青春100%   作:完結の陽炎

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第28話「天地との出会い」

 ヒロシの紹介で天地家の豪邸に足を運んだ。

 漫画に出てきそうな年配の執事が迎えてくれる。

 対応は全てちなみへ丸投げをして正太郎は静かに見守る。

 腕にはお揃いの腕時計を付けていた。

 応接の間で緊張するちなみを落ち着かせる正太郎。

 手を繋いで笑顔を向けるだけでリラックスをした。

 しばらくすると……。

 

「やあ待たせたね」

 

 背丈は正太郎と同じぐらい。

 クセ毛が強めの茶色っぽい黒。

 顔立ちは美形で細すぎず太すぎずの中背中肉。

 態度が金持ち息子を思わせるほどに少し偉そうだったが。

 

 ――ねーちゃんと同じ気配がする。

 

 何となく嫌な予感がしたので備える。

 案の定、何もない床で何故か足を躓ませた。

 それを察知していた正太郎が素早く受け止める。

 

「まさか、ねーちゃんみたいなドジをする人がいるとは驚きッス」

「す、すまない。僕としたことがうっかり……」

「ケガがなくて何よりッスよ。今のは見なかったことにするから仕切り直しをするッス」

「あ、うん。君が外村の言ってた映制の柱という二つ名を持つ東城だな」

「いかにもオレがその東城ッスよ。んで、あっちで嫉妬しているのがちなみッス」

「むぅー」

「おや、せっかくのカワイイ顔が台無しだよレディー」

「わたし、しょーくんの彼女ですから、そういうのはご遠慮ください。そして他を当たってくださいね」

 

 ニコニコとしているが冷たい空気を纏っている。

 普段から女性の味方と豪語する天地。

 ちなみに対して不思議と恐怖をしてしまう。

 

「な、なぜだ……この僕が……お、恐れてるだと……」

「相手が悪かったッスね。ちなみはオレの彼女なんで口説いても無駄ッスよ」

「しょーくん、この人にパソコン教わるの?」

「ヒロシ兄さんから詳細は聞かされていない。行けば分かるとしか言われてないぞ」

「時間がもったいないから、早く本題に入ろうよ」

「ちなみに同感だ。構わないッスね天さん」

「て、てんさん? 僕はあまちであって、てんちではないぞ」

 

 正太郎の呼び方から漢字の読み間違いと受け取る。

 しかし正太郎のあだ名にはあえて理由があった。

 

「天高く立派な人になるだろうという思いをこめての天さんッス。気に入らないなら変更するッスよ」

 

 こう言われては悪い気はしない。

 世辞ではなく本気でそう思っている。

 天地が今まで見てきた男子とは明らかに違う。

 

「そんなことはない。少々驚いたが僕は寛大なんでね。特別にその呼び方を許そう」

「許された。ではパソコンの修行を頼みたいッス」

 

 ヒロシから話は聞いているはずだ。

 お互いに貴重な時間を使っている。

 だから無駄なことはあまりしたくない。

 

「ふむ……確かに手頃なパソコンは幾らでもある。それこそ一台ぐらい譲っても問題ないぐらいにな」

「どんな条件ッスか?」

 

 正太郎は交換条件を尋ねる。

 このキッパリ感が良かったのか。

 天地もしっかりと応じてくれる。

 

「そうだな。君は幼い頃から小説を書いているそうだね」

「ウィッス」

「ならば君の小説を読ませてほしい。これでも僕は読書好きなんでね」

「二次創作でもいいッスか?」

「できればオリジナルを望みたいが別に構わない」

「あいにくオリジナルは少ないんで。天さんが希望する原作の二次創作でも書くッスよ」

「だったらこれを――あれ? どこかへ落としたか?」

「原作名を言ってくれたら何とかするッスよ。できれば図書館にある作品だと無料で借りれていいッスね」

「わ、わかった」

 

 原作の名前をメモして二次創作を書く約束をした。

 先払いなら出直すことになるが、後払いで天地からの了承を得る。

 

「交渉成立ッス。ちなみ、これでパソコンを使いこなせる修行ができるよ」

「良かったねしょーくん」

「……ひとつ尋ねたい。なぜ君はそこまでして修行するんだい?」

「オレには創作で超えたい相手がいるッス」

「それは一体誰だい?」

「ねーちゃん」

「君のお姉さんも創作をしているのかい?」

「元々、ねーちゃんが創作したのをオレがやり返しで書いたのが始まりッスよ」

「ふむ……君のお姉さんに会ってみ――」

「ダメですよ。お姉様には既にお付き合いしている恋人がいますから。それとも天地家のご子息は略奪愛を好んでされるのでしょうか?」

「ひ、人聞きが悪い。僕がただ興味――」

「八方美人な殿方は大変ですよ。サスペンスドラマのような展開にならないことを祈っていますね。あと家族を大切にしましょう」

 

 天地家は評判を大事にしている。

 そこが地に落ちると過大な影響を与えてしまうから。

 大人の事情も色々と大変なことがある。

 もし天地の息子が迂闊なことをすれば、家全体に迷惑が掛かるだろう。

 ちなみは遠回しに、貴方の行動次第で天地家が危なくなると忠告をしている。

 これでは角が立つので正太郎がフォローに回った。

 

「天さんは付き合ってる人いないッスか?」

「あははっ、僕は周りの女性からモテてしまって、お付き合いする特定の女性はいないのさ」

「モテるのって辛くないッスか?」

「辛いね。自分で自分の首を絞めるような感覚だよ」

「オレ、一歩間違えたら天さんみたいになってたッスよ」

「そうなのか? 言われてみると君も相当モテそうな容姿をしているね」

「ちなみに相談して助けてもらったッス。対応を間違うと逆恨みを買いそうで危ないと思ったんで」

「わかる!! まさにそうなんだよ!!」

 

 お互いにモテることの辛さや問題点を喋り合う。

 女性の味方とする天地の裏側がそれだった。

 そうしないと精神的に保てない。

 天地家の評判を落とさないようにも気を付けていた。

 金持ちには金持ちの苦労がある。

 

「僕だって一途に誰かを愛し愛されたいと思ってる!!」

 

 心痛な面持ちをする天地。

 正太郎は腕時計を外して手加減モードを解除。

 本気になるため、後輩口調からため口に切り替える。

 

「天さんの周りは天さんの中身を見ない。金持ちという外側だけの天さんしか見ないと?」

「見透かしたことを言うね。その通りだよ。今までも、そしてこれからも……」

「オレ、敬語嫌いで相手で年上であろうと大人であろうと関係ない。同じ人間として差別をしない。そんな不器用なことしてるんで、天さんのほうが上手く立ち回れて偉いと思う」

「……」

「天さんの外と内の両方を丸ごと見てくれる人が、今後出て来るかは分からない。ただ少なくとも、オレは天高く立派な人になると直感した。天さんというあだ名を含めてオレの本心だよ。長年小説を書いているとさ、ネタ探しの観察で人を見ることも結構やるんで」

「……真っ直ぐな目だ。君は濁りのない綺麗な目をしている」

「天さんも相当人を見てるようだ。観察力でオレと互角に渡り合えるかもしれないな」

 

 男と男の熱き語り合い。

 同じ男だからこそ心に響く。

 初めて理解者に会えた。

 その感動を天地は生涯忘れないだろう。

 

「幼い時に君と会いたかった」

「今では遅いと?」

「いや、そうでもないか。この巡りあわせをしてくれた外村には感謝をしないといけない。アイツはオレの金持ちの力を利用するだけだと疑っていたがな」

「実際に利用しているし。それを分かった上で受け入れる天さんは器が大きい」

「当然だ。これぐらいで目くじらを立てるつもりはないさ」

 

 話の区切りを見て、ちなみが正太郎の背中を突っつく。

 振り返ると外した腕時計を指さしていた。

 

「しょーくん、ちょっと疲れた顔してるよ」

「マジかよ。消耗激しいな。すぐ手加減モードに切り替えだ」

 

 自分では気付かないところを見てくれるのがちなみだ。

 腕時計を着用して心の中で手加減というスイッチに切り替える。

 かつてのちなみがあーちゃんとちーちゃんだった頃のように。

 

「すまない。話し込み過ぎたようだ」

「いや、これはオレの事情ッスよ。ちょっと説明を入れておくッス」

 

 手加減モードにしたことで後輩口調に戻しておく。

 正太郎の潜在能力を含めて天地に話を済ませた。

 

「なんと規格外な……しかし君ほどの男ならあり得るのか」

「若さゆえの暴走ッスね。天さんも気を付けたほうがいいッスよ」

「僕はそこまでじゃないから。きっとそうなるのは君だけだよ」

「そうッスか?」

「ところで君の口調だけど、普通の喋り方にしてくれないかい?」

「いいの?」

「ああ。下手な語尾をつけられても違和感しかないからね」

「わかった。天さんがそこまで言うならタメ口でいくよ」

 

 話もそこそこに天地が別室へ案内をした。

 ハイスペックな機能を持つノートパソコンで操作の練習。

 キーボードも打ちやすく耐久性に優れている。

 

「君は楽しそうだな。そして吞み込みが早い」

「手加減モードだけど、リラックスをしてるから覚えやすいかもな」

「これだけ操作ができれば、あとは自分で少しずつ学べばいいだろう」

「卒業が早いな」

「基本操作を覚えたら、あとは自分で調べて自由に学習するほうがいいのさ」

「パソコンってそういうものなのか。でもこれ本当に貰っていいの?」

「ああ。心の友となった暁として受け取ってくれ。二次創作を楽しみにしているよ」

「抜け目がないな。ま、楽しみにしておくといい」

「パソコンをインターネットに繋げる場合、回線の契約が必要だから家族と相談して決めるといい」

「了解したぜ。これでオレはさらにレベルアップして成長できる」

 

 子どものようにワクワクした顔を浮かべる正太郎。

 それを見た天地の心は和んでいた。

 もし弟がいたらこうなっているのかもしれないと。

 ちなみが面白くなさそうに正太郎の袖を引っ張る。

 

「ねえねえしょーくん、そろそろ帰ろうよ」

「そうだな。二次創作を書いて渡す時はこっちに持って来たらいいのかな?」

「ああ、そうしてくれ。僕がいなくても執事の爺がいつでも対応してくれる」

「了解した」

 

 二人は天地家を離れていく。

 それを静かに見送った天地。

 執事の爺がそっと傍へ寄る。

 

「爺、僕は生まれて初めて本物の男を見たと思っている」

「ぼっちゃま、私は長年お仕えしておりますが、あれほどの御方は中々お目に掛かることが少なくなりました」

「ほぉー、爺がそこまで言うほどに珍しいと?」

「はい。大変に珍しい御方です。些か反抗期は見受けられますが極めて健全かと」

「敬語嫌いと言っていたからな。僕が女性に不信感を抱いているように、彼もまた大人への不信感があるのだろう」

「ぼっちゃま……」

「そんな顔をするな爺。僕とて女性全員を疑ってはいない。その内にいい出会いがあるさ」 

 

 自分の部屋へ戻ろうとしたが豪邸の廊下でコケる。

 綾よりもドジが発動しやすいのかもしれない。

 執事の爺は慣れた様子で手当てを行なった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 東城家でインターネットの固定回線を敷かれて契約がされた。

 天地家の執事から両親へ報告がされ、その両親が東城家へお礼を言ってきたのが要因。

 東城家の両親と姉がビックリ仰天である。

 両親は幅広く活躍する天地財閥を知っており、綾はヒロシを通じて天地レストランを耳にしていた。

 もっともそんな大人の事情に左右されることがない正太郎。

 男の約束を守るために、天地の要望通りに図書館で原作を借りて、そこからの二次創作に取り組む。

 せっかくだからとノートパソコンを使っての創作にチャレンジをした。

 手書きに比べて誤字脱字の見直しチェックに時間が掛かるものの、文字量が圧倒的に増やしやすくなった。

 

 ――あまりパソコンに頼ると漢字忘れが発生するらしいから、手書きとバランスをとって両立するか。

 

 メモでは手書きをする、辞書を引いて調べる、活字の小説を読むなど幾らでも対策は取れる。

 姉との手書き交換日記も充分な対策となっていた。

 今回の日記では天地家の息子が多く書かれる。

 姉と同じドジの使い手であること。

 女性に対してモテすぎて苦労していること。

 天さんというあだ名をつけて将来的に天高く立派な人になると感じたこと等で様々なことが挙げられた。

 姉との予習で天地のことが話題となる。

 

「正太郎が変なことをして、向こうの方々に迷惑を掛けないか心配だよ」

「ちなみが言うには八方美人な所があるらしいから、ねーちゃんと会ったら惚れられるかもしれないな」

「ほ、惚れられるって――そんな困るよ私」

「そうだよな。ねーちゃんには既にカントクという心に決めて尽くしたい相手と付き合ってるワケだし」

「も、もう!! 変なこと言わないの!!」

「とにかく、天地家から譲ってくれたノートパソコンを活用して、オレはさらにレベルアップをする。最強のねーちゃんを超えるために」

「ホントいつもそれなんだから。そこだけは変わらないのね」

「当然だ。それがオレの原動力、超えた先にはちなみとの未来創作が待っている。だから果てしなく上を目指すぜ」

 

 天井に向けて指差しをしてカッコつけたようなポーズを取る。

 そんな弟に微笑ましく見守ってしまう姉。

 ふと腕時計が綾の目についた。

 

「腕時計してるんだ?」

「あ、うん。日記に書いた通り、最近のオレって気が高まりすぎて暴走しがちだからな。ちなみがプレゼントしてくれたお揃いの腕時計で、自分を制御できるようにしている」

「そういう事を現実でしているのは正太郎だけかもしれないね」

「ハンデを背負うってのも悪くないぜ。ずっとは流石にストレス溜まるから程々にガス抜きするけどな。ねーちゃんで言う変装みたいなものだ」

「変装って言わない。あれはあれで大変なんだから」

「もう変装の必要はないだろ。そういえばたまにコンタクトがメガネになる時あるよな?」

「あ、うん。その時の気分によって変える時があるかな。コンタクトは目の中に入れないといけないけど、メガネは掛けるだけでいいからカンタンだし」

「おしゃれを楽しめるのが女の子の特権だな。男のオレはそういうの縁がないし」

「腕時計も充分におしゃれだと思うよ」

「ありがとう。これ付けてると、ちなみと繋がってるようで安心するぜ」

 

 後日、ノートパソコンで作成した二次創作が完成。

 手書きで書くよりも断然に早く終わる。

 問題はプリンターがないので印刷ができないことだ。

 ヒロシを通じて天地家に相談。

 フリーメールを登録してのメール送信を教えてもらう。

 天地とはメールを通じて交流ができるようになった。

 これでヒロシの手を煩わせなくて済む。

 

 ――姉で手書きの交換日記、天さんとパソコンのメール交換。これでバランスが取れるな。

 

 天地の分析をするため、色々な質問をメールでやり取りをする。

 ドジな体質だが容姿端麗の頭脳明晰。

 やや傲慢で自尊心の高さが垣間見えた。

 

 ――天さんって社会の科目が強いな。

 

 天地の得意科目が社会全般。

 その解答に至るまでの過程を熟知している。

 メールで論じ合って盛り上がった。

 機会があればまた会いたいというリクエストも届く。

 

 ――天さんはドジが治れば完璧超人になりそうだ。

 

 改善点として空手が役に立つだろう。

 重心を基礎固めとしているから体勢を崩しにくい。

 移動にも応用が効くはずだ。

 

「さっちゃん、天さんに空手教えてドジ体質の改善させる作戦はどうだ?」

「いきなり何を言い出すんだ?」

「あ、わたしが説明しますよ北大路さん」

 

 公園の広場で空手の稽古が終わっての会話である。

 さつきに説明をしてくれるちなみ。

 天地についてはレストランで名前は聞いてある程度の認識だ。

 

「正太郎、あたしに三人も面倒を見ろと?」

「ちなみはオレが面倒見るんで、さっちゃんは天さんの指導に専念」

「そもそもあたしはやると言ってない。天地レストランのバイトで忙しくなるからな」

「そっか残念。天さんの弱点克服になるかと思ったのに」

「だが、正太郎が気に掛ける男ならマトモそうだな。正直に言えば少し興味がある」

「会ってみる?」

「そうだな。一度ぐらいなら顔を見てみるのも悪くない」

 

 天地とさつきが面会できるように話を取り付ける。

 豪邸までさつきを案内するのが正太郎とちなみ。

 前回と同様に応接の間で天地がやって来る。

 

「やあ待たせてーーうわぁ!!」

 

 ドアを開けて入った矢先の転倒。

 実際に見てもらうため、あえて助けなかった正太郎。

 天地はうつ伏せで鼻を打ってしまい涙目を浮かべている。

 

「さっちゃん、見ての通りだけど、この人がドジ体質を持つ天さん」

「そうか……」

 

 何とも締まらない。

 これが天地財閥の息子だとは信じがたい。

 さつきの第一印象としてはカッコつけたがりのダサいヤツである。

 

「おい立てるか?」

 

 見かねたさつきが手を差し出す。

 それに対して天地は鼻の痛みに耐えながら必死で取り繕う。

 

「あはは、気にしないでくれたまえ。レディーの手を煩わせるのは僕の信条に反するのでね。でも気持ちはありがたくーー」

「あー、その持って回した言い方はやめろ。喋る余裕があるならさっさと立て」

「あ、はい」

「まったく、お前みたいなヤツを見るとイライラして根性叩き直してやりたくなるよ。無理にカッコつけようとするな。その時点で重心が不安定だぞ。せめて受身が取れるようになれ」

 

 さつきのように遠慮なく言ってくる女性を天地は見たことがない。

 どうにも頭が上がらない。

 女性はか弱く守る存在という考えを根底からひっくり返す。

 凛々しく高潔で美しい。

 天地にとって今までに味わったことのない気持ちにさせた。

 

「正太郎、こいつムカつくからあたしが叩き直すよ」

「天さん、さっちゃんの空手指導は厳しいから覚悟したほうがいいよ」

「か、空手? 僕はまだやるとはーー」

「うるさい黙れ」

 

 有無を言わさずにさつきの指導が始まる。

 ごちゃごちゃと言う天地の都合など知ったことではない。

 なぜそこまでするのか?

 さつきから見ても、天地には期待させる何かを秘めている。

 その正体は分からないが、鍛えれば少しはいい男になりそうだ。

 健全な肉体には健全な精神が宿る。

 

 次からは公園の広場で訓練タイム。

 自然のある風景、綺麗な青空、輝く暖かい日光など、鍛えるには良い環境だ。

 天地はなし崩しになりながらも、わざわざ空手着を身につけて鍛錬をする。

 それに負けじと運動着の正太郎も張り切って対抗をする。

 もちろん相方のちなみをないがしろにはしない。

 そうこうしている内に天地の中でさつきの存在が大きくなる。

 こんな事は初めてだと一人になったときに動揺が隠せない。

 

「そうか……これが恋なのか」

 

 自覚をしてから天地の行動は早い。

 そこが淳平とは大きく違う所だろう。

 真っ先に公園でさつきに告げたのだ。

 

「好きださつきさん!! 僕と付き合って下さい!!」

「……ふん!!」

「ぐあっ!!」

 

 掛け声と共に放たれたのは下段回し蹴り。

 体勢で崩れてダウンしてしまう天地。

 それを静かに見守るのが正太郎とちなみである。

 

「冗談は顔だけにしろ!! ドジを治してから出直して来い!!」

「治したら僕と付き合ってくれますか!!」

「黙れ!! 今日は特別にしごいてやるから気張りな!!」

 

 ちなみは見抜いていた。

 さつきが満更でもないことを。

 女の勘は鋭いのである。

 八つ当たりのような訓練で天地が完全に伸びてしまった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 権力を持つ金持ちが本気を出すと止まらない。

 天地はドジを治すために死に物狂いで鍛えた。

 重心のバランスを骨の髄まで叩き込んだ。

 全ては惚れた女のために。振り向かせたい一心で。

 天地レストランでさつきがバイトすることを知り、天地も同じバイトに入り込む。

 さつきが泉坂高校に在籍をしていることを知り、転校して同じクラスになるように天地家の力を借りた。

 

「接客で足を引っ張るんじゃないよ」

「はい。さつきさん」

「学校で周りの女子にモテモテじゃないか。そっちへ行けば?」

「行きません。僕、本気ですから」

「あたしより弱いヤツに興味はないね」

「だったら強くなります!!」

「ほざいたな。やってみろ空手をなめんな」

 

 本当なら映研にも入りたかったが、天地家の事情があって泣く泣く断念。

 跡取り息子ゆえに学業だけでなく、家業もこなさないといけないから。

 それでも今の天地は無敵モードだ。

 さつきに触れることすらできないほど距離があっても諦めない。

 すべてにおいて強くなってやろうと張り切っていく。

 これには正太郎も負けてられないと己を磨くことに。

 天地の行動が今後どのように周りに影響を与えていくのか?

 今の時点では未知なる領域である。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 中学当初は授業についていけなかった。

 精神的にフルボッコにされていた。

 既にあの頃の自分は卒業をして生まれ変わった。

 それでも初心を忘れずに復習と予習は欠かさない。

 ノートパソコンの活用で、勉強だけでなく映制の活動もやりやすくなった。

 おかげで冬に馳せる者の小説から脚本へ変換も大いに捗る。

 

 定期テストが近付くと美鈴の部屋での勉強会。

 内場が美鈴に教わり、ちなみが正太郎に教わる。

 正太郎と美鈴で問答という名の勉強を繰り広げる。

 例えば数学なら暗算で、英語なら発音や速記で攻防戦。

 そんな二人のやり取りに内場とちなみは蚊帳の外である。

 

「僕ら完全に置いてきぼりやで」

「美鈴、本気出してるよ。ペースが早すぎて、わたし全然わかんない」

「僕もや。せやけど東城はついて来れとるみたいやな」

「入学当初は全然だったのに。その時が嘘みたいだね」

「成長するにも程があるやろ。美鈴がチート呼ばわりするのも無理ないで」

 

 潜在能力の覚醒で正太郎の学力が爆発的に向上している。

 追い上げているはずなのに美鈴には一向に届く気がしない。

 正太郎が燃える炎、美鈴は冷たい氷。

 真逆の温度差。

 どれだけ正太郎が完全燃焼しようとも美鈴は冷静沈着であった。

 そして区切りをつけて休憩のティータイムを取る。

 

「アンタの潜在能力、確かに凄まじいけど見過ごせない欠点があるわね」

「それ聞かせてもらおうか。参考にするぜ」

「自分が一番よく分かってるでしょ? 欲望に振り回され過ぎよアンタ」

「若気の至りと黒川先生から指摘されている。まるで暴れ馬に乗っている気分だぜ」

「落馬して倒れられたら迷惑よ。アンタのことだから対策をしているよね?」

「ちなみに相談して、腕時計を装着して手加減モードを試している」

「それで効果出てるの?」

「効果はあるけど抑え続けるとストレスが溜まるから発散するタイミングで難儀する」

「反動が大きいんじゃないの?」

「やはり分かるか。なまじ手加減をしていると、本気を出した時の反動がヤバいんだよ。もはや理性を失った獣みたいで行く所まで行くだろうな」

「それに対しての改善は?」

 

 美鈴に問われて正太郎は一冊のノートを広げる。

 そこに改善の模索が書かれていた。

 手加減モードの状態で反動を緩める工夫が必要。

 理論上は溜め込まれたストレスを抜き取れば済む。

 

「手加減のまま頑張っても不完全燃焼になるから勉強や運動はダメだ。本気を出したくなるから」

「そうね」

「美味しい食べ物や飲み物でリフレッシュする作戦。今のティータイムみたいなことも試した。多少の効果はあるが、ストレスが大きくなると飲み食いが激しくなってかえって体に悪い」

「やけ食いになりやすいのね」

「強引に寝てしまうことも試したが興奮してしまって眠れない。勉強や運動への欲求が高まりすぎて」

「それ、不眠症になってない?」

「本気を出した後は疲労困憊になるから安眠できるぞ」

「遊び疲れた子どもじゃないんだから」

 

 的確に合いの手を入れる美鈴。

 試行錯誤を繰り返して欠点と向き合う正太郎。

 そして行きついた先は……。

 

「ちなみ、ちょっと来て」

「はーい。なにしょーくん?」

「手を繋いでもいい?」

「もちろんいいよ」

 

 正太郎の左手とちなみの右手が恋人繋ぎをする。

 当てつけかと不機嫌そうにする美鈴だが堪えた。

 この状況で意味のないことをするはずがないから。

 

「手加減モードのままでストレスを抜く唯一の改善がこれだ」

「スキンシップだね。愛情でストレスなんて吹っ飛ばすの」

「これに気付いたのは恋煩いが発生した時だ。あれはストレスを抜けという警告だったんだよ」

「へえー、一応理屈は通ってるのね」

「ストレスを抜いた状態で本気を出せば安定する。さっき美鈴との問答で本気を出したけど、事前にちなみとスキンシップをしてストレスを抜いてあるんだよ」

「もし抜いてなかったら?」

「オレがぶっ倒れるまで暴走しただろうな」

「笑えないわね。で、いつまで握ってるつもりよ?」

「離そうとしたけどちなみが――」

「わたしは離そうとしてるよ。でもしょーくんが離してくれないの」

「アンタたち、そういうことは二人だけの時にやりなさい」

 

 ここで正太郎が話を変えてくる。

 冬に馳せる者の脚本化は順調。

 ノートパソコンのおかげで夏休みに入るまでには完成する見込みだ。

 

「便利なパソコンがあってええな東城。羨ましいで」

「そういう内場はカメラの扱いに慣れてきたか?」

「ヒロシさんには及ばんやろうけどちょっとは慣れてきたで」

 

 姉との交換日記で書かれている範囲で映研の話題を出す。

 設立したばかりで部室がボロい物置小屋からのスタート。

 最初は部員の集まりが悪くてバラバラだったが、毎週のミーティングで上手くいった。

 さつきが淳平を認めたことで成長を感じさせる。

 部費の確保のため、一部のメンバーが天地レストランで短期バイトを始めた。

 

「夏休みに撮影をするようだが、別荘を借りての合宿になるらしい」

「別荘なんて持っとるヤツがおるんかい。金持ちやな」

「ヒロシ兄さんが金持ち天さんの力を借りる。その手腕はまさに映研の頭脳だよ」

「合宿っていいよね。わたしたちも来年には合宿しちゃうのかなー?」

「おそらくな。あ、顧問の黒川先生は仕事上、合宿だけに全ての時間を割けないから途中参加になるって。大人って大変なんだな」

「で、アンタは映研の合宿に対して何か考えがあるんでしょ? もったいぶらずに言いなさい」

 

 お見通しの美鈴に促されて意見を出す。

 そもそも映制メンバーは映画の撮影の経験がない。

 練習はしても本番には至っていない。

 それならば今年の映研合宿を見学に行くのはどうだろう。

 実際の撮影を見ることで得られるものは大きいはずである。

 

「問題は三つ。一つは家族の了承を得られるか。二つは映研が見学を認めてくれるか。三つは宿泊費を払えるか」

「東城、僕ら受験生やけど?」

「合宿先でも勉強はできるだろうから除く。それより映研の撮影現場を見学するメリットは大きい」

「わたしは賛成。合宿に行ってみたいし、映研がどんな撮影するか興味もあるよ」

「僕は問題ないで。僕の親がそういう所でアカン言うタイプちゃうし、金は高すぎなければいけると思う」

「わたしもお母さんに事情を言えば出してくれると思う」

「オレの所もちなみと同じになると思うぜ」

「話が行く流れになっているけど、向こうが見学を認めるとは限らないでしょ」

「美鈴、相手はヒロシ兄さん。来るなって言うと思う?」

 

 兄を持ち出されて美鈴は何も言えない。

 沈黙は肯定と受け取る。

 映研から歓迎はあっても拒絶はないはずだ。

 

「美鈴の承諾があれば、オレがヒロシ兄さんに交渉するよ。こっちはあくまでも見学であり、しかも敵の立場だから撮影の手伝いはしない。でもお世話になるから家事は手伝う。どうだ?」

「道理ね。もし兄貴から理不尽な要求があったら突っぱねて」

「当然だ。映制が不利にならないように本気を出すぜ。潜在能力に目覚めた今のオレならヒロシ兄さんが相手でも遅れは取らん」

「せやな。東城がおれば僕らは安心や」

「しょーくん、交渉する前にちなみで抜いてね」

「ちょ、ちょっとちなみ!! 誤解を招く言い方しないの!!」

 

 赤面をして大声を上げる美鈴。

 動揺を隠そうとメガネを触って落ち着こうとする内場。

 正太郎は二人の反応に首をかしげてのハテナマークだ。

 

 まずは宿泊費の金額をヒロシに教えてもらってから交渉。

 映研の代表である淳平から了解を得た。

 この後、唯へ電話をして確認を取る。

 天地財閥の別荘でハッキリとした出所が良かったのだろう。

 合宿についての許可が問題なく下りて費用も負担してくれる。

 他の映制メンバーも特に問題なし。

 こうして映研の合宿に見学という形で参加となった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 映研は7名で、淳平・綾・つかさ・ヒロシ・力也・こずえ・さつき。

 映制は5名で、美鈴・内場・正太郎・ちなみ・唯。

 駅前でメンバーは集合しているが、指定の時間になっても淳平だけが来ていない。

 

「あーあ、これなら唯が引っ張っていけばよかったね」

「遅刻なんて論外。それで監督なんて笑えない冗談よ」

「真中先輩、どこかでトラブルでもあったんとちゃうか?」

「なんで遅れちゃうのかな? せめて連絡を入れるのが普通じゃないの?」

 

 唯・美鈴・内場・ちなみからの発言。

 心配をする内場を除き、映制女子からは不平不満だ。

 そして正太郎から問いかけをする。

 

「カントクに携帯番号を教えてる人っているッスか?」

「僕は教えたけど、きっと真中は忘れてるね」

「ヒロシ兄さんだけッスか。まあ、携帯自体持ってる人が少ないし。とりあえずカントクの家に電話して、家を出たかどうかぐらいは確認したほうがいいッスよ」

「そうだね。僕が掛けてみるよ」

 

 ヒロシが淳平の自宅へ連絡をする。

 淳平の母が応じて今も部屋で寝ていると聞く。

 事情を伝えると、すぐに叩き起こして待ち合わせの場所へ向かわせると言ってくれた。

 そんなヒロシからの報告で大半のメンバーは呆れ果てる。

 

「寝坊とは感心しないな。たるんでるぞ」

 

 さつきが拳と拳を重ねて威圧を醸し出す。

 待ちぼうけを食らって機嫌が悪い。

 遅刻の理由が寝坊だから火に油を注いでいる。

 

「ねーちゃんが迎えに行けばよかったんじゃないか?」

「そ、そうかも……」

 

 正太郎に言われて綾は他に言いようがない。

 フォローをするにも限度がある。

 

「ごめんなこずえちゃん。真中のせいで待たせちまって」

「平気です。力也さんと一緒なら何時間でも待てますから」

「げへへっ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

 力也とこずえは平常運転。

 どれだけ遅刻をしても、この二人なら許されそうだ。

 

「ヒロシ兄さん。ここから電車に乗って、その先で迎えの車が待ってるッスよね?」

「そうだよ」

「カントクの寝坊で遅れるから連絡をしたほうがいいッスよ。迎えの車を待たせてしまうんで」

「確かに」

 

 正太郎に言われてヒロシが天地の携帯へ電話をかける。

 財閥としての心得なのか、ワンコール以内に素早く出てきた。

 ヒロシが理由を添えて遅れることを伝えると。

 

「外村、そこに東城はいるか?」

「一応訊くけど弟のほうだね?」

「ああ」

「いるよ。代わろうか?」

「頼む」

 

 天地から何か用でもあるらしい。

 携帯を渡された正太郎は戸惑う。

 

「ヒロシ兄さん、オレ携帯持ってないから使い方が分からないッス」

「あ、そのまま出たらいいよ。携帯に耳当てるだけで話せるから」

「了解……電話ではお初だな天さん、オレに何か用か?」

「少し確認したいことがある。参加者は全員で何人だい?」

「12人」

「男女別で」

「男が5人で女が7人」

「そうか……困ったな」

「何かそっちでトラブル?」

「ああ。迎えの車を二台用意する手筈だったのだが、ちょっとアクシデントがあってね。一台しか確保されていない」

「その車で何人乗れる?」

「6人までだ」

「タクシーで代案するのは?」

「それが上手く捕まらなくてね。君たちが来た時に確保できる確率は低いと思ってほしい」

「それなら方法は二つ。一つはその一台の車で往復をする。もう一つは片方が車で、もう片方が徒歩で行く。普通は前者を選ぶけどな。後者は絶対に角が立つし、天さんの評判も下げることになるからおススメはしない」

 

 確保できなかった落ち度があるから、天地としては前者以外の選択肢はない。

 後者を選べば天地家としての面目は丸潰れである。

 そんな愚行をするほど天地の人間性は腐っていない。

 

「少々待たせることになるけどいいかい?」

「オレは別にいいよ。皆がどう思うかは聞いてみないと分からないけど」

「すまない」

「オレらは別荘を貸してもらう側の立場だから気にするな。そういえば食事や洗濯などの家事はどうなるんだ?」

「それなら心配ない。身の回りのことは全て使用人がしてくれるから君たちが気にすることはない」

「撮影に専念できる環境にお礼を言うべきだろうけど、それは映研のカントクがすることだから、見学者のオレが言うのはお門違いだな。でも何でオレに代わるように言った? 別にヒロシ兄さんでも問題なく対応できるぞ。変態って言われているけど、映研の頭脳で賢いから」

 

 ハキハキとした正太郎の声がよく響く。

 注目をするメンバーからは筒抜けだ。

 正太郎の話だけで大体の事情がわかる。

 前髪越しに苦笑いを浮かべるヒロシがいた。

 

「外村よりも君のほうがまともに話ができると判断した」

「そっか。変態のヒロシ兄さんでは変な方向に話が行くかもしれない。面白そうだからって、乗れなかった人を別荘まで走らせるなんて非常識なことをさせるかもしれない」

「いやいや、僕を何だと思ってるんだい」

 

 さすがに心外だとツッコミを入れるヒロシ。

 それに反応して美鈴がクスクスと笑う。

 正太郎は話を続ける。

 

「とりあえず半分ずつ乗るってことで皆に話を通すよ。もしタクシーが確保できたらヒロシ兄さんの携帯に電話して」

「わかった。また後ほど会おう」

 

 大体の事情は分かっている様子だったが念のために説明をする。

 タクシーが確保できなかった時のために、前半と後半でメンバーを分けることにした。

 前半組は、淳平・綾・ヒロシ・つかさ・さつき・唯。

 後半組は、美鈴・内場・正太郎・ちなみ・力也・こずえ。

 妥当な組み合わせとして一同に異論はなかった。

 そうこうしている内に淳平がようやく駆け込んできた。

 遅刻に対して多数の非難を浴びてからのスタートである。

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