青春100% 作:完結の陽炎
正太郎は古本屋巡りをしている。
まるでお宝の発掘をするようで楽しいから。
今回、たまたま見かけたのが個人経営の中間古書店。
そこで淳平によく似ている小学生の男子を目撃する。
店番をする人の目を盗んで、コソコソと死角となる本棚へノートを差し込む。
傍からみれば子どもの悪戯に他ならないが。
――なかなか面白いことしてるじゃないか。
本棚に差し込まれたノートを正太郎が手に取って立ち読みをする。
小学生が本棚の陰に隠れて、その様子を観察しているのが分かった。
――手書きの小説ってことは同業者か。見た感じ小学生のようだが関係ない。同じ人間だ。
正太郎は年齢や性別などで差別をしない。
実力があるのなら尚更のことで関係がない。
――戦闘描写が多いバトル系の小説。オレもアクション好きだから気持ちは分かる。
色々と拙い表現は多いが、作者が楽しんで書いているのは伝わってくる。
ただの自己満足だと切り捨てられるかもしれない。
だが概ね創作はそういう己のワガママを貫くものだ。
少なくとも正太郎はそのような持論がある。
――内場の二次創作がなくなってちょっと寂しく思ってたからな。
小学生レベルに合わせたメモ書きをする。
それをノートに挟んで本棚へ戻した。
正太郎はその場から離れて少し様子を伺ってみる。
小学生がノートの挟んだメモを開いたのを確認。
すると正太郎は静かに店を出て、指定をした近くの自販機で待つ。
しばらくして少年がテクテクとした足取りでやって来た。
「取引だ少年。そのノートを借りる代わりに、オレがその作品の二次創作を書く。二次創作って分かるか?」
「うん」
「その作品の著作権は少年にある。二次創作の許可をもらって、今度こっちに来た時に渡そう」
「……」
「ま、通りすがりの客を信用するのは無理があるかもしれないがな。むしろ疑うぐらいがちょうどいいぜ」
「……なまえ」
「東城正太郎、少年と同じ創作家で、最強の作家になるだろう姉を超えようと修行をしている者だ」
「さいきょー。そのひと、すごいの?」
「ああ、少年よりも小さい時からずっと書いているが、オレは完膚なきまでに叩き潰されている。まさにこのノートのバトルのようなイメージでズタボロにやられているぜ」
「……ぼく、あのみせのこどもだから、いつでもあえるよ」
「そうか。少年、将来は自分の書いた小説を店に置きたいのだろう?」
「うん」
「実にわかりやすい夢だ。ちょっと作戦を考えようか」
「さくせん?」
少年の目がキラキラと輝いている。
お互いにバトル好みもあってか波長がよく合う。
年齢差を気にしないで一人の人間として見てくれる。
それも少年には好印象を与えて警戒を解かせた。
「少年、見たところ小学生のようだが何年生だ?」
「6年生」
「オレは中学2年生だから2つ違いだ。でもオレは敬語嫌いだからタメ口でいい」
「いいの?」
「大人の連中があれこれ言うかもしれんが、オレに対しての敬語なんていらん。そんな上辺のことよりも実力が大事だ。こんなヤツが一人いてもバチは当たらん」
完全に黒川先生のモノマネである。
一度言ってみたかったのだろう。
多少のアレンジをされているが精神的に満足だ。
「っ!? うんわかった!!」
少年は驚いていたが、その後は満面な笑顔で返事をした。
相手が年上だからと堅苦しく振る舞わなくていい。
その気軽さがどれだけありがたいことかを身に染みている。
「ノートの件だが、少年の許可はあっても問題は渡し方だ。死角となる本棚に入れっぱなしはマズイぞ。バレたら店の人、あれって少年の親だよな?」
「う、うん」
「怒られるのは目に見えているぞ。さあ、どうする?」
「ケータイもってるから」
「少年の年齢で持ってるのかよ携帯。オレはまだ持ってないのに」
「ぼうはんのためだって」
「本当に防犯になるかは疑問だがまあいいや」
メモに少年の携帯番号を記録をする。
ここで正太郎は少年に問いかけた。
「いいのか? 見知らない赤の他人に番号教えて」
「とうじょうしょうたろう。おぼえたからしらないひとじゃない」
「道理だな。ま、こっちも自宅の番号を教えるから悪い事はしないさ。そんなことをすれば、アッという間に逮捕されて人生終了となるからな」
少年に携帯を渡して自宅の番号を登録してもらう。
これでお互いに連絡が取れるようにした。
「ずっと少年と呼び続ける訳にもいかないな。中間古書店って看板があるけど、その中間が少年の名前か?」
「うんそうだよ」
「わかった。それなら中間と呼ばせてもらおう。オレのことは中間が自由に呼べばいい。よほど変な呼び方でなければ受け付ける」
「ししょう」
「オレにも師匠がいるので気持ちはスゴイ分かるが今はダメだ。まだ弟子を取ると決めてないから。当面はお兄ちゃんぐらいにしておけ」
「わかった」
これが正太郎と中間の出会いである。
後日、中間古書店近くの自販機前で待ち合わせをして二次創作を渡す。
作者の持ち味を引き出し、問題となる所は改善して設定の追加および改変をする。
戦闘描写はより臨場感に満ち溢れるような表現にした。
中間よりも遥かに語彙が充実をしている。
小学生レベルならギブアップしてもおかしくないが、中間は最後まで読み切った。
分からない所を質問されたが、かみ砕いて説明をすれば理解してくれた。
「質問したほうが早いという気持ちになるのは分かるぜ。でもな語彙というかボキャブラリーは辞書で調べて書くようにすると増えていく。知識を増やしたいなら自分で調べることも必要だ」
「それがしゅぎょーなの?」
「ああ、修行だ。オレはそうやって今を生きている」
姉を超える野望を叶えようと頑張り続けている正太郎。
中間にしてみれば正太郎のような生き様を貫く人を見たのは初めてだ。
まるで物語の主人公みたいで憧れてしまう。
「それと経験者として言わせてもらうが、来年で中学生になったら地獄を味わうから覚悟しておけ」
「じ、じごく!?」
「勉強が小学生の頃よりも難しくなる。科目も増えるし、そっちの中学はどうなるかは知らんけど、まず小学生気分ではいられなくなるぞ。少なくともオレはそうだった」
「どうしたらいいの?」
「全科目をひとりで戦えばフルボッコとなるのは必定。オレの場合は、黒川先生・ちなみ・ねーちゃんなど頼れる人がいるから攻略できているが、中間はそういった丁寧に教えてくれる人はいないのか?」
「い、いない」
「そうか。中間が中学に入れば、勉強という敵の前に敗北して終わりか。残念だぜ」
「ううっ……やだよ、おわりたくない」
「現実は甘くないぜ。どうやったら乗り越えられるか? それを考えて行動しないといけないのさ」
中間に見込みがあると感じている。
頭の出来がそれほど悪くないようにも思える。
黒川先生もこういう気持ちになったのかもしれない。
「おにーちゃんおねがい!! べんきょうおしえて!!」
「生憎オレは冬休みまでに小説を書かないといけないからヒマがない。冬休み以降に時間が取れるかはその時にならないと分からん。あと中間の親からの許可もないまま勝手に家庭教師みたいなマネもできん」
「おやがいいっていったらいいの?」
「どうやって説得するつもりだ? 創作家なら相手の視点を考えられるようになれよ。親からすれば知らない人が自分の子どもに勉強を教えるなんて怪しい事この上ないぜ。警戒されて反対するのが目に見えている」
「そんな……おにーちゃんいいひとなのに」
「悪い人かもしれないぜ。人の心なんて見えないからな」
「わるいひとじゃない!! ゼッタイにそれはない!!」
「中間よ、世の中に例外はあっても絶対はないんだ。覚えておけ」
だが、このまま見捨ててしまうのも後味が悪い。
また中間が創作家として成長する姿にも興味が湧く。
それが自分を向上することにも繋がっていくだろう。
――内場の漫画に師弟関係があるけど、なかなか面白いものだな。
まだ中学2年生のお年頃である正太郎。
黒川先生のような師匠の立場に憧れる。
中間のような素質を感じさせる者なら尚更のことだ。
「泣きそうな顔をしても現実は変わらん。大事なのはその原因をどうやって改善するかだ」
「かいぜん?」
「確かに中間が一人でどうにかするには問題が大きすぎる。相手は親という権力を持つ大人が相手だからな。だったら親には親をぶつけてやればいいんだよ」
「え?」
「簡単にいえばオレの親に事情を話して、中間の親を説得すればいい。親同士なら信用も得やすいからな」
問題となるのは事情の説明だ。
古本屋の子どもと趣味の一致で仲良くなった。
その子どもが中学生になって勉強で苦労を強いることになる。
だから自分が教えることで中間という未来のある少年を救ってやりたい。
同時に教える側に回ることで自分の勉強にもなるからメリットはある。
人助けという任侠を良しと認めてくれればいいが……。
「これについては、オレの親次第だから今は保留とするぜ。仮に成功した場合の話をしておこう」
「うん」
「オレが教えられるのは国語と数学だけ。この二つが得意科目なんでな」
「ほかのかもくは?」
「自分で勉強するなり他の人を頼れ。なんでもオレに依存しようとするな」
「うん」
「あと小説の創作については、最低限の基本を覚えておけば、あとは書いて書いて書きまくるしかない。習うより慣れろの世界だよマジで」
「ししょうがキホンおしえてくれるの?」
「まだ師匠じゃない。国語と数学の合間程度に基本ぐらいは教えてもいい」
その後、正太郎が自分の両親を説得して中間古書店との繋がりができる。
中間の両親からは感謝をされた。
息子と仲良くして勉強を教えてくれる事の善意を受け取ったのだ。
そして正太郎は中間の携帯に電話をして今後の話をしていく。
「中間、冬休みまでに自分にできる限りの勉強と創作をやっておけ。冬休みに入る頃になったら、オレから連絡を入れる」
「わかったししょう」
「だからまだ師匠じゃない。弟子入りを認めるかどうかは、冬休みまでの結果で判断してやる。だから頑張れよ」
「うん!!」
元気のいい返事を聞けて今後の楽しみとする正太郎。
未来のある少年がどれだけ成長してくれるのか?
なお、この件を夏期講習をしてくれる黒川先生へ報告をすると。
「ほぉー、いっちょまえに先生気取りか東城」
「黒川先生を模倣できて楽しかった。弟子にするかは分からないけど、見込みはあると感じたぞ。黒川先生もこういう気持ちを経験したことないの?」
「さあな。でもお前が一目置くほどの少年か?」
「創作は拙いけど磨けば光る原石みたいで、育てる面白さを感じさせる少年だぜ」
「そうかそうか。そんな生意気なお前には、数学のスペシャルメニューを与えてやろう」
「おう望む所!! これもねーちゃんを超えるための修行だぜ!!」
傍にいるちなみとしては若干複雑な気持ちである。
人情溢れる正太郎を尊敬できるしますます好きになった。
でも、その優しさの分だけ構ってくれなくなるのも事実。
だから一緒にいる時は精一杯に甘えたいし甘えられたい。
二人っきりになったら、存分にスキンシップで愛情を補給したい。
正太郎は全力で受け止めてくれる。
本気で付き合うという約束を守ってくれるから。
………………。
…………。
……。
映研で使われる綾の書いた小説、夏に歌う者。
以前は先入観の懸念から相手の脚本となる作品を見ない選択をしていた美鈴。
だが今はあの時とは状況が違う。
正太郎が未完成のプロローグを出してでも対抗しなければならない程に追い詰められた。
正太郎一人に背負わせては監督として立つ瀬がない。
いつでも見れるように綾からコピーを受け取っている。
正直に言えば見たい気持ちと見るのが怖い気持ちが半々。
それでも覚悟を決める。
ちなみも同じ気持ちで美鈴が読み終わった後に目を通した。
お互いに言葉はない。
物語の素晴らしさに圧倒されて何も言えなかった。
「アンタのお姉さん、あんな奥の手を隠していたのね」
夏休みも終わりが近付いてきた。
明日には唯が帰ってしまう。
だから今日も映制メンバーが美鈴の部屋に集まっていた。
「美鈴ほどの目を持ってしても、あの作品の弱点は見えなかったか?」
「文句の付け所なんて一つも見えなかったわ。そういうアンタはアレを二次創作できる?」
「無理だ。問題点がないから改善もできない。弄るにしても原作の良いところを潰してしまうから、オレの力量では手が付けられん」
「アンタがやるべき事はひとつ。冬に馳せる者の小説を完成させて、お姉さんの夏に歌う者の小説と真っ向から勝負することよ」
ちなみを主役にしたノンフィクション映画では力不足。
脚本だけが全てではないので、総合的には勝てるかもしれない。
しかし美鈴はそれを良しとしない。
映研の全てを上回っての完勝を目指す。
正太郎が書くオリジナル小説、冬に馳せる者を信じて決断をした。
「せやけど美鈴、冬が舞台なら撮影の都合上えらいハンデを背負うことになるで」
「えー? どうしてハンデになっちゃうの?」
「ええか南戸。僕らが対決する時期は秋の嵐泉祭やで。冬やと間に合わん」
「あ、そっか!! それじゃあ春に撮影するの?」
「そいつは無理や。春から夏にかけては、資金集めのバイトに時間が掛かってまう」
「えー、じゃあ夏休みしかないじゃん!! どうやって暑い夏に冬の撮影なんてするのぉ!?」
「せやねん。夏に厚着なんてしたら我慢大会になってまうわ」
姉の夏と弟の冬で互いの違いを明確化している。
譲れないこだわりがあるため変更の余地はない。
それが分かっているので美鈴はやれとしか言わない。
勝つためにはそれ以外に道はないと断じている。
「端本、真夏に寒そうな演技なんてできるんか?」
「任せて内場くん。でも真夏の外で厚着は無茶だよ。汗が出て誤魔化せないから」
「そりゃそうや。雪なら演出でどうにかなりそうやけど、さすがに限度があるで」
脚本担当の正太郎からは、基本的に家の中がメインで外は少ないと説明をする。
小説のラストまでの構想もできている。
あとは2学期中に全力で書き上げていくつもりだ。
「ほなストーリーは書けるんやな?」
「ああ。本当はもっとじっくりと時間をかけて書くつもりだったんだ。でもねーちゃんが秘密兵器を出した以上、そうも言ってられなくなった」
「しょーくんの冬に馳せる者のプロローグ、しょーくんの全てが注がれていく感じが伝わったよ。完成したら見せてね」
「もちろんだ。あ、唯には悲壮感漂うピアノの演奏をリクエストしておくぜ」
「悲しいお話なの?」
「ある意味ではそうかもな。ねーちゃんがロマンチストなら、オレはリアリストで対抗みたいな。同じことをしても勝てないことは、オレが誰よりも一番によくわかっているから」
真剣な会議を終えた後は気持ちを切り替える。
唯が明日帰るので送別会をして楽しく賑わった。
美鈴は部員を大切にする。
部長として至極当然だと誇らしげに笑っていた。
「美鈴ありがとう。唯のためにパーティーしてくれて」
「お礼ならアイツに言いなさい。提案したのはアイツだから」
「採用したのは美鈴だ。あと提供の場所とお菓子も」
「しょーたろもありがとう。唯、音楽スキルで頑張るから」
「そうだな。お礼は音楽スキルに期待だぜ」
「南戸、向こうへ帰っても元気でな。僕らも頑張るから」
「うん内場も頑張ってね。美鈴とこれからも仲良くだよ」
「もちろんや。大切な恋人やから、しっかりとラブラブするで」
美鈴が顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
それでも否定はしない。
唯はニコニコとしながらも言うべきことは言う。
「ラブラブといったらちなみちゃんだね。しょーたろが無茶したとき、叱ったり止めたりできるのはちなみちゃんだと思うの」
「しょーくん、唯ちゃんもこう言ってるからね。無茶しないで、くれぐれも徹夜で小説を書き上げようとしないように」
ちなみが釘を刺した。
正太郎が無茶をしてしまうことは予想済み。
それは唯も思ったからちなみに頼んでいる。
「……もし徹夜したら?」
「しょーくんの部屋へ泊まって無理やりにでも寝かせるよ」
「ちなみのかーちゃんが反対するだろう常識的に考えて」
「事情を説明して許可もらってでもするよ。しょーくんの両親にも話すからね」
「徹夜しないから泊まりもしなくていい」
「言質はとったよ。ここにいる皆が証人だからね」
「ああ、ウソはつかん。オレを心配してくれてありがとう」
「どういたしまして。でもちょっと残念。しょーくんとお泊りしてみたかった」
「興味はあるけど、まだその時ではない感じだぜ。部活で合宿があれば機会はあるかもしれん」
「あ、そっか。合宿という手があるね。その時が楽しみだよ」
こうして映制の絆はより強固なものになっていく。
果たしてライバルの映研に勝てるのか?
正太郎の小説が明暗を分けることは確かである。
………………。
…………。
……。
二学期に入って新たなファンクラブが水面下で成り立つ。
西野つかさと端本ちなみに続いて東城綾で三人目だ。
髪を下ろし、コンタクトレンズにすることで美しさが際立つ。
綾とつかさと親しい友人だから東西コンビとして有名だ。
ちなみのほうは正太郎との掛け合い夫婦として知られている。
いずれにしても淳平としては心穏やかではない。
綾に何かがあってしまっては困る。
男子から人気を集めて誰かと付き合うようになるのでは?
変な男に騙されてしまって酷い目に遭うのでは?
淳平の不安そうな様子にヒロシが話しかける。
「どうしたんだい真中? やけにそわそわしてるじゃないか?」
「外村、東城を注目する男子がいっぱいで、ちょっと大丈夫かなって?」
「そんなに心配なら真中から告白して付き合えばいいじゃないか?」
「そ、それはちょっと。オレなんか東城に相応しくないって。第一まだ受験があるし」
「少しは小宮山を見習ったらどうだい? あれは相応しいとか相応しくないなんてハナっから考えていないよ」
「そういえばアイツ、以前みたいに西野の話をしなくなったな」
「人は変わるものだよ真中。キミがそうやって曖昧にし続けていたら、彼女の気持ちも変わって誰かと付き合うかもしれないね」
ヒロシの言葉で淳平は遠くから綾を見つめる。
視線が交わって笑顔を向けられるとドキッとしてしまう。
心が浮かれて舞い上がってもおかしくはない。
「東城が綺麗すぎてまともに顔が見れない」
「美人も見続けていれば慣れるものさ。監督になるなら美人の苦手意識はどうにかしたほうがいいじゃないかい?」
「そりゃそうだけど……本当に慣れるかな?」
「それは実際にやってみない事には分からないね」
淳平は健全な男子として妄想する癖を持っている。
ただ最近は綾に対して、それをすることに抵抗を感じていた。
なぜなら……。
「あんな綺麗な東城を穢すなんてマネができる訳ない。妄想することすら罪深く感じる」
「おー、それはまさにファンの鏡だね。会長として歓迎するよ真中」
「歓迎すんな。なんさか、唯以外は全般的に女が苦手な気がするんだよ」
「確かに真中は女の子への免疫が足りてないようだね。ある意味、小宮山の同類かい?」
「あんな妖怪みたいなヤツと一緒にされたくない」
「誰が妖怪だこら!!」
「うわー!? 小宮山、いつの間に!?」
力也は近くにいたのだがすっかり忘れていた様子。
普段からよく聞き流していたからだろう。
「真中、お前東城のことが好きなんだろ? だったらコクればいいんじゃねーか?」
「そういう小宮山こそ、最近は西野の話しなくなって何があったんだよ?」
「い、いいだろ別に。つかさちゃんはファンとして応援することにしたんだからよ」
「そうそう、西野ファンクラブの会員になったんだよね小宮山は。そしてファンと恋愛は別として扱うようになったのさ」
「へえー、じゃあ小宮山の好きな人は今は違うってことか?」
「そういうことだね。ま、誰なのかはお察しの通りかな?」
それは幾ら鈍感な淳平であっても分かってしまう。
あれだけ妄想癖の激しい女の子も珍しいから忘れようもない。
他人事に思えない存在だが、男に苦手意識を持たれているので干渉はできない。
「参考までに聞くけど、小宮山は告白したのか?」
「まだしてねえ。ほら、やっぱそういうのってよ。タイミングってものがあるじゃねえか」
「確かに。それはオレも思う」
力也がまともなことを言ってると淳平が内心で驚いた。
こずえとの交流で力也に変化があったのかもしれない。
大切な女の子を守ろうとする男心がここにある。
「こずえちゃんとはまだまだこれからなんだ。男の苦手を治したいって言ってるんだし、俺はそんなこずえちゃんを何とかしてやりてえから。今は自分の気持ちより、こずえちゃんのやりてえことを大事にしてえ」
「……本当に変わったな小宮山。マジ見直した」
「そういう真中こそ少し変わったぞ。自分勝手な空想話をしていたお前が、最近はめっきりダンマリしててよ。てっきりニセモノが現れたかと疑っちまったぜ」
「言ってろ。まあサンキュー。ちょっとは参考になった」
「外村、コイツやっぱニセモノじゃね? あの真中が礼を言うなんて」
「あっはっはっ、確かに珍しいことだね。でもそれも愛の力ってヤツさ。お互い様ってことで流しておくものだよ」
ヒロシは実に楽しそうである。
淳平にしても、力也にしても。
時間と共に何かしらの変化が起きていく。
今後も楽しくなりそうな予感があるのかもしれない。
――小宮山を見習うのはちょっと悔しいけど、東城を優先的に考えてみよう。
まだ直接話すのは恥ずかしくて上手くできない。
だから不器用な淳平がしたのはメモを渡すことだ。
教室を出てトイレに向かう綾を追跡。
出たタイミングに声を掛けてメモを渡すだけ。
不躾な行動でも、人前で渡せない照れ屋にはこれしか方法がなかった。
メモには東城のことをよく知りたいから、時間があれば屋上で話がしたいと書いた。
これを見た綾は何を想像したのか、頬を赤く染めて淳平をチラチラと見つめる。
ファンクラブの視線が痛いので、淳平は頭を下げてその場を離れた。
――話がしたいって書いたけど、ぶっちゃけ何を話せばいいのか分からない。
その場の勢いで書いただけだ。
何かしらの質問を用意したほうがいいかもしれない。
時間があればと書いたが、いつ実行すればいいのか分からない。
「あ、あの真中くん」
次の休み時間に綾から声を掛けてきた。
ファンクラブからは何事かと言わんばかりに淳平への警戒を高めている。
嫉妬という憎しみが混ざっているのは気のせいではないだろう。
手が出ないだけマシである。
会長のヒロシがいるので統率は取れているようだ。
「時間だけど、放課後で良かったら」
「わかった。じゃあ放課後に」
そのやり取りを済ませて放課後を迎える。
淳平は待たせるのはマズイと思い早めに屋上へ向かった。
しばらくして扉の開く音が聞こえてくる。
「真中くん」
淳平の背中越しに声が掛かる。
その隣へ移動してフェンスの景色を一緒に眺めた。
「私のことが知りたいって書いてたけど……」
「そうなんだよ。小宮山とちょっと話してさ」
こずえのことを大切に考えている力也を見習ってのことだと説明。
自分に女の子の苦手意識があることも打ち明けた。
監督を目指すのならば、女の子を相手に緊張しすぎるのは問題があるから。
「とにかく東城をよく知れば、オレのそういう女の子に緊張しちゃう感じも何とかなるかなって」
「……私も正太郎以外の男の子だと緊張しちゃって。真中くんだけじゃないよ」
「オレは唯以外だと緊張するよ。唯は妹みたいな感じだから。どうすればお互いに緊張しなくて済むんだろうな?」
困ったように綾に向かって言葉を投げかける。
しばらくすると綾からの提案があった。
「あ、あのね上手く喋ろうって思うから緊張するかも。だから言葉じゃなくて態度なら……例えば、て、手を握ってみるとか……それで練習したら、緊張がほぐれるかも」
「た、試してみる?」
「ま、真中くんがイヤでなければ」
「オレは東城がイヤでなければ」
「イヤじゃないよ」
「えっと右と左、どっちで握ったらいいんだろう?」
「ど、どっちでもいいけど……じゃあ私が右で」
「わかった。オレが左で」
お互いにぎこちなく手を繋いでみる。
特に何かが起きる訳ではない。
ただ二人が近くで手の握り合ったという事実のみ。
「だ、大丈夫か? ち、力加減とかよく分からないから」
「う、うん。もうちょっと強くても大丈夫」
「こ、こうか?」
「んっ……真中くんの手、大きい」
「まあ、一応男だから」
緊張はしている。この上ないほどに。
それでも言葉をあまり意識しなくて済むのはありがたい。
何も言わなくても気まずくない空気が漂っている。
――そっか。映画で恋人同士が黙って触れ合うってこういう感じなんだ。
淳平はひとつ賢くなった気がした。
無理して話す必要なんてない。
ただこうして手を繋ぐだけでもいいのだと。
――でもオレたち付き合ってないのに。それで手を繋ぐってどうなんだろう?
告白して付き合ってからするのが順序として正しいのでは?
でもそんな勇気はない。
好きなんて言い出せない。
「あ、あのさ、帰る時も手を繋いでいったら、慣れて緊張しなくなるかな?」
「わ、わからないけど。やってみたらそうなるかも」
「でも人前だと恥ずかしいって思うよな? オレは東城がイヤじゃなければ頑張って慣れるようにするけど」
「私、真中くんがイヤじゃないならいいよ」
「そうか……じゃあこれで一緒に」
これでファンクラブが血の涙を流してしまう。
そこは会長のヒロシが何とか対処していた。
恋する女の子の味方として、綺麗な綾の幸せな笑顔の写真でファンを抑えたのだ。
ちなみの時と対処は同じである。
一方その頃、正太郎の部屋にあるベット側に座るちなみ。
たまには彼氏の家へ行きたい気分になり、正太郎におねだりをして応じてもらった。
その正太郎はちなみの隣に肩寄せをして座っている。
「オレの部屋にちなみがいるとあーちゃんを思い出す」
「うん懐かしいね。しょーくんが一生懸命にわたしのことを考えてくれて、あれで演技の使い分けがラクになったよ」
「分析するのが面白かったからな。ま、実験でちょっとヤバいこともあったけど」
「あ、それってわたしを苗字で呼んだ時のことだよね? 気分が悪くなって大変だったんだから」
「忘れろよ。オレだってそういうミスはある」
「でもすぐに気付いて呼び直してくれたね。あれはしょーくんだから出来たことだと思うの」
「小説を書くために日頃から観察をしっかりやっているからな。特に相手の様子は細かく見るようにしている」
「わたしも演技で必要だから観察してるよ。特にしょーくんは特別に意識して見るようにしているからね」
お互いに顔を動かして視線を交わす。
正太郎は心の中を当ててみろとばかりに黙り込んだ。
ちょっと照れくさくなって唇に視線を変えるとちなみがそっと笑う。
「いいよ」
「何が?」
「キス」
正太郎は創作家ゆえに探求心がある。
恋愛小説でキスの味についての疑問。
本当に味なんてするのか?
これに関して正太郎が検証した結果。
「実はキスの味について考えていた」
「味?」
「ああ。考えてみれば当然だが、唇を重ねただけで味なんて分かる訳がない」
「う、うん」
ちなみが戸惑いつつも相槌を打つ。
正太郎の話は続く。
「なぜなら味は唇ではなく舌で感じるから。つまりキスの味を確かめるには舌を使う必要がある」
「っ!!」
「だが、恋愛小説に具体的な描写がなくて曖昧。知識不足のため舌を使ったキスの方法なんて分からない」
ちなみは知識として知っている。
しかし正太郎に教えたこともなければ実際にしたこともない。
さすがにエッチがすぎる。
そんな乙女の恥じらいがあって明かしていない。
「しょーくん、そういうキスはもっとレベルが上がってからにしたほうがいいと思う」
「そうなのか?」
「うん。多分、しょーくんが言ってるのはディープキスのことだよ」
「深いキスか。確かにハイレベルで危険な予感がするぜ」
「わ、わたしだって興味はあるけど、さすがに刺激が強すぎるかなって」
「オレで言えば抱っこキスみたいな感じか。圧倒的にレベルが足りてないことを実感したからな」
座ったままでお互いに抱き合う姿勢のキスがちなみのお気に入り。
正太郎も愛情確認として好ましく思うが、接触面積が広く密着度が高いため、刺激をより感じやすい。
「しょーくん、キスしたまま喘ぐほど気持ち良くなってくれるもんね」
「だってよ、抱っこ状態だと逃げられなくて自然と声が出るんだぜ。くぐもった声が出るたびに恥ずかしいったらありゃしない」
「キスの余韻もすごいよね。目がとろけちゃって息も荒くて、ホント何も考えられない感じがカワイイ」
「あまりそういう所を見るなよ。ちなみは割と意地悪なところがあるぞ」
「そういう彼女は嫌い?」
「好きだけど何か?」
「……そういう不意打ちで胸キュンさせるしょーくんに、抱っこキスを要求します」
「ちょっとだけディープキスを試してからという交換条件で」
「そんなにやりたいの?」
「純粋に味が知りたい。ずっと気になってたし」
好奇心旺盛なアイコンタクトを送りつける。
ちなみが応じてやり方を考えてくれた。
「それならお互いに舌でちょっとだけ突っつく?」
「舌先で?」
「うん。あとやるなら、しょーくんが目を閉じて舌を出して。わたしからだと恥ずかしいから」
「言い出しっぺだし、ちなみの指示に従うぜ」
言われた通りに目を閉じて舌を出す正太郎。
かなりの羞恥心が湧き上がっても我慢をする。
ちなみも気恥ずかしさで火の出る勢いだ。
それでも少しだけならと舌先で正太郎の舌先を一瞬だけ突く。
「突いたよしょーくん」
「うん。突かれた感触は分かったけど、肝心の味がしなかった。食べている時に味を感じるのは舌先よりも舌の上だから、そこでないと分からないのではないかと推測するぜ」
味覚のセンサーは舌の上にある。
舌と舌を絡ませる濃厚なキスが避けられない。
ちなみはそれしか考えられず激しく胸の鼓動を鳴らした。
「ちなみ、何かスゴイ動揺してないか?」
「べ、別にそんなことないよ!!」
「別に嫌がってはいないよな?」
「イヤじゃないけど、心の準備が……もー、しょーくんは何でそんなに落ち着いてるの?」
「知らないことを知ろうとしているだけだぞ。不安よりも期待が上だ」
どうなっても知らないぞと開き直るしかないか。
女も度胸だと腹をくくって突き進むべきか。
自分だけが心を揺さぶられているようで無性に悔しい。
ちなみは正太郎の両頬を挟むように手を添えた。
触れられたことで反射的に正太郎が目を閉じた直後。
玄関のドアが開く音と共に綾と淳平の声が響く。
「お姉様が帰って来たみたい」
「カントクを連れて来たか。受験勉強かな?」
「そうかも」
「あーあ、お預けか。残念」
「そんなにしたかったの?」
「味が知りたかった。美味しいのかなって」
「わたしの舌、食べたりしないでね」
「舌を噛む痛みは経験があるからやらないぞ」
この後、トイレで席を外した正太郎。
その時に母親から夕飯の誘いを伝言として預かる。
ちなみは了承したが、淳平が不明なので確認に行く。
綾の部屋にあるドアをノックした。
「ねーちゃん、ちょっといい?」
「なに正太郎? お姉ちゃん勉強で忙しいから、大した用じゃないなら後にして」
「かーちゃんがちなみに夕飯食べて行くように誘って応じている。で、そっちのカントクも一緒に食べて行きなさいって伝言を預かってるんだよ」
「お、お母さん。真中くんが来てるって知ってるの?」
「バレバレだって。かーちゃんが空気読んでそっとしてたんだろうよ。で、どうなんだ?」
「ま、真中くん。お母さんがこう言ってるけど、真中くんがイヤなら無理に応じなくていいから」
「あ、いやイヤって訳では……ただオレがいても迷惑じゃねえかなって?」
「迷惑ならかーちゃんが誘ったりするか。あ、とーちゃんも一緒だから応じるならそのつもりで」
「ちょ、ちょっと待って!! 東城のお父さんってヤバくないかオレ!?」
「問題ないよ。貴様に娘やらんというキャラじゃないから安心しろ」
ちなみが応じているのに淳平だけが帰るのは気が引ける。
その場に合わせる形で了解をするしかない。
幸いにも食事中に話し掛ける両親ではない。
それは正太郎の配慮で空気を読んでいるからだ。
今回はそれに助けられたといっても過言ではないだろう。
「お姉様、また四人でどこかに出かけませんか? 受験勉強の息抜きにどうでしょう?」
「うーん、真中くんの都合があるから」
「オレは別に大丈夫だけど、東城弟はいいの?」
「ちなみ、出かける場所はどこにするんだよ? アテはあるのか?」
「お姉様と真中さんが良ければ水族館どうですか?」
「私はいいよ。綺麗なお魚とか見てみたいし」
「オレも別にそれでいいよ」
綾と淳平はその場では特に意識していなかった。
だが後になってこれがデートだと認識して慌てふためく。
綾は服選びに迷い、淳平は上手くリードできるように得意の妄想でシミュレーションを繰り返した。
一方、正太郎は水族館の混雑を避けるための時間帯を調べる。
ちなみにも手伝ってもらって、開始時間から数時間が狙い目だと判明。
それを淳平と綾に報告して、その後の予定も話し合って決めた。