青春100%   作:完結の陽炎

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第11話「ちなみの根回しと恋煩い」

 夏休みがもうすぐ終わってしまう。

 唯とお別れとなるのは寂しい限りの一同。

 内場と美鈴が選んだ招き猫の貯金箱をプレゼント。

 次は冬休みに会う約束をする。

 手紙のやり取りはこれからも継続。

 だからバイバイではなく、また会おうという言葉で締めくくった。

 

 場所はちなみの部屋。

 そこで相談を持ち掛けているのが正太郎。

 新学期になる際に困ることがあるからだ。

 

「ファンクラブの連中を敵に回したくない。これをどうする?」

「大丈夫だよしょーくん。既にファンクラブの会長に話をつけているから」

「会長って誰?」

「美鈴のお兄さん」

「ヒロシ兄さんが会長ってハマり役だな」

「アイドルの幸せを応援するのがファンだからね。しょーくんがわたしを不幸にしない限りは大丈夫」

「お互いに嫌がることはしない約束だからな。不幸もないと思うぞ」

「うん、だから心配いらないよ。それで他に相談ってある?」

 

 一呼吸を置くためにテーブルの麦茶で喉を潤す。

 ちなみのフローラルな香りが女の子を意識させる。

 嗅覚も恋愛感情を刺激させる要素の一つだ。

 やや思考は乱れてしまうが、もう一つの相談が重要となるので何とか切り替えた。

 

「どうもオレは女子にモテるらしい」

「……」

「1学期は勉強が忙しくて、その辺りの空気を読んでくれたみたいだが、それでも声掛けは何回かあった。告白されるのも時間の問題と内場から言われている」

「……」

「断るにしても言い方次第で逆恨みを買いそうだ。ねーちゃんみたいに目立たない変装も出来ない。正直困っている」

「……その問題、わたしに任せてくれたら解決するよ」

「マジで? じゃあ任せてもいいか?」

「うん任せて。しょーくんは何も心配しなくていいから」

「悪いな迷惑かけちまって」

「迷惑じゃないよ。ちゃんと相談してくれてありがとう。これからも困った事があれば遠慮なく言ってね」

 

 この時のちなみは終始笑顔である。

 腹の内が全く読めない。

 正太郎が帰った後ですぐに行動に移った。

 向かった先は美鈴の家である。

 

「寒気がするわね。今のあなたを見ていると」

「そう? エアコンが効きすぎなんじゃない?」

「ちなみ、腹の底で怒ってるでしょ? それも煮えたぎるほどに」

「美鈴は知ってる? しょーくんを困らせる女子がいるみたいなの」

「あたしの彼から聞いてるわ。アイツが女子にモテる――ああ、そういうことね。で、何をしたらいいの?」

「賢い美鈴が好きだよ。サッカー部にカッコいい男子たちの情報があるの。それを噂に広めてしょーくんにちょっかいをかける女子の矛先を変える」

「どこでそんな情報を……下手な詮索は身を滅ぼすからやめておくわ」

「できれば、美鈴のお兄さんにも手伝ってくれるといいかな」

「わかったから、その目はやめてちょうだい。今晩眠れなくなりそうだから」

 

 穏便な方法であることが救い。

 まだ直接的な被害がないからだろう。

 だが、もしも正太郎に危害を加えるようなことでもあったら?

 美鈴は考えることをやめた。

 それ以上は想像をしないほうがいい。

 知らぬが仏という諺もあるぐらいだ。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 2学期になってから日付が流れていく。

 ちなみの根回しがあって正太郎の悩みは解消された。

 その代わり、正太郎とちなみが付き合っている事実が広まる。

 けん制としても有効な手段だ。

 

「来年、しょーくんと同じクラスになれるといいな」

「クラス替えなんて気が早いぜ。あれってランダムで決まるのか?」

「各自の成績で偏らせないようにする、という話なら聞いたことがあるわよ」

「僕もそれ聞いたで。あくまで噂やけど」

 

 屋上に通じる立ち入り禁止手前の踊り場。

 いつも通りシートを敷いての昼食タイム。

 ちなみ、正太郎、美鈴、内場の四人で囲む。

 教室と比べて窓からの日差しがない分だけマシかもしれない。

 

「東城、なにメモしとるんや?」

「恋愛で感じたことや閃き。小説を書くためのネタだ」

「まさかアンタ、恋愛小説を書くつもり?」

「ちなみから誕生日プレゼントの要望があってな」

 

 ちなみの誕生日は10月16日。

 それまでに小説をプレゼントすることになった。

 あと1か月で書き上げる必要がある。

 

「それって、かなり無茶振りじゃないの?」

「実話ネタなら何とかいけるぜ。モデルもオレとちなみで絞ればいい。いざとなれば日記形式がある」

「これもお姉さんを超えるための試練ってヤツ?」

「その通り。これぐらい出来なくては、ねーちゃんを超える小説なんて書けないぜ」

「逆にアンタがそこまで言う、お姉さんの小説に興味が出てくるわね」

「それは機会があればその内ってことで」

 

 姉の書く小説の底が見えない。

 描かれる世界に圧倒されてしまう。

 だからこそいい。

 尊敬と嫉妬を混ぜながらも正太郎は突き進む。

 

 放課後。

 珍しく姉に呼び出されて屋上へ向かう。

 立ち入り禁止だが、呼ばれたのだから行くしかない。

 

「お姉様、わたしとしょーくんに何の用だろうね?」

「オレだけならともかく、ちなみも一緒って所が気になるな。とりあえず行ってみようぜ」

 

 屋上に来てみれば、綾と淳平がいた。

 なぜ淳平がいるのか?

 それが呼び出しの理由と関係がありそうだ。

 

「ねーちゃんとカントク、面白い組み合わせだぜ」

「お姉様、真中さんこんにちは。見た所、真中さんから何か用事がありそうですね」

「カントクがオレとちなみに用事……カントクの夢で何か手伝ってほしいとか?」

 

 二人の推察に淳平が驚く。

 外れてはいないらしい。

 そのまま話を聞いてみると。

 

「オレ、東城の小説を見て感動したんだ」

「え、マジ? あのねーちゃんが他の人に小説を見せたのって初めてじゃね?」

 

 それは偶然の出来事だった。

 ノートを落として放置した綾とそれを偶然に拾った淳平。

 たまたまノートが開いた状態で、文字の羅列が淳平の視界に入った。

 読んでみると綾の小説で、それに感動したと言ってくる。

 

「ねーちゃん、なぜノート落とした時点で気付かない?」

「ち、ちょっと考え事をしてて」

「たまにそういうドジがあるってつーさんが言ってたな」

「それでお姉様の小説に感動した真中さんが、わたしとしょーくんに何の用ですか?」

 

 話が進めるためにちなみが問いかける。

 今の所は特に関係が見当たらない。

 わざわざ呼び出したのだから、それなりの用があるはずだ。

 

「オレは映画を作る夢がある。東城には映画の脚本で手伝ってほしいって頼んだ」

「小説と脚本って畑違いじゃないか。ねーちゃんはそれで了解したの?」

「う、うん。真中くんの夢、応援したいって思ったから」

「脚本に専念して小説はやめるのか?」

「ううん、小説は小説で書くよ。それはそれ、これはこれだから」

「まあ、覚醒モードのねーちゃんなら出来そうだな」

 

 小説をやめないのなら別に正太郎からの文句はない。

 勝ち逃げがなければ怒ったりもしない。

 綾の自由であり好きにすればいいと思う。

 

「それでカントク、オレとちなみにも何か手伝ってほしいッスか?」

「二人には映画の出演者として協力してほしいんだ」

「なるほど、ちなみは演技スキルがあるから見事にハマる。でもオレは無理ッスよ。なりきりキャラの演技は、小説を書くための技であってメインじゃないし」

「そうかな? しょーくんの演技ノリノリでいいと思うけど?」

「それはちなみワールドに引き込まれているからだ。ちなみの演技がオレを操っているようなイメージだぜ。あとこれにはな、重大な欠点があるぞ」

「欠点? しょーくん、それってどんな欠点なの?」

「ちなみの演技がないと、オレは満足に演技できないってこと。あとオマケとして、オレは台詞の暗記が苦手だ」

 

 だから他を当たれと断る。

 ちなみは自分だけでOKは出さない。

 もし受けるのなら正太郎と共演することが絶対条件である。

 

「カントク、仮に共演をするにしても、映画のシーンによって、一人で演じる場面とかあるッスよね?」

「た、確かにあるかも……」

「じゃあダメッス。カントクが本気だからこそ断るんッスよ。足を引っ張りたくないんで」

「ねえ正太郎、ちなみちゃんと一緒なら引き受けるの?」

「内容次第だな。安請け合いをして迷惑かけたくない。カントクの夢はオレだって応援してんだぜ」

 

 全く方法がない訳ではない。

 ちなみとの共演限定で正太郎を出す。

 共演にならない場面では他の代役を立てる。

 代役を探すことが課題として残ってしまうが……。

 

「ちょっといいですか真中さん」

「うん、なにかな?」

「そもそも映画作りって、いつどこでやるんですか?」

「再来年、泉坂高校に受かってそこで映画を作るつもりなんだ」

「まだまだ先の話じゃないですか。しかも高校だってわたしたちがそこへ行くとは限らないんですよ」

「カントク、さすがにそいつはどうかと思うッスよ。そんな先の約束なんて軽はずみにできないッス」

 

 呆れ果てるちなみと正太郎。

 しかも二人は後輩であり、出演するにしても3年後になる。

 不確定要素が多いため安易に引き受けられない。

 

「まだオレら1年の2学期で進路サッパリなんで。とりあえず保留で手を打たないッスか?」

「お姉様、真中さんの夢を応援するなら、同い年で協力してくれる人を探したほうがいいと思います。美鈴のお兄さんがおすすめですよ」

「そういえばカントク、ヒロシ兄さんは何か手伝いさせないんッスか?」

「あ、うん。外村にはカメラマンと映画の編集で協力してもらう予定なんだ」

「やっぱりカメラか。ヒロシ兄さんらしいな」

 

 こうして映画作りの件は保留とした。

 どう考えても今の時点で結論は出せない。

 翌日の昼休みに美鈴と内場にこの事を話す。

 

「確かに呆れた話ね。そんな先の事なんて誰にも分からないのに」

「せやけど、夢を追い続けるあの真中先輩やからな。二人が引き受けるなら、ちゃんと舞台を用意して待ってくれるんとちゃう?」

「おそらくな。ちなみとしては映画の役者ってどうよ? 演技スキルがモロ役立ちそうだが」

「わたしはしょーくんとの演技が楽しめるなら、それで万々歳だよ」

「ブレないな。あ、美鈴は映画作りに興味なかったか?」

「突然こっちに振らないでよ。ま、興味はあるけど、あの人とは合わない感じね」

「カントクの度量に不安ありか。美鈴のキツイ批評をまともに受け止めて、ちゃんと取り入れていけるかが鍵だろうな」

「なによ。まるであたしが手伝うような感じに聞こえるんだけど?」

「だって一人だと映画作りできないだろ。だったらカントクを利用して、自分の目的を果たすかと思ってな」

「冗談じゃないわ。あんな人と一緒に映画作りなんてお断りよ」

 

 かなり嫌われているようである。

 元々は兄を利用する悪い人という認識から始まっている。

 美鈴にとって淳平は中々受け入れにくいタイプのようだ。

 

「いずれにしても、どこの高校へ行くかは考えないといけないよな。噂で耳にした程度だけど、桜海学園の女子校が人気高いらしいぞ」

「僕は泉坂高校の噂を聞いたで。あそこの嵐泉祭がメッチャ盛り上がるらしいんや」

「ちなみは彼氏と同じ高校行きたいから、女子校なんて眼中ないでしょ?」

「それは美鈴もそうじゃないの? 好きな人と別々の高校なんてありえないでしょ?」

「べ、別に彼のために高校選びなんて。そういうのは自分のためだから」

 

 泉坂高校以外にも探せば幾らでも共学はある。

 でもランクがあまり低すぎると生徒の質に不安が生じる。

 イジメや暴行などのトラブルは避けたいところだ。

 

「なるべく安全な高校に行けたらいいな」

「大丈夫。どんな高校でもしょーくんはわたしが守るから」

「だったらオレもちなみを守るのが礼儀だろう。お互い様ってことで」

「はいはい御馳走様。もうお腹いっぱいよ」

「僕らもやったほうがええんやろうか?」

「あんなのマネしないで。貴方は貴方らしくすればいいのよ」

「おおきに」

 

 昼休みを終えて午後の授業をこなす。

 そのあとの放課後にちなみを家まで送るのが正太郎。

 手汗が気になるからか、正太郎の腕に抱き着く。

 まだ残暑の時期ゆえに外の気温は高い。

 

「ちなみの歩くペースは見切ったぜ」

「えへへ、合わせてくれてありがとう」

「これも慣れだ慣れ。ん? あれはねーちゃんとカントク、あとつーさんか」

 

 正太郎が指し示す先に三人が歩いている。

 綾とつかさの間に淳平がいた。

 まさに両手に花状態である。

 

「カントクの事だからつーさんにも協力を求めてそうだな」

「そうだね。つかさ先輩なら主演で活躍すると思う」

「引き受けるかどうかはつーさん次第だけどな」

「尾行する?」

「漫画じゃないんだから、探偵の真似事をするつもりはない」

「それもそうだね」

 

 そのまま声を掛けることもしない。

 別々の道に分かれてちなみの家へ送った。

 玄関先で離れようとすると。

 

「しょーくん、このまま帰っちゃうの?」

 

 正太郎の腕に抱き着いたままだ。

 頭を撫でると子ども扱いはダメと怒られた。

 チャーミングな八重歯に柔らかそうな唇。

 正太郎は視線をそらしつつも彼女の家へ入った。

 

「親は?」

「お母さんなら、最近また遅くなってきたよ。お父さんは相変わらず海外だけど」

「仕事が忙しいのか?」

「人手が足りなくなって大変みたい」

「早く帰れないことで、ちなみとの時間が取れないことを気に病むんじゃないか?」

「しょーくんがいてくれるから大丈夫って言ってあるから」

「……それに対する親の反応が気になるぜ」

「嬉しそうで寂しそうで、とっても複雑な顔をしてた」

「彼氏に娘を取られた感じか。ま、親には親の役目を果たしてもらおうぜ」

 

 ちなみの部屋へ導かれる。

 隣で腕にくっついて離れない。

 女の子を意識させるフローラルの香りもある。

 接触と嗅覚のダブルで恋愛感情が高ぶってしまう。

 キスに対する衝動は理性で何とか抑えているが。

 

「ちなみ」

「なにしょーくん?」

「オレはされる方の経験をしていない」

「……しょーくんが望むならするよ」

「倒れると危ない。最初から寝た状態ならケガしないと思う」

「じゃあ、あそこのベッドで横になって」

 

 言われるがまま仰向けとなるが。

 

「横寝になって」

「こうか?」

「うん」

 

 お互いに制服姿で横寝のまま抱き合う。

 仰向けで覆いかぶさる形だと体重が気になるから。

 そういう女心は隠してしまいがちだ。

 

「しょーくん、目を閉じて」

「わかった……なんか視界が暗いと怖いぞ」

「大丈夫、怖くないよ。だから静かにして待ってて」

 

 いつ来るか分からないという恐怖。

 ちなみもされる側で経験をしたことだ。

 逆に立場になってから分かることもある。

 沈黙をした正太郎の唇に接近して。

 

「んっ……」

 

 位置を調整しながら適度な角度に落ち着く。

 ちなみも目を閉じて重なった唇に集中。

 無意識にどちらともなく抱きしめる腕に力がこもった。

 もっとくっついていたい。

 溶け合うように重なりたい。

 脚も絡め合って抱き枕のようにしがみつく。

 熱い吐息がこぼれ、体が敏感になって震えた。

 

 今回は時間の指定をしていない。

 キスの衝動でそこまで頭が回らなかった。

 唇を離すタイミングが分からない。

 どうやって終わらせたらいいのか分からない。

 その内ちなみから離れるだろうという他力本願。

 それは大間違い。

 ちなみは最初から離れる気がない。

 飢えた愛情を欲しがり熱烈な口付けで満たせていった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 意識が飛んだ。

 水の底へ沈む感覚に近い。

 そして耳元で呼び掛けられてハッと目を覚ます。

 

「しょーくん大丈夫!?」

 

 動揺しているちなみを落ち着かせないといけない。

 思考に曇りがかかって、あやふやになりながらも手を動かす。

 ちなみの髪を撫でてみせることで問題がないことをアピールした。

 

「んもービックリしちゃったよ!! しょーくんが意識なくなって!!」

 

 まだ頭の中がクラクラ状態の正太郎。

 明らかに酸素不足に陥っている。

 呼吸の仕方に問題があったようだ。

 鼻だけで吸って吐くでは足りなかった?

 口呼吸で大きく酸素を取り込む必要があった?

 激しい運動をした訳でもないのに?

 疑問が尽きない。

 それでもちなみを抱きしめて黙らせた。

 おとなしくなったところで呼吸を整える。

 ようやく回復といった感じで体勢を立て直した。

 

「たまに口呼吸しないとこうなるのか。ちなみは苦しくなかった?」

「ちょっと苦しかったかも。でも平気だったよ」

「うーむ、空気の取り込む必要な量が違うのかもしれん。オレのほうが体デカいし」

 

 キスで興奮をして呼吸が激しく乱れる仕組み。

 あまり長くキスをする場合、正太郎は口から空気を大きく取り込まないといけない。

 どのタイミングで空気を吸わないといけないのかは分からない。

 習うより慣れろの領域であろうか。

 

「ここは切り替えようぜ。失敗しても次に活かして成功させる。改善をすればいいんだ」

「どうやって?」

「内場のバトル漫画にあった戦術ヒット&アウェイをキスで行なう」

「なんか焦れったくなりそう」

「そこはくっつける時間を少しずつ長くして調整すればいい」

「そっか。うん、練習すればもっと上手くキスできるようになるんだね」

「ああ、演技と同じで練習すればレベルが上がるはずだぜ」

「わかった。じゃあ練習しよ」

「ま、また今度な。オーバーキルしちゃってヤバすぎるから」

 

 不満そうなちなみを恋人繋ぎで勘弁してもらう。

 ご機嫌になった頃合いに今日はお開きとした。

 自室に戻ったとき、ベッドで寝転がって正太郎は悶える。

 気絶したことがあまりにも恥ずかしかったからだ。

 次こそは意識が飛ばないようにしなければならない。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 昼休みまで会えないのは切ない。

 だから一緒に登校したいというちなみの要望。

 どちらが迎えに行くのか?

 帰りは正太郎がちなみを家まで送っている。

 行きはちなみから正太郎の家まで迎えに行く。

 これで公平だとトントン拍子で話が進んだ。

 

 正太郎は両親に報告をする。

 お付き合いしている彼女がいることに驚いていた。

 なんでもっと早く言ってくれなかったと問われれば、訊かれなかったからと返すだけである。

 迎えに来ることに了解を得て、ついでとばかりにおじ様とおば様の呼び方も認めてもらった。

 実際にちなみが迎えに来ると、両親のテンションが上がる。

 おじ様とおば様で呼ばれることが余程に嬉しかったようだ。

 姉を迎えに来たつかさにも挨拶をする。

 そのつかさは綾と一緒に一足先に出た。

 その後に正太郎とちなみが登校していく。

 

「親と上手く話せるちなみが羨ましいぜ。しかもオレが使いこなせない敬語で」

「そんなことないよ。しょーくんがいてくれるから安心して話せるだけ」

「安心か。こうやって肩を並べて歩いてくれるだけでも心強く感じるぜ」

 

 ちなみの視線がチラリと正太郎の手に向く。

 正太郎もちなみの手を見て考えてしまう。

 そして思ったことを正直に伝えた。

  

「下校まで手を繋ぐのは我慢する」

「えっ!? どうして!?」

「同じクラスじゃないから、教室で離れる時に辛くなる」

「……」

「なんだよ? その意外そうな顔は?」

「しょーくんがそういう風に考えてるなんて思わなかったから」

「親子感情だった頃とは違うんだよ」

「前の気持ちに戻りたい?」

「戻らん。変えさせたことを無かったことにするんじゃないぞ」

「うん。ちゃんと責任はとるから」

「それって男のセリフじゃないか?」

「別に女が言ったらダメって決まりもないから」

「確かに」

 

 恋愛感情で何かしらの不都合なことはないのか?

 会えない間は会いたくなるし、離れる時に名残惜しくなる。

 声が聞きたい、相手に触れたい、顔が見たい。

 そんなワガママな願望が幾らでも溢れてしまう。

 

「恋煩いってこんな感じなのか。どうにも調子が狂うというか戸惑うぜ」

「大丈夫だよ。わたしもしょーくんと同じだから」

「どうやって制御してんだよ? あまり我慢すると胸が締め付けられるような変な感じがするぞ」

「そういう時は好きな人に甘えちゃえばいい。愛情いっぱいもらって分けて、お互いにいいこと尽くめだよ」

「ちなみが言うと説得力があるな。愛情の飢えから性格の切り替えをしてきた経験は伊達ではないと?」

「だからねしょーくん、甘えたい時は甘えていいんだよ。無理をしたらダメ」

「時と場所は弁えるぜ。そして二人だけの秘密の時間は大切にしたい」

 

 見世物ではないからと抵抗感を覚えてしまう。

 単純に恥ずかしいと言ってしまえばそれまでだ。

 男の子はカッコつけたい性分。

 弱い所はあまり見せたくない。

 

「しょーくん、わたしのこと好き?」

「ちなみこそ、オレのこと好きか?」

「好きだよ大好き」

 

 感情表現が苦手でどんな顔をすればいいのか?

 嬉しいのなら笑顔を浮かべたらいい。

 今は恥ずかしさのほうが上回ってしまう。

 でも、やられたらやり返す精神は常に持っている。

 言われっぱなしで終わらせるつもりはない。

 

「いつから好きになった、と訊かれたらどうよ?」

「あーちゃんとちーちゃんのあだ名を付けてくれたあの日から」

「内場みたいないい男もいたのに、オレを選んだのは?」

「しょーくんだけがあたしをちゃんと見てくれたから。素と演技の両方を」

 

 当時の小学生からずっと想い続けてきて数年単位。

 対する正太郎は恋愛感情の自覚が最近だ。

 想いの熟成期間に圧倒的な開きがある。

 

「あいわかった。オレもちなみが好き。いつからと訊かれたら、ファーストキスをしたあの日が決定打。ちなみを選んだのは、美鈴を内場に任せて、残ったちなみがオレ以外にいないから。ちなみが理屈を通してくれたのも要因だぜ」

「そうしないとしょーくん、絶対に振り向いてくれないって思った」

「諦めるという選択――」

「ないよ。恋する女の子を甘くみないでねしょーくん」

「……降参」

 

 お手上げをする正太郎。

 ちなみの本気に真っ向から相手をした結果が今にある。

 そうこうしている内に学校へ到着。

 寂しそうに別々の教室へ離れていく。

 正太郎は同じ教室にいる内場に声を掛けた。

 

「おはよう内場、髪切った?」

「せやで。結構伸びとったし床屋でカットしたで」

「前髪で目が隠れるヒロシ兄さんみたいなロングにしないのか?」

「僕はサッパリ系がええんや。長いのは暑苦しいし乾かすのも手間やで」

「でも坊主みたいな短さでもないよな」

「東城は極端やねん。ま、そんな東城やから退屈せんけど」

 

 ここで内場から東城へ質問が入る。

 付き合っているちなみとの関係についてだ。

 どんな感じで仲を深めているのかが気になる様子。

 美鈴と付き合う内場としては参考にしたいのかもしれない。

 

「『わたしのこと好き?』なんて訊かれたけどそっちはどうよ?」

「美鈴はそういうこと言わんな。心の中では思っとるかもしれんけど」

「こういうのって口に出して言わないと、相手が不安になるのかもしれんぞ」

「それなら僕もちゃんと言うたほうがええかもな。これは他人事ちゃうわ」

「どこが好きなのか、いつから好きなのか、なぜ選んでくれたのか。そういった経緯や理由付けもあったほうが説得力が増すぜ」

「単純に好きって言うだけやとアカンのか?」

「多分、それは好きかどうかを訊かれる前だったら大丈夫だと思うぞ。でも訊かれた時は、その不安を取り除くように補足を入れたほうが安心できるはずだ」

「えらい思いやりのある対応をしよる。そんだけ東城が本気ちゅう事か」

「ちなみが一途にぶつかってくるから、オレも本気でやり返すだけだ」

「ほんでコテンパンに返り討ちされるオチやな」

「なぜそうなると言いたいが、あながち否定もできん」

 

 授業が始まるとついていくのがやっとの状態。

 難易度が1学期よりも上がっている。

 あとで勉強の復習と予習で対策を取らねばならない。

 正太郎はギリギリで耐え抜き、内場は途中で屈した。

 そして精神的な満身創痍で休み時間を迎える。

 

「あ、アカン。黒板書くのメッチャ速いし、消すのもうちょい待ってほしいわ」

「あの先生、授業のペースが速すぎる。ステータスのスピードがカンストしてるんじゃないか?」

「東城、すまんけどノート移させてや」

「ほらよ。あ、次の授業は内場が当てられるんじゃね? 出席番号順で」

「げぇ!! さ、最悪や。助けてや東城!!」

「無理、覚悟を決めろ。黒板に回答を書くために皆の前に立ち、間違えて恥さらしの刑にでもなれ」

「そもそも答えを書ける自信がないわ!!」

「威張るな威張るな。早めに美鈴に勉強を見てもらえ。さもないとマジで置き去り食らって取り返しがつかなくなるぞ」

 

 時間の合間に唯に向けての手紙を書く。

 授業の苦戦、復習と予習の必要性、淳平からの勧誘、姉が脚本を書くこと等。

 報告が多くなるほどに手紙の枚数が増えていく。

 

 後日の返事で唯も泉坂高校に行くと書かれていた。

 淳平の映画作りを手伝う意思があるようだ。

 そこで正太郎は電話で確認をとってみる。

 

「カントクには伝えたのか?」

「ううん、冬休みに直接じゅんぺーに言うつもり」

「ねーちゃんに加えて唯もカントクの味方についたか。まさに人たらしだぜ」

「しょーたろはどうなの? じゅんぺーの夢、応援してるって言ってたよね?」

「保留だ保留。まだ1年の身分でそんな簡単に結論が出せるかよ」

「でも、しょーたろとちなみちゃんがコンビ組んだら絶対にスゴイ映画になるよ」

「なぜそう言い切れる?」

「だって唯のためにあんな楽しそうに演技してみせたじゃん。じゅんぺーもそれで誘ったんだって唯でもわかるよ」

「そもそも唯はカントクの夢をどうやって手伝う? ピアノで映画向けのオリジナル曲でも演奏するのか?」

「あ、それがいい!!」

「おいおい、思いつきで言ったことを真に受けるなよ。曲作りって簡単じゃないだろ? 素人だからよくわからんけど」

「唯に不可能はないのだ!! やると言ったら絶対にやるもん!!」

「だったら実際に作って証明してみたらどうよ? 口だけなら幾らでも言えるぜ」

「むぅー!! すごい曲作ってギャブンと言わせてやる!!」

 

 唯の闘志が激しく燃え上がり、その後のピアノ練習に熱がこもった。

 習い事をピアノ一本に絞るが、北大路さつきとの交流は同じ学校の先輩と後輩で続く。

 泉坂高校に行くための自主勉強も欠かさない。

 この急成長は唯の両親を驚かせるほどであった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 ちなみの誕生日プレゼントのリクエスト。

 実話に基づいた短編の恋愛小説を書き上げる。

 なりきりキャラの一人称だと難解な女心で躓く。

 姉の書いた小説の三人称すなわち神の視点を参考にして補った。

 

「ありがとうしょーくん。最高の誕生日プレゼントだよ」

「そこまで喜んでくれると、創作者としては本望だぜ」

 

 ちなみの部屋で二人っきりの誕生日祝い。

 ムードが盛り上がってスキンシップが積極的だ。

 事前に歯磨きでケアも済ませた。

 ちなみの唇は保湿効果のあるリップクリームで潤っている。

 

「ちなみ、立ってもらっていい?」

「うん」

 

 立たせたちなみの両肩を掴む。

 見つめられている間は動かずに様子見。

 合図が来るまで静かに待つ。

 

「しょーくん……」

 

 ちなみの目が閉じたことでゆっくりと顔を寄せていく。

 心臓が激しく響いて顔が熱くなってきた。

 それでも待たせないように一瞬だけのキス。

 再びくっつけて離れるを繰り返すヒット&アウェイ。

 当てた時に少し擦るようにも動かしてみた。

 正太郎の目は開いている。

 閉じてしまうと位置がずれてしまいそうだから。

 

「んっ……んぐっ…ふっ……んむっ……」

 

 焦らした感覚にちなみが正太郎の背中に腕を回す。

 お互いの鼓動がドキドキして興奮が増す。

 正太郎が唇を離そうとしてちなみが押し付けてきた。

 重ねる時間を長くするための行為。

 正太郎は目を閉じて、鼻の呼吸だけに専念。

 他のところが疎かとなって力が抜けていく。

 途中で足が崩れ落ちてしまってキスが中断になった。

 失敗したことが恥ずかしくなり、座った状態で抱きしめる。

 顔を見られないようにして余韻に浸る。

 しばらくして乱れた思考が落ち着いてきた。

 

「しょーくん、ちょっと苦しい」

 

 抱きしめる力が強くてちなみが息苦しそうにした。

 力を緩めてから詫びのつもりで髪をそっと撫でる。

 清潔感に溢れる石鹸の香りがした。

 

「ちょっとは上手くできたつもりだけど、まだ未熟だなオレ」

「そんなことない。しょーくんと触れ合ってるとふわふわしてきちゃう」

「こっちは余裕ないからな。息だけで精一杯になってくる」

「わたしだって余裕なんてないよ」

「……あのさ」

「どうしたのしょーくん?」

「膝枕してもらっていい?」

「あ、うん。いいよ」

 

 最初のスキンシップでの膝枕を思い出した。

 リベンジのつもりでお願いをして叶えてもらう。

 ちなみのヒザの上に頭を乗せた正太郎。

 仰向けで目を閉じてからそっと呟く。

 

「好きだ」

 

 心の奥底で溢れてしまった愛の告白。

 恋愛小説のような着飾った台詞は吐けない。

 シンプルイズベスト。

 たった一言で表す相手に伝える想い。

 

「わたしも好き」

 

 髪を撫でられながら告白を返された。

 愛情という目に見えない形を言葉で受け取る。

 そして心地よい時間を思う存分に堪能していった。 

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