静寂が支配する闇の中、背後から伸びてきた手に藍はかろうじて反応し前に飛ぶ。
手の正体は先程の男達だ。
『ちっ、いい勘してるぜ。
良家の血ってやつかよ、むかつくぜ。』
既に包囲済みの藍を追い詰めるかのように、男達が足並みを揃えて歩み寄ってくる。
『何か御用でしょうか?』
穏やかな言葉遣いだが警戒心が感じられる刺々しい藍の口調に男達は下卑た笑みを浮かべる。
『そういう態度も取れるんだな。
その方が楽しめるってもんだ。』
男が笑いながら静かに武器を抜き、彼らの躾とやらが始まった。
剣戟の音を聞いて、私もようやく様子を伺うべく歩き出した。
囲いが視界に入ると大きな剣戟が響いた。
藍の一撃が男の武器を弾き飛ばしていた。
『稽古を付けて頂きありがとうございます。』
リーダー格の男が舌打ちすると次の男が武器を抜いて藍に襲い掛かる。
本当は一人ずつ交代で痛めつけて躾けてやるつもりだったようだが、藍の方が強かったらしい。
藍が疲れ切るまで交代で躾ける事にしたようだ。
4人目が敗北した辺りで男が苛ついた声で語り掛ける。
『なぁ、見ればわかるだろう。
嬢ちゃんに勝ち目も逃げ場もねえ。
俺らが一斉に襲い掛かればそれでおしまいだ。
俺らを苛立たせるより大人しくなったほうがいいと思わねぇか?』
無慈悲な呼びかけに藍は毅然とした態度で応えた。
『その先にあるのは最大の屈辱と心の死ではありませんか。
でしたら私は最後まで戦い抜いて見せます。』
『若いねぇ。
身体は生き延びられるし誇りだ矜持だなんてのは何の役にも立たんぜ。
苦労した大人はみんな気付くんだ。』
心の中で頷いてしまった。
人生ってのは諦めの連続だ。
あんなに大切にしていた誇りや矜持も今となっては鼻で笑うようになった。
私も昔はあんな風に若かったな、私は成長したんだな、と。
『それは若さではありません。』
そんな私の安心と余裕を小さな少女が凛とした声で吹き飛ばす。
『諦めた事実を受け止め自分を見つめなおすのが成長だと思います。
諦めて全て投げ捨てるのは敗北ではありませんか?』
丸裸にされた心が私に訴えてくる。
楽になりたい欲求に逃げ、現実を受け入れないまま諦めこそが大人だと虚勢を張っているのが今の私なんじゃないか?
『己をよく知り自分に出来る事を成すのが私の知る大人達です。』
さらに自答する。
私は大人になったのではなく、自分に負けて正義を諦め悪に染まっただけじゃないか?
どうして昔のように出来る範囲でやらなかった?
『少なくとも私の周りの大人達は誰かに与える側の人達です。
奪う事に必死な姿を大人と私は思いません。』
どうして私は奪う側を手伝っている?
そんな私の自問自答をよそに、眼前では奪うだけの男達が怒りをあらわにして叫ぶ。
『良い事を教えてやるよ!
先程の女はお前を裏切った!
みんなそうしてんだよ!
お前が綺麗事を並べられるのは何も知らねぇし苦労もしてねぇからだ!!
わかった風な口を利くんじゃねぇ!!』
大きな男が小さな少女に捲し立てるように吼えている。
どっちが嘘を付いているかなんて一目瞭然だ。
そんな現実を前にして私はというと、情けない事に頭を抱えて震えていた。
少女が凛としている姿も直視できず、この後に成り果てるであろう哀れな姿も直視したくないのだ。