この世界での最初の記憶は無数の透明な容器に入った無数の赤ん坊の姿を見たことだ。
最初は夢でも見ているのかと思ったが、一向に覚める気配はなかった。
それから数ヶ月して歩けるようになった時、周囲にいる他の赤子たちが全員全く同じ顔をしていることに気付いた。
質の悪い冗談だと思いたかったが、窓ガラスに映して見た自分の顔も彼らと同じだった。
そして否応なしに、自分もその透明な容器に入れられて育った【クローン】と呼ばれる人造人間であることを知ることになった。
どういうことかさっぱり分からないが、ついこの間まで西ドイツの実業家にして元ドイツ国防軍パイロットだった【ハンス・ウルリッヒ・ルーデル】は、銀河の隅々にまで人が住み、巨大な星間国家が広がる世界に新たな生を得たらしいこと。
そして自分はその星間国家【銀河共和国】の兵士となることが決まっていることも。
自分たちを保育する、やたらと細身で首が長くて目玉が大きい化け物じみた姿の大人たちが言った。
「お前たちはいずれ起こる大戦の脅威から共和国を守るために生まれたのだ」
と。
そして始まるのは訓練の日々。
無機質な白い部屋で身体を鍛え、障害物を乗り越えながら走り、椅子に座れば目の前に鎮座するガラス板に映像を映す機械で画面に映った敵を撃つ。
全てはとんでもなく大きな建物の中だけで完結していた。
時々窓から見える外はずっと雨が降っていて、海は荒れていることの方が多かった。
そんな環境に突然放り出され、幼子の身体になり、名前も付けられずに番号で呼ばれ、いつどこで何をするか何もかもが厳格に決められた日々を送り、娯楽の一つもなく、外にも出られない──頭がおかしくなりそうだった。
というか、実際に何度か発狂の危機を感じて脱走を試みた。
だが、やがては諦めた。
自分がいる場所は海に浮かぶ町で、どこにも出て行くところなどない。
そして、自分も含めてここにいる同じ顔をした少年たちは戦うためだけに「製造」された「消耗品」であり、「不良品」と見なされたなら容赦なく「
それを思い知らされたからだった。
そしてもうとっくに燃え尽きたと思っていた空を飛ぶことへの渇望が蘇るのを感じた。
どうせ戦場で戦って死ぬために作られた人造兵士としての運命から逃れられないのなら、せめて遮るもののない自由な空で戦いたい。シュツーカを駆っていたあの頃のように──そう願った。
その願いが通じたのか、程なくしてパイロット課程の選抜試験が行われることになった。
当然真っ先に志願した。
前の人生で持っていた「異常高度に耐え得る」と評価された身体能力や操縦センスが今の自分にあるかは分からなかったが、懸念に反してあっさり合格した。
そこからは馴染みのある訓練が始まる。
座学から始まり、耐G訓練やフライトシミュレーターを使った操縦訓練を経て、練習機を使った実践的な操縦訓練に移る。
最初に使ったのは球体型のフライト・ポッドだった。
操縦はほぼオートメーション化されていてパイロットの介入する余地が少ない分、操作は簡単で済み、事故も起こしにくい。
訓練中のパイロットでも安全に操縦できるという点においては中々に優秀な代物だった。
基本的な機動と編隊飛行を叩き込まれた後は、本格的に本物のファイターを使った訓練が始まる。
洋上の町から連れ出され、初めて別の星に行くことになった。
ようやくこの無機質な白い町から抜け出せると思って、その日の夜は興奮で眠れなかった。
◇◆◇
ルーデルたちが連れて行かれたのは【リシの月】と呼ばれる場所だった。
一年の半分が冬の荒涼とした星で、山脈から渓谷まで様々な地形があり、飛行訓練にはうってつけの場所だ。
そこでルーデルたちは初めて本物のスターファイターに乗り込むことになった。
スレイン&コーピル社製の【V-7スコール・スターファイター】──極限まで切り詰められた小さな胴体と巨大な垂直尾翼、そして離着陸時に主翼の半分が上に向かって折り畳まれるSフォイルと呼ばれる機構を持った機体だった。
さすがは宇宙進出を果たしている世界、ヤンキー共のトムキャットが可愛く見えるくらい奇怪な機体が出回っているらしい。
だが、V-7は奇怪な外見に反して素直で扱い易かった。
装甲が貧弱なのは気になるが、敵機に追いつき引き離せる速力と敵弾を躱せる機動力がある。
それに震盪ミサイル発射管とハードポイントを備え、地上目標や艦船への爆撃も可能なのが良い。
悪くない機体だ、と思った。
すぐに馴染んだし、国防軍時代の記憶や経験を活かして他の誰よりも上手く飛べた。
教官を務めた傭兵たちも口々にルーデルを褒め称えた。
曰く、「命知らず」「イカレ野郎」「気の触れたヴァルチャー」──褒め言葉のはずだ。
国防軍時代にも色々言われたのを思い出す。
やがてルーデルには仲間たちからも渾名がついた。
【
ファイターの速度と重量故に引き起こしが難しく、そもそも必要性も薄いことから、マニュアルに載っておらず、教官たちもやらない急降下爆撃をしょっちゅう試みては地面に激突しかけていたからだった。
だが、何もシュツーカへの郷愁からやっていたのではない。
深い角度での急降下が対空射撃を喰らわないためには最も効果的だったからだ。
それに爆撃の精度も上がる。
だが悲しいかな、スターファイターの主目的は宇宙空間における敵ファイターの排除及び宇宙船への攻撃であり、対地攻撃はガンシップと呼ばれるローターのないヘリコプターのような機体の領分だった。
そしてガンシップは兵員輸送を主目的としているせいで鈍重なくせに打たれ弱く、おまけにパイロットと火器管制員が別々で全く好みではなかった。
そのうち教官からそんなに爆撃が好きならガンシップ隊に転属してはどうかと言われて、渋々急降下はやめた。
スターファイターの操縦に慣れてくると、空中戦の訓練が始まる。
十年近く前のトレード・フェデレーションによる惑星ナブー侵略の際に用いられた【ヴァルチャードロイド】との戦いを想定し、似た挙動をする標的機を撃墜するという内容だ。
無人機であるヴァルチャードロイドは極めて小型軽量で機動性が高く、単純な旋回勝負の格闘戦では勝ち目がない。さらに上手く背後を取ってもその高速故にすぐに逃げられてしまう。
弱点は装甲もシールドもないが故の防御力の低さと、速度と運動性能に頼り切った単調な戦い方しかできないこと。
つまり、パイロットにはその弱点を突いて背後を取る機知と操縦技量、そして僅かな射撃機会を逃さない射撃能力と反射神経が求められる。
耳障りな警告音がコックピット内に響き、標的機の接近を知らせてくる。
既に照準レーザーの照射を受けている。ものの一、二秒で致死的な威力の光弾が迫ってくる。
素早く機体をロールさせて回避する。
訓練なので弾の威力は抑えられているが、直撃を貰えば不愉快な振動は発生するし、何より教官に減点される。
適性なしと判断されてガンシップ隊や地上勤務に送られるのは御免だ。
スキャナーのモニター上に赤い輝点が一つ。いや、二つ。
その方向に目を凝らせば、青い光跡を曳いた誘導弾がこちらに迫ってくる。
すぐに旋回してフレアを射出すると、誘導弾はその一つに突っ込んで花火になった。
だが、その後から誘導弾を放った下手人──白く塗装された円盤型の標的機が赤い光弾を乱射しながら猛スピードで迫ってくる。
小刻みなロールを入れて射線から逃れつつ、速度を落として標的機を前に押し出す。
直後に加速力を活かして背後を捉え、回避行動を取られる前にブラスター砲を撃ち込んだ。
青い光弾が標的機を直撃し、爆発四散させる。
『なかなかやるようになったじゃないか。もうそろそろ俺たちと模擬空戦ができるかもな』
教官【フェン・ラウ】のもったいぶった声が通信機から聞こえてくる。
「ではお手合わせ願えますかな?ラウ教官殿」
『ほう?言ったな』
待ってましたと言わんばかりに、雲の向こうからラウ教官の乗るファング・ファイターが現れる。
無人機相手の訓練はもう飽きた。
攻撃パターンは大体同じだし、その対策も同様。
今や同期の訓練生たちの中で最も速く標的機を撃墜できるまでになってしまった。
「ではお願いします」
『逃げずに受けて立つ勇気は褒めてやろう。その勇気に免じて先手はくれてやる。かかってこい』
余裕綽々のラウ教官の態度に思わず口角が上がる。
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
武装を低威力の訓練モードに切り替え、スロットルを上げて戦闘速度に加速すると、ファング・ファイターは翼を翻して降下を開始する。
得意の高速域での格闘戦に持ち込もうというのだろう。
ファング・ファイターは翼面積が大きく、翼面荷重が低い上に翼全体を回転させて推力を偏向する機能まで備えているため、旋回性能に極めて優れている。
速力重視のV-7では格闘戦をしてもまず勝てない。
その代わり速度では上回っているため、逃げるも追うもこちらに選択権がある。
対ドロイド戦と同様、格闘戦に乗らずに一撃離脱に徹すれば──
そう思ったが、ラウ教官は一向に格闘戦を挑んでこない。
あっさり後ろを取ったルーデルはのろのろと飛ぶファング・ファイター目掛けてブラスター砲を浴びせるが、ラウ教官は巧みに機体を横滑りさせて最低限の動きで躱す。
下手に距離を詰めれば前に押し出されてしまうため、付かず離れずで背後を占有し続けなければならないが、そのせいで全く射撃が当たらない。
こちらの射撃タイミングを読まれているかのように、絶妙なタイミングで射線から逃げられてしまう。
実にやりにくい相手である。
自分たちの教官で、この世界での戦闘機戦のベテランなのだから当然だが。
やはり押し出されるリスクを取ってでも距離を詰めるほかない。
押し出されたなら速度差で振り切ればいい。
そう思って、もう少し増速してファング・ファイターに接近すると、突然ファング・ファイターは緩やかな上昇を始めた。
すかさず後を追う。
上昇力なら軽量なこちらの方が優れている。
しかもファング・ファイターは小刻みな動きを少しずつ落としていき、真っ直ぐに飛び始めた。
そして照準コンピューターが完全にファング・ファイターを中心に捉え、射撃ボタンを押し込もうとしたその時だった。
突然ファング・ファイターは推力を失ったかのように落ちていった。
一瞬何が起こったのか分からず、面食らっている間に下から銃撃を喰らい、機体が揺れた。
『悪くなかったぞ。ストールターンを使わされたのは久しぶりだ』
ラウ教官の言葉でタネが分かった。
自機を意図的に失速させて敵機を前に押し出す戦法──国防軍でヴュルガーのパイロットがやっていた捻り込みのようなものだ。
この技が使えればドロイドファイターに後ろを取られても逆転できる!
模擬空戦には負けたが、凄い技を知ることができた喜びの方が何倍も大きかった。
それ以来、ルーデルはラウ教官が見せる不思議な機動の数々の研究に夢中になった。
ラウ教官はあのような機動は敵味方入り乱れる実戦で使うものではない、実戦では使う必要が出てきた時点で負けなのだと言っていたが、それでもどうしても使ってみたかった。
自分が今乗っているのはシュツーカではなく、一人乗りのファイターであり、頼れる後部銃手はいないのだ。
ならば、後ろを取られた時の奥の手は持っておいた方が良いに決まっている。
そう考えて、ルーデルは暇さえあればファイターを飛ばして練習を続けた。
ラウ教官から呆れ顔でお墨付きを貰ったのは訓練全体の終了間際だった。
訓練を全て完了したルーデルたちは正式にパイロットとなり、修了メダルと真新しいフライトスーツを支給された。
かつて星を出ることすらままならなかった世界の地上で老いさらばえて死んだシュツーカ乗りのルーデルは、新しくスターファイターパイロットとして生まれ変わった。
そして、運命の日──ジオノーシスの戦いの時がやって来る。