青春100%   作:完結の陽炎

33 / 58
第32話「執事モードの会得と問題点」

 従姉の東城遥が海外の大学へ進学する。

 そこに至るまで様々な事があったようだ。

 そのため東城家へ顔を出すこともなくなる。

 綾は寂しくなるも、今は彼氏の淳平がいる。

 応援の手紙を餞別として贈ることにした。

 それを正太郎の交換日記に報告をした翌日。

 遥宛の手紙と共に交換日記を綾の部屋の前で置かれていた。

 直接渡さなかったのは、遥に対しての複雑な思いからだろう。

 

 遥の元に届いた綾と正太郎の手紙。

 綾からは彼氏の惚気話を混ぜての応援が込められていた。

 姉離れということで遥としては少し寂しく思うも安堵する。

 そして気になるのは正太郎からの手紙。

 恨み言が書かれていてもおかしくはない。

 それぐらい遥は正太郎に嫌悪されている。

 しかし手紙をよこしたのだから、ただの悪口はないだろう。

 そう思って内容を確認すると。

 

 ――意外と達筆……本気だこれ。しかも枚数が多い。

 

 今生の別れのつもりで思ったことを全部書いてある。

 偽りのない本音をあるがままに警告の前置きもされている。

 遥が予想した恨み言も過去の出来事として含まれていた。

 

 ――すげぇ嫌われてるよ。お姉ちゃん取られて物凄く恨んでるじゃん。

 

 それは昔の話である。

 国語の家庭教師という妥協は子どもながらに苦渋の選択だった。

 本来、遥よりも小さい子がそんな考えを実行すること自体が異常である。

 誰が嫌いな人に教師になってほしいなんて頼めるだろうか。

 普通はできないしやりたくない。

 それでも姉のためにできる精一杯の方法を選んでみせた。

 

 ――そういえば一度も正太郎の笑顔を見たことなかったね。

 

 嫌っている相手には土台無理な話である。

 遥への嫌悪がこれでもかと皮肉を込めているぐらいだ。

 家庭教師で教わったことに関しては、素直に感謝が記されている。

 それはそれ、これはこれとして。

 

 ――嘘は書いてないと思うけど、これホント複雑だよね。

 

 教えることがなくなれば関わることもないだろう。

 そういう未来予想も描かれていた。

 もしかしたら遥の留学を予期していたのかもしれない。

 

 ――正太郎なら本当にあり得るからね。

 

 個人感情では嫌いでも教師と生徒との関係は悪くなかった。

 姉が彼氏と仲良くしているから遥という姉離れも予想済みである。

 自立ということで双方ともに良いことだと断定した。

 

 ――嫌ってる相手でも変に気を遣うのよね正太郎は。

 

 会わなくなって清々するかと問われたらイエスである。

 それこそ遥が希望するだろう笑顔を見せてもいいぐらいに。

 そこは嘘でも寂しいと言うべきであろう。

 遥ならそうツッコミを入れるだろうと予想した上で、正太郎はそんなくだらない嘘はつかないとハッキリ書いてある。

 

 ――確かにそれツッコミ入れるけど手紙で先読みするな!! あとそんなに嬉しいか!!

 

 ここまで嫌われていると逆に清々しく思えてしまう。

 遥のほうが自然と笑えてしまうぐらいだ。

 どこまでも正直に書いてくれている。

 

 来年に泉坂高校で部活の映画勝負をする話が興味深い。

 経緯も含めて遥にも分かるように丁寧な説明がされていた。

 さすが創作家であり、読者が分かりやすいように図解も入れた。

 文化祭に来ても構わないと書いてある。

 そのほうが自分はともかく姉が喜ぶから。

 どこまでもお姉ちゃん思いな弟である。

 

 ――来年か。嵐泉祭は有名だから調べたら日程もすぐ分かるね。

 

 最後の長文は英語の筆記体で書かれていた。

 ブロック体はともかく筆記体となれば調べないと厳しい。

 じっくりと調べて翻訳をした結果、以下の日本語訳となった。

 

 これは意地悪な問題である。

 以下の英文は真か偽か? 

 貴女が男ならにーちゃんとして甘えられたのに。

 さようならお元気で遥ねーさん。

 

「……」

 

 前者は真である。正太郎の願望だから疑いの余地はない。

 後者は正太郎が遥ねーさんと呼ばないから偽となる。

 しかし……本当に偽であろうか?

 わざわざ英語の筆記体にしてまで隠しているのに?

 偽にしては手が込んでいる。

 だから意地悪な問題だと宣言しているのだろう。

 それが今まで嫌ってきた正太郎の復讐かもしれない。

 だとすれば何とも優しい復讐である。

 遥はハンカチで目元を覆い隠してしまった。

 後日に遥から綾と正太郎それぞれに返事の手紙が届く。

 正太郎としては返書を拒否したいのだが。

 

「いいから受け取って、ちゃんと読みなさい」

「最悪だ。手紙書かなきゃよかった」

 

 綾から叱りつけられて不本意ながらも受け取る。

 自室でため息をつきながら手紙に目を通した。

 恨み言の云々は立場的に仕方ないと受け止めている。

 言い訳もしないし、悪口で返したりもしていない。

 実に潔い。

 

 ――嵐泉祭に来るのは予想通りだな。

 

 そうなるように仕向けているから当然である。

 あとは意地悪な問題で、遥を姉呼ばわりをした点について。

 真であろうと偽であろうと、泣くほど嬉しかったと書かれてあった。

 

 ――両方と受け取ったか。まあいいけどな。

 

 もう会うこともなさそうだから最後ぐらいは喜ばせてやるか。

 そんな上から目線の気まぐれである。

 一生に一度だけなら呼んでもいいかと。

 単純に嫌いだけでは済まない複雑な気持ちがあったから。

 そういう難しい年頃である。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 中間古書店にある中間の部屋。

 それで家庭教師の真似事をする正太郎。

 中学生の洗礼としての愚痴が弟子の口から洩れる。

 

「先生に向かって口の利き方がなってないって怒られるんだ。あとちょっと生まれが早かっただけの上級生にも使わないといけないって」

「敬語の強制か。あれはマジでイヤでストレス溜まるからな。上辺だけの偽り敬意なんてそんなものはいらないってオレは思うがな。逆に違和感と距離感があるし」

「師匠はどうやって乗り切ってるの?」

「最低限だけで精神ダメージを抑えている。はい・いいえ・わかりませんだ」

「それだけで大丈夫?」

「いざとなったら他の生徒を盾にした丸投げ防御術を使う。トイレ行くという回避技もある」

「なんか戦争してるみたいだ」

「妥協するなら語尾にッスをつける後輩口調があるぞ。先生には使えないけどな」

 

 中間にとって納得のいかないこと。

 年上でも両親みたいな家族なら敬語を使わなくていい。

 でも他人の教師や上級生に敬語を使わないといけない。

 おかげで年上相手に喋ろうと思わなくなるし関わりたくない。

 反抗期となるには充分な疑問と理由がそこにある。

  

「オレは泉坂高校の数学教師である黒川先生に出会えた。その恩師は年上なのにタメ口で構わない器のでかい人だ。オレが弟子に教えるのも黒川先生の影響を受けているぜ」

「いいなー、そういう先生がいたらいいけど。あと師匠みたいに敬語を使わなくていい年上の人なんて、親以外だれもいないよ」

「もし中間が泉坂高校に進学する時は黒川先生を頼るといい。こういう大人もいるんだなって理解できるから」

「そこで小説を書ける部活ってあるかな?」

「学校を調べた時に文芸部はあったな。詳細が知りたいなら中間が問い合わせをするといい。敬語の押し付けが辛いなら、それこそ黒川先生を頼ることだ」

「わかった。黒川って人の名前覚えたよ。どんな人なの? 男の人?」

「女の人だ。喋り方が堂々としてるからすぐ覚えられる」

 

 ここで正太郎が話題を変える。

 来年の嵐泉祭で映画対決をする予定であることを。

 そこに至るまでの詳細も存分に話して聞かせた。

 

「師匠が脚本した映画とても楽しみ」

「最強ねーちゃんの脚本した映画も楽しみにしとけ」

 

 今年の映研が発表した映画については触れないでおく。

 あれを見せても弟子の中間が失望をするのは目に見えているから。

 こうしてたまに弟子の面倒を見ている。

 指導をするための勉強や創作も己の修行になるから。

 

 ――次は天さんから社会科目をご教授願うか。

 

 メールで事前にアポを取って社会の科目を学ぶ。

 地理・歴史・政治・現代・経済など知識欲をそそらせる内容が一杯だ。

 潜在能力が刺激されてもっと学びたい欲求に駆られてしまう。

 

「おっといけない。そろそろ抑えないと」

 

 外していた腕時計を身に付けての手加減モード。

 本気を出していると精神疲労が激しくなってしまう。

 甘いものが食べたくなるぐらいに頭の中が使われていた

 

「さすが天さんだよ。上には上がいるっていいものだ」

「ホント規格外だね。一を知って十を知るとはまさに君のことだよ」

「物事の本質をつかみ取ること。数学の論理を当てはめてパズルみたいに解くイメージだな。慣れてくると閃きのランプが点灯してピーンと来るからさ」

「これだけ学んでいるなら受験の対策としても万全だろう」

「オレはそうだけど他のメンバーが心配だ。映制はオレだけで出来ることじゃないから」

「仲間思いだね。そういうところも含めて僕は君を気に入っているよ」

「オレも天さんみたいに寛大で聡明なところを尊敬するよ。そんな人にタメ口を叩くオレは生意気に見えるだろうな」

「そんなものは無用だよ。僕と君との仲だからね」

 

 ちなみが聞いたら嫉妬しそうなセリフである。

 男が男に惚れるというのは何も恋愛だけではない。

 尊敬という感情も存在しているから。

 

 ――久しぶりに内場にある漫画でも見に行くか。

 

 後日、内場の部屋に入って真っ先に目を疑った。

 きっと見間違いである。

 あの特徴的な漫画タワーがなくなっているのが信じられない。

 

「これは幻か? 夢か? いや、きっと内場になりすましたニセモノだ。お前は何者だ?」

「えらい言われようやな。気持ちはメッチャわかるけど。とりあえず茶でも飲んで落ち着き」

 

 内場に促されてお茶を飲んで部屋の周りを見渡す。

 書斎スペースと寝室スペースを本棚で境界線をつけている。

 書斎の壁には内場が撮った風景写真。

 デスクの写真スタンドには美鈴のぎこちない笑顔の写真。

 本棚は厳選した漫画や参考書、実用書など真面目な本もある。

 

「美鈴の本棚に似ている」

「せや。あれをオマージュした感じやな」

「で、どういう心境の変化? 漫画の塔が消えて天変地異の前触れを感じたぞ」

 

 正太郎の問いかけに内場がメガネを付け直す。

 気を引き締めるという意味合いを込めて。

 そして真剣な顔つきで答えてくれた。

 

「受験というナーバスな時期もあって色々思う所があってな。このまま変わらない自分でええんかって感じで。僕は東城みたいに潜在能力に目覚めて無双できるキャラちゃうし」

「羨ましそうに言うけど、これって諸刃の剣だからな。消耗激しいから長時間はダメだし、ちなみという癒しがいないと暴走するような危ない能力だから」

「漫画に囲まれんと落ち着かんのは、そうやって守らんとアカンみたいな僕の勝手な思い込みや。いつか自立して美鈴と一緒に暮らすようになった時に、いつまでも漫画タワーはアカンやろうって思うてな」

「気が早いぜ。でもそういう将来設計はオレも他人事じゃないから参考にする」

「漫画のコレクションはホンマのお気に入りだけを厳選した。ここが僕にとっての試練やったな。どれも手放すには惜しい気がしてメッチャ悩んだで」

「心中察するに余りある。それは内場のみが知る葛藤だ」

 

 内場の変化が大人になるってことかもしれない。

 大好きな人のために変われる勇気と行動がある。

 その立派な心掛けが正太郎には眩しく見えた。

 

 ――変わらないといけない所か。オレで言えば大人嫌いや敬語嫌いだろうな。

 

 アッサリと変えられるなら誰も苦労はしない。

 正太郎は好き嫌いが激しい。

 好きな所には真っ直ぐに向かうし、嫌いな所はとことん嫌って避ける。

 完璧な人はどこにも存在しない。

 誰にでも長所と短所はつきものだ。

 

「ちなみの演技スキルを頑張って会得するか。それで大人の前では演技して敬語使って……なんかあまり自信がないな。ストレスマッハで胃に穴が開きそう」

「せやからって僕らを盾にして丸投げちゅうのもどうかと思うで」

「適材適所といってほしい。そんなに敬語がほしいなら他を当たれって反抗したくなる。別にオレでなくても敬語使いは他に山ほどいるだろうってな」

「筋金入りやな。東城らしいでホンマ」

「でも内場の漫画タワー崩壊は見習いたい。食わず嫌いでは可能性を潰してしまう。試すだけ試してみようとは思ったぜ」

「崩壊って、もうちょい言い方考えてや」

 

 内場がこれだけ頑張っているから負けていられない。

 好きな人のために変わろうとするのが偉いと思ったから。

 そういう良い所は積極的に取り入れていきたい。

 

 ――そうと決まったら、ちなみのところへ突撃ぃーーーー!!

 

 心の中でハイテンションとなった。

 ちなみの部屋を訪ねて弟子入りを志願。

 これは何事かと目をパチパチさせるちなみ。

 内場の漫画に影響されたのかと真っ先に疑われた。

 

「半分正解。正確には漫画じゃなくて内場の行動を見習おうと思った」

「それでなんで弟子入りなの?」

「かくかくしかじか」

「これこれうまうま」

「上手い。座布団一枚」

「わーい、って真面目に説明してねしょーくん」

 

 大人に向けた対策として、ちなみの演技スキルを徹底的に模倣する。

 上手くやれば敬語嫌いも演技という形で使いこなせるかもしれない。

 将来的にいつまでもこれではマズイ。

 そんな改善に向けての弟子入りである。

 

「昔、ちなみはあーちゃんとちーちゃんで使い分けしてただろ。あの原理を使えないかと思ってるんだ。オレは昔から小説でキャラになりきって頭の中でやってるから無理なく適用するはず」

「つまり、しょーくんは別のしょーくんを作るってことだよね? それって下手したら二重人格にならない?」

「スイッチの切り替え、条件を徹底させることが肝要だ。そこが崩れると記憶をなくした人格が出てもおかしくないし、今後の生活にも支障をきたすリスクはあるな」

「条件って?」

「現時点で敬語が必要となるのは黒川先生を除く教師ぐらいだ。上級生は後輩口調で事足りるからいらない」

「先生以外でも外部の大人で使う時があるんじゃない?」

「可能性は低いが絶対にないとは言い切れないな。向こうから来た時の対応も想定したほうがいいだろうし」

「もし訓練するなら大人の相手がいるよね? 誰か心当たりでもあるの?」

「ない」

「それなら天地さんに相談をして、あの執事さんに訓練なんてどう?」

「なるほど。執事なら敬語の訓練相手として最強クラスだ。小説でもなりきりキャラとしてかなり書いたことがあるから模倣できるかもしれん」

「頑張るのはいいけど、無茶だけはしないでね」

「おうとも」

 

 天地にメールで相談をして執事に訓練をしてもらう。

 形から入るのが重要らしく、執事の服を着用して礼儀作用を徹底的に叩き込まれる。

 空手をやっているので執事の姿勢に応用をしてみせた。

 言葉遣いも座学を始めとして、知識と実践の両方をバランスよく英才教育をされる。

 良くも悪くも染まりやすい正太郎は執事の爺を模倣していく。

 爺は盗めるものなら盗んでみろとばかりに手本を見せつけてくる。

 さすがに何十年も積み重なってきた経験はそう簡単にマネさせてくれない。

 特に再現が難しいのはコーヒーや紅茶の作り方だ。

 何度やっても執事の爺が作るほうが美味しく感じてしまう。

 

 ――執事が付けてるメガネ、あれがスイッチに使える。

 

 天地に頼んで正太郎に似合う伊達メガネを支給してもらった。

 特注品のようでフレームの耐久性も優れている。

 これを着用すると別の人格になるという自己暗示がしやすい。

 腕時計の手加減モードと同じ原理だ。

 こうして正太郎は執事モードを会得するために努力を重ねた。

 

 後日、お披露目として彼女のちなみをお客様としてもてなす。

 好きな紅茶を作り、目で楽しませて、香りで飲みたくなるように促し、味でリラックス効果を生み出す。

 お客様を満足させる真心の精神は創作にも通ずる所だ。

 

「すごいしょーくん。本当に執事になってるみたいだよ。メガネも似合ってるし」

「ちなみ様にお褒め頂き、恐悦至極にございます」

「わぉー、しょーくんの執事ってわたしの演技以上かも」

 

 短期間で執事のマネができているのは、執事の教え方と正太郎の教わり方の両方が優れているからだ。

 さすがに執事の爺には遠く及ばないが、それでも敬語の対策としては充分なレベルである。

 一通りにおもてなしをして執事モードを解除。

 本家本元の執事が作った紅茶と飲み比べた。

 

「くそぉー、やっぱこの洗練された味は出せないな。さすが最強クラスの爺さんだ」

「東城様も中々のお手前でございます」

「爺さんを超えるには、天さんの所へ下働きでもして長く修行しないと難しいぞ」

「僕は歓迎するよ。君のような優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいからね」

「わたしくも歳には敵いません。後継者として東城様は適任かと」

「あのーしょーくんって創作家だよね? なんで執事になろうとしてるの?」

「……あれ、おかしいな? オレは大人の敬語対策で訓練してたはずだけど?」

「もぉー、乗せられすぎ。しっかりしてねしょーくん」

 

 伊達メガネを装備して執事モードのスイッチとする。

 これで必要に応じて対策が取れることだろう。

 しかし執事の喋り方は大人の先生に合わないところがあった。 

 昼休みの屋上階段前の踊り場。

 シートを敷いていつも通りのメンバーが弁当を広げる。

 そして正太郎が嘆く。

 

「先生に様付けダメじゃん!! 先生様になっちまう!!」

「っていうかアンタはやり過ぎ。執事という非日常を普段の生活で使うこと自体に無理があるのよ」

「近くで見せてもろうたけどメッチャ笑えたで。メガネもバッチリ似合っとったわ」

「ちなみ、オレは何の為にあれだけの修行をしたんだ?」

「敬語の耐性はついたんじゃない?」

「……確かに。人の敬語を聞いても受け流せるぞ。さようでございますかってな」

「や、やめなさい。アンタのそれ鳥肌が立つから」

「僕は笑いのツボに来るで」

「わたしは執事を提案して良かったのか悪かったのか、正直言って複雑だよ」

 

 正太郎はメモを出して速記をする。

 快適モードと手加減モード、そして執事モードの追加だ。

 美鈴が指摘をした通り、執事モードはもっと改良をしないといけない。

 日常のレベルにまで落とさないと使えない。

 しっかりと問題点を書きとめて向き合うことにする。

 

「せやったらバイトの接客なんてええんちゃう? どうせ来年は部費のためにバイトせなアカン訳やし」

「内場の意見を採用しよう。執事モードから接客モードにダウングレードだ。もちろん執事で使える所は使うぞ。無かったことにするにはもったいないから」

「だったら来年の泉坂高校に合格目指して頑張りなさい」

「おう任せろ。皆で合格しような。それにしても……」

「どうしたのしょーくん?」

「モードにも相性があるなっと思ってな」

 

 執事モードは手加減モードと相性がいい。

 手加減をしたほうが執事の爺みたいな自然体に近くなる。

 逆に快適モードは手加減モードと相性が悪い。

 リラックスと手加減で眠気を誘い、ダラダラとしてしまって長引く。

 快適モードと執事モードは、そもそも用途が異なるので組み合わせの対象外だ。

 

「勉強・執筆・空手などは手加減なしの本気で一気にケリをつける。適度に休憩を挟んでやればぶっ倒れることもない」

「……アンタ、倒れたことあるの?」

「大丈夫、ちなみの監視下で検証したから。どうも人が集中できる時間には波があるみたいでな。オレの場合、空手みたいな運動系なら1時間、勉強みたいな頭脳系なら30分やってから休憩15分ぐらい入れるとパフォーマンスが上がる。まあ、空手の組手は超集中で5分も保てないけど、それは例外ということで」

「ほな、30分以上ある授業はどないしとるんや?」

「明らかに不合理だから手加減モードで調整、というより最初から手加減モードにして、いつ先生から指名されてもいいように気楽に構える」

「美鈴もそうなんか? あんま集中した感じに見えん時があったのはそういう事なん?」

 

 美鈴と同じクラスの内場が授業中に彼女を見る時がある。

 好きな人を見たいという心理がどうしても働くから。

 その時の美鈴は遠い目をしているように見えたのだ。

 

「あたしの場合、要点だけ抑えてあとは別のことを考えたりしているけどね」

「メッチャ余裕あるやん。せやけど先生が当てられた時に焦ったりせんか?」

「別に。ちゃんと耳は傾けているから、訊かれたら普通に答えるわよ」

「オレ、それやろうとしたら聞き逃しになるからマネできないぞ。女の脳と男の脳の違いだろうな。そういうマルチタスクができる美鈴が羨ましいぜ」

「アンタの特化した潜在能力のほうがよっぽどふざけてるわよ」

「僕に言わせたらどっちもどっちや」

「わたしも内場くんに同意」

「お前ら好き勝手言うけど、オレのほうがコスパ悪いんだぞ。消耗がほとんどない美鈴のほうが断然にチートだろうが」

「アンタがバカみたいに力入れ過ぎて勝手に消耗してるのが悪いのよ」

「仕方ないだろ。全力を尽くした戦いってのが男のロマンなんだよ。女のお前には分かるまい」

「ええ知った事じゃないわね」

 

 勝手に燃え上がる正太郎と冷めた態度で受け流す美鈴。

 どこまでも性質が真逆だ。

 それでも互いの実力を認め合っている。

 実に理想的な二人だと内場とちなみは今も思ってしまう。

 

「話は変わるけど、家事の料理を手伝ってて思ったことなんだが、小説を書くのと料理を作るのって似てるんだよな」

 

 何のために作るのかという目的があり、そこから何を作るかも考えていく。

 具体的にどう作るのかも検討していく。

 材料を集めることはネタの情報収集と同じだ。

 実際に料理を作ることは執筆に相当する。

 味の調整をするのは編集校正に値する。

 盛り付けというのは小説のレイアウトだ。

 人に料理を出して食べてもらうことは、小説を渡して読んでもらうことである。

 

「料理スキルは創作に通じる所がある。それを磨くだけの価値はある。執事モードと相性も良さそうだしな。彼女のちなみにお昼の弁当でも作ってあげて、それで修行をしてみるのもありかなっと」

「その気持ちは嬉しいけど、しょーくんの負担にならない?」

「恋煩いの対策にいいと思うんだよ。あれってヒマしている時に発生しやすいからさ。それなら彼女に美味しいって思ってもらえるような料理を考えて作ったりして、恋煩いを逆手に取って活用したほうが建設的じゃないか」

「……その言い方ずるい。わたしだけ貰ってばかりだと不公平だよ」

「だったらオレの弁当をちなみが作れば公平になるぞ。ちなみがイヤでなければだけど」

「イヤって言う訳ないじゃない。しょーくんより美味しい弁当作ってやるんだから」

「言ったな。オレのほうがちなみより美味しい弁当作ってコテンパンにしてやるよ」

「むぅー、彼女をコテンパンってひどい。乱暴だよしょーくん」

「あいにくだが勝負の世界は厳しいのだ。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすぞ」

「わたしが兎になるとは限らないよ。あとライオンだって狩りに失敗するかもしれないから」

 

 これでお互いに食べ物の好き嫌いを知り合った。

 正太郎はブラックコーヒーみたいに苦味のあるものがダメ。

 野菜でも苦味さえなければ食べられる。

 ちなみはあまり辛いものは食べられない。

 カレーなら甘口でないと口にできないタイプだ。

 激辛キムチは完全に受け付けないと思っていい。

 

「ホンマ東城がおると退屈せんわ。次から次へと突拍子もないことしよる」

「あたしから見れば単なる修行バカよ。なんでもかんでも修行に置き換えてやろうとするバカね」

「ええことやで。自分を高めて将来に繋げていこうとするんやから」

「誰も悪いなんて言ってないわよ。本人のやりたいようにすればいい」

「……僕も料理やったほうがええんかな?」

「できたほうがいいけど無理しなくていいわよ。向き不向きがあるから」

「せやな。僕ドンくさいし、包丁で手を切りそうや」

 

 それ以降、ちなみの弁当は正太郎が、正太郎の弁当はちなみが作った。

 回数をこなすことで盛り付けも含めて上手く出来るようなる。

 相手に喜んでもらえるように恋煩いを昇華させること。

 おかげで切ない感情を尽くす楽しみに変えてくれた。

 

 ――小説の料理描写でも役立つからメリットが大きいな。

 

 放課後になって正太郎の隣に来るちなみ。

 目を合わせてきたので正太郎は先に教室を出て安全を確認。

 ちなみがついて来るので、階段や校内の扉、そして校門も先に正太郎が抜ける。

 死角から来るかもしれない人との衝突事故を予防するためだ。

 学校の外に出たタイミングで指を絡めての恋人繋ぎ。

 ちなみのペースで握る手の振りと歩きのリズムを自然に合わせる。

 

「しょーくん、いつも守ってくれてありがとう」

「どういたしまして。毎日やっているとタイミングや合図が分かるようになるものだな」

「阿吽の呼吸だね。皆から夫婦みたいだって噂されちゃってるよ」

「まだ未成年なのに。ところで今日は一人?」

「うん。夜遅くまで帰ってこないよ」

 

 正太郎は周囲の安全に気を配りながらチラチラと様子を伺う。

 ちなみの楽しそうな笑顔が広がっていた。

 目を合わせてきたので心の中で語りかけてみる。

 

 ――親に連絡してちなみの家で夕飯食べて行くか。スキンシップでストレスを抜かないと本気出した時にヤバいし。ついでに演技の練習もやっておきたい。

 

 ちなみが足を止めて携帯を出して見せた。

 正太郎が頷くと東城家の自宅電話へ掛けてくれる。

 携帯を手渡されて、ちなみの家で夕飯を済ませることを報告した。

 そして了解を得られたので携帯を返して再び歩き出す。

 

「リクエストある?」

「パスタできる?」

「できるよ。楽しみにしてて」

「……何気に主語抜いたな。オレだから意味は通じたけど、他の人だったら何のリクエストかって言われるぞ」

「そもそもしょーくん以外に言わないから」

「アイコンタクト送って、ちなみが携帯を出して、それで完全に読まれてるって分かった」

「そう? 結構わかりやすかったと思うよ」

「家に一人という前置きもあったからな」

「ううん、それがなくてもしょーくんの甘えたいって気持ちが伝わってきたから」

「そっちかよ。でも甘えたいは子どもみたいでちょっと抵抗がある。癒されたいに訂正だ」

「うん、じゃあそっちで」

 

 家へ到着してちなみの部屋に入れてもらう。

 夕飯を作ってる間の正太郎は授業の復習をしていた。

 問題がないことを確認して次は脚本のチェックである。

 手抜かりがないことを知り、あとはメモの整理整頓だ。

 そんな作業をしている内にちなみが食卓へ案内してくれる。

 ナポリタンにオニオンスープ、切り干し大根のサラダだ。

 いただきますと両手を合わせての夕食タイム。

 食べ終わった時に素直に美味しかったと感想を口にする。

 ちなみが照れたようで洗い物へ向かった。

 近くにいても気が散って邪魔になりそうだ。

 正太郎はそう判断してちなみの部屋へ戻る。

 

 ――今度オレがお返しで作るなら、ミートソースとポタージュスープか。サラダは栄養の高いゆで卵でも添えるか。

 

 パスタにはパスタでやり返す。

 長く付き合っていれば機会もあるだろう。

 忘れないようにメモをしておく。

 ちなみがホットなレモンティーを持ってきてくれた。

 その紅茶で一息入れてリラックスをする。

 ちなみも隣に座って落ち着いていた。

 さりげなく正太郎のほうから肩を寄せてくっつける。

 特に嫌がる様子がないのでそのままを保つ。

 

 ――好きって言ったほうがいいよな。ちょっと言ってみたい気分もある。

 

 照れくさいし恥ずかしい。

 でも素直に伝えておきたい気持ちもある。

 人前でないなら正直に言っても構わないだろう。

 ちゃんとメリハリはつけているのだから。

 

 ――変に疑われたくないからちゃんと目を見て言おう。嘘はついてないってことで。

 

 心理的にハードルは高いかもしれない。

 でも別にやましい事は何もないのだから堂々と見ればいい。

 ちなみの反応がどうなるかは、実際に伝えてみれば分かることだ。

 

「ちなみ」

 

 ティーカップを置いてから名前を呼んで待つ。

 

「なにしょーくん?」

 

 ちなみがいつものように返事をする。

 当然、先を促してくるので体をちなみのほうへ向けて座る。

 対面となってちなみが顔を上げて見つめてきた。

 

 ――うんわかってた。ドキドキするのは当たり前だよな。

 

 こういうのは長引くと言えなくなる。

 だからサッサと言ってしまうのに限るのだ。

 

「好き」

 

 正太郎が想いを伝える時は飾らない。

 シンプルイズベストである。

 余計な言葉を付け加えようとすると逆に言えなくなるから。

 

「……わたしも好き……好きだよしゅーくん」

 

 想いを噛み締めるように間を置きながら返してくれる。

 言葉の愛情表現を受け取ってくれた。

 ちなみが自分の手をこすり合わせているのは照れ隠しのようだ。

 

「あ、ありがとう……」

 

 さすがに気恥ずかしくなってきた。

 でも気持ちはスッキリしているので後悔はない。

 付き合っていく上で大切なことだと認識する。

 

「しょーくん」

 

 見られる恥じらいからか正太郎の胸へ顔を寄せてきた。

 コツンとちなみのおでこが当たる感覚。

 それをきっかけにちなみの髪をそっと撫でて抱き寄せる。

 しばらくするとちなみから腕を回されて抱き返してきた。

 

 ――花のような香り、ちなみの匂いだ。

 

 髪から放たれるフローラルの香りに胸がときめく。

 嗅覚による刺激でスキンシップをより求めたくなる。

 無意識に抱きしめる力が強くなった。

 

「んっ……」

 

 ちょっと苦しそうにしているちなみ。

 力を緩めると首をイヤイヤと振った。

 強めるといいようなのでお望み通りにする。

 

 ――キスもしていないのに興奮してきた。深呼吸でもしたらさらに興奮するだけだ。

 

 下手をすれば発情した獣みたいな息遣いになるかもしれない。

 流石にみっともないから理性で抑え込む。

 それでも限界はやって来て押し倒してしまう。

 ちなみの頭を守って手を差し込んでいたのが幸いした。

 

「……」

 

 至近距離で見つめ合ってしまう。

 吐息まで聞き取れるほどの近さだ。

 ちなみの後頭部に手を差し込んでいるから後ろへ引けない。

 ジーと待ってちなみの目が閉じたのを確認。

 そのおでこに一瞬だけの口付けをする。

 何も反応がない。

 今度は左右のほっぺに唇を当てて離す。

 それでも反応を返さない。

 残るは唇だけ。

 これ以上の焦らしはできない。

 鼻をぶつけないように傾けながら近付けていく。

 

「んっ……」

 

 重ねた瞬間にあふれ出る吐息。

 待ち望んで離すまいとしがみつく。

 お互いに目を瞑り、時間の感覚を忘れて意識を委ねる。

 熱が帯びて全身が火照っていく。

 胸の高鳴りが早まって一向に止まらない。

 少し離れて呼吸を整えながらベッドへ移動。

 L字の壁に背を向けて足を投げ出し座る。

 ちなみもベッドへ乗り出して近寄ってきた。

 

 ――もうどうにでもなれ。

 

 うっとりしている彼女に両手を広げて誘う。

 女の子座りで首の後ろに腕を回された。

 ちなみの背中に腕を巻くようにそっと抱き返す。

 そして顔を上げてちなみと見つめ合う。

 

「しょーくん」

「ちなみ」

 

 名前を呼び合ったことを同意をみなしたのか。

 ちなみから顔を寄せてきたので目を瞑る。

 その直後に重なる唇の柔らかさとぬくもり。

 ギュっと反射的に腕に力を込めた。

 密着が激しく刺激的で逃げられない抱っこの体勢。

 愛情がダイレクトに伝わり、興奮で息継ぎが荒くなる。

 キスでくぐもった声漏れがする。

 本能的に身体を擦り付け合って熱が増した。

 やがて腕の力が抜け切ってベッドへ寝かせる。

 身も心も委ねて主導権はちなみに握られていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定