子供の頃、ヒーローに憧れた。
少し大きくなってもそれは変わらなかった。
だが自分には力も知恵も特別な才能もなかった。
自分はヒーローと呼ばれるような特別な人間ではなかったのだ。
小学生の頃、いじめられている同級生を庇ったばかりに代わりに自分がいじめられるようになった。
庇ったはずの同級生にすらいじめられたのは幼い自分には本当にショックな事件だった。
あまりの理不尽さに自分の中の正義が崩れかけたが、彼も怯えていただけで本当は優しい子なのだと言い聞かせた。
小学校のメンバーはそのまま中学に繰り上がり、いじめもそのまま続いた。
中学生にもなると自分にも多少の融通と言うか悪知恵が身に着いた。
暴力はヒーローの行いではないが、彼らを更生させるのは正義だと己に言い訳をした。
本音で言えばついに我慢の限界に来たのだ。
後の報復も怖かったがこの時は怒りが勝った。
ヒーロー道はどこへやら、自分はイジメの主犯を思いっきりぶん殴った。
ふいを突かれた主犯格はバランスを崩しロッカーの角に頭をぶつけ血を流した。
ヨタヨタと病院に運ばれる主犯格を見て、教師たちは自分を悪と断定した。
彼らの日頃からの暴力は見て見ぬフリをされて、自分のたった一度の暴力だけが問題視された。
教師達からすればイジメっ子達も守るべき存在だ。
今まで通りに自分だけが耐えて黙っていればそれでみんなが幸せだったのだろう。
世の不条理を恨んだが自分にも非があったのも事実であり、自分が振るった暴力と彼らの日頃の暴力は別問題だと何とか飲み込んだ。
ヒーローならば負けてはいけない。
高校は小中学校の同級生達のいない学校へ進学した。
この頃には自分のヒーロー道もそれなり融通が利くようになった。
いじめられっ子がパシリをされていても不良達に食って掛かったりはしない。
いじめられっ子を遊びに誘ったり励ましたりと状況に迎合した物になった。
残念だがこれが自分の限界だと己に言い聞かせ、自分はヒーローを続けていた。
思い返せば学生時代だけでも散々な人生だが、それでも自分はヒーローを辞めなかった。
自分には変身アイテムも特殊能力もないが、ヒーローは力だけじゃない。
その心意気が大切なのだと己に言い聞かせてきた。
ヒーローは自分に取って、もはや変えようのない生き方になっていたのだ。
やがて社会人になった自分は人がやりたがらない業務を進んで行った。
仕事は安月給の残業代無しで平均睡眠時間は3~4時間、時には自宅にも帰らず会社に泊まり込むような生活も繰り返した。
酷い環境だが仕事とは金を稼ぐことではなく社会の役に立つ事だと考えていたので何とか続けられた。
自分の業務は誰でもできる事ではあるが、体力的には非常に厳しい物だった。
この業務を低賃金でやる者がいなければ社会は回らない。
同じ職場で働く仲間達と力を合わせ社会貢献している事に喜びを見出して心を支えていた。
仲間達も過剰な業務量をこなし続ける自分に何度も頭を下げて感謝してくれていた。
誰かがやらねばならない仕事だったし、今も誰かがやっているんだろう。
ストレスチェックを受ける度に直ちに通院する様に通告されたが無視した。
自分の気持ち次第でどうにか出来ると思っていたのだ。
気を緩めればいつでも吐けるしフラついてしまう。
そんな状態で働き続けて気が付けば40代になっていた。
このまま過酷な仕事をこなしながら生きていくつもりだったが、そんな未来はあっさりと砕かれてしまう。
時代が変わり無茶な残業をさせられなくなったので会社はようやく重い腰を上げて海外から労働者を雇用する事になった。
3名の海外労働者が自分の業務をこなすために雇用され、他の仕事経験がほとんど無い自分はクビになった。
『何か資格を取る努力をしておくべきだったな。』
上司が冷たく言う。
どこにそんな時間があった。
『少しでも早い方がいいだろう。これは私の親心だよ。』
社長から欺瞞に満ちた善意をぶちまけられる。
本当に親心があったならば、あんな終わらない業務を10年以上も自分一人にやらせたりはしない。
慌てて次の仕事を探したが、40過ぎた自分を受け入れてくれる場所は見つからなかった。
特別な存在でもない自分がそれでもとヒーローに憧れ続け、最後は使い潰され社会に不適合だと捨てられた。
年甲斐もなく心意気だけがヒーローな男を誰がヒーローと認めるものか。
そんな現実に打ちひしがれすっかりやる気を失くした自分に決定的な思いが脳裏をよぎる。
(誰かのために頑張るって、自分を不幸にして他人に楽をさせる事なんだな。
それを与えすぎると人は堕落する。)
みんなの幸せな笑顔が、醜い卑下た顔に移り変わっていくのを感じた。
自分は自分の為に何かをすべきだった。
みんなそうしているし、どんな手段であれ成功した人間だけがヒーローと崇められるんだ。
この世は自分勝手な奴こそがヒーローなんだよ。
そして俺は、ヒーロー気取りの養分だった。
そんな風に考えた瞬間、今までかろうじて保たせていた意識がアッサリと途絶えた。