青春100%   作:完結の陽炎

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第17話「映研と映制の高校見学」

 一緒に演技をすると夢中になってしまう。

 ちなみしか見えず、周りのことが目にも耳も入らない。

 キャラのなりきるための集中力が著しく増す。

 これを正太郎はちなみワールドを名付けている。

 放課後の屋上で、ちなみと正太郎が演技をしていた。

 脚本作りの参考に必要となるからだ。

 しかし……。

 

「なんか集中しすぎてヤバいかもしれん」

「しょーくん、どうしたの?」

「ちなみの演技がスゴすぎて、そこに引きずり込まれて戻れなくなりそうな気がしてきた」

「それってスイッチの切り替えがおかしくなってる感じ?」

「ああそれだ。さすがあーちゃんとちーちゃんの使い分けを経験してるだけあって理解が早い」

「しょーくん、演技終わった後ボーとしたり、ハッと目が覚めたような反応したりで変だなって思ったから」

 

 演技に集中する余り、戻れなくなる可能性が出てきた。

 ちなみのようにスイッチの切り替えが上手くできない。

 ある意味、相性が良すぎるが故の弊害かもしれない。

 

「そもそも演技はちなみと一緒にやってる限定だし。小説書く時は頭の中で想像するだけだから勝手が違うしな」

「わたしみたいに使い分けることはできないの?」

「無理。普段のオレは演技できないつーか素で通してるし。そんな器用なマネはちなみだから出来るんだよ」

「もし戻れなくなったら……ま、まさかしょーくんが消えちゃう!?」

「さすがにそれはない……と言いたい」

「そこは断言してよ!! しょーくんの心がピンチって冗談じゃ済まないから!!」

「落ち着け。ここは真剣に原因と改善を一緒に考えていきたい」

 

 正太郎が上手くできないのは終わった後だけだ。

 周りが見えないし聞こえない状態に陥っている。

 演技をするちなみだけに意識が向いているから。

 

「わたしが演技をやめた時に、しょーくんもやめたらいいじゃない?」

「それがな。ちなみが演技をやめると、誰もいない世界で置き去りにされた感覚になるんだよ」

「それならもっと早く言ってよ。しょーくんを独りぼっちなんてさせたくないのに」

「だからさ、ちなみワールドから現実へ戻るための合図が必要だと思う」

「合図って?」

「夢から覚める方法みたいに、オレのほっぺをつねってみるとか?」

「それイヤだよ。しょーくんに痛いことするなんて」

「オレも痛いのはイヤだぜ。でもこのままだと演技に影響が……」

「……戻るための合図があればいいの?」

「試す価値はあるぜ」

 

 ちなみが何か思いついたようである。

 正太郎はそれを試してほしいとお願いした。

 

「いいの?」

「構わん。これも映制に勝利を捧げるためだぜ」

「もう演技入ってない?」

「若干あるかも。ま、とにかくやってくれ」

「わかった」

 

 簡単な演技をやってから程よい所でちなみが演技をやめる。

 ボーとしている正太郎を見てすぐに行動に入った。

 少しでも早く大好きな人を現実へ戻すために。

 

「ひいっ!! な、なにをした今!?」

 

 顔を真っ赤に涙目を浮かべる正太郎。

 手で耳を抑えている。

 よほど刺激的なことを受けたようだ。

 

「耳にフーフーしただけだよ」

「ううっ……背筋がゾクゾクするからダメ!! これはアウトだアウト!!」

「えー、でもこれなら現実に戻って来れるんじゃないの?」

「他の方法でやってくれ!! こんなの毎回やられたら演技どころじゃない!!」

 

 正太郎にとって耳は敏感であった。

 嫌がることはしないという約束を守る。

 そしてちなみが次の一手が思いつく。

 

「だ、大丈夫か?」

「うん大丈夫だよ。それじゃあ試してみようしょーくん」

「ちょっと不安だけどやってくれ」

 

 しばらくの演技をしてから終えた後。

 目の焦点が合っていない正太郎が呆然と立ち尽くしている。

 すかさずにちなみが動く。

 次なる行動へ移るために。

 それは……。

 

「んっ……」

 

 背伸びをして唇を重ねる。

 そのまま動かずに様子を伺う。

 正太郎が驚いてしまって後ろへ下がった。

 

「これはセーフだよね? わたしとしょーくん付き合ってるし」

 

 にっこりと笑うちなみ。

 口元を手で隠しながら目を逸らす正太郎。

 その視線は塔屋に向いてしまい――。

 

「あっ……」

 

 屋根の上でメガネをつけて見ている姉。

 ダッシュで梯子をのぼって急接近する弟。

 羞恥心から両手で顔を隠すちなみ。

 それぞれが反応していった。

 

「ご、ごめんね正太郎!! お姉ちゃん誰にも言わないから!!」

「当たり前だ!!」

 

 見た姉としては気まずく、見られた弟は恥ずかしい事この上ない。

 覚醒モードで小説を書いて集中しているはずなのに。

 綾がちなみの所へ行って謝る。

 ちなみは両手を外しても恥じらいが残ったままだ。

 それでも過ぎた事として、何とか気持ちを切り替えてくれる。

 

「お、お姉ちゃん先に帰るから」

 

 あとはごゆっくりと言わんばかりに屋上を去る。

 過ぎたことを気にしても仕方がない。

 残された二人は話し合うことにした。

 

「ちなみ、この合図を他の人に見られるのは流石に恥ずかしすぎるぞ」

「う、うんそうだね。でも他にしょーくんを戻す方法がないから」

「普通に手を握ってみるとか?」

「それで無理だったら?」

「抱き着く?」

「それはそれで恥ずかしくない?」

「確かに」

 

 実際に試した所、手を繋ぐだけでは効果が薄い。

 戻れなくはないが時間が掛かってしまう。

 抱擁は手を繋ぐよりは効果があった。

 ちなみのフローラルな香りを頼りに戻ってきた感覚である。

 

「とりあえず、ちなみの香りは現実に戻る手掛かりとしてあったほうがいい」

「ちょっと言い方が恥ずかしいよ」

「痛い事と耳の刺激は不可。キスは最終手段で、抱擁が今の所は有効。手繋ぎは効果薄いと」

「人前で抱き着くのも恥ずかしいね。映画の撮影中ならともかく」

「美鈴たちに事情を話しておいて、演技の解除時に後ろ向いてもらうとか?」

「あとで美鈴に言ってみるね」

「苦労をかけるぜ」

 

 美鈴がこの話を聞いた時は半信半疑だった。

 そのため内場も連れて屋上で実演を見せる。

 簡単なアクション演技で互いの攻防戦をやってみた。

 

「すげぇー!! カンフー映画を見とるみたいや!!」

「いつの間にこれだけの演技を……お互いの気迫が段違いね」

 

 拳の受け流し、円を描く足さばき、廻し蹴りのガードなど。

 何度もやっていれば頭だけでなく体が覚えてくれる。

 最後はクロスカウンターの寸止めで演技は終了。

 

「あ、ホンマに東城が反応せん」

 

 内場が目の前で手を振っても無反応な正太郎。

 目が虚ろでまるで催眠術にかかっているようだ。

 

「ごめん内場くん、早くしょーくんを戻したいからどいて」

「わ、わかった。見ないように美鈴と一緒に後ろ向いとくわ」

「さっさと済ませなさいよ」

 

 ちなみは二人が見ていないことを確認。

 少し考えてからの一瞬キス。

 戻らないので次はもう少し長め。

 それを繰り返していくと正太郎が目を覚ます。

 

「おいちなみ、抱き着くほうじゃないのかよ」

「ち、ちょっとした実験だから」

「そうか。ま、戻ったから良し。しかし本当、ちなみの演技が凄まじいぜ」

「しょーくんだって凄いよ。わたしの演技と息ピッタリ合ってる」

「理屈抜き。習うより慣れろだ」

 

 こうして会話が聞こえたのだろう。

 美鈴が大声で呼び掛ける。

 

「ちょっとアンタたち!! いつまであたしたちを後ろ向かせているつもり!!」

「ごめん美鈴!! しょーくん戻ったからもういいよ!!」

「まったく。アンタさ、自分でどうにか出来ない訳?」

「あいにく、ちなみのような器用なマネが出来ないんだよオレは」

「ホンマにビックリしたで。演技中の東城とちなみは別人みたいやし」

「武術なかなか迫力あったけど、くれぐれも無茶をしてケガしないように」

「それなんだよな。実は美鈴、ちなみの演技レベルが上がった影響かもしれないけど」

「なによ? 他にも何か問題があるの?」

「演技してる時、無我夢中だから何も感じないけど、終わった後でクタクタになるんだよ。いわゆる消耗が激しいってヤツだ」

「ああ、だからそんなに汗だくなのね」

 

 アクションをしたから余計に汗まみれになった。

 今も疲れているが、男のプライドでやせ我慢をしているだけだ。

 まだ呼吸が乱れていないだけマシである。

 

「だからオレの場合、トレーニングをして体力をつけたりするのが課題になると思う」

「じゃあわたしもしょーくんとトレーニングしたい。体力あるほうが一杯演技を楽しめるから」

「せやったら僕もカメラマン担当やし、多少は鍛えたほうがええかもしれんな」

「そうね。健康管理の一環としても必要なことだし、適度に運動も取り入れていくわ」

 

 映制の活動に支障がないように配慮をしないといけない。

 美鈴が調べてみるとラジオ体操の効果が高いことが分かった。

 年寄りくさいと侮ることなかれ。

 できることは精一杯にやっていく。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 変装なしで覚醒モードの綾が書く小説。

 それに打ちひしがれてしまう正太郎。

 同じ書き手なのに格の違いを見せつけられた。

 

 ――これだけの文才、今のオレでもまだ書けない。

 

 一体なにが足りないというのか?

 姉の才能に勝つこと、超えることは無理なのか?

 悔しさの余りにペンを握る力がこもってしまう。

 

 ――覚醒モードに対抗する何かがほしい。

 

 正太郎の悩みをいち早く察知したのはちなみ。

 一緒に登校している時に心配をさせてしまう。

 思い切って打ち明けてみると。

 

「リラックスして書いたらいいんじゃない?」

「気楽に書けってこと?」

「うん。肩の力を抜いてスラスラって楽しく書いたらどうかな?」

「楽しくというのは同意するぜ。でもリラックスって言われてもそう簡単にはいかないぜ」

「うーん、例えば気持ちいい座布団とかイスとかを使ってみるとか?」

「気持ちいい……ちなみの膝枕を連想してしまうんだが?」

「そ、そんなに気持ちいいの?」

「爆睡してしまうぐらいには。あくまでオレの場合だが」

「で、でも寝ながら書けないでしょ?」

「下書きなら寝ながらでも可能。行儀悪いのは認めるぜ」

 

 昼休み中も正太郎の表情は晴れない。

 打開をする方法が一向に見えて来ないから。

 心の中が迷路になって彷徨ってしまう。

 

「なあ美鈴」

「なに貴方?」

「東城の姉ちゃんが書いた小説って読んだことあるか?」

「ないわよ。脚本もアイツが書いた二次創作のほうだし」

「あそこまで東城が思い悩むほど差が大きいんやろうか?」

「同じ創作者だからこそ分かるものがあるんじゃない?」

「美鈴は読んでみたいか? 東城の姉ちゃんが書いた小説」

「興味はあるけど今はやめておく。対決する以上は先入観を持ちたくないから」

 

 小声でやり取りをしている内場と美鈴。

 それを他所にちなみはもどかしい思いをする。

 正太郎の力になってあげたい。

 放課後も落ち込みが続いている正太郎。

 今回は空気を読み、肩を並べて歩くだけのちなみ。

 静かに帰路を進み、端本家の前へたどり着く。

 

「あっ……」

「どうしたのしょーくん?」

 

 何らかの着想があったようで思わず声が漏れた。

 ちなみは先を促してくるので正太郎は答える。

 

「リラックスしながら書く方法、ちょっと試してもいい?」

「うん遠慮しなくていいから言って。しょーくんに協力するから」

 

 ちなみの部屋で実験をしてみる。

 膝枕をお願いして寝ながら小説の構想を練った。

 下書き用のノートに小説を書くための設計図を作る。

 最初の土台作りが重要だから。

 

「ちなみ、他にも色々試していい?」

「いいよ」

 

 他にも方法がないかを試行錯誤する。

 その中でも正太郎が最も快適に感じたものがあった。

 それが……。

 

「しょーくん、これがいいの?」

 

 背中合わせである。

 なぜこれが気に入ったのかと言うと。

 

「後ろ守ってくれのるって、スゴイ安心するんだよな」

「スキンシップでこれしたら、しょーくん最高だって言ってたね」

「そんなこともあったな。頼れる相棒がいるみたいでいい感じだぜ」

 

 お互いの存在が確認できて安心感を得られる。

 今までにない解放感で下書きノートにペンを走らせる。

 鼻歌まじりでノリノリとなる正太郎であった。

 

「創作は孤独の世界だと今も思う。一人で書いて一人で直して、たまに苦しく感じることもあって。でもこうしてるとさ、一人じゃないって実感できるよ。快適に楽しく書けると思う」

「そっか。あ、お姉様が覚醒モードなら、しょーくんは快適モードで対抗だね」

「快適モードか……でもこれさ、ちなみがいないと成立しないのが弱点になるぜ」

「だったら頼ってよ。わたし彼女なんだから、しょーくんの傍で力になりたい」

「愚問だと思うけど、なんでそこまでしてくれるんだ?」

「本当に愚問だよ。好きだからに決まってるじゃない」

「もうちょっとで下書き終わるから、そしたら膝枕で甘えてもいい?」

「いいよ。いっぱい甘えてくれていいから」

 

 快適モードで疲れ切ったところを癒してくれる。

 ちなみのおかげで対抗手段は見つかった。

 一人の力では限界があるから一緒になって頑張ればいい。

 シンプルイズベストである。

 

 時間が過ぎて夜となる。

 東城家で綾と正太郎が自宅の通路で鉢合う。

 すれ違いざまに姉が声を掛けてきた。

 

「正太郎、やけに機嫌がいいけど何があったの?」

「あったぜ。ねーちゃんの覚醒モードに対抗する手段を見つけた」

「その言い方やめてよ。まるで私が化け物みたいじゃない」

「オレのこだわりだから譲らん。適当に聞き流せよ。とにかくねーちゃん、オレは快適モードでねーちゃんを超えてやる。覚悟しておけ」

 

 そう言い残して自分の部屋へ戻る。

 それに呆れながらもどこか嬉しそうな姉の姿があった。

 弟が元気になったので良しとするべきだと。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 泉坂高校に合格できるだけの基準を満たしているか否か。

 淳平と小宮山が学力の危険ラインへ達している。

 この二人が受験で落ちてしまうと、映画研究部こと映研は破綻する。

 そのための勉強会が不可欠であり、学校の図書室を有効活用。

 綾だけでは心配だからとつかさも参加をしている。

 つかさ好きの小宮山はこれまでにないほどのテンションを上げた。

 あまりの雄たけびに、周りで利用している他の生徒から非難の目が注がれる。

 

「小宮山先輩、西野先輩で元気出るのは結構ですけど、ここ図書室なんで静かに頼みます」

 

 注意をしてきたのは図書委員で当番を務めている内場。

 戸棚の本を整理している最中である。

 受付のカウンターには、同じ図書委員の美鈴が眼力を飛ばしていた。

 うるさくした小宮山を目だけで批判をしている。

 

「ごめんな内場。今から静かに勉強するから」

「ごゆっくりどうぞ真中先輩。ほな僕は仕事に戻りますんで、何かあったら言うて下さい」

 

 営業スマイルを浮かべて内場がその場から離れた。

 つかさからも小宮山を叱りつけて上手く舵取りをする。

 淳平は綾の分かりやすい説明を受けて勉強に集中をしていった。

 全ては映画を作って監督の夢を追うためである。

 なお、ヒロシは勉強会に参加していない。

 サッカー部の知人を通じて女の子の撮影で忙しいから。

 ふとした時、小宮山が消しゴムを落としてしまう。

 それを拾うために机の下へ潜った。

 だが、ここでアクシデントが発生する。

 

「しっかりしろ小宮山!!」

 

 鼻血を出して床でダウンしている小宮山。

 それを心配して声を上げる淳平。

 一体何があったのか?

 小宮山が机の下からつかさと綾の生足スカートを見たからだ。

 トドメとなったのがスカートの中が視界に入ったことだろう。

 いちごの呟きを最後に気を失ってしまった。

 

「まったく騒がしいわね。いい加減にしないと出入り禁止にするわよ」

「落ち着き美鈴、アクシデントやから。ちょっと保健委員呼んでくるで」

「それなら保健室でアイツが当番してるから、そっち行ったほうが確実よ」

「了解や。ほなちょっと待っといて下さいね」

 

 淳平に言い残して内場が図書室から出て行く。

 しばらくすると救急箱を片手に正太郎とちなみが現れる。

 

「とりあえず止血が先だ。ちなみ、綿の使い捨てのヤツ出して」

「はいどうぞしょーくん」

 

 手際よく応急手当をする正太郎。

 小宮山の鼻血を止めて綺麗に血を拭き取った。

 できる限りのことをしてから周辺を確認する。

 

「あー、床に血が落ちてる。内場、これ先生に言って掃除してもらったほうがいいぜ」

「せやな。あ、小宮山先輩はどないする? 保健室まで運ぶなら手伝うで」

「そうだな。オレと内場で二人いれば運べるだろう。ちなみは救急箱を預かって」

「任せてしょーくん」

「悪いな美鈴。ちょっと内場を借りるぜ」

「いいから早く行きなさい」

「あ、オレも何か手伝おうか?」

「カントクはこの血で汚れた床を綺麗にしてもらえるよう、先生に頼んでほしいッス」

「わかった」

 

 気絶をした小宮山は保健室のベッドで安静となる。

 血が付着した床は先生から清掃業者へ依頼をして取り除かれた。

 流石にこうなってしまっては勉強どころでない。

 今日の所はお開きにしての下校。

 つかさ・綾・淳平の三人が一緒に帰っていく。

 

「弟くんが保健委員をしてるなんて知らなかったよ」

「くじ引きで運悪く当たってしまったみたい」

「彼女さんも保健委員?」

「ううん、先に帰らせようとしても嫌がるからって、ボランティアの名目で手伝ってるんだって」

「おやおや、愛されてるね弟くん」

「うん。ちなみちゃん本気だから」

「お姉様としては複雑なんじゃないの?」

「や、やめてよ。その呼び方恥ずかしいんだから」

「でもちなみちゃんにそう呼ばれることを認めてるじゃない」

「もぉーからかわないで。真中くんのいる前なのに」

 

 淳平の心中はそれ所ではなかった。

 ちなみを敵に回してしまったという危機感が募る。

 もちろん奪うなんて事はしないが。

 

「どうしたの真中くん? 顔色が悪いよ」

「なになに具合でも悪いの?」

「あ、あのさ二人とも。か、仮に彼氏が他の人に奪われようとしてたら怒るかな?」

「なにそれ? 普通は怒るでしょ。そういう横恋慕したって誰も幸せになれないって思うけどな」

「わ、私は怒るというか困るかな」

「で、なんでそんなこと訊いたの? まさか――」

「違うんだ!! 誤解だって!!」

 

 淳平はあたふたしながら言い訳を並べ立てる。

 それを聞いた二人の反応は……。

 

「ちなみちゃんと少しお話したことがあるけど、絶対に怒らせないほうがいいタイプだね」

「だ、大丈夫だよ真中くん。真中くんが正太郎をそういう目で見てないのはわかってるから」

「綾、突っ込む所がそこなの?」

「え? だって、真中くんが男の人を好きとかじゃないって話じゃないの?」

「そうだよ!! オレ普通に女の子を好きになれるから!!」

「あー、話が脱線しちゃうから戻すけど、真中くんがそれ以上弟くんにちょっかいをかけなければ大丈夫だって」

「だといいけど、奪おうとする気はないからそう思いたい」

 

 別のことを考えて気持ちを切り替えようとする。

 ここでふと淳平が思ったこと。

 自分も誰かと付き合うようになる日が来るのだろうか?

 そういう色恋沙汰に興味がないといえば嘘になる。

 

「二人ってさ、好きな人いないの?」

「ふえっ!? な、なにいきなり……えっと……その……」

「おやおや、女の子の気持ちを探ろうなんて野暮だね。そういうキミこそどうなのさ?」

「オレは受験でそれ所じゃないっていうか、映画作りに必死というか、とにかくそういうことを考える余裕なんてないよ」

「ふーん、その割に小宮山くんとエッチな雑誌を見てるって話があるけど?」

「あ、あれは小宮山が勝手に――」

「やっぱり見てるんだ。スケベなこと考えるじゃないか。嘘はよくないぞ」

「あ、あのつかさ、それぐらいで」

「変にカッコつけるよりさ、正直で素直なほうが好感が持てるよ。綾もそう思わない?」

「ど、どうかなアハハ……」

 

 笑ってごまかそうとする綾。

 つかさのハッキリとした発言に戸惑ってしまう。

 あまり深く考えたことがないからだろう。

 

「ま、今回は特別に答えてあげよう。あたしに好きな人はいない。というより好きになった事がないといったほうが正しいね」

「そ、そうなのか? サッカー部でカッコイイ人に告白されたって噂もあるのに?」

 

 その噂は本当の出来事である。

 つかさは誰に告白されても断ってしまう。

 どうしてもその気になれないから。

 

「恋ってさドキドキしたりするってよく言うじゃん。でもあたし、一度もそういったドキドキの経験がないんだよね。どんな男の人を見てもそういう気持ちになれない」

「つかさ……」

「綾、良かったじゃん。素敵なドキドキをプレゼントしてくれる人に巡り合えて」

「き、きっとつかさも――」

「あ、そういうのはいいの。弟くんが言ってたお菓子で人を幸せにする魔法使い。ああいうロマンチックな夢に憧れて突き進んでいくってのもいいと思わない?」

「……スゴイねつかさ。私、まだそういった夢のことなんて考えられていないのに」

「弟くんのおかげだよ。何というか無垢な弟くんの言葉がすっごく心に響いたんだよね。ワクワクしちゃって自分から頑張ってみたくなるの」

 

 きっかけをくれた正太郎の存在。

 つかさにとっての道標となっている。

 淳平はひたすらに驚くしかない。

 

「真中くん、お互いに夢に向かって頑張っていくぞ。ファイトだよ」

「そ、そうだね!! そのためにも泉坂高校に合格してやる!!」

「うむうむ、その意気でガンバガンバ。綾、しっかりとやるんだぞ」

「うん。ありがとうつかさ」

 

 淳平と綾を笑顔にして奮起させた。

 つかさは人を幸せにする魔法使いかもしれない。

 それだけの気概を備えているのが伝わった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 ヒロシの部屋での部活会談。

 映研の頭脳ことヒロシと映制の柱こと正太郎。

 両者が真面目なやり取りを繰り広げる。

 

「中2でも高校見学に行けるッスね。顧問の黒川先生に挨拶をしておきたいッス」

「日程はどうするんだい?」

「唯が来る夏休みがいいッスね。映制全員の参加で」

「だったら映研も全員揃えたほうがいいね。それで黒川先生に会いに行くかい?」

「黒川先生がそれで応じてくれるなら行くッス」

「フフッ、既に確認は取ってあるから大丈夫だよ」

「……先読みしてたッスか?」

「たまたまだよ。映制のために頑張るキミを思えばこそさ」

「ホントに食えない人ッス」

 

 懸念事項はある。

 淳平と美鈴が喧嘩をするかもしれない。

 対決する立場もあって双方の監督は最悪の仲だ。

 特に美鈴は未だに不潔呼ばわりするほどで、淳平を生理的に受け付けない。

 

「映制の女子でカントクに嫌悪してないのは唯ぐらいッスよ」

「真中がやらかしてすまないね」

「元々、あのカントクのどこがいいのかで発端があり、オレもそれは疑問だったので調査して、独立でトドメを刺したような気がするッスね」

「キミから見て真中はどうだい? 個人的な見解で聞いてみたいね」

 

 ヒロシの問いかけに正太郎は間を置く。

 少し考えをまとめてからゆっくりと答えた。

 

「ある意味、鑑定スキルを持った人ッス」

「鑑定かい?」

「人を見る目があるんで、人材発掘能力に優れてるかもしれないッス」

「キミや美鈴、ちなみちゃんを高く評価してたからね」

「映画の熱意は美鈴と冷静な評価と相性が悪いんで、そこは方向性の違いということで仕方ないッスね」

「いつも辛口だからね美鈴は。そこがまたいい所でもあるんだけど」

「オレ個人でカントクを褒めるとしたら、熱意と鑑定の二つだけッス。他はハッキリ言って美鈴の足元にも及ばない」

「言うね。美鈴の辛口に勝るとも劣らない」

「正直もったいない人だと思うッス。別に美鈴じゃなくてもいいけど、一度カントクは下積みの経験をしたほうがいいと思うッス。そこから幅広くリーダーシップでも学べば、立派なカントクになれるかもしれないッスよ」

「僕としては美鈴をお手本にしてみるのも悪くないとは思うがね。妹贔屓に聞こえるかもしれないけど」

「同意見ッス。見習うべき手本は目の前にあるッスよ。鑑定スキルがあるなら、その目を信じて一度美鈴に全権を渡せばいいんッス。別にずっとコキ使われろって言ってる訳じゃないんで」

 

 ヒロシが気持ちよく応対をしている。

 淳平の問題点だけでなく改善点を提示してくれた。

 妹の美鈴が優れていると断言もしてくれた。

 正太郎との対談は最も楽しいのかもしれない。

 

「まさに正太郎くんは映制の柱だよ。美鈴にとってなくてはならない存在だ」

「おかげでコキ使われるッスよ。ヒロシ兄さんへの対応は完全にオレへ丸投げッス」

「適任だからね。僕が美鈴でも同じ事してるよ」

「兄妹そろって容赦ないッス」

 

 正太郎が帰った後、ヒロシは美鈴へ話しかけた。

 美鈴としては変態の兄に反抗したくなる。

 それでも意味ありげな態度が気になり聞く耳を持った。

 だからヒロシは対談であった内容を伝えてみると。

 

「ふ、ふんっ……当然ね」

 

 監督としての資質を認められている。

 正太郎から断定された評価に照れ隠しでそっぽを向いてしまう。

 お手本にしろとまで言ってくれているのだ。

 嬉しくなるのも無理はない。

 

「正太郎くんは改善点を見つけ出す才覚の持ち主だね」

「アイツ、昔から改造して直す癖があるんだよ」

「内場くんの漫画を二次創作してた時だね」

「悪い所を一瞬で見抜けるあたしを凄いからって問題点を出させて、アイツは改善点に専念しちゃって」

「一瞬という所がポイント高いね。きっと正太郎くんは、自分で問題点を探すと時間が掛かると思ったんだろうさ」

 

 だからこそ美鈴と正太郎の相性は良い。

 お互いの優れた点を存分に発揮できてしまうから。

 その相乗効果は内場の漫画レベルの高さで証明されている。

 

「高校見学についてはどうするんだい?」

「行くよ。世話になる顧問への挨拶はしていて損はないから」

「真中と顔を合わせることになってもかい?」

「関係ない。映制の監督としてやるべきことをやるだけよ」

「フフッ、そうだね。真中も映研の監督としてやることをやるだけさ」

 

 美鈴の態度から表立っての喧嘩はなさそうだ。

 ある程度は割り切ってくれるだろう。

 ヒロシの思惑通りに事が進んでいる。

 それを察したのか美鈴が舌打ちをした。

 

「兄貴、いい加減に彼女でも作れば?」

「おや? 美鈴がいい女の子を紹介してくれるのかい?」

「その変態の病気がなければね。あと盗み撮りはやめろ」

「ひどいな兄に向かって。僕はいたって紳士だよ。隠し撮りも親しい人だけさ」

「今ここでしばき倒したほうが世のため人のためね」

「内場くんから美鈴への贈り物を相談されてね。トレードマークのヘアピンで美鈴の好みに合うか心配してたよ」

「……今、露骨に話題を変えたな兄貴。あとそれいつの話よ?」

「一昨日ぐらいだよ。美鈴が図書館で本を返しに行った時だったね。その時に内場くんから相談を受けたんだよ」

「とりあえず用が出来たから出て行け」

「はいはい」

 

 後日、美鈴の前髪を留めるヘアピンの色が変わった。

 美鈴は派手なデザインを好まない。

 彼氏から貰ったという事実が重要である。

 それを目にしたヒロシから意味ありげにニヤニヤされてしまう。

 ムカついた美鈴が兄を足蹴りにする光景があった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 真中淳平も健全な中学3年生。

 異性への興味は人並みにある。

 だからといって積極的になれるだけの度胸はない。

 いわゆる事なかれ主義。

 でも妄想するだけならば自由だ。

 頭の中までは誰にも覗かれないから好き放題にできる。

 美少女のつかさに対しては、アイドルのような敷居が高くて逆に妄想ができない。

 どうしても恐れ多いという気持ちになるから。

 ファンクラブの男子が聞けば同志として歓迎するだろう。

 ならば淳平の中での綾はどうか?

 地味な外見といっても勉強を教えてくれる女の子だ。

 まったく意識をしない訳ではない。

 小説という才能を抜きにしても、女の子という事実からは目を逸らせない。

 

 ――東城ってオレのこと、どう思ってるんだろう?

 

 相手の気持ちを知りたくなるのが人の性。

 好奇心旺盛な中学生であれば尚更のこと。

 今度の勉強会で探ることにした。

 終わって帰るときに一緒に帰る時が絶好のチャンス。

 だが、これが難しい。

 淳平と綾、どちらにも一緒に帰ろうと誘うだけの度胸はない。

 よって、空気の読めるつかさが頼りとなる。

 途中まではつかさが同行をしてくれたが。

 

「そういえばあたし、ちょっとこの後で他に行くとこあるんだ。綾は真中くんに送ってもらいなよ」

 

 不安の余りに引き留めようとしても無駄だ。

 笑顔で立ち去られてしまい、淳平の隣を静かに歩く。

 まともに顔が見れずに俯いたままの綾。

 そこに淳平が問いかけた。

 

「オレのことどう思う?」

 

 言った直後にマズイかと思った。

 聞き方が悪かったかもしれないと。

 綾が激しく動揺して目を回しているからだ。

 答えようにも上手く言葉にできていない。

 

「ご、ごめん。なんか困らせたみたいで」

 

 首をブンブンと振って三つ編みが激しく揺れた。

 嫌ではないことを強調する。

 

「ま、真中くんはどうかな? わ、私のことどう思ってるの?」

 

 質問を質問で返された。

 これに淳平は答える。

 良い小説を読ませてくれて勉強を教えていること。

 それに感謝を述べた。

 綾の見た目に関しては何も言わない。

 髪をほどけばいいかもしれない。

 メガネを外したらいいかもしれない。

 何となくそんな気がするだけで自信がないから黙っている。

 

「……」

 

 気持ちの探り合いをしてからの沈黙。

 前に進めない同士ゆえのじれったい関係。

 原因はある。

 どちらも危機感が足りていない。

 このままでは誰かに取られるという可能性を考えていない。

 淳平はモテない、綾もモテない。

 だから今すぐ決めなくていいと先延ばしになる。

 

 ある日の夜、綾が持っている恋愛小説を正太郎が借りに来た。

 美鈴が持っていたものは全て読み終えてしまったから。

 今度は姉をターゲットにする様子。

 付き合っていても恋愛に関する興味が尽きない。

 理屈だけでは語れない女心の難解さに魅力があるらしい。

 ミステリーのように謎を解き明かしたくなるのかもしれない。

 

「恋愛は早いもの勝ち。でも時には逆転勝ちすることもある」

「どういう意味?」

「オレが書いたちなみの日記小説で、美鈴から逆転勝ちした話。出会いは美鈴が先で色々と不利だったから」

「なんでそれを私に言うの? 彼女自慢なら他でやってよ」

「ねーちゃんとちなみの違いがそこだって話さ。高校入るまでにケリをつけておくことをお勧めする。弟からの忠告は以上だぜ」

 

 高校に入れば新たな出会いがある。

 その時に淳平を好きになる女の子が現れたら?

 あるいは綾を好きになる男の子が現れたら?

 未来は誰にも分からないので絶対にないとは言えない。

 たとえ出会いが早くても、何もしなければ取られてしまう。

 それこそ逆転されてしまう。

 頭で分かっても心で勇気が出せない綾であった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 今年の夏もセミが鳴いて暑くなっている。

 夏休みの時期に合わせて泉坂高校の見学会。

 映研からは淳平・綾・つかさ・ヒロシ・小宮山。

 映制からは美鈴・内場・唯・正太郎・ちなみ。

 合計10名が揃って会議室へ集められた。

 しばらくして黒川先生が出現。

 ヒロシがカメラを構える。

 だが撮影の許可は出してないからとカメラを取り上げられての一喝。

 ヒロシがメロメロとなり大人の色香に屈する。

 小宮山も飛び火したように魅了されて動けなかった。

 前に出て先陣を切ったのは美鈴だ。

 

「あたしたちのために、このような場を設けて頂きありがとうございます」

「あーそういう堅苦しいのはいい。別に敬語もいらん」

 

 黒川先生の言葉に正太郎が反応する。

 それも嬉々としたハイテンションで。

 

「マジで!! 敬語使わなくていいなんて器がでかいな!!」

「ちょ、ちょっとアンタ!! 勝手に――」

「だってよ大人の先生に敬語使わないとダメ出しで全然こっち喋れないし!! でも敬語いらないって言ってくれるなら遠慮しなくていいってことだ!! いやーマジでありがたいぜアッハッハッハッ!!」

 

 目上に敬語を使わないといけない。

 そのことに鬱憤が溜まっていた。

 自分を無理矢理捻じ曲げなくていい。

 それだけで正太郎としては大いに助かる。

 

「威勢がいいな。お前が外村の言ってた2年生か?」

「いかにもオレがヒロシ兄さんの言ってた東城正太郎だ!! 再来年は泉坂高校へ入学するからよろしく――って痛いぞねーちゃん、なぜ叩く!?」

「いい加減にしなさい!! もう皆の前で恥ずかしい!!」

「仕方ないだろ!! 今の中学教師や友達の親相手にストレス溜まってんだよオレは!!」

 

 中学生になってからの正太郎は基本的に大人嫌いである。

 敬語を強制されてしまうのが原因だ。

 妥協ができるとしたら上級生に使う後輩口調である。

 

「構わん!! 他の先生の前ではダメだが私の前なら遠慮は無用だ!! そんな先生が一人いたってバチは当たらん!!」

「よっしゃあーーーーー!!」

 

 狂喜乱舞の正太郎。

 我慢を強いられていたことへの解放感。

 最高の恩師に巡り合えた瞬間である。

 

「って、オレばっか盛り上がっても周りが困るよな。んじゃ後ろへ引っ込むんで、何かあったら声掛けてくれ黒川先生」

 

 素直に下がって大人しくする正太郎。

 自分だけでなく周りのことを考えられる。

 その態度に見所があった。

 

「映像研究部と映画制作部の対決は把握している。表向きを動画部として学校に認可を求めることも別に問題ない。部費の管理は私が引き受ける。秋の嵐泉祭で存分に勝負するがいい」

 

 黒川先生が要点をまとめて発言する。

 淳平と美鈴が睨み合ってバチバチに火花を散らせた。

 勝負という現実味が帯びてきたからだろう。

 

「これはお前たちの入学が前提の話だ。まずは泉坂高校を受験して合格しろ。全てはそこからだ」

 

 あとはメンバー全員の簡単な自己紹介を済ませる。

 黒川先生は携帯を持っており、ヒロシと正太郎に番号を教えた。

 何かあれば連絡ができるようにしたのだが。

 

「ヒロシ兄さんはともかく何でオレ? 美鈴がいいんじゃないの?」

「私は気に入った相手にしか連絡先を教えん」

「ねーちゃんに叩かれて怒られたオレのどこが気に入ったと?」

「自分で考えろ。なんでも教えてもらえるとは思わないことだ」

「えー、教えるのが先生の仕事じゃないの?」

「自分で考えさせるのも先生の仕事だ」

 

 黒川先生の前では正太郎も形なしだ。

 いかに無理をしていたのかも伺える。

 それらを丸ごと受け止められる教師の度量は大きかった。

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