青春100% 作:完結の陽炎
ちゃんとした部室を得るには実績が求められる。
映画を作って外部のコンテストへ応募して賞を取るか、嵐泉祭の上位ランキングに選ばれるか。
どちらにせよ、秋までは物置のボロ小屋で我慢をするしかない。
しかし問題が多すぎる。
劣悪な環境で冷暖房がないから夏や冬の使用は不可。
コンセントがなく電灯もパソコンも使えない。
そもそも学校側からの使用許可も出ていない。
黒川先生から部費の支給について、あまり期待をしないように言われた。
出来立ての部活に軽々しくお金を出せるほど甘くはない。
――なんかバラバラだよな。
各自の事情や都合があるので、毎日の参加という訳にはいかない。
集まる時は集まるが、集まらない時はとことん集まらない
真剣に映画を作ろうとしている淳平と綾。
それ以外のメンバーはそこまでの熱意はない。
こずえは男慣れをしていないから、力也の背中に隠れて多少話せたとしても近寄れない。
家の事情で参加できない日もある。
力也はこずえにしか目に入らず、映画なんてどうでもいいという印象が拭えない。
こずえが参加しなければ力也もセットで不参加だ。
ヒロシは自由奔放で勝手な行動をとりやすい。
大人の魅力に溢れる黒川先生に夢中で、親しい女子の写真を撮りたがる。
自分の目的で映研を利用しているように見えてしまう。
つかさが唯一の良心で参加している時は何かとフォローをしてくれる。
だが、つかさにも都合がある。
部活だけを優先する訳にはいかない。
将来に向けてお菓子の業界研究のため調べ物をしているから。
「こういう日もあるよな」
「そうだね」
「映制だったら違うのかな?」
「どうだろうね? でも打ち合わせとかしっかりやってるみたい」
映研と違って美鈴を監督にメンバーがやる気に満ちている。
水面下の準備段階で、調べたり練習をしたりで行動力も高い。
遠くにいる唯でも手紙の情報交換を徹底している。
「なんかこう……皆のやる気っていうかな? そりゃあ皆にも事情があるけどさ」
「真中くん外に行こうよ。気分転換になるから」
「そ、そうだな」
二人だけでは何も始められない。
小屋を出てサッカー部の練習試合を遠巻きに眺める。
――なんかオレだけがマジになってるみたいで、他はそうでもないんだな。東城は別だけど。
理想と現実との違いがここにあり。
まだ何も始まっていない。
やっとのことで映研の設立はしたのに、そこから先が全く見えない。
「一応、下校時間までは残ってみるか。新入部員が来てくれるかもしれないし」
「うん」
適度に気分転換をしながら小屋の中で二人っきり。
異性を意識してしまって淳平の態度はぎこちない。
綾も緊張が伝わってしまい、チラ見で恥じらいを示す。
――ヤバい。二人っきりだと間が持たない。え、エッチな事なんて考えないぞ。
考えまいとすればするほどドツボにハマる。
心の中で悪魔の囁きがしてくる。
付き合ってるのだから襲ってもいいではないかと。
どうせ誰も来ないし見ていないから。
――ち、ちょっとだけなら……東城の反応を見よう。
嫌がったらやめればいいさと心が屈する。
誰も来ないからこその投げやりでやけくそな気分。
淳平は大胆にも綾の両肩に手をつけた。
「ま、真中くん?」
いきなりのことで綾が戸惑っている。
困ったようなそうでないような曖昧な表情。
静かに見つめ合ってみる。
――東城、嫌がってくれ。そしたらやめるから。
思考が淳平の中で駆け巡っている。
心臓の鼓動が早く鳴って興奮が高まってしまう。
しばらくして綾が恥ずかしそうに目を閉じた。
それにより淳平の頭の中が大混乱である。
――いやいやそんなつもりは。ただ反応が知りたくて。
すっかり甘いムードに流されてしまっている。
だから止まれない。
ゆっくりと顔を近づけた次の瞬間。
「おーい今日も見学――ってあれ何? 今回は二人だけかい?」
当番の掃除が終わって部室へ来たのはさつき。
まだ正式な入部はしていない。
ちゃんとした映画が作れるのかを見ていないから。
さつきが引き戸を開けた途端にビビりの淳平がすぐに離れた。
ある意味、逃げに関しては上手いのかもしれない。
「ん? 他のメンバーがいないね?」
「皆、用事があって来ないよ。いるのはオレと東城だけだ」
「なんだい、そんな調子で本当に映画が作れるのか?」
「た、たまたまだ。皆にも都合ってものがあるからな」
「ふーん、それで今日は何をするつもりだい?」
「新入部員が来るかもしれないから待機だ」
「ただ待つだけ?」
「仕方ねえだろ。二人だけだと出来ることがないし」
「そうか? ま、あたしは見学者だし、今日も様子を見させてもらうよ」
二人っきりではぎこちなくなるので淳平としては助かる。
ただ綾はどうだろうか?
二人だけの時間、期待をしていないといえば嘘になるだろう。
事実、淳平に肩を掴まれた時は少し怖くても勇気を出して目を閉じたのだ。
顔が近付いて来た時の気配は分かった。
さつきが来なかったら……そこまで考えて恥ずかしくなったのだろう。
ひたすら俯いてしまい、まともに淳平の顔が見れない。
「正太郎はスジがいい。あたしが教えた空手の型をしっかりマネしてくる」
ヒマだからとさつきが話しかけてくれた。
しかも内容は正太郎である。
弟のことになると綾の切り替えが早い。
「北大路さん大丈夫? 正太郎のワガママで迷惑かけてない?」
「大丈夫だよ。ひたすら楽しく稽古してたから。東城はいい弟もってるな」
「あの子って口が悪いから。北大路さんにすごい失礼な態度しちゃうかも」
「ため口は全然いいさ。堅苦しいのもお互い苦手だしな。あたしとしては大歓迎だよ」
お姉ちゃんとして心配をする綾。
そんな一面を見られた淳平は役得を感じた。
そういう所も含めて好きだから。
――東城ってホントいい女の子だよな。オレにはもったいないって。
もっと他にいい男がいるだろう。
それでも選んでくれたのは何故だろう?
――ちょっと気になる。オレのどこを好きになったんだろう?
さつきと綾の雑談を見守りながらも気に掛けた。
やがて下校時間になったので今日はお開き。
また今度気が向いたら見学に行くと言って去っていった。
「オレらも帰ろうか?」
「うん」
帰り道で淳平はタイミングを計っていた。
言っていいものかどうか迷ってもいる。
しかし黙ったままも間が持たないので。
「東城、ひとつ訊いていい?」
「いいけど、どうしたの?」
「東城ってさ、オレのどこを好きになってくれたの?」
「えっ!? そ、そんな急に言われても……」
「あ、いや。ちょっと気になってさ。オレって好かれる所があんまりないっていうか」
美鈴やちなみを持ち出して嫌われていることを主張。
さつきも好意的かどうかは微妙なところ。
こずえにいたっては相変わらず距離が置かれたままだ。
つかさは普通だろうか?
嫌われていないと思いたい。
「真中くんは……私の小説で、初めて世界に触れてくれた特別な人だから」
綾の小説を認めて褒めてくれた。
その価値観が淳平への好意を高める。
淳平にとっては大したことでなくても綾にとってはそうではない。
綾の小説で淳平が映画を作る。
そんな未来のある夢に引き込まれていった。
「そっか。オレと東城の夢、まだこれからなんだよな」
「うん」
「でもどうしたらいいんだろう? どこから手をつけたらいいのか?」
「……真中くん、まずは部活の日程を考えたほうがいいと思うの。皆の都合のいい日と悪い日も調べたほうがいいかなって」
「確かに。いつ部活やるのかってハッキリしないと、集まりが悪くなるのは当たり前だよな」
この日は活動日だと明確にする必要がある。
綾の意見を採用して、皆の都合を調べることにした。
「オレは小宮山と外村に聞いてみる」
「私はつかさと向井さんだね」
次の日から確認して、絶対にその日だけは無理というのはなかった。
同時に毎日は辛いから、何日かは休みたいという意見が全員にあった。
放課後の部室で、淳平は綾と一緒に活動日を話し合う。
「週に1回は皆で集まってミーティングをしたいな」
「週末や祝日はお休みにしたほうがいいと思う。きっと休みの日に部活をしたくない人がいるから」
「じゃあ平日を活動日にして……ミーティングは始まりの月曜で固定したほうがいいか。今週はこれをやるとか、この日は出られないとか話し合えるし」
「それがいいと思う。あと部費の問題をミーティングで出して話し合ったらどうかな?」
「確かに。それを早めに何とかしないと、秋の嵐泉祭までに間に合わなくなるよな」
「撮影でどんな資材が必要かも出しておかないとね」
「外村が言ってたパソコンもあるし。ビデオカメラ以外でも小道具とか衣装とか、必要なものが出てきたら、その分もお金が必要になってくるんだよな」
淳平の中で危機感が芽生えた。
問題が山積みであり、やることがとにかく多い。
綾に一つずつ頑張ってやっていこうと励まされる。
淳平は強く頷き、映画作りの夢を果たそうと奮起した。
………………。
…………。
……。
映像研究日の週初ミーティング。
事前に伝えてメンバーが部室へ集まってくれる。
部員ではないが、見学者のさつきにも知らせて来てくれた。
「皆、集まってくれてありがとう。色々とやることが多すぎてオレと東城だけではとても手が足りないんだ」
「秋の嵐泉祭までに映画を作りたい。でも作るためのお金がない。学校からの支給がほとんど無理だって黒川先生から言われちゃってるから」
淳平と綾の言葉に耳を傾ける一同。
今後の目標と問題点を挙げてくれる。
それで困っているというのはよく分かった。
「それならバイトして部費を稼ぐしかないよね?」
つかさはバイト探しをしているのもあって自然と意見に出た。
その流れに乗ってヒロシも話に加わる。
「撮影をいつから始めるかによるけど、少なくとも長期バイトは除かないといけないね」
高校生OKの短期バイトが条件となる。
撮影は遅くても夏休み中には開始しないといけない。
短期バイトは夏休みが時期として最適だが、それでは撮影を被ってしまって都合が悪い。
今が5月を迎えており、2か月ぐらいで部費を抑えておきたい。
「僕が知り合った伝手で良ければ紹介できるかもしれないけど?」
ヒロシの言葉に淳平がつられそうになるが、つかさが遮った。
飛びつく前にどんな内容のバイトで伝手がどんな人なのかを知りたい。
慎重なつかさがいてくれてホッとする綾がいた。
「金持ち息子で同い年の天地という面白いヤツがいるんだ。ネットで知り合い、オフ会もやって連絡先の交換もしている」
「外村、パソコンを持ってるのか?」
「いや、学校の実習時間とかにササっとね。あとCG部に知り合いがいるから、少しだけパソコンを使わせてもらったりするよ」
淳平の問いに答えるヒロシの底が見えない。
ただの変態ではないと見学者のさつきが見定める。
何ともしたたかなヤツだと少し見直していた。
「出所がハッキリしてるなら心配しなくても良さそうだね」
つかさは納得をしたようで懸念を振り払う。
だが力也はこずえのことを気にして確かめる。
「こずえちゃん、知らない男と会っても大丈夫か?」
「だ、大丈夫。力也さんが守ってくれるなら」
「おう、それなら任せろ。どんなヤツが相手でもこずえちゃんには指一本触れさせないぜ」
「はうっ……」
力也とこずえのイチャイチャに周りは苦笑い。
止めるのもバカバカしいとつかさはあえてスルーだ。
バイトの件はヒロシに任せて次の議題へ入る。
どんな小道具や衣装などが必要になるのか?
それは綾の脚本によって左右されるだろう。
切り札となる夏に歌う者は来年に使うので、今年の脚本とは別である。
過去に正太郎との交換日記を通じて書いた小説はある。
それを監督の淳平に見せてOKが出たら脚本の形式に整えるつもりだ。
ダメだった場合は、夏休みまでに新たに書くから今週中には結論を出してもらう。
「ひとまずこんな所で、ミーティングは終わりかな?」
「真中くん、明日もこの部室は開けておくの?」
「一応、北大路みたいに見学したい人とか入部希望者が出てくるかもしれないから開けるよ」
次に全員が集まるのは来週だ。
それまでは来てもいいし来なくてもいい。
今の段階では出来ることが限られているから。
こうして映研は一歩ずつ前進をしていく。
………………。
…………。
……。
正太郎との交換日記で数々の小説を書いてきた。
その中から映画に使えそうなものを選んで脚本化にすればいい。
綾が手に取ったのは昭和初期を舞台にした作品。
引っ込み思案だけど優しい心の持つ旧家の令嬢が主人公。
使用人との身分差における悲恋な物語。
――正太郎の二次創作ではもう少し前向きに書かれたけど。
なぜ引っ込み思案になったのかという細かい家庭の経緯。
優しい心を保てたのは、使用人がサービスをした温かい紅茶と御守りの贈り物によるエピソードの追加。
消極的な自分を変えたい令嬢。
自信をつけるために茶道・華道・書道など何か一つでもいいからと頑張っていく様子。
周りの登場人物が不幸すぎるので、それをフォローするため不幸ながらも前向きに突き進む方向性に設定を改変。
嘘っぽくならないように、それ相応の配慮がされていた。
それに令嬢も影響を受けて、結末の悲恋は変わらないが、叶わない恋を糧にして立派に成長をするようになっている。
幻想的な儚さで感動をさせる綾と違い、現実的に突き進む正太郎との違いである。
――使用人が小宮山くんで令嬢は向井さんで合うかな?
二人の立ち位置からしてハマり役といえる。
しかしこずえが力也以外の男子が苦手というのは気にかかる。
また力也がちゃんと演技できるかどうかの不安もある。
――真中くんにストーリーを見せて相談しよう。
綾が一人で判断することではない。
淳平と一緒に夢を追うのだから、淳平の意思を確認すべきだ。
次の日の放課後。
淳平に作品を渡して読んでもらう。
部室に来ているのは淳平と綾の二人っきりだ。
感受性の高い淳平は小説を見て涙を流す。
「やっぱ東城の書くストーリーは最高だーっ!!」
ハンカチを渡して淳平が涙を拭い取る。
映画化についてはOKが出た。
あとは演ずる人を誰にするかである。
「私は向井さんがいいと思うんだけど、使用人は小宮山くんで」
「うーん、確かに向井が合ってるかな? 小宮山も付き人が似合ってるし」
配役としては悪くないように淳平も思う。
でも本人の意思をなくして勝手には決められない。
「オレ、小宮山に訊いてみるよ。東城は向井で」
「うんわかった」
次の日に確認したところ、力也はこずえが相手ならと迷わずOK。
こずえのほうは小説を見てから考えさせてと言ってきた。
もっともなことである。
放課後の部室で淳平、綾、力也、こずえの4人が集まった。
そしてこずえが作品に目を通していくと。
「主人公の幸せが全然ないのは良くない!! もっと幸せになってこそ設定が活きるよ絶対!!」
妄想スキルを持つこずえは理想主義者。
悲恋ストーリーに強く異論を唱えた。
大人しいこずえの意外な一面に淳平が驚く。
力也はデレデレと鼻の下を伸ばす。
そして作者の綾がこずえに応じた。
「でもご都合主義にするとリアリティに欠けちゃうから」
「それに序盤の内容を映像にしちゃうのは難しいと思う」
「映像化は外村くんがパソコンを使ってくれたら大丈夫だと思うの」
「でもラストは変えてほしい!! これじゃあ登場する人物が全員不幸すぎて悲しすぎるよ!!」
正太郎が二次創作である程度の改変をしたのは、こずえのような読者が出てくることが容易に想像できたから。
キャラのなりきりで感情移入をして書く正太郎には余計に分かりやすかった。
それでも原作の尊重という理念とストーリーの流れからどうしてもラストを変えることはできなかったが。
「正太郎の二次創作なら、もう少し前向きなストーリーになるけど」
「じゃあそれ見せてください」
「うーん、あれは私に向けたもので、他の人に見せることは想定されていないと思うから許可が出ないかも。それに正太郎は映制の一員だから、対決する私たちには見せないかな」
そもそも正太郎の二次創作を使って映画にするのは、盗作というルール違反だ。
なお、二次創作は原作の綾が認めているので、それ自体は問題とならない。
「それなら東城さんが書き直せばいいと思います」
「それは無理かな。正太郎の二次創作を除いて書くのってとても難しいの。正太郎の完成度がアレンジを含めてスゴイから、他に付け込めるような部分がないんだよね」
「東城がそこまで言うほどスゴイのか。やっぱ東城弟が一番敵に回すとヤバいな」
淳平がそう口にするほど脅威的な存在である。
こずえが納得できない物語では演技にも影響を及ぼす。
だからといって綾も創作家として譲れない所はある。
何でもかんでも受け入れて変更という訳にはいかない。
それでは綾の作品ではなく、実質こずえの作品となってしまう。
古き時代の厳しい背景をイメージしているから変えにくいのだ。
「向井さん、この作品で演技するのって難しいかな?」
「はい。主人公が幸せになる設定にしてほしいです。特にラストが悲しすぎるので報われてほしいんです」
「うーん真中くんどうしよう? 変えたほうがいいのかな?」
「んーでもな、あれは悲しいからこそ感動する物語だからな。向井の言いたいことも分かるんだけどさ」
思い悩んでしまう淳平と綾。
こずえとしては二人を困らせるつもりはない。
だからこのような提案を出してきた。
「あのー思ったんですけど、なんで東城さんが出ないんですか? 脚本を書いた本人が演じたほうが確実だと思いますよ」
「そ、そんな無理だよーっ。私に演技なんてできないから。そ、それに相方のこともあるから」
「お相手なら真中さんがいるじゃないですか。二人はお付き合いしているんですから、演技でもいい感じで進めていけるんじゃないですか?」
「お、オレも出るの!? でもオレは監督だし……」
「別に監督だから出たらダメって訳じゃねーだろ。こずえちゃんはそう言いたいんだよなー?」
「はい。力也さんの言う通りです」
何気に力也が割り込んできた。
こずえにいい所を見せたい一心で。
二人にこう言われてタジタジの淳平と綾。
とりあえず皆の意見を聞いたほうがいいので、来週のミーティングで話すことにした。
………………。
…………。
……。
映研ミーティングで配役についての話し合いを開始。
皆に小説を見てもらい、淳平と綾か力也とこずえのどちらが出演に適してるかを投票してもらう。
多数決の結果、満場一致で淳平と綾に向けられた。
この期に及んで綾がつかさを推薦しようとしたが。
「あたしパス。裏方の手伝いをしてみたいし、仮に出るにしても別の配役希望ということで」
「つ、つかさーっ」
「いい加減かくごを決めなよ綾。あ、外村くんはバイトの件どう?」
「うん。割のいいバイトを紹介してくれるよ。さすが金持ちの天地家だね」
バイト先は泉坂高校から歩いて行ける距離にある。
天地レストランのスタッフ募集。
つかさが興味を持ったのはレストランの手作りデザートだ。
しっかりと人員と設備環境が整っており、パティシエ専属のスタッフもいる。
チャンスがあれば学べるかもしれない。
「問題は募集人数が4人だけど、誰が応募するかだね」
「あたし応募したい。パティシエの勉強になるかもしれないから」
「力也さんと一緒ならあたしも応募します」
「おう!! こずえちゃんのためなら何でもやるぜ!!」
「これであとは一人だね。あ、僕は遠慮するよ。他にやることがあるからね」
「東城は脚本に専念してもらうとして、じゃあオレが――」
「ねえ、ちょっといい」
「なんだ北大路?」
淳平が名乗り出ようとして見学者のさつきに声を掛けられる。
さつきは無言で一枚の紙を差し出す。
それを淳平が受け取って確認すると入部届であった。
「そのバイトの最後はあたしが引き受ける。部員になるんだから無関係じゃないよ」
「北大路……いいのか?」
「しっかりとこの目で見極めてさせてもらったからね。まだまだ目につく所は多いけれど、一生懸命にやろうとしているのは分かった。その可能性に期待してあたしも力になるつもりさ」
ニカッと歯を見せて笑顔を見せるさつき。
ヒロシがカメラを手に――。
「ひいっ!!」
できなかった。
さつきの一睨と足先がヒロシへ向けられたから。
すっかりヒロシの行動パターンを見切っている。
「あー、やっぱクセになるねぇー。このぞくぞくとした快感がたまらないよぉー」
発情した獣のように興奮をするヒロシ。
一体どこへ向かっているのか分からない男だ。
「ま、気色悪い変態もいるけどさ。それはそれとして、監督のアンタがどこまでやっていけるのかを見せてもらうよ。だからよろしくな真中」
「あ、ああ!! 存分に見てくれよ北大路!!」
ヘタレから真中へ呼び方が変わった。
さつきに認められた証である。
淳平としてはとても喜ばしいことだ。
傍にいる綾まで嬉しくなってしまう。
こうしてさつきが部員として加入した。
バイトの開始は手続きの関係上で6月からのスタートである。
次の議題は小道具や衣装および撮影する舞台だ。
小説によれば令嬢の和服が必要である。
他のサブヒロインも同様となるだろう。
「あ、それも天地の力を頼れるよ。彼は別荘を持ってるから。あと衣装なども用意できるだろうね。友達ってことで格安にしてもらえるよ」
ヒロシの手腕に淳平たちは何とも言えない表情を浮かべる。
なんでこれだけ出来る人なのに変態であるのかと。
性格はどうであれ、ヒロシに助けられているのは事実。
映研の頭脳として部に欠かせない存在だ。
「よし今日はここまでだな。皆、お疲れ」
淳平の言葉で一同がお疲れと声を上げてから解散。
戸締りのため残ったのは淳平と付き添いの綾。
綾はとてもご機嫌な顔を浮かべている。
「なんか嬉しそうだね東城」
「うん。だって北大路さんが入部してくれて、真中くんを認めてくれたから」
「ああ。最初はちょっと嫌なヤツって思ったけど、オレの為を思ってのイジワルだったんだよな。その期待に応えるためにも、いい映画を作ろう」
「うん。あ、でも……演技は不安だよ。まさか私がやることになるなんて」
「オレもだよ。でも決まったことだし、きっと東城なら上手くやれるって」
「もぉー、他人事みたいに言ってるけど真中くんもだよ」
ふくれっ面をする綾に淳平はごまかすように戸締りをする。
あまりの可愛さに叫びたくなっても必死で耐えた。
暴走しやすい力也のことを笑えない。
――やめて東城!! オレが悶え死ぬから!!
欲望という悪魔の淳平が襲えコールを出してうるさい。
理性という天使の淳平がダメコールを出して抑えてくれる。
最近は妄想よりも善悪の心理戦が多くなった。
お互いに肩を並べて東城の家までの道を歩く。
最初に比べて隣を歩くだけなら慣れてきた。
それでも少しだけ緊張はしてしまうが。
「東城は脚本、皆はバイト、外村は根回しのサポート。オレは……」
監督だからって何もしなくていいのか?
皆の活動をボーと眺めるだけなら誰でも出来てしまう。
淳平は己の存在意義について考えた。
それを感じ取って綾からの誘いが入る。
「真中くん、私と一緒に演技の練習しない?」
「演技か。確かに出るのなら、あらかじめ練習をしたほうがいいよな」
「うん。衣装はないけど台詞を覚えたりするのは、早い内にしたほうがいいよ」
「そうだな。何もしないのは流石に悪いと思っていたから。それをやろう」
綾の機転で淳平が悩まずに済んだ。
好きな人のことだからよく見ている。
支えていきたいという強い意思の表れだ。
「脚本は帰ってから作業するから、部活にいる間に練習がいいと思う」
「あの部室で練習?}
「うん。部室で待機している間がもったいないから、練習で有効活用しないと」
「わかった。明日からよろしく東城」
「こちらこそよろしくね真中くん」
笑顔を向けられるとドキドキして気恥ずかしい。
思わず火照った顔を手で抑えてしまう。
「真中くん? どうしたの?」
「な、なんでも――あっ」
曇り空から雨が降ってきた。
このままでは濡れてしまう。
淳平は傘を持ってきていないので、綾が鞄から折り畳み傘を出して広げた。
「あ、ありがとう」
「ううん。まだ少し家まであるからこれで」
相合傘となって淳平と綾が肩を寄せ合った。
綾が傘を持っており、雨で地面が濡れている。
途中で足を滑らせてしまい尻もちをついた。
「東城大丈夫か!?」
「いたたっ……ごめんね真中くん」
「いいから傘はオレが持つよ。ほら立って」
淳平が右手で傘を持ち、左手で綾の手を握って立ち上がらせる。
近くに落とした鞄を拾って綾に渡した。
膝にすり傷を負っているが歩けないほどではない。
「オレの腕に捕まって。また転んだら危ないし」
「うん。あ、ありがとう」
好きな人の腕にしがみつく綾。
羞恥心を隠すかのように。
離れたくない想いを乗せるかのように
東城家に到着するまでお互いに言葉はなかった。
………………。
…………。
……。
正太郎は知的好奇心の塊だ。
姉を超える野望のためなら何でもやろうとする。
次なるターゲットは……。
「ヒロシ兄さん、パソコンって使えたほうがいいッスか?」
「そうだね。情報化社会としてパソコンは当たり前に使われているから」
「手書きでは速記にしても限界があるッス。でもパソコンなら限界を超えられるッスよ」
ヒロシの部屋で新たな修行を求める正太郎。
中学のパソコン実習だけでは足りない。
パチパチと的確かつ素早くキーボード入力をマスターしたい。
最低限の使い方も覚えてもっと便利に活用したい。
それが小説でも活かせたら言うことなしである。
「わー、すごいね正太郎くん。目がギラギラして向上心に溢れてるようだね」
「日々の修行でレベルアップしてるッスよ。空手とか創作とか指導とか」
「いやはや楽しそうで何よりだよ。そうだね。僕が知り合った天地を当たってみるかい?」
「紹介してくれるなら行くッス」
「あ、でも行くならちなみ様――ちなみちゃんに言ってからのほうがいいよ」
「……また様付けが聞こえたッスよ。あとパソコンの修行は既にちなみに話してるッス」
「また空耳だね。あ、天地は男だからそのつもりでね」
「男同士でも何か嫉妬されそうな……オレにはよく分からない世界ッス」
「うん知らないほうがいいよ。僕も知りたくないし」
変なことを吹き込まないように気を付ける。
正太郎は呑み込みが早いが真に受けやすい欠点もある。
あまり冗談が通じないタイプだ。
「何か手土産持っていったほうがいいッスか?」
「そうだね。キミの書いた小説なんか喜ぶんじゃないかな? 自己アピールにもなるし」
「その人、小説読むッスか?」
「そこまでは聞いてないな」
「オレ、敬語ダメッスよ?」
「今の口調でいけると思うよ。タメ口でも問題なさそうだけど」
「了解ッス。日程が分かったら教えてほしいッス」
正太郎はヒロシの部屋を出てちなみへ連絡をする。
この時のちなみは心配になった。
正太郎の性格上、相手が誰であろうと平等に接するだろう。
たとえ相手が天地財閥の御曹司であってもだ。
行く時は必ずちなみも一緒という条件で了解をする。
「ホント、手あたり次第に色々なことしちゃうんだねしょーくん」
「必要性があるなら学んでおいて損はないからな」
「その貪欲に学ぶ姿勢、ホント感心しちゃう。わたしはそこまで頑張れないよ」
「黒川先生のおかげかな。潜在能力に目覚めてから一気に視野が広がった。あと美鈴のおかげで、嫌いだった英語が今では武器の一つになってるぜ」
「それでやり過ぎて倒れちゃうなんてパターンは認めないからね」
「ごめんなちなみ。こうなると加減がきかないんだ。自分の内なるエネルギーを全部使い切らないと気が済まなくなる感じでさ。黒川先生が言うには若気の至りらしい」
男の子はスケベでエッチという先入観を持つちなみ。
だが正太郎は昇華されてしまって修行に偏っている。
中学3年生になって更なる向上心で突き進もうとした。
「遊び疲れて寝る子どもみたいだね」
「子ども扱いはちょっと……確かにまだ未成年だけどさ」
「本気を出すならわたしの前でしてほしいかな。見てない所で何かあったら心配だよ」
「快適モードは奥の手だから例外として、それを除いての本気はちなみの見てる前のみか」
内場のバトル漫画で自分の力を抑える展開を見たことがある。
いわゆるハンデを背負って戦う形だ。
正太郎は純粋にカッコいいと目をキラキラさせたものだ。
「なりきりキャラの原理を応用して、自分に暗示でもかければ手加減モードができるかもな」
「でもしょーくん、本気がだせないとストレスになるんじゃない?」
「確かに欲求不満のリスクありだ」
「暗示になるか分からないけど、例えば腕時計つけてる間は手加減して、外した時に本気出しちゃうとか?」
「おっ? なんか封印してる感じがして楽しそう。腕時計ならどこで身に付けても不自然じゃないよな。風呂場はさすがに外すけど例外ってことで」
ちなみは半分冗談で言ったつもりだが正太郎は本気である。
今の自分が血気盛んで危ないことを自覚しているのだろう。
何でもいいのでブレーキが必要だと感じていた。
「あ、オレ腕時計なんて持ってないや」
「あたしが持ってるからしょーくんにあげるよ」
「いいのか? 腕時計って高価なイメージがあるぞ」
「そんなことないよ。腕時計もピンキリだからね」
「オレに渡したらちなみが使う腕時計がなくなるんじゃね?」
「壊れたときのための予備があるから平気。ペアルックだよ」
「デザインがお揃いという意味だったよな?」
「そうだよ。これでしょーくんと離れてても繋がれるね」
「まあ、時計を見るたびに思い出せるかな。ちゃんと手加減モードになれそうだ」
次の日に腕時計を受け取って身に着ける。
本革ベルトの数字のアナログ時計だ。
大人になっても使えそうなシンプルなデザインである。
――よし、これを付けてる間の手加減を覚えよう。
付けてる時の勉強と外している時の勉強で訓練をする。
本気と手加減のスイッチが腕時計。
思い込みの暗示をして何度も繰り返す。
――あ、なんか腕時計つけてるとちなみが傍にいる感じだ。
ちなみの言っていた遠くにいても繋がっている不思議な感覚。
雑念で若干の集中力が低下。
でも繋がってる心地よさで恋煩いは発生しない。
――いい感じで手加減モードになれそう。この調子でやるぞ。
切り替えは簡単だがタイミングは難しい。
あまり手加減が長くなると反動が生じるから。
本気を出した時に精神的な消耗が激しくなりそうだ。
そんなこんなで手加減モードの会得を目指した。