morning glory   作:鈴夢

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The down night

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

暁の爽やかな薄明。それは東の空に星々のまどろみを消し去っていく。

 

夜でも朝でもなく――"夢の続き"ではないが確かな現実とも思えない夜明けの白っぽい薄明の感覚が身体に染み渡る。

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

――ボクは彼女の手を握りしめ続けた。

 

彼女の体温。柔らかな手と滑らかな指。

手を伸ばせばすぐそばに居る彼女。

 

しかし別れは迫る。

……どうかこのまま朝日が昇らないでほしいと――

 

 

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「――よし。こっちはいつでも出られるぞー。」

 

変装姿のフランキーは一同に声をかける。

黄昏、夜帷、朝顔、ユーリ――それぞれが様々な思いを胸に抱き、この時を迎えていたのだった。

 

冷たい風と濃霧。薄闇に光る五人の姿――

 

 

「……彼女を頼んだわよ、情報屋。」

「あいよっ。しっかり目的地まで送りますとも。」

 

 

西国(向こう)の仲間との合流は?」

「予定通りいけば日が変わる前だ。合流でき次第、直ぐに連絡入れるぜ。」

 

傍らに浮かぶ古びた漁船。

仕入れたのは情報屋のフランキー。情報屋仲間のツテを使い今回の件に快く手を貸すと誓ってくれたのだ。

 

ティファニーとフランキーが向かうは"西国(ウェスタリス)"。東国(オスタニア)にはティファニーの居場所はどこにも無い。それはWISEが拠点を置く西国も似たようなものだが幾分か東国よりはマシだろう。

 

"故郷でもある西国へ戻り生きていく"

それが最善策であると黄昏達は考え、今日この日まで計画を練ってきたのだった。

 

 

「「…………」」

 

漁船を前に方を並べるユーリとティファニー。酷く寒いはずなのにそんな事さえ考えられないほど、二人は胸が締め付けられる思いを抱えていた。

 

ニット帽を深く被り、ぶ厚いウール混のダッフルコートを纏うティファニー。マフラーに顔を埋め、小さくため息を漏らす。

 

一方ユーリは白いシャツにカーディガンという薄着姿。時たま彼女を心配するように声をかけ、優しく肩を抱きとめ引き寄せる。

 

その後ろ姿を見る三人の瞳は哀しげに光るのだった。

 

"引き離される二人"

残酷だがこれが最善だ。二人が生きるために、二人を生かすためにはこの手段しか方法は無いのだ。

 

 

「……"ファニー"。」

 

静かな神経を慰撫するような黄昏の柔い声。名を呼ばれたティファニーは背後へと視線を向け"ちょっと待っててね"とユーリに言葉を放つと三人へと駆け寄った。

 

 

「そろそろ出発だ。」

「気をつけるのよ。……それとこれは私から。向こうに着くまでそばに置いておいて。」

 

黄昏と夜帷を前にこくりと頷く。傍においておけと夜帷から手渡されたのは黒色の布製のショルダーバッグ。中には小銃が入っていた。そしてティファニーの好物でもある焼き菓子が紙にくるまれた状態で入っており、夜帷の優しさを感じたのだった。

 

目の前に立つ二人の表情は"無"。ユーリも近くにいる状況で安易に感情を出す訳にもいくはずもない。

 

本当だったら二人を抱擁したかった。"先生、フィオナ先輩"といつもの様に名前を呼んで、お喋りしたい……なんて。

 

 

 

「……お二人とも本当に…本当に……ありがとうございました。」

 

二人に対しての様々な感情を押し殺したかのように弱々しい声を漏らす。いつものように元気に溢れた声色では無い。何事もないかのように気丈に振る舞いたい気持ちもあったが親愛なる二人を目の前に実行に移すことは出来なかった。

 

大好きな二人。尊敬する先輩二人。

まるで親のようにここまで一緒に過ごしてきた二人。

 

命を懸けて助けてくれた恩人でもある二人。

 

その後ろにはハンドラーやWISEの仲間たちの姿が目に浮かんだ。バーリント総合病院の人々の姿も脳裏に浮かぶと涙が溢れ出てしまいそうだった。

 

しかし泣いてはいられない。

"私も最後の最後までやるべき事を成し遂げる"

 

 

 

「おふたりに………"これ"を。」

 

コートのポケットから封筒を取り出す。黄昏はそれを受け取ると隣の夜帷が不思議そうに覗き込んだ。

 

 

「これは何?」

「手紙か?」

「まさか先輩に"ラブレ"」

 

「なわけないじゃないですか。こんな時に……」

 

夜帷は本音でそれを言っているのかわざとなのか。結局最後の最後までそれを理解することが出来なかったが……というか今はそんなことを話している場合では無い。

 

「本当は手紙も書きたかったんですけど、さすがに体力が持たなくて無理でした。でも……何とかコレだけはおふたりに"託さないと"と。」

 

「「…………」」

 

黄昏と夜帷は不思議そうに顔を見合わせる。そして黄昏が封筒の中身を取り出すと複数枚の紙が折り畳まれており、それを一枚開く。

 

 

「……住所……それと何かの暗号か?」

「複数の人名に血縁者の名前まで……」

 

紙に書かれていたのは様々な情報。ある程度綺麗にまとめられているものの殴り書きともとれる箇所もあった。それはまるで"ティファニーの脳内"そのもの。脳内に隠し持っていた情報全てを吐き出したようにもとれる代物だった。

 

「((……この住所は見た事がない。位置的にも的を絞ったことがない場所……))」

 

「((人名の殆どが何となく耳にしたことのある技術者の名前ばかり。若手の生物学者の名前まで……コレは一体――))」

 

パラパラと紙を捲り情報をある程度目にした黄昏と夜帷。それぞれの情報が点と線で繋がっていくと閃いたように目を見開き同時にティファニーへと視線を戻した。

 

「……まさか"コレ"って……」

「どうやって手に入れた!?」

「朝顔、あなた……本当に……ッ……」

 

不意打ちに合ったような驚愕の色が見える。

それ程に"コレ"は恐ろしいものだったのだ。

 

 

 

「"デズモンドが所有している核兵器、生物兵器の所在、及び関係者一覧、その他必要情報"です。」

 

淡々と口にするティファニーに驚いて声を失う二人。ありえない情報源に呆気に取られるのだった。

 

 

「製造施設の住所、使用暗号、関係者及び重要人物の名前、実験記録も書き込みました。ただあくまでも私の脳内に記憶されていたものを何とか思い出しながら書き出した迄。抜けがあったらごめんなさい。」

 

 

この紙数枚で世界が大きく変わるだろう。

そしてWISEにとってなくてはならない情報だ。

 

 

「あなた、一体どこでこれを?」

「殆どのソースは"大手軍事企業ブラックベル"です。後は私がオペレーション〈梟〉に合流して密かに集めていた情報です。」

 

「核兵器の存在まで……コレはいつどこで手に入れた?」

「それは秘密です。こっそり情報を盗んだんですよ。でもきっと先生と先輩に怒られちゃいますから言いません。」

 

僅かに持ち上がる口角。

久しぶりに見る彼女の笑みには悪魔的なものも感じてしまった。

 

 

 

西国の一、二を争うWISEの諜報員(スパイ)

 

年端のいかない少女が成し遂げたもの。

それは世界を変えるもの。

 

「――"こんなこともあろうかと"……仕事はちゃんとやるんですよ?私。」

 

黄昏がよく使う台詞をわざとらしく口にしたティファニー。快活で爽快感さえ感じるような余裕の表情。それは懐かしく思うほど愛おしかったものだと気づく。

 

 

「それと私の家の居間の本棚。上から二段目、左から三冊目の"人魚姫"の本の栞に暗号を入れてます。それも必ず役に立ちます。国家公安局に部屋を漁られていたとしてもそれに手をつけてるとは思えませんし、おそらく大丈夫です。」

 

抜かりない彼女の偉業。

 

「それを"切り札"にしてください。ハンドラーも……先生も先輩もきっと助かります。ソースもちゃんとしてますから全て本物の情報です。」

 

これがあれば"皆助かる"。

WISEの上の人間たちもこの情報があれば何も言えないだろう。黄昏と夜帷は胸を張ってWISE支部へと戻ることが出来る。何があってもこの情報を切り札にすればいいのだから。

 

 

「私の私欲でオペレーション〈梟〉が台無しになるのは望んでいません。だからせめて……せめて皆さんの力になれたら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ッう!?」

 

 

その時、黄昏と夜帷の腕がティファニーへと伸びる。夜帷が彼女を抱き締め、その上から黄昏も二人を包み込むように強く抱擁した。

 

 

 

「本当に……勝手に無茶ばかり……」

「夜帷の言う通りだ。」

 

振り絞るような切実な声。

ふたりの表情は一切見えないが声色からある程度どんな顔をしているのか理解出来る。

 

「どんなに遠くに離れていても、何があっても心は離れない。」

「皆あなたの幸せを願ってるわ。朝顔。」

 

ふたりの抱擁は目の前にいるか弱い者をかばおうとする労りであふれていた。

 

「生きるんだ。朝顔。」

「生きて。あなたは死んではいけない。」

 

その台詞の後、三人はお互いを抱きしめあった。最後のこの瞬間を慈しむように。別れを強く惜しむように腕に力を込める。

 

 

 

「……ありがとうございました。」

 

ティファニーの感謝の言葉の後に三人は身を離す。

 

そして夜帷から受け取った鞄を肩にかけ、僅かな微笑みを見せると踵を返した。

 

 

 

そして最後に向かうは――愛おしい彼のもと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"ユーリさん"」

「"ティフィー"」

 

互いに名前を呼び合う。

ユーリは彼女の金の髪に優しく指を通し、愛おしそうに撫でると頬へと手を伸ばした。そして応えるようにティファニーはその手に自身の手を添える。

 

まるで子猫のように彼の手に擦り寄り瞼を閉じ、彼の体温を直に感じるのであった。

 

 

「どうかお体を大切に。」

「それはこっちのセリフだ。」

「風邪をしょっちゅうひいていたのはどこの誰です?」「……ッ……」

「ふふ。風邪をひいたら私が作ったレシピを参考に栄養を摂ってください。強がらずには直ぐに病院にかかる事。睡眠もしっかり。お風呂にもゆっくり浸かってくださいね。」

「……うん。分かった。」

 

目の前で幼子のように微笑むティファニー。ユーリもそれにつられるように僅かに微笑んだ。

 

「アーニャちゃん達には……正直ちゃんとお別れ出来ないのは残念です。私は東国の裏切り者として知れ渡っているでしょうし。"先生"にもヨルさんにも。」

「…………」

「でも真実を伝える訳にはいきませんから。……もう会うこともないでしょうし、そこは割り切っているつもりです。」

 

まさかその"先生"が背後にいる人物だと言うことに関して。ユーリは知る由もないだろう。最後まで演じ切る"朝顔"。しかしそれ以外は本心だった。

ヨルにアーニャ、ボンド――暖かいフォージャー家の様子が脳裏に浮かぶと名残惜しそうに眉を顰めた。

 

 

「「……」」

 

見つめ合う赤と青の瞳。

するとその時、ユーリはティファニーの頭部にそっと口づける。

 

「――唇じゃなくていいんですか?」

「そっちの方が良かったか?」

「意地悪ですね。最後の最後まで。」

「別にそういう意味じゃない。賢いお前なら理由(ワケ)が分かるだろ?」

 

髪の毛や頭にする口付けは"思慕(しぼ)"を意味する。恋しく思ったり、慕うこと。大切な人を愛おしむ気持ちを表す口付け。

 

「…………意地悪ですよ。本当に。」

「………悪かったな。」

 

ティファニーはどこか物足りなさげに呟いた。だがこれが最善なのだ。彼の精一杯の想いだったのだ。

 

そんなユーリの大人な対応が今は正しいと――そばで見守る黄昏は密かに彼の行動に敬意を示す。

 

向かい合うふたりは手を握り合い、最後のこの瞬間を一秒たりとも無駄にしまいと名残惜しそうに力を込めた。

 

 

「「…………」」

 

もっと話すべきことがあるはずなのに二人の口からそれ以上の言葉は出てこなかった。ただただお互いの体温を惜しむように手を握るだけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

するとその時、傍らの船からフランキーが顔を覗かせた。

 

 

「…朝顔サン。悪いけどそろそろ船に乗ってくれ。」

「はい。」

 

別れが近づく。

ついにこの時が来てしまった。ドキドキと胸が激しく動悸づく。苦しくて苦しくてたまらない。まるで心臓を鷲掴みにされているような感覚だった。

 

もっと彼女に伝えたいことがあるのに、もっとハッキリと言葉を伝えたいのに胸から喉にかけて詰まってしまう。

 

 

「……ユーリさん。……どうかお元気で。」

「ッ……あ……」

 

 

離れる手と手。

それを最後にティファニーはユーリに背を向け船へと乗り込む。

"手を伸ばしてももう届かない"。

 

 

 

「まっ……待って……ッ……」

 

脳裏に浮かぶ彼女の姿。

 

「ぁ……あ……」

 

"ユーリさん!"と満面の笑みを零しながら駆け寄る彼女の姿が頭から離れない。

 

 

「((……行かないで……ボクを置いて行かないでくれっ……))」

 

 

あっけない別れだった。

ティファニーはこちらを見ようとせず、背を向けたまま僅かに肩を落とす。

 

 

「は……ッ……待って……」

 

気抜けしたような声だった。

まるで死神に取り憑かれたような、薬物の作用で精神が後退したような虚脱した表情のユーリ。彼は船に向けて必死に手を伸ばす。

 

 

 

「……先輩。」

「分かってる。」

 

そんなユーリに近づく黄昏と夜帷。

 

船のエンジン音と共にゆっくりと走り出す船。彼女はそれでも振り向かない。

 

 

「……ティフィ……ティフィー!!」

「ッ!!阿呆!海に落ちるぞ!」

「待って……っ……行かないで……」

「夜帷!腕を引いてくれ!」

 

船着場から離れる船。

冷静さを保っていたユーリだが"やはり無理だった"。

 

 

「……ティフィ……ッ……」

 

 

 

 

┈┈

 

 

 

 

「――ッ……」

 

 

 

彼女は振り向くことなく、ユーリの悲痛な声を遮るように両手で耳を塞いでいた。

 

 

 

「う……うぅ……」

 

声にならない苦しい声を漏らすティファニー。

それを操縦席から様子を伺うフランキーはどこか哀し気だった。

 

「…………」

「はぁ……あ……ぁあ……」

「……ファニーちゃん。」

「すみま、せッ……ん……フランキーさん。」

「……ッ……」

 

いつもは冷静に物事をとらえるフランキーでさえも彼女の涙を前に胸が締め付けられる思いだった。

 

「……泣けばいいさ。」

「ッ……」

「アイツのこと……本気で好きだったんだろ。」

「…………」

「俺は気づいてたよ。黄昏先生よりももっと早くからな。」

 

黄昏よりも早くに彼女の感情には機敏に気づいていたフランキー。

 

ユーリの事を話す表情や口調、仕草。街中で彼らを見る度に"暗躍する危険人物"だとは思えないほど、幸せそうで普通の男女にしか見えなかった。

 

 

「((こんな世の中じゃなけりゃユーリ(あいつ)もファニーちゃんも……違う結末だったかもしれねぇ。))」

 

 

ハンドルを操作する手に力がこもる。

 

 

「((若人の未来を守れなかった俺たちにも……多少なりとも責任が有る。))」

 

 

憎き東西戦争。

全ての発端は自分たち年長者に有り、若人の人生を振り回してしまった事実が有る。

 

「((だからこそ俺たちが守るんだ。……だからお前は組織を敵に回してもその選択を選んだんだよな?"黄昏サン"。))」

 

 

 

 

船は更に陸地から離れていく。

日が昇った頃には跡形もなく姿を消していた。

 

美しい青空に照りつける陽の光。

その光はそれぞれの場所でユーリとティファニーを優しく包み込んでいたのだった。

 

 

 

 

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――どうか……どうか

彼らに祝福が在らんことを――

 

 

 

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「"黄昏、夜帷"……ご苦労だったな?」

 

 

部屋に響く男の声。

男の足元には暴行を加えられたであろう女が倒れ、傍らにはスーツ姿の上層部の人間たちが佇んでいた。

 

 

 

「……ぐ………ぅ…」

「"貴様らの上官"は見ての通り虫の息だ。次は部下たちが死ぬぞ。」

 

変装姿のままその場所に姿を現すのは"黄昏と夜帷"。男たちが求めていた"朝顔"の姿が無いことに気づくとどこか不機嫌そうに眉を顰める。

 

しかしそれとは対照的に床にうつ伏せていた管理官(ハンドラー)は満足気に笑みをこぼすのだった。

 

「………ハハ………朝顔(あの子)は無事……逃げ仰せたか……?…」

 

さすが鋼鉄の淑女(フルメタルレディ)と言ったところだろう。外傷を受けながらも他者を気にかける余裕。私のことなど心配するなと言わんばかりの声色だった。

 

 

「……はいハンドラー。彼女は無事逃げ仰せました。」

 

夜帷は静かに頷くとそう応える。

その言葉により一層の笑みをハンドラーは零した。

 

「……フッ………よかった……本当に……

――うっ!?」

 

刹那、男の蹴りがハンドラーの腹部刺さるように命中した。苦痛に顔を歪める上官を前にしても黄昏と夜帷は表情を変えることなく必死に耐える。

 

「やはり貴様らが朝顔を意図して逃がしたな?」

「くっ……ぐ……」

「おい!聞いたよな?こいつらが全員で組織を裏切った事実を!!」

 

男は周りのスーツの男たちに声を荒らげる。それを目の前に絶望するWISEの仲間たちは力なくその場に座り込んでしまうほどに最悪な状況だった。

 

朝顔を逃がしたことによる裏切り行為。

それは全員の死を意味する。

 

 

 

 

 

 

"それなりの対価が無い限り――"

 

 

 

「夜帷」

「はい。」

 

二人は顔を見合わせることも無くただ声を掛け合う。すると二人はそれぞれジャケットの胸ポケットから"折り畳まれた紙"を取り出す。そしてそれを開き、相手に見せつけるように掲げたのだった。

 

 

 

「……私たちの手元に有るこの"紙"。」

「コレには"東西の未来がかかった情報が全て有る"。」

 

淡々と、威厳ある口調で二人は男たちに迫る。

 

「ん?何だ?ソレは。」

「我々が長年追ってきたデズモンドに関わる全ての内容です。」

 

「……何だと?」

「朝顔が身を呈して独自で入手した情報だ。」

 

二人が手にしている紙。確かに目を凝らして見ても"そのような内容"が記されているということが理解出来る。

 

男たちはお互いを見合わせ、リーダー格の男が再び口を開く。

 

 

「そうか。……ならばさっさと寄越―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、黄昏と夜帷の手元で燃える紙切れ。

二人はマッチに火をつけ、わざと意図して燃やし始めた。

 

 

「なっ!?貴様ら何をする!?」

「核兵器……?所在!?」

「ダメです!全部燃えて……!」

「水だ!水をかけろ!!」

 

二人の足元で焼け焦げていく紙。男たちは慌ててそれを手に取るも全容を見ることは出来なかったが所々の箇所を目にしたところ"本当にこの紙切れがヤバいもの"だと理解したのだった。

 

 

「これが朝顔が残した全てだ。」

「彼女が身を呈して私たちに託した希望。」

「この情報が有れば世界は変わる。」

「私たちWISEの求めている全てが……"ココ"に有る。」

「そうだ。俺達はそれを全て"ココ"に叩き込んだ。」

 

彼らが口にする"ココ"。

その度に二人は自身の頭を指さしていた。膨大な情報量を"ココ"に隠したという。常人なら有り得ない。数字の羅列、記されていた人物達のフルネームに生年月日、その血縁者の名前から血液型まで――

 

 

"それは全て黄昏と夜帷の脳内にコピーされていた"

 

 

 

「……貴様ら……さっきから何を言って」

 

「俺たちを消せば取り返しのつかないことになる。」

「直ぐにハンドラー達を解放しなさい。ほかの諜報員、事務員を含め全ての仲間たちを。……さもなければ――」

 

互いの頭に銃口を突きつけ合う。

 

「俺達も」「私達も」

 

安全装置が解除される不気味な音。

そして目の前の光景にその場にいる人間たちは息を飲む。

 

 

 

「「消える」」

 

「なっ……!!!!」

 

正に取り引きだった。

ここで仲間を解放しなければ(情報)もろとも全て消す、と。

諜報員らしい残酷な取り引きだった。

 

 

「…………」

 

部屋の中にはシリアスな空気が漂っていた。

しかし、黄昏をはじめ夜帷、他仲間たちの表情に光が差し込む。"あの子"が残した希望だ。

 

ハンドラーはうつ伏せたまま口角を持ち上げ、嬉しそうに可笑しそうに笑みを零した。

 

 

「((やはり朝顔(お前)))は……最高の諜報員(スパイ)」だよ。

 

 

 

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「……はぁ……はぁ……」

 

錆びた港を抜け、人気の無い倉庫街を抜け。

 

「う……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

ボクは元の居場所へと戻った。

 

厳戒態勢が敷かれたバーリントンの街。

警察や国家公安局(秘密警察)の人間たちがそこら中に姿を現していた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

「中尉!!ブライア少尉が!!」

 

極寒の中、薄着姿でその場に膝を着くユーリ。それを見つけた秘密警察の部下達。そして彼を探していた中尉が慌てた様子で駆け寄った。

 

「ユーリ!」

 

力なく項垂れるユーリの肩を何度も揺さぶる。しかし応答は無い。ここまで"逃走"してきたであろう姿はボロボロで中尉は直ぐに状況を理解した。

 

「怪我を負ってます!直ぐに処置を!」

「そうだな。救護班に連絡を。とにかく医務官に……」

 

刹那、ユーリの右手が中尉の腕を掴む。

その手は力強く、微かに震えていた。

 

「ん?どうしたユー…」

「手当は必要有りません。……直ぐに"局長に会わせてください"」

「何?」

「……お願いします。」

「…………」

 

 

目は、少しの悪意もなく懸命に哀訴する。

 

「中尉――」

 

 

懇願する赤。

燃えるように熱を帯びる瞳。

 

ユーリの脳裏に"黄昏と夜帷"との会話が蘇った。

 

 

 

 

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彼女が乗船した船の姿が消えた後――

 

 

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「ぐっ……!」

 

 

ティファニーが姿を消した。

ユーリはその現実を暫く受け止めきれず、混乱した。見兼ねた黄昏と夜帷はそんなユーリに対し、容赦なく迫ったのだった。

 

「いつまでそのままでいるつもり?」

「……ッ……」

 

夜帷に一発殴られた後、ユーリは鼻から滴り落ちる血を手の甲で拭った。多少乱暴かもしれないが"これくらいが丁度いいだろう"。黄昏もユーリを冷たい目線で見下ろすと胸ポケットから銃を取り出した。

 

 

「"そのまま歩け。振り向くな"」

 

突き放すような冷酷な声だった。

ユーリはようやく現実を受け入れ始めたのかゆっくりと立ち上がる。シャツに落ちる血液がジワジワと滲み、まるで大怪我を負ったようにも見える。

 

「…………」

 

ユーリは例えようのない感情を堪えながら彼らに背を向けた。その背中は腑に落ちないと言わんばかりの思いを感じさせる空気を纏い、黄昏と夜帷はその姿を真っ直ぐ見据えると彼に向けて語り始めた。

 

「俺たちWISEは東西平和のために暗躍をしている。」

「弱きを助け強きを挫く。……正しさを私たちは日々追い求めているわ。」

 

ピタリと止まる足。

しかし彼は振り向かない。

 

「……決してお前たちと殺し合いをしたい訳じゃあない。」

「アナタと求めているものは同じ。」

「その為に俺たちは存在する。」

 

 

二人の気配が遠ざかる気がした。

反射的にユーリは背後へと視線を向けると眩しい朝日が容赦なく赤い瞳へと照りつけた。

 

 

 

 

 

「――ユーリ・ブライア。後は頼んだぞ。」

「ッ……!」

 

 

多分、……彼らは顔の変装を破り、足元へと棄てた。

 

しかし肝心な顔は陽の光の逆光のせいで全く見えない。

 

 

だが何となくだが……

 

 

 

 

 

「((……笑った?))」

 

 

微かに彼等が笑みをこぼしていた気がした。

 

それは朝顔を無事逃がすことが出来た喜びなのか。ほっと安堵したからなのか。理由は分からない。

 

だがこれで分かった。

 

彼らも正しさを求めている人間だったと。

この陽の光のようにこの世界に新たな希望を与える――

 

 

 

 

"同じ人間なのだと"

 

 

 

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ユーリは神妙な面持ちで顔色ひとつ変えることなく目的地へと向かう。国家保安局本部――半壊した建物は痛々しく遺されており、その近くに佇む仮設された拠点へとたどり着いた。

 

ふとあの場所へと視線を向ける。

焼け跡や瓦礫が積み重なった元本部。

"あの子の実兄が眠っているであろう場所"

 

 

 

――レノルドの最期の表情が忘れられなかった。

まるでそれは亡霊のように付きまとう。

 

 

 

「((……レノルド。ボクはお前を許さない。……"だが"――))」

 

 

 

 

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「ユーリ君〜、無事で良かったよ。」

「……はい。」

 

壁に取り付けられた秘密警察〈SSS〉の特徴的な紋章が記された旗を背に、局長の姿があった。

以前と変わらず 仮設された部屋の奥に置かれたデスク。呑気に薄笑いを浮かべデスクに肘をつき、サングラスの奥に隠された瞳が真っ直ぐとユーリを見つめた。

 

 

「とにかく今は休息を取りなさい。復帰は……」

「"ボクは貴方の秘密を知ってしまった"。」

 

矢を射るようなスピードで局長の言葉に被せるユーリの台詞。

 

「…………なんの事かな?ユーリ君。」

 

声色は変わらない。

しかし微細な妙な反応を見せる局長の様子をユーリは見逃さなかった。

 

 

 

「西国の人間……"レノルド(少年)"について。」

「…………」

「貴方は汚い人間だ。ゴミクズだ。反吐が出る。」

「……あ〜。レノルド()ね〜。」

「ッ!」

「"だって可愛いじゃん、レノルド君。子猫みたいで"。」

 

その言葉には既視感があった。

ユーリ自身も似たような発言を受けたことがある。

 

しかし自分とは明らかに向けられている視線が違う。レノルドとユーリとでは全く違う"欲"を感じた。

 

「残念だよ。彼は死んだ。」

「…………」

「焼死体が出てきてね。殆ど焼かれて死因も何もハッキリとしたものは見つかってないが……頭に銃創らしきものがあったよ。」

「…………」

「"誰が殺したか"……WISEか――」

 

局長の声色がドスの効いた低いものに変化する。

 

「もしくは"別の誰か"。」

「…………」

 

 

瓦礫から見つかった一人の焼死体。

唯一残っていた遺品から間違いなく死体はレノルドだと本部は把握していた。

 

しかしそれは局長にとって好都合だった。というより"どうでもよかった"。

秘密を共有していた危険分子(レノルド)がこの世から消えたのだ。今まで駒として良い働きを見せてくれていたレノルド。しかし"いつ自分に牙を剥くかは分からない"。

 

興味本位で引き入れた西国の少年。彼は魅力的だった。しかし危険だった。だからこそ局長は彼の死について"どうでもよかった"のだ。

 

「…………」

「…………」

 

目の前にいる赤い目の"犬のような"青年。

さて、秘密を知った彼はどう動くか。

 

 

「――今ボクがその秘密を公にしたとして誰一人信用しないだろう。その前に……きっと貴方に消される。」

「…………」

「別に局長である貴方を陥れようとも思わない。……だけど、ボクはやらなければならない事がある。」

 

彼女の為に、彼女との約束。

黄昏と夜帷の言葉。

"あの子を守ってあげられるのはあなたしかいない"と口にした実姉の言葉。

 

 

「ボクは東国の人間……国家保安局の人間でもある。この国の人々を守るため、姉さんの為にと今まで働きかけてきた。」

 

"国家保安局"

"秘密警察"

そんなボクにしか出来ない事がある。

 

 

「今更辞める気もない、仕事を放棄するつもりもありません。貴方をこの場で殺して、混乱を生み出すつもりもありません。」

 

ユーリは訴えるような目付きと声を上げ続ける。

 

 

「だけどボクは……この世界を、歪んだこの世界を変えたい。正しい方法で誰も悲しい思いをすることなく。」

 

 

 

その時、ユーリはポケットから褪せた封筒を取り出し、局長のデスクへと近づくとそっと卓上に置いた。

 

中にあるのはユーリが取りまとめた様々な情報だった。一部はティファニーからの物もあり、局長は目を細める。

 

「ボクを消すのはやめた方がいい。……賢くて可愛くて、従順な犬みたいな子がご所望でしょう?局長……」

 

「…………」

 

「ボクはいつか貴方のポストに着く。その時はこの世界が大きく変わった時……」

 

 

諦めたように悔しげに俯き、芝居がかった様子を見せる局長。

 

 

「騙し合いましょう。"局長"。」

 

 

彼女(ティファニー)があの時放ったような口調と声色。

それは天使のような悪魔のような、美しく身震いするような妖艶なものだった。

 

 

 

 

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時は廻る

 

四季は移り変わる

 

陽が昇り 陽が落ち

 

月が現れ 満ちていく

 

 

 

 

 

 

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東を見つめる少女

 

西を目指す青年

 

 

 

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――貴方が笑っていますように

 

また君に会うために――

 

 

 

 

――左胸の鼓動を感じて

 

生きている 生きていく――

 

 

 

 

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"ボクはあの子を探し続ける"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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