青春100% 作:完結の陽炎
在校生の始業式と新入生の入学式。
泉坂高校では同じ日で先に始業式が行われた。
掲示板のクラス替えを確認する淳平たち。
4組は淳平・ヒロシ・力也・さつき。
「なんか外村と小宮山は、ずっとクラスが変わらない気がしてきた」
「僕たち三人、離れることない固い絆で結ばれているみたいだね」
「こ、こずえちゃんが別のクラスに……今から先生に文句――ぐふっ!!」
「黙って受け入れな!! 見苦しいマネするんじゃないよ!!」
力也の腹部にさつきから渾身の一撃。
中途半端な攻めでは暴走が止まらないため躊躇なく気絶させる。
顔色を真っ青にビビる淳平と冷や汗を流して震えるヒロシ。
さつきを怒らせたら力也の二の舞になると肝を冷やした。
「綾さん、つかささん。一年間よろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますこずえさん」
「こずえも綾も名前で呼び合ってるのにお堅いよ。もっとフレンドリー目指してガンバだよガンバ」
6組はこずえ・綾・つかさ。
こずえは映画の脚本改変で調子に乗ったと、綾に対して負い目があった。
綾としても譲れない所を主張できなかったという後悔と反省があった。
この二人の間に入り、上手く取り持ったのがつかさである。
おかげで今は名前で呼び合うほどの良好な関係に変わっている。
「……」
5組で天地。
唯一のはぐれ者で外れクジを引く。
さつきから正々堂々と運試しをしろと言われて不正はしなかった。
天地はその場で崩れ落ちて地面に両手を付ける。
もはやこれまでという悲劇の男がそこにいた。
遠くで見たさつきが、気絶させた力也を放置してダッシュ。
そして天地の背中へスピードを乗せた張り手をぶちかます。
「い、痛いですさつきさん!!」
「いい男がしょぼくれるんじゃないよ。あたしがちょくちょく顔を出してやるから元気出しな」
「ほ、本当ですか!?」
「あたしがくだらない嘘つくと思ってるのか? その性根ごと叩き直すぞ」
天地の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす。
とても女のやる事ではないが、さつきは細かいことを一切気にしない。
落ち込む天地を励ますだけだ。
差別をしない正太郎の影響を受けているのかもしれない。
「わかりましたから!! もう元気出ましたから!!」
「ったく世話焼かせんじゃないよ。まっ、その内にいいこともあるさ」
「もう充分にいいことはありましたよ。ありがとうございますさつきさん」
気に掛けてくれたさつきに惚れ直してしまう。
この人と出会うために生まれてきた。
そんな運命を感じてしまうほどの幸福感である。
「……なあ外村」
「……な、なんだい真中」
「小宮山、ピクリとも動かないけど死んでないよな?」
「だ、大丈夫だよ。息はしてるし脈もあるからね」
「声が震えてるぞ外村」
「そ、そういう真中こそビビってるじゃないか」
「だって、あ、あの小宮山を一撃で仕留めるなんて」
「う、うん。これから小宮山が暴走する時は北大路にお願いするとしよう」
「そ、そうだな」
さつきが戻ってきて力也を保健室のベッドへ休ませてくれと依頼。
淳平とヒロシは敬礼をしてから素直に運んでいった。
逆らうという選択肢は皆無である。
各教室で簡単なホームルームが行なわれた。
後の入学式が控えているので在校生は下校タイムとなる。
校門を出た先で映研メンバーが集合。
そこから天地が得意げな顔で皆を先導していった。
………………。
…………。
……。
春休みを過ぎて泉坂高校の入学式。
男子は学ラン、女子はセーラ服で身を包む。
新入生代表として美鈴が答辞を行なう。
場数をこなして淀みもない弁舌であった。
堅苦しい式は何のトラブルもなく完了。
クラス替えの掲示板を確認した結果は……。
「わーい!! 唯はちなみと内場で同じ3組だよぉ!!」
「一年間よろしくね唯。それは嬉しいんだけど……」
「残念やったな端本。東城と別のクラスになってしもうて」
「内場くんこそ、美鈴と別になっちゃって残念だね」
「まあ、しゃーないわ。せやけど……な?」
「うん、気持ちはわかるよ内場くん」
内場は複雑な表情をメガネ越しに浮かべていた。
ちなみも同じ反応で共感をしてしまう。
その理由は……。
「成績が偏るから、アンタと同じクラスにはならないと思っていたのだけど?」
「首席と次席で競い合ってレベルアップをしろって解釈はどうだ?」
「お互い高校のテストで競っても仕方ないじゃない」
「確かに。まだ問答やってるほうが修行になるぜ」
レベルの違いを思わせる美鈴と正太郎。
1組で同じクラスになっていた。
正太郎としては新入生として不安だから、誰か一人でいいから知っている人がいたらいい。
そんな気持ちでクラス替えを見ていたので、孤立をしなかったのはありがたい。
彼女のちなみ、同じ男子の内場、元気な幼馴染の唯が一緒になれなかったのは残念だが。
「別に疑っとらんし信じとるけど、あの二人が一緒やとモヤモヤするんや」
「わたしだって信じてるよ。でも相性のいいベストコンビだって知ってるからね」
「そうだよね。もし内場とちなみがいなかったら、あの二人が付き合っててもおかしくなかったって唯は思っちゃうよ」
「僕だけおっても、多分引っ込んでしもうてアカンかったで。端本のおかげで今があるから、感謝しとるよホンマに」
「ううん、内場くんがいてこそ出来たことだから感謝するのはこっちだよ。わたしだけだったら美鈴に敵わないし、しょーくんも振り向いてくれなかったと思うから」
「ま、もしも話はこれぐらいにしといて。端本は東城が女子にモテるのは知っとるやろ? 高校やと環境がガラッと変わってしまうしヤバいんちゃう?」
「そうだよ!! だからしょーくんと同じクラスになりたかったのに!!」
中学の時はちなみの根回しや牽制で問題はなかった。
しかし高校に入れば生徒も変わってしまう。
新たな出会いで何が起きるか分からない。
そんなちなみの不安を耳にする正太郎。
その後ろから近付いて声を掛けた。
「ちなみは内場と唯が一緒だから、変な男子がいても絡まれる心配はない。こっちも美鈴がいるから変な女子に関わることはないで安心できないか?」
「えー、美鈴がしょーくん守ってくれるの? 自分の身ぐらい自分で守れって突っぱねそうに見えるんだけど?」
「おー、さすがちなみだ。氷の如く冷たい美鈴の一面をよくぞ見抜いたな」
「ずいぶんな言い方ね。誰が冷たいって?」
「事実だろ? 甘ったれるなって突き放すのが美鈴の流儀。ちなみが不安になるのも無理はない。オレは孤立無援のまま、新たなクラスとの人間関係をどうにかしないといけない訳だ」
アテにならないと遠回しの皮肉。
こう言われた美鈴はカチンと来る。
仲間を見捨てる非情な女という扱いはもっての外だ。
「アンタは放っておくと、異常なこと色々やらかしそうだから、自分勝手なことするんじゃないわよ」
「非常識みたいな扱いは心外だぜ。ちゃんと常識は持っているぞ。使うかどうかは状況によるけどな」
「本番の入学試験で、誰もしない問題の改造を考える時点で異常だと知りなさい」
「別に大したことじゃないぞ。潜在能力に目覚めてから、中学の定期テストで同じような事をしたから今に始まったことじゃねーし」
「……ちなみ、コイツ冗談抜きで危ないから見張っておくわ。それで納得してちょうだい」
「う、うん……なんかごめんね」
「いいわよ別に」
ここで正太郎から携帯の着信反応。
春休みになってから持つようになった。
まだ慣れていないので若干のぎこちない操作で応じる。
掛けてきた相手は天地だ。
「こんにちは天さん。事前にメールを送ったけど読んでくれた?」
「ああ、確かに読んだよ。何かトラブルがあったら僕を頼ってくれ」
「ありがとう。本当に最悪の場合は頼らせてもらう。今の高校にどんな変なヤツがいるか分からないから」
「うむ。新入生の時期は不安がつきものだ。去年の僕もそうだったからね。気持ちはわかるよ」
「何もないのが一番だけど、こればっかりは様子見だな」
「あと貸し倉庫の件だが、実は以前より外村から部室の相談を受けていてね」
天地が泉坂高校に転校してきた頃にヒロシが部室の相談をした。
グラウンドの隅っこにある物置小屋を実際に見せて悲壮感を印象付ける。
この中でさつきが映研の活動をしているという現実も突きつけた。
天地としては到底看過できないことである。
「あんな劣悪な環境で、さつきさんが部活をしているなんて僕は断じて認めない。人として許せないことだ」
「それで具体的にどんな天地財閥の力を使った? 映制にも関わってくるだろうから聞いておきたい」
「簡単な話だよ。学校に部室がないのなら僕が作って提供すればいいだけのことさ」
泉坂高校から最寄りの土地を買い取って部室を建築する。
この時点で天地財閥がとんでもない事をしていると分かった。
色々な設備を整えてそれ相応の時間が掛かった。
それでもさつきを救うために天地はやり遂げたのである。
「君たち映制も自由に使ってもらって構わない。これは外村からも言われていることだ」
「映制の部長である美鈴に伝えておくよ。一度見に行きたいから場所を教えてくれ」
行き先を教えてもらってメモを取る。
電話を終えて美鈴に報告を済ませた。
「兄貴のしてやったりの顔が脳裏によぎってムカついて来るわ」
「天さんの金持ちパワーもスゴイけど、それを動かすヒロシ兄さんの手腕がヤバすぎる」
「美鈴のお兄さん、とっても変な人だけど凄いんだね」
「せやな。何を考えとるか読めない所が多いで」
「前髪で目を隠してるけど見えにくくないのかなぁ?」
美鈴は不快、正太郎は警戒、ちなみは意外性、内場は不明、唯は疑問。
ヒロシに対して様々な反応を見せる映制メンバー。
いずれにしても、この件に乗るか乗らないかを決めなければならない。
そして監督の美鈴が決断をする。
「癪に障るけど、映制としては乗るしかないわね」
「映研に勝つため利用できるものは利用する。そこに余計な私情は挟まないか」
「ホームルームが終わったら皆で見に行くわよ」
一通りの話が終わって各自は指定の教室へ向かう。
正太郎が席に座って美鈴を確認。
他の生徒が間に挟まっているが割と近い席だ。
さすがに都合よく隣または前後はなかった。
――声掛けは予想通り。どこの中学から来たとかあるあるだな。
男女問わずに割とよく話しかけられる。
正太郎は相手の心理を分析し、その場の空気を考慮して聞き役に徹した。
話を聞いてもらいたい人の本質は分かりやすい。
余計な口を挟まず、相槌を打って、最小限の返答だけを心掛ければいい。
これだけでも会話のキャッチボールは成立する。
――下手に興味を持たれても面倒だから自分の話は極力しないでおこう。
線引きをして踏み込ませないようにする。
あからさまにすると角が立つので絶妙な加減が必要だ。
時には質問を質問で返して、そこから話を広げて逸らした。
――男子は適度な距離感で対応OK。でも女子が厄介だ。
清潔・平常心・聞き上手・空手で鍛えた肉体・勉強ができる・美形など。
ハイスペックな正太郎という認識で女子から好印象を持たれる。
そのタイミングを見計らって美鈴が自然と入り込んでくれた。
――同じ中学出身で幼馴染という立場を上手く使ってる。やるな美鈴。
話の運び方も上手かった。
正太郎に彼女がいることをさり気なく伝えて牽制にも抜かりがない。
問題は略奪愛をしようとする不届き者がいた場合だ。
――今の所そういう変な女子はいないが用心しておこう。それにしても、美鈴を改めて見ると目付きの悪い猫みたいだ。
猫耳でもつけたら似合いそうである。
あとで内場に猫のコスプレを提案してみよう。
そんな思考を巡らせていると美鈴にガンを飛ばされた。
――勘が鋭いな。監督は敏感に察知するってか?
招き猫の手を作って、美鈴が猫だと目で伝える。
シャーと威嚇した鳴き声もお似合いだと。
すると美鈴が他の女子を相手しながら正太郎の足を踏みつける。
あまりに自然な動きだったので見切れなかった。
――痛いなこんにゃろう。空気を読んで我慢するけど後で覚えてろよ。
その後にホームルームが始まる。
生徒が一人ずつ席を立って自己紹介タイム。
基本的に名前・出身の中学名・趣味・希望の部活を伝える程度だ。
茶髪をした男子生徒が彼女絶賛募集中を宣伝する。
ウケ狙いかもしれないが、周りの空気が下がって滑った感が拭えない。
――茶髪男子のやっちまったという顔が見るに忍びない。
次が正太郎だったので立ち上がって自己紹介をする。
本来なら名前と出身中学、趣味の読書だけで無難に済ませるつもりだった。
しかし冷え切った空気と茶髪男子が気の毒に思えたので。
「彼女募集を口にした男子生徒の勇気に心から敬意を表する。オレからは逆を言っておきたい。既に付き合っている恋人がいるので、彼女の受付はしていない。あしからず了承してくれ。以上」
茶髪男子が見てきたので座りつつも真顔でサムズアップ。
馬鹿にするつもりはないという意思表示だ。
美鈴から射抜くような目付きで睨まれたが、知らぬ顔でやり返しておく。
おかげで場の空気は幾分かマシとなり、茶髪男子の表情が柔らかくなった。
――クラス全員に牽制できたからこれで良しとしよう。
美鈴の自己紹介は無難に終わるだろうと見守る。
映画制作部の設立・映像研究部との対決、決着がつくまで新入部員の募集はしない。
他の生徒とは異なるアピールポイントだ。
ここから正太郎も予想しなかった事を口にする。
「そこの東城正太郎とは幼馴染ですが、クラスで誤解されたくないので先に言っておきます。付き合っているのは別のクラスにいるもう一人の幼馴染です。断じてあたしではありません。ついでに言わせてもらいますが、あたしにも彼氏がいますので、東城正太郎に対してはただの幼馴染でしかありません。それ以上でもそれ以下にもなりません。以上」
重ね掛けをするような牽制。
割り込む余地が微塵もないことを強調してくれた。
これでも略奪しようとする愚者がいたら救いようがない。
――これで茶髪男子が完全にダシとなって食われた。恥は自業自得だが、一年間過ごす訳だし、針のむしろで不登校になられても後味が悪いからな。
ナイスアシストとサムズアップをしておく。
シッシッと追い払うような素っ気ない仕草で返された。
何だかんだで厳しくも優しい美鈴である。
これが縁で茶髪男子に懐かれてしまい、正太郎は勇者というあだ名をつけた。
それは恥ずかしいから名前で呼んでほしいと言っても却下。
彼女ができたら呼んでやるということで今後に期待を伝えた。
正太郎の彼女が誰なのか?
それを気にする生徒は多かったが、今後見ていたらすぐ分かると答えておく。
「随分と意地悪なことするじゃない」
「結果重視。自分が言ったことの責任は取れって話だ。勇者というあだ名で敬意を込めているから、悪意は一切ないと断言しておく」
「余計に性質が悪いのよ。アンタの行動はホント先が読めない」
「それより今日はこれで終わりだろ。あとは天さんが作った部室を見に行こうぜ」
「まだ向こうは終わってないみたいよ」
「こっちに来るまで待っておくか。ヒマ潰しに英語を使っていい?」
「アンタの発音、舌使いが悪いから聞き取りにくいのよ」
「いつまでも成長しないヤツだと思うな。問題があれば改善していく。それがオレだ」
「へえー、じゃあ聞かせてもらおうじゃない」
「まだ生徒が残ってるけどいいのか?」
「なによ周りに聞かせられないほどの恥ずかしい発音なの?」
美鈴が挑発してきたので乗るしかない。
正太郎は深呼吸をして気持ちをリセットした。
インターネットの動画で見つけたカッコいいメロディーを頭の中に浮かべる。
そこから英語の歌詞に従って歌い始めた。
英語と歌の相性は抜群に良い。
リズムよくやればアクセントもきく。
呼吸のタイミングはシビアだが、家の中で何度も練習を積み重ねてきた。
身体を上下に揺らしたり、足先でトントンと弾ませて音のテンポを整える。
まるで全身から音符を放つようなイメージだ。
フルバージョンのコピーだから歌い切るのに5分もかかった。
「凄い凄いよしょーくん!! いつの間に英語で歌えるようになったの!?」
ちなみは教室の入口付近で聞いていた。
歌い切った直後に正太郎へ駆け寄って褒め称えてくれる。
その後ろには内場と唯も静かに聞き届けていた。
「先日から練習をしていた。美鈴に発音下手を指摘されていたから改善したくて。あ、そっちのホームルームも終わったんだな」
「うん!! こっち来たらしょーくんが英語で歌っていたから聞き惚れていたの!!」
「アンタの潜在能力、楽しければ何でもありに思えて末恐ろしいわ」
「そうは言うけど、曲の歌詞をそのままコピーしただけだからな。日常会話で応用するにはまだ至ってないぜ。歌でないと発音が下手になるのは変わってないし、意外と体力も使うんだ」
美鈴に問題点があることを伝える。
まだ現状に満足はしていない。
その先も改善しなければならない点が山ほどあるのだ。
それだけ歌というのは奥が深く、簡単に極められるほど甘くもない。
「アンタ、欲求不満になってない?」
「ああ。さっきの歌で滾ってしまってる。手加減モードでフルバージョン歌うともっとやりたくなるんだよ。もう少し短めでないとウォーミングアップで抑え込めないみたいだ」
「これから部室を見に行くのだから、やりたいならその後にしなさい」
「仕方がない。ちなみ、映画脚本の演技で付き合ってくれない? 無理なら美鈴に全力問答をいど――」
「望むところだよ。これ以上は美鈴に迷惑かけたくないからね」
「本音は?」
「しょーくんをこれ以上取られなくない」
「正直でよろしい」
頭をポンッと掌を乗せてちなみが照れて俯く。
拒否をしないのは別のクラスになって寂しかったからだろう。
美鈴が露骨に咳払いをして注意を向けてくる。
「そういう事は人目のない所でやりなさい」
「クラスの大半が彼女は誰みたいな疑問が多かったから、すぐ分かるという回答を示したんだよ」
「もう充分よ。ほら、部室を見に行くから案内しなさい」
「了解した。映制メンバー揃ってるな。よし行くぞ」
学校を出るとちなみが腕に抱き着いて来る。
予想済みだったので自然と歩調を合わせた。
そして内場に向けて正太郎が話しかける。
「内場、そっちはどうだった? 自己紹介で彼女募集中みたいな変なヤツいたか?」
「そんな滑るマネをするヤツなんておらんで。東城のクラスにはおったんか?」
「ああ。フォローして勇者というあだ名をつけてやった」
「おぉー、なんか唯のニンジャが懐かしくなっちゃうなぁー」
「振り回されるこっちの身にもなってほしいわ」
「美鈴がキッパリ言ってくれたおかげで牽制になった。さっきのでオレとちなみが付き合ってることも広まるだろう」
ちなみがニコニコとして機嫌が良い。
不安が解消されたようで何よりだと正太郎も安堵をする。
指定の場所へ足を止めたが目を疑ってしまう。
大きく広がった高い壁に囲まれていて、入口の門に頑強な警備員が複数いる。
まさに刑務所の外壁を思わせるほどの威厳を感じてしまう。
「ちょっとアンタ、行き先を聞き間違えたでしょ?」
「今、電話で確認するから待ってろ」
携帯で天地に場所が間違ってないかを確認する
警備している人たちは天地財閥のお抱えであること。
何もしなくても顔パスで通れるらしい。
「実は映研の皆も案内済みでね。ここに映制が来ることも伝えてある」
「お互いの部が全員で集まるなら、うってつけの舞台って訳だな」
「詳細は中でゆっくりと話そうではないか。君たちが来ることを心待ちにしているよ」
「あいわかった……美鈴、ここで間違いないようだ。中に入って確認するか?」
「あ、当たり前でしょ。ここまで来て引き下がるなんてないから」
さすがの美鈴も外観に圧倒をされてビビってしまう。
でも唯が好奇心旺盛で早く入りたがっている。
つられる形で警備スタッフに挨拶をしてから突き進む。
そして目の前に広がる光景がとんでもないものだった。
「オレが知ってる部室とは全然イメージが違うんだが?」
「奇遇ね。あたしもよ」
正太郎と美鈴がこう言ってしまうのも無理はない。
広大な庭園に洋館と和館が繋がった和洋折衷の建築物。
別の方角には運動エリアを思わせる道場やジムなどのトレーニングルームが設けられている。
「メッチャすげぇーな!! こんなん漫画の世界だけやで!!」
「わー!! お庭も広いけど家も大きくて豪華な感じだよぉー!!」
「これなら映画のロケにも使えそうだねしょーくん」
「そ、そうだな。しかし天さんはヤバい。さっちゃんという惚れた女のためにここまでやるか普通」
「な、なんか兄貴がとんでもない事をしでかした気がするわ」
間もなくして秘書を思わせるショートカットの女性がやって来る。
美鈴の緊張した面持ちを見た正太郎が動く。
「美鈴、オレに任せろ」
美鈴が止める間もなく正太郎は伊達メガネを装着。
いつでもスイッチの切り替えができるように隠し持っている。
執事モードとなって映制メンバーを守ろうと前に踏み出た。
執事の爺直伝の挨拶とお礼、そして所作で失礼がないように接する。
大切なことは真心をこめること。
こんな所で役に立つとは思いもしなかった。
相手も丁寧に応対をしてくれる。
黒ジャケット・白シャツ・スカートにパンプス。
シンプルながら気品を損なわず、プロの秘書として隙がない。
格の違いを痛感してしまった。
――まだまだオレも修行が足りないな。あの秘書の振る舞いには敵わない。
メガネを外して素直に負けを認めた。
次に活かすため、しっかりと見て学び聞いて学ぶことにする。
そんな正太郎の若い向上心を感じたのか。
女性の秘書は案内を通じてお手本を示してくれる。
しっかりとメモをとって情報の確保を怠らない。
――なるほど、案内の話し方や動きは参考になる。使えそうな振る舞いだ。
内装のことは美鈴たちに任せて、正太郎は秘書の動きに集中。
内心で嫉妬をするちなみだが、相手の技術を学ぶ正太郎を止めることはしない。
少々ふくれっ面をしながらもおとなしくしていた。
内場と唯は目をキラキラさせて楽しそうに笑う。
美鈴は緊張しながらも、部長としてのプライドで必死に平静を保った。
勉強熱心な正太郎を見ることで緊張がほぐれる。
美鈴としては心理的に助けとなった。
映研が集まっている洋館の食堂だけを残して案内が一区切りとなる。
ここで質問タイムを設けてくれた。
美鈴が利用可能時間・土日祝日などの休みも対応可など基本的なことを確認。
特に問題ないことを知って分かりましたと返した。
――あまり嫌な感じがしない。天さんのお抱えスタッフの大人って皆こんな感じなのかな?
学校で敬語を押し付けるような教師とは違う。
タメ口でも受け入れてくれそうな心の余裕を感じる。
実際にやってしまうと、映制の顔に泥を塗ってしまうので自重だ。
――上には上がいるんだな。まさに井の中の蛙大海を知らずだ。
だからこそ正太郎はワクワクしてしまって心が燃える。
超えたい相手が色々とできるようで楽しくなってしまう。
良い所は見習って悪い所は改善というスタンスを貫く。
――さて、あとは食堂で映研と対面か。全員一斉に集まるって中々ないよな。
美鈴が先頭に立ち、秘書に扉を開けてもらって入室する。
真っ先に目につくのは同じ監督である淳平。
ガチガチに固まって着席をしていた。
しかし美鈴を一目見た途端に顔を引き締める。
正太郎は姉に向けてピースサインで挑発。
プイッと見ないフリをされてしまい、つかさとこずえがクスクスと笑う。
食卓は左右で対面する形で座った。
左側は淳平・綾・ヒロシ・つかさ・さつき・力也・こずえ。
右側は美鈴・内場・正太郎・ちなみ・唯。
コーヒー・紅茶・ジュースなど各自好みのドリンクを秘書が用意してくれた。
こうして映研と映制が一同揃って顔を合わせた。
上級生と下級生でそうそうたる顔ぶれである。
その場の雰囲気に呑まれそうになるぐらいだ。
――まずは様子見。誰が先に切り出してくれるかな?
行く末を楽しく見守る正太郎。
監督の淳平が切り出すか? それとも美鈴からか?
あるいはヒロシがその場を仕切るのか?
少なくとも正太郎からは動かない。
――カントクと美鈴が火花を散らしている。ガンの飛ばし合いか面白い。
先に目を逸らしたら負けという暗黙のルール。
付き合ってる彼女の前で無様な姿を曝け出せない淳平。
そんな男の意地を鼻で笑うような冷めた目を向ける美鈴。
見下されていると受け止めて腹が立ってもおかしくはない。
――ねーちゃんは互いを見てあわわ状態って少しは落ち着けよ恥ずかしい。ヒロシ兄さんは口元が悪魔っぽい。まさに計算通りってか?
他の人がいるからか、ヒロシのプレッシャーはさほど感じない。
だから時計を外す必要もなく、手加減モードのままでいい。
――ねーちゃんを微笑ましく見守るつーさんと妄想使い。さっちゃんはあくびをして緊張感がない。コミさんは妄想使いをボーと眺めるだけか。
いずれも黙ったまま話す気配がない。
映研メンバーの観察は済ませた。
あとは仲間内の様子を伺ってみる。
――内場は静かに笑って見守るだけ。ちなみはオレを優しい目で見ている。唯は呑気にジュース飲んでお菓子をムシャムシャ食ってやがる。ある意味で大物だ。
映制メンバーも話す気配が微塵もない。
あえて話さないという選択肢を取るつもりなのか?
大人数だから迂闊に話せば収拾がつかなくなるかもしれない。
それを気にして静かにしている可能性が否定できない。
「正太郎くん、ちょっといいかい?」
ヒロシの一言で全員の注目を集める。
矛先を向けられた正太郎は対応の仕方で少し迷う。
後輩口調にするか? タメ口か?
どことなく悪魔じみたヒロシが何をしてくるか読めない。
そんな不気味さがあったので正太郎らしくタメ口を選んだ。
「どうぞ」
「キミたちは動画部の入部手続きをしたかい?」
「入部届の紙ってどこでもらえる? それとも自作か?」
「そうだろうと思って用紙を持ってきたよ。はいどうぞ」
「どうもありがとう。提出先は顧問の黒川先生でいい?」
「うん、それでいいよ」
人数分の入部届を受け取って各メンバーに一枚ずつ渡した。
ちゃんとしたテンプレートで書き方は難しくない。
名前や日付を書くぐらいで済むようになっている。
――ヒロシ兄さん上手いな。さすが映研の頭脳だよ。
気配りができるのはアピールポイントとして高い。
未来を見通すような所があるから油断はできない。
先にヒロシが切り出してきたので、今度は正太郎が発言を仕掛ける。
「美鈴、映研のカントクに言いたいことがあるけど許可もらえるか?」
「いいわよ。言ってやりなさい」
不敵な笑みで返事をしてくれる。
遠慮なく思いきりやれと言わんばかりに。
そんな美鈴の期待に応えることにする。
「カントクに質問ッス」
「な、なにかな?」
正太郎が相手だと勝手が違うのか。
何を言われるか分からないプレッシャー。
それに呑まれる淳平の表情に余裕がない。
「今後の映研はここを拠点とするッスよね?」
「まあそうだね。部室と呼ぶにはあまりに広すぎるけど」
「見たところ洋館と和館でくっついてはいるけど別々になってるッス。せっかくなので、映研と映制の部室も別々にしないッスか?」
「うーん確かに。使わないままってのはもったいないか」
「オレ、映制の皆にどっちがいいか確認するッス」
映制メンバーを確認したところ和館で満場一致。
洋館も嫌いではないが、豪華な内装が多くて落ち着かないのが理由だ。
映研メンバーはこずえがシチュエーション好みで洋館推し。
つかさはどっちも好みだが、洋菓子作りに関連付けて洋館に一票を投じる。
その流れから、映研の部室は洋館とし、映制の部室は和館で決定とした。
ここで内場が正太郎に向けてさらに促す。
「東城、他にも何かあるなら言うたらどないや?」
「あるけどオレが言ってもいいのかな?」
「ええやろ別に。なあ美鈴?」
「構わないわよ。言いたいことは全部言っておきなさい」
「そういうことなら……今度はねーちゃんに質問だ」
「私? なによ正太郎?」
綾が警戒しながら弟を見つめる。
おとなしそうに振る舞っても正太郎の前ではお姉ちゃんだ。
今は敵同士なので正太郎も遠慮はしない。
「夏に歌う者、その脚本の内容に変更はないよな?」
「ないよ。今度は間違えないから」
「結構。冬に馳せる者も変更はない。あれで最後まで通すよ」
「正太郎が演じるんだよね?」
「ああ、メインはオレでいくつもりだ。そっちは?」
「あたしだよ弟くん」
「やはりつーさんか。相手にとって不足はないッス」
「へえー、あたしが主役だってよくわかったね?」
「あの脚本ならオレでもつーさんを推薦するッス。それだけ合ってるんで」
「じゃあ、その期待に応えて頑張るよあたし」
つかさはとても嬉しくなった。
なぜなら姉と弟の両方から信用をしてくれているから。
だからベストを尽くして悔いが残らないようにしたい。
「さっちゃん、和館や洋館とは別にトレーニングルームや道場とかあったぞ」
「あったね。後で一緒にやるかい?」
「運動も健康に欠かせないから、存分に楽しんでレベルアップをしたいものだ」
「やってみるがいい。フフッ、楽しみだね」
「あ、あの北大路。一応ここ映研だから。空手部じゃないから」
「わかってるよ真中。ちゃんと映研活動に協力するさ」
さつきは義理固さを強調して胸を張る。
腕っぷしの強さにビビりながらも注意ができる淳平は立派だ。
正太郎は感心をしつつ別の話へ移る。
「オレたち映制はそちらと違って1年だから、資材確保のためにバイトして稼がないといけない。学校にほぼ頼れないことは聞いているし。それでヒロシ兄さんが紹介できるバイトってどんなのがあるんだ?」
「よくぞ聞いてくれたよ正太郎くん!!」
待ってましたとばかりに立ち上がるヒロシ。
握り拳をしながら力説を始めた。
猫耳メイド・巫女服・くのいちなどコスプレ喫茶を全面的に押し出す。
美鈴が変態呼ばわりして速攻で拒否の構えを取った。
「これは芸術であって変態ではない!! 女の子の魅力を引き出し、最大限に可愛くする夢と希望が込められているのだ!!」
「映研の皆さん、兄貴は病気なので気にしないで下さい」
「ひどいよ美鈴!! 僕は極めて健全な意見を出しているではないか!!」
「くのいちってかっこいいかも」
「猫耳メイドは美鈴が似合いそうだね」
「唯、こんな変態の兄貴が言うことに耳を傾けない。ちなみ、その台詞はそっくりそのまま演技上手な貴女にお返しするわ」
「内場、オレら男は蚊帳の外だぜ」
「普通に飲食のバイトでも探したほうがええんちゃうか?」
「オレとしては執事モードの使い勝手が悪いから、もう少し日常で使える接客スキルを学びたい」
ここで話は聞かせてもらったと天地が皆の前へ現れる。
事前にスタンバイをした状態で盗み聞きをしていたのか?
そんな淳平からの指摘は軽く流されてしまう。
正太郎はどんまいと淳平に対して同情をした。
「春は入れ替わりが激しくてね。人手が足りなくて募集する時期でもある」
これを言われて反応したのがつかさとさつきだ。
天地レストランで週に数回程度のシフトを組んでバイトをしている。
もう少しシフトを増やせないかと店長から言われるほどに人手不足だ。
シックなデザインをした制服の写真を提示する天地。
美鈴が見ても抵抗を感じないほどの真面目な衣装だった。
「天地先輩、そのレストランは何人必要ですか?」
美鈴の問いかけに男1名、女3名と答える。
男手がいる理由として倉庫整理で力仕事が求められることを挙げる。
それなら空手で鍛えている正太郎が適任。
名乗り出ようとした所に天地が先んじて話しかける。
「東城、君は日常レベルで使える接客スキルを学びたいと言っていたね?」
「ああ。執事モードだと合わない場面があるから」
「どの飲食店でも接客のマニュアルが存在する。だがマニュアルだけでは、君が望む大人の対策に向かないんじゃないかい?」
「飲食バイトの接客では応用がきかないと?」
「決まり切った行動や言葉遣いが多いことは確かだね」
「それは困る。もっと応用のきく接客系の仕事はないのか?」
これは盲点だったと正太郎は困り果てる。
今後のためにも必要なことだから。
そこに天地が妙案を出してくれた。
「僕は天地財閥の息子として、家業の手伝いをしている。内向きは執事の爺が色々としてくれるが、外向きのサポートをしてくれる秘書が欲しくてね」
「まさかその秘書をオレにやれと? 未経験である学生のオレに?」
「観察力・処理能力・状況判断など君の優れた持ち味を買いたいのさ」
「小説ネタ探しで培った観察スキル、黒川先生から伝授された数学の応用術、場の空気を読んでの行動みたいな感じか」
姉を超える小説を書くために幅広く自分磨きを繰り広げている。
経験に基づいての描写は説得力が増すから。
いかなる苦労があっても、望む所だと張り切れるのが正太郎である。
「秘書モードという新たな演技スイッチの追加か。大いに興味はあるが懸念事項がひとつ」
「聞こう」
「執事モードみたいに場に合わないとかはないか? 身近なところで言うなら、先生みたいな大人の相手に使えるか?」
「問題はないだろう。秘書は外向きだから相手に合わせての接客がより幅広く求められるからね」
「なるほど。いつまでも大人嫌い・敬語嫌いでは将来マズイことになるのは、オレ自身が一番よくわかっている。オレはちなみほど演技は上手くないが、小説のキャラみたいに秘書になりきって対策を取ることは不可欠だと思う。なあ天さん、返事は今すぐでないとダメか?」
「いや焦ることはないよ。急な話で申し訳ない。だが前向きに検討してくれないか?」
「わかった。秘書のイメージがまだ掴めてないから、業界研究をして検討するよ。履歴書の作成とかの手続きもあるし、返事は近日中に改めてすることをこの場で約束しよう」
皆が証人だということを伝えて信用をしてもらう。
この時点で天地は確信を得ていた。
正太郎は引き受けるだろうと。
志望動機が明確であり、ちゃんと断れない理由もあるからだ。
――まんまと乗せられた気がするぞ。天さんがドヤ顔してるし、ヒロシ兄さんの口元が笑ってるし。
ちょっと拗ねたい気分になっても抑えておく。
ふとした疑問が湧いてヒロシへ問いかけた。
「ヒロシ兄さんってパソコンは持ってるの?」
「少し前に入手したよ。天地には世話になったね」
「気にするな。こちらにもメリットがあったからな」
「おい外村、一体なにをしたんだよ?」
怪しいやり取りに淳平が深入りをする。
ヒロシは飄々とした態度を崩さない。
「んー、強いていえば天地が望む情報の提供かな。僕にパソコンを与えたら、より有力な情報が渡せるようになるからね」
「おい外村、今あたしを見たか?」
「北大路の気のせいだよ」
淳平はよく分からない顔をしているが正太郎は察してしまう。
ヒロシにパソコンは鬼に金棒だ。
もし暗躍をさせたら右に出るものはいないだろう。
持たせてはいけない人に持たせている。
そんな風に思えてしまうのは正太郎だけではない。
美鈴も何か良からぬことをしそうだと警戒心が跳ね上がった。
「オレとヒロシ兄さん。お互いにパソコンがあるなら、自己紹介の動画とパンフレットの役割分担は問題なさそうだな」
「そうだね。僕と正太郎くんで充分に進めていけるよ」
「了解した。美鈴、オレからは以上だ。言うべきことは言ったつもりだぜ」
「お疲れ。色々してやられた感はあるけど、こちらに損がなければ別にいいわ」
映研のほうに何かあれば聞く姿勢。
このタイミングでつかさが美鈴たちに言った。
「天地レストランでバイトするなら、あたしとさつきで教えることになるかもしれないね」
「その時はよろしくお願いします」
「僕も精一杯やりますんでよろしくです」
「唯も頑張るからよろしくお願いしまーす」
美鈴・内場・唯の三人が礼儀正しく返答をする。
だが、ちなみはムスッとしたままダンマリだ。
正太郎の袖を掴んで静かな抗議を示している。
「事情は分かるけど納得はできないか?」
「納得というよりも心配してるの。しょーくんはどうやってスイッチを切り替えるの?」
「手加減モードは腕時計で、執事モードは伊達メガネ、秘書モードはどうしようかな?」
「その秘書モードのスイッチがないと上手くいかないんじゃない? 下手したらしょーくんがなりきりすぎて戻れなくなっちゃう」
「なるほど。ちなみと共演してる時は、ちなみワールドに引き込まれてノリノリで演技を楽しんでいるだけの他者暗示、自らのモードに切り替える自己暗示と仕組みが違う。だから自己暗示の場合、戻り方に気を付けないとヤバいか」
「ちゃんと戻れるスイッチがないなら賛成できない。素のしょーくんが消えたらイヤだよ」
「絶対にないと言い切れない以上、無責任に大丈夫とは言えないな。ちなみの不安はもっともなことだ」
正太郎はメモを取り出してスイッチの模索を行なう。
バンダナ・ピアス・スーツ・リストバンド・レッグバンド・腰巻。
思いつく限りを適当に書き殴っていく自由発想法だ。
「スーツが最もやりやすいと思うけど、カジュアルな姿で切り替えたい時には困るよな」
「バンダナは秘書としてあり得ないよ」
「ピアスも論外。リストバンドは腕時計と被る。レッグバンドは靴下と被る。腰巻はその場で脱いで巻くなんてアウト……ダメじゃん」
「腕時計だけで執事と秘書の切り替えはできないの?」
「やめたほうがいい。そういう混在は頭の中でグチャグチャになってしまうから精神的に危ないと思う」
「だったら執事を無かったことにして秘書で上書きしたら?」
「一度染み付いたものを上書きって結構大変だぞ。クセが抜けるのに苦労するから」
真面目に話し合いをする正太郎とちなみ。
こうやって正太郎は改善をして成長をする。
周りの反応はどうなっているのか?
相槌を打って、理解を示す天地とヒロシ。
交換日記で把握して、ちなみがいるなら大丈夫だと信じて疑わない綾。
演技対決をする関係上で、正太郎がどれだけやるのかに興味津々のつかさ。
よく分かっていないが、正太郎が本気という事だけは伝わる淳平とこずえと力也。
正太郎が変身をするとワクワクした解釈で大体合っている唯。
そして内場が美鈴に二人に言ってもいいかのジェスチャーを示す。
黙って頷いたので正太郎へ向かって発言をした。
「なあ東城、僕が融合ネタでバトル漫画を描いたことがあるのを覚えとらんか?」
「覚えてるぞ。合体させてさらにパワーアップしてカッコ良かったな」
「東城やったら、今悩んどる執事と秘書を融合させて新たなモード作れるんちゃうかなって思うたんやけど?」
「おーなるほど。でも執事と秘書を融合させた呼び方ってあるかな?」
「せやな。側近・従者・配下・部下・幹部あたりが浮かぶけど」
「……閃いた」
「おっ? なんかええの思いついたか?」
「おかげさんでな。何も肩書にこだわる必要はないんだ」
執事と秘書。
どちらも大切なことは忠誠心だ。
内場の歴史漫画ならば忠義と言い換えてもいい。
そうなると天地が主として相応しいのかを見極めないといけない。
選ばれるという受け手ではなく自ら選ぶという攻め手だ。
「天高く立派な人になる天さんなら忠義を尽くす主として申し分ないか。でも今は映制の監督である美鈴に忠誠を尽くす立場にある」
「ならば僕には忠義を、外村の妹君には忠誠で使い分けたらどうかね?」
絶妙なタイミングで天地が入り込んで意見をする。
それを聞いて正太郎は肯定しつつも問いかけた。
「天さんは忠義と忠誠の違いを知ってる?」
「忠義は主に対し真心を尽くして仕えること。忠誠は誠実に正直な心を持って対応することさ」
「秘書に雇われて主の天さんに仕える忠義と、映制に所属して監督の美鈴を支える忠誠か。どっちも意味合いは同じだけど、忠誠は主に限定されないだけ幅広く使えるのが便利だな」
大人嫌いの敬語嫌いが克服するための道のりが見えてきた。
ここまでやらないといけないほどに厄介な問題である。
切り替えのスイッチは伊達メガネ。
執事と秘書の良い所取りで融合させていきたい。
すなわち忠義モードでランクアップを目指すことにした。