morning glory   作:鈴夢

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Dearest

 

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――銀を流すような音が、四辺(あたり)に澄みわたる。

 

美しい教会の鐘の音色

それは正午の知らせ――

 

 

 

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教会の扉を開け彼女は空を見上げた。使い古された麦わら帽子の隙間から青い空と陽の光が見えると反射的に目を細める。

 

暖かい春の日差し。風に乗って流れる花の香り。蝶は舞い、小鳥が鳴く。

 

平凡で平和な愛すべきこの世界。

 

 

「…………」

 

 

山葡萄の(つる)で編まれた籠鞄を片手に彼女は歩き始めた。亜麻色のリネン素材のワンピースはゆらゆらと歩く度に揺れ動き、それに合わせ三つ編みに束ねられた長い金髪も踊るように揺れる。

 

"澄んだ青い瞳"

それは間違いなく生きていた――

 

 

 

『――"◯◯先生"!』

『先生ー!!』

 

 

 

"彼女"を呼ぶ声。

忙しない足音の数々。

微笑みを浮かべる人々。

 

 

"彼女"は応えるように笑みを向け、手を大きく振るった。

 

 

 

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"儚い恋"

"情熱的な愛"

"安らぎに満ちた"

"気品ある静寂"

"あふれる喜び、固い絆"

 

 

――夜明けを待ち、朝の輝きのように光を放つ彼女。

 

苦難を乗り越え、前進する彼女。――

 

 

誰しもがそんな彼女を"美しい花(アサガオ)"のようだと例えた。

 

 

 

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"morning glory"

――Dearest

 

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――同時刻

西国首都 リリベリア 街市場にて――

 

 

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大勢の人々が行き交う市場。

そこで大男の声が轟いた。

 

 

「――まさかアンタ!!"先生"に付きまとうストーカー!!!!」

「……はっ!?えっ!えっ!?違う!」

 

"彼女"の名前を口にしたその時、ガタイのいい花屋の店主はとんでもない剣幕でユーリに向けて更に近づく。対してユーリは慌てて後退し"何か見たことあるぞこの光景――"なんて、過去にバーリント総合病院の受付の女性たちに声をあげられたことを思い出した。

 

 

「いいや!!違わねぇな!!どいつもこいつも面の良い胡散臭い野郎どもが先生に付き纏いやがって!」

「待て待て待て待て!違う!本当に違うんだ!!」

「ストーカーはみーーんなそう言うんだよ!!」

「だ、か、ら!ボクはストーカーじゃない!!」

「じゃあ何なんだよ!!アァん!?」

 

次の瞬間、思いっきりシャツの襟を掴まれさすがのユーリも身構えた。相手を押さえつけることも出来るがここは西国(ウェスタリス)。外交官でもある自分がここで騒ぎを起こせば国際問題に発展しかねない。

 

……だが"諦める訳にもいかない"。

男の様子を見る限り、必ず何か知っているはずだ。

 

ユーリは覚悟を決めたように歯を食いしばり口を開く。

 

 

「……ボクはっ……彼女の――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"エドおじさん"?」

 

 

刹那、細く可愛らしい女性の声が花屋のテントに響く。澄んだ硝子のような透明感のあるその声に――ユーリは既視感があった。

 

 

 

「…ッ!?…君は――」

 

 

"あの時"の面影が僅かに残っていた。

 

しかし荒んだ少女の姿は払拭され、当時長かった髪の毛はバッサリと肩の辺りで切り揃えられており矯正された美しい顔がハッキリと見える。

 

 

金髪、碧眼

バゲットを片手に白地の丸襟のブラウスに黒いスカートを纏った彼女は――

 

 

「――"レイラ・オア"…さん?」

 

 

十数年前、東国の港町にて。

かつてユーリが彼女と共に訪れた"レーゲンボーゲン孤児院"に居た少女だったのだ。

 

 

偶然すぎる再会に二人は見つめ合うと呆気に取られた様子。そしてそれを不思議そうに見据える花屋の店主"エドおじさん"。一体何が起こっているんだ?と言わんばかりに二人を何度も交互に見ると漸く状況を理解し口を開いた。

 

 

「なんだ?レイラちゃん知り合いなのか?」

「…………うーん……」

 

エドの問いかけに首を傾げながらゆっくりと二人に近づくレイラ。そして襟を掴まれたままのユーリをじっと見つめ直すと微かに口元に弧を描いた。

 

 

 

「おじさん、間違いないよ。その人は私の知り合いだね。」

「…………マジか……」

 

その言葉を皮切りにエドの様子が一変した。謝罪とともにユーリから手を離すと申し訳なさそうに何度も頭を下げる。

 

 

「悪かった……まさかレイラちゃんの知り合いだとは。……んなら!"先生"とも悪い関係じゃあ無いだろうしな!」

 

「…ハハッ……ハハハ((……助かった……本当に……))」

 

先程までの恐ろしい形相はどこへやら。再び陽気な花屋の店主へと様子が変わると呆気に取られたように苦笑いを零していた。

 

疑いは晴れた。運がいい。

……そんなことを考えていた時、レイラは真っ直ぐとユーリに言葉を放った。

 

 

「"ユーリ・ブライアさん"」

 

 

ハッキリと彼の名前を呼ぶ。

一切の曇りなく、凛とした声色。

 

 

 

「"先生"に……会いに来たんですよね?」

 

 

レイラから穏やかな笑顔は消え、自分の心の奥底を覗き込むような神妙な顔つきへと変化した。

 

 

「……ああ。そうだよ。」

 

 

そしてユーリもそれに応えるように頷くと、同じく真剣な眼差しで彼女を見つめたのだった。

 

 

 

 

 

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街を抜け、気持ちの良い風が吹き抜ける丘を登る二人。先に行けば行くほど景色は田舎らしい農村へと変化していく。

 

野に畑。

林檎の木や色鮮やかなベリーや野菜の畑も目につく。

 

子供の声、陽気な女性たちの笑い声。休日の昼から酒を嗜み 陽気に歌う男達。

 

木造住宅も立ち並び、人々は皆 幸せそうに微笑んでいた。何十年も前、戦争によって人々の血が流れていた土地とは到底思えないほどの景色が広がっていたのだった。

 

「((改めて考えさせられる。

……西国は素晴らしい国だと――))」

 

ユーリが幼かった頃。未だに戦争の名残が有った。国と国の喧嘩。西国は"こういう国"なんだと、否定的な言葉を放つ大人が沢山居た。

 

幸いにも自分の姉は周りの歪んだ意見や声に翻弄されない人だった。だからこそ自分は平和を求めていたのかもしれない。姉のために――ボクは国を守ると。

 

そして"彼女"のために――ボクはこの世界を大きく変えたいと思えたんだ。

 

 

「……ところでレイラさん。」

「何?」

 

隣を歩くレイラにふと気になっていたことを今更問いかける。

 

 

「なんでボクはストーカーだと疑われたんだ?」

 

エドの様子を見る限り食いつき方が異常だった。彼女の名前を口にした途端、彼は目の色を変え掴みかかってきたのだから。

 

"胡散臭い面の良い男"

"ストーカー"

多少言葉選びに引っかかるものはあるがアレは何だったのかと。

 

「……"日常茶飯事"なんです。」

「はぁ!?」

「先生。いつも胡散臭い男の人たちに絡まれて迷惑してるんですよ。街の人も見かねて助けてくれてるんです。」

「…………((なんでアイツはどこでもストーカー紛いなことに合ってるんだよ!))」

 

そういえばそうだった。

彼女は良くも悪くも人ったらしだ。

その気にさせる気は微塵も無いのに異性を容易くその気にさせてしまう天才だった。

 

「でも先生は見た目とは違ってめちゃくちゃ強いですし……言い寄って来たしつこい男性は容赦なく成敗されてましたよ?」

「……容易に想像がつくよ。」

 

彼女の事だ。しつこい男は嫌いなのはよく分かっている(かつて自分も彼女を何度キレさせた事か)。

 

それでも彼女が自分と付き合っていたのは彼女が"目的を持った諜報員(スパイ)"だったからという理由もある。ある意味運が良かったのだ。

 

 

 

「話は変わるけど……どうして君はここに?」

「話せば長くなります。……まあ、私も元は西国の人間ですから。"黒い鎖(ブラックチェイン)"の事ならもう分かってますよね?」

「……あの時は……その……悪かった。」

 

過去に孤児院にて。ユーリはレイラの傷ついた体を目にしたことがある。当時驚きのあまり目を伏せ、レイラに嫌な思いをさせてしまった事を悔やんでいたこともあった。

 

消えない刻印を消すため、レイラは傷の上から更に自らに傷を負わせた。心の傷も想像以上に深いものだろう。

 

 

「…別に貴方が謝ることなんて無いです。それに貴方は私のことを秘密にしてくれた。だから私はここに居るんですから。」

「…………」

「話を戻しますが私は四年前に西国に来ました。東国での大規模な混乱もあって……でもそのおかげで私は西国にまた戻ることが出来たんですけどね?」

 

東西の情勢が大きく変わったことにより、レイラの人生も大きく変化した。

 

「それからは国の支援もあって仕事も見つかって……普通の生活を送ってるんです。」

「それは良かった。ちなみに何の仕事をしてるんだい?」

「今は小学校の先生をしてます。」

「へぇ、そっか。……"あの時"興味深そうに部屋の隅でボクの授業を見てくれてたのを思い出したよ。」

 

孤児院でユーリが子供たちに向けて勉強会を開いていた時。レイラは参加さえしなかったものの部屋の隅でじっとその様子を見ていた。虚ろで光のない瞳でこちらをじっと見据えていた彼女が……まさか教壇に立つ教師になるとは誰が予想できただろうか?

 

「科目は?」

「主に歴史です。たまに絵の授業も。」

「へぇ。君にピッタリだね。」

「何故?」

「君はこの世界の光と闇を見てきただろう?良いことも悪いことも……そんな経験してきた君なら子供たちに"様々な正しさ"を与えることができる。」

「…………」

「教壇に立つべく相応しい人だと。ボクはそう思ってるよ。」

 

レイラはふと横目でユーリを見つめた。歩き続ける二人の視線は交わる事は無いが彼の横顔を見て"優しい人"だと改めて実感した。

 

「………先生が貴方を想う理由が分かる気がする。」

「ん?何?」

「ッ……な、なんでもないです。」

 

こちらに向けられた赤い瞳から逸らすように目を瞑るレイラ。意外と子供っぽい様子を見せる彼女に思わず笑みをこぼすユーリだった。

 

――そして本題。ユーリが探し続ける"彼女"について。

 

 

 

「……それで……"彼女"は?」

 

二人は足を止めることなく歩き続ける。まだまだ道は続いていた。

 

「お元気ですよ。」

「…………」

「最後に会ったのは……確か二週間ほど前です。」

「…………」

「先生……その呼び方にも理由があるんです。先生は小さな診療所を営んでいて……あとは昔と変わらず子供たちに勉強を教えたり、年配の人たちの困り事を聞いてあげていたり。さっきの花屋のエドおじさんとも仲がいいんです。たまにお花を買いに街に来てるみたいで。」

 

"先生"と呼ばれる理由はやはりそれかと理解した。元々医療従事者でもあり、将来は医者になりたいと口にしていた。

 

そしてあの人柄は健在らしい。器用で賢く頼りになる存在。花のようにキラキラと笑顔を零せば老若男女関係なく"みんな彼女を好きになる"。

 

……だからといって、ストーカー化する男たちは大問題なのだが。

 

 

「この街の人みんな。先生の事を嫌ってる人なんて誰もいません。」

 

「……本当に……昔と変わらないな。」

 

ユーリは目を細め、不意に空を見上げるとうっとりと夢見るような表情を浮かべた。

 

生きているという事実だけでも嬉しい。且つ、彼女が幸せな日々を送っていると理解するとより嬉しかった。

 

 

――となれば、聞くべきことは残り一つ。

ユーリはゴクリと息を飲むと緊張しているのか心拍数を上昇させる。

 

 

 

「そっ……それはそうと…ッ…」

「……?」

 

ピタリと立ち止まるユーリ。

少し遅れて半歩前で立ち止まり、くるりと振り返るレイラ。

 

「……あ、アイツは誰か良い相手とかはいないのか……?」

「…………」

「なんだよその顔!」

 

"きっとそんなことも聞いてくるだろう"と予想していたレイラは目を細め、所謂ジト目というものを彼に向ける。

 

離れて十年。

ユーリ自身も三十歳。結婚適齢期というものは過ぎているかちょうどいい年齢だろう。

しかし"彼女"はどうだ?正直ハッキリとした年齢は分からない。自分の二個下くらいではないか?と予想することしか出来ない。

 

"となれば"だ。

相手がいてもおかしくは無い。寧ろ結婚して子供がいてもおかしくない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居ます」

「え?」

 

 

ピタリと時が止まる数秒間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘です。」

「ッ〜〜!!!マジでやめてくれよその冗談!」

 

ビクッと肩を揺らし安堵のため息を漏らすユーリ。レイラはイタズラ好きの子どものようにクスクスと面白おかしく笑うと再び歩き出した。そしてユーリも慌てて彼女について行く。

 

「…ま!まだお若いですし。」

「ん?」

「まだ二十六ですよ?」

「……へ?」

「先生。私と同い歳だったんです。」

「…お、……おないどし……?」

「打ち明けられた時はビックリしましたよ?まさか私と同い年で、あんなに頭もいいなんて。」

 

さらっと打ち明けられた更なる事実に目をぱちくりとさせ、頭に驚愕の色が浮かばせるユーリ。再び立ち止まりそうになるが何とか足を動かし歩き続ける。

 

「((――ということは……あの時の彼女の年齢は十六!?四つも下だったのか!?))」

 

過去の彼女の言動を頭の中で再生する。確かに子供っぽい面もあったが大人びてもいた。高度な物事の捉え方、反面無邪気さも有り 時折子供っぽく拗ねる事も。

 

そして自分に触れる彼女の唇やあの妖しい瞳――

 

「((ボクはそんな若い女の子に"手を出し"……いいや!そもそも先に手を出してきたのはアイツだからな!歳も誤魔化してたのはアイツだ!…でも確かにロリコンロリコンってアイツ…………))」

 

そもそも"WISEの凄腕諜報員"。あの黄昏とも肩を並べ、演じることに関しては名だたる名俳優たち顔負けだろう。にしてもまさかそこまで若いとは予想外だった、もしかしたら……まあ有り得ないか、なんて考えたことはあるが……

 

――と、そんな葛藤を背後で繰り広げているユーリに気づくレイラ。"先生"のことに関して何でも敏感に反応を見せる姿は滑稽だった。

 

だが同時にどんなに月日が経っても"お互い"を想い合っていたという事実を前に羨ましさや悦びを感じる。

 

一度断たれてしまっていた二人の赤い糸は再び結ばれ、必死に手繰り寄せる目の前の男性――

 

 

 

 

「私が知る限りですが先生は貴方を思い続けていると思います。」

 

レイラは前を向いたまま優しい声のトーンで呟いた。

 

「かといって貴方の事については一切口に出さないし、それっぽい態度も見せない。……だけどいつも不意に先生に視線を向けた時、その瞳は東に向けられていた。」

「……」

「東と西との外交関連のニュースが流れた時には立ち止まってテレビ画面を見つめていたり、今思えばユーリさんを探していたのかもしれませんね?」

 

「……ッ……」

 

 

ギュッと胸が締め付けられる気分だった。

血が逆上(あが)ったように騒ぎ立って想念が気持ちの中に煮えるように沸き立つ。

 

"ユーリさん"と呼ぶ声、ふわりと漂う甘い匂い。長い睫毛から覗く宝石のような碧眼。絹糸のような、美しく繊細な長い髪の毛に指を通す感覚。滑るような柔く白い肌――――全ての彼女の情報が鮮明に蘇る。

 

人間が最初に忘れる五感の記憶は声や聴覚関連だと言われているが片時も彼女の声を忘れたことは無い。今でも彼女はボクを呼んでいたのだから。

 

 

 

……やっと……やっと

…彼女に会えるんだ。

 

 

 

 

 

「――ユーリさん。もう着きますよ?」

 

 

レイラは坂道の途中で立ち止まり一点を指さした。合わせてユーリもその場に立ち止まるとレイラの指さす方向へと視線を向ける。

 

 

「あの丘の上……オレンジ色の屋根の家が見えるでしょう?」

「ああ。」

 

洋瓦で造られた屋根。ひっそりと隠れるように佇む家が目につく。

 

「あの建物が先生のお家です。隣の木造の建物は併設してる診療所。」

「…………」

「ちなみに今日は日曜日なので休診日です。多分ですけど教会で牧師さんのお話を聞いて、帰りに子供たちと近くの花畑で遊んでるか診療所で読み物をしてるか。」

「…そうか。」

「はい。私の案内はここまでです。この後用事があるのでそろそろ行かないと。」

「色々と助かったよ。ありがとうレイラさん。」

 

詫びるように小さく頭を下げる。

するとレイラも会釈をし、来た道を引き返そうと踵を返す。

 

しかし、何か思うことがあったのか再び脚を止めユーリへと振り返った。

 

 

「……あの!……ユーリさん。」

「ん?なんだい?」

 

再び坂を登ろうと足を動かそうとした瞬間、レイラに呼び止められ背後へと振り向いた。

 

レイラの美しい眼と唇は、定まらぬ考えを反映するようにぼやけて見えた。思い悩むように、苦悶とした表情だ。

 

 

「…先生を……東国に連れていくの?」

 

言葉と声色から不安気な様子が理解出来た。きっと彼女が居なくなってしまうのではとレイラは考えているのだろうか。

 

 

「何故そう思うんだい?」

「だって……貴方は東国の外務審議官だし……それなりの立場があるでしょう?」

「…………」

 

もし、彼女が昔と変わらずボクを受け入れたとして。

 

……そうなった場合、どうなるのだろうか?

あまり深く考えていなかった。正直、彼女に再び会える事しか頭にない。

 

その先の事は――

 

 

「彼女とは十年ぶりの再会なんだ。正直ボクのことをどう思っているのか会って話してみないと分からない。」

「…………」

「ボクは彼女を愛してる。だからこそ彼女の意思を、想いを受け止めて彼女が望むようにしたい。」

「…………」

「無理にかっ攫うなんてことはしないから安心して?ボクもそんなことは望んじゃいないよ。」

 

少しずつレイラの表情が和らいでいく。

 

 

 

「"彼女の人生は彼女のものだけだ"。……ボクはそれも含めて彼女を愛すと決めてきたんだから。」

「ッ……」

「なんでも受け止める。覚悟は既に決めてるよ。」

 

ユーリの覚悟。それを受け止めるレイラ。

 

 

彼女の唇は静かに合わさり、頬から力が消えた。やや吊り上がっていた眉は、鳥が羽根を休めるように平らになる。

 

そして今度は深々と頭を下げると彼女は無言のまま踵を返し、丘を下って行ったのだった。

 

 

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ユーリは更に丘を登る。

徐々に姿を現すのは"彼女の住む家"。

 

併設されている診療所の入口には"CLOSE"と掘られた木の札が掛けられており人の気配は全くない。

 

家自体は真新しいものでは無い。だが周りの自然によく調和した整頓された家だと印象を受けた。綺麗に並んだ鉢植えには色とりどりの花が咲き、蝶や虫達が賑やかに集まる。

 

「((……家も気配は無い、か?))」

 

呼び鈴は何故か壊れており玄関扉をノックしたが反応はい。

 

念の為反対方向へと回り込むと中庭らしき空間がありシーツやタオルなどの洗濯物が所狭しと干されていた。中には白衣も目につき、彼女が医者であることを改めて実感する。

 

 

「……留守か……。となればレイラさんが言っていた近くの――」

 

 

刹那、ユーリの体がピタリと動きを止めた。何者かに見られているような……

 

 

「((何か視線を感じ……))」

 

気配を感じた方向へ視線を向けると物陰に隠れる少年の姿があった。ひょっこりとこちらを覗き込む視線と隠しきれていない頭部。ふわっとした茶髪のくせっ毛がハッキリと視界に映ったのだった。

 

 

 

「うわあっ!!!」

「な!!なんだお前は!!」

 

バッチリと交わる瞳と瞳。

少年は驚きのあまり尻もちを着くも直ぐに立ち上がり大声を上げる。

 

 

 

「"また"だ!先生に付きまとうストーカー!」

「なっっっ!断じて違う!ボクはストーカーじゃない!」

「ストーカーは皆そう言うんだ!!早く知らせないと!」

「こんのクソガキ!話を聞け!!」

 

ユーリの制止をもちろん聞くはずもなく少年は目いっぱい駆け出した。ユーリは持っていた鞄をその場に投げ置くと少年を必死に追いかける。その表情に一切の余裕は無い。

 

 

「((また騒ぎになって今度こそ西国の警察なんかに連れていかれたらお終いだ!!))」

 

やっとここまでたどり着いたのに捕まるのは絶対に御免だと死ぬ気で駆け抜ける。だが相手は八つ九つあたりの少年。体力もあれば走るスピードも早すぎる。自分も鍛えているとはいえ若さには勝てない。

 

 

 

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「……はぁ、はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 

数分間、とにかく走り回った。

しかし先程の少年の姿は見当たらない。まさか既に通報されてしまったか?

 

 

「((…さっきの子供は見失ったし………無闇矢鱈に走り込んで森の中に……道はあるが迷わないようにしないと……))」

 

幸いにも簡単に迷ってしまうような森では無さそうだ。まるでヘンゼルとグレーテルが迷い込んだような深い不吉な森じゃない。見上げると木々の隙間から陽の光が差し込む明るい森だった。

 

静寂の中に響く自然の音。

ユーリはただただ真っ直ぐと歩き続ける。

 

そしてしばらく歩き続けたその時、視線の先に森の出口らしき光が漏れていた。

 

 

「ん……ここまでか?」

 

足早に光の先へ向かう。

するとそこには――

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

広い草原。

ところどころ地面が凸凹と荒れており、その傷跡を様々な花や緑が覆い隠すように生きていた。

 

よく見ると朽ち果てた家屋の姿も目につく。その家屋さえも緑に覆われ、傷口を塞いでいるようだ。

 

"――みんな幸せに暮らしていたんです"

 

"広い草原。シロツメクサの花畑。馬や羊、動物たちの鳴き声に――"

 

 

彼女の声が脳裏に響いた。

 

 

 

「"ここ"って……もしかして――」

 

 

 

"彼女の故郷"に違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"せんせーー!"大変大変!!」

 

ぼんやりと景色を眺めていた時、違う方向から先程の少年が森から大きな声を上げながら現れる。反射的にユーリは木陰に身を隠すと隙間からその様子を伺った。

 

「((……ん?よく見ると向こうの花畑に人影……))」

 

家屋に気を取られて別方向を見逃していた。更に奥に広がる草原に複数の人影があったのだ。

 

 

「ちょっと!ライナー!来るの遅いわよ!」

「大変なんだって!また先生のストーカーが居たんだ!」

 

先程の少年は必死に状況を伝えようとするも周りの子供たちはあまり相手にする気は無い様子だ。

 

 

「放っておけよそんな奴。また俺の親父に捕まえてもらえばいいだろ?……なー?"センセ"?」

「もう!"先生"にベタベタ触らないで!スケベ!」

「うるせぇなー。お前だってベタベタしてんじゃねえか。」

「あたしは女子なの!男のアンタが先生にベタベタするなんてその辺のストーカーと同じだから!」

「あんな野蛮なヤツらと一緒にすんなっての。」

 

 

幼い子供たちの中に数人の十代後半とも見て取れる子供たちの姿も目に付く。下は四、五歳、上は成人手前の子供たちが十数人集まっている。

 

「"せんせー"!きょうはこのおはなし読んで!」

「ダメよ!このまえ読んでもらったでしょ!」

 

 

「"先生"!次は僕にコレを!」

「天文学書なんて"先生"に見てもらってどうするのよ。それは学校の先生の仕事でしょ?」

「別にいいだろ?"先生"のが分かりやすいし。」

 

 

そんな子供たちは口を揃えて"先生"と言い放つ。

 

その先生とやらは……一体どこにいるのか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"はーいはい!順番ね!"」

 

その時、懐かしい声が聞こえた。

 

 

「ッ――!」

 

子供たちの真ん中に腰を下ろし、本を片手に笑みを零す美しい女性がユーリの瞳に映った。

 

 

 

 

 

「ん……ッ……く…」

 

驚きや喜び、様々な感情に渦巻かれるユーリは右手で口を押え僅かに体を震わせた。

 

"間違いなく彼女だ"

 

探し続けていた……愛おしい彼女――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、先週の続きから読もうかな?」

 

彼女は手元の本の頁を慣れた手つきで捲りあげる。すると彼女の周りを取り囲むように子供たちは腰を下ろすと無邪気に満面の笑みを零していた。

 

 

「やったー!"いばら姫"だ!」

「よんでよんで!」

「わたしこのおはなしだいすき!」

 

 

「……なんで女ってこういう夢物語みたいなのが好きなの?」

「興味無いなら帰りなさいよ、スケベ。」

「興味は無いけど先生の声好きだからそれだけで満足なのでいいでーす。」

 

……彼女に近すぎる"いけ好かない青年"が気になるがまあよしとしよう。

 

ユーリは息を潜めたまま、静かにその光景を見守ることにした。

 

 

 

 

 

 

「……"長い、長い年月のあと、また一人の王様の息子がその国にやってきて――"」

 

 

グリム兄弟による"いばら姫"――別名"眠れる森の美女"とペロー童話集では描かれている名作だ。

 

呪いにより100年の長い眠りにつき、王子の助けで目を覚ますという物語。夢物語が好きな少年少女たちにとって知らない者は居ないだろう。

 

 

「"老人がイバラの垣について話していて、「その後ろにお城があり、中に茨姫という名の素晴らしく美しい王女様が100年間ねむっているんだそうだ。"」

 

 

美しい花畑に彼女の柔らかい声が静かに響く。

 

"興味が無い"なんて口にしていた青年でさえも彼女の声にうっとりと耳を傾け身を寄せていた。

 

 

「"すると若者は『僕は怖くない。美しい茨姫に会いに行くよ。』と言いました。"――」

 

 

進んでいく物語。

まるでその空間だけが時が止まっているかのように皆静まり返り、物語の結末へと真剣に聞き入る。

 

 

 

「"ついに塔に着き、茨姫が眠っている小さな部屋の戸を開けました。そこに茨姫は横たわっていて、とても美しいので王子は目をそらすことができませんでした。そしてかがみこむとキスしました。しかし、キスした途端、茨姫は目を開け目覚めて、とても可愛らしく王子をみつめました。"」

 

 

再会を果たした姫と王子。

幼子には刺激が強い口付けの描写。

 

幼い子供たちは頬を赤らめ、期待に染まった表情を向けると彼女は面白そうに笑みをこぼしてその先を読もうとしなかった。

 

 

「……で!それから二人は!?」

「どうなったの!?」

 

身を乗り出し興味津々にはしゃぐ少女の姿。そんな可愛らしい子供たちに彼女は笑顔を向け続ける。

 

 

「ふふっ。ここから先はそれぞれで読んでくださーい。」

 

パタンと本を閉じ、傍らの籠に収めると変わらず意地悪そうに口元に弧を描いた。

 

 

「ええ〜気になる!」

「それから二人はおおきなおしろでしあわせにくらした?でしょ?」

 

目をキラキラと輝かせる少女たち。

 

「は?違うだろ。結局それぞれ違う人を好きになって別れ…」

「ほんっとうに!アンタは夢を壊すようなこと言うんじゃないっての!」

「はぁ!?現実的にそうなってもおかしくねぇだろ?」

「これは夢物語なの!分かってないなあ〜」

「夢見たって現実は現実だろ?今のうちにちゃーーんと現実見せとかないと弄れるかもよ?」

 

生意気な青年は得意げに言葉を放ち、隣の"先生"に再び肩を預ける。

 

「"先生"は大人だし。そういうの分かってますよね?」

「……ふふっ。どうだろ?」

 

碧眼は意地悪そうに少年をじっと見つめた。妖艶な雰囲気にぽっと頬を赤らめる青年は自分が口にしたことを後悔するかのように息を飲む。

 

"先生が誰かを思い続けているという話は有名だ――"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うわぁ!!」

 

刹那、強い風が吹き荒れると彼女が被っていた麦わら帽子が宙を舞い、遠くへと飛んでいってしまう。

 

 

「あ!先生のお帽子!」

「飛んでっちゃう!」

 

 

子供たちは帽子を追いかけるように空を見上げる。咄嗟のことに誰も動けなかったが"彼女"だけは違った。

 

直ぐに立ち上がると風に誘導されるように帽子を追いかける。

 

結われた三つ編みが光に反射しながら美しく揺れ、ワンピースの裾もフワフワと踊る。

 

帽子は森の方面へと――羽を生やしたように飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ……この帽子……"フランキー"さんに貰った大事な……」

 

 

森の手前でなんとか帽子を掴み、小さな声でボソリと呟いた。"よかったよかった"、なんて安堵の声を上げ、再び帽子を被り直したその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ……!」

 

 

突然現れた大きな影。

それは赤い光を二つ放っている。

 

 

碧眼はほんの一瞬、驚きのあまり怯えたようにも見えたがその影の姿を上から下まで見据えた時、形容しがたいなんとも言えない表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……………」

 

 

赤い瞳、整えられた黒髪。

東国の人間であることを証明するバッジが襟元で光る。

 

昔よりも大きく見えるその姿――自分を見下ろす優しい眼差しは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"ユーリ"……さん……」

 

 

彼女は彼の名を読んだ。

 

 

「"ティファニー"」

 

直ぐに彼も彼女の名を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いいや。……キミの真実の名で呼ばせてよ。」

 

 

 

ユーリの両手が彼女の頬を優しく包み込む。懐かしい大きな手の感触に彼女はピクリと肩を揺らした。

 

 

 

 

「――"アイリス"」

 

 

耳元で囁かれる"真実の名"。

 

 

 

 

 

 

 

「"アイリス・ポピー・ルウファウス"」

 

 

 

耳元から離れるユーリの唇。

そして再び二人は瞳を見つめあった。

 

 

「"アイリス"。君に会いたかった。」

「……ッ……ぁ……」

「……アイリス………ッ……アイリス…」

 

 

震えを帯びる彼の声。それは存分に涙にぬれているように響く。感動を抑えきれない彼の表情を前に、アイリスは涙を流すと同じように彼の頬を優しく包み込んだ。

 

 

 

 

 

「"私も……ッ……会いたかった"……」

 

 

待ちわびたこの瞬間。

 

まるで夢物語のいばら姫のように、

長きに渡って眠り続けていた彼女の心の奥底を奮い立たせるかのような瞬間だった。

 

 

 

 

最愛なる人。

 

この世で一番、愛している人。

 

 

 

 

ボクの――

 

 

私の――

 

 

 

 

 

"最も親愛なる人よ"

 

 

 

 

 

┈┈┈┈

┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

以下、作者コメント――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、ついに。

ここまでやって来ましたね。

"うん!完結です!"

 

――と言うところでした!本当は!

 

ですが思いのほか

二人の幸せな話をあと少しみたい

日常的な、ラブラブなお話をもう少し……

 

というDMやコメントをいただきまして、、

終わる終わる詐欺ばかりで申し訳ないのですが今度こそ次の話で完結にします。

 

確かにここ暫く暗くて不吉な話しか書いてなかったので最後くらい素敵な夢物語を書こうじゃないか!と!

 

 

ということでということでということで!

次が最後です。

逆に今回の話で収まりがいいからもう良い!と言う方はここまでで終わりにしてください笑

 

一応最終話は、

・ティファニーちゃんの10年の間のちょっとした話

・二人で幸せな日を過ごすお話

・そして二人の今後の選択、、

 

を描こうかと思います。

完全な短編と思っていただければ!

 

 

――

 

 

 

ティファニーの本名について。

 

実はこの小説を書く時から決めていました。というか既に明かしていたんです。気づいていますかね?

 

 

ヒントは表紙です!

 

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