青春100%   作:完結の陽炎

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プロローグ「姉弟の距離感」

 東城正太郎には一つ年上の姉がいる。

 フルネームで表すと東城綾。

 幼少期から読書好きで運動が苦手である。

 

 ある日、綾が転んでしまい正太郎の鼻に激突。

 あまりの痛みに大泣きをしたのは言うまでもない。

 それ以来、物理的に距離を置いてしまう。

 このままでは姉弟の関係は一向に改善されない。

 それを心配した両親は一冊のノートを与える。

 お互いに好きなことを書く交換日記だ。

 直接の手渡しができなくても置き配で対処ができる。

 幸いにも姉弟は別々に子ども部屋があった。

 

 日記の開幕は綾からのスタート。

 1ページにごめんなさいという無数の文字が広がる。

 弟を傷つけた罪悪感がとても大きかったのだろう。

 それを目にした正太郎は恐怖と同時に怒りがこみ上げる。

 ビビったという屈辱感で少年のプライドに傷がついた。

 

 2ページ目より先は何も書かれていない。

 姉に負けまいとページを埋め尽くす意思を固める。

 だが姉みたいに同じ単語を繰り返すつもりはない。

 正太郎がとった対抗手段は工作。

 折り紙、はさみ、糊の3つを用意する。

 太陽・雲・飛行機・猫・兎など。

 思いつく形に切ってから日記のページに貼り付ける。

 ペタペタと力強く姉への仕返しを込めた。

 

 送り付けられた綾は弟からの贈り物だと解釈。

 思い描く世界を浮かべ兎と猫の冒険を創作する。

 オチもヤマもない絵本もどき。

 他愛の無い内容を一生懸命に書き上げてみせた。

 

 正太郎は驚く。

 ノートに描かれた姉のファンシーな世界に。

 子ども心ながらに才能を感じさせた。

 やられたらやりかえす。

 兎が飛行機に乗って月へ行く。

 猫が雲の上で昼寝をしながら旅をする。

 支離滅裂な発想で姉の絵本もどきを二次創作。

 どれだけ内容がお粗末でも正太郎は書かずにいられなかった。

 

 綾の瞳はキラキラと輝く。

 自分の世界に弟が入り、さらなる可能性を広げてくれた。

 日記という目に見える形で表現されることが楽しい。

 それが二人にとっての始まりになった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 小学校で親しい友達がいる。

 メガネをかけた訛り言葉を話す男子生徒の内場。

 プロの漫画家という将来の夢に向かって描いている。

 それを読みたいとおねだりをする正太郎だったが。

 

「そとむらがみとるで」

「ぬけがけか」

 

 内場の漫画を誰よりも早く目を付けたのが外村美鈴。

 いつも前髪を左右に分けてピンで固定をしている。

 その目付きは鋭く、愛想がなく、言葉が厳しい。

 普通なら敬遠をするものだが、正太郎は全く気にしない。

 

「サンボウずるいぞ。ぬけがけすんなよ」

 

 正太郎があだ名を付けた美鈴ことサンボウ。

 トップクラスの成績を持つ賢い人という意味だ。

 

「うっさい。ゆい、そいつだまらせて」

「いいよ。あとでゆいにもみせてね」

「おいニンジャ、オレのうしろにたつな」

 

 ボーイッシュで活発的な女子生徒の南戸唯。

 ショートパンツで動きやすさ重視の小型なスタイル。

 隠れ上手、不意打ち上手、素早いことからニンジャとあだ名付けた。

 素っ気ない美鈴と人懐っこい唯で正反対だが不思議と仲良しである。

 しばらくして美鈴が唯に手渡したので正太郎も一緒に読む。

 今回は4コマ漫画に挑戦をしていた。

 

「ゆい、おもしろかった?」

「うーん……よくわかんない。でも絵はじょうずだよ」

「アンタは?」

「絵はうまいぞ」

「ほかには?」

「イロイロなおせばイケるぜ」

 

 絵以外に褒めるところがない。

 改善をすれば面白くなるのは間違いない。

 正太郎の持つ漫画に美鈴が指をさして一言。

 

「なおして」

「えっー!! マンガなんてかけないって!!」

「モジでいい」

「そんなの、だれもみないだろ」

 

 小説は漫画と違ってとっつきにくい。

 想像力が豊かでなければ読む気が失せるだろう。

 国語の授業を受けているようなものだ。

 

「アンタのまえにいる」

「サンボウが? マジで?」

「つべこべいうな。すぐなおして」

「……わかった。うちば、コレかして。あとでかえす」

「ええよ」

 

 絵と台詞の組み合わせを文字に変換。

 設定の付け加えをしてキャラの持ち味を引き出す。

 姉の交換日記で学んだことを活かしての二次創作だ。

 

 幾日か経過しての放課後。

 完成した作品を美鈴に渡す。

 好奇心で唯も見ようとしたが即座にギブアップ。

 拒否反応があったのは正太郎の予想通り。

 だが美鈴だけは違った。

 正太郎の小説を読破し、その上で内場に向けて漫画の内容を批評。

 文句を言いつつ、こうすれば良くなるという意見を出した。

 

「わかった!! つぎはもっとガンバるで!!」

 

 改善が分かればすぐに立ち直れる。

 その先に成長という名の希望があるからだ。

 この時、正太郎は感動をしていた。

 姉以外に誰も文字だけの世界について来れないのに。

 唯みたいに読めないとなるのがオチだったのに。

 サンボウが只者ではないと認識を持った。

 

 別の日、内場の新作漫画を美鈴が一番先に確認して二番手は唯。

 読み終えたら美鈴がそれを手に正太郎へ突き出す。

 

「なおして」

「またかよ。サンボウがかけばいいじゃん」

「かけないからいってんの!!」

「うちばのマンガ、ダメなところいわないの?」

「それだけじゃダメ!! なおせるところもいるの!!」

 

 そういうことかと正太郎は理解をする。

 まるで修理屋になったような優越感を味わう。

 依頼をされるのも悪い気がしなかった。

 

「それをこっちでやれと? だったらダメなところをいえ」

「わかった。ちゃんとききなさいよ」

 

 美鈴が問題点、正太郎が改善点。

 二人の連携で内場の漫画レベルが上がっていく。

 こうして好循環な関係が成立をした。

 しかし唯だけは何もしていない。

 それにより唯の不満が溜まってしまう。

 

「ゆいもしたい!! おてつだい!!」

「それなら、やくにたつスキルをさがせよ」

「スキルってなに!? そんなの、あるワケないじゃない!!」

「ある!!」

「ない!!」

「あるある!!」

「ないない!!」

「まーまー、ケンカはアカンでふたりとも」

 

 近くで見かねた内場が間に入ってきた。

 その際に提案が出される。

 スキルを見つけたら正太郎の勝ち、見つけなければ唯の勝ち。

 負けたら勝ったほうの言う事を聞く。

 このルールで二人のテンションは爆上がりだ。

 

「しょうぶだニンジャ!!」

「しょーたろにまけない!!」

 

 具体的にどうやってスキルを探すのか?

 内場が描いたことのあるファンタジー漫画を参考にする。

 二次創作における柔軟な発想あるいは置き換え。

 現実と照らし合わせてアイデアを捻り出す。

 

「いくぞニンジャ」

「どこにいくの?」

「ウワサのニンキモノ」

 

 向かった先は上級生の教室。

 そこで聞こえ高き人気者、西野つかさがいる。

 お菓子作りが上手いという噂も耳にしている。

 甘いおやつは正太郎にとって最高の回復アイテムだ。

 その期待でワクワクと胸が高まっていく。

 

「ねーねーしょーたろ」

「なんだよ?」

「しょーたろのおねえちゃんとナカヨシだね」

 

 つかさが積極的に話しかけ、綾はしっかりと耳を傾ける。

 聞き上手のようで相槌の反応もいい。

 適度に言葉も返して、会話のキャッチボールができている。

 

「ドジ、なおったかな?」

「しょーたろ、なんでゆいのうしろにいるの?」

「これぞニンジャバリア。これでドジをぼうぎょ」

「ひっどぉい!! ゆいをタテにしないで!!」

 

 入口で騒ぐことでつかさと綾が気付く。

 綾は驚いていた。

 学年が違うので弟とは接点がない。

 校内で顔を合わせることがないから。

 

「キミたちどうしたの?」

 

 つかさが問いかけてきた。

 唯を盾にしたままで用件を伝える。

 その際に自己紹介も済ませた。

 

「おかしつくるのスキだし、おしえてもいいよ」

「ありがとうございます。えへへ」

「よかったなニンジャ。これでスキルをゲットだぜ」

「ところでキミ、おんなのこをまえにコソコソするなんてダメだぞ」

「これはニンジャバリア。まもりのワザだぜ」

「もぉー!! だからゆいはタテじゃない!!」

「ドジなおってるか。わかんないからヨージンするんだよ」

 

 さっきから黙り込んでいる綾。

 つかさが背中を押して前に出させた。

 ちゃんと話をするように促したのだろう。

 しかし不機嫌そうな弟を目の前に何を話せばいい?

 無意識に急所の鼻を庇う有様。

 過去のトラウマが蘇っているのだろう。

 

「おねえちゃんのこと……キライ?」

「ドジはキライ」

「なおしたら、キライじゃなくなる?」

「なおったらいい。ハナにぶつかってイタイのはイヤだ」

「ごめんね。なおすからゼッタイに」

「がんばれ。タイイクだいじょうぶ? ケガしてない?」

 

 鉄棒、跳び箱、ドッジボール、短距離走、なわとび等。

 いずれも運動が苦手な綾には苦行となる。

 ドジが多発すること間違いなしだ。

 

「だいじょうぶ。シンパイしてくれて、ありがとう」

「ほんと?」

「ほんとうだよ。あたしがついてるからね」

 

 つかさが胸を張って返答してくれる。

 しかもドヤという誇らしげな顔つきで。

 危なっかしくて放っておけない。

 近くで支えたり、庇ったりでフォローが欠かせない。

 だからといって一方的な関係でもない。

 つかさが勉強で困った時は綾がサポートをしてくれる。

 お互い様ということで補いあっていた。

 

「ねえキミ。ちょっと気になったことがあるんだけど、いい?」

「どうぞ」

「おねえちゃんってよばないの? あや、かなり気にしてるんだよ」

「ちょ、ちょっとつかさ!!」

 

 綾が動揺をしながら止めに入る。

 ずっと呼んでいない。

 両親も気付いているが静かに見守っている。

 無理矢理に呼ばせても逆効果になるから。

 

「よんだほうがいい?」

「よんであげたらいいじゃん。あや、よろこぶよ」

「しょーたろ。イジワルしないでよぼうよ」

「あ、あのつかさ、ゆいちゃん。べつにいいから」

 

 日記のノートで弟の気持ちは分かっている。

 それ以上は欲張りが過ぎてしまう。

 弟を困らせるつもりはない。

 事実、正太郎は困り顔をしている。

 長く口にしなかったせいで呼べない。

 きっかけを失っている。

 遮るようなチャイムが鳴り、何も言えずにその場をあとにした。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 一言に姉といえども、その呼び方は様々である。

 お姉ちゃん、姉ちゃん、姉さん、お姉様、姉上、姉御、姉貴。

 これに名前を加えるバージョンもある。

 文字だけで書き出しても決定打にならない。

 音の響きによる呼びやすさも重要だ。

 そこに妥協はない。

 ずっと呼び続けるなら尚更のことである。

 周りはどのように呼んでいるのだろう?

 兄弟姉妹はいるのだろうか?

 それを参考にしたくて、正太郎は聞き込みを始めた。

 ヒットしたのは美鈴である。

 しかし……。

 

「イヤよ」

「なんで?」

「イヤなものはイヤ」

「サンボウのくせに、こたえになってない」

 

 美鈴には一つ上の兄がいる。

 学校へカメラを持ち込んだ小学生として有名な外村ヒロシだ。

 先生に一時的な没収をされて怒られたというエピソード付き。

 美鈴としては他人のフリをしたい気持ちであろう。

 そのため兄の呼び方での回答は拒否である。

 

「ちくしょう、ケチなサンボウだぜ」

 

 仕方がないので内場の漫画を調べる。

 だが出てくるのは兄弟ぐらいだ。

 姉弟という立ち位置での漫画がない。

 

「うちば!! なんでかいてないんだよ!!」

「そ、そういわれても。キャラとしてかきにくいんや」

「つ、つかえね!!」

「ふつうにおねえちゃんでいいんじゃない?」

「なんだよニンジャ。きゅうにヨコヤリすんな」

「ひっどい!! なかまはずれにしないでよ!!」

 

 時間が流れて帰宅した後の自室。

 日記のノートを片手に考えてみる。

 呼ばれる側のリクエストを尋ねるのが一番てっとり早い。

 スラスラと書いて姉の部屋へ届けた。

 その後、ノートの返事を受け取ったので確認をする。

 呼びやすいように呼んだらいい。

 両親の呼び方を参考にしたらいい。

 そういった感じのアドバイスが書かれていた。

 

「なるほど……」

 

 できればシンプルに短めの呼び方がいい。

 長い呼び方では面倒で呼ばなくなる。

 候補として二つまで絞れた。

 ねーちゃん、あやねえ。

 前者は王道。唯が提案したおねえちゃんよりも一文字短い。

 後者は名前つきの姉バージョン。こちらも短めで他者との被りが少ない。

 どちらも小声で試す。

 音の響きは前者が馴染みやすい。

 ちゃん付けが親しみやすいのかもしれない。

 後者は名前の呼び捨てにしてしまいそうな気がする。

 

「きまりだ」

 

 両親のこともある。

 父をとーちゃん、母をかーちゃん。

 それなら姉をねーちゃんとすれば統一感がある。

 あとはいつ、どのようなタイミングで呼べばいいか?

 そこが課題として残されてしまった。

 

 後日、呼ぶためのきっかけを探す。

 綾と仲良くしているつかさなら可能かもしれない。

 姉が世話になっているから、話題にしても不自然にならない。

 問題があるとしたら、近くに綾がいること。

 本人を目の前にして果たして呼べるだろうか?

 心理的なハードルが高い。抵抗感を覚えてしまう。

 だが……。

 

「……」

 

 つかさと綾のいる教室へ単身突撃をする。

 入口で立ち止まったまま途方に暮れる。

 そこへつかさが気付いて近寄ってくれた。

 

「こんにちわ、おとうとくん。あ、しょーたろうくんのほうがいい?」

「おとうとでいいよ、つーさん」

 

 自己紹介の際にあだ名を付けている。

 つかさは大いに気に入ってくれた。

 ニックネームで呼ばれたことがないので新鮮味があるのだろう。

 

「わかった。それでどうしたの? きょうはひとりだね」

「うーん、ちょっといいにくいことがあって」

「ちがうところにいく?」

 

 つかさだけで場所を変えてくれそうな状況。

 大変に望ましい事だが不安もある。

 姉のドジが心配だ。

 つかさのいない間にケガをしてしまうかもしれない。

 そんな弟の視線を見てつかさが察してくれた。

 

「おとうとくん、あやもいっしょでいい?」

「いいよ。シンパイだし」

「やさしいね。あや、いっしょにいこう」

「で、でも……」

 

 つかさが手を引っ張ってリードする。

 綾が転ばないようにしっかりと手を繋ぐ。

 人目のつかない階段近くへ移動。

 休み時間は限られているので思い切りが大事。

 あとは勇気を出して口にするだけだ。

 

「つーさん。よびかたはきまったよ」

「やっぱりね。ゼッタイあやのことだとおもった」

「バレバレか」

「あやのこと、ジーとみてたからね。バレバレだよ」

「……ひつようがないとよべないんだ」

「ふーん、あたしがきっかけになるってこと?」

「せわになってるから」

「だれが?」

「……つーさんが、手をつないでるヒト」

「ちょっとおとうとくん、イマのはないんじゃない?」

 

 つかさが呼ばせようとわざわざ振ったのに。

 ひらりとかわしてしまう正太郎。

 ひねくれ者と思われても仕方がない返し方であった。

 

「つーさん、どこまでしってるかはわからないけどさ」

「なになに?」

「そのヒト、ドジだし、ジミだし、タイイクがダメだし」

「べつにいいじゃん。あやらしくて」

「ベンキョウができる、アタマがいい、セイセキもいい」

「そこがあやのスゴイところだよね。あたしよりもエライよ」

「そ、そんなこと……もぉー、さっきからなんなの!!」

 

 普段おとなしい綾が珍しく声を張り上げる。

 これには流石のつかさもビックリ。

 友達では決して見れない姉の顔である。

 綾が一歩踏み出して転びそうになるも――。

 

「へえー」

 

 つかさから感心したような声。

 あの運動音痴の綾が踏ん張った。

 これには正太郎も目を見開く。

 実に信じがたい様子だが現実は目の前にある。

 二度と弟を巻き込まない。

 衝突事故なんて起こさせない。

 あの時の綾とは違う。

 絶対にドジを治すと誓ったから。

 

「言いたいコトあるなら言って!! わたしはしょうたろうのおねえちゃんだから!!」

「……はじめてじゃない?」

「えっ?」

「なまえ、よんだの」

 

 指摘をされて綾は振り返る。

 確かに覚えがない。

 本人に向かって名前で呼んだ記憶がない。

 きっかけを失っていたのは正太郎だけではなかった。

 

「あっ……」

 

 綾も人の事が言えない。

 たとえ姉弟で外見は似ていなくても呼べなかったことは同じ。

 血は争えない。

 正太郎からも一歩踏み出す。

 お互いの距離が今までにないほどに近付いた。

 

「オレはねーちゃんのおとうとだ。いいたいことはそれだけ」

 

 傍で見守るつかさは生涯忘れないだろう。

 姉弟が互いを呼び合った瞬間を。

 もう遠慮するような距離感はなくなっていた。

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