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――25日 午前9時過ぎ
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「――ティファニー君、本当にありがとう!」
「久しぶりに家族とクリスマスを過ごせたんだ、感謝しているよ。」
「子供たちも楽しく過ごせたみたいだね?とても良い企画だった。」
「これは毎年行うイベントに――――」
小児科の医師達から絶賛を受けたティファニー。小児科の棟を歩く度に"来年もやろう!"なんて嬉しい言葉を沢山掛けられ、本人は大満足だった。
重い病を抱えた子供たち。彼らの笑顔は堪らなく多幸感を感じさせてくれた。真夜中、病室で眠る子供たちの穏やかな寝顔を見た時、ティファニーは彼らを護りたいと心の底から思っていた。
純新無垢で罪のない子供。この子達に涙を流させるものか。自分と同じ経験をさせるものか、と。
オペレーション〈
必ず成功させなければ――
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「……うっ……眩しい――」
バーリント総合病院のエントランスを抜け、メインの出入口から久方ぶりに外へと出た。
気持ちの良い冬の空は朝の冷気とともに新鮮に輝いていた。日差しも気持ちいいほど光っており、疲労に塗れた彼女を容赦なく照らす。
「((連日の任務。企画の準備から夜勤……さすがに疲れた……かも……))」
総合病院を背にぐったりと肩を落とすティファニー。眠気を通り越して変に覚醒しているような気分さえ感じる。
そういえば黄昏との共同任務の時に脚も痛めたんだっけ。容赦ない密猟者の猛攻撃に、密猟品を運んだ時――
「((……朝顔。こんな事で疲弊するなんて……ダメよ、))」
今更だが、私はWISEの
あくまでも医者というのは建前のようなもの。偽物の顔。医者としての顔も大切なことに関しては間違いない。だがこんな状態だと示しがつかない。
しっかりしろ、朝顔。平和のために任務を遂行しなければならないのに……スパイ失格――
「"ティフィー"!!」
ぐったりと肩を落としていたその時、どこからか自分の名前を呼ぶ声がした。
底抜けに明るい、太陽のような声色。
無意識にティファニーの表情が明るく照らされる。
「……あ!ユーリさん!」
さっきの悩みは一体何処へ。
ユーリの姿を見つけた彼女の表情はパッと花を咲かせるかのような笑顔を向け、彼の元へと走り向かう。
分厚いマフラーをぐるぐると巻き、コートのポケットに手を突っ込み笑顔を向けるユーリ。微かに鼻は赤く、この寒い中彼女を待ち続けていたのが直ぐに分かった。
「お疲れ様。ティフィー。」
「……ん?本当は幻覚……」
「違う!本物だ!」
"もしかしたら疲れすぎて幻覚を見ているのかも……"と目をゴシゴシとわざとらしく擦り、じっと目を細め、目の前のユーリを見上げる、
彼女がここへ現れるまで数十分間。じっと静かに待ち続けていたというのに……幻覚だなんてまとめられる訳にはいかない。
「ふふっ、本当にユーリさんが居る……」
「目の下、酷いクマだぞ?仮眠もしてないのか?」
「……実は、ユーリさんが帰ったあと、急患の方の対応をしたり……あとは子供達がとにかく心配で仮眠もとれず。…ちょっと無理しすぎました。」
彼女の様子はまさに"空元気"そのもの。
しかし下瞼は紫色を帯び、寝不足や不健康さが直ぐに確認出来た。
小児科といっても危険な状態の子供達が殆どだ。交代で子供達の眠る姿を観察し、異変があれば直ぐに対応しなければならない。点滴袋の交換や、その時に応じた投薬。中には夜泣きで苦しむ子供を抱き上げ、眠りにつくまで優しく抱きしめ続けた――
糸の切れた操り人形のようにクタクタと体を揺らすティファニー。よほど疲れているに違いない。
「ティフィー。とりあえず帰ろう?お風呂も用意してるし軽食も用意しておいた。」
「ありがとうございます。」
「疲れを取るためにも、しっかり寝るんだよ?」
「……はい。」
素直に聞き入れる彼女に笑みを浮かべる。愛おしそうに"よしよし"と頭を撫でるユーリの表情は優しかった。不思議とつられるようにティファニーの頬にも喜色が浮かび上がる。
┈┈┈
街を歩いていると幸せな光景がたくさん目についた。
家族で休暇を楽しむ人達。
降り積もった雪で遊ぶ子供たち。
喜びに満ち満ちた声が響き渡る。
なんとなく感じる既視感――それは幼少期の頃のクリスマスの朝によく似ていた。戦時中でもクリスマスの朝は特別だった。
目覚めた瞬間の白く真新しい期待の感じ。そして次の瞬間、 枕元にリボンがかかった母からの贈りものを見つける。あたたかい部屋、あたたかいスープの香り、喜ぶ兄弟達、笑みをこぼす母の姿――
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"やったー!僕にもサンタが来たんだ!"
"ママ!見てよ!"
家の中ではしゃぐ兄弟達。
戦争真っ只中でも母は女手ひとつで喜ばせてくれた。
"○○○――!"
"ねえ、○○○は何を貰ったの?"
同じ碧眼をもつ兄弟達が末っ子の私をじっと見据える。
"○○○!!ねぇったら!"
――幸せだったあの時の記憶が蘇る。
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「――はぁ〜……」
脳裏に浮かんだ微かな記憶。もう殆ど覚えていなかったはずなのに、まるでフラッシュバックのようにあの時の光景が浮かんだ。不思議だった。忘れてしまいたい過去でもあるのに――いや、本当は忘れたくないのだろう。思い出す度に辛いのなら手放してしまいたいと言うのが本音のはずなのに。
ユーリ・ブライアという人物と関わり始めて何かが自分の中で変わっている気がする。それはハッキリと具現化出来ないのだが……何と言えばいいだろう。
"幸せ"というもの知って、過去と向き合えるようになったのか……もしくは――
「……温かい。ユーリさんの手。」
隣を歩く彼の手をギュッと強く握りしめる。それに応えるように、ユーリも優しく握り直せば調子の良いいつもの"ドヤ顔"を浮かべるのだった。
「お前が出てくるまでずーーっと温めておいたからな!感謝しろ!」
「ふふっ、ふへっ……」
「なんだその気持ち悪い笑い方。」
鼻を真っ赤に染め、珍しくニヤニヤと笑みをこぼす。
彼の暖かい手に、優しい言葉たち。(気持ち悪いは置いといて。)
全てが幸せだった。清々しいほど気持ちのいいクリスマスの朝も、人々の幸せそうな姿も。
隣にいる"大好きな人"の姿も――
「――幸せだなぁ、って。」
「…………」
「子供たちの喜ぶ姿も見られて……私はこの上ない果報者ですよ。」
うつくしい夢のように、うっとりした目で彼を見上げた。目の前にあるのは夢のように幸せな現実……
「あの、ユーリさん。」
「ん?何だ?」
「夜はどこか外食しませんか?昨日のお礼も兼ねて、私がご馳走……」
「何言ってるんだ。もちろん今夜は外食するつもりでレストランを予約してるし……ていうかお前に1ペントも払わせるつもりは無いぞ。」
「え?予約?」
「こっ…恋人ってのは……その。クリスマスとかに良い所で食事とかするもんだろ!?ほら!夜景とか……」
「……ユーリさんにそんな概念あったんですか?」
「失礼だな!当たり前だろ!」
しどろもどろに、若干脈絡のない言葉を並べるユーリ。
これは……多分アレだ。そもそも恋人なんて居たことないだろうし、明らかに何かから情報を得たに違いない。ヨル……もしくはロイドからそういった提案を受けたのか。
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"最強のクリスマスデートプランを教えろ!教えなければ姉さんと貴様の仲を――"
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「((……容易に想像がついた自分が怖い……))」
そういえは数日前にゲッソリとしたロイドの姿を見た記憶がある。何があったのか?と聞いても"昨日の夜、ユーリ君がまた家に来て――"多分あれがそうだ、絶対そうだ。
「だ、か、ら!とにかくお前はゆっくり休むんだ!ボクのクリスマスデートプランの為にも!」
「さすがユーリさん。頑張った甲斐がありました。期待してますね?」
「……まっ……任せろ!…」
どこかぎこちない彼の言動は滑稽だった。だが愛おしい。
ティファニーが頬を更に綻ばせたその時、冷たい北風が吹き抜ける。コートの前身頃を片手でしっかりと押え、ユーリの手を反射的に強く握りしめる。
「はぁーーー……それにしても冷えますね。寒い……」
"まさかこんなに寒いとは、軽装すぎたか?"なんて脳内で呟く。ウールの膝下丈のコートの下はケーブル網のニットにシャツ。スカートもウールのものでタイツも履いているのだが寒すぎる。原因は首だろう。なんせマフラーを持ってくることを忘れていたティファニーは細くて白い首が露になっているのだから。
「…………」
ユーリはそんな彼女を見下ろすと白い首に視線を向けた。か細くて華奢な首はどこか妖艶だ。綺麗なブロンドヘアは珍しく高い位置でお団子に結われ、項がハッキリと見えて―――"なんて考えている場合じゃない!"
「……ほら、ボクのマフラーを使え。」
「え?いいんですか?ありがとうございます。――………いい匂い。」
「今日はやけに素直だな?」
「…………クリスマスだからでしょうか?」
「なんだ?その例えは――」
先程から彼女の口からは聞きなれない台詞が次々と飛び出す。本来であれば"いつも素直です。何言ってるんですか?"なんて軽くあしらわれるのが通常なのだが。しかもそれをクリスマスのせいだとかよく分からない例えまで口にする始末。
「浮かれてるんです。"童心"に戻った……と言えばいいでしょうか。」
青い瞳がきらきらと輝きを放ち、天を仰ぐ。
「幸せ――」
ぽとりと呟かれた彼女の言葉に隣の彼は嬉しそうに頬を綻ばせた。
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久しぶりに訪れた彼の家。
扉を開けると暖かい空気がティファニーの体を包み込む。同時に好きな紅茶の甘い香りと食べ物の良い香り。ふんわりとした幸せで満ち溢れた匂いに自然と疲れも飛んでいきそうだった。
普段から余計なものは置かないと言っているユーリ。しかし今日は違った。部屋の真ん中にはシンプルに装飾されたクリスマスツリーが置かれていたり、女の子の心を悦ばせるような可愛らしい花が花瓶に生けられていた。
相変わらず"最愛の姉"の写真は飾られているが、その隣にはティファニーの写真も(明らかに盗撮じゃないのか?という画角のものもあるがそれはあえて言わないでおこう。)増えていた。
嘘偽りの関係でも、たとえこれが演技だったとしても―――"別に構わない。"
そう思ってしまうほどに幸せを感じていた。
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「―――ユーリさん。お風呂ありがとうございました。さっぱりしました。」
「良かった。ゆっくり湯船にも浸かれた?」
「はい。お陰様で。しかも私の好きな入浴剤まで……」
「前使ってたのが無くなってたからな?新しく補充しておいたんだ。」
"……いつにも増して彼の優しさと気遣いにやられてしまいそうだ。"
ユーリの自宅に元々置いていた下着はともかく、冬仕様の部屋着は用意していなかったことに気づいたティファニー。そもそも夜勤明けからユーリの自宅に来ることを想定していなかったこともあり、部屋着の準備までしていなかったのたが―――
「この部屋着……いつの間に……」
「それ可愛いでしょ?姉さんが教えてくれたんだ。ママ友?に勧められたって。」
「…このブランドの部屋着、しかもフランネル生地だし………高くなかったですか?」
「別に値段なんて気にしないよ?ティフィーに似合うと思ったんだ。赤のタータンチェック柄のワンピース―――」
ゆったりとした厚手のフランネルのワンピース。前ボタン式で完全に部屋着なのだが触っただけでもわかる高級感。
どうやら、ヨルのママ友(オペレーション梟の標的"ドノバン・デズモンド"の妻、"メリンダ・デズモンド"から進められたに違いないのだが)に教えてもらったとのこと。
……というのは置いといて、サラッとイケメン発言するユーリに震えてしまいそうだった。
"スパダリ"すぎないか!?なんて―――
「あっ、アノ。リョウシュウショ……」
「は?領収書?」
「ハライマス。」
「あのなー……払わせるわけないだろ?」
「でも……私なんかに」
「あーもう!ほら!髪の毛乾かさないと風邪引くぞ?乾かしてやるから、その間に少しでも何か胃に入れるんだ。」
ユーリの手にはドライヤーとブラシ。そしてテーブルの上を指さすと"それを食べなよ"と呟くとティファニーは言われた通りに動く。
色とりどりの美しい包装紙に包まれた箱。
ティファニーはそれが目に入った瞬間、箱を手にして手を震わせる。
「……まっ、まさか!私の好きなお店のマカロン!こっちはもしかしてクリスマス期間限定のアソートクッキー!?」
バーリントで最近評判のいいパティスリーの洋菓子の詰め合わせ。乙女心を擽る可愛すぎる洋菓子が詰まっていることは開けなくても分かっていた。それほどに有名な品なのだが―――一体どうやって手に入れたのか。
「それは姉さんからだ。」
「え?ヨルさんが?」
「今朝少しだけ家に来たんだ。"ティファニーさんに"って。昨日の朝、並びに行ったみたいだぞ?コレを買うために。」
"とりあえず早くこっちに座りなよ"と手招きするユーリ。ティファニーは並べられていた箱や袋を手に取ると大人しく彼の前へと腰掛けた。
「……このピーナッツの詰め合わせは」
「それはチワワ娘からだそうだ。」
「……アーニャちゃん…………」
ああ、涙が出そうだ。
みんなの優しさに……
「う……嬉しい……」
「ちょっ!お前!何泣いて……」
「嬉しくて…………。子供たちと過ごせたのは本当に幸せだったのですが、やっぱり疲労と寂しさに襲われてたんです、昨日の夜中……。しかも最近忙しくてボロボロで……」
ポタポタと瞳から涙がこぼれ落ちる。
包装紙を汚さまいとタオルで何度も目元を拭き取るも涙は止まらない。
「私、こんなに幸せを独り占めして良いんでしょうか?幸せすぎます。本当に……」
これは一体なんの夢物語だ?
これは現実?夢?疲れすぎて幻覚でも見ているのか?
不意に頬を抓ってみるとやはりこれは現実。
何度抓っても夢は冷めない、絶対これは現実―――
「毎日お疲れ様。ティフィー。」
「うぅ……ユーリさんこそ、……ありがとうございます。」
「君が日頃から頑張っているから幸せが降り掛かってきてるんだ。他の人の幸せを願う君、その為に全力で行動する君。」
「…………はい。」
「みんな、君の幸せを願ってるんだ。君が他の人を想うように、周りの人が君の幸せを想ってるんだよ。」
ユーリの前に座っているから彼の表情は確認できない。
だが、優しい声色に優しい言葉たち。彼がどんな顔をしているかなんて容易に想像が着く。
きっと、今ふりかえってしまったら感情が爆発してしまう。心臓がバクバクと脈打つ感覚と止まらない涙がそれを物語っていた。
「たまには……ズビッ……イイコトイイマスネ。」
「今ボクのことをバカにしたな?」
「ソンナコトナイデス。……ズビッ……」
「…………」
「そんなことを言うやつには……こーだ!!」
「ちょっと!髪の毛ぐしゃぐしゃ……」
濡れた髪の毛をわざとタオルでぐしゃぐしゃと乱す。前だったらそんな行動さえ腹立たしかったかもしれない。多分1発殴ってるか、無表情で睨んでる。
まさかこんなに幸せな関係性になれるなんて思ってもみなかった。ふざけたことで笑いあったり、本気の言葉に涙を流すことも、幸せを共有することも―――
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……ああ、"好き"だなあ。
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「じゃ、おやすみ。気が済むまでしっかり寝るんだよ?さすがに夕方には起こすけど……」
蘇ったツヤツヤの髪の毛。石鹸のいい匂い。
化粧すら落とされた少女の姿は妖艶というより、可愛らしかった。
だがしかし、可愛らしい少女の表情が"は?"と言わんばかりに眉を顰める。
「え?ユーリさん?正気ですか?」
「……え?何が?てか何で怒ってるの……」
「………………」
ティファニーの不服そうな表情にギョッと身を引くユーリ。何か気に触ることを言ったか?いやそんなわけない、至れり尽くせりで暖かい寝室で今から眠れるというのに……これ以上の幸せはないだろうと――
「い……いっ……」
「い?」
「"一緒に寝てくれないんですか"?」
彼女から放たれた言葉。
恥ずかしそうに足元に視線を落とし、顔を赤く染めるティファニー……
「はっ、ハアアァァァァ!?」
「だって……1人……せっかく久しぶりに一緒にいるのに……添い寝くらい……」
気の抜けた間抜けな声が寝室に響くとティファニーは目をぎゅっと閉じる
「((待て待て待て待て!そんな顔でその台詞は無しだろ!ていうかそんな事言うキャラか?……もしかして何か企んでるのか?……いや、あれだけ疲労困憊でそんな事を考えているとは思えないし……))」
脳内で必死に今の状況を整理するユーリ。
その計算はすぐに終了すると潔く彼はティファニーの手を掴むとベッドへと誘導した。
「…………ッ」
気恥しそうに毛布を捲り、先に入る。
そして隣に来いと言わんばかりに手を引いた。
「……きょ……今日は特別だからな……」
「……はっ、はい!」
「〜〜〜〜ッ!!!」
直ぐに隣に寝転ぶティファニーの行動にユーリの心臓がどくどくと大きく波打つ。この心音が相手にバレていないか?と心配するほどに逆上せそうだった。
「…((石鹸の匂い……ティフィーの匂い……))」
「……((ユーリさんの腕が……手が……ギュッて……))」
互いに何度も"落ち着け"と言い聞かせる。こんなシチュエーションは初めてじゃないし、何故か分からないが今日はやけに緊張していた。
ティファニーの華奢な体が、ユーリの男性らしい体つきが。それぞれが放つ甘い匂いが、呼吸音が……徐々に緊張を和らげていく。
無音の空間に2人の呼吸音。
少しずつ余裕を取り戻す。
「……幸せだ。」
「……はい、幸せすぎです。」
「暖かい。」
「はい、暖かいです。」
「…………柔くて……甘い」
「……はい、……あま、……い―――」
幸せな時間に吸い込まれる2人は少しすると睡魔に襲われ、あっという間に誘われた。
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"しあわせなゆめ"を見た。
戦争もなくて、平和な世界。
静かな田舎。広がる草原。その先には青い海が見える。
眩しいけど柔らかい陽の光に照らされて、笑っている。
―――笑っている
"彼が"
"彼女か"
こちらを見つめて、笑っている―――
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"そんな現実、ある訳ないのに。"
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「……どうかした?ティフィー?」
「え、あ、……」
「大丈夫?顔が真っ青……」
「大丈夫です。ごめんなさい……高級感に充てられて緊張しちゃって……」
丸テーブルに次々と運ばれるコース料理。
メインを終え、今はデザートを待っている最中。
どうしたものか。緊張なんて滅多にしないのだが何かおかしい。それは相手がユーリだからかもしれないが。
「ユーリさん。普段髪の毛下ろされてますけど、そうやって纏めてるのかっこいいですね。」
「そりゃそうだろ?元がいいからな?姉さんに似て。」
「調子に乗りすぎないでくださいね?ちょっと褒めただけですから。」
「素直に認めなよ?かっこいい!って。」
「……ハイ。カッコイイデスネ。」
「ムカつくな?その顔……」
ツンツンとティファニーの額を指で突くユーリ。
格式高いホテルディナーにそぐわない子供っぽい行動だが、何だか微笑ましい。
「ティフィーこそ、その黒いドレス似合ってるじゃないか?」
「ですよね?このカクテルドレス。サイズもピッタリで丈も直されてますし、用意してくださったユーリさんには引くほど……」
「スリーサイズも何もかも網羅してるからな。」
「………………変態。」
「な!用意したのはボクだからな!感謝しろ!」
自信満々に鼻を膨らませるかのように胸を張るユーリ。今日は本当に至れり尽くせりだ。何もかも、彼が全て用意してくれたのだ。
憎らしい台詞でさえ、今となっては愛おしい。
この全ての幸せの時間が愛おしい。
「……なあ、"ティファニー"」
いつも通りねふざけていたのに、彼は急に改まった。
ピンと背筋を伸ばし真っ直ぐと赤い瞳でこちらを見据える。
そんな雰囲気に対してティファニーもつられるように改まった。
ほんの少しの間。
何か必死に言葉を選んでいるようなユーリの表情。
ティファニーは彼の言葉を待ち続ける。
「―――この関係が……正直いつまで続くか分からない。……それにボクは君の全てを知っているわけじゃない。」
「……はい。」
「別に話す必要も……無いって言うのは変かもしれないが、べつにボクは……それでも構わないって思い始めてる。」
「…………」
たどたどしい彼の言葉達。珍しいほどに必死に言葉をえらび続けるユーリ。時たま吃るように声を詰まらせることも。だがだいたい何を言いたいのかが分かる。
「君と出会って分かったこと。……ティフィーは……ッ……君の事は悪い人間だとは到底思えないんだ。」
「…………」
「ボクは……君のことが本当に心底好きでたまらない。」
感情が籠った本気の声だった。
ふざけてる様子もなければ、照れ隠しのような顔もしていない。
真面目で、真っ直ぐで、嘘偽りない言葉。
"心底"なんて……たまらない言葉だけ。
「これからも……傍に居てくれないか?」
「傍に?…」
「べっ、別に変な意味じゃない!……お前が何者だろうが…別にそこが論点じゃなくて……単に傍にいて欲しいって事なんだ。」
刹那、ユーリのジャケットのポケットから白い小さな箱が現れる。赤いリボンで丁寧に結われたその箱。
この場所で、この雰囲気で、この瞬間―――
ティファニーの碧眼は引き寄せられる。
「……コレ、ボクから君に。」
テーブルの真ん中にゆっくりと添えるように置かれた小箱。
コトン、と小さく音を立てたそれは大きさの割に少し重いのかもしれない。
ティファニーはわざとらしく眉を引き寄せ、指を指す。
「……びっくり箱?」
「マジで引っぱたくぞ。チンチクリン。」
「すみません、嘘です冗談です。」
"びっくり箱"なわけないのだが、ティファニーはこの妙な緊張感を鎮めたかった。しかし逆効果だったらしい。申し訳ないと頭を下げる。
「綺麗な包み。開けて良いですか?」
「勿論だ。」
「…………」
手を伸ばし、両手でしっかりと触れると胸が高鳴る。
ザラザラとした高級感のある小箱の感触がやけにリアルで嫌になりそうだ。艶のあるシルクの赤いリボンを解く手が震えてしまう。
スルッと解ける赤いリボン。
そして小箱の蓋を開け、ティファニーの瞳は中身の物に反射するように光り輝く。
「……ネックレス?キラキラで綺麗。すごい……」
「……っ」
「これはダイヤですね?」
「鑑定しろと言ってないだろ?」
「さすが外交官様、稼いでますね。」
「お前……ムードもない事を……」
冗談でも言っていないと気持ちが持たないのだ。ポーカーフェイスで隠しているがきっと既に自分が思った以上に感情が顔に出ているに違いないのに。無意味な冗談だがどうか許して欲しい……とまで考えるほどに余裕が無い。
―――だが、自分も舐められては困る。
私は百戦錬磨の[朝顔](黄昏の受け売り。)
ユーリさんにやられっぱなしは許せない。
「では、私からも。」
パッと空気を変えるかのようにスマートに言葉を放つティファニー。
近くのウェイターに目配せすると、それを察したウェイターは黒い小さな紙袋を手に現れる。
自分だってこの日のために前もって仕組んでおいたのだ。
彼を思って、彼に感謝を伝えたくて。
「私からのクリスマスプレゼントです。」
黒い紙袋から現れたのは黒い小箱。ユーリがティファニーに用意したものよりかは少し大きめだ。
「お前……忙しいって言ってたのにいつの間に。」
「実はかなり前から準備してたんです。クリスマス前は忙しいからなかなか買いに行けないと思って。」
「…………起爆物?」
「ユーリさんもなかなかいい冗談言ってくれるじゃないですか。」
100点満点の返しだとティファニーは呑気に拍手をするほどに余裕があった。ずっと前から考えていたサプライズプレゼントを渡せたことの喜びと達成感。その表情は喜びの色で溢れていた。
ユーリはゆっくりと蓋を開ける。
そして中のものを直ぐに取り出すと、手に絡めじっと見つめた。
「腕時計……」
「はい。色んなお店を回ってたくさん吟味したんです。」
「……研修医にしては頑張ったな。」
「ご冗談を。私も稼いでるんです、コレでも。」
「副収入多そうだもんな?」
「それ以上喋ったらぶっ飛ばしますよ?ユーリさん。」
変わらず呑気な会話。
ぶっ飛ばすなんてこの状況下で普通口にしないがそれ以上のことをこの場所で喋るなら本気でぶっ飛ばすつもりだ。
「へー、なかなかいいセンス。……時計ね……」
時計を贈る相手に対して"あなたと同じ時間を過ごしたい"、"同じ刻を刻んでいきたい"という意味がこめられているのは分かっていた。
とくに腕時計は入浴時や睡眠以外ずっと身につけているもの。腕時計を通して"あなたと一緒にいたい、いつも寄り添っていたい"といった気持ちを伝えられる唯一無二のものだ。
ユーリがティファニーに贈ったネックレスもそれに近いものがある。
ネックレス輪状のアクセサリー。首につける為イヤリングなどと比べるとより強い意味を持つ。"あなたとずっと一緒に居たい"、"あなたは私だけのもの"―――
お互いを独占し合いたい。
首輪と手錠の様なものだ。
「―――ユーリさん。」
「なんだ?」
「……これからも……貴方と同じ刻を刻んでいきたいです。」
「ッ……」
本気の表情、恋する"女"の顔だった。
ユーリと同じくそれが素なのか、演技なのか―――それは分からない。
だが"本気であって欲しい"。そう思った。
「これからも、仲良くしてください。」
「……ああ。」
「私も大好きです。ユーリさんの事。」
「僕の方が好きだけどな。」
「いえ、私です。」
「僕だ。」
「いえ!絶対私です!」
「うるさい!チンチクリン!僕に決まってる!」
「私!」
「僕!」
「わ、た、し!!」
「ボ、ク!!」
轟く2人の声―――
「おっ!お客様!!お静かにお願いします!!!!!―――」
…………どうか、ふたりが幸せになるように―――
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「……しら、ない……ほんと……」
「ん?何?聞こえないんだけど。」
薄暗い尋問室に項垂れる金髪の女性の姿。
それを見下ろす碧眼の青年。
「おねがい、……おねがいします!……これ以上……なにも……」
「は?何言ってんの?」
「これ以上……死ぬ……」
刹那、女性の腹部に容赦なく青年の蹴りが入る。
胃液を吐き出し嗚咽する女性。
そして彼女の金髪を鷲掴みにすると引き摺るようにして壁に押さえつけた。
「……キミさ、WISEの人間だよね?」
「ン……ぅ……」
「"黄昏"、"夜帷"―――
―――"朝顔"ってスパイを知らない?」
ニヤリと怪しい笑みを零す青年。
女の表情が更に恐怖へと堕ちる。
「しっ……しらない!しらない!!!」
「えー?嘘つかないでよ…………次は目ん玉えぐられたい?」
青年の手元には血塗れのナイフが握られていた。強く握られたそれを再び振り上げたその時―――
「おい!もうやめろ!!」
「ハハッ!ハハハッ!!」
尋問室に現れた別の男にその手を掴まれる青年。
青年の行動を見守っていた仲間たちの様子が男の登場によりほんの少しだけ安堵に包まれた。
「……いい加減にしろよ"レノルド"。」
「ユーリせん……失敬、"少尉"――」
ナイフを投げ捨て、金髪"翠眼"の女性の間に立つ。
それを笑顔で見据えるレノルドはサイコパスそのものだった。
しかし、彼の行動すべてが悪い訳では無い。
これは尋問なのだから。
「もう十分だろう?こいつからは全部吐かせた。」
「何言ってるんですかァ?少尉。……こいつ……裏切り者なんですよ?」
「殺す訳にはいかないだろ?重要な鍵を握ってるかもしれない。」
殺してしまったら情報が掴めなくなる可能性が高まる。それにあまりにも酷い尋問……拷問は人道から外れているとしか思えない。
しかも相手は年端のいかない若い女性だった。
金髪―――どうしても彼女が重なってしまう。
「……ていうか少尉ー。最近丸くなりすぎじゃないです?……あー……"ティファニーちゃん"の影響ですね。」
「…………」
「あの子、無駄な殺生とか好きそうじゃないですもんね?……当の本人は闇抱えて人殺してそうな顔してるのに……」
「貴様!」
まんまとレノルドの挑発にのってしまうユーリ。
真っ赤な瞳が炯々と光ったその時、背後から現れた人物によってそれは抑えられた。
「ブライア少尉。落ち着け。」
「……中尉………」
無表情の中尉。
部下たちの小競り合いに小さなため息を漏らす。
しかしいつもと様子の変わらない中尉の姿にユーリは安堵していた。きっとこの人なら、レノルドの過ちを止めるはず、だと―――
「いい、続けろ。」
「なっ……!中尉!」
「やったー!許可降りたんで、好きにやらせてもらいますね?"少尉"?」
間に立つユーリを押しのけ、再び女性に馬乗りになるレノルド。
ユーリは動くことが出来ず、ただただ背後から聞こえる残酷な声に目を見開いていた。
「ッ……やめ、……やめてっ……」
「オネエさん。目ん玉引っこ抜かれるならどっちがいい?」
「お願いッ……もう全部……ッ……話した……」
「うんうん、そうかそうかー……両目いっちゃおう!」
肉が抉られる音。
悲鳴、叫び。
正に生き地獄―――
「どういう事です!今までの中尉なら"アレ"は止めて……」
「理解してくれユーリ。上も焦り始めてる。」
「……ッ……」
「マークする要人の幅も広げることになった。となると、尋問も増える。」
「尋問にかける人間をあそこまで追いやるんですか?"あんなこと"……あれは殺人です!」
「あれは一例にすぎん。それにレノルドが相手にしてたのは確実に西国の諜報員だった。しかも"WISE"。証拠もある。」
「……………くっ…」
「事実、ここまで粘って"黄昏"の尻尾も掴めていない。……上からの締めつけはさらに強くなると思え。」
以前、WISEに潜ませておいた東国の刺客を守りきれなかった事例もあった。まんまと黄昏に自分自身をコピーされていた屈辱的なあの出来事―――
国家保安局もこれ以上失態を重ねる訳にはいかないのだろう。
「……おい"ユーリ"。らしくないぞ。」
悲鳴が轟く尋問室の端でユーリは項垂れていた。
「以前のお前なら……まあ、アレまでは酷くないだろうが許容範囲だったろう。」
「ッ……」
中尉の言う通りだ。
尋問、拷問は自分の得意なものの一つ。どんな相手もどんな事でも吐かせてきた。
「…………」
「……ユーリ……まさかおま――」
「申し訳ございません。ボクが間違ってました。」
「…………」
「中尉の仰ること。全てが正しい―――」
自分の役目を見失うな―――
自分はこの国を守る国家保安局の人間だ。
分かっている……分かっているのに……
「ブライア少尉。万一、"ティファニー・ラドナー"が西国の諜報員だったとして――」
中尉から手渡されるナイフ。
ユーリはそのナイフを見据え、唖然とした表情で中尉を見上げた。
「レノルドと"同じ事"ができるか?」
「((……ボクが……ティフィーを……))」
血に濡れるレノルドへと視線を移す。
「((……レノルドと同じように……拷問できるか?))」
薬漬けにして頭がまともに働かなくなるまで罵って……何度も何度も蹴りつけ、殴って……あの美しい金髪を容赦なく掴んで何度も壁に押し付ける。爪も剥いで、指も切り落として……青い瞳を真っ赤に染める―――
"止めて"と言っても、吐くまで"殺し続ける"。
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"止めて!ユーリさん!!!助けて!!!"
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「―――っ……」
"無理に決まってる"――
「―――なんて、俺の例えが悪かったな。」
「いえ……なんてこと……」
僅かに呼吸が揺らぐ。
恐ろしい想像に目眩がしそうだった。
「お前は働きすぎだ。少し休め。」
「……いえ、平気です。」
「いいや、これは命令だ。クリスマスの休暇からまともに休んでないだろう?」
中尉の大きな手がユーリの肩に添えられる。
「彼女に癒してもらえ。暫く経てば"あの頃の"お前が戻ってくるだろう。」
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「ッ……く……」
自宅に戻ったユーリは酷く荒れていた。
スーツを脱ぎ捨て、鞄からファイルを取り出す。
「((どうしたらいい……どうすればいい……))」
書斎のテーブルにファイルを投げ置き、乱雑に1枚1枚リストを捲っていく。
「"何でまた"……ここに載ってるんだ"――」
――― Tiffany Rudner
"何で"じゃない、"載って当然"なんだ。
彼女は西国の諜報員なのだから――
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ユーリの顔全面に絶望が伸し掛る。
リストに載っている彼女は穏やかに微笑んでいた。
訪れるであろう危険を知る筈もなく―――
「……ティフィー……」
男は床に蹲るように、何度も拳を打ち付けた―――