青春100% 作:完結の陽炎
夏休みがもうすぐ終わってしまう。
唯とお別れとなるのは寂しい限りの一同。
内場と美鈴が選んだ招き猫の貯金箱をプレゼント。
次は冬休みに会う約束をする。
手紙のやり取りはこれからも継続。
だからバイバイではなく、また会おうという言葉で締めくくった。
場所はちなみの部屋。
そこで相談を持ち掛けているのが正太郎。
新学期になる際に困ることがあるからだ。
「ファンクラブの連中を敵に回したくない。これをどうする?」
「大丈夫だよしょーくん。既にファンクラブの会長に話をつけているから」
「会長って誰?」
「美鈴のお兄さん」
「ヒロシ兄さんが会長ってハマり役だな」
「アイドルの幸せを応援するのがファンだからね。しょーくんがわたしを不幸にしない限りは大丈夫」
「お互いに嫌がることはしない約束だからな。不幸もないと思うぞ」
「うん、だから心配いらないよ。それで他に相談ってある?」
一呼吸を置くためにテーブルの麦茶で喉を潤す。
ちなみのフローラルな香りが女の子を意識させる。
嗅覚も恋愛感情を刺激させる要素の一つだ。
やや思考は乱れてしまうが、もう一つの相談が重要となるので何とか切り替えた。
「どうもオレは女子にモテるらしい」
「……」
「1学期は勉強が忙しくて、その辺りの空気を読んでくれたみたいだが、それでも声掛けは何回かあった。告白されるのも時間の問題と内場から言われている」
「……」
「断るにしても言い方次第で逆恨みを買いそうだ。ねーちゃんみたいに目立たない変装も出来ない。正直困っている」
「……その問題、わたしに任せてくれたら解決するよ」
「マジで? じゃあ任せてもいいか?」
「うん任せて。しょーくんは何も心配しなくていいから」
「悪いな迷惑かけちまって」
「迷惑じゃないよ。ちゃんと相談してくれてありがとう。これからも困った事があれば遠慮なく言ってね」
この時のちなみは終始笑顔である。
腹の内が全く読めない。
正太郎が帰った後ですぐに行動に移った。
向かった先は美鈴の家である。
「寒気がするわね。今のあなたを見ていると」
「そう? エアコンが効きすぎなんじゃない?」
「ちなみ、腹の底で怒ってるでしょ? それも煮えたぎるほどに」
「美鈴は知ってる? しょーくんを困らせる女子がいるみたいなの」
「あたしの彼から聞いてるわ。アイツが女子にモテる――ああ、そういうことね。で、何をしたらいいの?」
「賢い美鈴が好きだよ。サッカー部にカッコいい男子たちの情報があるの。それを噂に広めてしょーくんにちょっかいをかける女子の矛先を変える」
「どこでそんな情報を……下手な詮索は身を滅ぼすからやめておくわ」
「できれば、美鈴のお兄さんにも手伝ってくれるといいかな」
「わかったから、その目はやめてちょうだい。今晩眠れなくなりそうだから」
穏便な方法であることが救い。
まだ直接的な被害がないからだろう。
だが、もしも正太郎に危害を加えるようなことでもあったら?
美鈴は考えることをやめた。
それ以上は想像をしないほうがいい。
知らぬが仏という諺もあるぐらいだ。
………………。
…………。
……。
2学期になってから日付が流れていく。
ちなみの根回しがあって正太郎の悩みは解消された。
その代わり、正太郎とちなみが付き合っている事実が広まる。
けん制としても有効な手段だ。
「来年、しょーくんと同じクラスになれるといいな」
「クラス替えなんて気が早いぜ。あれってランダムで決まるのか?」
「各自の成績で偏らせないようにする、という話なら聞いたことがあるわよ」
「僕もそれ聞いたで。あくまで噂やけど」
屋上に通じる立ち入り禁止手前の踊り場。
いつも通りシートを敷いての昼食タイム。
ちなみ、正太郎、美鈴、内場の四人で囲む。
教室と比べて窓からの日差しがない分だけマシかもしれない。
「東城、なにメモしとるんや?」
「恋愛で感じたことや閃き。小説を書くためのネタだ」
「まさかアンタ、恋愛小説を書くつもり?」
「ちなみから誕生日プレゼントの要望があってな」
ちなみの誕生日は10月16日。
それまでに小説をプレゼントすることになった。
あと1か月で書き上げる必要がある。
「それって、かなり無茶振りじゃないの?」
「実話ネタなら何とかいけるぜ。モデルもオレとちなみで絞ればいい。いざとなれば日記形式がある」
「これもお姉さんを超えるための試練ってヤツ?」
「その通り。これぐらい出来なくては、ねーちゃんを超える小説なんて書けないぜ」
「逆にアンタがそこまで言う、お姉さんの小説に興味が出てくるわね」
「それは機会があればその内ってことで」
姉の書く小説の底が見えない。
描かれる世界に圧倒されてしまう。
だからこそいい。
尊敬と嫉妬を混ぜながらも正太郎は突き進む。
放課後。
珍しく姉に呼び出されて屋上へ向かう。
立ち入り禁止だが、呼ばれたのだから行くしかない。
「お姉様、わたしとしょーくんに何の用だろうね?」
「オレだけならともかく、ちなみも一緒って所が気になるな。とりあえず行ってみようぜ」
屋上に来てみれば、綾と淳平がいた。
なぜ淳平がいるのか?
それが呼び出しの理由と関係がありそうだ。
「ねーちゃんとカントク、面白い組み合わせだぜ」
「お姉様、真中さんこんにちは。見た所、真中さんから何か用事がありそうですね」
「カントクがオレとちなみに用事……カントクの夢で何か手伝ってほしいとか?」
二人の推察に淳平が驚く。
外れてはいないらしい。
そのまま話を聞いてみると。
「オレ、東城の小説を見て感動したんだ」
「え、マジ? あのねーちゃんが他の人に小説を見せたのって初めてじゃね?」
それは偶然の出来事だった。
ノートを落として放置した綾とそれを偶然に拾った淳平。
たまたまノートが開いた状態で、文字の羅列が淳平の視界に入った。
読んでみると綾の小説で、それに感動したと言ってくる。
「ねーちゃん、なぜノート落とした時点で気付かない?」
「ち、ちょっと考え事をしてて」
「たまにそういうドジがあるってつーさんが言ってたな」
「それでお姉様の小説に感動した真中さんが、わたしとしょーくんに何の用ですか?」
話が進めるためにちなみが問いかける。
今の所は特に関係が見当たらない。
わざわざ呼び出したのだから、それなりの用があるはずだ。
「オレは映画を作る夢がある。東城には映画の脚本で手伝ってほしいって頼んだ」
「小説と脚本って畑違いじゃないか。ねーちゃんはそれで了解したの?」
「う、うん。真中くんの夢、応援したいって思ったから」
「脚本に専念して小説はやめるのか?」
「ううん、小説は小説で書くよ。それはそれ、これはこれだから」
「まあ、覚醒モードのねーちゃんなら出来そうだな」
小説をやめないのなら別に正太郎からの文句はない。
勝ち逃げがなければ怒ったりもしない。
綾の自由であり好きにすればいいと思う。
「それでカントク、オレとちなみにも何か手伝ってほしいッスか?」
「二人には映画の出演者として協力してほしいんだ」
「なるほど、ちなみは演技スキルがあるから見事にハマる。でもオレは無理ッスよ。なりきりキャラの演技は、小説を書くための技であってメインじゃないし」
「そうかな? しょーくんの演技ノリノリでいいと思うけど?」
「それはちなみワールドに引き込まれているからだ。ちなみの演技がオレを操っているようなイメージだぜ。あとこれにはな、重大な欠点があるぞ」
「欠点? しょーくん、それってどんな欠点なの?」
「ちなみの演技がないと、オレは満足に演技できないってこと。あとオマケとして、オレは台詞の暗記が苦手だ」
だから他を当たれと断る。
ちなみは自分だけでOKは出さない。
もし受けるのなら正太郎と共演することが絶対条件である。
「カントク、仮に共演をするにしても、映画のシーンによって、一人で演じる場面とかあるッスよね?」
「た、確かにあるかも……」
「じゃあダメッス。カントクが本気だからこそ断るんッスよ。足を引っ張りたくないんで」
「ねえ正太郎、ちなみちゃんと一緒なら引き受けるの?」
「内容次第だな。安請け合いをして迷惑かけたくない。カントクの夢はオレだって応援してんだぜ」
全く方法がない訳ではない。
ちなみとの共演限定で正太郎を出す。
共演にならない場面では他の代役を立てる。
代役を探すことが課題として残ってしまうが……。
「ちょっといいですか真中さん」
「うん、なにかな?」
「そもそも映画作りって、いつどこでやるんですか?」
「再来年、泉坂高校に受かってそこで映画を作るつもりなんだ」
「まだまだ先の話じゃないですか。しかも高校だってわたしたちがそこへ行くとは限らないんですよ」
「カントク、さすがにそいつはどうかと思うッスよ。そんな先の約束なんて軽はずみにできないッス」
呆れ果てるちなみと正太郎。
しかも二人は後輩であり、出演するにしても3年後になる。
不確定要素が多いため安易に引き受けられない。
「まだオレら1年の2学期で進路サッパリなんで。とりあえず保留で手を打たないッスか?」
「お姉様、真中さんの夢を応援するなら、同い年で協力してくれる人を探したほうがいいと思います。美鈴のお兄さんがおすすめですよ」
「そういえばカントク、ヒロシ兄さんは何か手伝いさせないんッスか?」
「あ、うん。外村にはカメラマンと映画の編集で協力してもらう予定なんだ」
「やっぱりカメラか。ヒロシ兄さんらしいな」
こうして映画作りの件は保留とした。
どう考えても今の時点で結論は出せない。
翌日の昼休みに美鈴と内場にこの事を話す。
「確かに呆れた話ね。そんな先の事なんて誰にも分からないのに」
「せやけど、夢を追い続けるあの真中先輩やからな。二人が引き受けるなら、ちゃんと舞台を用意して待ってくれるんとちゃう?」
「おそらくな。ちなみとしては映画の役者ってどうよ? 演技スキルがモロ役立ちそうだが」
「わたしはしょーくんとの演技が楽しめるなら、それで万々歳だよ」
「ブレないな。あ、美鈴は映画作りに興味なかったか?」
「突然こっちに振らないでよ。ま、興味はあるけど、あの人とは合わない感じね」
「カントクの度量に不安ありか。美鈴のキツイ批評をまともに受け止めて、ちゃんと取り入れていけるかが鍵だろうな」
「なによ。まるであたしが手伝うような感じに聞こえるんだけど?」
「だって一人だと映画作りできないだろ。だったらカントクを利用して、自分の目的を果たすかと思ってな」
「冗談じゃないわ。あんな人と一緒に映画作りなんてお断りよ」
かなり嫌われているようである。
元々は兄を利用する悪い人という認識から始まっている。
美鈴にとって淳平は中々受け入れにくいタイプのようだ。
「いずれにしても、どこの高校へ行くかは考えないといけないよな。噂で耳にした程度だけど、桜海学園の女子校が人気高いらしいぞ」
「僕は泉坂高校の噂を聞いたで。あそこの嵐泉祭がメッチャ盛り上がるらしいんや」
「ちなみは彼氏と同じ高校行きたいから、女子校なんて眼中ないでしょ?」
「それは美鈴もそうじゃないの? 好きな人と別々の高校なんてありえないでしょ?」
「べ、別に彼のために高校選びなんて。そういうのは自分のためだから」
泉坂高校以外にも探せば幾らでも共学はある。
でもランクがあまり低すぎると生徒の質に不安が生じる。
イジメや暴行などのトラブルは避けたいところだ。
「なるべく安全な高校に行けたらいいな」
「大丈夫。どんな高校でもしょーくんはわたしが守るから」
「だったらオレもちなみを守るのが礼儀だろう。お互い様ってことで」
「はいはい御馳走様。もうお腹いっぱいよ」
「僕らもやったほうがええんやろうか?」
「あんなのマネしないで。貴方は貴方らしくすればいいのよ」
「おおきに」
昼休みを終えて午後の授業をこなす。
そのあとの放課後にちなみを家まで送るのが正太郎。
手汗が気になるからか、正太郎の腕に抱き着く。
まだ残暑の時期ゆえに外の気温は高い。
「ちなみの歩くペースは見切ったぜ」
「えへへ、合わせてくれてありがとう」
「これも慣れだ慣れ。ん? あれはねーちゃんとカントク、あとつーさんか」
正太郎が指し示す先に三人が歩いている。
綾とつかさの間に淳平がいた。
まさに両手に花状態である。
「カントクの事だからつーさんにも協力を求めてそうだな」
「そうだね。つかさ先輩なら主演で活躍すると思う」
「引き受けるかどうかはつーさん次第だけどな」
「尾行する?」
「漫画じゃないんだから、探偵の真似事をするつもりはない」
「それもそうだね」
そのまま声を掛けることもしない。
別々の道に分かれてちなみの家へ送った。
玄関先で離れようとすると。
「しょーくん、このまま帰っちゃうの?」
正太郎の腕に抱き着いたままだ。
頭を撫でると子ども扱いはダメと怒られた。
チャーミングな八重歯に柔らかそうな唇。
正太郎は視線をそらしつつも彼女の家へ入った。
「親は?」
「お母さんなら、最近また遅くなってきたよ。お父さんは相変わらず海外だけど」
「仕事が忙しいのか?」
「人手が足りなくなって大変みたい」
「早く帰れないことで、ちなみとの時間が取れないことを気に病むんじゃないか?」
「しょーくんがいてくれるから大丈夫って言ってあるから」
「……それに対する親の反応が気になるぜ」
「嬉しそうで寂しそうで、とっても複雑な顔をしてた」
「彼氏に娘を取られた感じか。ま、親には親の役目を果たしてもらおうぜ」
ちなみの部屋へ導かれる。
隣で腕にくっついて離れない。
女の子を意識させるフローラルの香りもある。
接触と嗅覚のダブルで恋愛感情が高ぶってしまう。
キスに対する衝動は理性で何とか抑えているが。
「ちなみ」
「なにしょーくん?」
「オレはされる方の経験をしていない」
「……しょーくんが望むならするよ」
「倒れると危ない。最初から寝た状態ならケガしないと思う」
「じゃあ、あそこのベッドで横になって」
言われるがまま仰向けとなるが。
「横寝になって」
「こうか?」
「うん」
お互いに制服姿で横寝のまま抱き合う。
仰向けで覆いかぶさる形だと体重が気になるから。
そういう女心は隠してしまいがちだ。
「しょーくん、目を閉じて」
「わかった……なんか視界が暗いと怖いぞ」
「大丈夫、怖くないよ。だから静かにして待ってて」
いつ来るか分からないという恐怖。
ちなみもされる側で経験をしたことだ。
逆に立場になってから分かることもある。
沈黙をした正太郎の唇に接近して。
「んっ……」
位置を調整しながら適度な角度に落ち着く。
ちなみも目を閉じて重なった唇に集中。
無意識にどちらともなく抱きしめる腕に力がこもった。
もっとくっついていたい。
溶け合うように重なりたい。
脚も絡め合って抱き枕のようにしがみつく。
熱い吐息がこぼれ、体が敏感になって震えた。
今回は時間の指定をしていない。
キスの衝動でそこまで頭が回らなかった。
唇を離すタイミングが分からない。
どうやって終わらせたらいいのか分からない。
その内ちなみから離れるだろうという他力本願。
それは大間違い。
ちなみは最初から離れる気がない。
飢えた愛情を欲しがり熱烈な口付けで満たせていった。
………………。
…………。
……。
意識が飛んだ。
水の底へ沈む感覚に近い。
そして耳元で呼び掛けられてハッと目を覚ます。
「しょーくん大丈夫!?」
動揺しているちなみを落ち着かせないといけない。
思考に曇りがかかって、あやふやになりながらも手を動かす。
ちなみの髪を撫でてみせることで問題がないことをアピールした。
「んもービックリしちゃったよ!! しょーくんが意識なくなって!!」
まだ頭の中がクラクラ状態の正太郎。
明らかに酸素不足に陥っている。
呼吸の仕方に問題があったようだ。
鼻だけで吸って吐くでは足りなかった?
口呼吸で大きく酸素を取り込む必要があった?
激しい運動をした訳でもないのに?
疑問が尽きない。
それでもちなみを抱きしめて黙らせた。
おとなしくなったところで呼吸を整える。
ようやく回復といった感じで体勢を立て直した。
「たまに口呼吸しないとこうなるのか。ちなみは苦しくなかった?」
「ちょっと苦しかったかも。でも平気だったよ」
「うーむ、空気の取り込む必要な量が違うのかもしれん。オレのほうが体デカいし」
キスで興奮をして呼吸が激しく乱れる仕組み。
あまり長くキスをする場合、正太郎は口から空気を大きく取り込まないといけない。
どのタイミングで空気を吸わないといけないのかは分からない。
習うより慣れろの領域であろうか。
「ここは切り替えようぜ。失敗しても次に活かして成功させる。改善をすればいいんだ」
「どうやって?」
「内場のバトル漫画にあった戦術ヒット&アウェイをキスで行なう」
「なんか焦れったくなりそう」
「そこはくっつける時間を少しずつ長くして調整すればいい」
「そっか。うん、練習すればもっと上手くキスできるようになるんだね」
「ああ、演技と同じで練習すればレベルが上がるはずだぜ」
「わかった。じゃあ練習しよ」
「ま、また今度な。オーバーキルしちゃってヤバすぎるから」
不満そうなちなみを恋人繋ぎで勘弁してもらう。
ご機嫌になった頃合いに今日はお開きとした。
自室に戻ったとき、ベッドで寝転がって正太郎は悶える。
気絶したことがあまりにも恥ずかしかったからだ。
次こそは意識が飛ばないようにしなければならない。
………………。
…………。
……。
昼休みまで会えないのは切ない。
だから一緒に登校したいというちなみの要望。
どちらが迎えに行くのか?
帰りは正太郎がちなみを家まで送っている。
行きはちなみから正太郎の家まで迎えに行く。
これで公平だとトントン拍子で話が進んだ。
正太郎は両親に報告をする。
お付き合いしている彼女がいることに驚いていた。
なんでもっと早く言ってくれなかったと問われれば、訊かれなかったからと返すだけである。
迎えに来ることに了解を得て、ついでとばかりにおじ様とおば様の呼び方も認めてもらった。
実際にちなみが迎えに来ると、両親のテンションが上がる。
おじ様とおば様で呼ばれることが余程に嬉しかったようだ。
姉を迎えに来たつかさにも挨拶をする。
そのつかさは綾と一緒に一足先に出た。
その後に正太郎とちなみが登校していく。
「親と上手く話せるちなみが羨ましいぜ。しかもオレが使いこなせない敬語で」
「そんなことないよ。しょーくんがいてくれるから安心して話せるだけ」
「安心か。こうやって肩を並べて歩いてくれるだけでも心強く感じるぜ」
ちなみの視線がチラリと正太郎の手に向く。
正太郎もちなみの手を見て考えてしまう。
そして思ったことを正直に伝えた。
「下校まで手を繋ぐのは我慢する」
「えっ!? どうして!?」
「同じクラスじゃないから、教室で離れる時に辛くなる」
「……」
「なんだよ? その意外そうな顔は?」
「しょーくんがそういう風に考えてるなんて思わなかったから」
「親子感情だった頃とは違うんだよ」
「前の気持ちに戻りたい?」
「戻らん。変えさせたことを無かったことにするんじゃないぞ」
「うん。ちゃんと責任はとるから」
「それって男のセリフじゃないか?」
「別に女が言ったらダメって決まりもないから」
「確かに」
恋愛感情で何かしらの不都合なことはないのか?
会えない間は会いたくなるし、離れる時に名残惜しくなる。
声が聞きたい、相手に触れたい、顔が見たい。
そんなワガママな願望が幾らでも溢れてしまう。
「恋煩いってこんな感じなのか。どうにも調子が狂うというか戸惑うぜ」
「大丈夫だよ。わたしもしょーくんと同じだから」
「どうやって制御してんだよ? あまり我慢すると胸が締め付けられるような変な感じがするぞ」
「そういう時は好きな人に甘えちゃえばいい。愛情いっぱいもらって分けて、お互いにいいこと尽くめだよ」
「ちなみが言うと説得力があるな。愛情の飢えから性格の切り替えをしてきた経験は伊達ではないと?」
「だからねしょーくん、甘えたい時は甘えていいんだよ。無理をしたらダメ」
「時と場所は弁えるぜ。そして二人だけの秘密の時間は大切にしたい」
見世物ではないからと抵抗感を覚えてしまう。
単純に恥ずかしいと言ってしまえばそれまでだ。
男の子はカッコつけたい性分。
弱い所はあまり見せたくない。
「しょーくん、わたしのこと好き?」
「ちなみこそ、オレのこと好きか?」
「好きだよ大好き」
感情表現が苦手でどんな顔をすればいいのか?
嬉しいのなら笑顔を浮かべたらいい。
今は恥ずかしさのほうが上回ってしまう。
でも、やられたらやり返す精神は常に持っている。
言われっぱなしで終わらせるつもりはない。
「いつから好きになった、と訊かれたらどうよ?」
「あーちゃんとちーちゃんのあだ名を付けてくれたあの日から」
「内場みたいないい男もいたのに、オレを選んだのは?」
「しょーくんだけがあたしをちゃんと見てくれたから。素と演技の両方を」
当時の小学生からずっと想い続けてきて数年単位。
対する正太郎は恋愛感情の自覚が最近だ。
想いの熟成期間に圧倒的な開きがある。
「あいわかった。オレもちなみが好き。いつからと訊かれたら、ファーストキスをしたあの日が決定打。ちなみを選んだのは、美鈴を内場に任せて、残ったちなみがオレ以外にいないから。ちなみが理屈を通してくれたのも要因だぜ」
「そうしないとしょーくん、絶対に振り向いてくれないって思った」
「諦めるという選択――」
「ないよ。恋する女の子を甘くみないでねしょーくん」
「……降参」
お手上げをする正太郎。
ちなみの本気に真っ向から相手をした結果が今にある。
そうこうしている内に学校へ到着。
寂しそうに別々の教室へ離れていく。
正太郎は同じ教室にいる内場に声を掛けた。
「おはよう内場、髪切った?」
「せやで。結構伸びとったし床屋でカットしたで」
「前髪で目が隠れるヒロシ兄さんみたいなロングにしないのか?」
「僕はサッパリ系がええんや。長いのは暑苦しいし乾かすのも手間やで」
「でも坊主みたいな短さでもないよな」
「東城は極端やねん。ま、そんな東城やから退屈せんけど」
ここで内場から東城へ質問が入る。
付き合っているちなみとの関係についてだ。
どんな感じで仲を深めているのかが気になる様子。
美鈴と付き合う内場としては参考にしたいのかもしれない。
「『わたしのこと好き?』なんて訊かれたけどそっちはどうよ?」
「美鈴はそういうこと言わんな。心の中では思っとるかもしれんけど」
「こういうのって口に出して言わないと、相手が不安になるのかもしれんぞ」
「それなら僕もちゃんと言うたほうがええかもな。これは他人事ちゃうわ」
「どこが好きなのか、いつから好きなのか、なぜ選んでくれたのか。そういった経緯や理由付けもあったほうが説得力が増すぜ」
「単純に好きって言うだけやとアカンのか?」
「多分、それは好きかどうかを訊かれる前だったら大丈夫だと思うぞ。でも訊かれた時は、その不安を取り除くように補足を入れたほうが安心できるはずだ」
「えらい思いやりのある対応をしよる。そんだけ東城が本気ちゅう事か」
「ちなみが一途にぶつかってくるから、オレも本気でやり返すだけだ」
「ほんでコテンパンに返り討ちされるオチやな」
「なぜそうなると言いたいが、あながち否定もできん」
授業が始まるとついていくのがやっとの状態。
難易度が1学期よりも上がっている。
あとで勉強の復習と予習で対策を取らねばならない。
正太郎はギリギリで耐え抜き、内場は途中で屈した。
そして精神的な満身創痍で休み時間を迎える。
「あ、アカン。黒板書くのメッチャ速いし、消すのもうちょい待ってほしいわ」
「あの先生、授業のペースが速すぎる。ステータスのスピードがカンストしてるんじゃないか?」
「東城、すまんけどノート移させてや」
「ほらよ。あ、次の授業は内場が当てられるんじゃね? 出席番号順で」
「げぇ!! さ、最悪や。助けてや東城!!」
「無理、覚悟を決めろ。黒板に回答を書くために皆の前に立ち、間違えて恥さらしの刑にでもなれ」
「そもそも答えを書ける自信がないわ!!」
「威張るな威張るな。早めに美鈴に勉強を見てもらえ。さもないとマジで置き去り食らって取り返しがつかなくなるぞ」
時間の合間に唯に向けての手紙を書く。
授業の苦戦、復習と予習の必要性、淳平からの勧誘、姉が脚本を書くこと等。
報告が多くなるほどに手紙の枚数が増えていく。
後日の返事で唯も泉坂高校に行くと書かれていた。
淳平の映画作りを手伝う意思があるようだ。
そこで正太郎は電話で確認をとってみる。
「カントクには伝えたのか?」
「ううん、冬休みに直接じゅんぺーに言うつもり」
「ねーちゃんに加えて唯もカントクの味方についたか。まさに人たらしだぜ」
「しょーたろはどうなの? じゅんぺーの夢、応援してるって言ってたよね?」
「保留だ保留。まだ1年の身分でそんな簡単に結論が出せるかよ」
「でも、しょーたろとちなみちゃんがコンビ組んだら絶対にスゴイ映画になるよ」
「なぜそう言い切れる?」
「だって唯のためにあんな楽しそうに演技してみせたじゃん。じゅんぺーもそれで誘ったんだって唯でもわかるよ」
「そもそも唯はカントクの夢をどうやって手伝う? ピアノで映画向けのオリジナル曲でも演奏するのか?」
「あ、それがいい!!」
「おいおい、思いつきで言ったことを真に受けるなよ。曲作りって簡単じゃないだろ? 素人だからよくわからんけど」
「唯に不可能はないのだ!! やると言ったら絶対にやるもん!!」
「だったら実際に作って証明してみたらどうよ? 口だけなら幾らでも言えるぜ」
「むぅー!! すごい曲作ってギャブンと言わせてやる!!」
唯の闘志が激しく燃え上がり、その後のピアノ練習に熱がこもった。
習い事をピアノ一本に絞るが、北大路さつきとの交流は同じ学校の先輩と後輩で続く。
泉坂高校に行くための自主勉強も欠かさない。
この急成長は唯の両親を驚かせるほどであった。
………………。
…………。
……。
ちなみの誕生日プレゼントのリクエスト。
実話に基づいた短編の恋愛小説を書き上げる。
なりきりキャラの一人称だと難解な女心で躓く。
姉の書いた小説の三人称すなわち神の視点を参考にして補った。
「ありがとうしょーくん。最高の誕生日プレゼントだよ」
「そこまで喜んでくれると、創作者としては本望だぜ」
ちなみの部屋で二人っきりの誕生日祝い。
ムードが盛り上がってスキンシップが積極的だ。
事前に歯磨きでケアも済ませた。
ちなみの唇は保湿効果のあるリップクリームで潤っている。
「ちなみ、立ってもらっていい?」
「うん」
立たせたちなみの両肩を掴む。
見つめられている間は動かずに様子見。
合図が来るまで静かに待つ。
「しょーくん……」
ちなみの目が閉じたことでゆっくりと顔を寄せていく。
心臓が激しく響いて顔が熱くなってきた。
それでも待たせないように一瞬だけのキス。
再びくっつけて離れるを繰り返すヒット&アウェイ。
当てた時に少し擦るようにも動かしてみた。
正太郎の目は開いている。
閉じてしまうと位置がずれてしまいそうだから。
「んっ……んぐっ…ふっ……んむっ……」
焦らした感覚にちなみが正太郎の背中に腕を回す。
お互いの鼓動がドキドキして興奮が増す。
正太郎が唇を離そうとしてちなみが押し付けてきた。
重ねる時間を長くするための行為。
正太郎は目を閉じて、鼻の呼吸だけに専念。
他のところが疎かとなって力が抜けていく。
途中で足が崩れ落ちてしまってキスが中断になった。
失敗したことが恥ずかしくなり、座った状態で抱きしめる。
顔を見られないようにして余韻に浸る。
しばらくして乱れた思考が落ち着いてきた。
「しょーくん、ちょっと苦しい」
抱きしめる力が強くてちなみが息苦しそうにした。
力を緩めてから詫びのつもりで髪をそっと撫でる。
清潔感に溢れる石鹸の香りがした。
「ちょっとは上手くできたつもりだけど、まだ未熟だなオレ」
「そんなことない。しょーくんと触れ合ってるとふわふわしてきちゃう」
「こっちは余裕ないからな。息だけで精一杯になってくる」
「わたしだって余裕なんてないよ」
「……あのさ」
「どうしたのしょーくん?」
「膝枕してもらっていい?」
「あ、うん。いいよ」
最初のスキンシップでの膝枕を思い出した。
リベンジのつもりでお願いをして叶えてもらう。
ちなみのヒザの上に頭を乗せた正太郎。
仰向けで目を閉じてからそっと呟く。
「好きだ」
心の奥底で溢れてしまった愛の告白。
恋愛小説のような着飾った台詞は吐けない。
シンプルイズベスト。
たった一言で表す相手に伝える想い。
「わたしも好き」
髪を撫でられながら告白を返された。
愛情という目に見えない形を言葉で受け取る。
そして心地よい時間を思う存分に堪能していった。