青春100% 作:完結の陽炎
春休みを終えて泉坂高校の入学式。
生徒の男子は学ランで女子はセーラー服である。
淳平・ヒロシ・力也・こずえ・さつきは1年3組。
綾・つかさが1年1組で、東西コンビは男子から絶大な人気を集める。
さつきは凛々しさが強いせいか女子からのウケが良かった。
「ようやく付き合うようになったんだ。おめでとう綾」
「ありがとうつかさ。同じクラスとしてよろしくね」
「あたしより愛しの真中くんと同じクラスのほうが嬉しかったくせに」
「そ、そんなことないよ」
幼い頃からの付き合いもあって慣れ親しむ。
たまに綾のドジが発生をするから気に掛けてくれる。
その役割にすっかり慣れてしまったのがつかさだ。
別のクラスとなった淳平は周りを観察する。
ヒロシがさつきに向けてカメラを構えていた。
だが、さつきの迅速な足運びでヒロシの背後へ回る。
背筋の寒さで冷や汗を流すヒロシがいた。
「ナンパの次は盗撮か。ダサイ前髪の変態」
「あははっ、前髪は僕のアイデンティティでね。そこのトゲトゲした小宮山と同じさ」
「まったく碌な男がいない。まともなのは映制の柱ぐらいか」
「おや、正太郎くんと面識があるんだね」
「アンタには関係ないよ。そのカメラ、壊されたくなかったらすぐ下げな」
「うっ……さすがに壊されるのは困るね」
「いいかい。勝手に撮ったら……わかってるな?」
「は、はひい!! さ、さつき様!!」
「気色悪いから様付けすんな!!」
「ひぎゃ!!」
あまりの変態ぶりに足の小指を踏みつけた。
その場で悶絶をするヒロシ。
さつきは自分の席へ座りながら映研に入るか否かを検討。
来年になれば正太郎たちが入学して映制との対決が待っている。
実に燃える展開だ。
中学で空手をやめても、その精神は今も受け継いでいる。
「さっちゃんか……」
さつきがボソッと呟く。
自分みたいな男勝りに向かって可愛らしいあだ名。
女としては素直に嬉しくなる。
ちゃんと中身を見れてくれると思えてしまう。
彼女がいるのも納得だ。
あれだけのいい男を他の女が放っておくはずがない。
部活のために頑張る正太郎は好ましい。
得がなくても少しぐらいなら空手を教えてやってもいい。
それはさつきからの善意に他ならない。
「こずえちゃんと同じクラスでマジ良かった」
「あたしも力也さんと離れ離れにならなくて良かったです」
この二人を別々にしたら暴走が始まることだろう。
青春100%事件の再来となるかもしれない。
力也に常識は通用しない。
惚れた女のために全てを賭ける恐れ知らずだ。
それこそ世界中を敵に回そうとも関係ない。
道を踏み外すと無敵の人になりかねないので注意が必要だ。
一方、中学3年生となった正太郎たち。
2年生の時は正太郎だけが別のクラスだった。
果たして今年はどうなったのか?
「お、3年1組で今年も美鈴と同じクラスや。ラッキーやで」
「ちなみは2組で別のクラスになったけどね。肝心のアイツは?」
「東城は……おっ?」
終始ご満悦なちなみが答えを表していた。
去年に泣きまくった時のちなみとは大違いである。
正太郎の腕にしがみついて離れない。
「やったー。中学最後はしょーくんと同じクラス」
「さすがに四人全員で同じクラスはなれなかったけどな。でも二人ずつの男女でバランスは取れたぜ」
「もしこれで別だったら、ちなみとファンクラブの連中が暴動を起こしかねない事態よ」
「ホンマにやりそうやからシャレにならんで」
今もファンクラブの男子たちが温かく見守ってくれている。
正太郎と一緒にいる時に幸せな顔をするちなみ。
それが最高の魅力を出してファンの心を満たしてくれていた。
「ファンクラブの人気が爆発的だぞちなみ。つーさんとねーちゃんが卒業した影響が大きいようだ」
「そっか……でもわたしよりしょーくんのほうが心配だな」
「オレにファンがいるのか?」
「隠れファンの存在は絶対にいると思ってるよ。被害を出さない限りは放置だけどね」
美鈴と内場の顔が引きつってしまう。
被害を出したら只では済まさない。
それを指している時のちなみの笑顔が怖いのである。
「あ、ちなみ。事前に相談した例の空手の件だけど」
「あーうん、年上にさっちゃん……というのはどうかと思ったけど?」
「パイナップル少女に習ってポニテ女を考えたけどな。さすがに怒らせそうな気がした」
「普通に北大路先輩ではダメなの?」
「長くて呼びにくいって。あとオレ、先輩って呼び方はしないんだ」
「どうして?」
「卒業したら先輩じゃなくなるから。あと先輩って呼び方がどうにも合わない。ちょっと生まれが早いだけで偉いのかって反抗心が湧いてくるんだよ。後輩口調がせめての妥協ってことで」
年上に媚びへつらいをする正太郎ではない。
同じ人間として見るから年齢差で差別をしない。
良くも悪くもである。
「さつきさんでいいんじゃない?」
「それだと面倒でさつきと呼び捨てになりそうだ。さすがに年上を呼び捨てにすると、ねーちゃんに怒られる」
「ホントしょーくんって頑固だね。こうと決めたら譲らない」
「内容によるさ。もし空手を教わる機会があれば習っておこうと思う。それを演技に活かせたら言うことなしだ」
「アクションならそうかもしれないけど、あんまり活かせないかもしれないよ」
「まあ、ちなみが嫌がるなら約束を違えるつもりはないので考慮するが?」
「いいよ別に。わたしそんな了見の狭い彼女じゃないもん」
「逆の立場だったら……ちなみ偉いな。素直にスゴイと思う。つーかオレが悪いのか?」
正太郎は小説を書く時、頭の中でキャラになりきる。
ちなみの気持ちになりきると精神的にキツかった。
他の男にちなみが……という逆の想像でも分かる。
モヤモヤと嫌な感情が湧いてくるからだ。
「嫉妬してくれたの?」
「割と精神に来た。ごめんなさいしたほうがいいか?」
「しなくていいよ。ちゃんと事前に相談してくれてるし。しょーくんが純粋に自分磨きをしたいって意思を応援したいから」
「じゃあごめんなさいじゃなくてありがとうならOK?」
「OK」
「ありがとうちなみ」
「……あのしょーくん、その無垢な笑顔は反則。ゼッタイ他の人に見せないで」
「わかった」
見せつけられた美鈴と内場は苦笑いを浮かべている。
正太郎は子どものような純粋無垢な一面がある。
影響を受けやすく学習能力が恐ろしいほどに高い。
「東城って端本の前やと、あんな無邪気な顔するんやな。あれやったら女子のファン増えるで」
「元々子どもみたいなヤツよ。ちなみが守りたくなるぐらいにね」
「端本、メッチャ顔真っ赤にして照れとるで」
「惚れてる男の無防備さで心に響いたんでしょう。普段見ないからこその衝撃ね」
「あ、端本が東城を引っ張ってどこか行ってもうた」
「人目のつかない所でイチャイチャするんでしょ。まったく場を弁えてほしいわ」
美鈴の言ったことは大当たりである。
人目のつかない屋上に通じる踊り場まで連れて行かれた。
その壁へ正太郎の背中が押し付けられる。
「しょーくんが悪いんだよ。あんな無防備な一面を見せるから」
「ちなみと同じクラスになれたのが嬉しかったから。去年はオレ一人だけ別だったし」
「寂しかった?」
「一年間、2年の教室で内場がいない、美鈴もいない、ちなみもいない。親しい人が誰もいないって想像以上にストレス溜まるんだぜ」
「うん。よしよし、よくがんばったねしょーくん」
背を低くして大人しく頭を撫でられる。
その優しさが身に染みて少しだけ泣きそうになった。
でも男のプライドがあるのでそう簡単に涙を流したりはしない。
「学校の中だから自重するべきなのは分かってるけど」
「いいよ甘えて。まだ少しだけなら時間あるから」
「じゃあ少しだけ。階段の上に立って」
段差をつけることで正太郎より高くなる。
その胸の中に飛び込んだ。
ちなみの手が優しく正太郎の頭を撫でる。
もう我慢しなくていい。
顔を押し付けてるから見られることがない。
去年に頑張って耐えた分をこの場で流していった。
………………。
…………。
……。
泉坂高校の授業を受けながら考え事をする淳平。
初めての彼女に浮かれる一方で不安も大きい。
これからの付き合い方を具体的にどうすればいいのか?
妄想でスケベなことを考えることはできる。
しかし現実でそんな事をする度胸はなく、それで嫌われてしまっては元の子もない。
そうこうしている内に今日のカリキュラムが全て終了。
すなわち放課後を迎える。
ここから先の予定は何も考えていない。
綾がいるであろう教室に向かって遠くから様子見。
つかさに背中を押されて淳平の前へ進む綾。
「あたしはちょっと図書室に用事あるから。じゃあまた明日」
「うん、また明日」
つかさが立ち去り綾が見送る。
淳平には何気にVサインを見せた。
後は任せたという合図である。
周りの男子たちの反応が凄まじい。
高校でもファンクラブが結成されそうな勢いである。
――そんなことより東城だ。どうしよう?
綾がニッコリと笑顔を見せてくれる。
その場で身悶えしたくなるほどの可愛さだ。
必死に理性で抑え込みながらの一言。
「か、帰るか?」
「うん」
周りの嫉妬から逃れるためにも早めにその場を去る。
肩を並べるようにしてついて行く綾。
下駄箱で靴を履き替えて校門を抜けていく。
「真中くん、部活はいつ作るの? 学校生活に慣れてから?」
淳平にとっては非常にありがたい話題である。
何を話せばいいのか分からなかったから。
夢の映画作りとなればワクワクと胸が躍って高揚感が増す。
「そうだな。なるべく早めに作ろうとは思ってる。というか条件ちゃんと調べてないな」
「部員が5人以上というのは聞いてるけど、他の条件も調べたほうがいいよね?」
「そうだな。明日になったら調べておこうか」
「うん」
これで話は終了である。
あとは沈黙タイムで帰路を一緒に歩くだけ。
――しまった!! 話が途切れて何も言えない!!
好きな映画の話でもするか?
それを綾が好むかどうかは分からない。
退屈をさせてしまうかもしれないし、あるいは変な人だと思われてしまうかもしれない。
過去の事例で、力也から空想癖で呆れられたことが数知れずにあったから。
――もう少し様子を見よう。
綾の横顔を見つめるとチラリと目が合う。
「なに真中くん?」
「あ、いや……えっと……」
綺麗だから見惚れていたと言うのは恥ずかしい。
ずっと見ていたいような気持ちになってくる。
でもジロジロ見るのは綾にとって嫌かもしれない。
「あのさ東城……」
とにかく何でもいいから話をしてみよう。
そうでないと間が持たない。
内心で焦りながら淳平は話題を振った。
「弟は元気にしてる?」
困った時の正太郎頼り。
これで大抵は何とかなる。
事実、綾も充分な対応ができる。
「賑やかになるほど元気だよ。今度は正太郎が受験生になるから、頑張って勉強していくと思う」
「東城弟って成績はいいの?」
「うん。国語と数学なら私よりも上だよ。その内、英語もそうなっちゃいそう」
「マジで!?」
「国語は遥お姉ちゃん、数学は黒川先生、英語は美鈴ちゃんが教えているから」
三人の指導により正太郎の学力が大幅に上がっている。
特に英語嫌いを克服させた美鈴の功績は計り知れない。
姉として厚くお礼を言ってしまうぐらいである。
「そして、正太郎が中間くんに国語と数学を教えている。素敵な師弟関係になって勉強が受け継がれていくなんてスゴイ事だよね」
「師匠なんて呼ばれてたな。東城弟もノリノリで相手していたし」
「ちょっと変な所もあるけど、正太郎は相手の為に全力を尽くすの。嫌いな英語も映制のために頑張って克服したの、ちゃんと分かってるから」
「映制か……ホント対決する時が怖いな。東城は勝てると思う?」
「勝てるかどうかはやってみないと分からない。きっと正太郎も同じことを言っちゃうよ」
こうして正太郎の話で盛り上がって東城家へ到着。
玄関周りで掃除をしている正太郎がいた。
「お帰りねーちゃん、カントクはいらっしゃいだな」
「ただいま正太郎。今日は掃除当番?」
「ああ。洗濯ものは取り込んだし、あとは掃除のほうだ」
「えっ? 東城弟って家事やってるの?」
「手伝いだけッスよ。かーちゃんの仕事を取り上げるつもりはないんで」
「偉いな。オレなんてたまに自分の部屋を片付けるぐらいなのに」
「家事は生活する上で必要なんッスよ。だから覚えておいて損はないッス」
淳平は家事の邪魔をしては悪いからと話を切り上げる。
そして綾にまた明日と言ってその場を離れた。
――オレもちょっとぐらいは家事やろうかな?
自分の身の回りぐらいは自分で出来たほうがいい。
いつまでも親に迷惑をかけられないから。
少しずつでもやれば将来的に役に立つかもしれない。
………………。
…………。
……。
さつきと正太郎との連絡手段がない。
伝言を預けた淳平は忘れてしまっている。
ヒロシが仲介役として繋げてくれた。
大きな公園の広場で空手の指導を受ける。
さつきから彼女も一緒でいいと了解済み。
むしろ一緒にやればいいと言ってくれた。
ちなみとしては断る理由がない。
瞑想・準備運動・ストレッチ・姿勢・動作などの基礎固めを徹底する。
どの分野でも基本という土台作りが不可欠だ。
それなくして上達はあり得ない。
「わたし、もうダメ」
「ちなみは少し休め。オレはまだまだいけるぜ。内場の熱血漫画みたいで楽しい」
「強がりには全く見えないね。本気で楽しんでいるのは見てて分かるよ」
「いかにも修行してるってのが最高だぜ。やっぱ修行といえば武術の稽古だろうってな」
「地味な練習でもか?」
「地味だからこそいいんだよ。そこを分からないヤツらが多すぎる」
真顔でキッパリと言ってのける。
まだ元気が有り余っているようだ。
「フフッ、ホント変わった男だ。名前で呼んでもいいかい? 苗字はお姉さんと被るだろう」
「オレは別にいいけど、ちなみのほうは何で呼ぶの?」
「んー、どう呼ばれたい?」
「端本でお願いします」
「あいよ。よろしくな端本。あ、正太郎そこ軸がズレてる」
「おっと……こうか?」
「それでいい。重心を安定させればズレなくなるから慣れなよ」
「了解」
こうして時間のある時はさつきに鍛錬をしてもらう。
おかげで体力や筋力などの運動能力が上がったのは間違いない。
さつきも教えることが楽しくてたまらない。
素直に教わって成長する正太郎の姿で達成感を得ていく。
「さっちゃんは映研に入らないのか?」
「まずは様子見だね。作られてから考えるさ」
「え? まだ作られてないの?」
「入学して日が浅いからね。学校生活に慣れてから作るんじゃないか?」
「なるほど。高校生活って中学と違う?」
「やってる事はそんなに変わらない。授業があって、テストを受けて、課題があるのは中学と同じだろう」
「内容はヤバいって聞くけど?」
「あーうん。ヤバい」
「そうなんだ。この空手で勉強という敵を倒せたらいいのに」
ゆっくりとした動作で右の正拳突き。
姿勢を正して重心を安定させて突き出された拳。
さつきの見る限り、フォームに問題はなかった。
「端本、ホントいい男を持ったね」
「はい。素敵な彼氏を持てたことが誇らしいです」
「そこに至るまでの苦労もあっただろうな」
「はい。でもしょーくんを誰にも渡したくなかったから、どんな苦労もイヤじゃなかったです」
「一途な恋か……あたしも恋に限らず、何か一つに打ち込めるモノがあればいいな」
「きっと見つかりますよ。さつきさんほど素敵な人なら男の人も放っておかないのでは?」
「あいにく、あたしみたいながさつな女は人気がないのさ。西野や東城みたいな女の子らしい可愛さや美人じゃないとね」
「そうですか? 健康的なスタイルに整った顔立ちのさつきさんは素晴らしいと思いますけど?」
「あー、スケベな男には興味ないからあたし」
「わかります。下心丸出しの男はわたしもノーサンキューです」
男の談義になると話が合う二人。
好みのタイプが似ているのかもしれない。
稽古が終わった時にさつきは本音を漏らす。
「あたしは男に生まれたかったね。そしたら男の友達と馬鹿やったり、遊んだり、暴れまわったりしてただろうさ」
「さっちゃんは女であることが嫌い?」
「いや、女は女で悪くない。どっちかを選べと言われたら男を選ぶだけの話さ」
「オレは期間限定で女になってみたいな」
「しょーくん、理由を聞いてもいい?」
「男の時と比べるためだ。それでどう違うのかを確認したい。そうすれば小説で女を書く時により正確な表現ができるから」
「そういう事なら、わたしも期間限定で男になってみたいな。それでしょーくんをより知っていきたいから」
雑談もそこそこに帰ることにする。
さつきと別れて、正太郎は家までちなみを送っていく。
少し離れているのは汗を気にしてのことだろう。
「好きって言うタイミングは難しい。唐突に言えばビックリさせちゃうし、宣言してから言うのは変だと思うし」
「そういうムードになったら正直に伝えてみるとか?」
「それって……き、キスした後か?」
「照れるしょーくんがカワイイ。でもそうだね。あとは帰りの別れ間際とか」
「参考にするよ」
「でもまあ、わたしはしょーくんが言いたい時に言ってくれるのが一番かな」
「そうなのか?」
「うん。気持ちを伝えたいと思った瞬間が一番強いからね」
「……す、すき」
「んー? 遠いからちょっと聞こえなかったよ」
聞こえないように小声で口にした。
多少の距離があればこその呟きである。
「なんでもない」
「なんでもある」
「唯みたいなことするなよ」
「あー、わたしという彼女がいながら唯のことを言うんだ」
「拗ねるなよ。さもないと……」
「さもないと?」
「ちなみの部屋へ押しかけるぞ」
「いつも来てるじゃない」
「今日は汗かいたし、さすがに帰るよ」
「そっか。もっと一緒にいたいのに」
偽りのない本心である。
歩きながら正太郎は自分の手を見つめる。
「どうしたのしょーくん?」
「一緒に帰ってる時、手を繋ぐことが多いからちょっと寂しい」
本心には本心でやり返す。
正太郎の言葉に反応してちなみが静かに手を伸ばした。
態度で示してくれたのでそっと握ってから移動をする。
「家に着いちゃったね」
「うん」
ちなみは手を離さない。
正太郎も手を離さない。
お互いの探り合い。
少しちなみが手の力を緩めると正太郎が強く握る。
逆に正太郎が弱めるとちなみが強く反応してギュっと繋ぐ。
どちらも名残惜しんで切なさを示していた。
「ねえしょーくん」
「なあちなみ」
声を出すタイミングはほぼ同じだった。
もし同一の言葉であればハモっていただろう。
「レディーファースト。ちなみが先で」
「ジェンダーフリー。しょーくんが先で」
使い方が違っても野暮なツッコミはしない。
少し間が開けて見つめ合う。
目は口ほどにモノを言ってくれる。
それでも口で伝えて耳で聞くことも大切。
「好き」
正太郎から真剣に想いを乗せて何も飾らずの告白。
たった二文字だけの短い言葉。
幸せを運んでくれる不思議な魔法のようなもの。
「すき」
ちなみからは懐かしさを込めてのラブコール。
あーちゃんとちーちゃんの頃を振り返った。
今も本質は変わっていない。
現在進行形で最初で最後の恋愛を続けている。
「合図したら同時で」
手を軽く持ち上げながらの提案。
ちなみは頷く。
せーの、という単純な掛け声で同時に手を離した。
「恋愛感情って奥が深い未知の世界だなって思う。もう慣れたと思ってみれば全然だったりしてさ。今だってそうだよ。明日になれば会える楽しみがあるのに、今日の別れが苦しい。プラスとマイナスがゴチャ混ぜになってるんだ」
「本当に不思議だよね。しょーくんと出会ってなかったら、きっと偽り続ける自分を演じていた。悪い方向に進んで相手を信じない自分になっていたと思う」
「小説でもしもシリーズを考えるのはよくやることだよな。でも現実は一度限りの選択を続けていくしかない。そこから巻き戻すことはできないし、当然だけど無かったことにもできない」
「そうだね。わたしが過去を振り返った時、絶対にここだけはやっておいて良かったって思うことはあるよ」
「それは?」
正太郎が先を促す。
ちなみは昔の想いを感じながら答える。
「わたしがしょーくんを選んだ。しょーくんだけが特別だって。わたしの呼び分けを考えてくれたしょーくんへの初恋だから」
「親子感情から恋愛感情に変わったオレとしても初恋になるんだよな。初恋同士で付き合ってるのってかなり珍しいと思うぞ」
「うん。なんか運命的なものを感じちゃうね」
「ちなみの行動あればこそだがな。実力で振り向かせたという恋の勢いが凄まじい。お見事の一言に尽きるぜ」
「そうしないとしょーくん、わたしを子ども扱いし続けていたでしょ?」
「正直、たかがキスと侮ってたぞ。目に見えない愛情を態度で示す最も効果的な方法だろうな」
ちなみの潤いを感じさせる唇に視線を向けた。
キスへの衝動を理性で抑制する。
頭で分かっているのに心が求めてしまう。
「しょーくん、したいの?」
「させてくれるの? 汗かいて嫌がるかなって思ってるんだけど?」
「しょーくんには綺麗なわたしを見てほしいし触れてほしいから」
「それが女心?」
「そうだよ。だからシャワー浴びてくるね」
「わかった。オレも帰ったらシャワーするぜ。清潔は大事だ」
笑顔でまた明日とバイバイをする。
正太郎は一人で帰り道を歩く。
空を見上げて向上心を高める。
今日の自分よりも明日の自分が強く成長できるように。
………………。
…………。
……。
泉坂高校は部活が豊富で充実をしている。
同好会で活動している生徒も多く存在して幅が広い。
正式な部として認められるには主に3つの条件がある。
部員が5名以上であること。
活動する場所が確保されていること。
顧問をしてくれる先生がいること。
動画部こと映像研究部の設立で問題となったのが部室の確保だ。
都合よく空いている教室は存在しない。
そんな所があれば他の部が使っている。
出来立ての部では実績が皆無ゆえに立場が弱い。
他の部と交渉をしても上手くいかなくて当然だ。
淳平は途方に暮れた。
休み時間の教室でヒロシに相談をしているが。
「入学したての僕たちでは相手にされないよ。残念だけど現実を受け止めないとね」
「スタジオを借りるのは?」
「あまり予算が増えると学校側から部費が捻出されなくなるよ」
「そ、それは困る」
「僕としてはパソコンの使用許可がほしいね。それがないと編集がままならない」
夢は途絶えてしまうのか?
無力な淳平は自分の席で落ち込んでしまう。
綾からすれば見るに耐えない。
好きな人の力になるため、時間の合間に顧問となる黒川先生へ相談。
同好会よりも正式な部のほうが部室の優先権がある。
そこを突いて同好会が使っている所を狙えとアドバイスをくれた。
戻ってきた綾につかさが話しかける、
「綾、一人で抱え込まないの。困った時は友達を頼りなよ」
「ごめんねつかさ、今の真中くんを見てられなくてつい……」
「好きな人の事で周りが見えなくなるのは綾の悪い癖だよ。次からはこのつかさを頼りなさい」
「うん、ありがとう」
「それで綾、具体的にどうするの?」
「あのね、黒川先生から聞いたの。同好会が使っている場所なら話し合いができるかもしれない」
「オーケー。じゃあ同好会を調べていけばいいね。皆でやればアッという間に終わるよ」
部室確保のためにヒロシたちにも手伝ってもらう。
その結果、こずえが見つけてくれた。
グラウンドの隅っこであまり目立たない立地。
過去にミステリー研究同好会が使っていた。
なぜ過去形なのか?
同好会メンバーが卒業をしてしまって誰も使わなくなったから。
しかし……。
「うわボロッ!! こんなところホントに使えるの?」
つかさが難色を示すのも無理はない。
それほどに古びた物置小屋だから。
淳平が引戸を手に掛けると汚れが付く。
長いこと掃除をしていないようだ。
内装は広めで戸棚に工具や資材、ボックスにはよく分からない機材が入っている。
ホコリ臭くて天井に蜘蛛の巣が張られている。
踏み入れるたびに板の床が軋み、ホコリが舞うのでメンバーの咳き込みが酷い。
まずは全員で掃除をすることにした。
ゴキブリや蜘蛛の出現で綾とこずえが悲鳴を上げて逃げ回る。
それをヒロシがシャッターチャンスとして撮影。
力也は守りつつもこずえに見惚れるばかりで役に立たない。
淳平は錯乱した綾に押し倒され、しがみつかれての寝技でノックダウン。
小屋の外へ虫を追い払ってくれたのはつかさである。
映研の良心的な存在かもしれない。
「キミたちね、そんなんでどうするの」
この部活は本当に大丈夫なのか?
監督の淳平があまりにも頼りない。
やればできると思いたいが、実績がないので今ひとつ信じきれない。
つかさとしてはもっとしっかりしてほしいと願う。
「とにかく綾、真中くんが気にしてないと言ってるからいつまでもウジウジしない」
「う、うん。本当にごめんなさい真中くん」
「あ、うん。オレは平気ーー」
「ズルいぞ真中!! お前一人だけいい思いしやがって!!」
「うるさい小宮山!! お前こそ向井にデレデレしてたじゃねえか!!」
「こずえちゃんは可愛いから仕方ねーだろ!!」
「力也さん。か、かわいいってそんなことーー」
「はいストップ向井さん!! 妄想は後にしようね!!」
つかさに注意をされてこずえは大人しく頷く。
淳平と力也の口喧嘩も仲裁して掃除を再開させる。
綾が転びそうになり、つかさが支えてフォローをした。
ーーこれ、あたしがしっかりしないとダメな感じ?
淳平は情緒不安定で頼りない。
力也はこずえのことしか目に入らずに暴走しがち。
ヒロシは女の子の撮影に夢中となる変態。
綾はドジで転んだり物を落としたりで不安。
こずえは力也の妄想を多発させる。
――まともなの、もしかしてあたしだけ!?
つかさは頭を抱えたくなった。
見捨てるつもりはないが、このままでは心労が絶えない。
もう一人ぐらいはまともな部員がいてほしい。
そんなつかさの願いが届くのはもう少し先である。
………………。
…………。
……。
泉坂高校に動画部が新たに作られた。
手続き上の表向きな名称。
実際は下の部門名で映像研究部の設立だ。
グラウンドの端っこにある物置小屋。
その引き戸に動画部の張り紙がつけてある。
「真中、ここにパソコンは置けないね」
「無理だよ外村。コンセントも見当たらないし」
「真中、こんな湿気た所じゃなくてよ。もっといい部屋ないのか?」
「無茶言うなよ小宮山。他にはどこにもないんだって」
「真中くん、ここって窓ないし、換気は引き戸を開けるしかないよね?」
「い、一応通気口らしきものはあるけど、西野の言う通り引き戸で換気するしかないかな」
「ま、真中さん、引き戸を締めたら暗いです」
「仕方ないよ向井。この物置に電灯がないから」
「真中くん、これからどうしよう?」
綾に言われて淳平は悩む。
どこから手をつければいいのか不透明だ。
顧問の黒川先生は職員会議中で相談ができない。
「外村、なんかないか?」
「僕? そうだね、映研が設立したお祝いにパーティーでもどうだい?」
「おっいいじゃん!! それしようぜ真中!!」
「あ、あたしも力也さんに賛成です」
「うん、部活初日に乾杯は悪くないね。綾はどう思う?」
「いいと思う。まずは部ができたことを喜びたいから」
ヒロシの発案が採用。
どこで乾杯するかで話し合っていた時だった。
引戸からノックの音が響く。
「オレ出るよ」
淳平が返事をして引戸を開けた。
そこにいたのはーー。
「ここの部長に用があるんだけど?」
北大路さつきである。
さつきの問いかけに淳平が対応をする。
「それならオレだよ」
「……唯から話は聞いてるけど、本当にアンタが部長? 冗談じゃなくて?」
「なんだよ。オレが部長だと文句あるのか?」
「正太郎に比べて全然頼りなさそう」
「ぐふっ!!」
精神的に痛恨の一撃を食らってその場で崩れ落ちた。
本人も自覚はしている。
しかも比べる相手が悪すぎる。
さつきの一言につかさが同意をして頷く。
ここで綾が必死でフォローしようとさつきの前に出た。
「真中くんもいい所はあります!! や、優しい所とか」
「他には? 優しい以外で」
「えっと……夢を持って頑張る所」
「この二つだけ? 他にいい所はないの?」
「う……」
「ま、いっか。別に意地悪しに来たんじゃないよ。あたしの用はこの部活の見学希望さ」
さつきは入部するか否かを検討している。
どのような活動をしているのかに興味がある。
しかし内容が分からないと安易な決断はできない。
その判断材料とするための見学だ。
「ようこそ動画部こと映像研究部へ!! キミのような素敵な人なら大歓迎だよ!!」
「おい、ここに変態が混ざってるのか。あと非常識なトゲトゲ頭もいるのか」
さつきは嫌そうな顔でヒロシと力也にガンを飛ばす。
ヘタレと変態と非常識。
どれもまともな男子に見えない。
ヒロシが盗み撮りをしようとカメラを取り出した瞬間。
そのカメラのレンズをさつきの拳が寸止めされていた。
「次は当てるからな」
「あ、あはは……」
残心という名の威圧で精神的に叩き潰された。
最後通告を無視できるほどヒロシも愚かではない。
さつきはやると言ったら本気でやる人だ。
「あたし、西野つかさ。よろしくね北大路さん」
「さつきでいいよ。さん付けもいらない」
「それならあたしもつかさの呼び捨てでいいから。というよりもあたしの場合、さん付けにするとつかささんになって呼びにくいからね」
「確かに。あたしの北大路よりも更に呼びにくい人に会ったのは初めてだよ」
つかさとさつきはお互いに親近感が湧く。
平仮名の名前で同じような文字が使われているから。
つかさにしてみれば、さつきという常識人がいてくれて助かる気持ちが大きい。
さつきにしても男子が悪印象ゆえに、明らかに苦労しているだろうつかさに同情を覚えた。
「それで見学してもいいのかい?」
「あたしはいいけど、決めるのは部長の真中くんだからね」
「あれが部長で大丈夫なのか?」
「うーん、正直あたしも不安があるけど今後に期待ということで」
「さ、さっきから聞いていればオレってそんなに頼りないのかよ!!」
「つかさが部長をしたほうがいい、とあたしは思ってしまうよ」
「あはは、堅苦しい肩書きは苦手だから、あたしは真中くんが部長でいいよ。もう少ししっかりしてくれたらとは思うけどね」
「真中くん、北大路さんの見学はどうするの?」
綾の言葉に淳平は冷静を取り戻す。
見学自体は別に悪いことではない。
入部の参考にするという正当な理由もある。
だから淳平としては断ることはしない。
自分の評価が悪いことは仕方がない。
映画作りで結果を出して見返しをすればいい。
「よろしく北大路、オレのことは真中でもじゅーー」
「よろしくヘタレ」
「誰がヘタレだ!?」
「あたしは気に入った相手以外の名前を覚えるのが苦手でね。だから覚えやすい呼び方で呼ぶのさ」
「だからってヘタレはないだろ!!」
「ヘタレに変態にトゲ頭で覚えた。悔しかったら、いい映画を作ってあたしの鼻を明かしてみな」
「言ったな!! 今に見てろよ、スゴイ映画作ってお前を見返してやるからな!!」
さつきの挑発にまんまと乗ってしまう。
その単純さは嫌いではない。
切り替えて前に進むことを楽しみにしておく。
これを見たつかさが心の中で評価をする。
さつきが淳平のこれからに期待をしていることが分かったから。
綾も最初は好きな人を悪く言われて少し嫌な印象だった。
今は厳しそうだけど本当は優しい人だと考えを改める。
その後、お菓子やジュースの買い出しをして、部室でささやかなお祝い。
さつきも含めて映研メンバーで親睦を深めていった。