そのまま麓の集落まで降り、依頼主達に怪異が消滅した事と男達について報告する。
『そのような裏があったとは。
太刀花様にはなんとお詫びをすれば良いのか…!』
まるで神の子でも扱うように老人が藍の手を取って頭を下げる。
『太刀花と言っても見習いですし、そもそも身分の高い一族でもございませんよ。』
藍が穏やかに語り掛けるが老人は頭を上げようとしない。
『太刀花様がいなければこの国は怪異達に対抗する術がありませんでした。今の世は太刀花様あっての物なのです。』
「そうなの?」と私が目で語ると藍が困ったように笑う。
この世界の事情はわからないが、太刀花様とはとても意味のある一族のようだ。
『姉がまだ山にいます。
男達を退治して戻って来ると思うので、しばらくここで待たせて頂いてよろしいですか?』
頭の上げ時を失った老人に合図するかのように藍が頼み込むと、依頼主達は快く受け入れて部屋を出て行った。
ようやく一息をつく事が出来た私は、藍に自分の状態について話した。
自分は異世界の中年男性であること。
合流するはずだった那由多が殺され、今は自分の魂が入り込んでいること。
『どうにかして那由多ちゃんを蘇らせる事は出来ないかな。』
私の言葉を重く受け止めた藍は励ますように静かに語り掛けた。
『…大丈夫です。
まず、元の神吉那由多さんはいずれ蘇ります。』
藍が言うには身体が無事であればいずれ魂も戻って来るとのこと。
那由多は魂だけが死んだ状態らしい。
『ただしそれは短くても数年の時間が必要です。
それまではアナタが体を維持し続けなければなりません。』
『病院か何かで寝かせておく事は出来ないの?』
無難な提案だと思ったがそれは否定された。
『死んだ魂が蘇るには元の生活に近い活動を続けるのが一番です。』
『じゃあ中年の俺に神吉那由多ちゃんとして生きろって事?』
焦る私に藍は頷く事で返事をした。
『ええ…ご両親になんて言えばいいんだよ…。』
ついボヤいてしまう。
他に該当者がいないのだから私が神吉那由多のご両親に説明するしかないだろう。
俺に責任があると思えないが、ご両親が怒りをぶつける相手は私しかいない。
一人娘が死の淵を彷徨い、中年の男に身体を奪われたとあって冷静でいられるはずがないのだ。
この後に起きるであろう修羅場を想像し溜め息を付くが、次の藍の言葉がそれを解決する。
『それは不要です。
神吉那由多さんのご両親は随分前に亡くなられてます。』
決して喜んでいい事ではないが、とりあえず我が身に降りかかる修羅場は回避できるらしい。
『両親を失った神吉那由多さんは退魔師の修行場で育てられましたが、先日修行を終えたので我が家に養子入りする事になっていました。』
『…と言う事は私と藍ちゃんは姉妹って事になるの?』
藍が静かに頷く。
さっきからあえて私と言ってるが本当の俺は中年のオッサンだぞ。
見た目的に恐らく私が姉なのだろうけど、中身が中年男のお姉ちゃんなんて笑えない話だ。
『全部正直に話し…いや、待った。』
藍のご家族に正直に打ち明けようと決断したが思いとどまる。
それで養子入りの話が無くなってしまった場合、私はどうすればいいのか。
こんな少女の身体でアテも身寄りも知識もない異世界で真っ当に生き抜くのは非常に難しい。
私は神吉那由多の魂が戻って来るまで元の生活に近い活動を続けて身体を維持しなければならないのだ。
だったら私のする事は1つしかなかった。
『この事はどうか内密にお願いします!』
中身で言えばいい歳したオッサンが、娘がいればこのくらいという幼い少女に土下座して不正を頼み込む。
情けない事この上なしだ。
それでもやるしかない。
那由多を救えるのは私だけで、大人とは成すべき事を成す人間だと教えられたばかりだ。
突然の土下座に慌てふためいた後に、藍は目を瞑って静かに考え込んだ。
『…そう…ですね。
出来るだけ元の生活に近い生き方をしなければなりません。』
そうなのだ。
その為には退魔師の彼女の家に転がり込むのが一番だろう。
『正直に話して男性として扱われたら那由多さんの魂はいつまでも戻れないかもしれません。
問題は山積みですが私もフォローいたします。』
藍も家族に秘密を抱く決心をしたようだ。
『…ですが1つだけ約束してください…』
藍の言いたい事はわかるので、決意表明も兼ねてこちらから先に口に出した。
『もちろん少女である事の悪用は絶対にしない!
色々な不可抗力は起きるけど、それを役得としない事を誓います!』
藍がジッと私の目を見つめるが、こちらとしてもさっきの発言に嘘はないので堂々と見つめ返した。
『わかりました。
先程も勇敢なお姿を拝見させて頂きましたし、信頼させて頂きますね。』
そう言うと藍は静かに手を伸ばす。
『改めまして、太刀花藍と申します。
今日からよろしくお願い致します、那由多お姉様。』
かくして私たちは姉妹であり共犯者となる。
そして私の太刀花那由多としての人生が始まるのであった。