青春100%   作:完結の陽炎

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第16話「映研の頭脳と映制の柱」

 実質的な部室で勉強の対策も兼ねた美鈴の部屋。

 資材の値段リスト、泉坂高校のパンフレット、部活に関連付けた情報メモ等を机に広げて会議を開く。

 監督の美鈴を旗頭に、正太郎・ちなみ・内場が参加中だ。

 

「美鈴、撮影用のカメラを誕生日やクリスマスのプレゼントで入手できないか?」

「難しいわね。あまり高すぎるモノは却下されるから」

「それが入手できれば、バイトの日数もそれ相応にカットできるんだけどな」

「編集用のパソコンはどないするんや? 学校で使用許可が出るとは限らんやろ?}

「わたし今思ったんだけど、そもそも映研と映制って、どっちも学校で認めてくれるのかな?」

「端本、それってどういうこっちゃ?」

「映画作りで被ってるから、どっちかしか認められないんじゃない?」

「言われてみるとせやな。東城どない思う?」

 

 活動をするにつれて問題点が浮上した。

 これは捨て置けないと正太郎は少し悩む。

 

「向こうはあくまでも映像の研究をする部活、こっちは映画を制作する部活だから、その辺りで違うという形にして上手く立ち回れないか?」

「せやけど、どっちも作品の映画を出すんやろ? 下手なごまかしは通用せんとちゃう?」

「監督、ここに来て難問がぶつかって来たぜ。映研と映制の被り問題をどう乗り切る?」

 

 正太郎に問いかけに美鈴は思案をする。

 どのようにして解決へ導くのか?

 一同が美鈴に注目していると……。

 

「これは双方で考えないといけない問題よ。だからアンタが兄貴と話して来て」

「なんで美鈴が行かないんだよ?」

「アンタが適任だからよ」

「東城に一票や。僕やと足元見られそうやし」

「わたしもしょーくんがいいと思いまーす!!」

「またかよ!! またこのパターンか!!」

 

 文句を言いつつも正太郎はヒロシの部屋へ向かう。

 やるべき事をやるしかない。

 厄介な問題を解消する必要があるから。

 

「ヒロシ兄さんたちの映研は設立できても、オレらの映制は認められない可能性が出てきたッス」

「すまない。そこは僕も盲点だったよ」

「ヒロシ兄さんでも見落としがあるんッスね。ちょっと安心したッス」

「そりゃ僕だって人間だからね。完璧な存在だと思われても困るよ」

「今になって無かったことにするのは流石に無理があるッスよ。それだと美鈴があまりにも可哀想だ」

 

 映制で独立できないとなれば美鈴を悲しませてしまう。

 それは断固として阻止しなければならない。

 正太郎とヒロシの共通認識が確立された。

 

「キミたちが別の学校で立ち上げてもらい、他校試合の形で勝負するかい?」

「泉坂高校で名目上は動画部にして、その下に映像研究部と映画制作部でチームを分けてしまうのはどうッスか?」

「映像と映画、どちらも使わずに配慮された呼び方を考えたね」

「強引なのは認めるッス。映像部、映画部では角が立つんで」

「まあ、抜け道を探す方向で検討するのも一つの手だね。きっと顧問の先生が鍵になるよ」

「そういえば先生も必要ッスね。とにかく方法は二つ出たってことで、あとはもうないッスか?」

「そうだね。他校で作るか、泉坂高校で抜け道を探すかだよ」

 

 正太郎は目を閉じて深く考え込む。

 ヒロシは静かに見守った。

 期待を寄せているように見える。

 しばらくして目を開き、おもむろに口を開く。

 

「ヒロシ兄さんたちの映研を通じて、顧問の先生に映制のことを宣伝してほしいッス。それで抜け道を模索できたらどうッスか?」

「もし抜け道がなかったら他校へ行くってことかい?」

「そうッス。なるべく早めに抜け道を確保してほしいッス。こっちの受験先が変わるんで」

「そうだね。今回の件は僕の責任だから、全面的に協力すると約束しよう」

「よろしくッス」

 

 美鈴の部屋へ戻って報告を済ませる。

 ヒロシを動かしたことに美鈴が驚きを隠せない。

 女の子の撮影しか考えず、他はどうでもいい感じなのにと。

 妹の視点では酷い言われようである。

 

「あのヘンタイ兄貴が……アンタ何気にスゴイことしてくれるじゃない」

「やっぱ交渉は東城が向いとるで、僕やとここまで上手くできんわ」

「えっへん。なんかしょーくんの彼女として誇らしくなっちゃう」

「ヒロシ兄さんが動くとはいえ、抜け道が見つからない可能性がある。他校の情報収集を追加したほうがいいぜ」

「せやな。ある程度で条件絞らないと多くて大変やけど」

 

 他校の調査によって時間が消費する。

 学校の授業やテスト等も考慮しなければならない。

 こうして忙しい日々を過ごす映制メンバーであった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 ちなみをモデルに日記形式で書かれた正太郎の小説。

 今回のテーマは嫉妬。

 どういう仕組みで怒りの感情が生まれるのか?

 どのパターンで発生していくのか?

 好きな人には可愛く見られたいし思われたい。

 嫉妬する嫌な自分を見られたくないし知られたくない。

 でも分かってほしい。察してほしい。

 他の人に優しくしないで自分に優しくしてほしい。

 そんな独占欲も細やかに葛藤を織り交ぜて書かれていた。

 

「しょーくんがわたしの心の中まで入り込んでいるみたい」

 

 部屋の中で読み終えて作品のノートを抱きしめる。

 そこに込められた正太郎の本気を感じ取りたいから。

 ちなみを想って書いてくれた大切な宝物である。

 

 一方、正太郎は自室でちなみのイラストを観察する。

 柔らかなタッチで癒される風景。

 挿絵のごとく脚本で活かしていきたい。

 イメージがあるだけでも創作として助かるから。

 

「あ、勉強もしないと。ちくしょう邪魔だな」

 

 創作だけをやる訳にはいかない。

 好きな事だけをやれないもどかしさを感じてしまう。

 障害となる勉強の対処で姉を頼った。

 

「悪いなねーちゃん、受験生なのに」

「そういう余計な気は遣わなくていいの」

「カントクの勉強のために、色々と準備して忙しいことは知っているからな」

「これぐらいで負担になるとかないから。お姉ちゃんを甘く見ないで」

「だから最強なんだよ。オレだと遠慮しないのに、他の人には引っ込み思案な態度しちゃってさ。ホント女って役者だな」

「う、うるさい。ほら、勉強は終わったんだから出て行って」

「あ、その前にちょっとねーちゃんに頼みがあるんだ。部活関係で」

「部活?」

「うん。ヒロシ兄さんが映制のために動いてくれるから、代表者のカントクにお礼を言っておこうかと。映研の部員をこっちの都合で使う形だし、代表者のカントクにありがとうぐらいは言っておきたい」

 

 淳平のワガママというちなみのマイナス評価から学んだ事。

 それは反面教師。

 何かをしてくれたのなら感謝をする。お返しをする。

 人としての礼儀を主張して姉を説得した。

 

「ねーちゃんが勉強の世話をする理由でカントクを部屋まで連れて来る。オレがお礼を言う。ただそれだけだから別に難しくないだろ?」

「……今回だけだからね」

「つまらない物だがどうぞ、と言って粗品でも渡そうか?」

「それやり過ぎ!! 逆に真中くんが困るから!!」

「オレなら面白いもの寄越せよってツッコミ入れたくなるけどな」

 

 綾が動くための口実を与える。

 こうしなければ受身の綾は何も行動しないから。

 後日、綾の部屋へ連れて来てもらい正太郎がお礼をする。

 なお、この時の綾はメガネこそ変わらないが、左右の三つ編みではなく、左右を束ねてそのまま肩の前へ流していた。

 

「カントク、本来なら映制代表の美鈴がやる事だけど、美鈴にやらせるとお礼参りになってしまうッス。だからオレが代わりに感謝を伝えるッスよ。ありがとう」

「いやオレ何もしてないし、わざわざそこまでしなくても」

「映制メンバーに恥じない振る舞いを心掛けているんで。あ、オレ敬語ダメなんでそこは勘弁ッス」

「いいよそんなの気にしないから。でも偉いな。そういう事できる人って、オレ見た事ないよ」

「ねーちゃんの教育の賜物ッスよ」

「ち、ちょっと何言ってるの!? 私、そんな教育なんてしてないから!!」

「ねーちゃんはもう少し素の自分を出していいと思うぞ。別に弟のオレだけが知ってるってのもいいけどさ」

「もう余計なことばっかり言って!!」

「はいはい。こっちの用は済んだから退散するよ。勉強の邪魔したくないし」

 

 正太郎はそう言って立ち去ろうとする。

 だが淳平がもう少し話をしたいと待ったをかけた。

 こういう機会でもなければ、あまり話すことがない。

 それを惜しんでいるようだ。

 

「ねーちゃんがいいならオレは構わないッスよ」

「わ、私は真中くんが迷惑でなければ……」

「うんいいよ。東城弟と話をするのって少ないから」

「まあ、大抵はヒロシ兄さんを通すんで。映研の頭脳という二つ名をあげたくなるッス」

「そういえば外村って、ああ見えて頭がいいんだよな」

「あまり人に教えるタイプには見えないッスけどね」

「あははっ、確かにそうだ。外村って肝心な所を言ってくれないことが多いんだよ」

「訊かれなかったからで返すのが目に見えてるッス。こっちから言わないと答えてくれないことが多いッス」

 

 ヒロシの話題で盛り上がる。

 お互いにヒロシとの付き合いが長いので理解しやすい。

 せっかくなので淳平の交友関係を確認してみる。

 

「カントクの友達はコミさんとヒロシ兄さんの二人ッスか?」

「そうだな。あとたまにサッカー部の……名前は忘れたけど男子と知り合いかな?」

「知り合い?」

「オレよりも外村の友達……と言っていいのかな? なんか女の子の撮影にその男子を利用しているような……」

「なるほど。ヒロシ兄さんは女の子の撮影が趣味。その男子と仲良くすることで上手く利用していると想像がつくッス」

 

 特にトラブルが起きたという話は聞かない。

 それだけ人の扱いが上手いのかもしれない。

 ヒロシのしたたかさには正太郎も苦笑い。

 改めて敵にしたくない恐ろしい人である。

 

「ところでコミさんのトゲトゲ頭、どこのバトル漫画に出てくるキャラなんッスか? 他の生徒であんな頭をした人は見たことがないッス」

「あ、やっぱそうだよな。昔っからああだったみたいだけど」

「常識的に親や教師が注意しないッスか? 認識阻害魔法でもかけてあるんッスかアレ?」

「突っ込んだら負けってヤツじゃないかな?」

「負けてもいいんで、あのトゲトゲ頭はやめたほうがいいッス」

「きっと小宮山のアイデンティティに関わるんだよ」

「意味わかんないッス」

 

 トゲトゲ頭を認める学校の寛容さに驚くべきなのか?

 全くもって摩訶不思議な謎である。

 それを解き明かす術を正太郎は持ち合わせていない。

 だから話題を変えてしまう。

 

「よくつーさんを映研に誘えたッスね? ファンクラブができるほど人気があるのに」

「東城のおかげだよ。でなかったら絶対に誘えなかった」

「なるほど。つーさんはねーちゃんの友達、その人脈を使ったと?」

「あの時は本当に助かった。ありがとうな東城」

「べ、別にそんなお礼を言われるほどのことは……」

「素直に受け取れよねーちゃん。そういう時は『どういたしまして』で返せばいいんだよ」

「う、うるさい」

「すんませんカントク。ねーちゃんはお返しされるのに慣れてないんッスよ。ちょっとお礼言われただけでこのザマ――って叩くなよねーちゃん」

 

 普段のおとなしい姿からは想像ができない。

 そんな新たな一面を見てしまう。

 思わず次のような言葉が淳平の口から漏れる。

 

「見た目似てなくても姉弟なんだな」

 

 小宮山と無邪気に遊んだ正太郎。

 正太郎に向けてポカポカと叩いて怒る綾。

 どちらも意外性があって魅力的に見えた。

 

 ――ちゃんと礼を言ってるなら問題ないか。

 

 正太郎の心の中は姉への心配である。

 淳平がぞんざいに姉を扱っていないかを気にしていた。

 美鈴やちなみが言うほど酷い男ではない。

 直接会って話さないことには分からないこともあるのだ。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 学校の教室で休み時間を過ごす淳平。

 小宮山が一方的につかさの話をしているのを聞き流す。

 それを放置してヒロシへ話しかけていた。

 

「へえー、正太郎くんが美鈴に代わって真中にお礼か」

「外村が動くからって、わざわざ代表に代わってなんて言うんだぜ。あれで一つ下なんて信じられないって」

「そこは同意するよ」

「あ、外村のこと映研の頭脳という二つ名をあげたくなるとか言ってたぞ」

「ほー、それはずいぶんと高い評価をつけてくれるね。じゃあ僕からは映制の柱という二つ名でお返ししようか」

「柱って……」

「映制になくてはならない存在って意味さ。実際に美鈴を支えてくれているからね」

「いいなー。ああいうマジでやってくれる部員がほしい」

「だからって引き抜きはダメだよ真中。映制は誰一人とて欠けることのない固い結束で固められているからね。それとちなみちゃんから真中へ伝言を預かっている」

「伝言?」

「『わたしからしょーくんを奪おうとするなら覚悟して下さい』だって」

 

 刹那、淳平の背筋が凍り付く。

 なぜか反射的に後ろを振り返る。

 誰にも見られていないのに血の気が引いた。

 

「真中、女の子は怒らせないほうがいいよ。取り返しがつかなくなるからね」

「べ、別に奪うとかそんなつもりは――」

「美鈴もかなりお怒りだったよ。そりゃそうだろうね。一人でも欠けたら映制は成り立たなくなるし、何より正太郎くんの手腕を買ってるからね」

「……オレ、その二人から激しく嫌われた?」

「好かれるようなことしたのかい?」

「うっ……」

「ま、今のメンバーで地道に頑張ることさ。そのためにも泉坂高校に合格しないとね」

 

 映制の柱を引き抜こうとすれば只では済まない。

 映研の頭脳に釘を刺されてしまう淳平。

 こうして自重を余儀なくされた。

 

 一方、同じクラスの内場と美鈴は教室で会話中。

 その内容は描いた漫画の厳しい批評。

 内場は寛大に受け止めて次に活かすと誓いを立てた。

 

「見とれよ。東城おらんでもスゴイ漫画を描くんや」

「……アイツ、顔を出しに来ないのね」

「あっちは体育で移動せなアカンしな」

 

 ヒマがないのなら仕方がない。

 頭では分かっている。

 でも感情が受け入れてくれない。

 ちなみの寂しそうな顔がそれを物語っている。

 ところが――。

 

「っ!!」

 

 ちなみの反応は素早かった。

 まさに疾風迅雷。

 教室を出ると体操服に着替えた正太郎がいる。

 移動をする前に立ち寄ってくれたのだ。

 

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 手を振って笑顔で見送るちなみ。

 背を向けつつ片手を上げながら歩き出す正太郎。

 今のやり取りをファンクラブ一同が静かに見届ける。

 誰もが夫婦かと心の中で突っ込みを入れた。

 

「夫婦かい!!」

 

 内場は口に出していた。

 

「あー、今のちなみはうっとりしてるね。さっきまでの寂しい顔が嘘みたい」

 

 そう言いながらも美鈴は優しげに笑みをこぼす。

 予想外の行動をする正太郎には驚かされる。

 それに振り回されがちだが、それも悪くないと思えた。

 ファンクラブから会長ヒロシへ今回のやり取りが伝達。

 次の機会に撮影をして写真にすることを宣言。

 うっとり顔のちなみを拝めるのなら、ファンクラブの男子諸君は協力を惜しまない。

 そんな水面下の動きもあったことを付け加えておく。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 交換日記に燃え滾る正太郎の意思。

 姉を超えるための修行を積み上げる。

 学校の図書室または規模の大きい図書館での文献巡り。

 スポーツの描写で参考にするためサッカー部の取材もしている。

 行動力でいえば姉よりも遥かに超越していた。

 

 姉としての綾はひとつだけ懸念がある。

 姉を超えることをゴールとした場合。

 そこから先はどうなってしまうのか?

 燃え尽き症候群になってしまうのではないか?

 交換日記でこの辺りを指摘して正太郎へ届ける。

 後日に回答が記されていた。

 

 ねーちゃんを超えたら、ちなみと共に未来を創作する。

 

 まるでプロポーズのような内容。

 知らない間に男らしく心も体も成長をしている。

 綾は見誤っていた。

 既に正太郎はゴールの先も考えている。

 姉を超えるのは通過点に過ぎない。

 

「ちょっと寂しいけど嬉しい」

 

 弟の生き様が太陽のように眩しく感じる。

 実に誇らしい。

 だからこそ本気で書く正太郎のオリジナルが見たい。

 不思議と創作意欲を搔き立ててくれる。

 この時から意識が芽生えたのかもしれない。

 綾にとって正太郎が対等なライバルであることを。

 

 後日、正太郎は骨の髄まで感じ取っていた。

 日記の文才から来る綾の熱量が今までの比ではない。

 姉という上から目線ではなく、同じ創作家という対等な好敵手の目線だ。

 それはラスボスの威厳すらも感じさせる。

 

「ついに本性出したかねーちゃん。これだから女ってヤバいんだよな」

 

 姉の底を引き出せたことが誇らしい。

 やっと見えてきた。

 ここからが本当の勝負となるだろう。

 もはや言葉はいらない。

 お互いが書く作品をもって存分に語り合えばいい。

 

「やべえ。ワンパンで沈められる気分だぜ。まだレベルが足りないか」

 

 部屋の中で独り言を口にするぐらいの危機感。

 姉の覚醒モードに対抗できる何かがほしい。

 自由発想法で連想をする。

 覚醒、真逆、眠る、リラックス、ウォーミングアップ、恋愛、スキンシップ。

 

「あっ……」

 

 恋愛とスキンシップでちなみのことが思い浮かぶ。

 会いたくなってきた。声を聞きたくなってきた。

 恋煩いが発動をして集中ができなくなる。

 正太郎はメモから番号を確認。

 最近、ちなみが携帯電話を持つようになった。

 自宅の電話では親が出るかもしれないから正太郎は掛けられない。

 でも携帯なら確実にちなみが出るのでその心配がない。

 いつでも電話していいと許可はもらっている。

 

「しょーくん、初めてかけてくれたね。えへへ嬉しい」

「ちょっと恋煩いが発動しちまってな。声が聞けてホッとしてる」

「そっか。わたしを想ってくれるしょーくんが好き」

「携帯持ってくれてサンキュー。本当はオレも携帯持てたらいいんだろうけど」

「ダメなの?」

「親が高校入ってからにしろって。それまではお預けだぜ」

「わかった。あ、久しぶりに家に来ない?」

「ここ最近は部活や勉強会ばかりでご無沙汰してたな」

「そうそう。特に他校を調べるのに皆で手分けして大変だよね」

「ま、それは仕方ない。学校もピンからキリまであるし」

 

 ちなみの誘いに応じて後日に部屋へ行く。

 猫耳のパーカーにチェック柄のスカート。

 動物を連想させる物珍しさに正太郎が興味を抱く。

 

「いいなそれ」

「に、似合ってるかな?」

「猫っぽい感じがいい。頭を撫でたくなるぞ」

「……なでてみる?」

「とりあえず手をポンッと頭に乗せていいか?」

 

 ちなみが返事しないまま女の子座りで頭を差し出す。

 その態度を答えとして、しゃがみつつ右手を伸ばした。

 優しく彼女の頭に掌で覆うようにする。

 気恥ずかしそうにチラチラとした上目遣い。

 拒絶の意思は感じられない。

 

 ――言葉にしないほうがいい雰囲気か?

 

 これまでの経験に基づく直感的な理解というべきか。

 あえて言葉にせずに行動で示したほうがいい。

 そういったムード、甘い空気を感じた。

 

 ――試してみよう。嫌がるならやめればいい。

 

 今度は頭から頬に手の位置を変えてみた。

 ちなみが自分の手で重ねて目を瞑る。

 彼氏の大きな手のぬくもりを感じていたい様子。

 がら空きのほっぺに一瞬のキスを仕掛ける。

 目を開いた時には既に離れて何もしていない風を装う。

 再びちなみが目を閉じる。

 今度はおでこに仕掛けようとしたが――。

 

「んむっ……」

 

 ちなみがタイミングを計ったかのように唇を重ねてきた。

 絶妙なカウンターである。

 そのまま腕を回されて抱き着かれてしまう。

 正太郎も抱き返すことで応じる。

 最初は余裕があった。

 ちなみの背中を撫でたり、後頭部を撫でたりをした。

 それが時間の経過で変わる。

 吐息が熱く感じ、ちなみの香りがし、密着した柔らかい感触。

 静かに鼻の呼吸をしようとするが、どうしても荒く乱れる。

 興奮が止まらず、思考があやふやになっていく。

 もう余裕がなく、腕の力が自然と抜けた。

 口からぐもった声が漏れての口呼吸。

 顔が異様に熱い。

 羞恥心、戸惑い、心地よさ等が混在して対応しきれない。

 こればかりは慣れない。

 ふと押し倒されて唇が離れる。

 

「はぁはぁ……しょーくん……すきぃ……」

 

 目がとろけて夢心地のちなみ。

 無心で正太郎の右手は伸びる。

 その先はちなみのサラサラとした髪。

 お手入れがしっかりされている。

 それが指に絡むことなくスムーズに流れてくれた。

 

「しょーくん、髪ばっか……髪、すきなの?」

「うん……いいなって。触りたくなる」

 

 頭を撫でたこともあるが、それは髪型を崩しやすい。

 手に頭を乗せるぐらいなら大丈夫だが、些か手持ち無沙汰である。

 試行錯誤の末、手櫛にして髪を撫でることを好んでやるようになった。

 不思議と落ち着けるためスキンシップで重宝している。

 

「ちなみこそ、手が好きなのか? よく指絡めて繋いでくるけど?」

 

 よく正太郎の左手に恋人繋ぎをしてくる。

 男のゴツゴツした大きい手を好む。

 自分にない魅力がそこにあると感じるようだ。

 

「うん……いいなって。繋ぎたくなる」

「今、何気にオレのマネしなかった?」

「アレンジしてるからマネじゃないもん」

「こんにゃろう」

「きゃっ」

 

 じゃれつくようにして押し倒す。

 正太郎が上になるのは初めてだ。

 そういう状況となる機会がなかったから。

 

「重くない?」

「う、うん……」

 

 さすがに全体重を乗せる訳にはいかない。

 押し倒しておいて何もしないという選択肢もない。

 しかし上からの実践経験がないため、何をすればいいのか分からない。

 頭の中を振り絞り、ちなみにされたことをやり返せばいいと結論付ける。

 ちなみが上でした時の模倣といってもあまり覚えていない。

 ただキスをされたことは確かなので、ゆっくりと顔を近付ける。

 目を閉じてくれたので待たせないように唇を重ねた。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 映研の頭脳と映制の柱。

 真面目な対談も双方の部のために欠かせない。

 今回の議題は顧問の件ついて。

 場所はお馴染みとなるヒロシの部屋だ。

 

「先生って顧問を受けてくれるッスかね? 単純に仕事が増えて嫌がるのは当たり前じゃないッスか?」

「普通はそうだね。僕が逆の立場だったら受けないよ。得にならない限りはね」

「そういう風に相手の視点を考えられるのは映研の頭脳ぐらいッス。一般的にはカントクみたいに、やりたい事のゴリ押しでワガママを通そうとするッス」

「そういうキミも相手への配慮に抜かりがないじゃないか。さすが映制の柱だよ」

「オレらはまだ無理だけど、そっちは中3だから体験入学や説明会などで泉坂高校を探れるッスね?」

「既に調べてあるよ。顧問になってくれる先生も含めてね」

「よく引き受けてくれる先生が見つかったッスね。しかもまだ合格していない身分で」

「そこは僕なりに色々と手を尽くしたからね」

 

 ヒロシからの情報によると、相手は数学教師の黒川栞。

 CG部の前は映像部だった。

 その頃に映画作りがされていた過去がある。

 すなわち旧映像部の元部員であり、主演をしていたとの事。

 黒川先生は泉坂高校の卒業生でもあるということだ。

 

「美貌な容姿に男の夢が詰まる大きい胸がこれまた素晴らしい先生でね。むっふっふっふ」

「そ、そうッスか」

 

 女教師という大人の魅力が絶大。

 ヒロシの撮影対象としてど真ん中ストライクゾーンだ。

 その異常なテンションにドン引きをする正太郎。

 美鈴が変態呼ばわりするのも無理はない。

 

「それで抜け道は確保できそうッスか? 無理なら映制は他校を受験するッスよ?」

「それなんだけどね。この前正太郎くんが提案してくれた動画部として抜け道は使えるんだけど、部費の問題があってね。さすがに双方の部費を学校側が出す訳がないんだよ」

「なるほど。実質半分の部費でやれって話ッスね……部費の分け方次第では揉めるッスよ」

「真中も美鈴も歩み寄るタイプじゃないからね。喧嘩になるのが目に浮かぶよ」

「同感ッス。その辺りは顧問の先生に投げたらどうッスか? 学校に金を出させるなら先生の権力に任せたほうが揉めないと思うッス」

「僕もそう思って話は済ませてあるよ。部費もキミたちが来たら半分でやりくりする方向で進めるつもりさ」

「映研の決定権はカントクッスよね? カントクはそれでOKしてるッスか?」

 

 ここからが問題だろう。

 対決する部活に半分の部費を取られる。

 それを嫌がってしまうのは当然だ。

 部費が欲しいのなら映研の傘下に入れというのが筋である。

 無論、それを美鈴は呑むはずはなく、より部費の確保ができる他校を選ぶだろう。

 それが見つかればの話もあるので、事はそんなに単純ではないが。

 

「他校だと顧問を引き受けてくれる先生が見つかるか怪しいッスね。その黒川先生が引き受けてくれたのって、前の旧映像部を懐かしんでくれて、というのがありそうだし」

「そうだね。あの頃の青春を今度は先生という立場で、という思いはあるだろうね。もし他校で顧問探しをする場合は参考にするといいよ」

「卒業した学校で教師、しかも映画の部活に所属した経験まで条件に入れたらいないッスよ。そんな特殊なケースなんて普通はあり得ないッス」

「その通り。天文学的な確率といっても過言じゃないね。絶対にいないとは言わないけど探してみるかい?」

「意地悪ッスね。分かってて言ってるでしょ?」

 

 正太郎の嫌そうに顔を歪ませる。

 明らかに映制が不利だ。

 後輩という立ち位置が非常に厄介。

 一年の差というのは思った以上に大きい。

 

「ここからが取引だよ。真中には部費の半分を一時的に呑んでもらう」

「一時的?」

「秋の嵐泉祭で映研と映制がそれぞれ出展する映画で対決。それで勝利したほうが部活動における全ての権限および部費を自由にできる。つまり……」

「負けたほうが勝ったほうの部活へ協力する。要はその部の傘下に入れってことッスね?」

「呑み込みが早くて助かるよ。どうだい? これなら真中も賛成するよ。キミたちを手に入れられるメリットが大きいからね」

「逆になる可能性もあるのに大した自信ッスね。個人的には受けるしかないだろうと思っているッスよ。でも決定権は監督の美鈴にあり、オレの一存で勝手に決められないッス」

「受けるよ美鈴なら」

「オレもそう思うッス。一応ケジメがあるんで預からせてほしいッス」

「いいよ。そんなキミだから美鈴は信頼を寄せているし、真中も気に入ってるんだよ。もちろん僕もね」

「褒め言葉どうもッス」

 

 ヒロシに主導権を握られている。

 ここで断れば映制の活動ができなくなる可能性が高い。

 顧問の存在を無視できないのが痛恨の極みである。

 

 ――悔しいけど仕方ない。これも映制のためだ。

 

 個人感情は抜きにして話を進めていく。

 そういう所をヒロシは気に入っている。

 色々と手を尽くすだけの甲斐もあった。

 美鈴の部屋で戻って交渉の内容を報告する。

 美鈴は受けて立つで即断即決。

 負けず嫌いでプライドの高い美鈴らしい。

 

「わかった。ヒロシ兄さんにはそれで伝えておく。あとは向こうのカントクがOKを出したら泉坂高校に受験する一択で決まりだぜ」

「端本はそれでええんか? 負けたら僕ら、真中先輩の下につくことになるで?」

「しょーくんがいるなら別にいいよ。それに美鈴が勝つよ。内場くんはそのつもりで協力してるんじゃないの?」

「もちろん勝つつもりやで。僕らなら勝てるって信じとるよ」

 

 後日、淳平からのOKが出る。

 ヒロシの思った通り、負けるリスクよりも勝つメリットを取った。

 正太郎は遠方の唯に手紙で報告。

 交換日記に書いて姉にも知らせておく。

 これで他校の情報収集を省き、泉坂高校の受験対策に重きを置く。

 

「しょーくん大丈夫? 疲れてない?」

「大丈夫と言いたい所だが、どうせちなみにはバレバレだろ?」

「うんバレバレ。いつも見てるから」

 

 放課後に家へ送る正太郎に疲労感が漂っている。

 どこか無理をしているようで見ていて切ない。

 

「ちなみを家まで送ったらすぐ帰って寝るよ」

「……膝枕で疲れとか取れる?」

「癒されるけど、今それすると爆睡してしまって迷惑かけるぜ」

「いいよ。好きな人が甘えてくれるのって彼女として嬉しいから」

 

 正太郎はちなみのお言葉に甘えた。

 ちなみのベッドで膝枕をしてもらう。

 大切な彼氏の無防備な寝顔。

 それを見られて穏やかに微笑むちなみであった。

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