青春100% 作:完結の陽炎
春休みの暖かな気候の時期。
美鈴の部屋で映制のメンバーが集まっている。
進行役を任されている正太郎が演説の真似事をした。
「泉坂高校に皆で合格できた。これは本当に良かったと思う。誰かひとりでも欠けてしまったら、その時点で映制は終わっていた。皆の頑張りが今こうしてベストな結果を出している。だから自信を持って、今後の映制活動でも、皆と一緒に頑張っていきたいと思う」
優しく微笑んで見守ってくれる内場。
目をキラキラ輝かせてやる気満々の唯。
見惚れてうっとりした様子のちなみ。
鋭い目つきで真剣に耳を傾けてくれる美鈴。
それぞれの反応は異なるが、信頼に置けるだけの団結力がある。
「内場が映研の内情を探って情報を得てくれた。それによると、映研は夏休みまでほとんど活動はしない、というか出来ない状況のようだ。部費確保のためのバイトぐらいが関の山。嵐泉祭で結果を出せなかったことが痛手だったみたいだ」
もし結果が出せていたら、学校側から予算の融通がきいて部費の確保がしやすくなったかもしれない。
まともな部室が与えられたかもしれない。
しかし映研の失態については過ぎたことなので今更どうこうは言わない。
「知っての通り、映研と映制は動画部の下でチーム名みたいなものだ。表向きには動画部となっているため、部室や予算など共用となる点は必ずある。で、部室の件について言いたいことは、あんなボロ小屋でまともな部活動ができるか!! というのがオレの本音だよ」
「ぶっちゃけたな東城。せやけど気持ちはわかるわ。あれを部室として使うのはホンマに向かんって。物置にしても映研かて使うやろうし、かなり気ぃ遣うで」
「唯、ジメジメしたあの小屋の中キライ。なんか虫も湧いてきそうだよぉ」
「うんうん、エアコンなんてないし、夏場はサウナみたいになっちゃうよ。ねえしょーくん、あの部室は映研に譲って、わたしたちはこの部屋で活動するでいいんじゃない?」
「映画の撮影は校外活動になるだろうから、美鈴の部屋もその一環みたいにして上手く立ち回るか。顧問の黒川先生に事情を説明しておけば、学校側には上手く処理してくれるだろう」
近日中に携帯を持つ予定だから何があれば連絡は取れる。
少なくとも今の部室を映制が利用したいとは思えない。
ちゃんとした部室であれば、映研との共用で前向きに検討もするのだが。
「撮影の資材やら部活の書類やら消耗品やら、色々な物の保管を美鈴の部屋で全部できるか?」
「工夫次第かしらね。モノにもよるわよ」
「実際にやってみて、もし無理そうなら言ってくれ。その時は天さんに相談してみる」
映制が活動する拠点は美鈴の部屋とする。
本当は部室でやるのが望ましいが現時点では期待できない。
ないものねだりをしても仕方のないことだ。
「では次、映研は部活の紹介をするための動画とか、あるいは説明を書いたパンフレットとかの類は作っていないようだ。新入部員の募集はオレたちの場合、勝負がつくまではやらないつもりだが、向こうの映研は歓迎中。その割に募集のポスターは作ってない。そうだよな内場?」
「せやで。真中先輩から聞いた限りやと、特に作っとらんな」
「ネットを通じて動画紹介をしたり、ネット以外ならばパンフレットで紹介しておいたり。どんな感じで部活をしているのかのイメージがつかないと、敷居が高くなって誰も来ないってオチになりそうだな。さっちゃんは唯の繋がり、妄想使いはコミさんの繋がりでコネクションありきだし。まあ、この辺りは映研が勝手にやるかな?」
「せやけどやりそうな気配がないで。すべて成り行き任せ、結果を出せたら勝手に来るやろうって思うとるかもしれん」
「あのカントクならあり得るか。自分たちが卒業したら部が潰れても構わない。あとの後輩たちに残すつもりはないという考えかもしれない。あるいは後輩たちが入ってきたら、そいつらに丸投げをして後は知った事かという無責任な放置も考えられる」
「じゅんぺーは行き当たりばったりだからね。昔っから後先考えない所があるよ」
「映画監督という夢を追うなら、こういった宣伝活動ぐらいは当たり前にやったほうがいいと思うけどな。本当にやる気があるのか疑われるぞ。驕り高ぶれば身を滅ぼす。内場の歴史漫画でも証明されている」
「僕らはどないする? 映研を出し抜くつもりで、そういう宣伝活動に手をつけるんか?」
「うーん、募集はしないからな今の所。紹介だけやるのも中途半端じゃないか?」
「唯は分かりやすい説明をしてくれるほうが親切でいいと思う。後のこともちゃんと考えて、部を作った責任を果たすって大事だと思うんだよねー」
「唯がそう言うなら、映制を作るわたしたちも責任を取らないといけないねしょーくん」
映制から部活の紹介動画やパンフレットの作成に着手するべきか否か。
議論を交えて出尽くした頃に、最終決定権を持つ監督の美鈴に確認をする。
いつも通り、美鈴が口出しをするのは皆の言い分を全て受けてからだ。
「これは映制だけの問題じゃないわ。設立をした映研にも責任を取らせないとね」
「映研と映制で折半でもするのか? 向こうは映研の頭脳であるヒロシ兄さんがいるから、自己紹介動画ぐらいなら余裕で作れるだろう。それならオレたち映制はパンフレットでも作るか?」
「せやったらヒロシさんとの交渉やな東城」
「えーまたオレがヒロシ兄さんと話し合いするのか? ヒロシ兄さんって油断できないから大変なんだぞ。内場でもいけるんじゃね?」
「アカンアカン。僕やと足元すくわれて映制の為にならんのや。映制に不利なことにならんようにするには、強気で対抗できる東城のほうがええ」
「唯やちなみにやらせてみるのもいいんじゃないか?」
「しょーたろに任せるよ」
「しょーくんにやってほしいな」
速攻で押し付けてきた。
正太郎のほうが適任だと信じているから。
人はそれを丸投げと言う。
「よし、それなら美鈴に――」
「アンタがやりなさい。これは部長命令よ」
「えー、オレより頭がいい美鈴のほうがヒロシ兄さんといい勝負できると思うけどな」
「履き違えるんじゃないわよ。これは勝負じゃなくて交渉よ。お互いの為になるように上手くまとめるのがアンタの役目だから」
「せやせや頑張りや映制の柱」
「ファイトだよ映制の柱」
「わたしも応援してるね映制の柱で有名なしょーくん」
「別に有名でもないから。ってかお前らノリノリで押し付けんな」
そう言いつつもヒロシの部屋へ向かう。
ノックをしてヒロシから返事を受けての入室。
映研の頭脳であるヒロシと交渉を始めていく。
「なるほど。僕ら映研が自己紹介動画、キミらはパンフレット作成で分担したいと?」
「先に設立したのはそっちなので、責務を果たす必要があるかと思うッスよ」
「あいにく僕の一存では決められないことだね。監督の真中がやるって言わなければ僕は手を貸せないよ」
「せっかく対決という目玉があるのに、それを宣伝に活かさないのはもったいない話ッスね」
「そうだね。僕個人は楽しみにしているよ。美鈴たちが結成した映制との対決を」
「っ!?」
ヒロシから裏ボスのような底知れない気配が垣間見えた。
直感的にヤバいと察知する正太郎。
すぐに腕時計を外し、プレッシャーを跳ね除けて本気を出す。
「ごめんヒロシ兄さん。ちょっと余裕ないから後輩口調は抜くよ」
「元より抜いてくれていいよ。タメ口のほうが正太郎くんらしくていい」
「そのためにプレッシャーを与えるなんて性質が悪い。それを美鈴にやるつもりはないよな?」
「もちろんだよ。美鈴には悪影響だと思うからね。くっくっくっ」
「うわあー、口元だけですげー邪悪に見えるけど面白いな。オレの潜在能力が刺激されて対抗してやりたくなるよ」
「ところで話は変わるけど、黒川先生は実に素晴らしい人だと思わないかい?」
「全くもって同感。あの人のおかげでオレは一気に成長したと自覚している。大人にもああいう人がいるんだって視野が広がった。ヒロシ兄さんも似たような感じか?」
「そうだね。どんな僕でも大人の対応をしてくれる優しい先生だよ」
ヒロシの悪魔のような本性に心がワクワクして楽しくなる。
相手が強ければ強いほどに燃え上がる男心。
全力で言葉遊びでもしてみたくなるが、映制としての立場は忘れない。
「カントクがやる気を出したらヒロシ兄さんは今回の件を話す。それまでは黙ってくれていい」
「おや、それでいいのかい?」
「本人がやる気にならないと意味がない。言われてやるではダメだ。その先の成長がないから。こんな上から目線のオレって普通なら嫌われるだろうな」
「自覚があるなら問題ないよ。正太郎くんはちゃんと空気が読めてるからね」
「天さんから譲ってもらったノートパソコンがあるから、パンフレットの作成はオレたちでやるよ。映研も映制もやっていることはそう変わらないから、映画作りのイメージが外れることはないはずだ」
「正太郎くんの配慮に心から敬意を示すよ。今後も何かあれば、こうやってお話ができることを望むね」
「内場では荷が重すぎる。唯やちなみも不可。美鈴も相手が悪すぎる。交渉担当はマジでオレだけか。そっちはいいよな。つーさんとかさっちゃんとか、他にも代わりがいるから」
「心配しなくていいよ。こんな楽しいこと、他の人に譲るつもりはないからね」
「いいよ。ヒロシ兄さんの相手はオレが真っ向から受けて立つ。どんなヒロシ兄さんが相手であろうと一向に構わん。映画を通じてオレたち映制が勝つだけだ」
「そうかい。まあ、僕は僕の目的が叶えばいいさ。これからも美鈴を頼むよ正太郎くん」
「心得た。では失礼」
長居は無用だと正太郎は退室する。
不測の事態で本気を出している。
あまり長時間はやらないほうがいい。
すぐに美鈴の部屋へ戻って報告を済ませた。
「しょーくん、腕時計外してるけど何かあったの?」
「おっといけない。付け忘れるほどヤバかったか」
正太郎は気を張り詰めていたのだろう。
腕時計をつけて手加減モードに切り替える。
それで気が緩んでしまい一気に疲労が膨れ上がった。
思わずちなみにもたれかかってしまう。
「しょーくん!?」
「騒ぐな。敵のヒロシ兄さんに弱い所を悟らせたくない」
「……あの人、しょーくんに酷い事したの? ねえ何されたのしょーくん?」
「落ち着けちなみ。説明するから静かに聞け」
ちなみに膝枕をしてもらって楽な姿勢で話す。
一通りを説明を聞き終えた映制メンバー。
その中で美鈴は不快な顔を浮かべた。
「舐められたものね。あたしに本性を隠して守ってるつもりなの?」
「美鈴、きっと兄心ちゅうヤツや。身内に本気は出せんけど東城なら出す。それほど東城に対してヒロシさんは強敵やと認めとるんや」
「……ふんっ」
「しょーたろ、大丈夫?」
「おう平気だぞ唯。でもちなみはヤバいよな? 報復するのか?」
「しょーくんは望んでないよね?」
「映画で勝つ。それで伝わるか?」
「うん。絶対に勝とうね。それで後悔させてやるから」
「ああ。後悔させてやるぐらいに勝ってみせるぜ」
ちなみはヒロシに対する怒りを抑えた。
映画で正々堂々と勝負をする。
それで見返してやることが正太郎の望みだから。
「今回は予想外で急に本気を出したからこうなったと思う。次からの交渉では、計画的に準備をしてから本気を出すように改善するよ」
「……」
「ちなみ、そんな顔するな。オレを信じて任せてくれたちなみの判断は正しい。あれは本当にオレしか対応できん。あ、ついでに内場と唯も間違ってないからな」
「僕らはついでかい!!」
「むぅー!! ついで扱いなんてひどぉーい!!」
「とりあえず、オレら映制はパンフレット作成ということで動く。映研の今後は内場が探ったほうがいいだろう。オレだと警戒されるから」
「せやな。その辺りは僕がやるから安心しい」
「唯も手伝うね!!」
「そうだな。唯もよろしく頼むぜ。音楽も忘れるなよ」
「もちろんだよ!!」
自責の念を駆られないように気を回す。
やるべき事があれば考え込むこともないだろう。
正太郎は引き受けてくれる二人を見て安堵した。
「さてと美鈴」
「皆まで言わなくていいわ。今日はここまでよ。歩ける?」
「さすがに歩けるって。別に怪我した訳でもないしさ」
「そう。ちなみ、連れて行っていいわよ」
「うん。行こうしょーくん」
「どこへ?」
「決まってるじゃない。あたしの部屋。そこが一番落ち着くでしょ?」
「確かに。不思議とオレの部屋よりも、ちなみの部屋のほうが居心地が良い」
「もぉー褒めても紅茶とお菓子ぐらいしか出ないよ」
「充分すぎる。それで回復だ」
正太郎が起き上がり、ちなみに引っ張られて部屋を出る。
それを見送って唯もバイバイと元気に挨拶をして退室。
残ったのは内場だけだ。
「兄貴が気に食わない。まるでアイツを玩具扱いしてるみたいで腹が立って来るわ」
「ヒロシさんに悪意はないで。競争したり、対抗したり、勝負にこだわったりなどは男としてよくある感情や。いわゆる闘争本能みたいなものやろうか。お互いに滾ってしまって盛り上がるんやろうな」
「理解できないわ」
「それはしゃーないで。これは男と男の勝負みたいなノリやからな。言うなれば男の世界や」
バトル漫画を描く内場は二人の心理がよくわかるようだ。
女の美鈴にはそういうものかと割り切るしかない。
「一体、どれが本当の兄貴なのよ?」
「どれもホンマのヒロシさんやで。誰もが色々な顔を持っとる。それを自覚しとるかしとらんか、あるいは気付いとらん振りをしとるかやで」
「達観したように言うのね貴方は」
「これでも色々な漫画を描いてきたんや。心理描写の必要性から結構学んできたつもりやで」
「……いいわ。兄貴がどうだろうと知った事じゃない。あたしは映制の監督として、映研よりもいい映画を作って勝つ。ただそれだけよ」
「僕も助監督として支えるから一緒に頑張っていこうな」
「当然よ」
しばらくして内場が帰っていった。
そして美鈴は兄の部屋を訪ねる。
そこにはいつも通りの兄がいた。
「どうしたんだい美鈴? 何かいつもと雰囲気が違うね」
「……兄貴」
「ん?」
「アイツとの会話は楽しい?」
「正太郎くんのことかい?」
「そうよ」
「うん楽しいよ。美鈴もそうじゃないのかい?」
「さあね」
「否定はしないんだね」
「……」
「ふむふむ、なるほど」
「なによ?」
「美鈴が可愛くてたまらない。そんな妹を持てる僕は幸せだね」
美鈴はどこまでいってもヒロシの妹である。
正太郎よりも賢いはずなのに下に見られている。
そんな気がしてしまい内心で腹は立つが……。
「男の世界……ホント訳わからないわ」
「ん-? 何の話だい?」
「別にこっちの話だから兄貴は関係ない。つーか身内の恥さらすな」
「恥ってひどいな。僕が一体なにをしたって言うんだい?」
「いっつも女の子の写真を撮ってる変態が恥でなくて何て言うんだ?」
「いやいや、いつもはないよいつもは。そうありたいとは思うけどね」
「調子に乗るな。兄妹の縁を切るよ」
「それは困ったなぁー。アハハッ、でも美鈴がいつも通りで良かったよ」
「……バカバカしい。これ以上、兄貴と話しても時間の無駄よ」
「来たのはそっちじゃないか?」
「うるさい。もうどうでもいいわ」
美鈴はそう言い残して部屋を出ていく。
完全にいなくなったことを確認するヒロシ。
そして意味ありげに呟く。
「お兄ちゃんも色々あるんだよ美鈴」
………………。
…………。
……。
共に夢をやり遂げるために立ち上がる淳平と綾。
再起をするために春休みの臨時ミーティングを実施。
皆の都合が良い日に集まってもらった。
夏休みまで何もしないのは流石にどうかと思う。
だから映研の活動について何かないかで意見を求めた。
部費稼ぎのバイトという指摘があったので、それ以外の活動という事で言い直しをする。
「映像研究部って曖昧なんだよね。まだ弟くんたちが作る映画制作部のほうが目的が分かりやすくてイメージしやすいよ。だから新入部員が集まらないんじゃない?」
「空手のデモンストレーションみたいなのはないのかい? 実際に見てもらうほうが手っ取り早いとあたしは思うがね」
「ぶ、部活動のパンフレットがあればいいのではないでしょうか?」
意見を出してくれたのは、つかさ・さつき・こずえである。
三人に共通することは、部活動の宣伝を兼ねての説明不足だ。
これには淳平も頷くしかない。
「僕らは動画部の名目を置いているから、映研の紹介動画ぐらいはあったほうがいいだろうね」
ヒロシも同意を示している。
淳平は綾にも意見を求めようとするが。
ーーな、名前呼んで皆にからかわれないかな?
内場や美鈴の時は流してくれたが、映研メンバーはどうだろうか?
そう思うと名前で呼ぶのに躊躇いが生じてしまう。
するとつかさが察して言ってくれた。
「真中くん、綾のことなら皆知ってるし、別にキミと綾が名前で呼び合っても誰も気にしないから、普通に呼んでいいよ」
「し、知ってるってどうして?」
「嵐泉祭のカフェでとっくに噂が広がっているから。あと弟くんからの裏も取ってるし」
「真中、なにも恥ずかしい事はないぞ。俺とこずえちゃんを見習え」
映研で設営や運搬などの力仕事で貢献をした力也。
怖い顔をしているけど縁の下の力持ちという評価で見直されてきた。
特にこずえと付き合ってからは、これまでの露骨な態度や言動が鳴りを潜めたことが大きい。
全てをこずえに向ける形となり、他の人に対しては割と大人しくなったのだ。
そんな力也の進化に淳平は悔しくなった。
自分も変わっていきたいという劣等感を味わった。
「わかったよ。えっと……あ、綾」
「は、はい。じ、淳平くん」
「綾は今後の活動に向けて、何かやったほうがいい事ってない?」
「うーんと、この件を私たちだけで勝手にやっていいのかな? 部の宣伝だから映制の人たちと話し合って決めたほうがいいと思う」
「た、確かに一応、名目上は同じ動画部で、あっちの宣伝にも関わって来るよな。よし、それなら話し合いに誰か――」
「真中、既に話はついているから何も問題はないよ」
ヒロシから映制との交渉は完了しているとの事。
映研が自己紹介動画、映制はパンフレット。
役割も決定しているのに何故それを黙っていたのか?
淳平の問いかけにヒロシは悠々と応じる。
「真中のやる気を見てからの判断さ。こういうのは自分から進んでやっていこうとすることが大切だからね」
「もし、オレが何もしなかったらダンマリしたのか?」
「それはないね。真中を支える東城がいる時点でこうなることは予想済みさ。何もしない確率はゼロと踏んでいたよ」
「まるで外村の計算通りに動いてるみたいじゃないか?」
「正太郎くんもこうなることを見越しているよ。真中のやる気を見るまでは黙ってていいと言っていたし。まあ、それがなくても僕は元々そのつもりだったけどね」
掌の上で踊っていたと感じてしまう淳平。
ヒロシだけでなく正太郎まで展開を読まれている。
頭脳戦で全く敵う気がしない。
「外村がいなかったら、とっくに夢が終わっていたかもしれない」
「おやおや、映研の監督からそのように評価を受けるとは光栄だね」
「茶化すなよ。これからも向こうとの話し合いは外村に任せていいか?」
「僕でいいのかい? やりたい人が他にいるかもしれないよ」
ヒロシの返し方が妙に遠回しである。
もっと周りを見ろとでも言いたいのだろうか?
さつきとつかさに前髪越しの熱い視線を注ぐ。
本当はカメラで一枚撮りたい。
だが空手使いのさつきに隙がないので自重だ。
「あたしバス。頭使うことはダメなんでね」
さつきの返事はヒロシの予想通り。
正太郎がさつきを評価していたが、それは空手の指導が良かったからだ。
それ以外となれば話は別となる。
「あたしも遠慮するね。そういうことは外村くんのほうが向いてると思うよ」
断ってくることはヒロシの想定内。
つかさの冷静な返答には客観性を感じさせた。
優れている人を認める度量がある。
そつなくこなすオールラウンダー。
それがヒロシと正太郎の共通認識。
最後の砦はつかさになるだろうと見ている。
「ふむふむ。向井はどうだろうね? 正太郎くんが相手なら割と話せるんじゃないかい?」
どこかお芝居のかかった動きをするヒロシ。
今度はこずえをターゲットに顔を向ける。
「は、話せても上手くやれる自信がないです。だから他の人にお任せします」
当初に比べて話せるようになってきた。
ヒロシや淳平のような知り合いなら苦手意識も薄れる。
力也との交際で男に対しての免疫がついてきたのかもしれない。
「さてさて、あの正太郎くんと話し合えるとしたら僕の他にもう一人、それは……」
探偵になったかのように気取ってみる。
今から犯人を当ててやるぞというお茶目なヒロシ。
ちょっとでも女の子に向けて楽しみたいようである。
「東城だよ。いやここはあえて、正太郎くんのお姉さんと言っておこうか」
「おいおい外村、さっきからお前テンションおかしくね!? 綾を犯人っぽい言い方してるし!!」
「北大路・西野・向井は確かに正太郎くんが相手では厳しい。小宮山は力仕事で活躍してこそだから除く。真中も荷が重いだろう。こうして消去していくと、おのずと残るのは僕と正太郎くんのお姉さんとなる訳だよ」
「おいこら外村!! オレを無視して話を進めるな!!」
「あ、あの外村くん。要するに私に正太郎と話し合いをしろってことでいいのかな?」
「いや違う。今後の話し合いは僕で構わないんだよ」
「だったら何でさっきから遠回しに皆を伺ってるんだよ!! 訳わかんねえぞ!!」
すっかり振り回されて感情的になる淳平。
そういう所は美鈴とは大違いだと内心でヒロシは思う。
「それはね、真中にはもっと広く視野を持ってほしいからさ。さっきも言ったけど、他にやりたい人がいるかもしれないんだよ。まずは皆の気持ちを確認するべきじゃないかな? いきなり僕で押し付けてしまうと、周りの配慮に欠けてしまって大変なことになるかもしれないよ」
「むっ……い、言われてみるとそうかも……」
「あとね、僕が病気や怪我、家族のご不幸などの不測な事態があった時の備えは必要さ。だから代役を事前に確保しておくといい。もちろん何もないのが一番だけどね」
「た、確かに……」
「よって、このメンバーの中で、僕以外で正太郎くんとまともに交渉事ができそうなのは、東城こと正太郎くんのお姉さんだけだと僕は愚考してみたけど、どうかね?」
これには部員一同が感心の声を上げてしまう。
普段の変態が別人のようだと驚き満載だ。
たまにはヒロシだって真面目にやる時はある。
これを聞いた綾は納得をした上で答えた。
「外村くんの言ってることは正しいと思う。何かあった時の保険は必要だよね。万が一のことなんてあってほしくないけど。だから外村くんの代役、私が引き受けるから安心して」
「不吉なフラグを立てるつもりはないけど、僕に何かあった時はよろしく頼むよ」
最初はろくでもない男共だと見下していたが今は違う。
この時点で既にさつきは認識を改めていた。
真中・外村・小宮山で三人を苗字で呼ぶようにしている。
良い方向に時の流れが進んで成長させていく。
………………。
…………。
……。
ちなみの部屋で沢山の愛情を注がれた。
ベッドの枕に顔を埋めての照れ隠し。
そんな正太郎の無防備な脇腹をくすぐって悶えさせる。
「や、やめろ。やめるんだちなみ」
「わたしの枕を勝手に使うしょーくんが悪い」
「やだやだ。顔を見るな。恥ずかしいから見るな」
「枕を嗅がないでよ。くんくんしたらお仕置きだからね」
「オレに死ねと!? 呼吸しなかったら死ぬだろうが!!」
「だから返してってば!!」
「ぐぬぬ……えいやー!!」
枕をちなみの顔に目掛けて不意に投げつける。
腕時計を付けての手加減モードだ。
柔らかい枕だから痛くはないが。
「ちょ、ちょっとしょーくん何する――きゃっ!!」
枕をどかした隙にちなみの胸へ飛び込む。
そのままベッドへ押し倒した。
大胆な正太郎にちなみが慌てふためくが。
「これなら顔を見られなくて済む」
「も、もうしょーくんったら、急にビックリするじゃない……そんなに見られたくないの?」
「今はダメ。顔が緩んじゃって恥ずかしい。色々制御できてない」
「そっかそっか。照れ屋さんだねしょーくんは」
「悪いか?」
「照れてるしょーくんはカワイイ。でも素直に見せてくれるしょーくんもカワイイと思う」
「んっ……この状態のナデナデ気持ちいい……すっごく安心する」
ちなみに頭を撫でられて嬉しそうな声を出す。
もし犬の尻尾があれば大回転するイメージ。
正太郎が好んでいるスキンシップのひとつだ。
「これ、しょーくんのお気に入りベストスリーだね」
「うん。一番は背中合わせ、二番は膝枕、三番は胸の中での頭ナデナデ」
「一番目は快適モードだったよね?」
「そうだよ。ねーちゃんの覚醒モードに対抗する秘奥義」
「二人だけの秘密の奥義だね」
「ああ。誰にも見せるつもりはない。見せたくない」
「わたしもだよ。ねえ、わたしのお気に入りランキングは覚えてる?」
「一番は座った状態の抱き合いキス、二番は強めの抱擁、三番は肩寄せの恋人繋ぎ」
「正解。覚えててくれて嬉しいよ」
母性本能がくすぐられるのか。
正太郎の頭の撫でる手つきが優しい。
吐息が気持ち良さげに鳴り響く。
まるで猫がゴロゴロと喉を鳴らすかのように。
「好き」
「うふふ、わたしもしょーくんが好き」
「……恥ずかしいのが慣れない。感情表現が苦手」
「大丈夫だよ。しょーくん分かりやすいから、ちゃんと伝わってるよ」
「……高校がちょっと不安。クラスで誰とも一緒になれなかったら?」
「きっと誰かひとりぐらいは一緒になれるよ」
「誰ともなれずに一人だったら?」
「わたしが毎回顔を出すよ。しょーくんを一人にさせないから」
ちなみが力強く抱きしめた。
正太郎の不安を打ち消そうとするかのように。
ちなみがお気に入りになる気持ちが理解できる。
注がれる愛情を強く感じられるから。
「い、息が……」
「あ、ごめんしょーくん」
「胸の中では窒息リスクがあるから、背後抱きか顎を肩に乗せるかで改善したらいい」
「どっちがいい?」
「背中を守ってくれるほうが安心だから背後抱きで」
正太郎の後ろに回って力強く抱き締める。
目を閉じて力を抜き、その身を委ねていく。
そのまま後ろにいるちなみへ話しかける。
「入学式の新入生代表に選ばれなくて良かった。正直ヤバいかなって思った」
「首席が美鈴だったね。わたしはしょーくんが首席になるかもって思ったのに残念」
「なんでだよ? 美鈴のほうがオレより頭いいじゃん」
「だってあの入試の結果だけで判断するんでしょ? だったらしょーくんは美鈴に負けない点数を取ってると思うんだよねー」
それを聞いて正太郎は黒川先生との連絡を思い出す。
映制の件で電話をした時に聞いた話だ。
ここだけの話と念押しをした上でちなみに明かす。
「オレと美鈴の点数が同じで、どっちを首席にするかで協議がされたらしい。同じ中学出身でなおかつ同じ点数という前代未聞の結果だったから。教員の間でスゴイ話題になったそうだ。美鈴が選ばれた理由は内申点。それを決め手に首席にしたんだってさ」
「それならしょーくんが次席ってことになるよね?」
「ああ。卒業先の中学は首席と次席のコンビ誕生で評判が上がっただろうな」
「ついにしょーくんがナンバーツーの存在に」
「中学の入学時では想像もしなかったな。あの頃は落ちこぼれだったし」
お喋りで気を紛らわせても心が浮かれてしまう。
好きが溢れて胸の太鼓が激しく打ち続ける。
それをお互いに感じ取っていた。
「しょーくんがドキドキしてる」
「ちなみこそドキドキしてるぞ」
「うん。一緒だね」
「ああ、お互い様だ」
照れて心が乱されてしまうのに慣れない。
もう開き直れよと心に言い聞かせようとする。
素直になって好きな人が喜んでくれるならそれでいいではないかと。
二人だけの秘密の時間だから。周りに誰もいないから。
「あ、この前描いてくれた桜のイラスト良かったよ。ちなみの日記小説を書くネタにもなったし。桜が舞うシチュエーションを楽しむ女の子の気持ちが参考になった」
「息抜きに描いた絵だけど気に入ってくれたんだ」
「内場の漫画とは違った味というか魅力があるぞ」
恋愛と感謝を混ぜ合わせて素直になろうとする。
あとは勇気を出すだけ。ちょっと踏み出すだけ。
無防備な心を晒すことはリスクのあること。
ちょっとしたことで心の傷は深く刻まれて忘れられなくなるから。
だからちなみを信頼する。
それを決め手として表に出せばいい。
「ちなみ、お願いがある」
「なにしょーくん?」
「髪さわりたいから正面向いていい?」
「うんいいよ」
ちなみのストレートヘアーは滑らかに指で流せた。
綺麗に手入れをされて気持ちがいい。
ほのかなフローラルの香りがよく馴染んでいる。
「しょーくん、すっごく嬉しそう」
「ちなみはすっごく幸せそう」
言われっぱなしは恥ずかしいから言い返す。
ちなみが照れて俯いた。
してやったりで楽しくなってしまう。
それが伝わって今度はムスッとふくれっ面を見せた。
色々な顔を見せてくれるから尚更楽しいが。
「今度はわたしがお願いしてもいいよね?」
「可能な範囲でどうぞ」
「……キスして」
間があったのか照れくさかったのか。
正太郎は肩に手を置いてから慎重に顔を寄せていく。
ちなみが目を閉じて待たせない一瞬だけの口付けを交わす。
「目を閉じた瞬間を狙うのは難しい」
「しょーくん、もっと」
目を潤ませてのおねだり。
早くしてと催促をしてきた。
――次やったら確実に抱き留めされる。同じ手は通用しないか。
回数を重ねてきたから自然と先読みができてしまう。
今のちなみが望んでいるのは、キスをされたい側だから誘い込みは不可。
しかも短いキスでは満足できず長く重ねることを好む。
「ちなみ、あっちの角の壁に背を向けて足投げ出しで座って」
ちなみが言われた通りに動いてくれた。
正太郎は投げ出した足に座って状態を確かめる。
「足、大丈夫か? 重くない?」
「うんへーき」
「これが女の子座りか。かなりキツイし股が痛いぞ」
男と女で骨格の違いがある。
ちなみの模倣をしてみたが、股関節が硬めの正太郎では痛みを感じた。
ここでちなみからのアドバイスが入る。
「しょーくんも足を投げ出したら?」
「ふむ……少し壁から離れないと足が当たる」
「わかった」
ちなみが座る位置を変えたことを確認。
開いたハサミをイメージしながらちなみの太ももへ座る。
後ろへ倒れないように、ちなみに抱き着いて姿勢を安定させた。
「これで足を閉じたら胴締めのプロレス技っぽい。後ろからじゃないから厳密には違うけど」
「……やってみる?」
「まあ、物は試しに……なんか下半身がむずむずして変な気分」
支配欲や所有欲が不思議と湧き上がる。
好きな人の全てを求めてやまない。
欲望をぶつけたい衝動に駆られての熱烈なキス。
ちなみの目が閉じる間はなかった。
開いたままで固まってしまっている。
お互いの熱が伝わり、吐息の荒れた興奮がより想いを高めていく。
ふとバランスが崩れ、ちなみが正太郎を押し倒してしまう。
その拍子で締めた正太郎の足は開いて自然と投げ出された。
「ち、ちな――んむっ!!」
名前で呼び止めようとしたがちなみは止まらない。
貪欲に愛情を求めて唇を重ねてきた。
場の流れを頭ではなく身体で理解してしまう。
脱力しきって心身ともに相手任せの全面的な降伏。
そうすることでより気持ち良くなれることを経験してきたから。