光を返せ
――優しい声が聞こえる。
記憶の片隅に眠っていたあの時の情景が脳裏を過ぎる。
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――銀色の明かりの下 お眠りなさい
"僕の可愛いお姫様" お眠りなさい――
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"僕の可愛いお姫様"
"どうか生きていてほしい"
"僕の唯一の光 希望 家族"
"妹に再会したら またこの歌を歌ってやろう"
"愛しい…愛しい……僕の――――"
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「はぁっ……はぁ……ッ」
静まり返る室内。
銃口からは煙が漏れ、ユーリは呼吸を乱し酷く手を震わせた。
「……ぁ…」
ティファニーの横に倒れた屍。
頭を撃ち抜かれ 鮮血がじわじわと床を濡らしていく。
光を失った"彼女と同じ碧眼"。先程まで意気揚々と狂ったように声を上げていた男が嘘のようだった。
ゆっくりと妹は傍に転がっていた銃を手に取ると大きく目を見開く。
ずっしりと感じる重み。人の命を容易く奪うことが出来る小銃。ティファニー自身も何度も手にしたことがある武器に過ぎない。……だからこそ分かる。……知ってしまった。
「あ……ぁ…っ……」
"――弾が…装填されていない"
「ッ……ティフィー!!」
刹那、ユーリは彼女の元へと駆け寄り強く体を抱きしめた。
「っ……ユーリッさ、……!」
「ごめん……本当にごめん……ッ……こうするしか――」
抱きしめられたまま、ティファニーは横目で再び屍へと視線を移した。既に息絶えた兄の姿。それは先程まで恨んでいた最悪の人間だ。……最悪で最低……実の兄――
「ユーリさ…」
「逃げよう。直に火も回って…っ」
どうやらゆっくりしている場合では無さそうだ。轟音は違う音へと変化していく。建物が倒壊するような嫌な音。同時に鼻を掠める煙の臭い。
「ティフィー!しっかり掴まって!」
「あっ……待っ……」
「もう見るな目を閉じて。何も考えなくていい。」
ユーリはティファニーを抱き抱え、出口へと走り向かう。混乱に乗じて逃げ切ればきっと助かる――ユーリは人差し指に残った引き金の感覚を引き摺りながらも彼女を救い出すことで頭がいっぱいだった。
「((ッ……お兄――))」
ティファニーは部屋から出る寸前まで独りで悲しく横たわる屍を碧眼に映し続けた。何れ彼は火に飲まれ、跡形も無くなるのだろうか。
やるせない感情。名付けようのない、形容出来ない、例えようのないこの気持ち。
そんな中、ティファニーは"生きる"という本能のまま、必死にユーリを掴む。
┈┈
「ッ……クソっ!こっちも火の手が……」
地下からなんとか這い上がった二人。
既に他の人間たちは避難したらしく、自分達以外の人影は見当たらない。
「上層階に上がって……最悪飛び降りるしか――」
上の階へ目指そうとした瞬間、上部から柱らしき物体が落下。上へ向かう階段も遮られ、まさに絶体絶命。
正面から突っ切ろうとすれば命が助かったとしても再びティファニーは捕まってしまうのがオチだろう。
「……ユーリさん……」
「あまり喋るな!煙を吸い込むだけだそ!?」
「…………――」
それでも何かを口にするティファニー。
彼女のことだ。きっと"私を置いて逃げろ"だなんて言うつもりだろう。自己犠牲に走りやすいと前から言っていた事実。きっと半ば諦めて――
「……しに……たくない。」
「!?」
「わた、し……"死にたくない"……、……たすけて。」
"死ぬ覚悟は出来ている"。その言葉を放ったのは自分自身なのに滑稽だった。あんなにも覚悟を決めていたはずなのに死にたくないと本能が叫んでいたのだ。
「ッ……」
そんな彼女の心からの声に眉を顰めるユーリ。抱き抱える力をより一層強めると覚悟を決める。
「……たす……けて……」
「死なせるものか!…絶対に……」
ユーリは即座に彼女を床に下ろし 自身のシャツを脱ぎ始めた。そして黒のインナーTシャツ一枚になると脱いだシャツでティファニーの頭部を覆い、再び抱き上げる。
「((一か八か……このまま西側の裏口を目指す。恐ろしいのは煙の量。できるだけティフィーへの影響を最小限に……ボクはとにかく駆け抜ければいい。))」
距離を考えてもリスクは高い。だが生き抜くためにはそれしかない。
「ティフィー。ボクが合図を口にしたら大きく息を吸うんだ。」
「……ユーリさん……」
「そこからはできるだけ呼吸を止めて。いいね?」
「…………ぅ」
こくりと頷く彼女に優しく笑みを向けるユーリ。そっとシャツを再び被せるとユーリは険しい顔つきへと変化させ、大きく深呼吸した。
「((ボクはどうなってもいい。火傷しようがボロボロになろうが……なんとしても彼女を助けるんだ。))」
正直計画は無い。ただただこの場所から逃げ切ることだけを目的とする。本部もこの状態だ。この大混乱ならば何とか彼女の能力さえあれば一人でも逃げ切れる。
「……いくよ、ティフィー。カウントするから1で吸って。」
「…………」
「……3……2……」
ごうごうと燃え盛る炎。
「"い"―」
その時、背後の東側方面の通路から人の気配を感じた。反対側も酷い炎の渦に巻かれているはず。しかしその中から"二人"分の足音が鼓膜を叩く。
「なっ……!」
慌てて振り向くとそこには二人の男女。
茶髪のボブカットの女。そして黒髪短髪の男。
僅かに肩を上下させ、こちらをじっと見据えた。
「はぁっ……!来い!こっちだ!」
「早く!」
二人は躊躇することなく即座に声を上げる。まるで最初からユーリとティファニーを救う予定だったと言わんばかりの立ち回りだった。
「さっさと来い!突っ立ってたら死ぬぞ!」
「その娘にはこの防火服を掛けて――」
勿論この二人を見たこともなければ知り合いですらない。二人とも特殊な装備なのか黒い上下を身につけ、その服が濡れている事も把握する。
明らかに消防関係者でもない。こんな状況に慣れているような……
「……お前ら…何者だ……?」
きっとこの異様の二人は……"朝顔"の――
「"黄昏"だ。」「"夜帷"よ。」
「!?」
あの黄昏と夜帷だ。
間違いない。この二人は彼女を救うためにここまでの事態を引き起こしたのだろう。
「彼女を救いたければ大人しく着いてこい。」
「拒否するなら貴方を容赦なくこの場で殺す。」
ユーリはゴクリと息を飲んだ。
相反する、自分が追い求め続けている黄昏が目の前にいる。
だが今はそんなことを考えている場合ではないようだ。更に火が回り始めた現在、彼らの指示に従うしかない。
……しかしそうなれば"この後間違いなく自分は彼らに殺されるだろう"。彼女をここまで追いやった張本人なのだ。WISEである彼らも秘密警察という自分を憎んでいるに違いない。
"それでもいい。彼女が救われるなら――"
「……ああ。分かった。従う。」
覚悟を決めた凛とした声だった。
防火服を覆い、ティファニーを強く抱きしめる。
心做しかほっとしている自分がいた。
自分にしがみつく彼女の体温がハッキリと生きていることを示しているようで、彼女の柔い手が必死にシャツを掴む力が……生きようとしているその力が心地よかった。
「俺が先を走る。夜帷は彼らの後ろに。」
「了解。」
「ユーリ・ブライア。お前は絶対に朝顔を離すな。そして俺の背を見失うなよ。」
「……了解だ。」
そして四人は火の渦へと飛び込んだ。
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穏やかな風が二人を包む。
「……ねぇ。"お兄ちゃん"。」
一面に広がる草原。
それはかつての故郷の景色。
目の前に立ち尽くすのは"レノルド・カーウォーディン"
自分と同じく白い服を纏い、静かにこちらを見つめていた。
「何で弾を装填していなかったの?」
「…………」
「ねえ、何で?」
「…………」
「教えてよ……お兄ちゃん。」
そして景色は大きく変化する。
美しい草原は火に呑まれ始め、兄の足元から炎が湧き出る。
「待って……待ってよ!」
「…………」
「お願い!行かないで!教えて!」
兄の元へ走っても距離が縮まらない。手を必死に伸ばしても徐々に遠くなっていく。
「あぁっ!待ってッ……待ってよ!!!」
炎に呑まれる真実。
こちらを静かに、哀しそうに見据える碧眼に必死に手を伸ばしても……もう掴めない。
「おに……ッ……お兄ちゃん!!!!!!!」
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"儚く消える 兄妹のうつつ"
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「…………」
ゆっくりと瞼を持ち上げた。
夢の中の自分は必死にもがいていたのに、現実の自分は驚くほど冷静だった。必死に手を伸ばした先に居た兄の姿。夢の中でやっと再会できた"本当の兄妹の姿だったのかもしれない。"
今更 実兄を求める自分の手
それに哀しみの笑みを向ける兄の碧眼
――最後の最後まで歪だった。不幸な兄妹――
「……ん……ティフィー?」
「……」
「……起きた?」
左手に感じる体温。それはユーリの大きな手。
柔らかな陽の光が照りつける古びた建物の気配。
「ユーリ……さん?」
「よかった……目が覚めたみたいだね。」
「ここは?」
「えっと……ボクも詳しくは分からないんだ。」
体は動かない。だが視界を動かすことは出来た。
灰色のコンクリートらしき天井。少しカビ臭く、とてもじゃないが良い場所とは言えない。
だが柔らかいベッドと暖房器具が揃っており、この場所が安全な場所であることは理解出来た。
「………私……生きてる?」
「うん。」
「…生きてる………ッう………」
少し体を動かそうとした時、体全身に激痛が走った。そういえば横腹をナイフで刺された傷もある。その他、酷い尋問の跡も。暫く薬品の効果などで麻痺していたのだろう。しかし今はそれが薄れてきたらしく、思っていたより自分が重症だということも改めて気付かされた。
「両脚と横腹の傷は予想より治りが早いみたいだよ。……跡は残ると思うけどね。」
「…………」
兄が傷つけた体。
しかし自分は生きていた。不思議な程に――
「…………とても……」
「……?」
「とても疲れました…………すごく……疲れた……」
言葉は疲れ果て、地の底から湧いたようだった。表情は憔悴しきり、浮世の苦労が陰鬱に刻まれている。
心も体も壊れかけてしまった。……というより既に壊れていた。生きてきた中で一番疲れた一週間だった。
「……」
ベッドの傍らの椅子でその様子を静かに見据えるユーリ。ぐったりとした彼女の姿に胸が締め付けられていた。静かに天井を見上げるティファニー。そしてゆっくりとユーリは口を開く。
「ティフィー……"ごめん"。」
「…………」
喉から絞り出すような必死な声。
「ボクは君を傷つけた。……そして君のお兄さんを……」
「…………」
「"殺してしまった"。」
ユーリの手元に残る感覚。黒鉄の冷たい感触、弾丸が放たれる男、命を奪った瞬間。自分が撃たなければどうなっていたか分からない。ユーリの選択は間違いではなかった。だが殺した相手はティファニーの実の兄。全く罪悪感が無いと言う訳ではなかった。
「……ユーリさんが謝ることでは……」
弾が装填されていなかった――その事実を口にするのはやめておこう。コレは誰にも言ってはならない。最後の最後……兄妹との秘密だ。
「……それより……ユー」
ティファニーが口を開いたその時、部屋の扉が開く音が聞こえるとユーリは背後へと視線を動かした。
「((……黄昏……))」
黒髪の男――黄昏は冷徹な視線を向けながらユーリへと近づく。彼の手にはティファニーの食事と思われるミルク粥が乗ったトレーともう片手には薬品や包帯が収められた箱を手にしていた。
「代われ。」
「……ッ」
「聞こえなかったのか。代われ、と。」
ユーリは椅子から直ぐに立ち上がる。
今この場所では自分の立ち位置は最底辺だ。大人しく従わなければ恐らく殺される。
「向こうの部屋に食事を用意させた。夜帷の監視の元で悪いがお前も何か食べた方がいい。」
「…………」
「心配するな、手当をするだけだ。いきなりお前に何も言わず引き離そうとはしない。」
「…………分かった。」
ユーリの赤い目に写る疑念。
なんせこの男はWISEの黄昏。何を企んでいるのか一切読取ることは出来ない。
しかし今は静かに従っておこう。
ユーリはそう心に決め、言われた通り部屋から出ていくのだった。
「……"先生"。」
「無理やり体を動かそうとしなくていい。無理をするな。」
「でも先生に……ッ」
「ほら大人しくしてろ。……少し傷を確認するからな。後で食事も摂るんだ。」
傍らのテーブルに置かれたミルク粥。
優しい匂いを吸い込んだその時、やっと自分は生きているのだという感覚を取り戻した。傍には心強い仲間たちが居る。もう恐ろしいことは無い、と。
「……っ……」
「痛むか?」
「はい。正直………かなり痛いです。」
脇腹と両脚。そして打撲や細かな傷。背中の鞭打ちの跡までロイドは器用に処置を施していく。
「薬の作用が切れてきたんだろう。今は我慢してくれ。」
「ぅっ……ぐ……ッ……」
「……ッ……((……酷い状態だ。))」
華奢な白い体に酷い傷跡。
凝視できないほどの見た目にロイドも苦しそうな反応を見せる。ガーゼはあっという間に真っ赤に染まり、化膿している傷跡からは黄色い粘り気のある液体が流れる。
生きていたのが不思議な程に 酷い有様だ。
「思ったより経過は悪くない。まだ痛むとは思うが……」
「よかったです。先生の手当のおかげです。」
「後で夜帷にも礼を言っておけよ?
「大丈夫です。…先生で大丈夫です。」
まるで娘に手を焼く父親のようだ。表情には出さないがロイドは心底ティファニー無事を喜んでいた。自身も火傷を負ったがそんなものは安いものだと胸中で呟く。
そんなことを考えながらロイドは手早く清拭の準備に取り掛かる。温いお湯に清潔なタオル。それを桶に沈め、ティファニーの体を清めていくのだった。
寝転んだまま、ロイドに背を向けていると背中に温かい感覚。傷が痛むがそれとは別に清められていく気持ちのよい感覚に微かに頬を緩めた。
そして二人の会話はあの日のことへと繋がる。
「――あれから何日経ったんです?それと本部はどうなったんですか?」
「三日だな。そして国家公安局はほぼ全焼。倒壊までいかない程度にしてやった。」
「死者は……?」
「公式発表では死人は無しだ。他にも拘留された奴はいたが全員建物外に避難したと。」
「…………」
「ん?どうした?」
「いえ……なんでもありません。」
レノルドは間違いなく死んだ。
……もしくは秘密警察に消されたのか。
元々居なかった人間として……意図して消されたのか。
真意は分からない。
「因みにユーリ・ブライアは
「捕らえた?」
「"ティファニー・ラドナー"はWISEの手によって逃走中。そして秘密警察である"ユーリ・ブライア"は云わば捕虜のような形で捕まっていると。そういうことにするつもりだ。」
……意外だった。
ユーリを相手にそこまでするとは。だがそれは一重にヨルが絡んでいるからかもしれない。ここでロイドがユーリを殺害したとして、弟の死を知ったヨルは――想像がつかないがオペレーション〈梟〉に多少なりとも影響が出るだろう。
それともティファニーの事を考えてなのか――
「……あいつはお前を救った。本来であれば彼を消す事がベターだがそのつもりは無い。命懸けでお前を助けた礼だ。」
「…………」
「それに……お前がこれ以上壊れるのを俺は見たくない。」
ティファニーはシーツを強く握りしめる。ロイドの表情は見えないがその声色は酷く優しく弱々しいものだった。ロイドの優しさに涙が零れてしまいそうだった。
きっと今回のこの件に関して、話を聞く限りの憶測に過ぎないがWISEの上層部は関わっていないだろう。黄昏と夜帷、そしてハンドラーとごく一部の関係者のみ。たった一人の諜報員のためにここまで動くとは有り得ない。今の今までWISEの人間が秘密警察によって消された事が何度かあったが救出など以ての外、そのまま放置されていたようなものなのだから。
「……ッ……」
「……ファニー……」
ロイドの手が止まる。
「……よくここまで耐えた。」
「……」
「遅くなってすまなかった……本当に……」
そして再び背中に処置を施しシャツを羽織らせる。再び視線を合わせた時、ロイドは眉を顰め哀しそうに唇を食いしばった。
「……私は……殺されるのでしょうか?」
「……ッ……」
「任務失敗。そして顔も見られています。組織は私をこのままにするつもりはないですよね?」
「……ファニ」
「先生。……そうですよね?」
ロイドの大きな手が優しくティファニーの頬を撫でる。
「それに関してはハンドラーが対応中だ。……だが…お前の言う通り上は黙っていない。それは否定できない。」
「…………」
「……ファニー。」
碧眼を捉えるロイドの真剣な眼差し。
「俺は……絶対にお前を助ける。」
手から伝わる彼女の体温。それに触れ、彼女が生きていると改めて実感できた。そしてロイドは彼女を優しく抱きしめ、苦しそうに瞼を閉じる――
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「ここは
「…………」
「朝顔は勿論のこと、既に国家保安局に顔は割れてる。そして役職を持つ貴方の命を巡って、
ティファニーが身を潜める部屋の向かいの部屋。そこには古びたテーブルと椅子が四脚。毛布や食料など最低限の物資が備えられた"正に隠れ家"。
ユーリと変装中のフィオナは向かい合わせに腰を下ろし、今の状況を再び整理していた。
国家公安局本部の混乱。世間では西国のWISEがこの事態に関わっていることが大きく報道され、より一層の東国と西国の関係が危ぶまれてしまっていたのだ。
これはオペレーション〈梟〉にも大きく弊害が起こってしまう。そして同時に"指名手配犯"として名を馳せる金髪の少女の存在――
「朝顔……ティファニー・ラドナーはバーリントン市内は愚か、東国で生きていくことは出来ないでしょうね。」
「…………」
「変装すれば何とかなるかもしれないけど、日々危険が付きまとう。……そんな窮屈な生活を彼女は望んだとしても"私"は望まないわ。」
フィオナはふと窓枠の外へと視線を向けた。レースカーテンの先に見える漁港。人々の姿。明るい陽の下で何食わぬ顔で生きている人々の姿を。
……きっと彼女はあの人間たちのように過ごすことは出来ないだろう。待っているのは永遠の陰だ。
「……これからの
「もう既に決めてるわ。」
「……」
「何?まさか貴方に"共有しろ"とでも?」
「ボクがそう言ったとしてもそのつもりは無いんだろう?」
「ええ勿論。貴方は秘密警察の立場ある人間。私たちにとって危険人物なのは間違いない。……貴方が今この場で生かされているということも感謝してほしいほどにね?」
「クッ……」
フィオナの鋭い瞳が容赦なくユーリを突き刺す。耳元で光る黒いピアスが一瞬陽の光を浴びると怪しく艶を放つ。
「……私。貴方が大嫌いです。」
「は?」
「本当だったらこの手で直ぐに殺してやりたいくらいよ。」
「…………」
当然の言葉だ。
……だって……ボクは――
「――"あの娘を傷つけた張本人"。」
「うっ!?」
その瞬間、フィオナは椅子から立ち上がるとテーブルに置かれていたフォークを手に取り、ユーリを目掛けて先端を向け押し倒す。
ユーリは派手に椅子ごと押し倒され、少しでも動けばフォークの鋭い先端が眼球に突き刺さるだろう。
「ぅっ……ぐっ……!」
「彼女の背中に鞭を打ったのは貴方ね。」
「ッ……!」
「薬品を使ったのも……部下に暴行を指示したのも少尉という立場がある貴方ね。」
同時にフィオナの左手がユーリの首を容易く締め始める。そしてそれを拒否しない苦しいユーリの表情。
「……が……ァ……」
「"ティフィー"を傷つけたのは……あの子が陽の下で明るい人生を歩めなくなったのも……貴方のせいよ!!」
メリメリと更に首に食い込むフィオナの指。右手に握られていたフォークを投げ捨て、重い拳が一発頬に落ちると更に両手で強く首を絞め始めた。
「ガハッ!」
「貴方のせいで……ッ……貴方のせいであの娘は!!!」
「((……この女の言う通りだ……ボクの……ボクのせいで……彼女は――))」
「――おい!夜帷!!何をしてるんだ!?」
「ぅっ……!」
「……ゲホッ!ゲホッ!!」
意識を手放すギリギリ手前でフィオナの手が首から離れる。タイミングよく戻ってきたロイドのお陰でなんとか体を引き離され、再び酸素を吸い込むことが出来たのだった。
「……う……ッ……う……」
「夜帷!落ち着け!」
「この男のせいで……あの娘は……ッ!」
フィオナの怒りに塗れた表情。気丈にも涙は見せなかったが、全身は小刻みに震え酷く殺意を感じた。
「何故……何故ッ……」
「夜帷!」
「この男を殺す許可を!今直ぐに!」
「落ち着け!!」
荒れ狂う"夜帷"。
必死に制止する"黄昏"。
ユーリの目の前で繰り広げられているこの光景に、彼は更に酷く嫌悪感を抱き始めた。
WISEは――黄昏は、夜帷は……たった一人の少女に対してここまでの感情を露わにしている。
所詮"
ロクデナシの糞野郎共――しかし彼らを見てそうとは思えない。
「……あの娘を………"ファニー"を…」
「ッ……」
「私たちの"光を返して"……」
フィオナは漸く落ち着きを取り戻したと思えば、その場にうつ伏せ 弱々しい声で懇願したのだった。
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