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「――私がイーデン校の健康診断の担当を?」
控室で休憩中のティファニーの元に医局長が現れたと思えば朗報が。
彼女は手に持っていたコーヒーカップをそっとテーブルに降ろすと驚いた表情を相手に向ける。
「あぁ。主に内科検診の指揮をお願いしたいんだ。それに君は元々小児科医も目指しているんだろう?いい機会だと思うんだが…」
「ぜひ!……ですが東国一の名門校の生徒達を相手にするなんて……本当に私で大丈夫なのでしょうか?色々と身辺調査的なものが入るんですよね?以前の外務省の健康診断よりも規模は大掛かりだと聞いたこともありますし……」
「それに関しては問題ない。イーデンの学校医にも既に伝えているからね。実施計画案と要項が届き次第、早速打ち合わせをして欲しい。初等科1年の子供たちには予防接種もあるし、やる事は多いだろうが君なら大丈夫だろう?内科検診、それと予防接種を――」
ティファニーは心の中で勢いよくガッツポーズをキメる。イーデン校といえば"オペレーション《梟》"にとって重要な場所。標的"デズモンド"の息子2人に接近できる可能性が高い。
……あわよくば上手く作戦を練って、長男の"デミトリアス・デズモンド"に仕掛けを――
「君には"初等科の生徒達"をお願いしたいと先方から言伝が。中等科や高等科には
「"いんぺりあるすからー"?……へえ〜。なんだか難しいんですね?さすが東国一の名門校。((……とはいっても、一筋縄にはいかないか……))」
その狙いは呆気なく打ち砕かれた。
まあ、それはそうだろう。さすがに簡単にトントントンと事は進むはずがない。
……まあ初等科なら次男の"ダミアン・デズモンド"も居るし、何かしら上手く行けば名前くらい覚えてもらえるだろう。となれば――
瞬時に脳裏に作戦を立案するティファニー。そしてニッコリと満面の笑みを浮かべるとそれに釣られて赤面する医局長に体を向け、ギュッと両手を掴む。
「先日の外務省に続いて今回のイーデン校。……医局長には感謝しかありません。本当にありがとうございます。頑張ります!」
「ッ……いや、まあ。これくらいの事は上司として当たり前だからな〜……」
手を握られドキドキと赤面する医局長。
ティファニーは"意図的にハニートラップを仕掛けることはできない"天然な面がある。
この無意識に行っている行動が院内の男達を惑わせていた。
「と、ところでラドナー君。今度こそ食事――」
「では、失礼します!」
「……うっ…………ラドナー君!!」
素早くコーヒーカップを手に取り部屋から飛び出すティファニー。その表情は幼子のような無邪気な笑顔を浮かべていたのであった。
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「――ボクがイーデン校の覆面警備を?」
自身の直属の上司である中尉に呼ばれたユーリ。一体どんな内容で呼ばれたのかと思えば、まさかの内容に気を抜かす様子を見せる。
「ああ。3日後、イーデン校で恒例の健康診断が行われる。それの警備だ。お前にはその指揮を頼みたい。」
「全然構いませんが……他にも任務があるはずでは?この程度の警備であれば新人に任せても……」
「ここ最近、お前には負担ばかりかけていたからな。少しは軽めの任務を与えてやれと局長からの命令だ。」
……あー、なるほど……
ユーリの脳裏に呑気な局長の姿が映し出されると納得したように小さく頷く。
「――とはいっても気を抜くなよ?…ここ最近、テロ紛いの事件発生や内通者も増えてる。何時どこで、何が起こるか分からないからな。東国一の名門校でテロを起こすなら拾好の的だ。」
「……まあ、確かに……。」
「で、これが関係者リストだ。毎年健康診断を行う提携医療機関は"バーリント総合病院"。毎年担当者は変わらないんだが……今年は初等科の担当医だけ変更だとか。」
「変更?」
渡された関係者リストを捲ると見覚えのある人物の写真が飛び込む。ブロンドヘアに青い瞳。それは間違いなく――
「やっぱりあの娘、かなり優秀だったんだな?……"ティファニー・ラドナー"。」
「なっ、なっ!!!」
「外務省に東国一の名門校。あの若さで、それに研修医でありながら抜擢されるのは恐らく史上初だ。聞いた話によると東国のVIPも担当してるとか……」
ふるふると震える手でリストを握りしめるユーリ。よく分からない感情が込み上げれば微かに顔を赤く染める。
「……ブライア少尉?」
「((なんでこの女はボクの行く先行く先に――ッ))」
つい先日の彼女の様々な表情が浮かび上がると平常心が保てない。
そんなユーリを中尉は不思議そうに眺めるのであった。
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――数日後
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東国名門 イーデン校――
6歳~19歳までの13学年制、全校生徒は2500人。
学問、スポーツ、芸術など、あらゆる分野において優れた生徒が在学する国内トップクラスとも言われている名門校。殆どの生徒たちの両親は"大物"という言葉が相応しい職に就いた人物ばかり。
その2500人の身体測定、そして健康診断。年に一度、丸一日かけて行われる大規模なこの"行事"。
バーリント総合病院の他にも東国の各分野に優れたプロフェッショナルが揃い、この国を将来担っていく子供たちの為に働きかけるのであった。
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「次は視力検査だぜ〜」
「体重増えてた…最悪ー!」
「心電図検査ってどこの教室だっけ?」
「予防接種嫌だよー……」
体操着姿の生徒達が校内の様々な場所で列を成していた。1日で全員の健康診断は普通に考えれば不可能なのだが、徹底したオペレーション管理の元、それを可能にしていた。
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「――失礼します。」
問診と予防接種を行う教室の扉をノック音が響き扉が開かれる。
束ねた白髪と厳めしい口髭に、クラシカルなモノクルとタキシードを着用した威厳漂う高齢男性教諭。
そしてその教諭の背後には初等科の生徒が男女に別れて列を作っていた。
「3組セシル寮 29名。問診と予防接種をお願いします。」
その教諭は第3寮<セシル>の
"ヘンリー・ヘンダーソン"
ロイド曰く彼の性格を一言で表すならば"エレガント"
"エレガンスが伝統を作る""エレガンスこそが人の世を楽園たらしめる"と公言しており、気品を重んじる生徒想いの素晴らしい教諭だ。
そんなヘンダーソンにいち早く反応を示したのは看護服を身につけた白髪混じりの年配の女性だった。
「あら!ヘンダーソン先生〜。今年は初等科の担任を持ってるって聞いてたけど本当なのね?」
「これはこれは"セレーナ"先生。お久しぶりですな。」
"セレーナ・サックウェル"
このイーデン校の健康診断の初等科を何年も受け持ってきたベテランの医者だ。その為長年、ヘンダーソンとも関わりがあり名前で呼び合うほどの関係性だと見て取れる。
「お待ちしておりました。ちょうど先程"5組のマルカム寮"の生徒達を診終わった後でグッドタイミングでしたね。通年通りパーテーションの向こうに"先生"が……」
セレーナは教室の奥のパーテーションを指さす。
そこには人陰が2つあり、担当医と助手の看護師が居るようだった。
「……ん?セレーナ先生が担当ではないのですか?」
「"世代交代"ですよ先生。今年からは若手が初等科を担当することになったんです。――腕は確かですから御安心を。」
微かにパーテーションの向こうから会話が聞こえてくる。声を聞く限り若い女性のようだ。
ヘンダーソンは生徒たちを教室に入れ、列を整頓すると"世代交代"ことニューフェイスの若手の医師に挨拶を、とパーテーション内に姿を現す。
「――お初にお目にかかります。3組
「こちらこそはじめまして。バーリント総合病院のティファニー・ラドナーです。本日はよろしくお願い致します。」
白衣を纏った青い瞳の女性……少女?
随分若い見た目にヘンダーソンは驚きを隠せない。
「((年齢は定かでは無いがかなり若いぞこの娘。……そして実に隙のない気品のあるその様子、身のこなし……"エレガント"))」
「3組セシル寮ですね。では番号順に問診と予防接種を行います。終わった生徒の皆さんは念の為そのままこの教室に待機させてください。稀に副反応なども起こりますので――」
パーテーションから聞こえる声。
それに反応を示したのはアーニャだった。
「……ん?おねいさん?」
「え?なーにー?アーニャちゃん。中のお医者様知ってるの?」
「たぶんちちの"まなでし"。アーニャとなかよしのおねいさん。」
「ロイド様の弟子ですって!?一体どんな女性なの?気になるわ!アーニャちゃん!教えなさいよ――」
……そして問診と予防接種が始まる――
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「きけ、ベッキー。アーニャ2ミリ"しんちょう"のびてた。」
「ただの誤差でしょ?」
「ガーーーーーーン……」
自信げに口にしたアーニャとは真逆に大人な反応を見せるのは"ベッキー・ブラックベル"
年相応とは思えないほどに"おませな"少女の発言。何だかんだアーニャといい関係性を築いている唯一の親友と言っても過言ではないだろう。
「へっ、たったの2ミリ?そんなの伸びた内に入んねーよ、チビ。」
「ちょっとアンタ!私も同じこと思ってるけど、そんな言い方は無いんじゃないの?謝んなさい!」
「…………((じなん、むかつく))」
2人の会話に水を差す男子生徒。
ロイド(黄昏)の標的であるドノバン・デズモンドの次男"ダミアン・デズモンド"。
普段から意地の悪い言動をアーニャに対して行うものの、性根は優しく、努力家な面を見せる少年だ。
「ダ……ダミアン様……」
「いよいよ内科検診と予防接種ですよ!!……吐き気がしてきた……注射は痛いから苦手なんです……」
ダミアンのとり巻きの2人組。
ふくよかな少年"エミール・エルマン"
特徴的な髪型の少年"ユーイン・エッジバーグ"
2人は列の先のパーテーションを指差しガクガクと震えていた。
「たっ、大したことねーよ!それくらいで怯えんじゃねえよ、お前ら!((……くっそ……逃げ出したい。注射は嫌いだ。昔から注射だけは……))」
強がるダミアンの発言。
しかしアーニャはその心を読み取りニヤニヤと小馬鹿にする笑みを浮かべていた。
「フフっ……じなん、つよがり。アーニャ"ちゅうしゃ"くらいでさわがない"おとな"」
「っ……強がってねえよ!ブス!!」
"チッチッチッ"と人差し指を揺らす仕草に赤面し、文句を言いながら苛立ちを見せる"じなん"ことダミアン。
「本当よね〜?たかが注射くらいで騒ぎすぎよ。これだから男は〜」
「うっ、うるせえ!バーカバーカ!!別にビビってなんか――」
「コラ!そこ!静かにしたまえ!問診の邪魔になりかねん!」
騒ぎ立てるアーニャたち(ほぼダミアン)をキツく叱る担任のヘンダーソン。その声に全員がビクッと肩を揺らせば大人しく教室内は静まり返る。
「はい。……じゃあ次――」
「((…おねいさんの"ココロ"よむ。ちちとおなじ"にんむ"かもしれない。))」
アーニャは瞼を閉じ、パーテーション先のティファニーの心の中を読み取る。
「((……えっと…この子の次が"ダミアン・デズモンド"。何とか良い爪痕を残して私のことを覚えてくれたら……))」
ティファニーは何とかダミアンに近づく為にと作戦を練っていた。しかし、今回のこのポジションは本当にたまたまの巡り合わせ。長男のデミトリアスに接触するのが1番好都合ではあったが、さすがにそれは難しい。"あわよくば"次男のダミアンと何かキッカケができれば好都合なのだが……と考える。
「((……アーニャ、おねいさんてつだう。))」
アーニャは目の前のダミアンに勢いよく視線を向けた。
ダミアンの問診はこの次。微かに緊張し、震える様子の彼の肩に手を伸ばす。
「じっ……じなん!」
「な……何だよ、ビビらせんな……」
「あのおいしゃさん。なかよくなったら"おとく"まんさい!びじんでやさしくて、ちゅうしゃもうまい。(たぶん)いたくないようにしてくれる。(たぶん)」
「は?お前何言ってんだよ。だったら何だ――」
「次。ダミアン・デズモンドさん。」
ティファニーの助手を務める看護師が彼の名前を読み上げる。それに敏感に反応したダミアンは気の抜けた返事をし、緊張した面持ちでパーテーションの先へと向かうのであった。
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「…………」
「((早く終われ、早く終われ、早く終われ!!))」
問診、視診、触診、打診、聴診――
手際よく行なわれるティファニーの問診。聴診器が体に触れる度にダミアンの心拍数が早まっていく。
「――オッケー、問題なし。では注射器をください。」
「はい。」
白衣を纏った金髪の綺麗な女の人――
なんて考える暇もなく、ダミアンは緊張のあまり体を硬直させていた。
用意された注射器を受け取ったティファニーは勿論それに気づいており、穏やかな優しい笑顔を向ける。
「大丈夫よ痛くしないから。ゆっくり深呼吸してね。」
「……っ……う……((嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!))」
ダミアンの右腕に手を添えるもかなり緊張している様子は和らぐこと無く、さらに彼の体が強ばっていくのがハッキリと分かる。
ティファニーは右腕に添えていた手を少しずつずらし、ダミアンのまだ子供らしい手の甲にそっと手を添えた。
「!?」
「ダミアン君。凄く勉強熱心なのね?」
「なっ……何だいきなり……」
「ほら"鉛筆だこ"ができてる。」
ダミアンのまだまだ幼い手には勲章とも言えるであろう鉛筆だこができていた。
「たくさん勉強しているからできたのね。」
「……あ……」
「先生もよくできたなあ、鉛筆だこ。……って言ってもダミアン君の年齢の時には出来なかったけどね?」
穏やかな優しい声色で話すティファニー。
それは徐々にダミアンの緊張を溶かしていき、彼の表情も柔らかくなっていく。
「みっ……見るなよ、恥ずかしい……」
「恥ずかしいことじゃないわ。それは"勲章"よ。努力家の証ね。」
「――ッ……((……なんだ、この医者。……ていうか、あいつの言う通り確かに美人……それに綺麗な――))」
ダミアンはティファニーの瞳に視線を奪われる。
「((青い瞳――))」
ホッと力が抜けるダミアン。
その隙にと、ティファニーはダミアンの腕に手を移動させ注射針を刺し込む。
ほんの微かに鈍い痛みは走ったものの、今まで受けた注射の痛みとは比にならないほどに何も感じないダミアン。咄嗟に左手で右腕を押さえるも、全く動じた様子は見せない。
「――はい、終わり。よく頑張りました…ダミアン君。」
「……すげえ……痛くない。」
「ふふっ。よかった。((国家統一党総裁の息子って言うから、どんな冷めた子供かと思ったけど……案外可愛いのね。この子。))」
曇りのない健気で少女っぽい笑顔を浮かべるティファニー。呆気に取られた少年の様子は実に面白いと感じるのであった。
するとダミアンは意を決したかのように椅子から降りると、ティファニーに向けて言葉を放った。
「あっ!あの!!あなたのお名前を教えてください!((この女の人きっとすごい人だ!この人がデズモンド家の担当医務官なら父上も兄上もきっと喜ぶ!))」
「え……?((……これは脈アリ……?))」
どうやら上手くいったらしい。
ティファニーは微かに怪しげな笑みを浮かべ、口元に弧を描いた。
「……バーリント総合病院の"ティファニー・ラドナー"よ。もし、またどこかで会えたらいいわね?ダミアン君。」
キラキラと目を輝かせ、真っ直ぐにティファニーに向けられる視線。
……まるで策に陥れたような気がするがこれは仕方ない。
自分はスパイ。戦争のない平和の世界を作るためにはどんな手を使ってでも――
私はスパイなのだから。
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「ちちの"まなでし"。アーニャとおねいさんはトモダチ。だからちゅうしゃ"めんじょ"しろ。こんど"うち"にきたらピーナッツわけてやる。これはとりひき――」
「……はい、アーニャちゃん。腕出してね。」
優しさ皆無。
容赦なくアーニャの腕を掴むと注射針をわざとらしく見せつけるティファニー。
「いっ、いやあああぁぁぁ!!ちゅうしゃ、いやあああああ!!」
「ちょっ……ヘンダーソン先生!助け――」
「アーニャ・フォージャー!大人しくするんだ!」
「びやああああぁぁぁぁああああ!!」
「「……((何が注射くらいで騒がない大人だ(よ) ))」」
ダミアン、とり巻き達、そしてベッキーは騒ぎ立てるパーテーションの先を冷めきった視線で見つめていた。
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「……ッ……やっぱり助手の看護師さん達を先に帰らせるんじゃなかった……」
一足先に初等科の健康診断を終えたティファニー。健康診断で使用した器具や書類、その他諸々……
箱や鞄が目の前に積まれていたのだった。
"荷物は任せて!"なんて意気揚々と言い放ったあの時の自分を恨む……。
まあ指揮する立場ではあったものの年功序列で考えれば自分は下の下の下っ端だ。荷物運びなんてものは正に自分の仕事のひとつ。
駐車場に停めてある専用車までまだまだ距離がある。そして1人ではあまりにも持ちきれない数の積まれた荷物たち。
「仕方ない。何回か往復して運び切るしか―――」
「おい。こんなところで何やってる。」
「ひいいっ!!」
突如、背後から聞きなれた男の声が飛び込んでくる。しかしあまりにも咄嗟の事にティファニーは肩を大きく揺らしていた。
「……ボクは化け物か。」
「って……ユーリさん。びっくりした……」
まさかの"ユーリ・ブライア"の姿があった。
キャスケットのような帽子を深く被り、明らかに覆面姿。
今日は外部から大量に人が入るイーデン校。いつも以上に警備を敷くのは当たり前だ。
……まさか秘密警察までもが出動するとは予想外だったが。
「"ソレ"。一緒に運んでやるよ。」
「――え?」
「その荷物。どう考えても1人で運べる量じゃないだろう?」
「………」
親切心なのか、それとも何か裏があるのか……
ティファニーは"じーーー"っと眉間に皺を寄せ得心のいかないような顔をユーリに向ける。
「へーー。その顔……俺を疑ってるな?人の優しさを怪しむような奴にやっぱり手を貸すのは――」
「嘘です嘘です嘘です!助けてください、ユーリさん。」
「――ったく。((……今日も今日とて、何だか……な、――))」
グイッとティファニーの手がユーリの腕を掴む。健気なその姿に対して"可愛らしい"なんて呑気な事を思い浮かべていた。
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「すみませんユーリさん。助かりました。」
「これくらい何ともない。……ほら、そっちも貸せ。」
「ありがとうございます。」
大量の荷物の運び出しはユーリのおかげで二往復程で終わりそうだ。
腕には大量の紙袋、そして積み上げられた箱を軽々と運ぶユーリ。
ティファニーは片手に自分の革鞄と小箱を手にしているのみ。何となく彼の優しさに惹かれるものがあった。
「ていうか、何故ユーリさんがここに?((格好からして秘密警察の"覆面警備"かな。))」
「ねっ……姉さんに頼まれてチワワ娘の迎えを。俺は一応"叔父"だからな?((しまった、何も考えていなかった……ていうかスクールバスがあるのに迎えなんて……普通に怪しまれる、マズイ……))」
「あ!そうだったんですね?確かに最近物騒ですし心配ですよね?」
「姉さんは優しいからな!たまたま今日は休みで暇だったし……((嘘だろ!?信じた!?やっぱり馬鹿なのか?))」
他愛のない話を喋りつつ駐車場へと向かう2人。最初の頃に比べて会話量も増え、様々な表情を見せるユーリとティファニーのその姿。2人は満更でもない様子で距離が近づいていくのが分かる――
「……それで、私がヨルさんに――」
「――ッ!?」
会話をしながら駐車場に入ったその時。ユーリの目の色が変わるとその場に立ち止まる2人。
なんとなくその空気を察したティファニーも息を潜めるように口を噤む。
「――何だ、アイツら。」
「………………」
人気のない駐車場の最奥のスペースに停められている2台の車。やけに汚れや傷が目立ち、学校関係者の車両とは思えない。
そしてその車の傍に6人の男たちが何やら話し込んでいた。
「よし。お前らは北棟から周り込め。今日は外部の人間の出入りが多い、バレやしないさ。」
どうやら校内に侵入を企んでいる様子。
よく見ると彼らの手元には銃のようなものが握られていた。
「――どう見ても学校関係者じゃないですね。」
「ああ。そうだな……」
ユーリはそっと荷物を下ろし、ジャケットのポケットに隠していた無線機に手を伸ばす。
しかし、それを取り出すことを躊躇する。
「((……いや、待て。この女がいる前で無線機を出す訳にはいかない。秘密警察だとバレたら後々面倒だ。……だからといってこいつを放っておくのもハイリスク……どうする――))」
ポケットから手を離し男たちを睨みつけるユーリ。するとティファニーも持っていた荷物をその場に降ろすと、ため息混じりの深呼吸を行う。
「((…ユーリさんは秘密警察という事実を隠すために助けは呼べないはず。となれば"私たち"で何とかするしかない。アイツらは本物の銃を持ってる。校内に入る前に止めないと――))」
6人を観察するティファニー。
残念ながら銃は本物。しかも中には殺傷能力の高い猟銃を持つ人間の姿もある。
――ここで止めなけらば、後々大変なことになり兼ねない。
「――ユーリさん。」
「なんだ。」
「私。これでも格闘技を習ってるんです。」
「だったらどうした。」
「しかも師範代です。」
「…………」
2人は物陰に隠れ、視線を交える。
「外務省勤務なら少しは"訓練くらい"してますよね?」
「……((挑発のつもりか?…))」
"少しくらい動けますよね?"と言わんばかりの表情を向けられるとユーリの中の"何か"が燃え盛る。
「共闘といきましょうか。ユーリさん。」
「師範というのが本当か試してやる、"ティフィー"。」
青い瞳と赤い瞳が炯々と光り角を立てる。
2人の挑んだ、鋭い表情はまるで"悪魔、獣"のようだ。
2人は裏の顔を剥き出しに、眼光を強く光らせた。
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