月の海   作:水里露草

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合わせ鏡

 

 

 

 

 バンドの──Roseliaのメンバー集めは滞りなく、あるいは呆気なく進んだ。あたしのクラスメイト、同じ学校の中等部の子、その子のネット友達らしい他校の学生。びっくりするくらい狭い世間から集めてきたメンツでもう笑う気にもなれない。

 あたしのことはまりなさんから聞いて付け回したらしいけど、他はあんまりしっかり探した感じもしない。押しかけてきたドラムの子のオーディションとして急遽合わせたメンバーがそっくりそのまま通って、拍子抜けなような、どことなく失望したような。

 

 みんなはそのセッションで感じるものがあったらしい──どこまで行ってもおねーちゃんを追い求めてるだけのあたし以外は。

 音楽を合わせる喜びがわからないわけじゃないけど、特別運命的なものを感じたりなんかもしなかった。当たり前だよね、テレパシーで繋がったりするわけじゃないんだし。

 あたしだけ同じ方向を向いてない。あたしだけビジョンが共有できてない。いつものことだけど、バンドをやる以上そのままじゃダメなのもわかってる。

 

 ので。

 

「リサちーが一番意外なんだよねー。なんでバンドやってるの?」

 

 せっかく同じ学校にいるんだし捕まえて聞けばいいやということで、お昼を一緒に食べていた。

 音楽室で。

 

「……あの、ごめんヒナ。先にいっこいい?」

「え? なーに?」

「……お昼食べた?」

「食べてないよ?」

 

 扉に近い適当な授業用の椅子に座って膝の上のお弁当を摘まむリサちーに、合唱用の雛壇に腰掛けたあたしはメトロノームに合わせて16分で刻みながら答えた。楽器やってるとお腹空かないんだよね。アドレナリンとかの影響かな? そういえば調べたことがないや。友希那ちゃんあたりもわかってくれそうだなーって思いながら続行。

 Roseliaはラウド系でやっていくらしいから、割とマルチに対応できるようやってた基礎練をテクニカル系に寄せていこうと思って、このところダウンピッキングの瞬発力とリズム感の強化に勤しんでいる。メタルとかあのへんってコードの複雑さよりはリズムとリフで推進力を生み出すジャンルだし、徹底的にブレを消していきたい。おねーちゃんを刺すために、ナイフを研ぐのは急務だった。

 脳のリソースの半分以上を練習に割きながら質問への答えを待ってるんだけど、リサちーはぽかんとしたまんまだった。

 

「……お昼にヒナを見かけないと思ってたけど、これいつもやってんの?」

「うん。スキマ時間はぜーんぶギターに充ててるよ」

「お昼抜いてまで捻出するのはもうスキマ時間ってレベルじゃないでしょ……」

「そーかもね」

 

 他人にとっては、とは付けなかった。

 あたしの価値観が他人と一緒じゃないなんてのは、サポートであちこち行ったときに身に染みた。そのあたりを無理して擦り合わせたってしょーがないんだなっていうのも、バンド崩落事故に何度も何度も巻き込まれながら学んだことだった。

 そういう意味じゃ、あたしの質問だって何が何でも知りたいものじゃないんだけど、リサちーは喋る気になってくれたらしい。結構感情がわかりやすいな、眉をきゅっと寄せて決心の顔だ。

 

「幼馴染だから……ってだけじゃ、ヒナは納得してくれないよね」

「ううん? そう言うならそうなんだなーって思ってあげるよ」

「嘘つきぃ」

 

 リサちーらしからぬ、引きつったような陰気な笑みでからかわれた。

 ……いや、根っこは案外こんなものなのかな。

 リサちー──今井リサ。クラスメイト、世話好きでお節介、友希那ちゃんの幼馴染、上手くなる気のあるベーシスト。あたしが知ってるのはそんだけ。窓の左上をちらっと覗き見たくらいじゃ「本当」なんて知りようもない。

「……単純な話なんだけどね」と前置きして、陰気なリサちーは続けた。

 

「小さい頃の、もっと明るくてにこやかだった友希那との思い出があるからさ。今の音楽に藻掻いてる友希那を見てられないんだ」

 

 嘘。

 ……ううん、ホントではあるのかな。核心は言ってない、ってとこ?

 友希那ちゃんにモチベを置いてるなら別になんでも良かったから、なんらかの事情を匂わせるような言外のニュアンスはあえて無視して「あ、同情なんだ。よくモチベ保つねー」と打ち切った。

 

「ネイルとか辞めちゃったし友達付き合いも減ったでしょ。よく頑張れるね」

「……同情でも、義務感でもないよ」

「……ふーん? ちゃんとベース好きでやってるんだ」

「当たり前じゃん。友希那の力になりたいのだって大きいけど、好きじゃなきゃ頑張れないよ。ヒナだってそうでしょ?」

「あたしは別に頑張ってないからなー。わかんないや」

 

 そう、頑張ってない。この程度は頑張った内に入らない。

 なんの苦もなく好きに弾いてるだけのおねーちゃんは、もっと密度の濃い練習を、もっと長く、もっと真剣にやってるんだから。あの人に届くまであたしの全ては努力足り得ない。

 今こうしてギターを弾いてるのだって半分は惰性みたいなものだし。本当にやる気があるならリサちーと喋りながら弾いたりなんてしない。録音して確認して弾き直して録音して、とにかく自分の粗末な音と向き合い続けるのが本来やるべきことだ。それをしていない以上、あたしは彼女のスタンスに文句をつける気はなかった。誰かのためとか高尚な目的はノイズなんじゃないかなーって思うけど、言う義理は別にない。

 

「とりあえず、中途半端に投げ出さないならなんでもいいよ。あたしが入ったバンド、みんな楽しくーとか、私たちだって一生懸命やってるのにーとか、大して頑張ってもないのに勝手に諦めて投げ出す根性なしばっかりだったし」

「……それは……や、うん、大変だったね」

 

 彼女は言葉を濁した。なんだろ、身に覚えでもあるんだろうか。ダンス部なんだっけ? そういうのを捕まえて引き戻した経験とかありそうな気はする。

 面倒見がいいもんね、リサちーは。

 

「ヒナは、なんで友希那の手を取ったの」

「もともと固定のバンドを組みたいなーとは思ってたんだよね。やる気ないゴミばっかでもう諦めてたけど……」

「ご、ゴミって……」

「長くやってるのに楽器歴一年のあたしより下手で、練習でできなかったフレーズを本番まで直さなかった挙句そこでも失敗するようなのはゴミでしょ」

 

 一番最近だからか印象深いのはあのゴミバンドだけど、別に特別酷いわけでもなかった。本番当日にドタキャンしたギタリストもいれば、売り上げ盗んだ挙句スケープゴートとしてあたしのギグバッグに一部残して消えたドラマーもいる。前者はあたしがひとりで二本分補えるようなパートを構築して成功させたから、戻ってきたところで一生あたしと比較されるようにしてやったし、後者はそもそも監視カメラに犯行現場が映ってたから即お縄だったけど。

 あとはそう、まりなさんの計らいでガールズバンドにしか行ってなかったのに、バンド内の同性カップルの片割れに告白されて大惨事になったことも一回あったっけ。

 ……このへんの説明はしなくていっか。嫌なバンドあるあるは全部経験したから上手くてまともな人探してたんだよねーとか、不幸自慢っぽくてダサいし。

 

「ちょいちょい大外れのバンド引いて萎えかけてたんだけどさ。まりなさん……お世話になってる箱の店員さんが、良いボーカル見つけたーって息巻いて友希那ちゃん連れてきたから。まあ……あの子の歌聞く一秒前までは、まりなさんへの義理が百パーだったかなぁ。それでもなんでって言ったら──」

 

 音楽を恨む目をしてたから。

 

「──やっぱり、そういうのぜーんぶチャラにするくらい上手かったからかな。歌唱力ずば抜けてるでしょ」

 

 適当に笑顔を作ってそう言うと、リサちーは「ヒナくらい上手くてもそう思うんだ……」なんて素直に納得していた。

 

 言うわけないじゃん、ホントのことなんて。

 そっちもホントのことは言わないんだから、あたしが心を開く理由はどこにもない。

 

 思った途端バカげてきた。それは向こうも同じなんだから、この時間を設けたこと自体無駄でしかない。ギターをギグバッグに収めて立ち上がる。

 リサちーが目を白黒させた。

 

「ちょ、どこ行くの……!?」

「ひとりになれるとこ。ちょっと本腰入れて練習したいし」

 

 ひらひら手を振りながらリサちーの側を通り過ぎる。次の授業は数2だからサボっていい。現文とかと違って広範な知識を求められることもないから、教科書だけ覚えちゃえば授業を受ける必要もないし。屋上で練習してる方が有意義。お弁当箱なんかも持ってないから身軽で、あたしはリサちーのことはさっさと置いていくことにした。

 リサちーはあたしを友達だと思ってるだろうし、あたしも友情は感じてるけど、たぶん度合いは大きく違う。あたしの中の優先順位、好感度、ヒエラルキーはごく普通のピラミッド構造で、その上空38万キロにおねーちゃんがいる。それだけの話だった。

 

「ゆっくり食べてなよ、無理にあたしに付き合わせる気はないしさ」

「でも、アタシだって練習しなきゃ──」

「リサちー」

 

 必要以上に険が乗った。

 

「基礎練なんか勝手にやんなよ。あたしはあたしの課題を潰すし、リサちーはリサちーで苦手なところあるでしょ? 付き合うなんか時間の無駄じゃん」

 

 曲の練習ならともかく、リサちーは自称ブランクありの初心者だ。初心者の練習内容は地道なもので、必要なのはコツとかじゃなくて根性。あたしが自分の練習時間を消費してまでレッスンを見てあげる理由にはならない。

 

「あたしがバンドを組もうとしてたのはね、もっと上手くなるために切磋琢磨できる場所が欲しかったからだよ。同じラインまで上がってくるのを待つわけないじゃん」

 

 友希那ちゃんは実力があるし努力を重ねた自負もあるだろうね。向こうもそうみたいで、必要な能力は自力で培ってきてるはずだって信頼がお互いにある。だから手を組んだ。

 

「幼馴染だからって、なにさ。ベース弾きなよ」

 

 繋がりが技術に絡むなら、こんな苦しむこともなかったのに。

 おねーちゃんは妹なんかよりギターの方が大事なんだから。おねーちゃんを超えたかったら、あたしも、ギターだけやってなきゃどうにもならないのに。

 

 扉を開けながら、瞼に浮かぶ月の横顔から目を逸らすようにリサちーを振り返る。

 

「それとさ、友希那ちゃんと……友希那ちゃんに、かな? 何があったのか知らないけど。言えないことがあるなら言えないって言いなよ。ヘタに隠される方がムカつく」

 

 それが一番嫌だった。どうしてかは、わかんないけど。

 

 

 

 

 

 Roseliaの練習は居心地がいい。

 

「燐子、もう少し自信をもって弾いていいわ。音量を上げるのもそうだし、ピアノのパートは打ち込みほど正確性を求めなくていい。多少タメを作ったりしても問題ないわ」

「は、はい……!」

「あこは逆に抑えて。サビも走るけれど、その前のフィルが特に酷いわ。手数を増やして破綻するくらいなら叩かない方がマシよ。自分の気持ちくらい御しなさい」

「うっ……き、気を付けます!」

 

 友希那ちゃんはボコボコに言うけど説得力がきちんと伴っているし、受け取る側もガッツがある。キーボードの子は気弱そうだしドラムの子は最年少で年相応に子供っぽいけど、真摯に受け止めて改善に取り組んでいた。反映が遅い気がするけど、リズム感とかの基礎練でどうにかしなきゃいけないところは即修正できるものじゃない……っていうか、それができるならそもそもミスらないだろうし。しょーがないんだろうね。

 

「リサ、スラップとの切り替えがぎこちないわ。ルートのリズム刻みは安定していてもハイポジションに移るときにリズムがよれる。戻るときもピックの持ち替えに手間取って安定しない。ピックを放り出してマイクに差してある予備を使うか、スラップじゃなくてピックで弾くか……妥協したくないなら練習なさい」

「……ッ、ゴメン! 今日は予備で通す! 次までに持ち替えスムーズにできるよう練習しとくから!」

「そう。……日菜、あなたは特に文句もないわ。リズム隊より正確だもの」

 

 リサちーが悔しそうに唇を噛んで俯くのを横目に「どーもー」と返した。

 友希那ちゃん、割と人の態度に無頓着だなぁ。フォローのひとつくらいあっても良さそうだけど、幼馴染らしいふたりの力関係にあたしが首突っ込んだってしょーがないや。なるようになーれ。

 

「ジャンル的にもこれ以上は望みにくいけれど……そうね。重心をもっと落としてもいいわ。キックやベースと溶け合うくらいの方がちょうどいいかもしれないし、一度試してもらえないかしら」

「おっけおっけ、ちょっとEQ触るね。……んー、リサちーのアンプも弄っていい? 帯域被るしセットで弄った方がいいでしょ」

「好きにしていいわ。トータルの編曲はともかく、歪みの音作りに関してはあなたに一任する」

 

 いえーい。好きにしちゃお。

 メタルとかラウド系の音作りはドンシャリであることに越したことはないけど、ベースと棲み分けるか溶け合うかでまたちょっと変わってくる。どう調理しよっかな。

 おねーちゃんを超えるためのアプローチとして、演奏に込めた意図がよく映える音作りも気にするようになった。スタジオミュージシャンになってからそのへんを作家さんやプロデューサーに任せっきりらしいおねーちゃんが、多分持ってない能力。バンド上がりのあたしじゃなきゃ伸ばせないスキルだと、信じて。

 自分のアンプをさっさと調整してリサちーの方に向かい「ちょっとごめんねー」と声をかけつつも勝手に触る。これはー……あー、CiRCLE特有のレア機材だ、まりなさんがいい機材入ったーって小躍りしてたやつ。話聞き流さないでよかった。ちょっとだけ弦のギラつきが出るようにしながら当て勘でツマミを回して、リサちーの方を見た。

 

「リサちー、ちょっと音出して──」

 

 ()()()()()()()()

 どろどろの情念の目。

 月に焼かれた女の目。

 あたしとおんなじ目。

 目の奥に暗いものが見える。鏡で毎朝同じものを見てるから、あたしにはよくわかる。

 その先には、譜面に書き込みをする友希那ちゃんの横顔がある。

 

「……うわー」

「……あ、ヒナ!? ごめん、話聞いてなかった」

「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと音出して? チェックしたいから」

「オッケー!」

 

 溌溂とした笑顔でピックを叩きつけるリサちーはあまりにも普段通りの態度だった。

 あたし、今どんな顔してるかな。引きつってない?

 なにが「友希那の力になりたい」さ。

 どの口で「今の友希那を見てられない」なんて言ってんのさ。

 友希那ちゃんがひとりで研ぎ澄まされていくのが、それをただ指咥えて見てるのが許せない目じゃん、あれ。

 

「……あ、ちょっとアタック強くなった?」

「こっちの方がスラップも目立つし、少しタイトになったからキックとかの邪魔もしないしね。音のスピード感もちょっと変わるから、スラップと比べてみてよ。……持ち替えのコツくらい、教えるからさ」

 

 そう言うあたしがどう見えたのか、リサちーはキツネに摘ままれたみたいな顔をした。

 

「……どういう風の吹き回しなわけ? アタシ、割とヒナには嫌われてたと思うんだけど」

「気が変わっただけだよ。さっさと上手くなってくれるならそれに越したことないし」

 

 言うわけないじゃん、ホントのことなんて。

 そっちもホントのことは言わないんだから、あたしが心を開く理由はどこにもない。

 

「……どう? 聞く?」

「……教えて。なんだって頑張るから」

「あとでジュース一本ね」

「えー……? まあいいけどさ」

 

 実のところ、あたしはリサちーが嫌いじゃない。ギターを始めておねーちゃんとすれ違い始めた頃から積極的に声をかけてきた、数少ない友人。あだ名で呼んでるのはこの子くらいだ。

 音楽室で事情を隠されたときにムカついたのは、あたしと同じ匂いがするから。同族嫌悪だったんだ。

 あたしはおねーちゃんの側にいられなかったのに、なにかを隠したままのリサちーは友希那ちゃんの側にいられる。

 

 ──あたしみたいに、焼かれちゃえばいいのに。

 

 逆恨みの燻るのに目を逸らしながら、あたしはリサちーのベースにあれこれ指図した。

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