青春100%   作:完結の陽炎

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第9話「恋愛の答え合わせと進展」

 夏祭り中止で告白のタイミングを失う。

 それを事前に分かっていれば対策は可能。

 内場は漫画を描いて美鈴の家まで持っていく。

 正太郎がインターフォン前にいた時は胸騒ぎをした。

 しかし問題はない。

 あーちゃんの所へ行き、内場にとって最大の障害はなくなった。

 美鈴の部屋でコーヒー牛乳を頂く。

 心の内は期待と不安に満ちている。

 そして渡した漫画を美鈴に読んでもらった。

 

「このキャラのモデルは貴方とあたし。そしてラストシーンは貴方が告白して終わっている」

「続きは現実次第や」

「漫画で告白するのは、貴方らしいやり方ね」

「僕にはそれしかない不器用な男なんや」

「……恋愛にゴールなんてあるのかしらね?」

「え?」

「付き合い初めてどれだけそれを続けていられるのか? 途中で別れたりなんて不安にならない訳でもないのに」

「それ言われたら誰もが先へ進めんようになるで。タイムマシンでもない限り、未来を知ることはできん。せやけどな、だからこそおもろいんやで。自分の人生のネタバレなんてされとうない。自分で決めて進むのがええんや」

 

 漫画で得た理論を熱く語る内場。

 それは美鈴の心へ確かに届いている。

 本棚で飾られている正太郎の二次創作ノートを一瞥。

 もう迷わなくていい。

 どちらかを選んでもいい。

 それで壊れてしまうぐらいなら、いっそのこと壊してしまおう。

 中途半端こそ美鈴が嫌うところである。

 

「内場、貴方には下の名前という触れてはいけない禁則事項があるわね」

「……最悪のキラキラネームや。東城たちにも気を遣わせてしもうてスマンと思う」

「漫画を描くきっかけになったのって、将来ペンネームで改名代わりになるから?」

「きっかけは確かにそれやな。楽しいから描くがメインやけど」

 

 内場の下の名前は伏せている。

 本人がそれを望まない。

 よって美鈴が違う切り口で告げた。

 

「今からあたしの言うことに同意してくれるなら、貴方の告白を受けます」

「っ!!」

「これからは美鈴と呼ぶこと。呼び捨て以外は認めない。あたしからは、内場じゃなくて貴方と呼ぶことにするわ。他の人に向けて貴方を指す場合は彼と呼ぶ。あたしからは以上よ。貴方の答えは?」

「オーケーや!!」

 

 これ以上にないほど気持ちがいい返事。

 美鈴はおもむろに本棚から二次創作ノートを取り出す。

 内場の漫画と入れ替えて、堂々と目立つ位置へ飾られた。

 それが美鈴の出した答えである。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 あーちゃんから聞かされた内場の好きな人。

 それが美鈴である。

 肩を寄せ合うあーちゃんの体が微かに震えた。

 目をギュっと強く瞑って不安に耐えている。

 そして正太郎の反応は……。

 

「なるほど。そういう事だったのか」

 

 スッキリとしていた。

 謎が全て解けたと言わんばかりに。

 

「これが父親が持つ感情だったのか」

「……え?」

 

 あーちゃんの予想を超えた発言。

 思わず正太郎を見つめてしまう。

 

「あーちゃん。オレさ、昔っから父親キャラが大嫌いだったんだ」

 

 貴様のようなヤツに娘は渡さん。

 そんなお約束のシーンが正太郎は嫌いだった。

 なんでそんな意地悪なことを言うのか?

 当時の正太郎には訳が分からなかった。

 しかし今なら……。

 

「美鈴って普段から愛想がないし素直でもない。これから先、アイツを助けてくれる変わり者がいるか心配していた」

 

 正太郎たちがいなかったら孤立をするタイプ。

 なまじ何でもできるようなイメージが強いだけに敬遠されがちだ。

 本当は寂しいくせに表に出そうともしない。

 

「頭の中で勝手に浮かび上がったのは、その感情が無意識に出てたんだろうな」

 

 今も浮かび上がっているが、先ほどとは想像が異なる。

 確かに美鈴は消えていない。

 しかし傍に内場がいてくれている。

 正太郎の中での内場は、親指を立ててのサムズアップをしていた。

 

「他の男だったら、美鈴は渡さんというお父さんキャラになっていただろう。でも内場なら安心して任せられる。肩の荷が下りた気分だぜ」

 

 あーちゃんは静かに聞き続ける。

 捉え方こそ飛躍をしているが、内場任せという点は当たった。

 そして問題はここからだ。

 

「これで残るは素のあーちゃん。あ、演技タイプは今は置いとくな」

「うん」

「もう他に任せられる男がいない。内場は美鈴を選んでいるから」

 

 父親的な感情として美鈴を見ていた。

 それならあーちゃんに対しても当てはまる。

 だから正太郎が名乗り出ることはない。

 恋人ではなく父と娘という解釈を立てられているから。

 これであーちゃんが納得するはずもない。

 

「あたしはしょーくんが好き。だから他の男なんて考えないで」

 

 ストレートに告白をして嫌なことは嫌とハッキリ伝える。

 正太郎のシャツを強く握り抗議の態度も示した。

 

「あーちゃんの気持ちは男女という恋愛感情。でもオレの気持ちは親子感情だ」

 

 感情が違うから成立しない。

 そのような拒否でもあーちゃんは引き下がらない。

 

「あたしがしょーくんの感情を変えてみせる」

「どうやって変える?」

「あたしと付き合って下さい。彼氏彼女として」

 

 あーちゃんの押しが強い。

 ここまで来たら開き直る以外に道はない。

 元より後戻りをするつもりがない。

 

「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。そんな博打に賭けるのか?」

「しょーくんは変わることが怖い?」

「スキンシップの経験から、多少怖いと思うかもしれない。でも色々試すことで慣れるのも経験したぜ」

「あたし、しょーくんは嫌がることはしないって約束する」

「それはお互い様。あーちゃんが嫌がることをするつもりはオレもない」

「だったら付き合って下さい。あたしが嫌がることをしないのなら」

「そう来たか……いいぜ。そっちが本気ならオレも本気で相手をする。それが礼儀ってものだぜ」

 

 この瞬間、感極まったあーちゃんが正太郎の胸へ飛び込む。

 夢ではないことを確認するように胸に顔を埋めた。

 ちょうどいい位置にあーちゃんの頭がある。

 正太郎は何気なく彼女の髪を撫でていた。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 情報交換も兼ねて今後の話し合いをしたい。

 あーちゃんが賛同をして美鈴の家に電話を掛ける。

 内場も一緒にいることが判明した。

 

「しょーくん、美鈴さんの所へ行く? それともこっちへ来てもらう?」

「言い出しっぺのオレたちから行くのが筋だぜ。美鈴にそう伝えてくれ」

「わかった」

 

 美鈴の了解を得て外出。

 ちーちゃんが表に出てハイテンションモード。

 正太郎の左腕に抱き着いて上機嫌になる。

 

「なるほど。腕組みにすると手汗を気にしなくて済む訳だ」

「ちなみ、ちゃんと考えてあるんだよぉ。偉いでしょ」

「けど、そんなに抱き着いて暑くないか? この真夏の外で」

「平気平気。ちなみの愛情は、こんな夏の暑さなんかに負けないんだから」

「自然を敵に回しても碌なことにならん。程々にしとけよ」

 

 足を踏まないように細心の注意を払う。

 密着で相手の動きが伝わって分かりやすい。

 そのリズムに合わせるようにして歩く。

 

「しょーくん合わせてくれるんだぁ、優しい」

「内場の格闘漫画で、呼吸を合わせる重要性を説いていた。現実でも応用ができるんだぜ」

「内場くんのマンガ、ホント色々描いてて面白いね」

「まったくだ。あ、今度ちーちゃんと演技やってみたいな。なりきりキャラ小説の参考に」

「わーい、久しぶりにしょーくんと演劇だぁー」

「台詞があまり覚えられないという壁にぶつかって苦戦するけどな」

「そこはアドリブでいいじゃん」

「まあ、それは後にして――おっと着いたぜ」

 

 美鈴の家へ到着。

 空いてる右手でインターフォンを鳴らす。

 美鈴と内場が二人揃って出て来た。

 

「アンタたち、この暑い中よく腕なんて組めるわね」

「ちーちゃん、美鈴から指摘されたぞ」

「美鈴、羨ましいなら素直に内場としたらいいじゃん」

「別に羨ましくないわ。ほら、とっとと入りなさいよ」

 

 家の中に入ってあーちゃんへ切り替わる。

 ハイテンションから一気にクールダウン。

 腕組みから正太郎のシャツ袖をつまむに変更。

 急な変化に美鈴と内場は苦笑いを浮かべる。

 

「ホント、別人の空気を出すのよね」

「同一人物に思えないほどやな」

 

 一方、正太郎は全く動じない。

 むしろ変化を楽しんでいる。

 あるがままの彼女を受け入れていた。

 

「しょーくん、迷惑じゃない?」

「シャツの袖なら気にするな。こういうやり方があることは恋愛小説で学んでいる」

「服が伸びちゃうかも……」

「それより歩調を合わせるから、もうちょっと体を寄せてくれ。リズムが分かりにくい」

「わかった」

 

 あーちゃんができるだけ正太郎にすり寄る。

 動くスピードがやや遅めのゆっくり。

 そこだけ気を付ければ、呼吸を合わせていける。

 

「あーちゃんのリズム、見切ったぜ」

「東城、バトル漫画のノリでイチャラブすんなや」

「あーちゃんが本気で相手するから、オレも本気で応じているんだよ」

「なんや僕では分からん世界があるみたいやな」

「安心しなさい貴方。あたしも分からないし、知ろうとも思わないから」

 

 美鈴の貴方呼びに、あーちゃんが祝福の微笑みを浮かべる。

 正太郎も感心した様子で少し頷いた。

 部屋に入り、四人でテーブルを囲む。

 こまめな水分補給をしながらの話し合いとなった。

 

「ちなみ、先にこれを渡しておくわよ」

 

 正太郎が書いた内場漫画の二次創作集ノート。

 それをあーちゃんが丁寧に受け取る。

 

「いいの?」

「今のちなみなら託してもいい。そう思ったから」

「ありがとう、大切にするね」

 

 本棚に飾られている内場の漫画。

 それに視線を向けているのが正太郎。

 内場は照れくさそうにメガネを触っていた。

 

「どうやら、あの漫画は美鈴専用らしい」

「せやねん。悪いな東城」

「構わん。オレの二次創作も、そろそろお役御免だろ?」

「なんや、そこまで見抜いとるんか?」

「いつまでもオレが改善点を出す訳にはいかんからな」

「今までの改善、ホンマ役に立ったで。せやけど、これを機に東城を頼らずにやりとうなったんや」

「わかった。頑張れよ内場」

「ホンマおおきに。東城も頑張りや」

 

 正太郎と内場で握手を交わす。

 これで内場漫画の二次創作は卒業である。

 寂しくなっても親友の門出を祝った。

 

「あーちゃん、オレの親子感情について、二人に喋ったほうがいい? 黙ったほうがいい?」

「しょーくんはどっちがいいの?」

「喋ったほうがいいと思う。協力してもらう可能性があるから」

「なによアンタ、変なことでちなみを困らせてないでしょうね?」

「つーか何やねん親子感情って?」

 

 あーちゃんの同意を得て説明を始める。

 聞いた二人の表情は複雑そうだ。

 特に弟の認識をした美鈴は他人事に思えなかった。

 同時にあーちゃんの巧みな交渉術に圧巻する。

 内場に至っては一度経験をしているので理解が早かった。

 

「2学期からの勉強について、オレはあーちゃんに、内場は美鈴から教わったほうがいいんじゃないか?」

「賛成。あたしがしょーくんに教える」

「ま、それが自然でしょう。あたしもそれで構わないわ。貴方もそれでいい?」

「もちろんや。異論なんてあるかい」

「あとさ、唯のことで皆に相談があるから聞いてくれ」

 

 夏祭りを楽しみにしていた唯。

 中止になってどれほどのショックを受けたことだろう。

 夏休みが終わる頃には遠方へ帰らないといけないのに。

 これでは余りにも気の毒である。

 せめて何か贈り物でもしてやれないだろうか?

 

「アンタにしては上出来ね。ちょっと見直したわ」

「南戸を元気付けて、ええ思い出にしてやりたいわな」

「でもしょーくん、唯さんに何をプレゼントする?」

 

 美鈴、内場、あーちゃんがそれぞれ賛同しつつ考える。

 唯に喜んでもらい、気持ち良く帰れるようにしてあげたい。

 その一心で団結をした。

 

「形のあるモノに関しては、内場と美鈴に頼みたい」

「なんやねん。その言い方やと、東城は形のないモノを渡すように聞こえるで」

「アンタ、一体なにを企んでいるのよ?」

 

 何かを思いついた様子の正太郎。

 美鈴の問いには答えず、あーちゃんへ声を掛ける。

 

「あーちゃん、ちょっと交代してくれる?」

「うんいいよ」

「ちーちゃん、相談があるんだけど聞いてくれるか?」

「なになに? しょーくんが望むことなら聞くよ聞く」

「オレと演技やらない? それで唯を楽しませてやろうぜ」

「わお、いいね!! やろーよしょーくん!!」

 

 具体的に何の演技をするのか?

 唯を笑わせてやることが重要。

 二人だけでやるのなら……。

 

「漫才コンビの演技でどうよ?」

「オーケー。ふふふっ、掛け合いの内容が楽しみだね」

「どうにか探してみる。という訳でお疲れちーちゃん。また後でな」

「はーい」

 

 あーちゃんに戻ってもらって話をまとめる。

 一方、内場と美鈴はどんな贈り物をするのか?

 

「寄せ書きは全員でするとして。あたしとしては唯の好きなモノを渡してあげたいわね」

「コレクションやろうか? なんやカワイイ動物グッズとか集めとったな?」

「そうだけど、選び方を間違えると同じモノを渡しかねないわね。あとお金も高すぎないようにしないと」

「せやな予算にも限りはあるで」

 

 今度、時間を作って贈り物を買いに行く計画を立てる。

 内場がデートだと大喜び。

 照れ隠しをする美鈴に背中を叩かれていた。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 遠方の従姉からスイカが届く。

 食べきれない量でこのまま腐らせる訳にもいかない。

 だからおすそ分けに行くように親から頼まれてしまう。

 

「なんでねーちゃんじゃなくオレに頼むんだよ? これは差別だろ?」

「私に言われても。きっと正太郎が頼りになるんだよ。力も男の子のほうがあるから」

 

 姉と弟どちらが頼みやすいか?

 スイカは大きさがあって重く、力のある弟が選ばれる。

 姉はドジの過去があり、今もうっかり落とすかもしれない。

 避けようのない必然がそこにあった。

 

「これさ、電話で確認しないとダメだろ?」

「そうだね。いなかったら出直さないといけなくなるから」

「電話の相手が大人の親だったら一番キツイぞ。すげぇ喋りにくい」

 

 相手の親に友達の口調で話す訳にもいかない。

 それがストレスとなる中学生がここにいる。

 今の正太郎はまだ敬語を使いこなせない。

 

「私が電話して、正太郎はスイカを持っていく。それならいい?」

「ああ、それだったら文句なしだ」

 

 姉の交換条件を呑む。

 これは嫌だけど、これならOK。

 そういう分別なら持ち合わせている。

 まずは内場家に電話をした。

 内場の親が出ている間は綾が対応し、内場本人が出たら正太郎へ交代をする。

 

「内場、悪いけど美鈴の所までスイカ運びを手伝ってくれ」

「かまへんよ。美鈴に会うええ口実になるで」

「普通に会えばいいのに?」

「親が出てきたらメッチャ緊張するやん」

 

 次に西野家。

 つかさは綾の友達だから、そのまま電話を任せる。

 交代の必要はないと合図を送った

 しかし――。

 

「正太郎、つかさが話したいって言ってるから出て」

「マジかよ……もしもしつーさん?」

「あ、弟くん。久しぶりね元気してる?」

「夏はキツイッス。外に出るのダルイって感じで。あ、いつもねーちゃんが世話になって――いたた、電話中に叩くなよねーちゃん」

「あはは、相変わらず楽しそうだね。あ、スイカありがたく食べるから、いつでも――あ、そういえば弟くん、あたしの家を知らないんじゃない?」

「ねーちゃんに連れてってもらえば行けるッスよ。ついでに道も覚えておくッス」

「そっか。うん、楽しみに待ってるよ」

 

 次は外村家。

 用があるのは美鈴の兄ヒロシ。

 真中家の淳平へスイカを届けてほしいと依頼をしてみる。

 

「構わないよ。ちょうど真中の所へ行こうと思っていたからね」

「すんません。ヒロシ兄さんが手伝ってくれて助かるッス。あ、美鈴には内場がスイカ届けるんで」

「わかった。美鈴にそう伝えておくよ。これはこれでありだね」

「何がッスか?」

「最近の美鈴は一段と綺麗になったのさ。迷いが晴れたようで何よりだよ」

 

 最後は端本家。

 親を通すことなくあーちゃんが直々に出た。

 その時、電話をしている綾から戸惑いの声が上がる。

 

「えっ!? お、お姉様はちょっと恥ずかしいかな」

 

 初めて様付けで呼ばれて戸惑う綾。

 満更でもない所を付け込んでのゴリ押し。

 そのまま見事に押し通してみせた。

 

「へえー、しょーくんって呼ばれてるんだ」

「うるさい。時間もったいないから早く電話代われ」

 

 からかわれるのは面白くない。

 姉から受話器を受け取って話しかける。

 

「まさか、とーちゃんとかーちゃんも様付けするのか、あーちゃんよ」

「おじ様とおば様って呼んだらダメ?」

「丁寧で短く呼びやすい。結構いいんじゃね?」

「うん。しょーくんならそう言ってくれると思った」

「読まれやすいのかオレ?」

「たまたま合ってただけ。ところでしょーくん、今日は……」

「ちゃんと会いに行くよ。親戚から貰ったスイカのおすそ分けもあるし」

「わかった。待ってるから必ず来てね」

 

 受話器を戻して電話を切る。

 準備をしていたら内場とヒロシがやって来た。

 取りに来てくれたスイカを渡して配達をしてもらう。

 

「ねーちゃん、つーさんの家の案内よろしく」

「ホント失礼のないようにしてよ。恥ずかしいから」

「安心しろ。この後、あーちゃんの家に行くから長居はしないぜ」

「スイカ2個も持っちゃって大丈夫?」

「鞄に背負って1個、片手袋に1個だから平気だぜ」

 

 バトル漫画でいう修行みたいなものだ。

 夏の暑さが辛くても気合いで乗り切ってみせる。

 こうして姉弟が西野家まで歩いて行く。

 

「道は確かに覚えた。次からはねーちゃん無しでも行けるぜ」

「今回みたいな事がない限り、行く事なんてないでしょ?」

「ねーちゃん、内場の漫画に人脈は宝という教訓がある。たとえその時は関係なさそうでも、知り合っておけば、不思議な縁でそれが助けになるってストーリーだぜ」

「なまいき言って。お友達に迷惑かけないようにしなさいよ」

「そっくりそのまま返すぜ」

 

 そんな姉弟の憎まれ口が聞こえていたのか。

 インターフォンを鳴らす前につかさが出てきた。

 それだけ待ち望んでいたのかもしれない。

 

「いらっしゃい綾、弟くん」

「つーさん、チィース」

「こら正太郎、ちゃんと挨拶しなさい」

「あーあ、小学時代の人類みな兄弟みたいな感じが良かったな。中学になってからのタメ口アウトが何とも寂しいぜ」

 

 小学生までは許されても、中学生になれば許されなくなる。

 それが大人になっていくという事だろう。

 正太郎が空を見上げて悲劇の主人公みたいに演じる。

 ちーちゃんの演技に比べれば大根役者だ。

 

「ちょっとだけ弟くんの気持ち分かるかも。中学になって男子の反応がちょっとアレだし」

「勉強含めて変化ありすぎ。ついていくのがマジでキツイッス」

「でも綾に勉強見てもらってるんでしょ? たびたび聞かされて耳ダコなんだから」

「おいねーちゃん、つーさんにオレの悪口でも言ってんのか?」

「別に言ってないから。それより正太郎、早くスイカを出して」

「へいへい。つーさん、お望みのスイカどうぞ」

「ありがとう。せっかくだからあがっていきなよ」

「あ、オレは他に届ける所があるから。ねーちゃん後はよろしく」

「わかったから、とっとと行ってきなさい」

 

 その場を姉に任せて端本家へ向かう。

 足を運ぶ手間と労力で消耗が激しい。

 まして炎天下の暑い夏の外が相手だ。

 

「くそー、汗が止まらん」

 

 面倒だったので今回は野球帽を被っていない。

 日差しが眩しく、できるだけ木陰となる道を歩いた。

 苦心をしながらも端本家に到着してインターフォンを鳴らす。

 すぐにあーちゃんが迎えてくれた。

 

「ほらよ、スイカ一丁あがりだぜ」

「ありがとう。大変だったねしょーくん」

「そう思うなら茶の一杯でもくれ。熱中症で倒れたらシャレにならん」

「すぐ用意するから、部屋で待ってて」

 

 スイカを台所へ運んでからあーちゃんの部屋へ向かう。

 用意された冷たい麦茶を一気飲み。

 二杯目も飲み干してようやく落ち着く。

 そして今回も隣で肩を寄せ合って座った。

 

「あーちゃん、夏で羽織るのって暑くないか?」

「うん。ちゃんと夏用のファッションだから」

 

 ノースリーブなワンピースに透き通るボーダーのストールポンチョ。

 エアコンの冷房で体を冷やさない。

 紫外線を防ぐ効果もあるらしい。

 麻の生地で通気性が良く、見た目の涼感が特徴的だ。

 

「色々変身できて楽しそうだな」

「選ぶのに苦労しちゃうけどね」

 

 女の子の苦労は男の子には分からない。

 己の美しさを引き出そうと絶え間なく努力をする。

 準備に時間を掛けていく過程を知る由はない。

 

「あーちゃんは言った。親子感情から恋愛感情に変えてみせると」

「うん、言った」

「本気で相手をする、とオレは約束した。もちろんお互いに嫌がることはしない前提で」

「うん、そうだね」

「率直に訊くけど、どうやって感情を変えさせるんだ?」

 

 至極真っ当な疑問である。

 宣言をした以上、何かしらに行動しなければ変わりようがない。

 それに対するあーちゃんの回答は……。

 

「しょーくんは、あたしを娘みたいに思ってるんだよね?」

「ああ、同い年なのに不思議とお父さん感情だ」

「だったら、お父さんと娘がやらないことをしたらいい」

「親子でやらないこと? はて、何だろう?」

 

 経験上からスキンシップを真っ先に思い浮かべる。

 ハッキリ言って確証はない。

 正解できる自信もないが試行錯誤は必要だ。

 

「髪を撫でるのは違う。あれはお父さんが娘の頭をナデナデする感じになる」

「……」

「抱きしめるのも違う。あれもお父さんが娘を抱っこするノリになる」

「……キス」

「え?」

「キスは親子でしない」

「ほっぺやおでこは――いや待てよ、さすがに唇はないか。ってことは……」

 

 これで方法は分かった。

 まだ実践をしていないが、効果はありそうな予感がする。

 だが、キスは神聖な儀式という意味合いが強い。

 結婚式で誓いを立てるキスがまさにそれだろう。

 果たして気軽にやっていいものなのか?

 経験がないからこそ不安になってしまう。

 

「正直ちょっと怖いな。今までのスキンシップとは格が違うぜ」

「あたしも怖くないって言ったらウソになっちゃう。でも……」

「イヤじゃないんだよな。純粋に興味はあるぜ。キスの味とか感触とか」

「だったらしよ」

「そうだな。実際にやってみないと分からないからな」

 

 腹を括るために数回ほど深呼吸。

 幾分かの間を置いてから正太郎が静かに問う。

 

「する方、される方。どっちがいい?」

「さ、されるほう」

 

 あーちゃんの言葉が少し詰まる。

 さすがに緊張するなというほうが無理な注文だ。

 ここで正太郎が戸惑った様子で口にする。

 

「手の置き場が分からない」

 

 肩に乗せる、頬に添える、顎を上げさせる、抱き合う等、手の位置にバリエーションが多すぎる。

 未経験の正太郎は選び方が分からなくて困り果てた。

 

「しょーくん、やってみたい事があるけどいい?」

「どうぞ」

「両手を前に指を少し広げて」

「こうか?」

「そして……こう」

 

 お互いに両手の指が絡み合う。

 がっちり組まれたようで安定する。

 離れないという強い意思が感じられた。

 

「これも親子でやらない」

「確かに。普通に手を繋ぐ感じとは全然違う」

「しょーくん、ちょっと腕を左右に広げて」

「わかった。これでいい?」

「うん」

 

 腕を曲げた状態のまま広げてから体を寄せる。

 これで唇に近付けるのに支障がない体勢となった。

 

「あーちゃんが目を開けたままだと近付けにくい」

「ごめん。今閉じる」

 

 目を瞑って無防備になるあーちゃん。

 寝顔もこんな感じなのかと新鮮さを感じる正太郎。

 あとは唇に向かってくっつけるだけだ。

 何も難しいことはない。

 外から聞こえるセミの鳴き声が気にならない。

 意識が唇という一点に集中をしている。

 ゆっくりと顔を近づけていく。

 お互いの吐息が間近に感じられる。音も聞こえる。

 そして……。

 

「どうよ?」

 

 ほんの一瞬だった。

 触れたか触れなかったか。

 それも曖昧になる一瞬のキス。

 一秒も掛かったか怪しくなるほどだ。

 

「……よくわかんない」

「オレもだ」

「もう一回」

「了解」

 

 もう一度試してみる。

 二度目の一瞬キス。

 軽く触れてすぐ離れてみた。

 

「あーちゃん、これはやり方が悪いのかな?」

「えっと……もっと長くしないと分かんないと思う」

「唇をくっつける時間を長くするってこと?」

「う、うん……」

「どれぐらいしたらいいのか分からないぞ」

「10秒ぐらい……かな?」

「よしわかった。10秒したら唇を離すでやってみる。それでいいか?」

 

 あーちゃんは静かに頷く。

 言葉で返事するのが恥ずかしいようだ。

 そして少し長い口づけを試みる。

 頭の中で10秒をカウントすればいい。

 体内感覚で誤差があっても仕方がない。

 だが正太郎はこの後で思い知らされる。

 たかが唇を合わせるだけのキス。

 そう侮っていたのかもしれない。

 

「んっ……」

 

 唇の柔らかい弾力に吐息のぬくもり。

 重ねた瞬間に微かな震えが絡めた指から伝わった。

 視界にボンヤリとあーちゃんの眉毛または頭の付け根。

 やがて蕩けるように力が抜けていく。

 ゆっくりと正太郎の瞼が閉じられる。

 視覚の遮断から感覚が鋭く研ぎ澄まされた。

 

「んっ……ふんんっ……ぅんん……っ」

 

 鼻の息で肌をくすぐってしまう。

 くぐもったような声が微かに漏れる。

 自然と乱れてしまう呼吸でペースを合わせられない。

 頭の中でカウントする余裕もなかった。

 もう10秒が過ぎるかもしれない。

 後ろに下がろうとする正太郎。

 あーちゃんが強めに唇を押し付ける。

 まだもう少しだけこのままでいたい。

 あーちゃんの想いが正太郎に誤認させた。

 まだ10秒じゃない。

 いつの間にか両者の手が解けて垂れ下がっている。

 熱を帯びたように興奮が高まり、それを鎮める術を知らない。

 本能的に発散しようと、無意識にも体を擦り付け合う。

 それに伴い、唇も摩擦するように動いて敏感になった。

 どちらともなくバランスを崩す。

 横倒れの衝撃で目を覚まして体を離した。

 

 その後、背中合わせになって口元を手で隠す。

 荒々しくなってしまった息遣い。

 酸欠を起こしたのかもしれない。

 それも時間が経過すれば落ち着いてくる。

 長い沈黙の末、先に動いたのは正太郎。

 肩寄せをしつつ、あーちゃんに指を絡ませて恋人繋ぎをする。

 心の繋がりを形にしてみせた。

 

「親子でしない手の繋ぎ方、覚えた」

 

 子ども扱いはしない。

 口では何とでも言えてしまうから態度で示した。

 あーちゃんから静かに握り返される。それも強く。

 二度と離さないでほしいと言わんばかりに。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 男のプライドで必死に平静を装っている。

 ある意味、一世一代の演技かもしれない。

 内場の漫画、美鈴の恋愛小説、姉を超える野望など。

 これまでの情操教育や精神の大黒柱によって支えられている。

 それらがなければ、ロングキスの一発だけで完全に溺れていた。

 まさにオーバーキルを食らった心境である。

 

 ――キスを舐めてた。これほどスゴイとは思ってもみなかった。

 

 中学生の多感な時期もあり、接吻の心地よさが半端ではなかった。

 初めてのファーストキスという補正もあるのだろう。

 一生忘れられない想い出になったことは確かだ。

 もはや疑いの余地はない。

 親子感情が木っ端微塵となり、認識を改めさせられる。

 唇を長く重ねたことで恋愛感情の自覚をする単純さ。

 急激に変えさせてしまう彼女の本気が凄まじい。

 彼氏も本気で応じているからというのも勿論あるが。

 

「しょーくん」

「ん?」

 

 少し強く握ったり緩めたりを繰り返す正太郎。

 別に遊んでいる訳ではない。

 心の戸惑いをごまかしているだけ。

 今でも体が火照ってくすぶってしまっているから。

 

「ひとつ、お願いしてもいい?」

「オレにできることなら」

「……ちなみって呼んでみて」

「……いいけど、大丈夫か?」

 

 過去に一度だけ苗字の呼びかけをしたことがある。

 それで顔色を悪くした姿を見たので心配してしまう。

 最悪、精神崩壊でもしてしまうのではないかと。

 

「大丈夫。もう満たされているから」

 

 どこか確信を得ているかのような発言。

 彼女の中で何かしらの確立がされたようだ。

 それを信じて実行するのも大事なことだろう。

 

「ちなみ」

 

 たかが一言、されど一言。

 正太郎から名前の呼び捨てをされた彼女は喜色満面。

 あーちゃんとちーちゃん。

 このあだ名の呼びかけは一見すると可愛くて微笑ましい。

 しかし裏を返せば子ども扱いになり、それが父親感情を促した可能性がある。

 それが全ての原因でなくても一部としては考えられる。

 

「日記小説を書くなら、スイッチを取っ払っての融合で解釈を立ててしまうな」

「今のわたし、あーちゃんでも在り、ちーちゃんでも在るから」

 

 一人称が変わっている。

 もう使い分けをする必要がなくなった。

 その原因は言うまでもない。

 

「どう考えてもオレが原因だよな?」

「はい」

「親の愛情に飢えて性格を切り替えていた。それが今は必要なくなったと?」

「うん」

「満たされたって言ってたから、オレから愛情を受け取ったって解釈でいいの?」

「いいよ」

 

 恋愛でここまで進化させてしまうものなのか。

 ちなみの存在感が正太郎の中で深く刻み込まれる。

 自然と思い浮かび上がる存在はちなみ一人だけになった。

 

「オレの呼び方はしょーくんで通すのか?」

「今までのことを無かったことにしたくないから。わたしにとっては大切なこと」

「あいわかった。ちなみ、これから改めてよろしく」

「よろしくお願いしますしょーくん」

 

 内場や美鈴のくん付け及びさん付けはどうなるのか?

 相手が呼び捨て希望ならば呼び捨て、そうでなければ敬称をつける。

 上級生が相手の場合、相手の希望次第だが、基本的にはさん付けや先輩と呼ぶ形で対応。

 綾に向けてのお姉様呼びだけは例外として譲らないようだ。

 

「ねえしょーくん」

「なんだ?」

「好きだよ」

「え……あっ……ちょ、ちょっとタンマ」

「しょーくん、もしかして照れてる?」

「なんか変な感じだぜ。胸がドキドキするし、エアコンあるのに顔が火照りやがる」

「照れてるじゃん。しょーくんカワイイ」

「あんまりからかうようなら、キスで黙らせるぞ」

「うんして。またしょーくんとキスしたい」

 

 キスの誘惑に心を動かされる正太郎。

 しかし首を振って理性を活動させた。

 

「また今度な」

「えぇーなんで?」

「あんな必殺技を二回も食らってたまるか。とっておきは一回にしておくものだぜ」

「むぅー、別に減るものじゃないのに」

「オレの精神がオーバーキルなんだよ。少しは手加減しやがれ」

「手加減というより口加減?」

「やかましい」

 

 あーちゃんだったりちーちゃんだったりで忙しい。

 二人同時に相手をしているような気分になる。

 それでも真っ向から応じる正太郎であった。

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