morning glory   作:鈴夢

28 / 38

彼女が静まる時。


silent

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

色彩(いろ)のない扉が開く。

 

 

 

右目に傷を負っている初老の男は威圧的な雰囲気を放ち、今日も目的の為にこの部屋に訪れた。

薄汚れたテーブル、向かい合わせになるように置かれたパイプ椅子。片側に腰掛ける人物の両側には秘密警察の制服を纏った男達が対象者を逃がさまいと目を見張っていた。

 

 

 

そして現れた男は書類を片手に対面側へと腰を下ろす。

 

 

 

「――"ティファニー・ラドナー"」

 

 

薄暗い尋問室に響く、男の低い声。

 

 

WISE(ワイズ) 暗号名(コードネーム)"朝顔"――」

 

 

男の視線の先には蝋のように血の気を失い、仮面に似た無表情の女がパイプ椅子に拘束され、真っ直ぐと男を見据えていた。まるで停止した機械のように動かない。青白い肌、闇に艷めく金髪、光る碧眼、淡い桃の唇――尋問室に居るどの男たちもその様子に息を飲む。恐ろしい程に冷徹、だが西洋の人形のように美しかった。

 

 

 

「出身は?」

「……」

「年齢は?」

「……」

「家族構成は?」

「……」

 

質問を投げかけても一切反応は無い。

ただただ冷たい視線が刺さるのみ。

 

 

「…今日もダンマリか。埒が明かないな。」

「中尉。この女、飲まず食わずで睡眠もとること無く3日目です。一筋縄ではいきませんね。」

「……狂ってるな。」

 

恐らく常人なら発狂しているだろう。しかし彼女は気丈さを感じるほど背筋を真っ直ぐと伸ばし、決して微動だにすることも無かった。

 

「ここからどうします?レノルド准尉は自ら尋問を申し出ていますが。彼に任せますか?」

「いいや、あいつはまだだ。今までの相手とは違いすぎる。簡単に殺されても困るからな。」

 

既に作戦の時、ティファニーは瀕死状態だった。酷い失血、刺傷、銃創。"慎重に扱え"と指示をしていたのに容赦なくレノルドは刃を向けた。

 

彼が尋問に長けた人物であるのは間違いない。しかし…例えるならレノルドは"与えられたおもちゃを直ぐに壊す子供"だ。この大掛かりな作戦で獲た大物。簡単に壊されてしまえば元も子もなくなる。

 

 

「…では"ブライア少尉"は?」

「………ユーリか。」

「はい。彼はとくに何も申し出ておりませんが"効果的かと"。」

「……効果的」

 

中尉の視線が再びティファニー向けられた。"ユーリ"の名を耳にしても動揺は見せない。しかし内心はどうだろうか?

 

「ティファニー・ラドナー。貴様はなぜユーリ・ブライアに近づいた。」

「……」

「ハニートラップに引っかかった奴は他にもいるみたいだが……やけにアイツだけにはお熱だったみたいだな。」

「……」

 

新たに得た情報に寄ると、ティファニーは他の秘密警察の人間とも関わりがあったらしい。しかしユーリとの関係性だけが異常だ。親密度も圧倒的に高いということが伺える。そこらのVIPと比べても明白だった。

 

「まあいいだろう。……おい、ユーリ(アイツ)を呼べ。」

「了解。」

「それとレノルドも呼べ。だがあくまでも主導権はユーリに握らせる。いいな?」

「はっ!!」

 

扉付近に立っていた男は直ぐに返答すると部屋から出ていく。その間 室内は再び沈黙に戻り、中尉の鋭い視線が再びティファニーを縛り付ける。

 

――この状況下でも怯まない"小娘"。

中尉にとってティファニー・ラドナーという人物はただの子供だ。数ある人間を今の今まで何度も捕らえては尋問にかけてきた。そんな経験があるからこそ分かっていた。

 

この女の本性、本当の姿。

 

人間は危機に陥る時こそ本性を表す。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

「…失礼します。」

「失礼しまーーす!」

 

 

数分後、現れたふたつの影。ユーリとレノルド。

 

対象的な2人の様子は気味が悪かった。ニコニコと呑気に満面の笑みをこぼすレノルド。心ここに在らずと言わんばかりの無表情のユーリ。ティファニーはそんな2人をじっと見据えると交互に視線を合わせた。

 

 

「急に呼び寄せて悪いな。」

 

「いえいえ!中尉の指示となればいかなる状況下でも駆けつけますよ?…ねー?先輩。」

「………」

「え〜?無視〜?先輩ヒドーイ。」

 

レノルドはのらりくらりとティファニーの横へと立つ。対してユーリは中尉に座るように指示されると対面側の席に腰を下ろした。

 

ユーリの赤い瞳が真っ直ぐと相手を捉える。凛と光る碧眼は未だ炯々としていた。

 

「((…三日三晩飲まず食わず、不眠不休。……なのにいつもと変わらない。…だが…どこか窶れたな。))」

 

微かに血が滲んだ白いTシャツにトープ色の作業着のようなパンツを纏うティファニー。まさに"捕まった"と言わんばかりの収監着のようなものだ。両脚はまともに動かないだろう。脇腹の傷も内臓までは届いていなかったのが不幸中の幸いだ。

 

 

「――ブライア少尉。尋問を。」

 

刹那、中尉の容赦ない台詞が背後から飛び込む。

 

「えー!中尉!僕は!?」

「お前はこの女が妙なことをしないか見張っておけ。」

「さすがにこの状況で馬鹿なことはしないですよー?ね〜?ティファニーちゃん?」

 

「………」

 

ケラケラと嗤うレノルドに吐き気がしそうだった。しかしユーリは表情には出さず、いつもの"ブライア少尉"として赤い瞳で相手を睨みつけた。

 

テーブルに両肘を立て口の前で手を組み、ゆっくりと話し始める。

 

 

「…ティファニー・ラドナー。只今より尋問を始める。」

「……」

 

彼女は瞬きさえもせず、静かにユーリを見据えるのみ。感情は全く読めなかった。

 

 

「出身は?」

「……」

「年齢は?」

「……」

「家族構成は?」

「……」

「組織での役割(ポジション)は?」

「……」

「夜帷、黄昏…彼らの詳細は?」

「……」

 

 

――沈黙。

どんな問い掛けにも応じる様子は無い。相手が例えユーリだとしてもそれは変わらなかった。きっとこのまま何日もこれを続けたとしても彼女は口を開かないだろう。それをユーリは分かっていた。

 

恐らく衰弱死するのを待つのみ。飲まず食わず、不眠不休で過ごせば人間は何れ死ぬ。既に3日目。普通の人間であれば記憶力の低下や極度の苛立ち。次第に落ち着きがなくなっていく。

 

しかし…目の前の女は何食わぬ顔でこちらを見据えていた。

 

自分の隣で可憐に笑っていた彼女。柔くて暖かい手、冗談交じりの生意気な言葉を口にしていた可愛らしい唇。嬉しそうにこちらを見上げる青。そんな姿が想像できないほど―――"これがWISEの諜報員"だ。

 

 

「ッ…もう一度繰り返す。出身はどこだ!」

「……」

「年齢は?家族構成は!?」

「……」

 

聞く耳を持たない相手に焦りを見せ始めるユーリ。

 

「((頼む…応えてくれ!ティフィー!!))」

 

どんなに懇願しても彼女が口を開くことは無かった。時たま卓上を叩きつけ何度も迫るも彼女は呼吸ひとつ乱さずただただユーリを見据えるだけだった。

 

 

 

 

「…はぁ…もういい。…やはりお前でも駄目か。」

「中尉…まだ…」

「やむを得ん。薬物(アレ)を使う。」

「待ってくださいもう少し時間を!ボクの尋問で口を割らなかった人間は誰ひとり――」

 

"あと少しすれば彼女は口を開く"

…だから次の手に行くのは待ってくれ、と言わんばかりの様子を見せるも中尉は冷たく言葉を返した。

 

 

「…ブライア少尉?何を言ってる。」

「さすがにあと少しすれば…彼女も疲労困憊で口を開くかと。」

「コイツを見て、そう思うのか?」

「ッ…」

「拘束して最小限の応急処置の後、三日三晩微動だにせずこの状態。動作は呼吸と瞬きのみ……そんな奴が"あと少し"すれば口を開くと思うか?」

 

図星だった。

きっと中尉の言う通りだ。間違いない。

おそらく死ぬまで口を開かない。彼女はそういう訓練を受け受けてきたのだろう。

 

「ではブライア少尉。自白を強要させる為に我々が行っている手法を3つ答えろ。」

 

「…不眠状態、絶食状態……」

「あとひとつは?」

 

中尉がユーリの耳元で呟く。2人の瞳にはティファニーがハッキリと映り込む。

 

 

「…薬物を用いた拷問です。」

 

 

自白を強要するための手法としては"不眠状態、絶食状態、拷問"この3つがベターだ。"嘘をつくためには意識が判然としている必要があり、疲労状態や脳の機能が低下した状態では正常な判断が出来ず黙秘することが困難になる"との論理から考えられたもの。

 

 

「この女に不眠絶食は一切通用しないらしい。となれば薬物使用、そして心理的自白、拷問。その方法しかない。」

「……っ」

「貴重なWISEの人間。そして"黄昏"と間違いなく関わりのある女だ。こちらもそれなりに慎重に扱ってきたが口を開かず時間だけ経過…上も我慢の限界だ。」

 

中尉は部屋の隅に待機していた仲間達に合図を送る。するとステンレストレーを手にした男が傍らの台に何かを並べ始めるとティファニーは視線を動かし"それ"が何かを確認したのだった。

 

注射器、薬瓶――彼女は医者だ。その薬が何なのか瞬時に理解する。

 

 

 

「投与しろ。」

「はい、了解です。」

 

指示に頷く男。薬品を注射器に注入し始めたその時、ティファニーが初めて動きを見せた。

 

 

「グハッ!!」

 

 

ティファニーは勢いよく椅子から立ち上がると、右隣に居た男の顎を勢いよく頭突きし、後ろ手に拘束されていた両手を柔軟な体を活かし即座に前へと移動させる。

 

「うっわ!すごいね!!まだ動けたんだ!」

 

混乱する室内の端に移動するレノルド。止めに入る仲間たちをねじ伏せるティファニーの姿を興奮気味で眺め、嬉しそうに声を上げる。

 

数日間座り続け、体もまともに動かせない状況だったはすだ。そして負傷した両脚はまともに動かせるわけが無い、しかし彼女はスパイらしく抵抗を止めない。

 

 

「おい!コイツを押さえろ!」

「……ッ!!」

 

暴れ回るティファニーを複数人で押さえつける。さすがに彼女がどれだけ強いとしても今の状況は明らかに劣勢だ。10人の秘密警察の男たちに対しティファニー1人。ねじ伏せられたとしても出入口は鍵が掛けられている。例え出られとしてもここは国家公安局内部。疲労困憊の彼女が逃げられるわけがなかった。

 

それなのに彼女は抵抗を止めない。

"その薬"を投与される訳にはいかないと。

 

 

 

「はいはい。ストーーップ!」

「ツ…ぐ……」

「まだそんなに暴れ回る元気があったなんてさ?WISEは一体どんな躾をしてきたんだろうね。…あ!舌は噛ませないよ?」

「ふっ…く、……んっ…!」

 

床に押さえつけられでも尚抵抗するティファニー。そしてレノルドは彼女の口に布を押し込みあらゆる逃走経路を絶っていく。彼女なら死ぬことも恐れていないだろう。情報を漏らす前に、彼女は自死を選ぶと予想したのだった。

 

「((…しまった…これじゃ何も出来ない!…その薬品だけは…ッ……))」

 

唸り声を上げながら必死に中尉を睨み上げる。体をジタバタと動かそうにも複数人の手に押さえつけられてしまい自由が効かない。

 

 

「さすが医者だな。この薬瓶を見て中身が何か直ぐに理解しただろう?」

「…っ……」

「"ベラドンナ"。静脈投与するとどうなるかオマエなら分かるだろう?」

 

人差し指サイズの赤い小瓶。中尉はそれをティファニーの前にチラつかせると僅かに水音が鼓膜を揺らした。

 

 

"ベラドンナ"――所謂"自白剤"というもの。

 

女性名のような名の通り"美しい女性"を意味する bella donna の読みそのままで、大昔には女性が瞳孔を拡大させるための散瞳剤として、この実の抽出物を使用したことに由来する。

 

摂取し中毒を起こすと嘔吐や散瞳、異常興奮を起こし、最悪の場合には死に至る。ベラドンナのトロパンアルカロイドの成分、ヒヨスチアミンやアトロピン――これらの物質は副交感神経を麻痺させる為自白剤として秘密警察で頻繁に使用されていた。

 

 

「折角ですし"チオペンタール"も使いましょうよ?多分普通の対応じゃ吐きませんよ?この女。」

「それは次の段階だ。まともに喋ることもできなくなったら意味が無いだろう。」

「まあ確かにそうですね〜。……でも楽しみだな〜。薬に抗うなんて不可能だし、ティファニーちゃんが白目剥いて頭おかしくなってる姿想像するだけで興奮しそうですよ、僕。」

 

 

"ね〜?先輩?"と意地悪そうに呟くと同時にユーリを見つめるレノルド。ユーリはそれに応える訳もなく、押さえつけられている彼女を静かに見下ろすだけだった。

 

 

 

 

「…ケホッ……"はな、…せ"…ッ…」

「ん?何だ?」

 

口から布を吐き出すとティファニーは言葉を吐く。中尉は傍にしゃがみこむと様子を伺った。

 

「…"離せ!"」

「フッ……ようやく口を開いたと思えば、まさか抵抗の言葉だとは。」

 

「ダメだよティファニーちゃん。ちゃんとお口に入れてないと…」

「……」

 

 

ティファニーの口にレノルドの手が近づいたその瞬間――

 

 

「んぐっ!!」

「ッ!!痛!…こンのクソ女!!」

「ぅ……ん!!」

「オイ!離せ!ッ…」

 

容赦なくレノルドの手に噛み付き離さない。噛み付くと言うより喰らいつくというのが正しいかもしれない。肉を抉るように、今までの恨みを押し付けるかのように歯を食い込ませる。

 

 

「レノルド准尉!」

「…ッ!!!クソがァ!!」

「直ぐに手当を!…皮膚が抉れて…」

 

怒りに震えるレノルドを部屋から連れ出す男たち。それでもティファニーは抵抗をやめることはなかった。

 

 

「離せ!離せェ!!」

 

「大人しくしろ!!」

「おい!早くベラドンナを!」

 

混乱する室内。

それを端で見守るユーリと中尉。

 

 

 

 

「…ッ…ティフィ。」

「…残念だったな、ブライア少尉」

 

 

慰めるかのように肩に置かれる中尉の手。

 

 

「"これがこの女の本性"。所詮"諜報員(スパイ)"。危険で獰猛な獣だ。」

 

 

 

 

「ユーリ。俺はお前のことを誰よりも信用してる。ハニートラップに引っかかったのは運が悪かった。だがお前はやる時はやる男。……局長のデスクから"黒い鎖(ブラックチェイン)"の関連書類を盗み見したことも大目に見てやる。」

「!?」

「レノルドを責めるな、アイツは正しい事をした。上官であるお前の指示に従った事…そしてそれを俺に報告したことも――」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈

┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「――ところで、その機密書類はどこにあったんだ?」

『局長室のデスクですよ。鍵付きの引き出しの中にありました。』

「……は?」

『いや〜、もうハラハラドキドキですよ?バレたら一発退場でしょうね?僕。』

「お前…そんなハイリスクな…」

『ね?有能な後輩でしょ?めっちゃ前にブラック・チェインの事を局長が話してたのを思い出したんです。書類は通常の保管庫に置いてないだろうし、勘で見つけました。』

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

かなり前にレノルドを使って調べさせた事だ。他言しないと彼は言っていたがやはり中尉には喋ったらしい。最初からレノルドは"ボクたち"の事を怪しんでいた。

 

レノルド(アイツ)は有能だ。恐ろしい程に。

 

 

「尋問をやり切れ。期限は今日含め2日――あの女から情報を聞き出すことができれば"その件"はチャラにしてやる。」

「………」

「進展がなければ尋問の主導権をお前からレノルド准尉に引き渡す。その意味は……分かっているな?」

 

 

 

――彼女は"死ぬ"。

 

 

 

 

 

 

「…頼んだぞ。ブライア少尉。」

 

 

 

男は絶望の言葉を耳に振れるように囁いた。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

――同日 18時過ぎ

フォージャー家――

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

「ロイドさん!お帰りなさい!」

「ちちきかん!!」

「ボフッ!!」

 

「…あぁ、ただいま。」

 

 

 

 

 

 

 

「ってロイドさん!びしょ濡れですよ!直ぐにタオルを!!」

「ちち!」

「ボフッ!ボフッ!!」

 

 

大雨の中を帰ってきたのだろうか。トレンチコートはぐっしょりと水分を含み色が変わっているほどだ。

どんなときもスマートで完璧なロイドからはありえない姿に2人と1匹は慌てた様子を見せる。

 

 

 

「………」

 

 

差し出されたタオルと着替え。

脱衣所で濡れた体を拭き、部屋着へと着替える。しかし様子は明らかに変だった。

 

 

 

 

 

「…ロイドさん?どうかされたのですか?」

「ちち、おなかいたい?げんきない?」

「ボフッ…」

 

リビングに戻ると心配の色を向けられる。

その状況をようやく理解し、ハッと飲み込むと得意の作り笑いを向けいつもと変わらぬ様子を演じるのだった。

 

「あ…いや……すみません。少し仕事で色々ありまして。」

「お仕事ですか?お医者様はやはり大変なのですね…」

「急患の患者がとんでもなく暴れて…その対応でクタクタです。」

「まあ!それはお疲れですよね…直ぐに晩御飯の準備を――」

 

いつもと同じ会話。

しかし人の心が読めるアーニャはハッキリとその理由を読み取っていた。

 

 

「((クソっ……どうすればいい。……ファニーの件について何も進捗が追えない。やはり秘密警察に――))」

 

「ッ!」

 

次々と飛び込んでくるロイドの心中。

それを全て読み込むと事の事態にアーニャは息を飲み、冷や汗を流した。

 

 

 

「――そういえばロイドさん。ティファニーさんには今日会っていますか?」

「え…?」

「実は明日、ティファニーさんと恒例の朝カフェ会なのですが……いつもなら数日前に電話をくれるんですけど何も無くて。」

「あ……それは…」

「もしかして緊急の出張でしょうか?ティファニーさんも最近お忙しそうでしたし――」

 

ヨルの疑問になんとか言い訳を零すロイド。

そんな2人の様子をボンドと共に見つめるアーニャ。

 

 

 

「…ボンド。」

「……ボフッ」

「おねいさん。いやなよかんがする。」

「…ボフッ…」

 

 

 

 

 

「「――!?」」

 

 

 

 

 

 

刹那、ボンドの脳裏に映る映像。

そしてそれを読み込むアーニャ。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「――ロイド・フォージャー。貴様を国家公安局へと連行する。」

 

自宅に押し入る秘密警察達。対して抵抗するロイド。

 

「待ってください!私は何も!」

「貴様の部下が全て吐いた。お前が黄昏だな。」

 

 

 

「そんな…ッ…ティファニーさんもロイドさんもスパイだったなんて!」

 

膝をつき、悲しむヨルの姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ッ…ぅう…」

 

 

「……ボクは……ボクは最低な人間だ……」

 

息絶えた金髪の女性を抱き上げ、涙する男の姿――

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「((――おねいさんがけいさつやさんにつかまってる!!ははもちちもぴんち!!おじもぴんち!!))」

 

 

「((このままだと"せかいへいわ"できなくなる!ちちのさくせんも!アーニャもぴんち!!!!))」

 

 

 

 

「……おねいさん。おじ…」

「ボフッ…」

 

 

アーニャは弱々しくボンドの背に抱きつくと必死に心を落ち着かせる。

 

何とかしなければ…このままだと全てが壊れてしまう。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

┈┈┈

 

 

 

 

 

――同日 深夜

国家公安局本部 地下施設――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

冷たい石床に転がる体。

電球切れ手前の淡い光が点滅を繰り返し、ティファニーの姿を規則悪く照らしつける。

 

ベッドも何も無い。あるのはむき出しの便座のみ。排泄だけが許された牢屋だった。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「…ぅ……」

 

ゆっくりと瞼を持ち上げる。

チカチカと視界が歪み、妙な色と光が視界に映り込むと酔ってしまいそうだった。

 

「((…薬……まだ抜けてない……わたし…なんでここに…薬の後に、尋問されて……何話して…))」

 

 

頭が回らない。

妙な浮遊感のような、ふわふわと体が目を回しているかのように歪む。

 

 

「…ッ……痛」

 

 

傷つけられた体。鞭の跡が背中に残っていた。ジクジクと鞭特有の痛みが未だに走っており、ティファニーは眉を顰める。

 

 

「((…ユーリさん。辛そうだった))」

 

 

微かに残る先程までの記憶。

拷問、尋問の最中の彼の顔が脳裏に浮かんだ。

 

悲鳴に目を細める彼。鞭を握る手が震えていた。周りの男達に指示をする声も、毅然な態度を振舞っていたがティファニーは分かっていた。

本当はやりたくない、助けたい。苦しむ彼女を何とかしたい。

 

しかしそれはティファニーが口を開かない限り無理な話だった。それは互いに理解していたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――交代だ。下がれ。」

 

 

 

刹那、聞き慣れた声が牢屋に響く。

鉄格子の先の見張りが変わるらしい。そしてその人物は――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ティフィー。」

 

 

この地下牢にいるのはユーリとティファニーのみ。

鉄格子先から自身の名を呼ぶ声が聞こえると、ゆっくりと上半身を起こした。

 

 

 

 

「…これを食べるんだ。少しは何か摂取しないとマズイ。」

「……」

「薬じゃない。キャラメルだ。食事は与える事を禁じられている。こういう物じゃないと持ち込めないんだ。」

「……要らない。」

「ならせめて水だけでも飲め。…ほら、ボクの水を」

「"要らない"。」

「ッ……」

 

力なく壁によりかかり、ユーリをじっと見つめた。威厳ある秘密警察の制服をまとったユーリ。先程までは敵を容赦なく睨みつける"ブライア少尉"の姿そのものだったが今は少し違った。

 

優しい"ユーリさん"の目をしていた。声をしていた。

 

 

「……入るぞ。」

「ッ…」

 

鉄格子の鍵を開け、中へと入るユーリ。

対してティファニーは恐れるようにゆっくりと壁をつたいながら後退した。"触るな、近づくな"と言わんばかりの態度だった。

 

 

「……すまない、…ティフィー。」

「それ以上近づかないでください。」

「水を飲め。頼む。」

「嫌です。」

「…頼むから飲んでくれ。」

「嫌です。絶対に…絶対に飲ま」

「いいから飲むんだ!!!!」

「――ッ!!」

 

 

その時、ユーリは彼女の後頭部に手を伸ばすと水の入ったコップを無理やり口元へと近づけ流し込む。

 

恐ろしかった、怖かった。

薄暗い空間に光る赤い瞳が獣のように鋭く尖る。

 

「飲め!!」

「うっ…ぐぅ……」

「飲め…飲め!」

「ゲホッ!…苦しッ…止め…」

「っ…!」

 

空になったコップが床へと転がっていく。

苦しそうにその場に倒れるティファニーをユーリは息を荒あげながら見下ろした。

 

自分でも訳が分からなくなっていた。

彼女を苦しめた自分、助けたい自分。壊れそうな感情がユーリに襲いかかり混乱していた。

 

「ごめっ……ティフィ…」

「触らないでください。…これを誰かに見られたらまずいのは貴方でしょう?」

「………」

「ね。ブライア少尉。」

 

 

壁に上半身を預け、彼を見上げた。

久しぶりに口にした水分のお陰か随分と喉が潤い、掠れていた声が元に戻る。

 

 

「…ユーリ・ブライア。生年月日は――年、●月●日。20歳。ヨル・フォージャーの弟。表向きは外務省局員。裏の顔は東国国家保安局少尉。――年に最年少で――大学に入学。飛び級で卒業後各省庁の入庁テストにて満点を記録。そして――」

「なっ…」

 

つらつらと飛び出す台詞。それは全て標的(ターゲット)のユーリの情報だった。事細かに脳内に刻まれている情報に思わず引いてしまうほどだった。

 

 

「私の正体はWISEの朝顔。…その辺の単独行動をしている諜報員なんかじゃなかったの。」

「……」

「貴方が追い続けている黄昏。私はその人物を知っている。どこで何をしているのか、何を目的としているのかも。WISEの本拠地も何もかも知ってる。あなた達秘密警察が喉から手が出る程欲しがってる情報が…私の頭の中に全部入ってる。」

「っ……」

 

彼女は微かに頬に笑みを見せた。

瞳は笑っておらず、ユーリを嘲笑うかのような小馬鹿にした笑みだった。

 

「ほら。私に優しくしている場合なんかない。どうにかしてでも情報を吐かせないとね?ブライア少尉。」

 

「……くっ……」

 

 

ユーリは蒼ざめた顔に血管が膨れ上がり、血の気の引いた唇を固く結んだ。そして両手のひらを強く握りしめ、微かに震わせる。

 

 

ユーリの脳内で再生される映像。

それは彼女との幸せな日々だった。

 

 

 

 

「……明日、ボクの尋問で何も口を開かなければ主導権はレノルドに切り替わる。」

「……」

「話すんだ。」

「……」

「全て話してくれ。頼む…」

 

 

ユーリはしゃがみ込み、居てもたってもいられなくなり彼女を優しく抱きしめた。

シャツ越しでも分かる背中の腫れ。鞭打ちにあった背中は水膨れを複数起こしており、ユーリの大きな手のひらがそれを優しく覆う。

 

 

 

「…話さない。死んでも絶対に話さない。」

「ティフィ…」

「…その前に薬の大量摂取で中毒死する可能性が高い。今日のあの量だけで意識は飛んだし、記憶がほとんど無い。あるのは体の痛みだけ。…貴方が振るった鞭の痛みだけ。」

「ッ……」

 

 

耳元で揺れる彼女の声。

それは徐々に弱々しくなっていく。

 

 

 

「…あなたはあなたの仕事を全うするの。」

「……」

「私は何があっても情報は吐かない。それが私の役目だから。」

 

ティファニーの手がユーリの頬に触れる。

青と赤の瞳がぶつかり合い、赤い瞳からは涙が一筋流れ落ちた。

 

 

 

「"ユーリさん"……もういいの。」

「ティフィー……ッ…ごめん……ごめ……」

「ありがとうございました。私はあなたに会えて幸せでした――」

 

 

ユーリの雫をティファニーの指が拭う。

 

 

「小さい頃に全てを失った。そして組織に救われてここまで生きてきた。私は組織のために命を掛けると決めてるの。」

 

 

戦争で失われた家族の命。

救い出してくれた存在――黄昏、後のWISE。

 

 

「…あなたという幸せを知って世界の色が変わった。正直、組織を抜けて普通の女の子になりたいって思ったこともある。それほどに…ユーリさんは私に幸せをくれたの。」

 

 

"少女の本音"

――普通の女の子のようにユーリのそばに居たかった。

 

 

 

 

 

「…もう十分幸せをもらいました。後悔はないです。」

 

 

綿のようなふわりとした優しい声だった。

やせ細った腕がユーリを柔く抱きしめた。

 

 

「私の最後が…あなたでよかった。」

 

 

 

静かな地下の空間に、一時の幸せな時間が流れたのだった。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※

 

いつも読んでくださりありがとうございます!

今更ながら、pixivだと各話全て表紙が違うのですがぜひ興味がある方は見ていただけると嬉しいです〜 すずめ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。