青春100% 作:完結の陽炎
紅葉が色濃くなってきた秋の季節。
水族館の近くで待機している正太郎と淳平。
淳平はブルー系の涼しい生地をしたラフな長袖シャツのスタイル。
正太郎は秋の色合いをした薄手のジャケットを羽織っている。
メモ帳などの筆記具を装備するのに取り出しやすいポケットの付いた上着が欠かせない。
「前回の祭りで、端本と一緒に待っていた時は正直気まずかったから、今回はかなり気が楽だよ」
「今回、ちなみがねーちゃんを連れて来る手筈ッス。女同士で色々積もる話があるようで」
適度にメモ帳を開いてネタの走り書きをする。
アイデアが浮かべば、忘れないように記録しておく。
創作家としての基本的な習慣である。
「なんか、そういう姿を見ると東城弟が記者みたいに見えるよ」
「オレはねーちゃんと違って暗記に弱いんで、脳の代わりにアイテムを使って補うッス。そういえば学校のテストって、なんか暗記で乗り切る感じがあって正直嫌いなんッスよ」
「ああ、なんかわかるそれ」
「クラスに一夜漬けをして知識を詰め込んで何とかするタイプがいるんッスよ。あれってテスト終わったら大半忘れてしまうのがオチッスよね。暗記主体の学習で、将来の役に立つのか果てしなく疑問ッス。思考力・判断力・表現力などもっと他に鍛えるべき所はあるだろうに」
「でもカンニングペーパーなんて持ち込みできないからな」
「他の人の回答を覗くのはダメというのは当然として、テキストやノートなどの持ち込みはOKにしてほしいッス。単純な暗記系の問題ならそれだけで突破できるんで」
黒川先生にその辺りを指摘したこともあるぐらいだ。
それぐらい正太郎は今の学習システムに疑問を抱いている。
無理な暗記をやっても学習の弊害になると否定的だ。
「黒川先生が言うには、オレは時代を先取りしてるみたいッスよ。将来的には、暗記頼りの勉強やテストは無くなるだろうから安心しろだって」
「へえー、そうなんだ。それっていつになるんだろう?」
「10年か20年ぐらい先じゃないッスか? 少なくともオレらの世代では暗記頼りの勉強は逃げられないみたいッス」
「げえー、マジかよ!! って、それじゃあ安心できないじゃないか!!」
「そうッス。黒川先生には煙に巻かれたッス。とにかく受験で暗記の地獄ガンバッスよカントク」
「なんかオレ、物覚え悪いって思ってたけど、本当はそうじゃないのか?」
「ウイッス。それは暗記の押し付けによる弊害なんで、別にカントクの頭が悪いという意味じゃないッス」
正太郎に言われて淳平は少しだけ自尊心を取り戻す。
頭が悪いという自己否定で追い詰めても損をするだけだ。
問題はそこじゃないと言ってくれたことがありがたい。
「小説のなりきりスキルを活かして、オレがカントクになったつもりで、ねーちゃんに対する考えを今ここで言うのも面白そうッスね」
「やめてくれ。東城弟なら本気で心を読まれてもおかしくない気がしてきた」
「さすがに読心術は使えないッスよ。ただカントクを分析すれば、こういうパターンに陥ってるのかと読むことはできるッス」
「だから読むなって!!」
「ああ、それは残念。オレはちなみによく読まれてしまうんで。最初はビックリしたり戸惑ったりするけど、慣れればそういうのも有りとなって、むしろ今は分かってくれるから嬉しいってなるッスよ」
「……」
「なんッスか? オレをジーと見ても何もないッスよ」
「いやー、端本のことが好きなんだなって顔してたから。人を好きになるってそういう顔なんだって思った」
「鏡がないんで何とも言えないッスね。映画作りの時にその辺りを表現したらどうッスか?」
「うん参考にするよ」
淳平にとって正太郎は不思議な男子である。
年上に見える時もあれば、年相応な時もあり、逆に無邪気な少年に見える時もある。
一体どれが本当の正太郎だろうか?
別に演技をしている訳ではない。
素でいるのに色々な側面が見えてくるだけだ。
「しょーくんお待たせ!!」
「今回はねーちゃんの変装スタイルか」
「うん、一回やってみたいなって思ってたの」
三つ編みをして前肩に垂らし、伊達メガネを掛けている。
服は白ブラウスにチェック柄スカート、ブラウンのトレンチコートを羽織っていた。
「あの目立たない変装はねーちゃんだから出来ることだぜ。ちなみがマネをしても地味どころか可愛くなるだけだ」
「か、かわいいって……ううっ、しょーくんってたまにそういうこと言うよね? なんでかな?」
「頻繁に言うと有難みが薄れるから」
「だからって不意打ちみたいに言うのはズルい」
「だったらやり返せばいい」
「タイミング失ってるからやり返せないもん」
「じゃあ、その機会を探ることだな」
悔しそうにしつつも照れてしまうちなみ。
正太郎が年相応に笑っている。
ちょっと意地悪な彼氏といった印象か。
「真中くんごめんね、待たせちゃって」
「大丈夫だよ。東城弟と会話してたから」
髪を自然に下ろしてのコンタクトレンズ。
キャメルカラーのジャンパースカートと黒のブラウス。
バッグと靴もブラックでコーディネートしている。
ちなみが年下の可愛さを、綾が年上の美しさを。
それぞれの違いがあって持ち味の魅力が出ている。
「水族館の魚を見ていると、なぜか刺身を連想する」
「しょーくん、お腹すいたの?」
「多少は。もし幼い頃に水族館に来ていたら、これ食べられるのかを訊いていただろうな」
「食いしんぼうなしょーくんだね」
「まさに花より団子だ。風情がないのは認めるぜ」
館内で寄り添いながらのやり取り。
ちなみの右手と正太郎の左手は指を絡めて繋がっている。
お互いに移動する呼吸と歩調も合っていた。
「きゃっ……こ、転んじゃった」
綾がドジをして足を躓かせてしまう。
でも他の人を巻き込まなかったのは不幸中の幸いである。
「大丈夫か東城? 手を貸すから立って」
「あ、ありがとう真中くん」
淳平と手を繋ぐきっかけになった。
また転んではいけないからと手を握ぎ続ける理由もできた。
お互いにぎこちなさはあっても良い雰囲気になっている。
「やるなねーちゃん。ドジが役に立ってる」
「しょーくん、ここは静かに見守ろう」
「そうだな。ねーちゃんのことはカントクに任せよう」
距離をとって小声でやり取りをする正太郎とちなみ。
途中、土産コーナーに立ち寄る。
くじらのぬいぐるみと買って贈る正太郎。
逆にちなみからはペンギンのキーホルダーを受け取り家の鍵に取り付けた。
淳平と綾はそれぞれ水族館の饅頭セットを購入。
綾からは淳平に男友達と一緒に食べてという気遣いからだ。
それに習って淳平もつかさと一緒にどうぞという流れで買った。
混雑するお昼頃までに水族館を抜け出す。
ファーストフードのテイクアウト。
今回はドーナツのスイーツ系で手軽に食べられるものを選ぶ。
一緒にドリンクを買うことも忘れない。
大きな公園で空いてる場所を探して、ちなみが持参した折り畳みシートを使用する。
「ねーちゃんは中間古書店に行ったことないのか?」
「ないよ。そんな店があるなんて知らないから」
「カントクによく似ている少年がそこの息子で創作家の卵だ。将来はねーちゃんが書いた小説のファンになるかもしれないぜ」
「しょーくんの書いた小説のファンになる可能性はないの? 師匠って呼ばれて懐かれたんでしょ?」
「まだ弟子じゃないから。オレの書いた小説とねーちゃんの書いた小説、どっちが中間の好みかは中間が決めることだ」
「わたしはしょーくんの書いた小説を選ぶと思うよ」
「その理由は?」
「同じ男の子として共感できちゃうから」
「バトル系で盛り上がったから、ちなみの言い分に一理あることは認めるぜ……さてカントクはどうッスか? そっくりさんが出てきたらドッペルゲンガーみたいになってパニック起こすんじゃないっスか?」
「そんなにオレと似てるのか?」
「年齢が小学生だから、さすがに体格は小さいけど、小学時代のカントクに似てるのは間違いないッス」
それで興味が湧いた淳平。
ちなみも懐いた少年の顔を見たくなった。
綾も弟がそこまで言うほどの少年が気になる。
三人とも行ってみたいという好奇心で一致をした。
だから予定を変更して中間古書店まで正太郎が案内していく。
「あ、ねーちゃん頼みがある」
「店員の人との対応を私に丸投げするつもりでしょ?」
「オレは黒川先生以外の大人はダメなんだよ。敬語とか堅苦しいのがストレス溜まるしよ」
「私たちの両親ぐらいの気持ちでいればいいじゃない?」
「無理だね。血の繋がりがあって、赤ん坊の頃からずっといる親と赤の他人の親では、比べることすらおこがましい」
頑固な正太郎に綾はやれやれとしながらも微笑む。
そんなお姉ちゃんの綾に見惚れてしまうのが淳平。
違った一面を見れることへの幸せを噛み締めていた。
「真中さん、鼻の下伸びていますよ」
「き、気のせいだよ。東城にそんないやらしい顔なんてしないから」
「それだと他の人にはスケベになるって聞こえますよ」
「意地悪言わないでくれよ端本。オレのことが嫌いだからって」
「別に好きでも嫌いでもありません。ありのまま思ったことを言ってるだけです。しょーくんと同じです」
中間古書店に入って店員の母親と綾が話をする。
弟が大人に対して激しく人見知りすることを伝えて角が立たないようにした。
息子の少年を呼んで来て顔を出すと。
「わー、本当に真中さんに似てるね」
「お、オレってあんな顔してるのか?」
「カントク、ちなみに手鏡を出してもらって見比べさせてもいいッスよ」
「いらないよ。自分の顔をジロジロ見る趣味ないから」
「本当に真中くんにそっくり。まるで小学生に戻った気分」
綾もビックリをした様子である。
少年の中間は複数の中学生に戸惑うも、正太郎を見つけて笑顔になる。
人懐っこく駆けつけてきた。
「ししょう!!」
「だからまだ師匠じゃない。今はお兄ちゃんだ。で、ここにいるのが常時覚醒モードのねーちゃん。オレが超える野望を抱く最強の創作家だ」
「す、すごいキレイなひとだね」
「創作という中身もキレイな表現で圧倒するぜ。今回来たのはカントクにそっくりな中間に会いに行きたい。そんな皆の意見が一致してのことだ」
そう言って正太郎は淳平を指さしている。
向けられた淳平と中間がジーと見つめ合った。
「ふーん、なんかよわ――」
「中間、なにを言おうとしたかは察しがつくぜ。でも親の目の前で迂闊なことを言えば怒られるんじゃないか?」
「う、うん。なんでもない」
おそらく弱そうな印象を口にしようとしたのだろう。
あるいは唯みたいに弱虫呼ばわりをしようとしたのかもしれない。
悪口を吐くだろうという予兆はあったので遮って止めた。
「ま、オレも大人の対応にはねーちゃんで迷惑かけてるから。あまり偉そうに言える立場じゃないけどな」
「そう思うのなら自分で何とかできるように頑張ってほしいな。お姉ちゃんとしては」
「そこは将来のオレに任せる。今のオレは自分を偽ってまでは無理。ちなみのように楽しく演技、という気分にも到底なれないからな」
「しょーくんらしいね。うん、それでこそしょーくんだよ」
「いや端本、それはそれでどうなんだよ」
中間という少年に皆の自己紹介を済ませる。
ちなみを恋人と言ってもしっくり来なかったようなので、助手みたいな存在だと分かりやすく置き換えた。
淳平にはあまり好意的ではない。
似てると言われても中間の視点では別人に映る。
よくわからない宇宙人を相手している気分になるようだ。
「気持ちはわかる。オレもそれは経験したしな」
「……」
「ねーちゃん、そういう悲しそうな顔はしないでほしいな。ちゃんと折り合いはつけてるだろ」
「そんなにイヤなの?」
「年に数回しか会わない人。国語の家庭教師をしてくれてる。忘れずに記憶してるだけでも大したものだと思ってくれ」
二人が言ってるのは、従姉の東城遥である。
ちなみと淳平も誰のことかよく分からないと首をかしげた。
正太郎からは従姉のことを言ったことがない。
「詳細はねーちゃんに聞いてくれ。オレの口からは言いたくない」
キッパリと拒絶する正太郎が珍しい。
よほどイヤな相手であろうか?
ちなみとしても流石にためらうほどであった。
「おっと、この場で空気を悪くしたくないな。中間よ、ちょっと創作のほうについてだが」
「う、うん」
「冬休みまでに一つでいいからオリジナル小説を書いてくれ。どれだけの実力があるのかを見てみたいからな」
「わかった!!」
「ちゃんと勉強もやっておけよ。親から注意されない程度にな」
「う、うん。がんばる」
中間古書店を出てからの解散。
ちなみと淳平が従姉のことを気にしている。
正太郎は空気を読み、一人で野暮用を済ませると言い残して去った。
それを綾が感じ取って正太郎がいない時に説明をする。
聞き終えた時の二人の感想としては……。
「しょーくんは、その親戚にお姉様を取られて悲しかったんだと思います。それでもお姉様の嬉しい気持ちを尊重したのでしょう」
「オレは一人っ子で取られる気持ちとかは分からないけどさ。でも東城弟が一生懸命に東城のことを泣かせないようにしたのは分かったぜ」
「う、うん。正太郎に我慢させちゃって……私、ひどいお姉ちゃんだね」
「誰も悪くありません。しょーくんが家庭教師をお願いしたのは、それがしょーくんにできる唯一の歩み寄りだと思います」
「なあ東城、親戚のことで弟から他に何か言ってなかった?」
淳平に言われて綾は考え込む。
昔のことを振り返って思い当たることがあった。
「他にねーちゃんはいらない。にーちゃんだったら良かったのに、って言ってたことがあったかな」
「そっか。お兄さんだったらしょーくんもお姉様みたいになれたのですね」
「東城としてはどうなんだ? 弟にもっと親戚の従姉と仲良くしてほしいんだろ?」
「うん。でもそれは正太郎が望んでいないことだから無理をさせたくない」
「そうですね。わたしもこれ以上を求めるのはしょーくんが可哀想です。家庭教師の先生と生徒の関係だけでもスゴイことだと思いますよ」
「親戚なんかよりも、先生と生徒になったほうがマシって感じなんだろうな多分」
遥の携帯番号は知っているので、綾から連絡を取ることは可能。
大した用事もないのに電話をすることを躊躇うのが綾だ。
よほどのことがない限りは連絡をしない。
しかし……。
「そっか。覚えててくれて良かったよ」
夜中に綾が自宅の電話を使って遥へ連絡をした。
正太郎のことで申し訳なさが募ってしまう。
それを察した遥から注意をされた。
「綾は自分を責めないように。これはしょーがないことだからね」
「で、でも――」
「デモもムービーもないの。次は正月に顔を出すからよろしく」
「あ、うん。遥お姉ちゃんが来るのを楽しみにしてるから」
「あはは、久しぶりに綾の声が聞けて嬉しかったよ。くれぐれも弟を責めたりしないように」
「しないよ。でも正太郎があれだけ国語できるのは遥お姉ちゃんが教えたからだよね?」
「もっと上の学年の国語でも余裕シャクシャクだったからね。次は高校レベルから大学レベルまで試してみるよ。呑み込みが早いから教え甲斐があるよホント」
「そ、そんなにスゴイんだ」
「正太郎はあたしが自慢できる最高の教え子ってね。そういう関係もありだって綾も受け止めてやりなよ」
「うん、わかった」
遥が国語を教えて、黒川先生が数学を教える。
それぞれの指導で正太郎が急成長をしていく。
そんな弟を誇りにして自分への励みとする綾であった。
………………。
…………。
……。
正太郎は全力でオリジナル小説の冬を馳せる者を執筆中。
既に構想は終えているのでストーリーを書くのに詰まることはない。
ちなみから無茶をしないように適度に休みを入れさせる。
ホットココアを作ってくれて心が穏やかになった。
――ねーちゃんが書いた夏に歌う者は確かに素晴らしい。まさにプロの領域だぜ。
それでも姉と違った方向で小説を書き進めていく。
監督の美鈴から任された以上は信念を貫くしかない。
――中間のような面白いヤツもいるし、師匠に恥じない作品にしたいぜ。
黒川先生からは難易度の高い数学の問題集をもらっている。
相当に気に入った様子だとヒロシから聞かされた。
これも創作で応用できたらいいと正太郎は考えている。
――唯の手紙に北大路さつきの情報か。ちゃんと役目を果たしているよな。
ピアノの演奏も頑張っているようである。
お礼も兼ねて励ましの手紙を送っておく。
やってもらって当たり前だとは思わない。
ちゃんと感謝もして前向きに活用をしたい。
「漫画タワーはいつ見てもスゴイな」
「久しぶりやな東城がこっち来るの」
「たまには漫画で息抜きだぜ」
漫画を読むときは内場の部屋である。
数々の漫画から学ぶことが多い。
ある意味、正太郎の情操教育に役立っている。
「内場、美鈴とは上手くやってるか?」
「せやな。肩を抱く程度には仲良くしとるで」
「手を繋ぐのは?」
「それもデート中にちょくちょくやっとるな」
素直になれない甘え下手の美鈴。
内場が積極的にリードをして行動のきっかけを作る。
キレイやカワイイなどの言葉もかけることも忘れない。
「キスは?」
「ま、まだや。僕も美鈴も恥ずかしくて――ってなに言わせるんや!!」
「自分で言ったくせに。まあ、幸せそうで何よりだぜ」
「そういう東城こそ、端本とキスしたんか?」
「……黙秘する」
「その顔はしとるやろ!! だあー東城に先越されてもうた!!」
「やかましい」
別の日、ヒロシの部屋で部活の協議をする。
もっとも映研メンバーは受験生ゆえにほとんど活動はされていない。
たまに集まって親睦を深めようとしている程度らしい。
「ヒロシ兄さんは余裕そうでいいッスね」
「僕はいつだって平常心をモットーとしているからね」
「平常心? 美鈴から変態呼ばわりされているのに?」
「それはそうとちなみ様――ちなみちゃんは元気してる?」
「……今、様付けが聞こえたけど気のせいッスか?」
「気のせいさ。アハハッ、きっと空耳ってヤツだね」
「そうッスか。まあ、元気ッスよ。あまりヒロシ兄さんとは接点がないから、近況が分かりにくいかもしれないッスが」
「いや大丈夫だよ。ファンクラブの情報網があるからね」
「恐ろしい。敵に回したくないッスよマジで」
さらに別の日、力也とこずえの二人からの呼び出しを受ける。
指定された喫茶店へ足を運んでみた。
そこは初めてこずえと出会ってお茶をした場所である。
「おーい東城弟!! こっちだ!!」
「今行くッスよ。久しぶりだな妄想使い」
「も、妄想は控えてるから。力也さんが傍にいてくれるし」
「でへへ、いいだろう東城弟」
「はいはい」
向かい合いの席に座ってチョコパフェを奢ってもらう。
その間に用件を尋ねてみる。
「あたしと力也さん。つ、付き合うことになりました」
「それはおめでとう。告白はコミさんから?」
「そうだぜ。帰りに送ったときにちょっと勢いが乗ってしまってな」
若さゆえの勢いで我慢ができずに自分の気持ちを打ち明けた。
それが逆にこずえにとっては良かったのだろう。
赤面をしながらも黙って頷いてOKとした。
「男の人の苦手克服についてはどうッスか?」
「あ、力也さん以外で東城くんだけは平気」
「そっか。ま、付き合っていく内に自信がついて、慣れるかもしれないな」
「そうなりたいです。あたし、力也さんに守られてばっかりで」
「いいんだよこずえちゃん。俺はこれしかない感じの男だからドンドン頼ってよ」
わざわざ交際の報告をしてくれる。
真っ先に正太郎へ伝えたかったようで理由を尋ねてみた。
二人を繋げてくれた恋のキューピット役だからと答える。
確かに力也を護衛として勧めたのは正太郎だ。
傍で守ってくれていることが進展の要因である。
正太郎は素直に祝福をした。
そして今後も温かく見守っていく。
――カントクもコミさんを見習ってさっさと告白すればいいのに。
そんな淳平の部屋へ行く日があった。
受験を応援するための陣中見舞い。
淳平は勉強の息抜きでラブロマンス映画を見ている。
綾が創作をした夏に歌う者に影響されてのことだ。
「それは興味深いッスね。オレも見ていいッスか?」
「うんいいよ」
映像を追うため一度見での理解は難しかった。
漫画や小説と違って読み返しができない。
巻き戻せばいいかもしれないが、それでは映画のテンポが悪くなる。
ただ映像ならではのインパクトは大きかった。
「この映画、どうだった?」
「ラブシーンのキスで舌を絡め合って凄かったッス」
「う、うん。大人のキスだったな」
「カントクはねーちゃんにそういうキスは――」
「ないないない!! いくら何でもあんな刺激的なキスは想像すらしてないから!!」
「それ所か告白もしてないッスね」
「うっ……」
「ま、それは当人同士の問題なんでオレは静かに見守るッス」
ディープキスのやり方をラブロマンス映画で知った。
そうなると好奇心の塊である正太郎が試したくなるのは必然。
まるで子どものような無邪気さでワクワクとした高揚感に満ちている。
後ほどちなみの部屋で二人っきりとなり話をしてみると。
「へえー、真中さんがそんな映画をしょーくんに見せたんだ」
「あれ? ちょっと機嫌が悪くない?」
「気のせいだよしょーくん。それでしょーくんは試したくなったの?」
「ああ、この前は中断しちゃったし。キスの味が知りたい。美味しいのかなって」
「美味しいかどうかは分からないけど……でもねしょーくん」
「なんだ?」
ちなみのほうが正太郎よりも心と体が早熟をしている。
だからディープキスにおける変化も多少の想像がつく。
「もしかしたら、お互いにすっごく変な気分になるかもしれないよ。エッチな感じで」
「エッチ?」
「しょーくんは、そういう知識がないから、戸惑いがすごく出ると思う」
「図書館で学んだほうがいいのか? でもジャンルは何だろう?」
「……性教育かな?」
「わかった。調べて来るぜ」
「あ、わたしも行く。なんかしょーくんだけだと不安だから」
「了解、よろしく頼む」
学校であまり習えない性教育を図書館で調べて学ぶ。
文献はちなみと一緒に選んで正しく知識を身に着ける。
それにより戸惑いが生じる理由もある程度は分かった。
「なるほど。知らなかったら病気になったのかと勘違いしてもおかしくないぜ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ」
「しょーくん、もしかして赤ちゃんがどうやって出来るのかも知らなかった?」
「こうのとり、橋の下、キャベツ畑などの都市伝説なら聞いたことがある。学校の性教育はかなり曖昧で分かりにくかった。なんか質問しちゃいけない空気もあったし」
「そっか……ねえしょーくん、それを踏まえた上でどうしたいかな?」
「今すぐ焦って試すのではなく、もっと経験値を稼いでレベルアップをしてからのほうがいいかと思うぜ。まだ先は長い訳だし」
「うん。わたしもまだ早いかなって思う。だからこれからも仲良くお付き合いしてね」
「おう、望む所だ」
その後、ちなみが淳平の家へ乗り込む。
くれぐれもエッチな映画を見せないように注意勧告をした。
正太郎が真に受けて悪影響を及ぼしたらたまったものではないから。
その時の淳平は何故か血の気が引いて何度も頷いたらしい。
………………。
…………。
……。
季節が寒くなっての冬休み。
冬に馳せる者のオリジナル小説を完成させた。
まさに有言実行である。
真っ先に見せるのは、快適モードや体調管理などで支えてくれたちなみ。
読み終わった時、ちなみの目から涙が流れた。
なんと悲しいお話かと心に響いたようである。
「ちなみは世話焼きのお弟子さんを演じることになるけど問題ない?」
「問題ないけど、しょーくんが主役の演技をするの?」
「ああ、オレが主人公を演じるつもりだ。だからサポートを頼みたい」
「うん任せて」
次に見せるのは監督の美鈴である。
誇り高さゆえか人前で泣いたりはしない。
それでも目を閉じてしばらくの感傷に浸った。
「お姉さんが傑作ならアンタのこれは怪作と呼べる代物よ」
「だろうな。オレの心血を注いで作り上げたぜ」
「正直、人を選ぶ作品ね。主人公よりも周りの評判に共感したり、お弟子のほうへの同情を集めるような異色な内容となっているから」
「これがダメならちなみのノンフィクション映画に変えることを勧めるぜ。これ以上、ねーちゃんに対抗できる作品はオレの手では作れない」
「だったらこれで勝負よ」
「マジでいいのか? 人を選ぶ作品なんだろ?」
「なによ、あたしの決定に文句あるの?」
「ないぜ。最終決定権は監督の美鈴にある。オレは美鈴の決断に従うぜ」
「だったら、これを脚本の形式に整えて仕上げることよ。いいわね?」
「了解したぜ監督」
次は宿敵となる姉に完成された小説、冬に馳せる者を渡す。
目を通した後にすすり泣きをされるほどの出来栄えだった。
正直、この作品で姉が書いた夏に歌う者に勝てるかは分からない。
これで超えたかどうかも未知数である。
「監督の美鈴から、これを脚本化するように指示が下っている。高校入るまでには準備を整えるつもりだ」
「わかった。私も高校2年になるまでには脚本にしておくから勝負だね」
「1年次はどうするんだよ?」
「それはそれで別に考えてあるから」
「……やっぱ最強はねーちゃんだ。オレはもう余力なんてないのに」
夏に歌う者は事前に書き上げた小説。
1年次の脚本を書くだけの時間は充分にある。
まさに時間を制する者の余裕というべきか。
内心で悔しくなる正太郎だが時の流れには逆らえない。
冬休みに突入して唯がやって来る。
いつも通りに美鈴の部屋でお世話になる予定だ。
この日は週末としてちなみも遅くまで滞在となる。
映制メンバーの全員が揃っていた。
「そっか完成したんだ。頑張ったねしょーたろ」
「唯の悲劇的な音楽ピアノの演出に期待だぜ」
「よぉーし!! がんばって作った唯の演奏で皆を泣かせてやるんだから!!」
「マジでオリジナルを作ったのか。やるじゃないか唯」
「頑張ってるのはしょーたろだけじゃないんだから」
「こりゃカメラマンの内場も負けてられないな」
「せやからプレッシャーかけんな。ま、僕もできる限りのことはするつもりやで」
「ちなみの演技も楽しみだな。少しずつオレと一緒に練習していこうぜ」
「もちろんです先生」
「お弟子の演技するの早すぎ。また後でな」
監督の美鈴に促されて話の進行は正太郎が務めた。
本格的に受験対策をするのは春休みにする。
まずは冬休みの宿題を最優先に片付けること。
国語と数学は正太郎と助手のちなみがフォローをして、他の科目は美鈴が中心的にサポートをする。
おかげで宿題を残すようなヘマはしないで済んだ。
――中間に連絡を入れて小説を見せてもらうか。
電話をすると待ってましたとばかりに元気な応対をしてくれる。
小学6年生のパワーは侮れないものだ。
まだまだ成長するであろう期待感を持たせてくれる。
「店の中で待ってろ弟子候補」
「まってるよししょう!!」
「あくまで候補だからまだ師匠じゃない」
中間古書店の開業時間に合わせて赴く。
中間の少年が読んで読んでとおねだりしてノートを渡してきた。
望む所とばかりに堂々と受け取って速読をする。
――今回は冒険物か。散歩でネタ集めをして色々な風景を見たって感じが伝わってくる。
そのため場面の変更が激しくてストーリーのリズムも乱れる。
楽しんで書いているという点では変わっていない。
二次創作で改善できる所が多々見受けられた。
「あいわかった。二次創作を書いて後日渡すつもりだが、今日は国語と算数を教えるぜ」
「う、うん……」
「勉強嫌いという顔がありありと出てるぜ。心配しなくても暗記頼りの勉強なんてオレもやりたくない。だから原因と結果をちゃんと教えてやる。そこが分かれば暗記に依存しなくても答えが出せるから」
「ほんと?」
「ウソか本当かは試してみれば分かる」
「わかった。よろしくししょう」
「どっちかいえば先生になりそうだがまあいいだろう」
中間の少年に連れられて子ども部屋へ入る。
国語と算数のテキストとノートを見せてもらった。
「あ、これは楽勝だ」
「ほんと!?」
「簡単だから気軽に構えておけ。あ、でも敵を前にして油断はするなよ」
「うん!!」
あえてこう言っておくことで緊張をほぐしておく。
この人に任せたら大丈夫という安心感は大切だ。
これは美鈴の堂々とした振る舞いを見習い、正太郎なりのアレンジをしている。
――実際に簡単だから嘘は言ってないぜ。
今の正太郎なら小学校の国語と算数は相手にならない。
まるでチートみたいに瞬時に敵をなぎ倒せるレベルである。
そんなイメージをしつつ中間に過程の重要性をかみ砕いて説く。
――バトル系みたいなノリで教えてやるから存分に楽しめ。
学ぶことは決して苦痛なことではない
ちゃんとやり方が分かればいいのだ。
どんどん知りたくなる知識欲も湧いてくる。
「調べ方はこうすればいい」
辞書の調べ方にもコツを教えておく。
ダラダラとした調べ方だとモチベーションが下がるから。
効率のいい調べ方で時短にも繋がる。
――見た目はカントクに似てるけど別人だ。そりゃそうだ。
淳平ではなく中間という別の人間として見ている。
だから他人のイメージを重ねるような事はない。
「ししょう、これはこれでいいの?」
「合ってる。なんでそうなるかの理由はわかってるか?」
「うん、だいじょうぶ」
「どうだ? 理屈が分かれば答えも出やすいだろう?」
「うん。でもなんでがっこうで、こんなふうにおしえてくれないの?」
「集団戦と一騎打ちでは戦い方が違って当然だろう。集団相手にこんな悠長に相手してたらボコボコにやられるぜ。だから雑になりやすいんだよ」
「そっか。だからセンセイとししょうでおしえかたがちがうんだ」
「全然違う。オレも中学の授業を受けている身だから分かるが、先生の教え方は明らかに集団戦だ。本当はもっと少人数でやるべきなんだよ」
「なんでそれをしないの?」
「なぜだと思う? そこを考えてみるのも勉強だぜ」
「うーん、おしえるばしょがすくないから?」
「確かに。教室の数に限りがあるなら、少人数にできない理由の一つに考えられる」
「ほかにもあるの?」
「あまり少人数に分けると先生が戦いに疲れてヘトヘトになるのがオレの解釈。要するにチマチマ相手するの面倒だから、全員まとめてかかって来いやというノリだ」
「おー!!」
面白おかしく解釈を立てることで小学生の理解力を高める。
かみ砕きの説明をする正太郎は先生に向いているのかもしれない。
「ししょう、なにしてるの?」
「メモ術だよ。弟子の適性や苦手な問題などの分析をして、次の指導に活かそうとメモに書いて記録する。こうすれば忘れないからな」
「メモじゅつ、なんかイアイみたいでカッコいいね」
「スマートに取り出してすぐ書かないとド忘れすることが稀にあるからな。抜刀術あるいは拳銃の早抜きみたいなイメージでやってるぜ」
「いいなー、やってみたいなー」
「やるなら収納するポケットの場所を決めておけ。それで何回も繰り返してやれば体が覚えてくれる。そしてスマートに取り出して書けるようになるさ」
正太郎は予備のメモ帳とペンを渡す。
受け取った中間が正太郎のマネをしてメモ術の訓練をする。
よく落としてしまうが焦らずにやればいい。
徐々に慣れていけばいいのだ。
「気に入ったのならそれやるよ」
「いいの?」
「構わん。弟子の役に立つなら本望だ」
「ありがとう!! ししょう!!」
長年愛用したペンを弟子に受け継がせる。
不思議とそうしたほうがいい気がした。
正太郎にとっての自己満足である。
「自分に試練を与えて鍛えるのも有りだな」
「しれん?」
「目先の目標だ。オレの場合は、冬休み中に速記のスキルを身につける事とする」
「そっき?」
「素早く書けるスピード重視の必殺技だ。ミミズみたいな文字をイメージすればいい」
「そんなモジよめるの?」
「文字の暗号みたいで割と楽しめる。これをマスターすればオレのレベルはさらに上がるだろう」
「いいなーいいなー」
「羨ましいのなら、弟子も自分で課題を出せばいい」
「じゃあ、メモじゅつマスターする」
「やってみるがいい。結果を楽しみにしているぞ」
中間は師匠の向上心に感化されていく。
現状に満足することがないハングリーの精神。
勉強に対しての意欲が高まっていくのであった。