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――東国 外務省本庁舎
北館 大会議室――
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庁舎の一部を貸し切り、大勢の外務省関係者が列を成す。バーリント総合病院をはじめとする市内の様々な規模の病院に勤める医者たちが集う貴重な今日この日。
ただの定期検診といえど、対象者はこの国を守る"外務省"の人間。内部事情や関係者への接近など、リスクになり得る人間たちは入ることは出来ない。
この場所に立ち入ることが出来るのは"認められた者"のみ――
「ラドナー。ここに来るのは確か2回目だな?」
「はい。まさか今回も参加できるなんて驚きました。」
手際よく器具を用意していくティファニー。傍らにはバーリント総合病院の外科を取り纏める医局長の姿があった。
「史上最年少での看護師免許の取得。そしてバーリント病院を担うエース研修医として日々努力している姿は皆が認めているからな。」
「それはひとえに周りの方々の助けがあってこそです。医局長はじめ、先輩方の素晴らしい指導が私を日々奮い立たせてくれるんです。」
「…その謙虚さも、君の良いところだ。一切の曇りがない。だからこそこの場に推薦できた。」
「――嬉しいです。ありがとうございます。」
幼い少女を思わせるような、ニコッと天真爛漫な笑みを零すティファニー。しかしその奥底に眠る本当の素顔は、恐らく誰も目にしたことが無いほどに真っ暗闇。
それを微塵も感じさせないあどけない笑顔――
「…ところでティファニー君。今度食事――」
「無理です。」
「食事――」
「無理です。」
「…………………」
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東国外務省
主に外交政策や外交使節。通商航海や条約等の国際法規の締結、そして運用。外国政府との交渉、情報収集、分析、発信――文化広報活動など国の対外関係事務全般を司る。
そしてその中に東国特有の"特種組織"があった。
"国家保安局"通称〈
国内の治安維持を目的とした組織であり、スパイ狩りや市民の監視などが主な仕事。
任務の為ならば"暴行・盗聴・脅迫・拷問"は日常茶飯事。
一般市民からは"秘密警察"とも呼ばれていた。
"表向きはただの外交員だが、裏の顔は秘密警察の人間。"
それが
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白衣を纏い、個人情報の書類が挟まれたバインダーを片手に辺りを見回すティファニー。
「((さすが東国の外務省。定期検診は月に1回。徹底された管理。…セキュリティも普通じゃないし、看護師や医者含め全員が身辺調査にかけられる。))」
手元の書類をパラパラと捲り、自分が担当する対象者の情報に目を通す。
「(("ロイド先生"の事前調査で秘密警察の面は大体割れてる。そして今回、私が担当する対象者7人のうち1人が秘密警察の人間。…それが――))」
ティファニーは小さく息を吐き、局員たちが待機する部屋の扉を開けると対象者の名前を読み上げる。
「"ユーリ・ブライア"さん。第2会議室の採血から――」
大勢が待機するその部屋で明らかに様子のおかしい人物を見つけてしまう。
検査ということもあり、集められた男性局員全員が上半身裸で待機をしているのだが…
やけに傷が目立つ人間が1人…
「おい。大丈夫かお前…」
「…中尉、気になさらず…大丈…」
「普通トラックに轢かれて大丈夫なハズがないんだが…」
顔に縫い傷を負った上官らしき男、ではなくその隣の黒髪の青年。額から鮮血が流れ、明らかに不調そうな…
「あのー…ユーリ・ブライアさん。((何故血だらけ?トラック?))」
そっと傍に駆け寄るティファニー。
それに気づく中尉と呼ばれると男とユーリ。
「…すみません。すぐに行きま――」
「先ず怪我の手当を行いましょうか?」
「なっ…なっ!!なんで…((憎きロッティの教え子!!!))」
ニッコリと天使のような笑みを浮かべ手を差し伸べるティファニー。
驚きのあまり絶句するユーリ。
そしてその隣で表情を変えることなくユーリの様子に首を傾げる中尉。
「え?知り合いなの?」
「あ、はい。…姉の旦那の教え子で…」
「へえ。かなり若いお嬢さん。ここに居るってことは嘸かし優秀なんだろう?」
微かにタバコ臭漂う縫い傷を負った男、こと中尉。表情は相変わらず変化がないものの、落ち着いた声色から若干の温厚さを感じる。
「いえ!あくまでも研修医として、経験として参加させていただいてる身でして…」
「なら丁度いい。コイツの怪我を手当してやってくれ。トラックに轢かれても平気な貴重な検体だ。」
「…は、はあ……」
ティファニーは中尉からユーリに視線を移す。
そんなユーリはどことなく決まりの悪そうな顔をし、自分の醜態を恥じているようにも感じる。
少女は相手を嘲笑うような悪魔的な妖しい笑みを向け、再びユーリに手を伸ばす。
「ふふっ…。ではパパっと手当しちゃいましょう?」
「――――ッ……」
そんな彼女の笑みに謎の感情が湧き出ると、ユーリはパイプ椅子から立ち上がりティファニーの後をついて行く。
「((…アイツ。姉以外の話をする時でもあんな顔するんだな。))」
強面の中尉はそんなふたりの後ろ姿を面白可笑しく眺めていた。
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「いっ…痛ッ!」
「ちょっと!動かないでください!」
「お前本当に看護師免許もってるのか?外科の研修医!?ウソだろ!」
ユーリの発言に不機嫌そうに眉を顰めるティファニー。
そんな向かいに座る相手の腕の擦り傷に容赦なく消毒液を垂らせば、再びユーリが悲鳴を上げる。
「そもそも。こんなに血が出てるのに放っておくなんて有り得ません。そりゃ傷も痛みます。」
「こんなのただのかすり傷だ!」
「頭から血を流してる時点でかすり傷なんかじゃないです。――あーもう!額の傷も見せてください!」
手際よく怪我をした箇所に処置を施していく。痛いだの雑だの文句を言われるも、ティファニーは医者として真剣な瞳をしていた。
「……((なんだこの女。本当に17、8の子供?俺より年下?))」
手際の良さや言動。しかし見た目は"少女"。だがその中に、微かな妖艶さも伺える容姿。表情や態度は幼さを感じる――
そんなごちゃごちゃな相手の見た目にユーリは混乱していた。
「気が散るんであまり見ないでください。」
「額の傷に触ってるんだから必然的に目に映るだろうが。」
「じゃあ目を閉じてください。」
「……((こっの…生意気な小娘め!))」
イラッと眉を顰めながら言われた通りに瞼を閉じるユーリ。生意気な発言にムッとしてしまうものの、不思議とそこまで腹立たしさは浮かばなかった。
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「――はい。終わりですよ?」
数分後、全ての傷の手当を終えたティファニー。
すっかり大人しくなったユーリを横目に、彼女はクスッと笑みをこぼした。
「ムッ…。何がおかしい。」
「いえ、ごめんなさい。……"ユーリ"さんって面白い方だなって。」
ふと名前呼びされ肩を揺らすユーリ。
そして無邪気に笑う彼女の姿に何故か"ドキッ"とした感情がたち昇ってくるのであった。
「ヨルさんの仰る通り。面白くて"素敵な方"、なんて。」
「はっ、はあ!?」
「トラックに轢かれて骨すら折れてないですし…、検体としてめちゃくちゃ興味が湧きました。」
"検体として"という最後の言葉に、何故かほっと胸を撫で下ろすユーリ。
"ほっ"としたその謎の感情さえ意味不明なのだが…
「――私。クロックムッシュで有名な5番街のカフェに行ってみたいです。」
「…え?」
ティファニーは椅子から立ち上がると考え込むように腕を組み、悩ましげに首を傾げた。
「そこのカフェ。ちょっと大人びてて1人じゃ入りにくいんです。カップルも多いし、浮いちゃうし…。でも朝早くなら…」
「それは、つまり――」
「"モーニング"、連れて行ってくれませんか?怪我の処置の見返りに。」
先日のヨルの発言。
"ユーリがまた会いたい"と言っていたという事が事実ならば、この台詞にピンと来るはずだ。
「それと。私ももう少しお話したいんです。」
ティファニーは白衣のポケットに忍ばせていた名刺を取り出すとそれを両手でユーリに向け、手渡す。
「電話番号載ってるので都合が合う日が分かったら教えてください。ちなみに来週末でしたら空いてます。」
好奇心溢れる少女のその笑顔。
ユーリは呆然と口を半開きにしながら、その名刺を受け取り視線を落とす。
「((――オペレーション梟の為。これは大チャンス。))」
ティファニーの目付きがほんの一瞬鋭い冷徹さを秘めた瞳に。
「((大チャンスだ…。今度こそロッティのスキャンダルをこの女から抜き取ってやる。――ん?、"ドキッ"))」
グッと心の中でガッツポーズするユーリ。
しかし、謎の感情が心の奥の隅っこに現れる。
「((――西国の為))」
「((――姉さんの為))」
「…へへっ。楽しみだな。"ティファニーさん"」
「はい。私も楽しみです。"ユーリさん"」
偽物の笑顔が交差する――――。
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