morning glory   作:鈴夢

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彼女の真実

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午前5時過ぎ――

――シェルベリー市内

 

 

 

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東国(オスタニア) 東国北西部に位置する都市"シェルベリー"。

 

パッと見街中は普段と変わらない平穏な様子。

しかしその中に、西国(ウェスタリス)の諜報員たちが一般人に成りすまし潜んでいた。

 

 

 

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「――朝顔、夜帷。準備は。」

 

暗い路地裏に三つの影。

中でも一際大きな陰が背後の二人を覆うように立っていたのはWISE一の凄腕諜報員"黄昏"

 

「問題ないですよ"先生"。」

「こちらも問題ありません"先輩"。」

 

背後の影――"朝顔と夜帷"

隠し持っていた銃やナイフの装備を確認するように二人はそれぞれ手元を動かす。いつもと違う装備の数に緊張感を漂わせていた。

 

そんな二人の先輩でもある黄昏。何となくそれを察し、張り詰めた空気を少しでも和らげればと言葉を放つ。

 

 

「俺たち三人は基本的に別行動はしない。万が一のイレギュラーが発生した時のみ別行動に移る。"いつも通り"で大丈夫だ。」

 

「「はい。」」

 

三人は互いに視線を合わせ小さく頷く。そして再び路地を歩き始め、朝顔と夜帷は辺りを警戒しつつも言葉を交わし合う。

 

 

 

「……朝顔。勝手に突っ走るのは禁止よ、分かってるわよね?」

「分かってますよ?先輩。」

「絶対よ。約束して。((私よりも活躍したらタダじゃおかないわ。先輩の視線は私だけのもの……貴女は黙って私と先輩の後ろに隠れてればいいの。))」

 

路地に響く足音。

そして目標地点に到達するとその音はピタリと鳴り止み、先頭を歩いていた黄昏が手で合図を出す。

 

すると背後の二人は小さく頷き、視線は黄昏へと向けられた。

 

 

「……現在C地点到着。……分かりました。了解です。」

 

黄昏が身につけていたイヤホンに何らかの指示が入る。すると面持ちはさらに険しいものへと変化した。

 

「既に俺達以外の諜報員も作戦通り定位置に着いたと情報が入った。……今一度言っておくが俺たち三人は前衛でもあり後衛でもある。とにかく用心しろ。恐らく向こうもかなり警戒しているからな…何が起こるかわからん。」

 

「先輩の言う通り。なんせ今回は相手が秘密警察…国家保安局の部隊ですからね。その辺の人間とは違います。」

 

相手は統率の取れた部隊でもある。人並み以上の訓練も受けてきているだろうし、WISEの諜報員と能力値はさほど大差無いだろう。

 

険しい面持ちの二人。その背後では朝顔が今回のターゲットでもある男の写真を懐から取り出した。

 

 

「今回の任務の目的。西国の国務大臣の一人"メルビン・ラエネック"。彼の護衛と護送。失敗は許されませんね。」

 

 

スーツを纏い威厳を感じる老人の写真だった。歳は60代前半。重要な仕事を担う国務大臣……なのだが。

 

 

「……まさか西国の大臣が秘密警察に狙われるなんて。…まあ仕方ないと思いますが。」

「日々の行いのせいね?私達も擁護できないくらい汚職塗れだし。事実無根な反東国の思想も持ってるって言われてるし。」

「よくもまあそんな人物を東国との交渉相手に選びましたよね?」

「馬鹿なのよ、老耄達は。」

 

"ね〜〜?"と何故かこのタイミングで仲良さげに呼吸を合わせる二人。そんな呑気な後輩たちの姿に黄昏は"先が思いやられるぞ"なんてことを胸中で呟くと背後へと振り向いた。

 

「……いいか朝顔、夜帷。メルビン・ラエネックは俺たちWISEとも親密な関わりがある。その情報が何故漏れたのかは不明だが秘密警察からしてみれば彼は格好の餌食。捉えれば一石二鳥どころかとんでもない利益を得る事になる。」

 

真剣な面持ちで語る黄昏。

二人は再び真剣な面持ちに切り替えた。

 

「"鴨が葱を背負って来る"って事ですね?先生。」

 

「その通りだ。下手をすれば俺たちの身も危険になるのは間違いない。あの爺さんが秘密警察の尋問に耐えられるわけも無いからな。…だからこそ、本当に無茶はするなよ二人とも。」

 

「大丈夫ですってば。……心配性…」

「((先輩が私の心配をしてくれてる!?大丈夫ですよ先輩。寧ろ貴方に何かあった時、私は命を懸けて助け――))」

 

そして再び歩き出す三人。今度は完全に路地を抜け大通りへと姿を現した。あくまでも設定は一般市民。仲睦まじい友人に見えるように三人はそれなりに変装も施していた。

 

 

人々の行き交う声。何ら不自然な点は無いいつも通りの街中。朝顔はそんな人々の様子を横目に無心で歩き続ける。

 

「……"ファニー"。」

「なんですか先生?」

 

すると右隣を歩く黄昏がふと声をかけた。

 

 

「顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「顔色って……この顔は先生が造ってくれた顔ですよ?何言ってるんです?ふふっ。」

「…………」

「私、この変装気に入ってるんですよ。黒髪クール美少女!髪も短いし、少し大人びた顔つきだし……なんだかワクワクしてます。」

 

ニコニコと愛想の良いいつも通りの笑顔を向けた。慣れないボブカットのウィッグをサラサラと指で撫で、いつもと違う雰囲気を楽しんでいる、といった様子だ。そんな子供らしい様子に黄昏はつられて笑みを零す。

 

「変装しても変わらずお前の碧眼は綺麗だ。笑い方もな?」

「……ふふっ。」

「俺なら直ぐに気づく。お前が変装していても、微細な動作で感じ取れる。」

「意味ないじゃないですか、変装の。」

「確かにな?まあ普通なら誰も気づかないだろう。お前があのバーリント総合病院のホープだとはな。」

「大袈裟ですよ。先生のこの技術は完璧です。」

 

楽しそうに会話を弾ませる黄昏と朝顔。

そして朝顔の左隣を歩く夜帷は時たまショーウィンドウに映る自分の姿にうっとりと頬を緩ませていた。

 

 

「((…あぁっ……すきぃ。…私の今回の変装も好き……。先輩、私のために造ってくれたんですよね?金髪美女を!この前のテニスの時も金髪のフォニー夫人を演じましたし……まさか先輩のタイプは金髪?もしくは黒髪?))」

 

 

次の目的地までいつも通り、普段通りの様子の三人。今のところ順調だ。きっと今回の任務も大したことは無い。この三人が揃っている限り、困難なことが起こったとしても乗り越えることは容易い。

 

 

 

そう誰しもが考えていた。

 

 

 

 

 

 

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「……想定以上の数だ。幸いうちの諜報員が攫われた報告は無いがそれも時間の問題だな……」

 

街の端にある広大な公園。そろそろ対象がこの付近に到着予定なのだが予想外なことが発生していた。

 

予測していた数より圧倒的に敵の数が多い。それに警備のレベルも報告されていたものより高くなっていた。このままでは直ぐに大臣は秘密警察の手に落ちるに違いない。東国内の西国大使館に入ってしまえばこちらの勝ちなのだがそう簡単にはいかないだろう。

 

 

「どうします?私か朝顔どちらかを別に回しますか?」

「いや、指示が出ない以上迂闊に動くのは危険だ。とにかく今は三人で――」

 

 

黄昏が言葉を放った次の瞬間、三人のインカムにハンドラーからの通信が入る。

 

 

『マズイ!北方向に伸びる地下通路に秘密警察の別部隊の情報が入った。黄昏、そっちを頼めるか!?』

 

明らかに切羽詰まった様子だった。まさか地下にまで戦力が伸びていたとは想定外。そちらを叩かなければ何が起こるか分からない。なんせ地下となれば完全に迷路だ。万が一大臣が襲われ、地下に引き摺り込まれてしまえば救出は困難を極める。

 

 

「了解。地下には――」

 

刹那、派手な爆発音が公園の奥から響き渡った。同時に人々の悲鳴と押し寄せる人の波。そして次から次へと情報が入り込んでくる。

 

 

「……くっ!ハンドラー!此方も戦況が大きく変わりそうです。それと大臣の次の拠点に爆発物が有るとの情報も――」

 

 

想定外の事態が次々と発生する。しかしこれはあくまでも可能性として考えていたことだ。どの任務にもこういったことはいくらでも発生するリスクはある。

 

目配せする三人。すると朝顔がこくりと頷き待ってたと言わんばかりにすぐに行動に移った。

 

 

「大丈夫です。私が行きます。」

 

人の波に反して駆け抜ける朝顔。

黄昏と夜帷はあわてた様子で声を上げるも時すでに遅し。届くはずもなかった。

 

 

「ッ!待ちなさい!行くなら私が!」

「朝顔!!」

 

あっという間に姿が消えてなくなった。すると二人の通信機に朝顔からの音声が届く。

 

「私は地下を叩きます!二人は地上の混乱を防いでください!」

 

それだけを言い残すと朝顔は地下通路に繋がるルートをとにかく駆け抜けた。逃げ惑う人人に時たま押されながらもその脚は止まることはない。

 

 

 

 

『……"頼んだぞ"、朝顔。』

「はい、ハンドラー。」

 

ハンドラーからの通信だった。一際低くするどい上官の声に必然的に奮い立つ朝顔の身体。

 

 

「((必ずやり遂げてみせる。……"この任務を"。))」

 

左右の景色が瞬く間に変化していくほどのスピード。

 

彼女の青い瞳は炯々と光を放ち、薄暗い地下へと飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

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地下に潜り込んで15分程が経過した。

広大な迷路のような道を駆け抜ける。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はあっ――」

 

 

 

そして現れる黒い影。

 

 

「グアッ!」

「ガハッ!」

 

私服姿の秘密警察の人間たちが呆気なく捩じ伏せられていく。あくまでも殺しではなく気を失わせるだけか、若しくは暫く動けなくなる程度の打撃。

それは彼女なりの優しさだったのかもしれない。諜報員でありながらも殺しはあまり好きでは無い。この場所に黄昏と夜帷がいたら話は変わってくるが、単独行動の時は指示がない限りできるだけ殺しは避けてきたのだった。

 

 

 

「((…まさか市街の地下にこんなに潜んでいたなんて……危なかった。ここで或程度片付けておかないとWISE側にも支障が――))」

 

 

やはり予測していた数とは大違いだ。秘密警察側もそれなりに警戒を強めたのだろう。参加メンバーのリストと関係ない人物の顔も確認できると更に気を引き締める。

 

 

ここで自分が倒れてしまったら……先生と先輩に多大なる迷惑を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――ッ!!!!」」

 

 

刹那、迷路のような地下通路の交差部分で鉢合わせる朝顔と秘密警察の人間。ギリギリぶつかる手前で朝顔は咄嗟に身を翻すと相手の男を軽々と掴み、その場に押し倒す。

 

 

「うわっ!!」

「((次から次へと……事前に伝えられていた数よりも圧倒的に人数が多――――))」

 

弱すぎる相手だった。脳内で考え事を出来るほどに余裕すぎる朝顔。"うわっ"なんて呑気な声を上げるなんて、どんな新人を寄越したのやら……

 

 

 

 

「……」

「くっ!……痛っ!!」

 

 

何となく聞いたことのある声。

 

 

「…………((ん?))」

「殺るならさっさと殺ってみろ!」

 

 

帽子で顔が隠れてよく見えない。というかこの男はこの状況でよくもそんな台詞が吐けるな?なんて尊敬するほどだ。

 

ふと朝顔は押し倒した相手の帽子を奪うと"まさかの人物"にキョトンと目を丸くするのだった。

 

 

被られていたキャスケットを投げ、じっと相手を見据える――

 

 

 

 

「((……まさかのユーリさんだとは。きっと急遽この任務にかり出されたのね。))」

 

 

呆れたジト目を向け、彼を見下ろす朝顔。対してバタバタと体を動かすユーリ。

 

 

「……ッぐ!イテッ!!なんだお前!」

「あまりにも隙だらけで驚いているだけです。なので本当に秘密警察の方なのか疑わしいので一発殴らせてもらいました。一般人だとマズイので。」

「はぁ!?だからって見知らぬ相手を殴るのか!お前は!!何者だ!!」

 

 

…ガチャガチャと煩い。やはりユーリに間違いない。ドッペルゲンガーでも無さそうだ。

 

 

「((地下はほとんどこれで片付いたはず。音もしない。もうこれ以上手は出さなくて十分……適当に脚でも折って動けないようにするか……))」

 

朝顔はユーリの問いかけに応じることなく淡々と行動を再開した。仰向けに倒れるユーリの体にのしかかると容赦なく彼の右足に掴みかかり、明後日の方向へと動かす。

 

 

「ちょっ!待て待て待て待て!何する気だ!」

「右足一本折らせてもらいます。」

「やめろ!今直ぐ!……あ!実は僕、秘密警察じゃ……」

「…………(グググググッ)」

「やめろ!!オイ!!!人の話を聞け!」

 

こんな事をしている場合では無い。一思いに脚にナイフでも突き刺してしまえば話は早いのだが何となくそれも気が引けてしまう。

 

そしていつも通り彼の言葉を聞き流すと脚をゆっくりと折り込んでいく。

 

 

「おいおいおいおいおい!!マジでやめろ!」

「…………」

「折れる!本当に折れる!」

「((マジで煩いこの人……))」

 

折る気さえも無くしてしまいそうだ。だがここでユーリを見逃すわけにはいかない。次の火種になる事も十分に有り得るのだから。

 

 

折れる5秒前。ユーリは苦痛に表情を歪める中、ふと彼女の胸元でユラユラと光るネックレスに視線を奪われる。

 

 

 

「((……!?この女の胸元のネックレス……それに……青い瞳―――))」

 

 

見た事のあるデザインのネックレス。ダイヤモンド特有の輝きを放ち、光を反射させていた。

 

そして――この黒髪の女の瞳。

吸い込まれるような美しい青。碧眼。

 

声は違うが……多分、きっとそうだ。

 

 

どう見ても……この女は――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"ティフィー"?」

「っ……」

 

優しい声だった。いつもの彼の声だった。

ついその名前を呼ばれるとピクリと反応を示してしまう。

 

 

「お前……ティフィ……だよな?」

「……はい?」

「絶対そうだ。……って……WISE……?」

 

この女が本当にティファニーであればWISEの人間だろう。しかしユーリは更に混乱することになる。

 

ティファニーが西国の諜報員だとは分かっていたが、まさか"WISE"なのか?となれば自分はとんでもない相手と取り引きや関係性を築いていた。ただの単独での、東国に恨みを持つ大して名もない諜報員だろうと勝手に思っていた自分も自分なのだが……。

 

 

 

「…………誰かとお間違えでは?」

「間違えるわけが無い。」

「やっぱり気が変わりました。両脚折らせてもらいます。」

「絶対お前だろ!おい!ティフィー!!!絶対にお前だ!!!イテテテテテテ!!!」

 

 

こんな意地の悪いことをわざとらしくするやつはティファニーしか居ないと改めて実感した。こんどは体をうつ伏せに寝かされ、まるで格闘技の技のようにユーリの両脚を折り込んでいく。ユーリは地面を激しく掌で何度も叩く仕草を見せるも、彼は諦めることなく声を上げ続けた。

 

 

 

「ていうか…ッ……なら…"直ぐに逃げろ"!」

「何言っ」

「地下から直ぐに逃げるんだ!じゃないと…お前――」

 

 

 

 

"お前……"の先の言葉が吐かれる前に耳を塞ぎたくなるような鋭い銃声が地下に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「っ……は……ぁ」

「!?」

 

そして同時にユーリの体が軽くなる。霞んだ苦しげな声とともに女はパタリと隣に倒れ込んだのだった。

 

 

 

コツコツとこちらに近づく足音。

ユーリは体を起こし、足音の先へと視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"せんぱーい"……何やってるんです?」

 

 

意地の悪そうな呑気な声。その男の手には銃が握られており、銃口からは煙が漏れていたのだった。

 

 

「"レノルド"……お前」

「敵さんに襲われて、何ボーーーっとしりもちついてるんですか?殺されますよ?」

 

 

ユーリは不思議と体が動かなかった。無表情でこちらに近付くレノルドを見上げ、傍らでくるしそうに蹲るティファニーに対し何も行動を起こすことができない。

 

 

「ぅ……う……っ……」

「コイツ、見たことない女だな。黒髪ボブの女はリストでも見たことは無いぞ。」

 

弾が体に貫通したのだ。そう簡単に動けるはずもない。痛みに必死に耐える彼女の体を覗き込むようにレノルドはしゃがみ込んだ。

 

 

「はっ……く……」

 

 

そんな無慈悲な男を睨みつけるように見上げるティファニー。炯々と鋭く光る碧眼にレノルドは見覚えがあった。

 

 

 

 

 

「ははっ、……そういうことか!お得意の変装って訳ね?」

 

 

レノルドの手がティファニーの顔面に降ろされ、皮膚を剥がすように掴みかかる。

 

まるでホラー映画のような光景だった。メリメリと特有の音を鳴らしながら、女の顔が剥がれていく。そして同時に雑に黒髪も思いっきり引っ張ると"彼女の本当の姿"が現れる。

 

 

乱れた長い金髪。青白い美しい肌。幼さが残る矯正された顔――

 

 

 

 

「あ……っ……ぁ……」

 

 

ユーリはその姿を目の前に喉から声にならない音を出した。そしてその表情は絶望へと変化する。

 

 

 

 

 

「はははははっ!!何でこんな所にいるのかなぁ〜〜?"ティファニーちゃん"?」

 

 

レノルドは歓喜に満ち溢れた気味の悪い笑みを浮かべ、脳天から黄色い声を絞り出すかのような高い声を出した。

 

そして長い金髪を雑に鷲掴むとユラユラと玩具を扱うように何度も揺らす。

 

しかしティファニーは表情ひとつ変えることはなかった。ただただレノルドを見上げ、睨み付ける。

 

 

 

「……ふーん?随分余裕そうだね?――あ!そっか!!防弾ベスト着てるから無傷だよね?ただの演技じゃん?」

 

よく見ると着弾したはずの体から血液が一滴たりとも落ちていない。痛みをわざとらしく感じているような荒れも演技だったのだろう。

 

 

 

「……じゃ、両脚潰しておこうかな?」

「っ!((マズイ!脚を撃たれると逃げ――))」

 

太腿辺りに突きつけられる銃口。さすがに脚には何もプロテクターさえもつけてはいない。

 

「歯、食いしばってね?」

 

嬉しそうな笑顔とともに引かれた引き金。パンパンっと軽い音が聞こえると同時に両脚が焼け付くような痛みに襲われた。

 

 

「んンっ!!!っ……ぐ……ぁ」

「うっわ〜グロイね。痛そ。」

 

ジワジワとデニムパンツに広がっていく赤黒い染み。血液特有の生臭さが漂い始めると傍らで呆気に取られていたユーリは更に絶望の淵に叩き落とされる。

 

痛みに歪む愛おしい人の顔。過去にいつも櫛を通してやっていた長い金髪は雑に男に掴まれ、薄汚れていく。

 

 

 

「へぇ〜。ていうかよく出来てる変装だなあ。声も変えれるなんてスゴすぎ。口の中になにか入れてる?」

「うっ……」

「あっ、ごめんね?熱いよね?後で指も突っ込むけど我慢してね?」

 

今度はティファニーの口内に銃口を差し込む。あまりにも残虐非道な行動にユーリも遂に耐えられなくなった。

 

「レノルド!それ以上は止めるんだ!」

「大丈夫ですよ。この場で殺すわけないじゃないですか。……ていうか先輩。必死すぎですよ?どうしたんです?」

 

刹那、レノルドの手から離れるティファニーの体。ユーリはそれをギリギリで受け止め、レノルドを鋭い目付きで見上げるのだった。

 

「あ〜、そっかぁ。……先輩、ティファニーちゃんのこと溺愛してましたもんね?でもいいでしょ?相手はWISEのスパイだったんですよ?僕、先輩が彼女に殺されなくて良かった〜って心から思ってますから!」

「……くっ……」

「良かった良かった……本当に。」

 

ゆらゆらと手元の銃を揺らし、懐へと戻すレノルド。

 

 

「先輩、直ぐに連行しましょ?"目的は果たせた"……"作戦通り"です。」

 

彼の言葉に疑問がある浮かんだティファニー。痛みに耐えながら、ふとそれを口にする。

 

 

「ぅ……作戦?」

「ごめんね〜。ハナから大臣の急襲が目的じゃ無いんだ。ブラフだよ、ブラフ。」

「ッ……!」

 

 

 

「"WISEの諜報員を誘き出す"為のブラフだよ。……でも、君は黄昏じゃあないみたいだね?変装は上手いけど立ち回りがまだまだだ。そもそも女だし。黄昏って男なんだよね?」

「…………」

「……ハハッ!大好きなユーリ先輩を前に銃を取り出して引き金を引くことが出来なかったんだからスパイ失格だね?さっさと殺せばよかったのに。だったら君は今こんなことになってないよ?」

 

"はめられた"

相手の方が二手も三手も上手だった。

 

まんまと秘密警察の策にWISEははめられたのだ。

 

 

「もしかして…君があの"朝顔"だったりする?」

「……」

「黄昏、朝顔、夜帷。僕達はこの三人を追ってるんだ。もちろん君なら教えてくれるよね?」

「……」

 

ティファニーは視線を逸らし歯を食いしばった。感覚がなくなっていく両脚は使い物にならないだろう。悔しくてたまらない。

 

 

「ほら、ユーリ先輩。この女さっさと連れていってくださいよ?直ぐに尋問しなきゃ。」

「待て、その前に手当が優先だ。尋問も何も失血で命を落としたら……」

 

ユーリがそう口にした時、レノルドはティファニーの脚の傷口をわざと強く踏み込む。感覚を失い始めていた両脚に再び激痛が走り、ティファニーは声にならない悲鳴を上げ、ユーリの腕を強く掴んだ。

 

 

「ッう!ぐ……ッ……!!!」

「レノルド!!」

「なーに甘ったれた事言ってるんです!?裏切り者に手当てなんて必要ないでしょ?」

 

レノルドの行動は残虐だ。しかし彼の言うとおりでもある。東国の敵であるWISEの諜報員を庇うのは間違いだ。きっとユーリもその相手がティファニーでなければ同じような公道を起こしていたかもしれない。

 

 

「は……ぁあっ…………はぁ……!」

「とにかく連れていくのが優先です。仲間が現れたら厄介ですよ?さすがにWISEの人間が複数現れるのは高リスクです。」

 

WISEのメンバーと繋がっていた通信機は既に破壊されていた。外部との連絡は遮断されたも同然だ。

 

するとティファニーの手元が微かに動く。一か八かの行動に出たのだった。

 

 

「っ……!!!」

「へぇ、その脚でまだ動けるんだ。」

 

ユーリの体を押し退け、隠し持っていたナイフを手に行動をおこすティファニー。目は獣のように炯々と光を放ち殺意さえも感じる。

 

「止めろ!ティフィー!」

 

ユーリの制止は届かない。

レノルドは興奮に満ち溢れた表情を見せると容易にティファニーを押さえつけ、ナイフを奪い取る。

 

「ぁ…………っ……」

 

そしてその刃はティファニーの腹部に容赦なく突き立てられた。

 

「ははっ。細っこい脇腹にナイフぶっ刺しちゃった。さすがにもう動けないよね?」

「おい!やり過ぎだ!」

「"やり過ぎ"?何言ってるんです?こんなの普通でしょ?この女は僕達を振り回し続けているWISEのスパイですよ?しかもまだ抵抗するなんて異常すぎる。」

 

気を抜けば殺される。レノルドも警戒を解いているつもりは一切なかった。

 

何度も言うがこの女はあのWISEのスパイだ。気を抜けばこちらが殺される。

 

 

「……先輩の大切な人だからって。僕、容赦しませんからね?」

「……っ!」

「ティファニー・ラドナーは善良な市民ではなかった。東国の裏切り者、宿敵WISEの諜報員……」

 

横たわるティファニーの頬を指で撫であげるレノルド。小さく震える女を見下ろすその瞳はまさに狂気に満ちていた。

 

 

「先輩も裏切られたんですよ?……ははっ、もしかして先輩も彼女と何か噛んでたとか?そんなことは無いですよね?」

「……ッボクは!」

 

「ま、別に。だとしても先輩を咎めるつもりは無いですよ。上にも報告しません。寧ろお陰でWISEの諜報員を捕らえることが出来た。隙を作ってくれたのは"ブライア少尉"のお力ですよ?感謝しかありません♪」

 

 

レノルドの手が今度はユーリに伸びる。両肩をポンポンと軽々と叩き、背後から試すような口調で言葉を放つ。

 

 

 

「――"尋問"。よろしくお願いしますね?せーんぱい?」

 

 

 

 

 

刹那、四方八方から現れる秘密警察の人間たち。

 

――ダメだ、遅かった。もうこの場から彼女を逃がすことは不可能。

 

 

 

「次は先輩のお仕事ですよ。…楽しみにしてますね?」

 

 

 

レノルドから渡された銃。それは未だに銃口から煙を立たせ、火薬の臭いが漂っていた。

 

 

血に濡れ、地面に力なく倒れる彼女。

 

美しく光を放つ碧眼はじっとユーリの姿を捉えていたのだった。

 

 

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