青春100%   作:完結の陽炎

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第30話「撮影現場の見学」

 映研が本格的に活動を始めた。

 ビデオカメラ・予備バッテリー・三脚・マイクなど必要な資材が揃っている。

 映画のカットごとにカチカチ鳴らせる道具カチンコも用意していた。

 撮影の場所となるロケ地。

 淳平と綾が出演をするため、舞台の指揮はつかさが務めてサポートはヒロシが行なう。

 運搬や設置などの力仕事では力也が活躍をした。

 その他の雑務をさつきとこずえが協力して進めていく。

 

「よーいスタートの声掛けはするけど、誰がカチ鳴らしする?」

「あたしがやろう。タイミングはスタートの一間でいいのか?」

「いいよ。あ、カットの時は二回鳴らしてね」

 

 声掛けはつかさ、カチカチの合図はさつきが担当。

 衣装に着替えた淳平と綾が配置につく。

 

「カメラ回して」

「回してるよ」

 

 つかさの呼び掛けにヒロシが応じて三脚のビデオカメラを回す。

 周りに異常がないことを確認してつかさが続けて声を張り上げた。

 

「よーいスタート!!」

 

 一呼吸の間にさつきが力強くカチンコを鳴らした。

 映研による映画作りの幕開け。

 撮影中は静粛にして演技を見届けていく。

 

 舞台は綺麗な花が咲く庭のテラス。

 お嬢様役の綾が席に座り、使用人役の淳平が紅茶を振る舞う。

 優雅なティータイムの演出をするシーンだが。

 

「カット!!」

 

 つかさの発声でさつきがカチンコを二回鳴らす。

 素人でも分かるほどのNGであった。

 

「ちょっと真中くん、綾じゃないんだからコケないで」

「ご、ごめん!!」

「どんまい。やり直しするから配置に戻って」

 

 何もかもが初めての体験である。

 淳平が緊張をするのも無理はない。

 最初から上手くいくとは誰も思ってもいない。

 やり直しの撮影で成功ができればいい。

 その後も頑張っていくのだが……。

 

「うわー、じゅんぺーが失敗ばかりで全然進まないよ」

「カップに音を立てたり、注ぎすぎてカップから溢れさせたり、雑な煎れ方でテーブルにこぼしたり。真中さんって不器用なんだね」

「真中先輩は初めてやろうし緊張もしとるやろ。あれはしゃーないと思うで」

「……アンタはどう思う?」

 

 邪魔にならない位置で見学をする映制メンバー、唯・ちなみ・内場・美鈴の発言。

 美鈴の問いかけに正太郎は苦々しい顔を浮かべる。

 ハッキリ言って見るに堪えない。

 

「ねーちゃんの脚本が悪い。素人にプロみたいな煎れ方ができる訳ないだろ」

「それを許可してしまった監督の責任よ。そのせいでスタッフ全員に迷惑が掛かっているわ。貴重な時間も無駄にしちゃってね」

「カントクはねーちゃんの小説に感動したようだが、小説と脚本は違う。脚本は演技をする人がいるんだ。その配慮をしなかったのは、ねーちゃんの落ち度だよ」

「アンタの脚本、その辺りはしっかりと考えているんでしょうね?」

「当たり前だ。オレとちなみが演技するんだから尚更気に掛けるぜ」

 

 指揮をとっているつかさからの進言が入る。

 使用人役のシーンをカットしたほうがいいと。

 さつきも賛同に加わった。

 淳平が頑張ってることを認めた上で、内容に無理があるだろうと指摘をする。

 

「待ってくれ!! もう少しだけオレにチャンスをくれ!!」

 

 淳平は脚本に許可を出した監督としての責任がある。

 また綾の書いた脚本が間違ってるとは思いたくない。

 感動のストーリーを弄ってほしくないようだ。

 

「根性論が出てきたか。ねーちゃんの脚本を大切に思ってくれてるのは結構だが、その優しさが逆にねーちゃんにとっては辛くなるぞ。自責の念に駆られているのがバレバレだぜ」

「しょーたろ。なんか綾さんが今にも泣きそうだよ。必死で我慢してるみたい」

「自分の書いた脚本で、好きな人に迷惑をかけまくってるからな。その心中は察するに余りあるぜ」

「東城、真中先輩は成功するやろうか?」

「妥協しない限りは無理だ。脚本では現実も見ないといけない。夢を見るだけではダメなんだよ」

「美鈴かしょーくんのどちらかでもいたら、今みたいな失態はなかったんじゃない?」

「つーさんとさっちゃんが現実的だから、この二人がいるなら何とかなるかもしれないぜ」

「それはどうかしらね」

 

 美鈴が意味ありげに言ってくる。

 正太郎は続きを促すようにアイコンタクトを送った。

 

「まだ続けるみたいね。それを見てからにするわ」

 

 やり直しが何回目かを口にするのも憚られる。

 淳平では使用人のマネはできない。

 どうしても素人としてのボロが出てしまう。

 見るに忍びないつかさから休憩を提案。

 周りも空気を読んで同調をする。

 一旦の中断を合図に綾が飛び出してどこかへ消えた。

 

「東城!!」

 

 淳平が叫びながらも追いかけて同じく消える。

 多少の心配はあるが、今はそっとしたほうがいいだろう。

 つかさたちが汗を拭い取って水分補給を行った。

 

「つかさ、このまま続けても成功しないんじゃないかい?」

「うん。さつきの言う通りだとあたしも思う。でも綾の脚本にこだわる真中くんに何を言っても無駄かな。変えようなんて言っても受け付けないと思う」

「東城さん、大丈夫でしょうか? 悲しそうな顔してましたけど」

 

 こずえの不安そうな言葉につかさも共感はしている。

 そして綾の気持ちも察しがついていた。

 

「綾は自分の書いた脚本のせいだって責めてると思う。そこは真中くんのフォローに任せるしかないよ」

「……正直あたしは夢見がちな少女って印象が拭えないね。ま、それが悪いとは言わないけどさ」

 

 綾に対してあまり良い印象を抱いていない。

 消極的でウジウジするような態度が気に入らない。

 好きな人を叱りつけることなく甘やかしている。

 さつきとは性格的に合わないことは間違いない。

 

 一方、見学組の映制メンバーも熱中症対策に水分補給をしている。

 暑い夏の日差しを避けるために日陰へ入り、支給されたタオルで汗を拭く。

 中断という名の休憩で会話も織り交ざる。

 

「美鈴、つーさんとさっちゃんがいるだけではダメか?」

「ダメね。映画作りにはチームワークが不可欠よ。どこかで亀裂があれば、その時点で支障をきたしてしまうから」

「要するに一枚岩ではないってことか。まあ、ヒロシ兄さんは女の子の撮影できれば何でもいいし、コミさんは妄想使い一筋だし、カントクは夢ばかり見て現実を直視できてないみたいだし……なんか映制の男子がヤバいな。せめてカントクだけでも改善しないと、女子メンバーに負担が掛かるぜ」

「事実、迷惑をかけてるじゃない」

「否定できん。美鈴の立場がいかに責任の重たいことかを目の前で証明されている。決断ひとつで全体にどれだけの影響を与え、大切な時間を奪っていくかを見せつけてくれる」

「言っておくけど、あたしならもっと上手くやれる自信がある。あんなのと一緒にされたくはないわね」

「だろうな。それでこそ美鈴だ」

 

 しばらくして淳平と綾が一緒に戻って来た。

 話し合いの結果、脚本の修正を入れることで折り合いをつける。

 つかさの提案を取り入れて使用人のシーンを大幅にカット。

 傍に控えるだけに留めて、既に紅茶が出された状態からお嬢様が飲むシーンに変更だ。

 この後も実演をして、内容に無理があると判断がされれば変えていいという方針になった。

 淳平と綾にとっては苦渋の決断かもしれない。

 それでも映画を完成させるための妥協を選んだ。

 これ以上、つかさたちに迷惑もかけられないから。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 あれからも脚本の修正が幾度となく入った。

 そのたびに撮影が中断されて時間が過ぎていく。

 その間に正太郎は公開されている台本を見せてもらった。

 

 ――ねーちゃんの書く原動力はカントクだな。カントク好みのシナリオを書いているだろコレ。夢にこだわった表現で演技の要求レベルが跳ね上がってるぞ。

 

 同じ脚本の立場だからこそ伝わってくる。

 淳平に小説の才能を認められて褒められたことがよほど嬉しかったのだろう。

 それが皮肉にも演技において裏目となっている。

 映研にスパイをした時にヒロシから言われたことを思い出した。

 

 ――ねーちゃんはカントクに意識が集中しすぎて全体が見えていない。まさにその通りだったよヒロシ兄さん。

 

 映制がまとまっている感じがしない。

 一丸となって映画を作っていこうという気概が薄い。

 できたらいいなという軽い雰囲気が感じ取れてしまう。

 

 ――遊び半分でやってるなら好きにすればいいけど、賞を狙う本気として見るならば甘いとしか言いようがない。

 

 正太郎は見学者だ。

 得られるものがあれば大いに得たい。

 参考としたいと思っているので良い所も探った。

 力也の設営作業は抜群に良かった。

 力仕事で力也の右に出るものはいない。

 的確に指示を出すつかさの采配も見事である。

 ヒロシの何気ないサポートもポイントが高い。

 雑務の手伝いをするさつきがいてくれると気が引き締まる。

 少なくともサボりが出ることはないだろう。

 

 ――いい所も見えてくるだけにもったいない。まだ充分に活かしきれていない。

 

 メモの速記で忘れないように記録をとる。

 そんな様子をちなみが見惚れていた。

 真剣に打ち込んでいく正太郎の姿が魅力的に映るようだ。

 

「東城、そろそろ今日の撮影が終了するみたいやで」

「そうだな。内場はどうだった? 参考になるものはあったか?」

「せやな。やっぱヒロシさんのカメラワークが僕にとってはええ勉強になったで」

「唯はあのカチカチをやりたそうにしてたな」

「うんやりたい!! いかにも撮影してますって感じするもん!!」

「元よりやってもらうつもりだぞ。映制は人数少ないから、唯以外にカチ鳴らしできないし」

「ホント!? やったー!!」

「あ、美鈴。手加減モードを解除して適度に発散するから、後でちなみ借りていい?」

「なにするつもりよ?」

「演技。映研を撮影現場を見てたら触発されてさ。練習をしてみたくなった」

「やり過ぎなければ好きにすればいいわ」

「大丈夫。スキンシップで暴走しないように予防してるから」

 

 許可をもらってちなみと一緒に移動していく。

 場所はちなみが寝泊まりしている部屋だ。

 腕時計を外して手加減モードを解除。

 別に何か大きく変わる訳ではないが気持ちの問題である。

 そして冬に馳せる者のシーンを一部だけやってみた。

 弟子役はちなみ、先生役は正太郎である。

 

「先生の作品が評価されないなんて!! 審査員の目は節穴ですか!!」

「審査する人たちの判断は正しい。私よりも優れた作品が山ほどあるからね」

「先生はどうしてそんなに笑っていられるのですか!? 悔しくないのですか!?」

「書くことが楽しいからさ。夢を追っている時が何よりも代えがたい」

「世間は先生みたいな人を、現実が見れない愚かな人だと噂しています」

「くっくっくっ、それでいい。私の作品は誰にも評価されない。冬桜、夢うつつにて、消えにけり」

 

 迫真の演技をちなみがしてくれるので、正太郎もそれにつられてなりきってしまう。

 本格的な衣装や舞台がなくても、見立てるだけでそれなりの形となるものだ。

 自分が書いた脚本だから台詞も覚えている。

 抜粋したシーンの練習が終わって腕時計を装着。

 高揚する心の高まりを沈静化させる。

 思い込みというプラシーボ効果は侮れない。

 演技が一区切りした時にちなみが問う。

 

「お弟子さんの気持ちと同じで不思議なの。評価されないのに、なんで先生が笑うのかなって」

「純粋に楽しいからでは腑に落ちないか?」

「うん。だって楽しそうな笑顔とちょっと違うよ。なんか悪戯っ子みたいな笑顔だもん」

「鋭いな。悪戯っ子の笑顔は間違ってない」

「なんで悪戯? 誰に対して?」

「手品師は自分から種明かしをしない。創作家も自分でネタ晴らしをしない」

「ケチなんだね」

「ケチで結構。別にそんな大げさなものではないけどな」

「だったら教えてくれても――」

「だーめ。ちなみが自分で考えて自由に解釈してくれ」

 

 先生役の笑顔と今の正太郎の笑顔が重なった。

 誰かに向けて悪戯を仕掛けている?

 正太郎からは教えない。

 読み手の判断に委ねる創作家の考えだ。

 

「ちなみ、来年の対決で映研は今よりレベルアップするぞ」

「今の失敗をバネにして成長するってこと?」

「そうだ。こんなので挫折するねーちゃんじゃない。カントクと一緒に夢に向けて歩く力は、この程度で終わる軟弱なものじゃない。最強ねーちゃんを超えるオレが言うんだから間違いない」

「信じてるんだねお姉様のこと」

「確信をしている。だから悔いがないように全力を尽くすぜ!!」

「うん!! 頑張ろうねしょーくん!!」

 

 その日の映研は予定の半分も進まなかった。

 脚本の書き換えが頻繁に発生したから。

 自分たちが描く理想との違いで四苦八苦をする淳平と綾。

 それでも映画の完成を目指すことに変わりはない。

 途中でリタイヤとなるのだけは何が何でもしたくないから。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 撮影だけで根を詰めるのはよろしくない。

 別荘の離れにある海辺で息抜きをして英気を養うのも戦略のひとつ。

 ヒロシが皆に向かって大真面目に力説を繰り出す。

 自分が女の子の水着写真を撮りたいだけだろう。

 その魂胆は見え見えだが、夏の海を楽しみたいのもまた事実。

 黒川先生が来たことを皮切りに、その日は海で遊ぶことに決まった。

 こうなることを見越して、映制の見学組を含めて全員が水着を持参している。

 

「カントク、ちょっといいッスか?」

「あ、東城弟。どうしたの?」

「ねーちゃんがドジして怪我でもしないか心配ッス。でもそれは彼氏のカントクに任せるのが筋だと思うッスよ」

 

 淳平に頼むのは不安がないといえば嘘になる。

 それでも好きな人に見てもらうほうがいいだろう。

 力也とこずえみたいな実例もあるから信じて任せたい。

 

「ねーちゃんがケガをしないように、それとなく見てやってほしいッス」

「そっか。わかったよ。オレが東城を見るから安心してくれ」

「よろしく頼むッス。特にねーちゃんは考え事をしている時に転びやすいから気を付けてほしいッス」

 

 これで正太郎は自分のやりたいことに専念できる。

 ちなみには事前に話し合い済みだ。

 あとは……。

 

「天さんが釣りを嗜んでいるのはありがたいけど、オレの我儘に付き合ってもらっていいの? さっちゃんと一緒に遊ぶ機会なのに?」

「なに構わないさ。さつきさんには気兼ねなく遊べる友人たちとの時間を過ごしてもらいたい」

「なるほど。さっちゃんにも付き合いはあるからな」

「君こそ彼女の事はいいのかい?」

「今夜、夏の月に照らされながら一緒に海辺を散歩する約束をしたから問題ない。日中は釣りで美味しい魚を狙う予定だ」

「釣れるとは限らないぞ」

「釣りは精神修行になるから、どちらに転んでもオレにメリットはある」

「なるほど。確かに心が豊かになるからな。年寄り臭いと言われてしまう事が残念でならない」

「言いたい奴には言わせておけばいい。人の趣味にとやかく言う権利は誰にもない」

 

 ポーカーに短パン、麦わら帽子のスタイルで釣り一式を持参。

 天地に釣り用のパラソルと椅子を設置してもらい、釣りのレクチャーを受けてから開始する。

 お互いに釣竿を握って隣同士で座り、魚が食いつくのを待つ。

 

「クーラーボックスに飲み物が入っているから、適度に水分補給をしてくれ」

「了解。天さんの心遣いに感謝する」

 

 首に冷感タオルを巻いて少しでも暑さ対策をした。

 パラソルのお陰で直射日光を浴びなくて済む。

 海の波で釣竿の揺れを感じつつも会話をする。

 

「ペンションの離れに新しい建物を見たけど?」

「トレーニングルームだね。さつきさんが気に入ってくれて光栄の極みだよ」

「……本気でさっちゃんに惚れてるんだな」

「真剣な交際をしている君なら、僕の気持ちを理解してくれると思うがね」

「オレの場合は天さんとは逆だよ。惚れられた側だから」

「だからこそ希望が持てる。報われた恋の実例が目の前にあるからね」

「男女の違いはあるけどな。さっちゃんはビシビシ厳しく相手するぞ。金持ちだろうが貧乏だろうが関係ない。天さんは今までそんな人に会ったことはなかった?」

「ああ、生まれて初めてだよ。あの瞬間に僕は既に恋に落ちていたのだろうな」

 

 その後も男の語り合いは続く。

 天地の一途な恋心と寛大な性格を正太郎は気に入った。

 同じく天地も実直な態度を崩さない正太郎を好ましく思った。

 ヒロシを通じて出会った二人。

 年の差ひとつあれどお互いに対等な目線である。

 

 一方その頃。

 パラソルの下にサマーベッドでドリンクを飲んでくつろぐ黒川先生。

 別のパラソルの下でシートを敷き、肩を寄せて読書をする美鈴と内場。

 ヒロシは愛用のカメラで水着姿の黒川先生を始めとして撮影に無我夢中。

 力也とこずえはスイカ割り。

 唯とちなみはボール遊び。

 つかさとさつきは一緒に海の遠泳。

 そして淳平と綾は海岸の散歩をしていた。

 

 ――水着って下着と変わらないだろ!!

 

 ビキニ水着姿の綾に過剰な意識をするのが淳平。

 あらゆる方向に妄想が突っ走ってまともに直視ができない。

 漫画のギャグ描写なら鼻血を出してもおかしくないほどだ。

 

「あ、あの真中くん。やっぱり似合ってないかな?」

「似合ってるよ。オレには刺激が強くてまともに見れないだけだから!! 東城があまりにも綺麗だから!!」

「あ、えっと……あ、ありがとう」

 

 淳平としては恥ずかしいから言わせないでという照れ屋な男心。

 綾としては好きな人に見てほしいし、褒めてほしいという女心。

 お互いに気持ちを伝えてお付き合いをしている。

 それなのに特に進展らしきものはない。

 良く言ってしまえばプラトニックな関係だ。

 

 ――いやらしい事を考えるなオレ!! あの時みたいに元気づけないと!!

 

 撮影の中断で飛び出した綾のことを思い返す。

 あの時の淳平は必死だった。

 綾が諦めてしまったら夢の全てが終わってしまう。

 それで後先考えずに大胆な行動に出た。

 必死に追いかけて捕まえてから励ましたのだ。

 その時に力強く抱きしめたことを今も記憶に残っている。

 

 ――東城の体、柔らかくていい匂いだった――ってオレは何を考えてるんだ馬鹿野郎!!

 

 健全な性欲と純情な理性が激しくバトルを繰り返す。

 付き合っているのだから、せめて手を繋いだほうがいいか?

 しかし海岸の炎天下で手汗をかいているので自重をする。

 綾が気にするだろうという淳平なりの気遣いのつもりだ。

 もっとも言葉に出さないので誤解をされてもおかしくない状況である。

 事実、綾からすれば手も繋いでくれないことへの不安は募っていた。

 自分を見てくれないし、触れてもくれない。

 これで付き合っていると果たして言えるのだろうか?

 彼氏彼女の関係だと主張できるのだろうか?

 

「きゃっ!!」

 

 考え事をしてしまったせいだろう。

 足元への注意を疎かにして転んでしまった。

 少し離れていた淳平は慌てて近寄る。

 

「大丈夫か東城!?」

「あ、うん……っ!?」

「もしかして、足を痛めた?」

「だ、だいじょ――っ!!」

 

 立ち上がれない。

 足首を手で押さえて顔を歪ませている綾。

 淳平は背を向けて指示を出す。

 

「東城、背中に乗って!! 運んで手当してもらうから!!」

「えっ!? で、でも――っ」

「無理に立とうとしないでくれ!! 悪化したらマズイだろ!!」

「ご、ごめんなさい。私、ほんとドジで――」

「気にするな!! ちゃんと見てなかったオレが悪い!!」

「ううん、真中くんは何も悪くないよ」

「とにかく乗って!! 早く治療してもらないと!!」

 

 本気で心配をしていることが伝わったのだろう。

 淳平におんぶしてもらって互いの肌が密着をする。

 一瞬、淳平がドキッとするも今は緊急事態。

 ケガを負った綾のために必死で運ぶ。

 顧問の黒川先生に報告をして応急手当をしてもらった。

 その後はペンションへ戻り、天地家お抱えの医者に診てもらう。

 右足首の軽度な捻挫で全治一週間となる。

 大事に至らずに済んで良かったが……。

 

「ねーちゃん、大丈夫か?」

「正太郎。ただの捻挫だから心配しないで」

「そうか。ちょっとカントクに話があるから借りるよ」

「話って?」

「カントク、ちょっと表に出てくれ」

 

 腕時計を外して本気モードで口調を変える正太郎。

 拒否をすることは許さない。

 それを暗に示して淳平は黙ってついていく。

 人目がつかないペンションの離れで足を止めた。

 

「なぜだ? なぜねーちゃんを助けなかった?」

 

 悲痛な面持ちで咎める正太郎。

 淳平は俯いたまま申し訳なさそうにしている。

 

「オレはカントクを信じてねーちゃんを任せたのに。でもねーちゃんは怪我をしてしまった」

「……ごめん」

「反省だけなら誰でもできる。そしてまた同じ事を繰り返すつもりか?」

 

 淳平は頭が真っ白になって答えられない。

 完全に思考停止状態である。

 その不甲斐なさに我慢の限界となる正太郎。

 まさに堪忍袋の緒が切れる寸前。

 空手の握り拳を作り出して固めた。

 息吹を放ち、鋭く睨みつけて、全力で踏み込み――。

 

「やめたまえ東城!! 早まってはいけない!!」

 

 淳平と正太郎の間に入って仲裁をする天地。

 割り込まれたことで拳は引いたままを維持。

 足も止めて重心が崩れないように注意を払う。

 

「よすんだ東城。今、真中を殴ってもお互いに傷つくだけだ。君のお姉さんもそんなことは望んでいない」

「一応、寸止めするつもりだった」

「真中が不測な動きをして当ててしまう危険性があるからダメだ」

 

 天地の言ってることは正しい。

 素人がどのような動きをするのかは予測がしにくい。

 さらに今の正太郎では手元が狂って本当に当ててしまいかねない。

 

「……頼んだオレが愚かだったのか? オレの気持ちはどこへ向けたらいい?」

「真中、君は彼の気持ちをどう受け止めて、どう改めるつもりだ?」

「……ごめん」

「彼は別に反省の言葉がほしい訳ではない。今回の件をどのように考え、どのように活かすのか。その誠意を示せと言ってるんだ」

 

 天地は正太郎の気持ちを代弁してくれた。

 理解者がいることで幾分か冷静になる。

 しかし淳平は責任の取り方が分からない。

 だから何も答えられない。

 

「天さん、カントクを一発だけ本気で殴っていい?」

「やめたまえ。君のお姉さんが悲しむ」

「わかってるよ。天さん、この場を任せていい? オレ、ちょっと頭を冷やして来るから」

「ああ、任せたまえ。僕の面目を立ててくれたことに感謝する」

「いいよ別に」

 

 そう言って正太郎が静かにその場を離れていく。

 淳平はいたたまれない気持ちである。

 それを察しているのだろう天地に諭されてしまう。

 

「真中、君の行動ひとつでどれだけの人に影響を与えるのか。そこをよく考えてから行動をすることだね。さもなくば、今回みたいに誰かを傷つけてしまうことになるよ」

「……天地、迷惑をかけてごめん」

「僕のことは気にしなくていい。それより、東城のお姉さんの所へ戻りたまえ。彼氏なんだろ?」

「うん……ありがとう」

「礼には及ばん」

 

 綾の捻挫により、映画作りにも支障が生じる。

 怪我をした綾に演技をさせる訳にはいかなくなった。

 一週間はあくまでも目安であり延長の可能性がある。

 黒川先生は仕事の都合があるので延長は不可だ。

 さすがに顧問なしで活動をするのは厳しい。

 今回の捻挫みたいなトラブルがあった場合、黒川先生の責任が問われてしまうから。

 協議の結果、代役としてこずえに出てもらうことにした。

 精神的なショックで淳平がまともに演技ができない。

 こちらも代役として力也に務めてもらう。

 脚本も大幅に変えることになり今となっては見る影もない。

 

 美鈴に呼び出されて映制メンバーが集結。

 場所は美鈴とちなみが寝泊まりしている部屋である。

 そして監督として決断が下された。

 

「もう見学はお終いよ。これ以上は見る価値がないわ」

「真中先輩と東城の姉ちゃんがどっちもダメになってしもうて、撮影時の空気がえらい事になってしもとるな」

「うんうん。つかさ先輩やさつき先輩が頑張ってテンション上げようとしてくれてるけど。まるでお通夜みたいで暗すぎだよぉ」

「脚本も色々変わっちゃったね。あれじゃあ向井さんの脚本みたい」

 

 ちなみの言う通りで、ストーリーがご都合主義すぎる恋愛となった。

 もはやギャグと言ってもいいぐらいの改悪である。

 創作家としてはこの上ない屈辱といってもいい。

 正太郎が現実逃避をするかのように呟く。

 

「もし海辺の息抜きがなかったら? もしカントクがねーちゃんを助けていたら? もしねーちゃんが捻挫をしていなかったら?」

「やめなさい。そういうIFは創作だけにして現実を見なさい」

「あーちくしょう、お粗末な合宿になっちまったぜ。参考になったのは序盤だけかよ」

「しょーくん、すっごく残念そうだね」

「ああ、残念この上ないぜ。けど同時に思い知った。映画作りでは自己管理を徹底しないといけない。もしケガや病気をすれば、代役を立てないといけない訳だが、オレら映制にそんな余裕はないからな」

「唯たちも他人事じゃないよね。元気でいないとダメダメだよ」

「ま、序盤だけでも儲けものってことでオチつけようや」

「美鈴、わたしたちこの後どうするの?」

「帰りましょう。このままいても後味が悪くなるだけよ」

「美鈴に賛成するぜ。映研は来年に期待だ」

「なんや東城。もう今年はアカンのか?」

「あの映画で賞が取れるのなら見直してもいいぞ。結果が出せてるってことで」

 

 映制メンバーは受験勉強を優先する。

 そういう表向きの名目で合宿から離れた。

 天地の配慮で東城家へ連絡を入れて事情を説明済み。

 娘のドジは今に始まったことではない。

 天地家に迷惑をかけたと逆に両親は申し訳なく思った。

 

 ――やっぱ天さんは天高く立派な人になれるよ。

 

 天地の株が爆上がりである。

 金持ちの傲慢さはどこへ行ったのか?

 さつきに鍛えられてからは良い方向へ変わっているようだ。

 こうして映制の見学は終了して一足先に帰宅。

 映研の綾たちが合宿を終えて帰ったのは一週間後であった。

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