morning glory   作:鈴夢

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人差し指に

かかる命








trigger

 

 

 

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「――さん……」

 

 

愛おしい声が聞こえる――

 

 

 

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「……さん!"ユーリさんってば"!」

「ッ!?」

 

はっきりと自分の名前を呼ぶ声に再び呼び起こされる。バネに弾かれたように身を起こすとぼんやりと視界が霞んでいて夢と現実の狭間に居るようだった。

 

「…………」

「おーーい。ユーリさん?」

 

ゴシゴシと目元を擦り周辺を見回す。

左隣には金髪碧眼の女性がこちらをじっと見つめているのが分かる。

 

「んもう。やーっと起きた。」

「は……ぇ……え!?ティフィー!?」

「私ですけど?ていうか何ですかその間抜けな顔。寝ぼけてません?」

 

"はぁあああ〜"と深いため息とともに顔を逸らす女性は間違いなく"ティファニー"だった。三角座りで腰を下ろす彼女は膝に顔を埋め口をとがらせる仕草を見せる。

 

「…待て……ここは?」

「…………」

「待て待て……ボクは……何で……」

 

訳が分からない。

だって自分は彼女を尋問していたではないか。

しかし今、間違いなく彼女は隣にいるし怪我をしている様子もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛ッ……!いったあああああああぁぁぁ!!」

「散々連れ回しといてそれは無いでしょ!最低!」

 

その時、ティファニーの手がユーリの頬を強く抓った。ジンジンと痛む頬を押さえ身を後ろに引くと更に頬を膨らませ不機嫌そうに口を尖らせる彼女の姿が目に入る。

 

「((……痛い……?これは夢、じゃない……現実?))」

 

間違いなく痛みを感じた。

ということはコレは現実?

 

「もーー!ユーリさんがどうしても連れていきたい場所があるからって夜中から車に乗って"ココ"に来たんじゃないですか?」

「……"ココ"……?」

 

改めて辺りを見回した。

広大な湖が広がり、周辺には美しい花々が咲き誇っていた。

 

「……湖に……花?」

 

レジャーシートに腰を下ろす二人。周辺には人っ子ひとりおらず、自分たちだけの秘密の空間のようにも思える。

 

静寂の中の自然の音。

甘い花の香り。吹き抜ける柔い風。

 

 

「"セーリヴェ湖畔のルピナス畑"。今の時期は見頃で綺麗だからって、夜明け前に張り切ってハンドルを握っていたのは何処の誰です?」

「……あ……ボクだ。」

「…………まだ寝ぼけてます?」

 

今、バーリントンでも口コミが広まりつつある人気スポットだ。日中は人で溢れ、もともと人混みがそこまで得意でない二人にとって行ってみたいと思うもののなかなか足が進まない場所でもあった。

 

「((…過去……ここに来た記憶……その時の記憶……?))」

 

脳内に残っている記憶。

過去に彼女とこの場所に来たのだが……

 

……まあ、そんな事はどうでもいい。

"アレ"はきっと悪い夢だ。こちらが現実に違いない。

 

悪い夢を見すぎた……長かった――

 

 

 

 

「にしても綺麗だな。」

「そうですね。夜明け前の光に照らされてルピナスの花が光ってます。……いい香り……風も気持ちいい。」

「…………」

 

柔らかい風がティファニーの髪の毛を揺らす。花の香りと同時に彼女の甘い匂いが花を掠め、ユーリは無意識に彼女の横顔に視線を向けた。

 

瞼を閉じ自然を感じている彼女の姿は美しかった。

 

 

「ルピナスの花言葉、"あなたは私の安らぎ"」

「"いつも幸せ"、だろ?」

「へぇ。ユーリさんもそういう学が有るんですね?」

「うるさいぞチンチクリン。」

 

彼女は再び瞼を持ち上げると小馬鹿にするようにクスクスと笑みをこぼした。透き通るような碧眼に再び捉えられると胸が妙に高鳴る。

 

「ルピナスは薬草としても万能ですし。土地によっては牧草としても与えるんですよ?知ってました?」

「…それは知らないな。」

「へへっ。私の勝ち。」

「言っておくがお前と賢さを競いにここに来たわけじゃないからな……」

 

ユーリの右手人差し指は一点を指す。

 

 

 

「見てろ。――ほら、山の向こう。」

「あっちの方?」

「そうだ。太陽が昇る時……絶景が広がるんだ。」

 

薄暗い湖の畔。

二人はじっと山の向こう側に視線を向ける。

 

夜明けまであと少しだ。ほんのりと月の優しい明かりが薄れ、眩しい太陽が天へと昇り始める。

 

じんわりと広がっていく光。橙色、ピンク色、黄色――説明が上手くできない美しいグラデーションが空を染めていく。

 

 

 

「…綺麗……」

「……ッ…………」

 

息が止まりそうだった。

"綺麗"という言葉を漏らした彼女の声。まるで喉から精一杯感動を伝えようとしているような。この世で一番美しいものを目にした時のような瞳の輝きも。

 

綺麗な彼女の姿は例えようのない幸福感を自身にも与えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユーリさん。」

「どうした?」

「"あれ"は何?」

 

 

ティファニーは空を見上げ指を差す。

その先に見える"黒い何か"

 

 

 

「鳥……?」

「ティフィー……」

 

空は黒く染まり、先程の陽の光は消え去る。

 

「落ちてくる……」

 

"それ"を掴もうと彼女は必死に手を伸ばす。

まるで何かに取り憑かれたかのようにぼんやりと青い瞳を空へと向けたまま。

 

 

「ティフィー離れて!」

「……"トリさん"。」

「離れろ!」

 

 

 

 

 

――広がる闇。

奈落の底に突き落とされるような……

 

 

 

 

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「……ッはあっ!!!」

 

 

突然、奈落の底から湧き出たように起き上った。

 

 

「ハァ……ハァ……ッ……く……」

 

 

心音が酷く脈打ち、冷や汗が額を滑り落ちていく。肩を大きく上下させ、必死に目の前に手を伸ばしているのだが――彼女は居ない。

 

 

「((……夢………"アレ"は……夢だった……))」

 

カーテンの隙間から零れる陽の光。

そして傍らの時計に視線を向けると針は午前10時を指していた。

どうやら長く浅い睡眠だったらしい。あんなにハッキリと夢を覚えているのは珍しい事だった。

 

「……うっ……」

 

幸せな夢から一気に堕ちる。そして腹から胃液が逆流するとベッドから飛び降り洗面所へと駆け込んだ。

 

 

 

 

「ぅ……ゲホッ…………はぁ……ッ……」

 

 

コレが現実だ。

……コレが……現実――

 

 

鏡越しに自分の顔を見据えていたその時。

 

 

「……?」

 

 

微かに聴こえたのは"チャイム音"。

来客だろう。荷物を頼んだ覚えもなければ新聞も取っていないのだが……

 

「((……誰だ…))」

 

勢いよく顔に水を浴びタオルで拭き取る。少しでも顔色をマシにしなければ配達員も驚くだろう。

 

若干力が入りきっていない両脚を必死に動かし玄関へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリ!」

 

 

覗き穴を確認する余裕もなく扉を開けると目の前にはヨルの姿が。そしてその後ろには――

 

 

「姉さんにロッティ…チワワ娘も…?」

 

「おはよう、ユーリ君。」

「おはやいます!おじ!」

 

まさかの人物達の訪問だった。

そういえば電話も何もせずに何日も経っており、逆にフォージャー家にも押し掛けることもなくかなりの月日が経過していた。

 

それを心配してくれたのだろうか。

 

 

「良かった……全く連絡がつかないから心配で。」

「酷い顔色だが大丈夫かい?ユーリ君。」

「おじ……"おばけ"みたい。」

「ぁ………」

 

改めて自分の姿を玄関の姿見で確認した。

 

シャワーを浴びてなければ着替えもしていなかった。ワイシャツにスーツパンツ。髪の毛は寝癖だらけで顔色も悪い。

 

どう見ても普通じゃないのは自分で見ても明白だった。

 

 

「ちゃんとご飯は食べてる?何だか酷く窶れてるみたい。」

「ユーリ君?」

「おじ、だいじょうぶか?」

 

「………ごめん。激務が続いていてなかなか眠れなくて。着替えもせずに寝落ちしてたみたいだ。」

 

なんとか誤魔化そうとしても誤魔化しきれない。それほどにユーリは窶れ、疲れ切っていたのだった。

 

 

「確か西の大臣さんが来られてるとかでバタバタなんですよね?外交官も大変です。」

「はげちゃびんのおじさん。ずっとてれびでてる。」

「…………」

 

ヨルとアーニャは普段通りの振る舞いだ。しかしロイドだけは違う。真っ直ぐとユーリを観察するようにじっと見据えていたのだった。

 

 

 

 

「ねぇ、ユーリ。少しお邪魔していいかしら?」

「……え?」

「お仕事が大変だろうと思って、ロイドさんが作り置きのお惣菜を用意してくれてるんです。あとは駅前のパン屋さんのサンドイッチも買ってきたんだけど……一緒にお昼でもって。」

 

「アーニャのぴーなつわけてやる!」

 

ヨルの提案に微かに目を伏せるユーリ。いつもの彼であれば"誰がロッティの作ったものに手を出すか!"……なんて飛んでくるのがお決まりなのだが今日は違う。

 

ヨルやロイドに視線を合わせることもなければ何かを隠すように泳ぐ赤い瞳。

 

そして沈黙の後、ユーリは微かに口元を緩め、作り笑顔を向けるのだった。

 

 

 

「……ああ。別に構わない。シャワー浴びてくるね。」

 

「「…………」」

 

 

"ゆっくりしていってよ"、なんて彼らしくない台詞。そして元気の無い背中を向けると再びユーリは居間へと向かって歩き始めるのだった。

 

 

「ロイドさん。やはり様子が変です。ティファニーさんと何かあったとしか思えません。」

「…そうですね。」

 

ヨルとロイドも続けて部屋へと入る。

そしてアーニャもその後ろをついて行くとゴクリと息を飲むのだった。

 

 

「((おねいさんの"いばしょ"……おじのこころよんでちちにつたえないと!))」

 

 

 

 

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テーブルに並ぶサンドイッチにロイドお手製の野菜スープ。暖かい食卓を目の前にしてもユーリは相変わらず心ここに在らずだった。

 

シャワーを浴びたからか若干顔色がマシにはなったが変わらず瞳に光はない。悲しみや苦しみに暮れているような、やるせない雰囲気が漂う。

 

 

「ねえユーリ。ティファニーさんを知らない?」

「…………」

 

「ここ数日連絡が取れないんだ。病院にも出勤していなくてね。ユーリ君なら何か知ってるかと思って。」

「…………」

 

ユーリの向かいに座る二人。

問いかけに応えることなく温かい紅茶が入ったマグカップに視線を落とした。

 

「…………」

「何か……心当たりはないかい?どんな些細な事でも構わないんだが……」

 

ロイドの優しい口調と表情。

そんな柔らかい雰囲気を感じ取ったユーリはズキズキと胸を痛めていく。

 

心当たりも何も"ティファニーの状況を分かっている"。今どこにいるのか、どんな状態なのか。どんな酷い目に合わされているのかも……全て知っている。

 

 

 

 

「((……姉さんもチワワ娘もロッティも……皆ティフィーを捜している。))」

 

 

「((僕は……間違っていたのか。))」

 

 

「((彼女と"騙し合う"と契約した。……最初からあんなことをしなければ……))」

 

 

脳裏に浮かぶ彼女の笑顔。

地平線に夕陽が沈む景色を目の前にボク達は騙し合うと誓った。

 

 

そして……"ボクは彼女を――"

 

 

「((……彼女を愛してしまった自分が悪い。))」

 

マグカップを握る手に力が籠った。

もどかしい気持ちや罪悪感が一気に込み上げてくると再び吐き気がした。だがそれを必死に抑え、必死に偽り続けた。

 

「…悪いがボクは何も分からない。」

「………うん。そうか。」

 

これ以上彼を問い質しても何も収穫は無いだろう。何か知っているのは間違いない。だがここで下手をして更に畳み掛けても怪しまれるだけだ。

 

「ほ……ほら!ユーリ!スープのおかわりもありますし――」

 

ヨルの優しい言葉も今のユーリには届かない。空虚な返答を繰り返し、激務で食欲のない自分を演じ続ける。困ったような笑いも、美味しいはずのサンドイッチも味がしない。自身を無理やり偽り続け、心が壊れてしまいそうだった。

 

……ボクはこの国の平和のために、姉さんのために…

 

皆が笑って幸せに暮らせる世界のために……

 

だからこの仕事を選んだ。

これで良かった。彼女はWISEの……諜報員(スパイ)――

 

 

必死に葛藤している最中、ユーリはふとあることを思い出す。右手を部屋着のポケットに入れ、中に隠されていた鍵を指で撫でた。

 

「((……しまった。シャワーの後に書斎の鍵を掛け忘れ……まあいいか。姉さんもロッティも勝手に入らないだろうし。……だが"ティフィーの尋問書"諸々置きっぱなし――))」

 

 

シャワーの後に書斎に立ち入った時、部屋の鍵をかけ忘れた事に気づいたユーリ。しかし今更動く気力も無ければかけ忘れたことに対し"心配無いだろう"という結論を出した。

ヨルもロイドもアーニャもあと少しすれば帰るだろう。かけ忘れても大したことは無い。

 

 

しかしその考えは全て超能力者(エスパー)のアーニャに筒抜けだった。

 

 

「((――おねいさんの"じんもんしょ"!?――

 

 

 

 

――ってなに?))」

 

 

ティファニーの名前、それは彼女に対して意味深そうな内容だった。

 

「((…たぶんおねいさんのことがわかる。ここでアーニャが"しょさい"にいってじょうほうをみてもたぶんわからない。……となればちちをつれてくのがかくじつ!))」

 

どうにか"しょさい"にロイドを誘導し"じんもんしょ"とやらを見る。きっと何かあるはずなのだ。

 

 

 

 

「ちち……アーニャおなかいたくなってきた。」

「ん?急にどうした?」

「ものすごくトイレにいきたい。めっちゃ。いますぐ、」

「ひとりで行けるだろう?行ってこい。」

「ひとりでいけない。」

「は?」

 

"いきなり妙だ"、なんて心の中で呟くロイド。対してアーニャは腹部を押さえ、向かいに座るロイドをじっと睨みつけるように視線を向ける。

 

「まあ!アーニャさん大丈夫ですか!?それなら私が…」

「ははじゃなくてちちがいい。はははおじのせわをしないといけない。だからちちといく。」

 

「え、あ、うん。分かった。」

 

「((――さくせんせいこう。))」

 

ニヤリと怪しげな笑みを浮かべるアーニャ。やれやれと言わんばかりの様子でロイドはアーニャの手を引く。

 

 

「来て早々悪いねユーリ君。お手洗いを借りるよ。」

「ああ。廊下を進んで奥から三つ目の扉がトイレだ。」

「ありがとう。」

 

居間を出て扉を閉めると言われた通り廊下を突き進む二人。アーニャは腹痛と言いながらも足取りはしっかりとしておりキョロキョロと辺りを気にするように歩く。

 

"奥から三つ目の扉がトイレ"―――

しかしアーニャが目指していたのはそこでは無い。一番奥の部屋へと自然と足が赴く。

 

「アーニャ。トイレはこっちだぞ。」

「ちち!なんかあやしいへやがある!」

「おい!勝手に――」

 

他の部屋と全く同じ扉の色、形状。

しかし他と微かに違う。後付けされたような鍵が目に入るとロイドは直ぐに目の色を変えた。

 

「((……確かファニーが言っていた鍵付きの書斎。しかも鍵が開いている……ピッキングをする必要も無い。情報を手早く抜くチャンスか?))」

 

ドアノブに手をかけると鍵がかかっていない事を察したロイド。しかし今はアーニャがそばに居る。それはそれで人の家を探索するのは正直教育上よくなければ、叔父という存在が秘密警察だと知られるのも都合が良いとも思えない。

 

「…アッ、アーニャおなかいたいからトイレいてくる」

「ああ。廊下で待ってる。」

「た、たぶんじかんかかる……えっと……だから」

「待ってるから早く行ってこい。」

 

先程から不審な動きを見せるが……今は好都合かもしれない。娘の腹痛を理由に人の家を探索するのも正直気が引けるが今はそんなことを考えている場合でもない。

 

 

 

 

「((さくせんせいこう!!))」

 

アーニャはトイレに入ると一人ガッツポーズを見せるのだった。

 

 

 

 

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「ユーリ。本当に大丈夫?」

「ははっ。姉さんは本当に心配性だなあ。大丈夫だよ。」

「…………」

 

居間に残るはブライア姉弟。

ふたりは向かいあわせのまま、なんとも言えない空気感を漂わせつつ視線を向け合う。

 

そしてユーリから感じる微細な隠された本音。姉のヨルがそれに気づかないはずもなくそっと口を開いた。

 

 

「――ティファニーさんとお別れしたのですか?」

「…………」

「それともただの喧嘩?」

「…………いや……別に……大したことないよ。」

 

"きっと何かある。"

だが無理やり聞き出したとしてもユーリは何も話さない。そしてヨルもこれ以上無理やり聞き出そうとは思わなかった。

 

脳内でグルグルと様々なことを考えていたその時、ヨルの視線は居間の戸棚へと向けられる。

 

 

「――素敵な写真。」

「……」

「前は私の写真ばかりだったのに……今はティファニーさんでいっぱいです。」

 

棚に並べられた数々の写真立て。ヨルは椅子から腰を持ち上げると棚の近くへと向かい、そっと写真立てに手を伸ばした。

 

ヨルとのツーショット写真。そして同じく棚に並べられているのはティファニーとの写真。……そして隠し撮り写真……っぽいものまで並べられていた。

 

「あ!この写真!ティファニーさんのお家にもありました。ライトロンゲンの花火大会……お祭りの時のですよね?」

「……そうだね。」

 

ユーリも席を立ち、ヨルの隣へと向かう。姉が手に取った写真立てを覗き込むようにして見つめる。――懐かしい。あの時の写真だ。

 

美しい夕日を背景に映るふたりの姿。確か撮ってくれたのはロイドだった記憶。ユーリの腕を強引に引き、満面の笑みを浮かべるティファニー。そして恥ずかしそうにティファニーを横目で見つめるユーリ。

 

その時の光景をヨルはハッキリと覚えていた。

 

「……ユーリに素敵な人が出来て本当に嬉しくて。だけど最初は可愛い弟が取られちゃった気がして……実は少しだけ嫉妬しちゃいました。」

「…………」

「でもティファニーさんは本当に可愛らしくて……素敵な妹ができてとても幸せなんです。」

 

ヨルは穏やかに頬を緩ませる。

まるで自らの描く遠い夢をうっとりと見やるような、心奪われるような表情だった。

 

"ヨルさん"――彼女が自らを呼ぶ声が脳内に巡る。最愛の弟の事が"大好き"だと言うことがめいっぱい伝わってくる。彼女が弟と並んで歩く姿は姉としてとても幸せで微笑ましいものだった。

 

 

「ねぇ、ユーリ。」

「何?姉さん。」

「……何があったのか正直私は分からないし、きっとあなたは話してくれないだろうけど……。」

 

ヨルは写真立てを元に戻すと隣のユーリを見上げた。

 

 

「どうか……守ってあげてください。」

「…………ぇ……」

「ロイドさんもティファニーさんとは長いお付き合いですけど……きっとユーリにしか理解してあげられないこととか、手を差し伸べてあげられることがあるはずよ。」

 

ヨルの手はユーリの手を包み、そっと撫で上げる。

 

「私がユーリを見てきたように……ユーリはティファニーさんを見てあげるんです。」

「……ッ……」

「何があってもあなたが理解してあげて?守ってあげて?」

「……姉さ」

「ね?」

 

ヨルの赤い瞳は一切ぶれることなくユーリを捉えていた。優しい笑顔の裏に見える真剣な顔。その眼差しには知的な光さえ感じた。

 

 

 

 

 

 

 

――シンと静まる居間。

そんな空間に何かを思い出したかのように、ふとユーリは我に返ると廊下へと続く扉に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………遅いな。チワワ娘。」

 

本能か何かは分からない。危機察知能力的なものが突如ユーリに現れた。

 

「そういえばそうでした!……アーニャさん大丈夫かしら………もしかして私が今朝作ったお料理のせい!?」

「…………」

「……ユーリ?」

 

ギロりと光る鋭い瞳。

ヨルはそんなユーリの表情にほんの少しだけ恐怖に近い何かを感じた。

 

 

「ごめん姉さん。ちょっと様子を見てくる。」

「あっ……ちょっと待って!ユーリ!」

「なっ!?」

 

しかしヨルもここで引き下がるわけが無い。まだ話はあると言わんばかりに腕に掴みかかるとユーリの行く手を阻む。

 

「ロイドさんもアーニャさんも居ない今だからこそ!もう少し二人っきりでお話がしたくて……」

「え、っと……」

「ね?ユーリもロイドさん達が居るからこそ言えないこととかあるでしょ?だからもう少し――」

 

 

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「((ないす!はは!!))」

 

 

トイレで再びガッツポーズを見せるアーニャ。迫り来るユーリを察していた時、ドキドキと心臓が飛び出そうな程に緊張していたがヨルのナイスアシストによりそれは回避出来たのだった。

 

 

 

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同時刻。ロイドはユーリの書斎を満遍なくチェックし続ける。重ねられた数々のファイルや書類。正直喉から手が出る程に全ての情報に目を通したいところだが"今やるべきはティファニーに関することのみ"――

 

 

 

 

 

 

「……これは――」

 

不意に声が漏れる。

ロイドが見つけた書類は"ティファニー・ラドナーの調書"。やはり彼女は秘密警察の手に落ちていた。

 

 

 

「((ファニーの調書……尋問書か。やはり秘密警察に……。日時……使用薬物、内容を見る限りこれはかなり不味い。だが重要な場所が記されていない。どこで尋問が行われている?))」

 

更に書類を捲りあげていく。

ようやく見つけた情報にロイドの表情は更に真剣なものへと変化していった。

 

 

「((この調書……署名押印……担当者の名前……思い出せ"黄昏"。この署名をした人間の所属先――))」

 

肝心な場所がどこにも書いていない。

やはり一筋縄ではいかないらしい。

 

だが"WISEの黄昏"となればそんな事も容易い。脳内に記録されている様々な記憶を巡らせひとつの答えへと導き出す。

 

 

「((国家保安局の本部の人間の名前に違いない。……予測していたバーリント市内の秘密警察の拠点とは別の場所に居るのか!?))」

 

情報が見つからなかった場合、強行突破として別の場所へと突入する予定だった。しかしその必要はない。彼女の居場所が判明した。

 

――確実に、彼女を救える。

 

 

「……見つけたぞファニー。」

 

 

 

 

 

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――同日 午前6時過ぎ

 

 

 

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薄暗い地下――この景色を見るのは何度目だろうか?

 

ここに来て何日経った?

陽の光も月の光も浴びることなく見ることなく時間だけが過ぎ去っていく中、ティファニーの時間感覚は無くなっていた。

 

あるのは身体の痛み、怠さ、疲労。

空腹は遠に感覚を無くしていたのだった。

 

 

 

「――ティファニーちゃん!おはよう!」

「…………」

 

呑気な声と笑顔。現れたのは"兄"。

牢の鍵を手馴れた手つきで開け、床にうつ伏せで寝転ぶティファニーの傍らにしゃがみこむ。

 

「もう6日目だよ?辛うじて睡眠はとってるみたいだけど空腹は辛いでしょ?」

「…………」

「ほーら。もうさすがに動けない。そもそも足の傷もあるのに……限界だね?」

「…………」

「どう?話せそう?」

「…………」

「ねえ。本当はおしゃべり出来るんだよね?フリでしょ?」

「…………」

「黒い鎖、WISE……過酷な時間を生き抜いてきた君がたったの6日間で倒れる訳ない。薬品だってある程度耐性があるんでしょ?じゃないと普通の人間ならとっくに死んでるもん。」

 

レノルドの台詞に一切反応を見せず、ただただ静かに碧眼は男を捉えていた。この状況下で未だこの態度を取り続ける様子のティファニーにレノルドはふつふつと怒りに近い感情を漏らしていく。

 

 

「君の中で……何がそんなに奮い立たせてるの?」

「…………」

「組織の仲間?プライド?それともユーリ先輩?」

「…………」

「イカレすぎでしょ?こんな状態になってまで口を閉ざすなんて……。」

「…………」

「ねえ、教えてよ。君を奮い立たせてるものは何?」

 

くすんだ金髪を容赦なく掴む。

無理やり顔を覗き込むように髪を引き、レノルドは妹を睨みつけた。

 

 

 

「…………"全部"。」

「は?」

「全部だよ。"お兄ちゃん"。」

 

はっきりと応える妹。

そして微かに口元が持ち上がる。

 

未だティファニーは"活きていた"。

 

「ハハッ……すごい。意識ちゃんとしてるじゃん。」

「……」

「さすがだね?その執念――」

 

"はああああぁぁぁ"と盛大なため息とともにレノルドはわざとらしく笑顔を見せる。

 

そして話は"あの時のこと"に切り替わる。

 

 

「……ねえ。なんで僕を見捨てたの?」

「…………」

「"おまえ"……あの汚い街で汚い男に寄り添ってさぁ……僕の手を振り払ったよね。」

「…………」

「まるで汚いものを見るような目で………僕がどんな気持ちで……ッ……何年おまえを探していたか――」

 

 

 

 

 

 

 

レノルドの脳裏に浮かぶあの時の記憶。

 

光が絶たれ、崩れ落ちたあの時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"ごめんなさい"。」

 

「っ!?」

 

薄いガラスのように脆い声だった。

喉から絞り出したような妹のその声に驚くレノルド。

 

慌てて手を離し、その場へ立ち上がった。

 

 

「はぁ……っ……はぁ、はぁ……」

 

力なく再び倒れる妹。

まるで黒い塊が落ちてきたあの瞬間を彷彿とさせる景色だった。力なく倒れ、息絶える家族達。

 

幸せだった時の家族の笑顔が交互に脳内に投写され、まるでフラッシュバックのように光と闇の光景が次々と浮かぶ。

 

 

┈┈

 

 

"○○○!"

"○○○、早くこっちに来なさい?"

 

 

 

"――お兄ちゃん!お歌うたって?大好きな子守唄!"

 

 

┈┈

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いけど、君が妹だからって今更助けることは無いよ……」

 

レノルドはなんとか呼吸を落ち着かせ、牢の外へと戻る。

 

 

「…分かってる。じゃないとこんな事しないでしょう?寧ろ一度死にかけてるんだけど……」

 

力なく横たわったまま、声だけはハッキリとした口調でティファニーは応える。

 

 

 

「今日で終わらせる。絶対に。」

「…………」

「全部吐いて"死ぬか"……選ぶのは"君"だ。」

 

レノルドは踵を返し、扉へと手をかける。

 

 

「…………さようなら。"僕の最愛の人"。」

 

 

 

 

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――同日 午後13時

 

 

 

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「……夜帷。朝顔の居場所が分かった。」

 

街中に点在する赤い電話ボックスの中にロイドの姿。

 

「国家公安局本部。元々手に入れていた建築図を改めて確認したんだが……恐らく地下に居る可能性が一番高い。空白が多すぎる。」

 

"仕事のことで申し送り漏れていたことがある"と嘘をつきユーリの自宅から抜け出したロイド。少し離れた電話ボックスへと駆け込み、直ぐに情報共有を行う。

 

電話相手は組織内でも信頼が強い"夜帷"だった。

 

 

『……了解です。ハンドラーにも直ぐに知らせます。』

「ああ頼んだ。恐らくもう時間が無い……考えたくないが最悪の場合、既に死んでいる可能性もある。」

『行方が分からなくなって6日目。今までのヤツらの状況を鑑みて、そろそろ目処を立てる頃でしょうね。』

 

夜帷の言う通りだ。

わざわざ拉致するまで起こした相手だ。焦っていることは明白。調書を見た限り今日明日が山場だろう。

 

 

『先輩。……ちなみに調書内容は?』

「見る限りWISEについての情報は一切漏れていないようだった。だが異常な薬物利用の履歴……口を割っていないのが不思議な程にな。」

『ッ……』

「後は……"お前は知らない方がいい"。」

『…………』

 

ロイドの言葉で全て察したフィオナ。

無意識に彼女の手に力が籠っていた。

 

 

「夜帷。朝顔を助けるぞ。」

『……はい!』

 

 

 

 

 

 

 

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――彼女の様々な表情が頭から離れない。

 

 

 

 

「((このままでいいのか。))」

 

 

写真に映る彼女の頬を優しく撫でる。

 

 

 

「((……ここで何も無かったように過ごして……ボクはこの先も何食わぬ顔で生きていけるのか?))」

 

部屋に射し込む橙色の光の筋。

まるであの時の夕日の色と同じだ。

 

 

 

「((元より彼女の目的は不明確だ。だが東国を陥れるような事をするとは考えられない。……だって……ティフィーはいつも――))」

 

 

 

 

敵でもある外交員に扮した秘密警察の人間たちを優しい笑顔で診る姿。

 

孤児院の沢山の子供たちに囲まれる姿。

 

小児科の子供たちに精一杯幸せを届けようと奮闘していたクリスマスのあの日も……

 

 

アーニャに、ロイドに、ヨルに……彼女の周りを取り囲む人間たちに対して向ける優しい碧眼は――

 

 

 

 

 

"""平和を願っていた"""

 

 

 

 

 

 

 

 

「――組織がどうなろうがボクがどうなろうが今は関係ない!……ボクは……ボクがやるべき事は――」

 

 

 

 

 

平和を誰よりも愛する――彼女を守ることだ。

 

 

 

 

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――同日 午後19時過ぎ

 

 

 

 

 

 

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「……………っ…」

「ははっ……もうギブでしょ?」

 

複数の秘密警察の人間が彼女を取り囲む。

その中心で狂った笑みを零すのはレノルドだった。

 

 

"今夜で終わりだろう"

皆、口を揃えて話していた。

 

WISEの朝顔からは情報は一切掴めない。

ただただ時間と労力、そして一部の人間は精神的に病んでいくだけだった。

 

繰り返される尋問に平常心を保つことが出来るのは"この男"くらいだろう。周りの人間たちも"もうやめてくれ"という気持ちでいっぱいだった。

 

 

「よく頑張ったよ……本当に。ヨシヨシ……」

「……ぁ……」

「可哀想に……綺麗な白い肌は痣だらけだし顔もヒドイね……」

「…………」

 

 

さすがにティファニーも限界だった。

リミッターが外れるまで残り僅かだろう。というより、そろそろ死んでしまいそうだ。死期が近づくのは本人が一番分かっていた。

 

 

「辛いね?苦しいね?痛いよね?」

「…………」

「もう楽になりなよ〜。……ね?ぜーーんぶ吐けば楽に殺してあげるからさ。」

「…………」

「もしくは……だーい好きなユーリ先輩に殺してもらうってのもアリだよ?僕に首を切り落とされるよりさ、ユーリ先輩に抱きしめられながら心臓を抉り――」

 

 

 

 

 

 

 

「……"ククッ"」

 

不気味な笑い声が部屋に響く。

発信源はティファニーだった。

 

 

 

「…………アァ?」

「ふふ……は……ははっ…ははははっ……ククッ…」

「ついに壊れた?本当に。」

 

髪を掴み表情を確認した。

それは見たことの無い"狂った女"の姿。

 

 

「イカれてるのはアナタだよ。」

「は……まだ喋れんの?気持ち悪……」

「痛めつけて……弄んで……そんな下等生物がやるような事で私が堕ちるとでも?」

「は?」

 

"プツン"とレノルドの中で何かが切れる音がした。

 

どうやら兄妹揃ってリミッターが外れたらしい。

 

二人は睨み合い、不気味な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「((…自分で望んで生きてきたのに……今際の際で……後悔してる。))」

 

 

 

 

「…………((死にたくない。))」

 

 

 

ぼんやりと意識が飛んでしまいそうだ。しかし脳内には幸せな光景が微かに見える。

幻のように、まるで天国に召されるような感覚にティファニーの狂った様子は消え失せ、再び穏やかな笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっそ。もういいや。」

 

レノルドはそれを察し、冷めきった無の表情でティファニーを見下ろした。そして懐から小銃を取り出すと周りの部下たちは冷や汗を流す。

 

「レ……レノルド准尉!?」

「まさか……」

 

「もう殺すよ。ここまでだ。」

 

「ですがその前に中尉に報告を!」

「そうですよ!落ち着いてください!」

 

「退け。」

 

「ですが!」

 

食いかかってきた一人の男に銃口を向ける。

額に張り付く鉄の感覚にゴクリと息を飲めば、レノルドの狂った様子に震えが止まらない。

 

「お前もコレで貫かれたくなければさっさと出ていけ。……決めたんだよもう殺すって。」

「っ……」

「邪魔。……殺るよ。」

 

 

再びティファニーの側にしゃがみこみ小さな頭を掴んだ。屍のように転がる少女。全てを諦めたのか抵抗する様子もなく、碧眼は光を失っていく。

 

 

 

「((……終わった。……

……もう……終わ――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を手放そうとしたその瞬間。

とてつもない轟音と激しい揺れに襲われた。

 

 

 

 

「ッ!?」

「なっ、なんの音だ!?」

「地震か!?」

 

明らかに自然的な音では無い。

外部から爆弾でも投げ込まれたのだろうか。激しい音が更に続くと部屋の外からは慌てる人間たちの声と足音が次々と飛び込んでくる。

 

 

「おい!誰か確認――」

「失礼いたします!直ぐに逃げてください!何者かの爆撃で数箇所から火災が発生してます!」

 

レノルドが声を上げたその時、尋問室の扉が勢いよく開くと男が大声で状況を説明したのだった。

 

 

「……まさかWISEか。」

 

"そうとしか考えられない"

このタイミングで本部に爆発物を放るなど、普通の人間が出来るはずがない。

 

「准尉!先ずは我々が逃げるのが先です!もう放っておきましょう!」

 

次々と部屋から出ていく男たち。

しかしレノルドは全く動く素振りさえ見せず、ティファニーの髪の毛を掴んだまま落ち着いていた。

 

 

「僕はもう少し残る、お前たちは先に行け。」

 

彼に何を言っても無駄だろう。

自らの手でこの女を殺すまで、何があっても動く気配はなかった。

察した男たちは全員避難のために出ていく。爆発音は止むことなく、地下は大きく揺れていた。

 

 

 

「……お仲間が来たみたいだな?朝顔。」

「…………((……もしかして……本当に……?))」

「希望が見えた?……ん?」

「((…先生達が……本当に……ッ!?))」

 

 

 

闇の中に光が差し込む。

今際の際をさ迷っていた彼女の瞳に……

 

 

 

 

"光"が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――レノルド!!」

 

 

光の音が更に飛び込む。

 

 

「"ティフィーから離れろ"!」

 

 

現れたのは"最愛の人"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"ユーリさん"?」

 

瞳はハッキリとユーリを映していた。

部屋着姿のまま……どうやら急いでここに来たのだろう。

 

 

 

「ちょうど良かったです。待ってましたよ?せーんぱい。」

「銃を下ろせ。レノルド。」

「無観客だなんて彼女に失礼ですからね?彼女が地獄に落ちる瞬間を……」

「銃を下ろせ!レノルド!!さもなければお前を撃つ!」

 

刹那、ユーリは懐から銃を取り出すとレノルドに向けて構える。その銃口はレノルドの頭を狙っていた。

 

 

「正気ですか?僕を撃てばどうなるか分かります?」

「煩い!いいから下ろせ!」

「組織に消されますよ?」

「お前こそ上の指示を待たず証人を殺すのか?」

「だってこの女、スパイなんですよ?僕たちの平和をぶち壊すイカれた人間です。」

 

ティファニーの顬にあてがわれる銃口。硬い鉄の感覚に肩を大きく揺らした。

 

「ほら。大好きな人にさよならをして?」

「ッ!!」

「大丈夫。一瞬で死ねるよ。」

 

「やめろ……レノルド!」

 

安全装置を解除する嫌な音が響く。

 

 

「見ててくださいね?先輩。彼女から光が消える瞬間を――」

 

 

無意識にティファニーの瞳から涙が次々とこぼれ落ちる。

 

最後の最後で光を掴んだはずなのに――それは容赦なく壊されてしまう。

 

 

 

「ゆー……り、……さ……」

 

「ティフィ……ッ……ティフィ!!」

 

「いや……いやっ……ぁ!」

 

 

人差し指に命の重さが加わる。

 

 

 

 

「やめろおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぉぁあお!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

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