青春100% 作:完結の陽炎
夏祭り中止で告白のタイミングを失う。
それを事前に分かっていれば対策は可能。
内場は漫画を描いて美鈴の家まで持っていく。
正太郎がインターフォン前にいた時は胸騒ぎをした。
しかし問題はない。
あーちゃんの所へ行き、内場にとって最大の障害はなくなった。
美鈴の部屋でコーヒー牛乳を頂く。
心の内は期待と不安に満ちている。
そして渡した漫画を美鈴に読んでもらった。
「このキャラのモデルは貴方とあたし。そしてラストシーンは貴方が告白して終わっている」
「続きは現実次第や」
「漫画で告白するのは、貴方らしいやり方ね」
「僕にはそれしかない不器用な男なんや」
「……恋愛にゴールなんてあるのかしらね?」
「え?」
「付き合い初めてどれだけそれを続けていられるのか? 途中で別れたりなんて不安にならない訳でもないのに」
「それ言われたら誰もが先へ進めんようになるで。タイムマシンでもない限り、未来を知ることはできん。せやけどな、だからこそおもろいんやで。自分の人生のネタバレなんてされとうない。自分で決めて進むのがええんや」
漫画で得た理論を熱く語る内場。
それは美鈴の心へ確かに届いている。
本棚で飾られている正太郎の二次創作ノートを一瞥。
もう迷わなくていい。
どちらかを選んでもいい。
それで壊れてしまうぐらいなら、いっそのこと壊してしまおう。
中途半端こそ美鈴が嫌うところである。
「内場、貴方には下の名前という触れてはいけない禁則事項があるわね」
「……最悪のキラキラネームや。東城たちにも気を遣わせてしもうてスマンと思う」
「漫画を描くきっかけになったのって、将来ペンネームで改名代わりになるから?」
「きっかけは確かにそれやな。楽しいから描くがメインやけど」
内場の下の名前は伏せている。
本人がそれを望まない。
よって美鈴が違う切り口で告げた。
「今からあたしの言うことに同意してくれるなら、貴方の告白を受けます」
「っ!!」
「これからは美鈴と呼ぶこと。呼び捨て以外は認めない。あたしからは、内場じゃなくて貴方と呼ぶことにするわ。他の人に向けて貴方を指す場合は彼と呼ぶ。あたしからは以上よ。貴方の答えは?」
「オーケーや!!」
これ以上にないほど気持ちがいい返事。
美鈴はおもむろに本棚から二次創作ノートを取り出す。
内場の漫画と入れ替えて、堂々と目立つ位置へ飾られた。
それが美鈴の出した答えである。
………………。
…………。
……。
あーちゃんから聞かされた内場の好きな人。
それが美鈴である。
肩を寄せ合うあーちゃんの体が微かに震えた。
目をギュっと強く瞑って不安に耐えている。
そして正太郎の反応は……。
「なるほど。そういう事だったのか」
スッキリとしていた。
謎が全て解けたと言わんばかりに。
「これが父親が持つ感情だったのか」
「……え?」
あーちゃんの予想を超えた発言。
思わず正太郎を見つめてしまう。
「あーちゃん。オレさ、昔っから父親キャラが大嫌いだったんだ」
貴様のようなヤツに娘は渡さん。
そんなお約束のシーンが正太郎は嫌いだった。
なんでそんな意地悪なことを言うのか?
当時の正太郎には訳が分からなかった。
しかし今なら……。
「美鈴って普段から愛想がないし素直でもない。これから先、アイツを助けてくれる変わり者がいるか心配していた」
正太郎たちがいなかったら孤立をするタイプ。
なまじ何でもできるようなイメージが強いだけに敬遠されがちだ。
本当は寂しいくせに表に出そうともしない。
「頭の中で勝手に浮かび上がったのは、その感情が無意識に出てたんだろうな」
今も浮かび上がっているが、先ほどとは想像が異なる。
確かに美鈴は消えていない。
しかし傍に内場がいてくれている。
正太郎の中での内場は、親指を立ててのサムズアップをしていた。
「他の男だったら、美鈴は渡さんというお父さんキャラになっていただろう。でも内場なら安心して任せられる。肩の荷が下りた気分だぜ」
あーちゃんは静かに聞き続ける。
捉え方こそ飛躍をしているが、内場任せという点は当たった。
そして問題はここからだ。
「これで残るは素のあーちゃん。あ、演技タイプは今は置いとくな」
「うん」
「もう他に任せられる男がいない。内場は美鈴を選んでいるから」
父親的な感情として美鈴を見ていた。
それならあーちゃんに対しても当てはまる。
だから正太郎が名乗り出ることはない。
恋人ではなく父と娘という解釈を立てられているから。
これであーちゃんが納得するはずもない。
「あたしはしょーくんが好き。だから他の男なんて考えないで」
ストレートに告白をして嫌なことは嫌とハッキリ伝える。
正太郎のシャツを強く握り抗議の態度も示した。
「あーちゃんの気持ちは男女という恋愛感情。でもオレの気持ちは親子感情だ」
感情が違うから成立しない。
そのような拒否でもあーちゃんは引き下がらない。
「あたしがしょーくんの感情を変えてみせる」
「どうやって変える?」
「あたしと付き合って下さい。彼氏彼女として」
あーちゃんの押しが強い。
ここまで来たら開き直る以外に道はない。
元より後戻りをするつもりがない。
「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。そんな博打に賭けるのか?」
「しょーくんは変わることが怖い?」
「スキンシップの経験から、多少怖いと思うかもしれない。でも色々試すことで慣れるのも経験したぜ」
「あたし、しょーくんは嫌がることはしないって約束する」
「それはお互い様。あーちゃんが嫌がることをするつもりはオレもない」
「だったら付き合って下さい。あたしが嫌がることをしないのなら」
「そう来たか……いいぜ。そっちが本気ならオレも本気で相手をする。それが礼儀ってものだぜ」
この瞬間、感極まったあーちゃんが正太郎の胸へ飛び込む。
夢ではないことを確認するように胸に顔を埋めた。
ちょうどいい位置にあーちゃんの頭がある。
正太郎は何気なく彼女の髪を撫でていた。
………………。
…………。
……。
情報交換も兼ねて今後の話し合いをしたい。
あーちゃんが賛同をして美鈴の家に電話を掛ける。
内場も一緒にいることが判明した。
「しょーくん、美鈴さんの所へ行く? それともこっちへ来てもらう?」
「言い出しっぺのオレたちから行くのが筋だぜ。美鈴にそう伝えてくれ」
「わかった」
美鈴の了解を得て外出。
ちーちゃんが表に出てハイテンションモード。
正太郎の左腕に抱き着いて上機嫌になる。
「なるほど。腕組みにすると手汗を気にしなくて済む訳だ」
「ちなみ、ちゃんと考えてあるんだよぉ。偉いでしょ」
「けど、そんなに抱き着いて暑くないか? この真夏の外で」
「平気平気。ちなみの愛情は、こんな夏の暑さなんかに負けないんだから」
「自然を敵に回しても碌なことにならん。程々にしとけよ」
足を踏まないように細心の注意を払う。
密着で相手の動きが伝わって分かりやすい。
そのリズムに合わせるようにして歩く。
「しょーくん合わせてくれるんだぁ、優しい」
「内場の格闘漫画で、呼吸を合わせる重要性を説いていた。現実でも応用ができるんだぜ」
「内場くんのマンガ、ホント色々描いてて面白いね」
「まったくだ。あ、今度ちーちゃんと演技やってみたいな。なりきりキャラ小説の参考に」
「わーい、久しぶりにしょーくんと演劇だぁー」
「台詞があまり覚えられないという壁にぶつかって苦戦するけどな」
「そこはアドリブでいいじゃん」
「まあ、それは後にして――おっと着いたぜ」
美鈴の家へ到着。
空いてる右手でインターフォンを鳴らす。
美鈴と内場が二人揃って出て来た。
「アンタたち、この暑い中よく腕なんて組めるわね」
「ちーちゃん、美鈴から指摘されたぞ」
「美鈴、羨ましいなら素直に内場としたらいいじゃん」
「別に羨ましくないわ。ほら、とっとと入りなさいよ」
家の中に入ってあーちゃんへ切り替わる。
ハイテンションから一気にクールダウン。
腕組みから正太郎のシャツ袖をつまむに変更。
急な変化に美鈴と内場は苦笑いを浮かべる。
「ホント、別人の空気を出すのよね」
「同一人物に思えないほどやな」
一方、正太郎は全く動じない。
むしろ変化を楽しんでいる。
あるがままの彼女を受け入れていた。
「しょーくん、迷惑じゃない?」
「シャツの袖なら気にするな。こういうやり方があることは恋愛小説で学んでいる」
「服が伸びちゃうかも……」
「それより歩調を合わせるから、もうちょっと体を寄せてくれ。リズムが分かりにくい」
「わかった」
あーちゃんができるだけ正太郎にすり寄る。
動くスピードがやや遅めのゆっくり。
そこだけ気を付ければ、呼吸を合わせていける。
「あーちゃんのリズム、見切ったぜ」
「東城、バトル漫画のノリでイチャラブすんなや」
「あーちゃんが本気で相手するから、オレも本気で応じているんだよ」
「なんや僕では分からん世界があるみたいやな」
「安心しなさい貴方。あたしも分からないし、知ろうとも思わないから」
美鈴の貴方呼びに、あーちゃんが祝福の微笑みを浮かべる。
正太郎も感心した様子で少し頷いた。
部屋に入り、四人でテーブルを囲む。
こまめな水分補給をしながらの話し合いとなった。
「ちなみ、先にこれを渡しておくわよ」
正太郎が書いた内場漫画の二次創作集ノート。
それをあーちゃんが丁寧に受け取る。
「いいの?」
「今のちなみなら託してもいい。そう思ったから」
「ありがとう、大切にするね」
本棚に飾られている内場の漫画。
それに視線を向けているのが正太郎。
内場は照れくさそうにメガネを触っていた。
「どうやら、あの漫画は美鈴専用らしい」
「せやねん。悪いな東城」
「構わん。オレの二次創作も、そろそろお役御免だろ?」
「なんや、そこまで見抜いとるんか?」
「いつまでもオレが改善点を出す訳にはいかんからな」
「今までの改善、ホンマ役に立ったで。せやけど、これを機に東城を頼らずにやりとうなったんや」
「わかった。頑張れよ内場」
「ホンマおおきに。東城も頑張りや」
正太郎と内場で握手を交わす。
これで内場漫画の二次創作は卒業である。
寂しくなっても親友の門出を祝った。
「あーちゃん、オレの親子感情について、二人に喋ったほうがいい? 黙ったほうがいい?」
「しょーくんはどっちがいいの?」
「喋ったほうがいいと思う。協力してもらう可能性があるから」
「なによアンタ、変なことでちなみを困らせてないでしょうね?」
「つーか何やねん親子感情って?」
あーちゃんの同意を得て説明を始める。
聞いた二人の表情は複雑そうだ。
特に弟の認識をした美鈴は他人事に思えなかった。
同時にあーちゃんの巧みな交渉術に圧巻する。
内場に至っては一度経験をしているので理解が早かった。
「2学期からの勉強について、オレはあーちゃんに、内場は美鈴から教わったほうがいいんじゃないか?」
「賛成。あたしがしょーくんに教える」
「ま、それが自然でしょう。あたしもそれで構わないわ。貴方もそれでいい?」
「もちろんや。異論なんてあるかい」
「あとさ、唯のことで皆に相談があるから聞いてくれ」
夏祭りを楽しみにしていた唯。
中止になってどれほどのショックを受けたことだろう。
夏休みが終わる頃には遠方へ帰らないといけないのに。
これでは余りにも気の毒である。
せめて何か贈り物でもしてやれないだろうか?
「アンタにしては上出来ね。ちょっと見直したわ」
「南戸を元気付けて、ええ思い出にしてやりたいわな」
「でもしょーくん、唯さんに何をプレゼントする?」
美鈴、内場、あーちゃんがそれぞれ賛同しつつ考える。
唯に喜んでもらい、気持ち良く帰れるようにしてあげたい。
その一心で団結をした。
「形のあるモノに関しては、内場と美鈴に頼みたい」
「なんやねん。その言い方やと、東城は形のないモノを渡すように聞こえるで」
「アンタ、一体なにを企んでいるのよ?」
何かを思いついた様子の正太郎。
美鈴の問いには答えず、あーちゃんへ声を掛ける。
「あーちゃん、ちょっと交代してくれる?」
「うんいいよ」
「ちーちゃん、相談があるんだけど聞いてくれるか?」
「なになに? しょーくんが望むことなら聞くよ聞く」
「オレと演技やらない? それで唯を楽しませてやろうぜ」
「わお、いいね!! やろーよしょーくん!!」
具体的に何の演技をするのか?
唯を笑わせてやることが重要。
二人だけでやるのなら……。
「漫才コンビの演技でどうよ?」
「オーケー。ふふふっ、掛け合いの内容が楽しみだね」
「どうにか探してみる。という訳でお疲れちーちゃん。また後でな」
「はーい」
あーちゃんに戻ってもらって話をまとめる。
一方、内場と美鈴はどんな贈り物をするのか?
「寄せ書きは全員でするとして。あたしとしては唯の好きなモノを渡してあげたいわね」
「コレクションやろうか? なんやカワイイ動物グッズとか集めとったな?」
「そうだけど、選び方を間違えると同じモノを渡しかねないわね。あとお金も高すぎないようにしないと」
「せやな予算にも限りはあるで」
今度、時間を作って贈り物を買いに行く計画を立てる。
内場がデートだと大喜び。
照れ隠しをする美鈴に背中を叩かれていた。
………………。
…………。
……。
遠方の従姉からスイカが届く。
食べきれない量でこのまま腐らせる訳にもいかない。
だからおすそ分けに行くように親から頼まれてしまう。
「なんでねーちゃんじゃなくオレに頼むんだよ? これは差別だろ?」
「私に言われても。きっと正太郎が頼りになるんだよ。力も男の子のほうがあるから」
姉と弟どちらが頼みやすいか?
スイカは大きさがあって重く、力のある弟が選ばれる。
姉はドジの過去があり、今もうっかり落とすかもしれない。
避けようのない必然がそこにあった。
「これさ、電話で確認しないとダメだろ?」
「そうだね。いなかったら出直さないといけなくなるから」
「電話の相手が大人の親だったら一番キツイぞ。すげぇ喋りにくい」
相手の親に友達の口調で話す訳にもいかない。
それがストレスとなる中学生がここにいる。
今の正太郎はまだ敬語を使いこなせない。
「私が電話して、正太郎はスイカを持っていく。それならいい?」
「ああ、それだったら文句なしだ」
姉の交換条件を呑む。
これは嫌だけど、これならOK。
そういう分別なら持ち合わせている。
まずは内場家に電話をした。
内場の親が出ている間は綾が対応し、内場本人が出たら正太郎へ交代をする。
「内場、悪いけど美鈴の所までスイカ運びを手伝ってくれ」
「かまへんよ。美鈴に会うええ口実になるで」
「普通に会えばいいのに?」
「親が出てきたらメッチャ緊張するやん」
次に西野家。
つかさは綾の友達だから、そのまま電話を任せる。
交代の必要はないと合図を送った
しかし――。
「正太郎、つかさが話したいって言ってるから出て」
「マジかよ……もしもしつーさん?」
「あ、弟くん。久しぶりね元気してる?」
「夏はキツイッス。外に出るのダルイって感じで。あ、いつもねーちゃんが世話になって――いたた、電話中に叩くなよねーちゃん」
「あはは、相変わらず楽しそうだね。あ、スイカありがたく食べるから、いつでも――あ、そういえば弟くん、あたしの家を知らないんじゃない?」
「ねーちゃんに連れてってもらえば行けるッスよ。ついでに道も覚えておくッス」
「そっか。うん、楽しみに待ってるよ」
次は外村家。
用があるのは美鈴の兄ヒロシ。
真中家の淳平へスイカを届けてほしいと依頼をしてみる。
「構わないよ。ちょうど真中の所へ行こうと思っていたからね」
「すんません。ヒロシ兄さんが手伝ってくれて助かるッス。あ、美鈴には内場がスイカ届けるんで」
「わかった。美鈴にそう伝えておくよ。これはこれでありだね」
「何がッスか?」
「最近の美鈴は一段と綺麗になったのさ。迷いが晴れたようで何よりだよ」
最後は端本家。
親を通すことなくあーちゃんが直々に出た。
その時、電話をしている綾から戸惑いの声が上がる。
「えっ!? お、お姉様はちょっと恥ずかしいかな」
初めて様付けで呼ばれて戸惑う綾。
満更でもない所を付け込んでのゴリ押し。
そのまま見事に押し通してみせた。
「へえー、しょーくんって呼ばれてるんだ」
「うるさい。時間もったいないから早く電話代われ」
からかわれるのは面白くない。
姉から受話器を受け取って話しかける。
「まさか、とーちゃんとかーちゃんも様付けするのか、あーちゃんよ」
「おじ様とおば様って呼んだらダメ?」
「丁寧で短く呼びやすい。結構いいんじゃね?」
「うん。しょーくんならそう言ってくれると思った」
「読まれやすいのかオレ?」
「たまたま合ってただけ。ところでしょーくん、今日は……」
「ちゃんと会いに行くよ。親戚から貰ったスイカのおすそ分けもあるし」
「わかった。待ってるから必ず来てね」
受話器を戻して電話を切る。
準備をしていたら内場とヒロシがやって来た。
取りに来てくれたスイカを渡して配達をしてもらう。
「ねーちゃん、つーさんの家の案内よろしく」
「ホント失礼のないようにしてよ。恥ずかしいから」
「安心しろ。この後、あーちゃんの家に行くから長居はしないぜ」
「スイカ2個も持っちゃって大丈夫?」
「鞄に背負って1個、片手袋に1個だから平気だぜ」
バトル漫画でいう修行みたいなものだ。
夏の暑さが辛くても気合いで乗り切ってみせる。
こうして姉弟が西野家まで歩いて行く。
「道は確かに覚えた。次からはねーちゃん無しでも行けるぜ」
「今回みたいな事がない限り、行く事なんてないでしょ?」
「ねーちゃん、内場の漫画に人脈は宝という教訓がある。たとえその時は関係なさそうでも、知り合っておけば、不思議な縁でそれが助けになるってストーリーだぜ」
「なまいき言って。お友達に迷惑かけないようにしなさいよ」
「そっくりそのまま返すぜ」
そんな姉弟の憎まれ口が聞こえていたのか。
インターフォンを鳴らす前につかさが出てきた。
それだけ待ち望んでいたのかもしれない。
「いらっしゃい綾、弟くん」
「つーさん、チィース」
「こら正太郎、ちゃんと挨拶しなさい」
「あーあ、小学時代の人類みな兄弟みたいな感じが良かったな。中学になってからのタメ口アウトが何とも寂しいぜ」
小学生までは許されても、中学生になれば許されなくなる。
それが大人になっていくという事だろう。
正太郎が空を見上げて悲劇の主人公みたいに演じる。
ちーちゃんの演技に比べれば大根役者だ。
「ちょっとだけ弟くんの気持ち分かるかも。中学になって男子の反応がちょっとアレだし」
「勉強含めて変化ありすぎ。ついていくのがマジでキツイッス」
「でも綾に勉強見てもらってるんでしょ? たびたび聞かされて耳ダコなんだから」
「おいねーちゃん、つーさんにオレの悪口でも言ってんのか?」
「別に言ってないから。それより正太郎、早くスイカを出して」
「へいへい。つーさん、お望みのスイカどうぞ」
「ありがとう。せっかくだからあがっていきなよ」
「あ、オレは他に届ける所があるから。ねーちゃん後はよろしく」
「わかったから、とっとと行ってきなさい」
その場を姉に任せて端本家へ向かう。
足を運ぶ手間と労力で消耗が激しい。
まして炎天下の暑い夏の外が相手だ。
「くそー、汗が止まらん」
面倒だったので今回は野球帽を被っていない。
日差しが眩しく、できるだけ木陰となる道を歩いた。
苦心をしながらも端本家に到着してインターフォンを鳴らす。
すぐにあーちゃんが迎えてくれた。
「ほらよ、スイカ一丁あがりだぜ」
「ありがとう。大変だったねしょーくん」
「そう思うなら茶の一杯でもくれ。熱中症で倒れたらシャレにならん」
「すぐ用意するから、部屋で待ってて」
スイカを台所へ運んでからあーちゃんの部屋へ向かう。
用意された冷たい麦茶を一気飲み。
二杯目も飲み干してようやく落ち着く。
そして今回も隣で肩を寄せ合って座った。
「あーちゃん、夏で羽織るのって暑くないか?」
「うん。ちゃんと夏用のファッションだから」
ノースリーブなワンピースに透き通るボーダーのストールポンチョ。
エアコンの冷房で体を冷やさない。
紫外線を防ぐ効果もあるらしい。
麻の生地で通気性が良く、見た目の涼感が特徴的だ。
「色々変身できて楽しそうだな」
「選ぶのに苦労しちゃうけどね」
女の子の苦労は男の子には分からない。
己の美しさを引き出そうと絶え間なく努力をする。
準備に時間を掛けていく過程を知る由はない。
「あーちゃんは言った。親子感情から恋愛感情に変えてみせると」
「うん、言った」
「本気で相手をする、とオレは約束した。もちろんお互いに嫌がることはしない前提で」
「うん、そうだね」
「率直に訊くけど、どうやって感情を変えさせるんだ?」
至極真っ当な疑問である。
宣言をした以上、何かしらに行動しなければ変わりようがない。
それに対するあーちゃんの回答は……。
「しょーくんは、あたしを娘みたいに思ってるんだよね?」
「ああ、同い年なのに不思議とお父さん感情だ」
「だったら、お父さんと娘がやらないことをしたらいい」
「親子でやらないこと? はて、何だろう?」
経験上からスキンシップを真っ先に思い浮かべる。
ハッキリ言って確証はない。
正解できる自信もないが試行錯誤は必要だ。
「髪を撫でるのは違う。あれはお父さんが娘の頭をナデナデする感じになる」
「……」
「抱きしめるのも違う。あれもお父さんが娘を抱っこするノリになる」
「……キス」
「え?」
「キスは親子でしない」
「ほっぺやおでこは――いや待てよ、さすがに唇はないか。ってことは……」
これで方法は分かった。
まだ実践をしていないが、効果はありそうな予感がする。
だが、キスは神聖な儀式という意味合いが強い。
結婚式で誓いを立てるキスがまさにそれだろう。
果たして気軽にやっていいものなのか?
経験がないからこそ不安になってしまう。
「正直ちょっと怖いな。今までのスキンシップとは格が違うぜ」
「あたしも怖くないって言ったらウソになっちゃう。でも……」
「イヤじゃないんだよな。純粋に興味はあるぜ。キスの味とか感触とか」
「だったらしよ」
「そうだな。実際にやってみないと分からないからな」
腹を括るために数回ほど深呼吸。
幾分かの間を置いてから正太郎が静かに問う。
「する方、される方。どっちがいい?」
「さ、されるほう」
あーちゃんの言葉が少し詰まる。
さすがに緊張するなというほうが無理な注文だ。
ここで正太郎が戸惑った様子で口にする。
「手の置き場が分からない」
肩に乗せる、頬に添える、顎を上げさせる、抱き合う等、手の位置にバリエーションが多すぎる。
未経験の正太郎は選び方が分からなくて困り果てた。
「しょーくん、やってみたい事があるけどいい?」
「どうぞ」
「両手を前に指を少し広げて」
「こうか?」
「そして……こう」
お互いに両手の指が絡み合う。
がっちり組まれたようで安定する。
離れないという強い意思が感じられた。
「これも親子でやらない」
「確かに。普通に手を繋ぐ感じとは全然違う」
「しょーくん、ちょっと腕を左右に広げて」
「わかった。これでいい?」
「うん」
腕を曲げた状態のまま広げてから体を寄せる。
これで唇に近付けるのに支障がない体勢となった。
「あーちゃんが目を開けたままだと近付けにくい」
「ごめん。今閉じる」
目を瞑って無防備になるあーちゃん。
寝顔もこんな感じなのかと新鮮さを感じる正太郎。
あとは唇に向かってくっつけるだけだ。
何も難しいことはない。
外から聞こえるセミの鳴き声が気にならない。
意識が唇という一点に集中をしている。
ゆっくりと顔を近づけていく。
お互いの吐息が間近に感じられる。音も聞こえる。
そして……。
「どうよ?」
ほんの一瞬だった。
触れたか触れなかったか。
それも曖昧になる一瞬のキス。
一秒も掛かったか怪しくなるほどだ。
「……よくわかんない」
「オレもだ」
「もう一回」
「了解」
もう一度試してみる。
二度目の一瞬キス。
軽く触れてすぐ離れてみた。
「あーちゃん、これはやり方が悪いのかな?」
「えっと……もっと長くしないと分かんないと思う」
「唇をくっつける時間を長くするってこと?」
「う、うん……」
「どれぐらいしたらいいのか分からないぞ」
「10秒ぐらい……かな?」
「よしわかった。10秒したら唇を離すでやってみる。それでいいか?」
あーちゃんは静かに頷く。
言葉で返事するのが恥ずかしいようだ。
そして少し長い口づけを試みる。
頭の中で10秒をカウントすればいい。
体内感覚で誤差があっても仕方がない。
だが正太郎はこの後で思い知らされる。
たかが唇を合わせるだけのキス。
そう侮っていたのかもしれない。
「んっ……」
唇の柔らかい弾力に吐息のぬくもり。
重ねた瞬間に微かな震えが絡めた指から伝わった。
視界にボンヤリとあーちゃんの眉毛または頭の付け根。
やがて蕩けるように力が抜けていく。
ゆっくりと正太郎の瞼が閉じられる。
視覚の遮断から感覚が鋭く研ぎ澄まされた。
「んっ……ふんんっ……ぅんん……っ」
鼻の息で肌をくすぐってしまう。
くぐもったような声が微かに漏れる。
自然と乱れてしまう呼吸でペースを合わせられない。
頭の中でカウントする余裕もなかった。
もう10秒が過ぎるかもしれない。
後ろに下がろうとする正太郎。
あーちゃんが強めに唇を押し付ける。
まだもう少しだけこのままでいたい。
あーちゃんの想いが正太郎に誤認させた。
まだ10秒じゃない。
いつの間にか両者の手が解けて垂れ下がっている。
熱を帯びたように興奮が高まり、それを鎮める術を知らない。
本能的に発散しようと、無意識にも体を擦り付け合う。
それに伴い、唇も摩擦するように動いて敏感になった。
どちらともなくバランスを崩す。
横倒れの衝撃で目を覚まして体を離した。
その後、背中合わせになって口元を手で隠す。
荒々しくなってしまった息遣い。
酸欠を起こしたのかもしれない。
それも時間が経過すれば落ち着いてくる。
長い沈黙の末、先に動いたのは正太郎。
肩寄せをしつつ、あーちゃんに指を絡ませて恋人繋ぎをする。
心の繋がりを形にしてみせた。
「親子でしない手の繋ぎ方、覚えた」
子ども扱いはしない。
口では何とでも言えてしまうから態度で示した。
あーちゃんから静かに握り返される。それも強く。
二度と離さないでほしいと言わんばかりに。
………………。
…………。
……。
男のプライドで必死に平静を装っている。
ある意味、一世一代の演技かもしれない。
内場の漫画、美鈴の恋愛小説、姉を超える野望など。
これまでの情操教育や精神の大黒柱によって支えられている。
それらがなければ、ロングキスの一発だけで完全に溺れていた。
まさにオーバーキルを食らった心境である。
――キスを舐めてた。これほどスゴイとは思ってもみなかった。
中学生の多感な時期もあり、接吻の心地よさが半端ではなかった。
初めてのファーストキスという補正もあるのだろう。
一生忘れられない想い出になったことは確かだ。
もはや疑いの余地はない。
親子感情が木っ端微塵となり、認識を改めさせられる。
唇を長く重ねたことで恋愛感情の自覚をする単純さ。
急激に変えさせてしまう彼女の本気が凄まじい。
彼氏も本気で応じているからというのも勿論あるが。
「しょーくん」
「ん?」
少し強く握ったり緩めたりを繰り返す正太郎。
別に遊んでいる訳ではない。
心の戸惑いをごまかしているだけ。
今でも体が火照ってくすぶってしまっているから。
「ひとつ、お願いしてもいい?」
「オレにできることなら」
「……ちなみって呼んでみて」
「……いいけど、大丈夫か?」
過去に一度だけ苗字の呼びかけをしたことがある。
それで顔色を悪くした姿を見たので心配してしまう。
最悪、精神崩壊でもしてしまうのではないかと。
「大丈夫。もう満たされているから」
どこか確信を得ているかのような発言。
彼女の中で何かしらの確立がされたようだ。
それを信じて実行するのも大事なことだろう。
「ちなみ」
たかが一言、されど一言。
正太郎から名前の呼び捨てをされた彼女は喜色満面。
あーちゃんとちーちゃん。
このあだ名の呼びかけは一見すると可愛くて微笑ましい。
しかし裏を返せば子ども扱いになり、それが父親感情を促した可能性がある。
それが全ての原因でなくても一部としては考えられる。
「日記小説を書くなら、スイッチを取っ払っての融合で解釈を立ててしまうな」
「今のわたし、あーちゃんでも在り、ちーちゃんでも在るから」
一人称が変わっている。
もう使い分けをする必要がなくなった。
その原因は言うまでもない。
「どう考えてもオレが原因だよな?」
「はい」
「親の愛情に飢えて性格を切り替えていた。それが今は必要なくなったと?」
「うん」
「満たされたって言ってたから、オレから愛情を受け取ったって解釈でいいの?」
「いいよ」
恋愛でここまで進化させてしまうものなのか。
ちなみの存在感が正太郎の中で深く刻み込まれる。
自然と思い浮かび上がる存在はちなみ一人だけになった。
「オレの呼び方はしょーくんで通すのか?」
「今までのことを無かったことにしたくないから。わたしにとっては大切なこと」
「あいわかった。ちなみ、これから改めてよろしく」
「よろしくお願いしますしょーくん」
内場や美鈴のくん付け及びさん付けはどうなるのか?
相手が呼び捨て希望ならば呼び捨て、そうでなければ敬称をつける。
上級生が相手の場合、相手の希望次第だが、基本的にはさん付けや先輩と呼ぶ形で対応。
綾に向けてのお姉様呼びだけは例外として譲らないようだ。
「ねえしょーくん」
「なんだ?」
「好きだよ」
「え……あっ……ちょ、ちょっとタンマ」
「しょーくん、もしかして照れてる?」
「なんか変な感じだぜ。胸がドキドキするし、エアコンあるのに顔が火照りやがる」
「照れてるじゃん。しょーくんカワイイ」
「あんまりからかうようなら、キスで黙らせるぞ」
「うんして。またしょーくんとキスしたい」
キスの誘惑に心を動かされる正太郎。
しかし首を振って理性を活動させた。
「また今度な」
「えぇーなんで?」
「あんな必殺技を二回も食らってたまるか。とっておきは一回にしておくものだぜ」
「むぅー、別に減るものじゃないのに」
「オレの精神がオーバーキルなんだよ。少しは手加減しやがれ」
「手加減というより口加減?」
「やかましい」
あーちゃんだったりちーちゃんだったりで忙しい。
二人同時に相手をしているような気分になる。
それでも真っ向から応じる正太郎であった。