまま停止するユーリ。ティファニーは怠そうにテーブルに上半身を倒すと"とろん"とした声色で言葉を続けた。

 

 

「私は今日、基本的に座ってただけですし。ユーリさんは皆に勉強を教えて…午後からは殆ど走り回ってましたし、疲労の差が違います。」

「……」

「それに、ユーリさんのほうが私より"お歳"を召してますし、疲れも―――」

「その言い方やめろ、遠回しに"年寄り"と言われてる気がしてならない。」

 

ビシッと人差し指をティファニーに向けるユーリ。するとティファニーは再び上半身を起こすと無邪気に笑みを零す。

 

 

「…ユーリさんって」

「……何だ?」

「………」

 

ティファニーは両肘をテーブルに乗せ、そのまま手に顎を添える。彼女の真っ直ぐとした碧眼がユーリの深紅の瞳を捉える。

 

化粧を施されていないすっぴんの姿、よくよく考えたら初めて目にするかもしれない。元々整っている顔は化粧をしていないからこそより幼くも見える。吸い込まれそうなほど美しい碧眼、大きな瞳、長いまつ毛―――

 

 

"いかん、彼女のペースにのせられるな。"―――見とれてしまいそうなほどな雰囲気を纏う彼女に負けたくないと、謎の意地がユーリに付き纏う。ユーリもまた、目をそらすこと無く目の前の彼女を見つめ続けた。まるで我慢比べだ。

 

 

 

 

「…"優しい目"をしてますよね?」

「は?いきなりどうした、お前。」

「いえ、優しい目だなって…」

「ティフィー、まさかさっきの店で間違って酒を飲んでないよな?」

「まだお酒を飲める年齢じゃないですよ?私。素面です、しーらーふ。」

 

 

まるでこちらを試しているような挑発的な瞳だ。たかが18の小娘がなせる技とは思えない。本当に自分より歳下だと?……本当に謎が多い少女だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリさんって、子供がお好きなんですか?」

「別に何も思わない。嫌う理由も無いしな?」

「ユーリさんって、なんで外交官になったんでしたっけ?」

「あのなあ…その答えは何度も話してるだろう?」

「ユーリさんって、今まで彼女さんは居なかったんですか?」

「ノーコメントだ。」

「ユーリさんって、なんでシスコンなんです?」

「何なんだこの質問責め、それにそれはディスってるのか?」

「―――ユーリさんって…」

 

 

 

止まらないティファニーの質問。

半ば呆れかけていたその行動。しかし次の質問でユーリは言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

 

 

「なんで…こんなところまで私を追って来たんですか?」

 

それを口にした瞬間、ティファニーは彼から視線を外し、傍らに置かれたグラスに視線を落とした。声は変わらず"とろん"と溶けそうな甘い声、日中の時からは考えられない"まるで別人"。

 

変に胸が高鳴る。

 

 

 

「……何でって…」

「彼氏だからですか?」

「だ…だったら何だ?他に理由が必要なのか?」

「………」

 

遂にはティファニーは肩肘を立て、気だるそうにグラスを片手で掴むとゆらゆらと揺らし始める。中に入った氷が心地良い音を鳴らし、無音の空間に不思議な雰囲気を纏わせた。

 

 

 

「ユーリさんは私のこと、本当に好きなんですか?」

「…はぁ!?」

「どこが?顔ですか?それとも性格?医者という職業!?」

「ちょっ!近いぞ!チンチクリン!」

 

 

勢いよくグラスをテーブルに置くと、今度は身を乗り出しユーリに詰め寄る。突然の憑依ともとれる相手の行動に混乱を見せるユーリは反射的に体をのけぞらせ、抵抗するように手を伸ばす。

 

自分ばかり詰め寄られるのは癪だ、だったらこっちも反撃してやると―――

 

 

 

 

「なっ…ならボクもお前に聞きたいことだらけだ!答えた分、お前もボクの質問に耳を傾けるんだな!」

「まだ答えになってないじゃないですか!」

「お前ばかり質問責めは狡いだろう!答えたらボクも答えてやる!」

 

2人はテーブルを間に挟むことを止め、何もものを介さず真正面から向き合う。

 

 

「ティフィー、何故お前は医者になった?」

「え!っと……人を救いたいから!特に子供!」

「ティフィー、……えっと…」

「え?まさかのもう質問切れですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼ……ボクのどこが良いんだ?」

「優しい、かっこいい、国家公務員、料理が上手い…」

「やめろ!そのテンプレート的な答え!本当の事を言え!」

 

わざとらしく指を折りながら真顔で回答するティファニーに再び真っ直ぐと指を指すユーリ。

 

というか、一体なんだったんだろうか、ここまでのくだらない会話は…

 

お互い疲れてハイになっているのか?それともさっきの店で間違って酒でも出されたのか―――

 

 

 

 

 

 

「…ぷっ……ふふふ…」

「…ッ……」

 

 

堪えきれなくなった2人。何故か分からない、何故こうなったのか分からない。そもそもなんでこの話になった?事の発端はどっちがベッドで、ソファで眠るか―――なんて話をしていたはずなのだが…

 

 

 

 

「ふぁーーあ……なんだかくだらなくて、楽しいです。」

「………それは良かったよ。」

 

 

ティファニーの体がセミダブルのベッドに力なく倒れる。白いシーツはリネン特有の良い香りとふかふかと彼女の体を包み込み、すぐにでも夢の中に引き摺り込んでしまいそうだ。傍らの出窓からは美しい三日月がこちらを見下ろし、なんだか寂しい気分さえ感じてしまうほどに妙な感情が次々と湧き出てきた。

 

 

「はぁ……"疲れたなあ"―――」

 

ボソッと呟かれたティファニーの本音。滅多に吐かない台詞が無意識に口から漏れたことは正直驚きだ。

 

ゆらゆらとこちらを見下ろす月を見つめるティファニー。

 

 

そう。自分を見下ろす―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「ユーリさん?」

「今夜はボクがベッドを使っていいんだったな?ティフィー。」

「…あぁ、そうでしたね。…退きます…ッ…て…?」

 

何故、ユーリ・ブライアが自分の上に居るのか?ん?これは幻覚か?天地がひっくり返った幻覚を見ているのか?

 

よく見ると両手首に彼の大きな手がしっかりと掴まれているかと思えば、腿と腿の間に彼の脚が差し込まれている。

 

 

"ああ、男に襲われる時の体勢だ。見覚えがある―――"

 

 

 

「所有権はボクだ。よって"使い方もボクが決めていい"。そうだろう?」

「そもそもこの部屋の所有権は私にあります。よって全ての権限を明け渡したつもりは無いですよ?ユーリさん。」

「この体勢で抗うつもりなのか?」

「私を襲えると思ってます?」

 

 

ティファニーの部屋着のTシャツから白い腹部が覗く。僅かに割れている腹筋は月明かりに照らされ、艶めかしい雰囲気を醸し出す。

 

 

「襲う?ボクが君を?」

「何です?ここまでの事をしておいてその先には発展しないんですか?」

「―――ッ…」

 

ティファニーの余裕な妖しい笑み。口角をニヤリと持ち上げるその表情は男の性を掻き立てる。

 

 

 

「襲うって言うのは、こういう事ですよ?…ッ!」

「なっ!?」

 

 

刹那、隙をつかれたユーリは呆気なく手を振りほどかれてしまう。そして何故か形勢逆転。ベッドに仰向けになったユーリに跨るのはティファニーだった。

 

 

「((…今何が起こった?というより、ティフィーのどこにこんな力が…))」

「私に触りたくてうずうずされてましたよね?ユーリさん。」

「…くっ……」

「そういう人には勝ち筋を作ると簡単に綻びが出るんですよ。…分かります?」

「…ティフィー?」

「ユーリさん。そんなんじゃ、簡単に襲われますよ?私みたいな小娘相手でも…」

 

月明かりが逆光しているせいで彼女の表情がはっきりと見えなかった。だが、…違う。何もかもが違う、…別人か?

 

 

自分に股がっているこの"女"は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なーーんて!」

「……は!?」

「くっくっくっくっ……ユーリさん、隙ありすぎですよ?」

「…おい、お前…」

「あー…面白かった。」

 

ふわっと彼の隣に豪快に寝そべるティファニー。本人は涙を浮かばせるほど笑いを零しており、ユーリは唖然とそれを見つめていたのだった。

 

 

「今日は一緒にベッドで眠りましょう?」

「はっ、…おい!」

「罰ゲームですよ、罰ゲーム。」

「ぐっ……((何なんだこの小娘!))」

 

容赦なくユーリの胸元に顔を埋めるティファニー。スンスンと彼の匂いを楽しむかのように体をピッタリとくっつけると暖かくて不思議と安心する。

 

 

「おい…ティフィー」

「ユーリさんのご自宅に泊まった事はありますけど、こうやって同じベッドで眠るのは初めてですね。」

「やめろ、胸元で喋るな…」

「………」

「って…黙り込むのも違うだろう…」

 

手のやり場に困り果てるユーリ。しかし自然と胸元に綺麗に収まったティファニーの頭に手を添えると、無意識に彼女の結われた髪の毛を解く。サラサラとした長い髪の毛がベッドに投げ出され、月明かりに照らされるとキラキラと光を放っていた。それに彼女特有の甘い匂いも漂う。

 

 

微かに聞こえる波の音。そして柔らかく、温かい彼女の体温が少しずつ体に染み込んでいくと気づけばユーリの腕は彼女を包み込んでいたのだった。

 

 

波の音よりも近くに聞こえる彼女の呼吸音。彼女が呼吸をする度、背中に添えた手がそれに合わせて僅かに動く。

 

喩えられないこの状況。だが言えるのは"心地好い"。

 

 

 

たまらなく愛おしい―――なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私、…ユーリさんの事……好きですよ。…優しくて……"嘘つき"…なところ……」

 

 

寝ぼけているのだろう。力ない彼女の言葉。自分が質問した回答がやっと今返ってきたのだ。

 

 

 

 

 

「…"ボクも…だ"。」

 

 

 

 

ユーリも睡魔に襲われる手前、漸くそれを口にした。

 

 

 

 

スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てる2人―――

 

 

 

 

しかしティファニーは彼の腕の中で瞼だけはハッキリと持ち上げられていた。

 

 

 

 

 

「((ごめんなさい、ユーリさん。今のはティファニー・ラドナーではありません。……))」

 

 

そっと顔を離し、彼の寝顔を見つめる。

 

 

 

「((私は―――諜報員(スパイ)の朝顔―――))」

 

 

あどけない彼の寝顔に、険しくも冷めた瞳を向ける。

 

 

 

「((―――寝ても醒めても、その事実は変わらない。))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((明日、あなたを試させてもらいます。))」

 

 

 

 

そして再び、彼の胸に顔を埋めるティファニー。

彼の優しい甘い匂いはゆっくりと夢の世界へと誘った。

 

 

 

 

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