morning glory   作:鈴夢

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※※


本誌に登場した新キャラが出ます。
ネタバレ苦手な方はUターンを!


すれ違うふたり

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春を思わせる陽射しが差し込む2月の午後――

 

 

 

 

 

 

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フォージャー家 リビングにて

 

 

 

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「…そう、正解!」

「えっへん!!アーニャ、やればできるこ!」

 

 

〈朝顔〉こと"ティファニー・ラドナー"

〈超能力者〉こと"アーニャ・フォージャー"

 

 

「これなら進級テストも大丈夫じゃないかな?あとはテスト本番までしっかり復習だね?」

「うい!がんばるます!」

 

 

――リビングのテーブルに並べられた教材の数々。

 

おそらく何時間も勉学に励んでいたらしく、先が削れ込んだ鉛筆が数本転がっていたり、消しゴムのゴミが散らばっていた。そんな2人の足元では様子を伺うボンドの姿。キッチンカウンターからは穏やかな笑みを見せるヨルの姿があった。

 

 

 

「ティファニーさん。お休みにもかかわらず、アーニャさんのためにありがとうございます。」

「全然構いませんよ?いつでも呼んでください。休みでもやることないですし寧ろありがたいです。」

「ご無理はなさらず……あ!紅茶入れ直しますね。」

 

 

テーブルに置かれたティーカップに温かい紅茶が注がれる。こぽこぽと響く水音、柔らかくて甘い紅茶の匂い。優しいヨルの気遣いに嬉しそうに笑みをこぼすティファニー。

 

休みといえど何らやることは無いのだ。そもそも"アーニャちゃんの家庭教師"、これこそが任務のひとつでもある。オペレーション〈梟〉の要でもあるフォージャー一家の為に、その柱であるアーニャの為に働きかけることは最重要項目。

 

だが実際、ティファニーはこれについて任務とは捉えていなかった。単に子供に関わることは好きだ、勉強を教えることも何ら苦痛では無い。

 

 

 

「アーニャちゃん。少し休憩しよっか?」

「やたーー!あにめみる!」

「また20分後に再開ね?」

「うい。」

 

 

椅子から飛び降り、直ぐにテレビの前へと駆け出すアーニャ。すると即座にリモコンを手に取り電源を入れると"スパイウォーズ"の聴きなれたBGMが響き渡る。

 

つかの間の休息。勉強勉強で縛り上げても意味は無い。―――"次はアーニャちゃんが得意な古語を復習しよう"なんて考えつつティーカップに手を伸ばしたその時…

 

 

 

 

 

 

「――あら!私ったらお夕飯で使う食材を買い忘れてしまいました。メモを持ってお買い物に行ったのに…」

「良かったら私が買いに行きましょうか?もう鍋も火にかけてるみたいですし。」

「いえ!そんな!ティファニーさんにこれ以上お願いをするなんていけません!」

「私がいるからこそですよ?先生も泊まりがけの仕事で今日は帰ってこないみたいですし、少しでもお手伝いできれば…」

 

 

"ちょうど休憩時間だし"と呟きコートに手を伸ばす。そしてキッチンに居るヨルの元へと向かい必要な食材をメモしていると様子に気づいたアーニャはテレビ画面から目を離し、ティファニーへと視線を移す。

 

 

 

「おねいさん、おでけけ?」

「うん。直ぐに帰ってくるから待っててね?」

「アーニャもいく!つれてけ!」

「うん。一緒に行こう?せっかくだし2番街のドーナツ屋さん行こうか?」

「やたーーー!どーなつ!」

 

「もう…アーニャさんたら…」

 

両手を大きく上げて喜びを表現するアーニャに申し訳なさそうに眉を下げるヨル。ティファニーは変わらずニコニコと笑みを零していると傍らで尻尾を振るボンドに気づくと両手を合わせ謝罪を述べた。

 

 

 

「ボフッ!ボフッ!」

「あー…ボンドはお留守番ね?雨も降ってるし。」

「…ボフゥ〜……」

 

 

生憎の外は雨。ボンドを連れていくことはご法度だろう。仕方ないが帰ったら遊んであげよう…と胸中で呟くのだった。

 

 

「ティファニーさん、本当にありがとうございます。助かります。」

「任せてください。―――アーニャちゃん、お外行く準備しよっか?上着着ておいで?」

「オーキードーキー!!」

 

 

パタパタと駆け、外へと向かう準備をするアーニャ。その様子をヨルとティファニーは穏やかな微笑みを浮かべながら見ていたのだった。

 

 

 

 

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――バーリント市内

 

 

 

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昼間の街は何もかも明るい。まるで全てが笑っているような明るさ。

 

穏やかなバーリントンの街。ティファニー達と同じく買い物に繰り出す人々が多くなる午後、規則的に敷かれたレンガ道を2人は手を繋いで歩いていた。

 

 

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「おでけけ♪おでけけ♪らんらららん♪」

「アーニャちゃんご機嫌だね?」

「ピーナッツもげっとできた!あとはどーなっつ!!」

「うんうん。お勉強頑張ったご褒美だね。」

「かえってからもがんばるます!!……あにめみたあと!」

「はいはい。」

 

 

嬉しそうに満面の笑みを見せるアーニャを見ると幸せだった。無意識にこちらも笑顔になってしまうほどに―――

 

 

 

「((…あとはドーナツを買って帰るだけ。ていうかヨルさん…食材ほとんど買い忘れてるけど果たして家で何を煮込んでるのか……というより、この食材で何を作る―――))」

 

 

食材が収められたトートバッグに視線を落とすと笑みを零す。明らかに買い忘れたどころの量ではない買い物なのだが……そんなおっちょこちょいな所もヨルさんらしい。

 

 

「((ヨルさん。今日は1人でアーニャちゃんとボンドを見るのかぁ…所謂ワンオペって言うものかな?でもヨルさんには強力な助っ人が居るし…弟―――))」

 

 

頭の中ではグルグルと様々なことを巡らせる。

 

できるだけ"あのこと"は考えないように。他のことで頭をいっぱいにすればいい。"だけど浮かんでしまう"。

 

 

その為にも…ティファニーはここ最近休みの日も任務をとにかく詰め込んでいた。1人にならないように、考え込む時間が無いほど忙しない日々を送るために。

 

だからこそ時が経つのが早い。

 

 

 

「…おねいさん。」

「ん?何?」

 

その時、突然アーニャは立ち止まる。まるでティファニーの心の中を読み取ったかのようなタイミングだった。

 

 

「……おじとはあってるのか?」

「えっ…な、何で?急に…」

「さいきん、おじがおねいさんのはなししない。」

「…ということは、アーニャちゃんのお家には来てるの?」

「"ひま"だからきてる。おじそういってた。」

「……暇…」

 

アーニャの発した言葉に何か引っかかりがある様子のティファニー。ほんの少しだけ唇を噛み締め、まるで空元気を見せるかのように作り笑いを浮かべていた。

 

 

 

「………おねいさん?」

「…………」

「おね―――」

 

 

困ったような表情を零したその時、何かを察したのかティファニーはアーニャの手を引くと建物の物陰に身を隠した。

 

 

 

人でごった返す大通り。

道路を挟んだ反対側の歩道に"彼"の姿があった。

 

帽子を深々と被り…誰かと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((……あれって……ユーリさん―――?))」

 

 

人混みを縫うように歩く彼。

 

 

 

そしてその隣には中睦まじげに腕を組む……

 

 

 

 

「((…と、女性……))」

 

 

 

背丈は自分と同じくらいだろう。雰囲気からして歳上の女性らしい。ショートカットから除く横顔…知的で綺麗な人だった。

 

ユーリの腕にしっかりと手を回し、楽しそうに会話を交えながら歩く2人。きっとただの関係性では無い。

 

秘密警察に女性が居るとも噂程度でしか聞いたことは無い。仕事の関係者?…には見えない…。2人とも帽子をかぶっているせいがハッキリと顔は見えない。

 

 

 

 

「ッ……」

「…おねいさん?」

「ぁ……ごめんね!買い忘れたものがあるからもう一度お店に戻ろうか?」

「………?」

 

 

ティファニーはユーリ達とは真逆の道を引き返す。半ば強引に掴まれる手の力にアーニャは不思議そうに首を傾げた。

 

しかしティファニーとは視線が合わない。ただ真っ直ぐ前を向き、その場から逃げるように早歩きで足を進める姿はどこか哀しさと動揺が垣間見えた。

 

 

 

 

「((…最近連絡も一切無いと思ったら…"そういうこと"か…))」

 

 

 

 

 

"考えるな。考えるのはやめよう、朝顔。"

 

 

 

 

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――クリスマスを過ぎて約2ヶ月。

ユーリ()から連絡が一切無かったのだった。

 

 

 

 

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――同時刻

 

 

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「……ん?」

「何?どうしたの?」

「………」

 

ピタリと足を止めると道路を挟んだ先の歩道に視線を向けるユーリ。

 

 

「…いや、なんでもない。」

 

何となく視線を感じた気がするのだが…多分気の所為だろう。週末で人も多い、ただの杞憂だ。

 

少し不可思議な感覚に陥るも"今はそれどころでは無い"。ユーリは再び歩みを進め、隣の女性に視線を落とした。

 

 

 

「―――それより"クロエ"…今直ぐボクの腕から手を離せ!周りから恋人だなんて思われたくないぞ!」

「仕方ないでしょ!"そういう風"にしろって言われてるんだし!尾行失敗したらどうするの?」

 

 

傍から見れば恋人同士の2人。しかしこれはあくまでも"任務"だった。2人の前を歩く2人組の男。距離は約15メートル程だろうか。一定の距離をとりながら怪しまれないように歩き続ける。

 

そして今回の任務でペアを組んでいたのは"クロエ"という女性。ユーリと同じく東国国家保安局所属だった。

 

男性が多い保安局の中では珍しく女性であり、あまり存在を知られていないのが事実。だからこそ機密度が高い任務に出動することも多い。

 

そして少尉であるユーリは、彼女にとって上司にあたる。しかし飛び級で14歳で入学したユーリと歳の差はあれど同時期に同じ大学に通っていたらしく、大学時代はクロエのほうが先輩でもあり複雑な関係性だった。

 

その為、2人だけの時などは大学時代の口調に戻ることが多く敬語が外れタメ口になることもしばしば…

 

尚、ユーリのシスコンには大いにドン引きしている。

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、ユーリくん。最近少し不機嫌?」

「誰が"ユーリくん"だ!ボクの方が上官だぞ!」

「だから"しーーっ!"今は尾行中!」

「くっ……」

 

人混みだと言っても油断は禁物。尾行相手の仲間がどこにいるか分からない今、大人しく任務を遂行するのか何よりも大切だ。

 

しかしこの女に好き放題言われるのもごめんだ。別に不機嫌ではない。少し調子が悪いだけだ。

 

…そう。少しだけ―――

 

 

 

 

「街中じゃ ちゃんと一般人を装わないとね?てか大学の時は私の方が先輩だったんだから良いじゃん?」

「よくない、不愉快だ!」

「やっぱ不機嫌じゃん!さては彼女と喧嘩かな?」

「うるさい!余計なことを言うな!」

「怖っ!!」

 

 

クロエのちょっとした意地悪な言葉に機敏に反応するユーリ。どっからどう見ても明らかに不機嫌。反応を見れば明白だ。しかも女性だからこそ分かることもある。絶対にこれは例の彼女が絡んでいるんだろう。

 

今まで一切、姉以外の女性の影は見られなかった。しかしユーリには大切な女性がいるということは秘密警察の仲間内でもかなり有名な事だ。

 

"東国出身の超エリート"

"バーリント総合病院のホープ"

"美人で可愛らしい女性"

 

そしてもう1つ。

"彼女にかけられている疑惑"―――

 

 

クロエは全て分かっていた。

ユーリと例の彼女の状況を。

 

 

 

 

 

「―――ま、その気持ちは分からんでもないけどね。」

 

 

大切な人が秘密警察にマークされている。

その事実は誰が受け止めても心苦しいものがあるだろう。クロエ自身も考えたことがある。

 

もし、自分の想い人が、大切な人が…疑惑をかけられたら?秘密警察という立場の自分ならどのように対処すれば良い?……想像すらできないそんな状況にユーリは陥っている。

 

不機嫌になるのも仕方がないだろう。

 

 

 

 

「……け、…喧嘩はしてないからな!ボクはそんな子供じゃない!」

「でもその様子だと何かあったんでしょ?"例のリスト"に彼女の名前がまた上がってたし。」

「別に…それは…」

「それに"噂の新人くん"。かなりやり手らしいし、次々と要人を捕まえてるとか……さすがに〈黄昏〉には相当悩まされてるみたいだけど……WISEの諜報員は一切尻尾を出さないしね?」

 

 

新人くんとは"レノルド"の事だ。秘密警察に抜擢されそこまで月日は経っていない。しかし彼の働きぶりで過去一の検挙率。西国の関係者や協力者、はたまたそれに関わる無危害の一般人にまでも尋問しているとか。

やりすぎとも思われる行動ばかりだが甘い事を言っていられなくなったのも事実。間違いなく上も焦っている。となれば彼のような人間は必要不可欠でもあるのだ。

 

 

 

レノルド(アイツ)は自分の仕事を全うしてる。…だけど、やり方は好きじゃない。」

「…へぇ、意外。彼のやり方には賛同してるかと思ってた。」

「ボクがそんなに残虐非道な人間に見えるか?」

「うーん…どうだろ。でもそれに近いものはあったよね?」

「………」

「ひと昔前のユーリくんなら、同じことしてたでしょ?彼女効果かなあ〜」

 

 

"血も涙もない"―――は言い過ぎかもしれないが過去の彼も似たようなものだった。

家族を、姉を、危険に晒す害虫は容赦なく処刑する。それが彼の口癖でもあった。

 

しかしこの数ヶ月間で良くも悪くもユーリはかなり変わった。無闇矢鱈に尋問にかけることもなくなった。相手が裏切り者でも話を最後までよく聞くようになった。我武者羅に自己中心的に物事を捉えるのではなく、広い視野で相手を見ることができるようになった。そのお陰で、誤って通報された一般人を裁くことなく対処することもできた。

 

 

それはひとえに"ティファニー・ラドナー"という女性の存在が影響しているに違いない。

 

 

 

「会ってみたいなぁ〜ユーリくんの彼女。バーリント病院のスーパーホープでしょ?その肩書きだけでも気になるわ。」

「会わせるわけ無いだろう。お前に。」

「えー!何でよ!別に秘密警察の関係者だって言わないし!外務省に勤める同期で通せばいいじゃん。」

「絶対嫌だ。」

「ケチ。」

「あーー!煩いな!僕達は今任務中なんだ!黙って標的を追うぞ!」

「…つまんなーい。」

「お前な……」

 

ユーリの口から呆れたようなため息が深々と吐き出された。その溜息に、微かに感じるのは疲れ。そして彼女を思う虚しげな目の光。若干俯くユーリのその姿にクロエも同じく呆れたような溜息を漏らす。

 

 

「……彼女を擁護する訳じゃないけど…コレだけは言わせて。」

「何だ。」

 

2人は標的の男に視線を向けたまま会話を続ける。その表情は微かに険しいものだった。

 

「伝えたいことはその時に伝える。…それと、会える時に会っておかないと後悔するよ。」

「………」

「ただでさえ東国と西国の関係がまた悪化してる。何時どこで戦争が起こるか分からない。彼女が白であっても黒であっても…何の罪もない彼女が…もしかしたら明日には何らかの容疑を掛けられて尋問にかけられるかもしれない。……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――後悔する前にちゃんと伝えなよ?先輩からの助言ね?」

「…………」

「どうせ君のことだから一方的に距離とか取ってるんでしょ?嫌われるよ絶対に。」

「う……」

 

いつまでも落ち込んでいないで今できることを精一杯彼女に伝える。それが大事な事だとクロエはユーリに放った。

 

今のこの時代、いつどこで何が起こるか誰にも分からない。理不尽に殺されるかもしれないし、会いたいと願ってもそれが叶わないこともあるかもしれない。伝えたいことを伝えられないまま別れてしまったり、喧嘩をするのはもったいない事だ。

 

 

 

真剣なクロエの台詞。

ユーリは少しだけ顔を上げると口元をほんの少しだけ持ち上げた。

 

 

「……フン…生意気だな。」

「それはこっちのセリフよ。いつも強がって、隠したって私にはお見通しだから。」

 

 

ユーリの腕に絡めていた手を離すと思いっきり背中を叩く。背中の衝撃に驚くも不思議な気分だった。まるで後押しされるような、心の片隅で縮こまっていた気持ちが若干開放されたような気分だった。

 

 

……クロエの言う通りかもしれない。

何を恐れているんだ……僕は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――よーし!尾行は成功ね。」

 

 

そんなこんなで怪しい裏通りを歩き続けると廃墟のようなビルの前に辿り着く。尾行していた男はこの中へと入っていった。ここが目的地だろう。

 

 

「あの建物がダニ共のねぐら…」

「ッ!」

「ちょっと!慎重に行くんじゃなかったの!?まずは敵勢力の人数!」

 

 

刹那、ユーリは建物に向かって一気に駆け出した。しかもまさかの正面突破をする気らしい。拳銃を片手に扉の前に向かい、お構い無しに大声を張り上げた。

 

 

「誰がいようと叩き潰してやる!クロエは裏口を見張ってろ!!」

「待っ!待ちなさい!ユーリくん!」

 

 

容赦なくドアを蹴散らしビル内に侵入したユーリ。ものの数秒後、発砲音と打撃音がクロエの鼓膜に飛び込む。

 

まるで何かのネジが外れたように抜群の調子を発揮していた。男ね赤い瞳は炯々と光を放ち、閃光のようにその場を巡ったようだ。

 

 

 

 

 

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――同日 午後21時過ぎ

 

 

 

 

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いつもに比べて闇の密度が濃い夜。

2月の夜――昼間の春を感じさせる暖かさとは裏腹に寒暖差は激しい。呼吸をする度に白い息が漏れ、肺に冷たい空気が流れ込む。気を抜けばすぐに風邪を引いてしまいそうだ。

 

 

 

「〜〜ッ寒……。」

 

 

纏っていたコートを抱くように全身を丸く埋め、自宅へと向かうティファニー。時たま星が散りばめられた夜空を見上げ小さく息を吐く。

 

 

「((……ヨルさん。多分気づいてるんだろうな……))」

 

結局こんな時間まで居座ってしまった。夕飯もご馳走になり"至れり尽くせり"。

 

直接ユーリの事を細かに話した訳では無いがヨルは心配していた。ユーリとティファニーが互いの事を話さなくなったこと。ここ数ヶ月、2人一緒に現れなくなったこと。

 

別れた、という訳では無いが明らかに2人の間に大きな溝が生まれている。ヨルはそれを察しているらしい。

 

 

 

「((アーニャちゃんにも気を遣わせちゃったし……申し訳――))」

 

 

 

 

 

自宅前に着いたその時。ピタリとティファニーの脚が止まる。

 

こんな寒い夜に自宅前の扉前にて腰を下ろし、項垂れている人物の姿があった。

 

見慣れたコート、スーツ、黒髪の男――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの……ユーリさん?」

「……ん。」

 

ティファニーの声と気配に反応を示した男。ゆっくりと顔を持ち上げ声の主へと視線を向けたその時、驚いたように目を見開くとその場から立ち上がった。

 

 

「ティッ…………ティフィー……」

「…………」

「…さ、寒いから早く家に入れろ。」

 

 

ティファニーは立ち止まったままユーリを静かに見据えていた。表情は無に近い。喜怒哀楽を感じない冷徹さが漂うその表情に微かにユーリは気まづそうに視線を僅かに落とす。

 

それもそのはずだ。ユーリはティファニーに連絡を寄越さず、ほぼ放置していた。"しかも一方的に"。

 

 

 

「……こんな遅くに何しに来たんです?」

「な…何って、ティフィーに会いに…」

「…………」

「仕事帰りか?」

「今日は休みです。アーニャちゃんの家庭教師をしてました。」

「そ……そうか……」

 

 

ティファニーはユーリに視線を向けることなく鞄から鍵を取り出すとゆっくりと歩みを進め、自宅の扉前へと向かった。カチャカチャと慣れた手つきで鍵を開け、扉を開けると相変わらず彼に見向きもせず自宅へと入る。ユーリも後を追うように、久しぶりに彼女の自宅へと足を踏み入れたのだった。

 

 

「…………」

「………最近忙しかったのか?」

「はい、それなりに。」

「…そういえば…デイリーオストにお前の記事を見つけたぞ!……ほら!あの姉妹院の…救命患者を救ったとか……」

「…………」

 

無言でコートを脱ぎ、鞄をリビングのソファへと置くティファニー。まとめていた長い髪の毛を解くとそのままユーリに視線を向けることなくキッチンへと向かう。

 

明らかに"怒っていた"。

それはユーリ自身、自分に非があるとは分かっていたが無視され続けるのも癪だった。ユーリも負けじと食いつくようにティファニーの後をついて行く。

 

 

 

「おい!僕の事を無視……」

「今の今まで、何度も連絡したのに何故何も反応してくれなかったんですか。」

 

 

 

蛇口を捻りグラスに水を注ぐ。そしてそれを口に運ぶティファニーは憂鬱な表情だった。乾いた水音が虚しげに響き、ユーリは緊張したようにゴクリと息を飲んだ。

 

改めて自分が彼女を避けていたことを後悔したのだった。

 

 

「……それは…」

「連絡がつかないから何度かお家にも伺ったんです。置き手紙も残しました。……でも、何も無かった。」

「……ッ…」

「お休みの日、できるだけいつものカフェに居ることも書き残してました。だけど現れなかった。来てくれなかった。……ずっと待っていたのに。」

 

言うつもりのなかった台詞が次々と口から溢れ出てしまう。

 

別にこれくらい……意地になる事ないじゃないか……

 

 

 

 

 

――"我慢しろ、私は何を言ってる?"

 

 

そもそもこの関係は騙し合いだ。決して幸せにはなれない関係性、分かってるじゃないか?なのに何故彼に対してここまで台詞が出てしまうのだ。

 

 

これは任務、任務……任務任務任務

 

 

 

"成すべきことを忘れるな、朝顔"――

 

 

 

 

何とか気持ちを切り替えようと水を飲み干し、グラスをシンクへと戻す。そして傍らのローテーブルに置いていた書類を手に取ると乱雑にユーリに押し付ける。

 

 

 

「……これが…真実でしょう?」

 

 

"秘密警察の極秘リスト"

書類の1枚目にはティファニーの顔写真と情報がずらりと並べられていた。

 

 

「お前…何処でそれを……」

「ユーリさんが居ない日を見計らって家に入らせてもらいました。その時にこれを見つけたんです。」

「お前勝手に!しかも厳重に見つからない場所に鍵をかけておいたはずだ!」

「なめないでください。……分かってますよね?私が普通じゃない事くらい。詰めが甘いんですよ。」

「ッ!!」

 

 

押し付けられたリストを握りしめるユーリ。ぐうの音も出ないとはこういう事だろう。自分がそれを理由に距離をとっていたこと、彼女に隠すように2ヶ月間も音沙汰がなかったこと。

"お互いに利用し合う騙し合いの関係"。この関係に正解は無い。しかし彼女を放置したことは間違いなく誤りでもあり事実だ。

 

弁明の余地もない。

 

 

「いや待ってくれ、ティフィ…」

「今日、二番街で一緒に歩いていた女性。ユーリさんと同じ秘密警察の方ですよね?…調べてみたら大学も同じ、長い付き合いみたいですね?」

「さっきのリストとは関係ない話だろう?……ティフィ、お前さっきから――」

 

 

自分でも分かってる。ユーリに対して様々な感情が爆発寸前だった。次から次へと彼に対しての不満や疑いを一方的に口にする"私"は……一体何がしたいのだ。

 

 

"私は誰だ"。

 

ねぇ、ティファニー。

もう一度自分に言い聞かせろ。

 

 

これは任務だ。

彼はその標的……彼に他に女性の影が有ろうが、再び自分が秘密警察に目をつけられていようが……

 

私はスパイだ、朝顔だ。

あの黄昏、夜帷と並ぶ西国のスパイだ。

 

いい加減子供のように弄れるのは止めよう。

 

 

"ユーリさん、ごめんなさい。私が間違っていた"と

 

言え、言うんだ朝顔。

 

 

 

 

分かってる……分かってるのに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この関係は終わりです。ユーリさんを信じられません。」

 

ティファニーの口から吐き出された台詞。

その言葉にユーリは大きく目を見開く。

 

 

 

 

「はぁ!?終わりって…」

「そういう事です。」

「つまりは……別れるって事?」

「それ以外何があるんです。」

 

 

ティファニーはようやくユーリと目を合わせる。

呆然と立ち尽くす男を見上げ、更に言葉を続けた。

 

 

 

「……私たちはハナから相反する関係です。どちらかが怪しい動きをすれば信じられなくなるのは当然じゃないですか。」

「ちょ……ちょっと待ってくれ!違う!」

「違くないです。現に、隠していたじゃないですか。」

 

 

ユーリの手から滑り落ちた書類に視線を落とす。床に転がる自分の顔写真に冷酷な表情を浮かばせた。

 

 

「私が再びマークされてることも何も話してくれなかった。適当に泳がせて、私を秘密警察に売るつもり――」

 

「……ッ!だから違うと言っているだろう!!!」

 

 

 

部屋に響き渡るユーリの怒号。見たことの無い彼の怒り具合にティファニーは思わず肩を揺らした。反射的に再び彼を見上げると、そこには見たことの無いほど目を釣りあげたユーリが自分を見下ろす。

 

 

「それに"クロエ"……あの女は確かに同じ公安の人間だ。だけどそういう関係じゃない!絶対に!」

「………」

「お前がマークされているのもいつか話すつもりだった!何とかリストから除くことが出来ないかずっと考えていたんだ!!」

「……ッ!」

「何でそれを理解しようとしない!ティフィ!!」

 

 

刹那、彼の両手がティファニーの肩を掴んだ。背丈の高い彼はティファニーと目線を合わせるように屈み、赤い瞳は真っ直ぐと青い瞳を捕まえる。

 

先程まで怒りに震えていた赤い瞳はあっという間に哀しみに変化していた。ふるふると震える手でティファニーの肩を掴み、徐々に力が弱まっていく。

 

 

少しずつ、少しずつ……彼のいつもの表情が見えてくる。まるで小さな子供を慰めるように、柔い瞳が彼女を見据える――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だって……私は………」

 

「ティフィ……」

 

「私は……"そんなことより"――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ユーリさんにそばに居て欲しかった……っ」

 

「…ッ」

 

「"大丈夫"だって……1番近くで言って欲しかった!嘘でもいいから、ただの慰めでもいいから――」

 

 

今にでも泣き出してしまいそうだった。

ティファニーは必死にそれを堪え、ユーリの胸を何度も叩くのみ。震える声で、必死に彼に訴えるように何度も呟く。

 

 

 

「不安で…誰にも言えなくて……っ!だからこそユーリさんには傍に居て欲しかった!……」

 

 

嘘でもいい。

そもそもこの関係も嘘でできた関係じゃないか。

 

だったらそばに居て欲しかった。いっその事、罠に嵌められたとしても、1人で必死に孤独と恐怖と戦っていた自分を抱きしめて欲しかった。

 

それが本音だ。

〈朝顔〉ではなく〈ティファニー〉として……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪かった…」

「…………っ……」

「ごめん……僕が…ッ……!?…」

 

 

ティファニーの体を強引に抱きしめるユーリ。しかしそれは直ぐに彼女に拒絶され、簡単に振り払われてしまう。

華奢な体からは想像できない強い力に押され、反動でユーリはキッチンシンクに寄り掛かるように手を添える。

 

傍らでは真っ直ぐと立つ彼女。

 

その表情は再び変化していた。

 

 

 

冷酷で、据わった瞳。

いつも美しく光る青い瞳は闇に覆われたように曇り、彼を真っ直ぐと見据える。

 

 

 

「もう良いです。」

「な……」

「私にも…やるべき事があるんです。」

「……ティフィ…」

「その為に貴方という手札を利用すると決めた。貴方も私を利用すると決めた。…だけどその手札がお互いに使えなくなった。ただそれだけじゃないですか。」

 

 

諦めたような冷えきった口調だった。彼女から暖かいものは何も感じない。

 

……まるで別人だ。

 

 

 

 

 

「……私は西国の諜報員。それは何がなんでも変えられない事実。」

「…………」

「もう終わ…」

 

 

 

 

「……だ」

 

 

シンクに力なく体を寄せ、俯くユーリ。

微かに彼の口から声が漏れる。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「いやだ……いやだ。いやだいやだいやだ!」

「ちょ……ユー」

「いやだ!!!」

 

 

子供のように喚く男。半ば涙目になりながら再び彼女に迫り、ティファニーはあっという間に壁に追いやられてしまう。

 

 

 

 

「ッ……ティフィ……っ…」

 

 

「………離してくだい。」

「イヤだ。」

「殴り飛ばしますよ…っ…く…」

 

 

苦しいほどに抱きしめられる。ふわりと漂う彼の匂いに心が揺さぶられてしまう。力強い抱擁も、耳元で囁かれる自らの名を呼ぶ彼の声。

 

だがティファニーはそんな事で落ちる奴ではない。

 

 

 

 

 

「やってみ………

 

 

 

 

―――ゴフッ!!!!」

 

 

 

容赦なくユーリの腹部にティファニーの拳が打ち込まれた。しかも場所が悪すぎる。激痛が腹部から全身に伝わると無様にも男はその場に座り込んでしまった。

 

 

 

「〜〜〜ッ!マジで殴ったな!ティフィ!!」

「言ったじゃないですか。離れないと殴るって。」

 

変わらず無表情でユーリから離れ、無造作に置かれた彼の荷物を手に取るティファニー。そして足早に玄関まで向かうとそれを外に投げ捨てた。

 

 

 

「ちょ……お前……」

「"さようなら"。ユーリさん。」

「ッ……ティフィー?」

 

 

腹部を押さえ必死に床を這うユーリに向け、暗い青い瞳は冷たく見下ろし続ける。

 

 

 

 

「私たちの関係は何も無かった。……もし、私の事を誰かに漏らしたとしても私は抗います。何があっても……私は私の役目を果たすまでです。」

 

 

彼女は本気だった。

口調からしても嘘では無い。

 

恐らく、今彼女に再び抱きつこうものなら"マジで殺される"。

 

 

 

 

 

 

「貴方を信じた代償ですから。私がそれを償う……自分自身で…誰も傷つけたりしない。」

 

 

 

ティファニーが纏う空気が重みを持つ。四方から圧し縮まってくるような息苦しさにユーリは恐怖をも感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さようなら。"ユーリ・ブライア"。」

 

 

 

恐ろしく艶のある低い彼女の声が静かに部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((―――私は…"朝顔"なのだから。己の勤めを果たせ――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

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