青春100%   作:完結の陽炎

19 / 58
第18話「ちなみの嫉妬深さと行動力」

 ヒロシと小宮山が大人の魅惑にやられても構わない。

 スケベな男たちとして軽く流せばいい。

 しかし正太郎のほうは個人の事情が異なる。

 今まで大人に対して快く思って来なかった。

 敬語の強制という反抗心。

 黒川先生から敬語不要と断じたあの瞬間。

 無邪気に喜んでしまう正太郎。

 それを頭で分かっても感情で許せないのがちなみだ。

 

「げへへ外村、美人教師って最高だな」

「そうだろう。あの大人のプロモーションと美貌にメロメロになってしまったね」

「火に油を注ぐことを言うなバカ兄貴!!」

「端本がメッチャ機嫌悪い。これマジでヤバいで」

「ごめんなさい真中くん。正太郎が迷惑かけちゃって」

「別に迷惑なんて思ってないよ。東城弟が辛い思いをしてたんだって分かったし」

「しょーたろが大変な思いしてたなんて、唯は思わなかったよ」

「あたしも堅苦しいのは苦手だから、弟くんの気持ちは分かるほうだよ」

 

 小宮山、ヒロシ、美鈴、内場、綾、淳平、唯、つかさの発言。

 一部を除いて正太郎に対する理解を示した。

 子どもと大人の狭間で苦しむ中学生の共感があるから。

 

「……」

 

 泉坂高校の校門を出ても、ちなみが目を合わさず口をきかない。

 徹底的に拒絶がされている。

 これを重く受けたのは正太郎。

 非が自分にあるからと余計に心を痛める。

 ここからの行動をどうするべきなのか?

 ちなみが言葉を受け付けないのなら態度で示すしかない。

 考えた末、ちなみの目の前で跪き、両手を地面につけて額を強く打ち付ける。

 あまりの痛さに耐えかねてその場で悶絶をした。

 

「ドアホ!! 土下座はやり過ぎや東城!!」

「なにバカなことしてんのよアンタ!!」

 

 すぐに内場と美鈴が駆け付けた。

 正太郎のおでこから出血している。

 ちなみが咄嗟にハンカチで止血をした。

 涙を流してバカと叫びながら。

 まだ泉坂高校を出た所だったので、保健室へ連れて手当てを受ける。

 頭に包帯を巻いているが、傷は塞がり大事に至らない。

 もし気を失っていたら、救急車を呼んで大騒ぎになったことだろう。

 姉の綾はひたすらに謝罪しかできない。

 弟の正太郎は返す言葉がなく頭を下げるしかない。

 怪我人が出た以上、そのまま現地で解散となる。

 

「ちなみちゃん、今日はこのまま帰ってくれるかな?」

「で、でもわたしのせいで……」

「お互いに少し頭を冷やしたほうがいいと思うの。だから……ね?」

「……はい」

 

 綾に諭されてちなみは意気消沈をして帰った。

 そして弟を連れて帰り道を歩く。

 傷が痛むのか少しばかり正太郎が顔を歪ませる。

 

「正太郎、大丈夫?」

「頭の傷よりも心が痛い」

「……」

「ごめんなさいって謝るだけだと、上っ面みたいに思えたから」

「だからバカって言われたのよ本当にもう」

 

 弟を精神的に追い詰めてはいけない。

 自虐的かつ内罰的になってしまう。

 特に自分に落ち度があると思っている場合は危険だ。 

 

「ねーちゃん」

「なに?」

「ああいう大人って少ないと思うんだ」

「……そうかもね。嬉しかった?」

「うん。ああいう先生がもっといてくれたら、オレも気が楽だったのに」

「日記でも書いてあったね。大人の顔色伺いすぎ」

「素の自分でいたら怒られるから。敬語という上辺だけで判断されて、正直気分が悪くなる」

 

 綾としても反省の念が生じる。

 弟の精神的な苦痛に気付いてやれなかった。

 日記を見て知っていたはずなのに。

 

「ねーちゃんが気に病むことじゃない。オレ自身の問題だからねーちゃんは関係ない」

「そう言われて納得すると思ってるの?」

「……どうしてもあの時は抑えきれなかったな。たとえ過去へ戻っても同じことになると思う」

「……だから黒川先生、正太郎を気に入ったのよ」

「黒川先生は教えてくれなかったよ。自分で考えろって。以前、ねーちゃんが同じこと言ってたな」

「うんそうだね。ちゃんと自分で考えることが大事だから」

「……ちなみはどうしようかな? オレのせいで泣かせた」

「明日になって会ってみたらいいよ。きっと大丈夫だから」

「うんそうする」

 

 その日の夜、ちなみとその母親が東城家へ来た。

 正太郎を追い詰めて土下座させたことを謝罪。

 綾から事情を聞いている両親は、逆にちなみを悲しませて申し訳ないと詫びた。

 当事者の正太郎はしっかりと頭を下げている。

 あとは当人同士の問題として話を済ませていった。

 

 翌日に正太郎の部屋へ見舞いに行くのがちなみ。

 正太郎の額には大きなキズテープが張られていた。

 それを見るだけで悲痛な表情と共に罪悪感を覚えてしまう。

 

「しょーくん大丈夫? 痛くない?」

「頭の傷は大丈夫。少しヒリヒリするけど支障はない」

「ごめんなさい。あたしのせいでしょーくん傷つけちゃって」

「心の痛みがキツイ。初めての経験だ」

 

 今にも泣きそうなちなみの頭に手を乗せる。

 触れたほうがいい気がしたから。

 理屈抜きの直感である。

 

「ちなみの親は悪くないのに、どうもオレは苦手で、黙って頭下げるのが精一杯。言葉は無理だったよ。どうしてもオレの中では敬語を受け付けなくて」

「……」

「親たちの堅苦しいやり取りも結構キツかった。あれが大人になるって事なのかって思うと、正直気が滅入る。今の時点では。将来はその時にならないと分からない」

「……」

「まあ、今を嘆いても仕方ない。オレは同じ失敗を繰り返さない。そのために原因を探って改善をするのがオレのやり方だ」

「うん」

 

 いつだってそうしてきた。

 創作だけでなく生活においても悪い所があれば正す。

 簡単に言ってしまうが実践をすると中々難しい。

 

「黒川先生みたいに敬語使わなくていい大人は今までいなかった。だから純粋に嬉しかったし、どうしても我慢ができなかった。これを防ぐのは無理だと思ってくれ」

 

 喜びたい時に素直に喜べないのは辛いことだ。

 その感情を抑えろというのは酷い話である。

 

「ちなみが口をきかなかったとき、責任はオレにあると感じて土下座をした。なぜ土下座をしたのか? 口だけの謝罪では、上辺だけで誠意がないと思ったからだ」

「わたし、しょーくんに土下座なんてしてほしくなかった」

「ここで改善をするなら『今から土下座する』と宣告をすれば防げたと思う。ちなみが待ったを掛けることで、望まない土下座を見なくて済んだはずだ」

「うん……それだったらわたしも、無視はダメだったと思う」

「確かに。あれで話すのは無理があると受け取ったからな。態度で示すしかないって思った」

「だからわたし、もうあんな事は二度としない。ちゃんと自分の気持ちをしょーくんにありのまま伝える」

「一方的は不公平だからオレもそうさせてもらう。いいな?」

「いい……しょーくん、ギュッて抱きしめて」

「わかった」

 

 正太郎の胸の中でちなみが静かに涙を流す。

 そんな彼女の背中を優しくさすってあげた。

 自然にそうしたいと思えたから。

 こうして正太郎とちなみは仲直りをしたのである。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 現時点で携帯を持っているのは、ちなみ・つかさ・ヒロシ。

 美鈴も持つチャンスはあったが、高校入ってからでいいと断り今の所は無し。

 ヒロシと黒川先生が携帯で通話をしている。

 校門前にあった正太郎の土下座事件が泉坂高校で噂になっていた。

 夏休みでも部活に来る生徒がいるため、そこから情報が流れたのかもしれない。

 黒川先生はヒロシから事情を聞いて理解を示す。

 

「なるほど、お前の弟分は随分と大人に嫌悪感があるな」

「僕ら中学生は色々と抑圧されてしまうので、正太郎くんみたいなタイプは生き地獄に感じるんでしょうね」

「くだらん。そんなものは若者らしく反抗すればいい。なまじ良い子なんぞしようとするからそうなるんだ」

「それができる彼じゃないんですよ。上手くかわせるほど器用でもないですから」

 

 先輩かつ兄貴分としてフォローをするヒロシ。

 長年に渡って生徒の面倒を見てきた黒川先生。

 正太郎のような不器用な生真面目タイプは別に珍しくない。

 それでも目を見張る所はあったので、このまま腐らせてしまうには惜しい。

 教師の勘も多分に含まれるが、正太郎には素質があるように感じられた。

 

「よし外村、今度東城を連れて来い」

「え?」

「ああ、東城は二人いたな。弟のほうを私の所へ連れて来い」

「いきなりですね黒川先生。連れて来るにしても理由が思いつかないですよ」

「そんなものはお前が適当に考えてやればいい」

「り、理不尽。でもそれがいい。これぞ快感……ぐふふふっ」

 

 女王に命じられるまま働かされる下僕の関係。

 ヒロシにとってはご褒美も同然である。

 これには美鈴もドン引きするほどの重症だ。

 正太郎を連れて来ることは可能か?

 実はとても簡単にできる。

 姉を超えるための修行になるとして誘えばいいのだ。

 事実、それで正太郎は即座に応じる。

 一人暮らしをしている黒川先生の部屋へご招待。

 ヒロシは帰されてしまい一対一の個人面談となる。

 

「いい目をしている。覚悟のある男の目だ」

「ねーちゃんを超えるためなら、どんな修行でも乗り越えてやるぜ!!」

 

 積年の思いを乗せて気合いに満ちている。

 今時の中学生にしては骨がありそうだ。

 望み通りに個人指導を始める。

 具体的に何を教えるのか?

 黒川先生は数学の高校教師であり、中学レベルの数学を教えることは造作もない。

 正太郎からの探求は凄まじい。

 どうしてこの問題が作られたのか?

 どうしてこの回答になっていくのか?

 問題を作った相手の考えを知り、回答の理由付けも含めて全体像を掴むためだ。

 着眼点が優れており、実に良い質問をしてくる。

 先生としては非常に教え甲斐があった。

 

「数学の論理思考いいな。確率も面白いし、計算も日常で応用できそうな感じがいい」

 

 今まで数学がダメだったのは大人嫌い、敬語嫌いで学習能力が著しく低下したから。

 心を許せる黒川先生が相手ならば、異様な吸収力を発揮する。

 まさに眠れる獅子を起こすかの如く。

 正太郎の潜在能力が黒川先生の指導により開花されていく。

 

「よし!! 今日はここまでだ!!」

「えーもう終わり? って、もうこんな時間かよ早いな」

 

 物足りないと不満タラタラの正太郎。

 今まで教えた生徒の中でも特に際立っている。

 心の底から数学を楽しめるのも稀なケースだ。

 

「国語の文系と数学の理系は敵同士みたいな印象があったけど、黒川先生の説明を聞いてるとさ、国語と似てる気がするんだよな」

「そこに気付けるお前は優秀だ。本質的な所で共通点はある」

「へえー、だったら国語と数学でいいとこ取りができそうだな。それで上手く合体させたら凄いレベルアップしそうだぜ」

 

 国数学もしくは数国学と名付けてみようかと目を輝かせる。

 発想は子どもじみているが、それ故に学習能力が飛躍的に高い。

 もしかしたら学者に向いているのかもしれない。

 

「お前、この夏休みはここへ通え。私が知りうる数学の全てを教えてやろう」

「おうとも!! また修行に来るぜ!!」

 

 夏期講習という名目で数学の個人指導を受ける。

 その日の夜、正太郎はちなみの携帯へ連絡を取った。

 しばらくは勉強に集中して会える時間が減るから。

 

「という訳で夏休み中は黒川先生の所で修行して来るぜ」

「……しょーくん」

「おう、なんだ?」

「黒川先生の所に連れて行ったの、美鈴のお兄さんで間違いない?」

「ああ。ねーちゃんを超える修行になるからって、ヒロシ兄さんが誘ってくれたんだ」

「分かった……ごめんしょーくん、わたし今から用事あるから」

「了解した。またなちなみ」

 

 ちなみが携帯を切ると、間もなくヒロシの携帯へかける。

 何かあった時のため、お互いに連絡先を交換していた。

 

「ちなみちゃんから電話とはめずら――」

「ねえ、どうしてしょーくんを黒川先生の所へ連れて行ったの? わたし、何も聞いてないんだけど?」

 

 ちなみが言葉を遮って年上を相手に敬語抜き。

 これにはヒロシも流石にヤバいと感じてしまう。

 不覚にもちなみのことを失念していた。

 

「すまない!! 完全に忘れて――」

「どうしてそういう事しちゃうのかな? 美鈴のお兄さん、頭のいい人だと思っていたのに」

「ち、ちなみ様!! ご用命何なりと申し付けて下さい!!」

「わたしも数学の指導を受けられるよう、今すぐ黒川先生に電話して。まさかしょーくんだけ良くて、わたしがダメな理由なんてないよね?」

「承知しました!!」

「それじゃあ一旦切るから結果の電話くれる?」

「はい!! 少々お待ち下さい!!」

 

 しばらくしてヒロシからの着信を受ける。

 黒川先生のOKが出た。

 これで先に乗り込んでしまえばいい。

 あえて正太郎には黙っておく。

 

「美鈴のお兄さん、今回これに免じて無かったことにするけど」

「は、はい……」

「ニドメナイカラ。キヲツケテネ」

「ひぃ!!」

 

 ヒロシの耳から脳へ叩き込まれた無機質な警告。

 思わず携帯を落としてしまう。

 電話はとっくに切れていた。

 このまま衝動的に妹の部屋へ駆け込む。

 

「ちょっとノックぐらい――って何があったの兄貴!?」

 

 ガクガクに震えて恐怖する兄を初めて見た。

 いつもの余裕が感じられない。

 

「怖かったよ。すごく怖かったんだよ」

「ま、まさか兄貴!! ちなみを怒らせたの!?」

「あー僕としたことがなんたるミス。先生の虜になった僕に、ちなみちゃんのことなんて頭からすっかり抜けてしまったのだよ」

「とりあえず何があったのか言え!! 下手したらあたしにまで飛び火するじゃない!!」

 

 兄の胸ぐらを掴んでの尋問。

 事の内容を聞き終えた後に蹴り飛ばす。

 

「バカ兄貴!! 踏み越えてはいけないラインぐらい分かっとけよ!!」

「二度目ないって言われて……あの機械のような声がトラウマになるよ」

「マジで次はやらかすなよ。兄貴が社会的に消されてしまうなんて見たくないから」

「ちなみちゃんなら本当にできてしまうね。疑いの余地なんて微塵もないよ。あ、でも……」

「何よ、まだ何か他にもやらかしたの?」

「ちなみ様と言った時、僕の中で何かが目覚め――ぐふっ!!」

 

 美鈴が蹴りつけて黙らせる。

 変態がさらに悪化しかねない事態だ。

 否、既に手遅れかもしれない。

 

 次の日、正太郎が黒川先生の部屋へ向かう。

 ちなみがいたことで驚いてしまった。

 ノースリープの水玉なワンピースで露出した肌の若さに可愛さをコラボ。

 その持ち味を活かして、大人教師の美貌やプロモーションに対抗する。

 女の秘められし戦いを男の正太郎は知る由もない。

 

「いるとは思わなかったからビックリしたぜ。言ってくれれば良かったのに」

「しょーくんを驚かせたくて黙ってたの」

 

 見せつけるようにイチャイチャなやり取りをしての牽制。

 当てつけにされた黒川先生としてはたまったものではない。

 より厳しく指導することに熱がこもった。

 小休憩をする時にちなみが黒川先生に向かって言う。

 

「わたしたちに時間を使っていいのですか? 黒川先生ほどの人なら素敵な恋人さんがいらっしゃるのでは?」

「そういえばオレたち、黒川先生のことあまり知らないな。これを機会に色々教えてほしいぜ」

 

 独身の黒川先生に恋人の話はタブーである。

 過去に彼氏はいたのだが、色々あって別れてしまったから。

 それを知るはずもない正太郎とちなみ。

 故に大人の対応であしらっていく。

 

「私が教えるのはあくまで数学だ。それ以外で教えるつもりはない」

「顧問の先生と部員の関係になるのでしたら、ある程度のことは話してもいいのではないですか?」

「お前たちはまだ泉坂高校の生徒ではない。知りたければ合格して来る事だな」

「それじゃあ、合格したら色々教えて下さいね」

「考えてやろう。さあ、休憩は終わりだ!!」

 

 演技スキルの持ち主だけあってちなみの切り替えは早い。

 正太郎を見習ってやるべき事はしっかりとやる。

 たとえ嫉妬する相手からの教えであろうとも関係ない。

 この場で個人感情を挟まない割り切りの良さもちなみの強みだ。

 

「あ、なるほど。そういう事か」

「どうしたのしょーくん?」

「国語と数学が似てるって思ったんだけどさ。論理的思考が共通してるんだ」

「そうなの?」

「問題の前提があって、そこから導く解答が文字になるか数字になるかの違いかと。数学の公式も丸暗記じゃなくて、なんでその公式が成立するのかという裏付けを知ればいいし。小説を書く時もパターンがあるんだけど、なんでそうなるのかって理由付けをするからさ」

 

 正太郎は素直に呑み込んでいく。

 今まで我慢をしてきた反動があるのかもしれない。

 ふとした疑問を黒川先生へ投げかけた。

 

「黒川先生、なんで文系と理系って別々なんだよ? 文理融合したほうがいいんじゃね?」

「まだそこまで学問の研究が進んでいないからだ。お前は時代を先取りしすぎだ」

「結構そういう考えをする人っていると思うけどな。両方合わせたほうがお得じゃんって」

「無駄口を叩くヒマがあるなら問題を解け」

「了解」

 

 私語も程々に黒川先生の指導を受け続けた。

 終了時になると名残惜しむ正太郎と疲労困憊のちなみ。

 黒川先生にお礼を言ってから部屋を出る。

 そして一緒に肩を並べて帰路を歩いていると……。

 

「今、閃きがあった」

「え?」

「もし快適モードを勉強で使ったらどうなるかなって?」

「それって背中合わせの?」

「そうそう。リラックスしながらの勉強で効果あるかもしれない」

「わたしの部屋で試してみる?」

「そうだな。まだ時間あるし、ちなみが問題ないなら試させてくれ」

「いいよ」

 

 思いつきの案を試してみる。

 ちなみの部屋で背中を合わせて数学の復習をした。

 快適モードに汎用性はある。

 小説を書くだけが全てではない。

 数学の勉強でもしっかりと応用ができた。

 

「わおービックリ。普通に勉強するよりも効果あるぞ」

「それじゃあ、黒川先生の所でこれやる?」

「いや、これは二人っきりで行なう秘密の儀式。奥の手だから隠しておくぜ」

「そっか。二人だけの秘密だね……えへへ」

「後ろで見えないのに、ちなみの笑顔が目に浮かぶ」

「わたしはしょーくんの頑張り屋な顔が目に浮かぶよ」

「ねーちゃんを超える野望に満ちた顔だろうな」

 

 二人で自然と笑い合う。

 見なくてもお互いに分かってしまう。

 それが楽しくて仕方がなかった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 修行の成果を試したくなる男心。

 姉から数学のテキストを借りる。

 中学3年生の数学を今の自分で解けるのか?

 習ったことがないことを調べての独学。

 新しいことを知っていくことが単純に面白かった。

 

「返すぜねーちゃん。なかなか楽しめたよ」

「変わったね正太郎。いつも国語しか興味なかったのに」

「日記に書いた通り、黒川先生の数学指導が凄いんだよ。本質が国語と同じなのも分かった」

「その調子で他の科目も頑張ったら?」

「二兎を追う者は一兎をも得ず。今は数学で修行あるのみ」

 

 親指のサムズアップでアピールをする。

 おさげ頭のメガネをする姉には呆れ顔しかない。

 お調子者となる正太郎がお気に召さなかったようだ。

 

「カントクに勉強教えてるなら、伝言頼んでいい?」

「なによ。変なこと言ったら許さないからね」

「いい映画が作れるように、泉坂高校の合格を祈っているから頑張れ」

「……」

「なんだよ、その疑いの目は? まともな応援をしたら悪いのか?」

「そういう応援は横着せずに直接言ったらどうなの?」

「黒川先生との修行で入れ違いしそうだし。他の機会でも言いそびれる可能性あるから」

「もぉー、お姉ちゃんだってヒマじゃないんだから」

「ついでの形でいいからよろしく」

 

 黒川先生もヒマではないので毎日という訳にはいかない。

 その合間を縫って映制の活動をする。

 メンバー全員で美鈴の部屋の映画鑑賞。

 実際に映画を作るための参考とする。

 

「あまり商業映画みたいなマネは現実的じゃないな。予算に限りあるし演出だって素人だしなオレら」

「せやな。ありのままの等身大で、映画作ることを考えたほうがええんちゃうか?」

「ちなみちゃんとしょーたろの二人で演じるなら、二人の実話から映画作ったらいいんじゃない?」

「わたしとしょーくんでノンフィクション映画……美鈴はどう思う?」

 

 正太郎・内場・唯・ちなみがそれぞれ意見を述べ合う。

 美鈴は皆の話を聞いてからまとめて決断をするのが役目だ。

 しっかりと思案をした上で正太郎たちへ向かって発言をする。

 

「見てくれるお客の心にどれだけ焼き付けられるかが重要よ。その辺りはどうなの脚本家?」

「オレかよ。嵐泉祭の客層は学生が多いだろう。そこにターゲットを絞るなら有りだぜ。理由は同じ学生として共感を集めやすいから。唯にした漫才コンビの演技みたいにな」

「あ、唯のために演技してくれたあの時のことハッキリ覚えてるよ」

「まあ、あれは身内ネタだったから通用したって感じだけどな。それをもう少し拡大させて、どの学生でも共感を得られるようにすればいい」

「具体的には?」

「学校の授業が何の役に立つんだっていう疑問。大人の教師に対する敬語押し付けへの反発。恋愛のことがよく分からなくて戸惑う気持ち。進路のことで不安になる心。どーよ、学生の立場なら大なり小なりで味わうことじゃないか?」

 

 正太郎の意見には唸らせるものがある。

 実体験があればこそ説得力が増していた。

 

「そのリアリティのある演技で見てくれる客に関心を向けさせるのね?」

「掴みは大事だろ。で、オレはねーちゃんを超える野望があるから、その設定を使うならば、ちなみにねーちゃんを演じさせるかな。ここを無しにするなら、ちなみの人格使い分け、すなわち二重人格設定を重視すればいいぜ」

「それで結末は考えられるの?」

「オチが一番難しい事は創作家として重々承知している。オレら付き合ってるけどそれがゴールって訳じゃなくてスタートだからな。そこを履き違えないでくれという方向に持っていきたいぜ」

「映研との勝負に勝てると思う?」

「勝負はやってみないと分からない。ただ映研で演じるのがつーさんだと仮定した場合、実話で来ることはないと思うぜ。フィクションvsノンフィクションの対決で挑む形になるだろうな」

「……その方向で脚本を書ける?」

「試作でよければ書くぜ。実話ならネタに困らない」

「それでいいからやって」

「了解したぜ監督」

 

 ノンフィクション映画で勝負を仕掛ける流れ。

 映研が出すだろうと予想されるフィクション映画に勝てるのか?

 まだまだ先の話だから何とも言えない。

 今は挑戦することを恐れずに試行錯誤をしていく。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 内場に部屋に囲まれていること漫画タワーの如し。

 週に1回は片付けなければならない。

 その手伝いをしているのが美鈴だ。

 

「ホント相変わらず漫画好きね」

「……」

「なによ? あたしの顔をジロジロ見て何かついてるの?」

「うん、僕が贈ったヘアピン使ってくれとるんやなって」

「……使いやすいからね」

 

 そっとヘアピンに触れて顔を赤らめる。

 気を取り直すように片付けに集中した。

 こうでもしないとその場から逃げ出したくなるから。

 

「これで片付け終わり。コーヒーいれてくるから待ってて」

「いつもおおきに。美鈴が作るコーヒー、メッチャ好きやで」

 

 好きの一言に心を揺さぶられる。

 コーヒー作りを逃げ道としてその場から離れた。

 いわゆる好き逃げである。

 

 ――彼の優しさに甘えすぎよ!! なんでもっと素直になれないのよバカァ!!

 

 好意には好意でお返しをしないと気が済まないのに。

 今までの積み重ねもあってか、人はそう簡単に変われない。

 台所は自由に使って構わないと言われている。

 両親は仕事で日中は不在。

 色違いでデザインがお揃いのマグカップ二つを棚から出す。

 内場の家へ自分の私物があることに幾ばくかの妄想。

 恋人らしいことができているかも自信がないのに。

 嫁という憧れを抱いてしまう。

 二人分のコーヒーをいれてから内場の部屋へ戻った。

 

「はい貴方」

「おおきに。なんやこのやり取り、夫婦みたいでええな」

「っ!!」

 

 かろうじてコーヒーをこぼさずに済んだ。

 もう少し反応が遅かったら手元が狂っていた。

 内場のラブコメ漫画みたいなことはしない。

 

「なんかムカつく」

「え?」

「貴方って余裕あるから」

「そりゃあ見かけだけや。これでも平静を装っとるんやで」

「なによ。ちなみと同じ演技上手ってわけ?」

「あれは別格やろ。比べられても敵わんって」

 

 内場も緊張で胸が張り裂けそうになっている。

 自分の部屋に彼女を連れ込んでいるのだ。

 それで意識しないほうが無茶である。

 

「緊張ほぐすために昔話でもせんか?」

「どんな話するの?」

「僕と東城が知り合った経緯はどないや?」

「……言われてみると最初の出会いが気になるね」

「ま、そう言うても大したことないで」

 

 内場が正太郎と出会ったのは、小学時代で同じクラスの教室。

 美鈴が一番先に内場の漫画に目を付けたのだが、その次の二番目が正太郎だ。

 この時の内場は美鈴に酷評をされて傷ついていた。

 だから正太郎に漫画を見られるのを嫌がったのだが。

 

「あまりに見るだけとしつこくてな。何も言わんのならええかと見せたんや」

 

 正太郎が自分の席で漫画を見ながらノートを書く。

 夢中な様子が気になって覗いてみると。

 

「走り書きで字がちょい雑やったけどハッキリ覚えとるで」

「何を書いてたの?」

「見出しが改造計画で、そこから下が箇条書き。どうすればええ感じの内容になるかの改善ネタや。中にはこの発想はなかったと意外なものがあってビックリしたで」

 

 一通り書き終えると内場へ漫画を返してくれる。

 特に何も言わずに自分の席へ戻る静かな姿が印象的だった。

 

「まあ、それでコイツなら見せても害がないからええか。むしろ逆におもろい事をしそうやと思うてな、次からは見せるようにしたって訳や」

「悪かったわね。害のある女で」

「これは昔話や。今はちゃんと感謝しとるで」

「それで話しかけるようにもなったの?」

「せやな。僕から話しかけて東城も話すようになった。別に漫画みたいな衝撃的な出会いはなかったで」

「と言うか貴方の漫画見て、黙って改善のネタをノートに書くなんてするのはアイツぐらいよ」

 

 過去の話をしたことで次は未来の話をする。

 最近で正太郎が漫画を読みに来た時のこと。

 その漫画で将来の夢を話す内容があり、そこから未来を語り合う流れになった。

 

「そこで僕は東城に言うたんや。『お姉さんを超えた先はあるんか?』って」

「アイツは何て答えたの?」

「『その先はちなみと共に未来を創作する』とキッパリ言い切りよった」

「あたしたち、まだ中学生だよね?」

「中学生やな」

「それがプロポーズに聞こえてしまうのはあたしだけ?」

「僕もそう聞こえるから安心しい」

「アイツどこでそんな事を覚えてくるのよ?」

「先に言うとくけど僕ちゃうからな。そないなクサイ台詞どころか結婚なんて描いた事ないで。美鈴が見せた恋愛小説に影響されたんやないか?」

「あー言われてみるとそれっぽいかも。ちなみが聞いたら勢い余って倒れちゃいそうね」

「一応、気ィ早すぎやと突っ込んでおいたわ」

 

 内場の将来は漫画家を目指すことで変わらない。

 正太郎はまだ具体的に決めていないが、自分に合う職業があればいいと無難な回答だった。

 小説家も考えない事はないが、プロの作家としてのイメージが湧いて来ないので保留と聞いている。

 

「たまに思うんや。東城が書いた小説を僕が漫画にしたらおもろいやろうなと」

「今からやってみたら?」

「いやいや、お互いがプロになった時にやるのが男のロマンやで」

「アイツがその時まで小説書いてるとは限らないけど?」

「せやな。僕の夢と東城の夢が交わるかは未来のみぞ知るや」

「……その夢、見てみたい」

 

 内場の漫画と正太郎の小説。

 双方の作品を見てきた美鈴にとっては素晴らしい夢に思えた。

 どちらも魅力に溢れる作品になるだろうと。

 

「東城ってさ、周りをよぉ見とるくせに自分の事やと抜ける時があるんやな」

「正直もう少し自分のことに注意を向けてほしいのよね。ちなみが心配するから」

「つーか端本、メッチャ嫉妬深いんやな。聞いたで、ヒロシさんがやらかしたんやって?」

「あれは地雷を踏んだ兄貴が悪い」

「姉を超えるための修行とか言うて誘ったら、そりゃあ東城は乗るしかないわな」

「アイツのそういうひたむきな所を逆手に取ったのだから、ちなみがブチギレるのは当然よ。まあ、今回でいい薬になったみたいだから、当分は静かになるでしょうね」

「ずっとは無理かい!!」

「無理よ無理。あれは一生治らない病気だから」

 

 こうして雑談している間にコーヒーを飲み切った。

 緊張が解けて雰囲気もそれほど悪くはない。

 内場としてはもう少し近付きたいが不安になる。

 美鈴も距離を縮めたいと思うが臆病風に吹かれて動けない。

 

「美鈴、東城が言うてたことを試してみたいんや。隣ええか?」

「アイツの言ってたことが気になるけど、隣は構わない」

「……東城が言うには、こうやって肩寄せすると緊張せずに済むんやて」

「そっか。不自然に視線を外さなくて済むから楽なのね。なんでアイツにそんなことを訊いたの?」

「それは僕が……美鈴ともっと……」

「もっと?」

「親密な関係になりたいからや」

 

 内場の顔が真っ赤だがしっかりと言葉にする。

 美鈴もドキドキしてしまって赤面が収まらない。

 女も度胸だと心の中で勢いづけて内場の肩へもたれる。

 

「み、みす――」

「こ、こういうとき!! 黙って態度で示すのよ!!」

 

 そう言われた内場は何も言わずに美鈴の肩を抱く。

 そこへ寄り添うようにして目を閉じる美鈴。

 夢のような心地よさを堪能していった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定