青春100%   作:完結の陽炎

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第36話「美鈴の得意不得意」

「美鈴は果報者やな。忠誠を誓ってくれる幼馴染がおって羨ましいわ」

「あら、嫉妬してるの貴方?」

「僕より端本が大変やで。事情が事情だけに受け入れるしかないやろうし」

「そうね。まあそこはアイツが何とかするでしょう。むしろしてもらわないと困るから」

 

 美鈴には忠誠を、天地には忠義を。

 正太郎を独占できなくて歯痒い思いをするちなみ。

 美鈴の場合は期間限定ゆえにまだ許容ができる。

 高校3年で部活の引退となれば関係は解消されるから。

 しかし天地の場合は違う。

 生活のためには働くことが不可欠となるため、正太郎の忠義は雇われ主の天地に渡り続けてしまう。

 仮に天地の下を離れたとしても、どこかで雇われて正太郎は忠義を尽くすだろう。

 そこを割り切れるほどちなみは大人になれない。

 するとちなみの将来に向けて、天地が考えを述べた。

 

「端本は演技の才能に優れていると聞く。ならばトップに立つ演技も可能ではないかい?」

「天地さん、何が言いたいんですか?」

「嫉妬しているヒマがあるなら、君が僕みたいな主となり、彼に忠義を捧げられる立場を目指したらどうだい?」

「ちょっと天さん、それはかなりの無茶振り――」

「その意見、頂戴しますね天地さん」

「できるのならどうぞご自由に。それまでは僕が彼の忠義を頂くとしよう」

「絶対に奪い返します。覚悟してて下さい」

「ああ、その時を楽しみにしているよ」

 

 怒り狂いそうな衝動をこらえて今は耐え忍ぶちなみ。

 わざわざ憎まれ役を買ってでも天地がそこまでするのは何故か?

 正太郎は気になって問いかけてしまう。

 

「ちなみを煽る天さんの狙いが読めない。一体なにを企んでるんだ?」

「ちょっとした先行投資さ。別に失敗をしても構わない」

「ちなみとオレの主従関係を促すことが先行投資?」

「成長する人脈は貴重な宝となるからね」

「ずいぶんと派手に種蒔きをするんだな。その果実を見届けるだけの余裕もあるようで」

「僕は天地財閥の息子として、それなりに見る目はあるつもりだよ。彼女が持つ君への執着心を、別の方面で発揮できればスゴイことになると思わないかい?」

「言わんとすることは分かった。オレでいえばねーちゃんを超えるために、幅広く修行するような感じだ。それをちなみに当てはめたか」

 

 将来的な利益を見据えているのかもしれない。

 天地の視点はより広くて深いところにあるようだ。

 ヒロシの口元が意味ありげに笑う。

 それを美鈴が見逃すはずもなく問い詰めた。

 

「兄貴、また何か悪巧みしてるだろ?」

「人聞きが悪いね。正太郎くんとちなみさ――ちなみちゃんを生暖かく見守っているだけだよ」

「今、ちなみで訂正したのは何? あと生暖かくなんて白々しいよ気持ち悪い」

「フフッ。ところで美鈴、僕がパソコンを持つようになって何をしているか知ってるかい?」

「知らないよ興味もない」

「ネットで自分のホームページを開いているのさ。テーマは青春を謳歌する美少女。外面だけでなく内面にもフォーカスして、学校生活や将来の夢、個人の好みなど色々語ってもらって記事にするんだ。そして最高の瞬間を写真にしてネットに公開――」

「ちょっと待ちなさい。まさか無断で肖像権の侵害をしてないでしょうね?」

「当然だよ。ちゃんと許可をもらっているさ。疑うなら当人たちに確認してもらっていいよ。僕にとって幸運だったのは、偶然にも美少女が東西南北で揃っていたことだね」

「東西南北?」

「東城、西野、南戸、北大路の頭文字さ。偶然にも方角を示しているだろ? これはネット上でいいコンセプトになったよ」

 

 東城に本・西野にお菓子・南戸にピアノ・北大路に空手。

 それぞれの特色を写真にして、インタビューの記事を公開している。

 内容が気になった美鈴は今すぐに見せろと要求。

 外村兄妹は洋館の書斎にあるパソコンまで移動する。

 ……まともな内容だった。

 例えば東城の場合、どんな本が好みで、なぜその本を選んだのかを語ってもらっている。

 写真は私服で好みの本を両手に照れ笑い。

 普通なら緊張でガチガチになる所を、ヒロシは淳平に応援させて上手く表情を作らせたのだ。

 

「よく綾先輩がネット公開なんて認めたね」

「そこは真中の熱意を見習ったってことでおひとつ」

「つかさ先輩は菓子職人の夢を記事に、実際にお菓子作りの写真を公開してる訳?」

「見ての通りだよ。エプロン姿が家庭的でこれまた魅力――ああ、拳を振り上げないで」

「北大路先輩は空手着で構えをとっていかにもって感じね。記事がずいぶんと個性的よ」

「うん。気合いとか根性論が好みで、難しいことは一切考えないからね。でもそんな所がいいとネット民からの人気が高いんだよ。天地からも大好評さ」

「唯のピアノ演奏。あの時に初披露した時のヤツね。映画作りのためをやけに強調してるじゃない?」

「部活も青春の範疇だからね。唯ちゃんにはピアノを弾く努力や苦労を存分に語ってもらったのさ。小柄の愛くるしさと頑張り屋で、これまた人気が高まっているんだよね」

 

 ヒロシがやっているのはただの趣味だ。

 法律に違反してなければ美鈴からとやかく言うことはない。

 だが、意味ありげに笑ったヒロシの真意が掴めない。

 この趣味とは別のことだろうと思って追求をすると答えてくれた。

 

「今は趣味だけど、将来は芸能プロダクションを設立したくてね。それが僕の夢だよ」

「……まさか、そこにちなみを引き入れるつもり?」

「タレントは必要だよ。そしてタレントを支えるマネージャーも欠かせないね」

「ふーん。ちなみの気持ちを逆手にとって、兄貴の夢へ巻き込むなんてあくどいわね。そもそもアイツがマネージャーをするなんて限らないのに」

「もちろん、あくまできっかけさ。どうするかは本人が決めることだからね」

「なんで天地先輩と兄貴がグルな訳? 何の得もないじゃない天地先輩」

「芸能プロダクションに支援してもらって、その利益の一部を天地へお返しするとしたら?」

「……それで天地先輩を共謀者にしたの?」

「それは失礼だよ美鈴。お互いの利になることを目指しているのさ。夢を見つつも現実と立ち向かうためにね」

 

 ヒロシの将来設計に美鈴は心から揺さぶりをかけられた。

 映制の監督で映画作りをするのが精一杯の状態。

 でもヒロシは違う。

 その先を見て水面下で実際に動いている。

 これには劣等感を抱かずにいられない。

 将来の進路を充分に意識をすることになった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 兄のヒロシがしっかりと進路を見据えている。

 それによって美鈴に焦りが生じた。

 自分を磨くばかりで先行きを考えていない。

 淳平のように映画監督を目指すのか?

 確かに映画は好きだ。小説や漫画も嫌いではない。

 美鈴は瞬時に問題点を見抜き、期待をするが故に批判を口にする癖がある。

 評論家に向いているのかもしれないが、それが美鈴のやりたい仕事かの疑問は残る。

 

「……」

 

 その日の夜、美鈴がパジャマ姿でベッドに仰向けとなる。

 自分の部屋で天井を見上げつつ、ヘアピンを外して前髪で目を隠す。

 見た目だけでもヒロシのマネをしてしまう。

 それだけ悩んでいるのだろう。

 携帯に内場からの着信メール。

 帰りに塞ぎ込んでいた美鈴に対しての励ましだ。

 今はとても返信をする気になれない。

 

 ――あたしの将来の夢ってなに? 今やっていることが将来でどう結びつくの?

 

 自己分析に入っていく。

 笑顔を作るのが苦手。目付きが悪く愛想もない。

 それで気付いた。

 笑顔が要求される接客業に向いていないだろうと。

 もし天地レストランでバイトをしたら、その店に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 ――だったらあたしが出来るバイトってなに? 無理して笑顔を作らないといけないの?

 

 美鈴が味わっている苦悩は、正太郎が要求される敬語の強制と同等だ。

 苦手なことを押し付けられる精神的な苦痛は大きい。

 

 ――あたし、どうすればいいの?

 

 何とかしないといけないのに、何をすればいいのか分からない。

 笑顔を求める接客の仕事をやりたくない。

 そんなワガママで映制の皆に迷惑をかけたくない。

 まさにどん詰まりである。

 

「ん?」

 

 携帯に通話の着信反応で相手は正太郎からだ。

 今は考え事をしているので拒否。

 次はメールの着信が入った。

 前髪を分けていつものヘアピンで留めて確認をする。

 その内容にムカついて美鈴から電話を掛けた。

 

「ちょっと何よ今のメールは? 喧嘩売ってるの?」

「ありのまま正直に書いたが何か問題でも?」

 

 美鈴に飲食バイトは無理だからやめておけ。

 無理やりの笑顔で精神が病んでしまうからおススメしない。

 そんな忠告のメールであった。

 

「美鈴は目付きがキツイから、客が睨まれたと誤解しやすい。引きつった顔で作り笑顔なんてしようものなら、コイツは無理に笑おうとしてるって客にバレバレだ。そんなのお互いにとって何の得にもならない」

「今からアンタの家に殴り込みに行ってもいいわよ」

「逆にオレからお前の家に乗り込んで説教してやるよ。内場に泣きつかれたから叱る権利はある」

「……はい?」

「さっき内場から電話が掛かって来たんだよ。お前、メール無視しただろ? そのせいで内場がものすごく心配してたぞ。自分が何か怒らせる事したんじゃないかってな」

「そんなわけないでしょ!!」

「だったら、心配してくれてありがとうぐらいは返してやれ。プライドも時と場合によっては足かせになるんだよ。もっと彼氏や仲間を頼れっての。映制メンバーを舐めんな」

「うるさい、アンタに何が分かるのよ!!」

「黙ってたら分からないだろうが!! 言いたいことがあるなら、全部吐き出してかかって来いやボケ!!」

「ボケってなによ!! いつもガキみたいなことして迷惑かけてるアンタに言われたくない!!」

「アッハッハッハッハッ!!」

「なにがおかしいの!?」

 

 その直後、電話越しに空手の息吹が聞こえた。

 その呼吸法で精神を高めて本気を出してくる。

 

「ああ、おかしいさ。困った時はお互い様、人に迷惑かけずに生きていくなんて不可能だ。迷惑をかけた分は別の形で挽回すればいい。そんな簡単なことも分からないのか?」

 

 歯に衣着せぬ。

 美鈴に負けず劣らずトゲにはトゲで返す。

 そのくせ正太郎はこのように告げる。

 

「しっかりしろよ監督。悩みがあるなら内場を頼れ。無理ならオレたちでもいいさ。本当はこれ、オレじゃなくて内場がやらないといけないんだぜ。でも今の内場は半べそかいているから、仕方なくオレが代理でやってんだ」

「嘘でしょ?」

「心の中で泣いているんだよ。いいから後で電話するなりメールするなりしてやれ」

 

 同じ男で彼氏の立場もあるから放っておけない。

 親友が辛い時は助けてやりたい。

 そんな正太郎に向けて美鈴は問いかける。

 

「アンタは将来の夢ってある?」

「探してる最中だよ。創作は趣味にすべきか仕事にすべきかで悩むし」

「趣味を仕事にすると、その趣味が嫌いになるって聞いたことがあるわ」

「人によるだろうけどな。ただひとつ言えることがある」

「なに?」

「オレは映制の監督を支えている。それが忠誠を尽くす家臣みたいで楽しい。だからそんな感じの仕事がオレに合うのかもしれない」

「……」

「美鈴のおかげだぜ。上に立つものが立派で尊敬できるから気付けたことだ。マジで感謝している」

 

 その言い方がずるいと美鈴は目を伏せる。

 直球で言ってくるからダイレクトに心へ響く。

 

「なによ。さっきはボケって罵声を浴びせたくせに」

「忠誠はただ従うだけではない。主が間違っていた時に正すのも忠誠である」

「それ、彼の漫画で描かれていた従者の台詞よね?」

「おう、内場には内緒な。また黒歴史とか叫ばれて精神ダメージを受けるから」

 

 正太郎は内場の漫画愛好家といっても過言ではない。

 それらの漫画に影響を受けて今がある。

 精神的に最も成熟しているのは内場かもしれない。

 

「あたし、将来なにをしたいのか分からないの。だから彼と一緒に探してみる」

「わかった。あ、そろそろ腕時計を付けて加減するぜ」

「なによ。あたし相手に本気出したの?」

「当たり前だ。トップクラスの美鈴に手加減なんてできるか。あーあ、ちなみから必要以上に本気出さないよう言われてるのに、お前のせいだぞバーカ」

「知らないわよ。恩の押し売りなんて頼んでないから」

 

 正太郎が腕時計をつけたのだろう。

 一瞬だけ息を呑み、その直後に携帯を落としたような物音。

 それを耳にした美鈴が不安になってしまう。

 

「ちょっとアンタ大丈夫?」

「……」

「なんで返事しないのよ? そんな冗談やめなさいってば」

 

 何やら声らしきものはあるがよく聞こえない。

 しばらくすると正太郎の応答があった。

 

「落とした携帯がベットの下に入り込んだ。拾うのに手間取ったぜ」

「……心配させるなバカ」

「あー、さっちゃんと空手で組手した時に本気出しちゃったからな。時間経ってるから大丈夫だと思ったのに。仮にそれがなくても、強者の美鈴が相手だからどのみち変わらないか」

「それ答えになってないわ。本当に大丈夫なの?」

「これだけ喋る余裕はあるんだから察しろ」

「嘘。無理して余裕のあるフリしてるでしょ?」

「……美鈴」

「なによ?」

「あまりオレの親友を泣かせないでくれ。割とアイツ繊細な所があるから」

「……約束はしない」

「せめて善処しろ」

「上辺だけの言葉ほど軽いものはない」

「それは同感。もう疲れたからオレは寝る」

 

 そう言われて通話を切られてしまう。

 部屋のドアから気配を感じる。

 枕を片手に持ってから内扉を開けた。

 

「やあ美鈴。元気いっぱいの電話――あぷっ!?」

 

 扉の先にいた兄の顔面に枕を投げつける。

 さらに服を掴んでうつ伏せに倒れさせ、ヒロシの背中を踏みつける。

 僅か数秒の出来事であった。

 

「いたたっ、ひどいな。僕なりに責任を感じて見に来たのに」

「なんの責任? 兄貴には関係ないでしょ」

「あるだろ。進路のことで悩ませたのは僕のせいだからね」

「……」

「美鈴、これからの時代にパソコンは欠かせない。どんな仕事でもパソコンは出来たほうがいいよ」

「あたしに事務の仕事でもしろと?」

「デスクワークは美鈴に向いてるかもね。電話応対も作り笑顔がいらないから上手くやれると思うよ。手に職をつけるなら、ITスキルのプログラミング知識があると良しだね」

 

 ヒロシの言い分には一理ある。

 出来ないよりは出来たほうがいいのは確かだ。

 幸いにも和館と洋館それぞれの書斎にパソコンがある。

 そこからスキルを学んでいくのも一手だ。

 

「用はあるから今すぐ出て行け兄貴」

「ああ、内場くんによろしく――あ、枕は投げないでね」

 

 足をどけて逃げるように部屋を立ち去るヒロシ。

 美鈴は携帯を片手にベッドの上で女の子座り。

 そして内場に電話をかけて真剣にお詫びをした。

 

「ええよ。僕は何も気にしとらんから」

 

 本当は気にしていたのにそんな事をおくびにも出さない。

 その気遣いが内場なのだと美鈴は素直に受け止めた。

 

「あたし、笑顔を求められる接客はできない。普通に対応していいなら受けられるけど」

「天地レストランは飲食の接客業やから笑顔が欠かせん。美鈴には酷な仕事やな」

「部活はこれまで通りに精一杯取り組むつもりよ。ただ将来の事も真剣に考えて行動していきたいの」

「僕にできることがあるなら何でも言うてや。ま、僕じゃなくてもええけど」

「貴方はあたしの彼氏だから一番先に伝える。それでね、バイトでは貢献できないけど、デスクワークなら仕事と部活の両方で役立つと思うのよ」

「パソコンか。それなら美鈴に合いそうやな。僕は応援するで。きっと他の皆もや」

「明日、このことを伝えるつもりよ。悪いけどバイトのほうはそちらでお願い」

「任せてや。報告はどないする? 中学みたいに昼休みに階段の踊り場で集まるか?」

「ええ、誰も使ってなければいいけどね」

 

 屋上は施錠されて使えないが、その手前の踊り場スペースは存在する。

 だからレジャーシートを敷いて、そこで弁当を開くことも可能だ。

 中学と違い、唯も参加するから去年よりも賑やかになるだろう。

 こうして美鈴と内場は電話で話し合いを済ませた。

 

 一方、電話を切り終えた正太郎はどうなったのか?

 ベッドにうつ伏せのままグッタリとしている。

 精神的な消耗をしているのに頑張り過ぎた。

 その結果、何もやる気が出ないほどに燃え尽きてしまう。

 ふと部屋のドアからノックが響く。

 

「ちょっと正太郎、電話するならもう少し声を小さくしてよ」

「……」

「聞いてるの正太郎?」

「……」

 

 無視をされていると思ったのだろう。

 説教をしてやろうと弟のドアを開けた。

 しかし、すぐに異変に気付いてベッドへ近付く。

 

「どうしたの? 具合悪い?」

 

 ダルそうにしつつも身体を起こす正太郎。

 精神的に疲れているので会話が億劫。

 肉体的にも空手の稽古をしたから疲れが残っている。

 

「辛そうだけど熱でもあるの?」

 

 正太郎のおでこに手を当てる。

 特に熱は感じられない。

 念のために体温計で測っても平熱だ。

 正太郎は絞り出すように弱音を一言。

 

「頑張りすぎた」

 

 交換日記で弟の並々ならぬ努力は知っている。

 それこそやり過ぎだと綾が心配するぐらいだ。

 程々にしなさいと再三の注意はしていたが。

 

「だから言ったでしょ。無茶したらダメだって。ちなみちゃんにも注意されてるよね?」

 

 正太郎の目が真っ直ぐに訴える。

 仕方がなかった。

 内場が自分を責めて、美鈴が悩んで。

 どちらも苦しんでいるのに見過ごす訳にはいかなかった。

 だから反省はしても後悔はしていない。

 

「自分だけで解決しようとしない。もし大変な時があったら、お姉ちゃんでもいいし、ちなみちゃんでもいいから相談して」

 

 正太郎はくたびれた様子で頷く。

 話を聞くのも厳しい。

 脳が休ませてとSOSを発している。

 

「ほら、もう休みなさい」

 

 優しく諭してベッドへ寝かしつける。

 こういう時ぐらいは頼ってほしい。

 そんな姉心を抱きながら立ち去ろうとする。

 

「正太郎?」

 

 綾の袖を掴んで引き留められる。

 そんな弟が短く言葉を発した。

 

「……楽しいから」

「え?」

 

 少しだけ精神疲労から回復したのだろう。

 まだ満足に思考が入らない中で感情を伝える。

 

「全力が、楽しい」

「うん……」

「手加減、難しい」

「そう……」

「映制、守る」

「うん……」

「頑張る、悪い?」

「悪くないよ。でも心と体をイジメないで。優しく労わってあげて」

 

 これで伝わっただろうか?

 今の正太郎に少しでも覚えられるのか?

 すると……。

 

「ねーちゃん」

「なに?」

「寝ぐせ」

「えっ!?」

 

 袖から手を離し、綾の頭に向けて指を差している。

 前頭部の一部が跳ねてアホ毛のようになっていた。

 それが恥ずかしくなって自分の部屋へ逃げ帰る。

 

「フッ、ねーちゃんのくせに生意気」

 

 ちょっとした反抗期で精神を奮い立たせる。

 姉は超えるための憧れであって甘える対象ではない。

 そういうことは恋人でしたいから。

 

「ちなみに、会いたいな」

 

 今ここに来てくれたら甘えたい。

 やり過ぎと叱られたら謝りたい。

 携帯のメールや声だけではきっと満たされない。

 噂をすれば影のフラグだったのか。

 ちなみの着信が入ってしまう。

 正太郎は少し躊躇しながらも応じた。

 

「しょーくん、夜中に電話しちゃったけど大丈夫かな?」

「うん」

「……しょーくん」

「ん?」

「頑張り過ぎたでしょ?」

「……」

「やっぱり。声を極力出さないようにしてる時点でバレバレだよ」

 

 出さないのではなく出せないだ。

 まだ回復しきれていないから。

 あまり長々とした言葉を考えられないから。

 

「あ、無理しないでね。説明とかそういうのしなくていいから」

「うん」

「しょーくんは問題をそのままにしない。これから改善するって信じてるから」

「ああ」

「じゃあ今夜はゆっくり休んで。また明日」

「電話、切るの?」

 

 切らないでという気持ちが込められていた。

 胸が締め付けられる思いをするちなみ。

 それでも断腸の思いで告げる。

 

「本当は切りたくないけど、今のしょーくんに無理させたくないから」

 

 これを言われてしまうとワガママは言えない。

 頑張り過ぎた罰だと甘んじて受け入れるしかない。

 それでも本音は伝えておきたいから。

 

「会いたい」

「わたしも。今すぐ行ってしょーくんを癒してあげたい」

「好き」

「わたしも大好き」

「もう休む」

「うん、おやすみなさいしょーくん」

「おやすみちなみ」

 

 この後、ちなみが次に掛けたのは美鈴。

 話し中になっていたのでメールを送信して待つ。

 数分ぐらいして美鈴から掛けてきた。

 

「ちなみ、どうしたの?」

「美鈴、ちょっと訊きたいことがあるの」

「なに?」

「帰りの時、美鈴が悩んでる姿を見て、わたしたちが心配してたのに気付いてた?」

「ごめんなさい。その時は気付かなかったわ」

「後で知ったって事だよね? 誰から?」

「彼からのメールで」

「内場くんだけ? しょーくんからは何もなかったの?」

 

 それを言われて美鈴は電話があったことを伝える。

 内場に誤解させてしまったことを。

 もっと頼れと正太郎に説教をされたことを。

 

「美鈴、電話のしょーくんって元気そうだった? 疲れたような感じなかった?」

「あ、うん。実は……」

 

 美鈴は観念をして全てを話す。

 自分のために本気を出して叱ってくれた。

 腕時計という手加減のスイッチを付けたと思われる時の違和感。

 そこから悟らせまいとする正太郎の対応は気になった。

 

「さっき、しょーくんに電話したらね。クタクタ状態だったの。もう喋るのもしんどそうだった」

「……あたしのせいだね」

「うん美鈴のせいだよ。あとそれを仕向けた内場くんのせいもある」

「彼は悪くないわ!! 悪いのはあたしよ!!」

「だったら何で内場くんはしょーくんに電話したの? 直接美鈴に電話したらいいじゃない?」

「そ、それは……」

「そういうことは内場くんがやる事で、本来ならしょーくんがやる事じゃないよね? でも内場くんが自分のせいだと思い込んでしまって、それでしょーくんに頼りたくなったんじゃないの?」

 

 人は弱ってしまうと他で頼りたくなる。

 それ自体は仕方のないことだ。

 困った時はお互い様。

 助け合いの精神はちなみも理解をしているつもりだ。

 

「今回、美鈴が何も言わず、自分で抱え込んでしまったことが事の発端だからね。一人で考えたいなら、それならそれで内場くんにはちゃんと言っておくべきだったんだよ」

「返す言葉がないわ」

「……今から内場くんに電話するから切るね」

「待って!!」

「なに美鈴?」

「彼はあたしを心配して、それをあたしが無視しちゃって。それであたしを怒らせたかもって彼は勘違いしたから。それであたしに直接電話できなくて……」

「だからしょーくんに代わってもらおうって……ずいぶんと勝手だね。そういうすれ違いをしないためにも、ちゃんと伝え合わなかった二人に問題があったのに。なんでそれをしょーくんがアフターケアしないといけないの?」

「ごめんなさい」

 

 ちなみの中では静かな怒りで燃えていた。

 勿論、正太郎に無理をさせた二人への腹立ちはある。

 だが、それ以上に頼られなかった事が悲しかった。

 何もしてやれなかった己の無力さが悔しかった。

 

「わたしも美鈴の幼なじみだから、悩んでいる時は助けたい。しょーくんだけで頑張らなくてもいいようにしたいんだよ」

「ちなみ……」

「美鈴が悩みを打ち明けにくいなら、わたしから美鈴に将来の悩みとか話したら抵抗感がなくなるのかな?」

「ちなみが言う将来の悩みって?」

「天地さんからしょーくんを奪い返すための作戦、自分磨き」

「……それって悩みになるの?」

「なるよ。具体的にどう磨いていくのか? いつ奪い返すのか? 色々考えることが一杯あって行動しないといけないんだから」

 

 ちなみはお肌のケア・髪のシャンプー・ダイエットのカロリー計算など色々なことを打ち明けていく。

 いずれも目先の悩みだが未来であることに変わりはない。

 ちなみの気が済むまで美鈴は聞き役となった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 若さに満ち溢れる高校生は回復力も速い。

 翌朝には元気いっぱいで復活をする正太郎。

 朝一番に顔を洗い、制服に着替えてポストから新聞を回収する。

 エプロンを装着してちなみの弁当作り。

 楽しそうな息子に母が微笑ましく見守っている。

 適度に冷めるまでの間に姉を起こしに行く。

 

「ねーちゃん、朝だぞ。起きろ」

 

 揺さぶっても目の焦点が合っていない。

 ボーとしたままの姉を引っ張って起こす。

 そしてほっぺをふにふにして弄り回すと。

 

「っ!! ちょっとやめてよ」

「おはようねーちゃん」

「……おはよう」

「なんだ機嫌が悪いのか?」

「誰のせいよ。それやめてって言ってるでしょ」

「起こしてもらって随分な言い草だ。かーちゃん忙しいからあまり手を煩わせるなよ。オレだってヒマじゃないんだ」

「なによ。昨日はヘトヘトになっていたくせに」

「昨日は昨日で今日は今日。切り替えが大事だ。先にメシ食ってるからねーちゃん二度寝すんなよ」

「しないから早く出て行ってよ」

「言われるまでもない」

 

 朝食を済ませて部屋で忘れ物がないことを確認。

 外に出てちなみが来る方向へ先回りをした。

 後ろから驚かせようとそっと近付いたが――。

 

「おはようしょーくん」

 

 背を向けたままで挨拶をしてきた。

 いとも簡単に見破られてしまった。

 

「……おはよう。ちなみは後ろに目でもついてるのか?」

「今日のしょーくんならこうするかなって思ってたから」

 

 振り返って朝から元気な笑顔である。

 それは自信満々で確信に満ちていた。

 

「推理小説の主人公にでもなるか?」

「あははっ、それいいかも……うん、いつも通りのしょーくんだ」

 

 隅々まで見られて正太郎の体調をチェックした。

 それについての話し合いを希望する正太郎。

 先回りは、少しでも多くの時間を取りたかったから。

 

「あ、先に弁当渡しておく」

「こっちも渡すね。はい交換」

「サンキュー。話し合いの場所は、中学みたいに階段の踊り場でいいか?」

「うんいいよ。行こうしょーくん」

 

 さりげなく手を握ってリードして来る。

 正太郎は握り返して隣を維持するペースで歩いた。

 

「なるほど。いつも通りのちなみだ」

「手を握って分かるなんて、しょーくんはお医者さん?」

「歩き方とか顔色とか、他にも観察できるところはある。それで総合的に判断できるんだよ」

 

 張り合いをしてくれる正太郎。

 そこに喜びを感じるちなみ。

 一方的でないことが分かって嬉しいから。

 学校は部活の朝練を除けばまだ生徒はそれほど来ていない。

 そんな背景の中、一旦教室へ荷物を置き、一緒に踊り場へ移動をした。

 そして正太郎はメモを片手に話を切り出す。

 

「美鈴の件は内場に一任している。だが昨日、内場の電話は明らかに思い詰めていた。そんな状態で美鈴へ電話しろは無茶かとオレは判断した。仮に電話できても、プライドの高い美鈴が何でもないと突っぱねて、優しい内場はそれ以上踏み込めないと予想もしたんだ」

 

 ちなみが静かに頷いて聞いてくれる。

 その目は続けるように促していた。

 

「オレは親友が心の中で泣いてる、助けを求めていると感じた。そう思うと美鈴の態度が、内場の励ましを無視したことがムカついてな。オレが電話をかけてもスルーしやがったから、次はメールで挑発して美鈴から掛けてくるように仕向けた」

「挑発?」

「愛想笑いができない美鈴に、飲食の接客バイトは向いてないからやめとけという忠告だ」

「美鈴の悩みをしょーくんは知っていたの?」

「まさか。いくらオレでも超能力者じゃないから、美鈴の悩みが何なのかは分からなかったぜ。挑発は何でも良かったんだ。ちょうど飲食バイトのネタがあったから使ったに過ぎない」

 

 人に説教をするのは精神的な消耗が激しい。

 嫌われる覚悟で言わないといけないから。

 手加減モードで相手できるほど美鈴は甘くない。

 ひたすら全力投球でぶつけるしかなかった。

 

「二人は丸く収まったと信じているが、それは結果論に過ぎない。ねーちゃんから注意されたよ。自分だけで解決しようとするなって」

「お姉様の言う通りだよ」

「でもオレはねーちゃんに相談する気はない。美鈴と接点ないしそもそも関係ないから。でも、ちなみへ相談という意見には耳が傾いた」

「なんで相談してくれなかったの?」

「嫌われ役をちなみに押し付けたくなかった。説教は耳に痛いんだよマジで」

「その説教で本当に嫌われると思ってる? 相手は美鈴だよ」

「いや美鈴は頭いいからな。説教をありがたく受け取るだろう」

「だったらあたしに任せてくれても良かったじゃない」

「……見事に矛盾を突かれた。次からそうするって、この場で誓って改善する」

 

 メモに書きとめて忘れないように徹底する。

 ちなみを弱点みたいに扱うべきではない。

 むしろ頼ったほうがより上手くいったのかもしれない。

 

「本気と手加減のバランス。ここが重要だと思うし、今後の課題だと痛感している」

「しょーくん、偏りすぎなんだよね?」

「そうだな。昔のちなみが使い分けた、あーちゃんとちーちゃんみたいな絶妙なバランスがない。とにかく全力を出して疲れたら休む。そんないい加減なものだから、昨日みたいな無茶に繋がっていると思うんだ」

 

 あり余る元気を発散したくてたまらない。

 溜め込んだエネルギーは適度に抜かないとストレスになる。

 本気をやり過ぎてもダメ。さりとて手加減で押さえ続けるのもダメ。

 このバランスの維持が難題である。

 

「ちなみと一緒に暮らしていたら、よりチェックができてバランスの維持がしやすくなりそうだけどな」

 

 真顔でそう言われてちなみは同棲を連想。

 まだ早すぎとツッコミを入れてしまい、正太郎は何のことだか分かっていない。

 ちなみがごまかしも兼ねて問いかけをする。

 

「しょーくん、本気は毎日しないといけないの?」

「1日1回は多いか?」

「2日に1回とか3日に1回とか、ちょっとずつ伸ばすのは?」

「あまり溜め込むと反動が……正気を失いそうで怖いんだよ」

「あたしがサポートするから」

「うーむ、ちなみを信じて実験をしてみるか? とりあえず今日は手加減モードで過ごしてみる。明日の本気はちなみと一緒にテスト対策の勉強会でいいか?」

「今のしょーくんでもテスト勉強はするんだね」

「当然だ。試したいこともあるし」

「試したいこと?」

「オレ、テストの問題は一から順番に、その都度全力で解く戦法なんだ。でもこれからは美鈴のやり方を模倣してみたい」

「美鈴の?」

「美鈴って最初は問題を解かずに一通り目を通すんだって。それで全体を掴んでから解きやすい問題を解く戦法を使ってるんだよ」

 

 全体を掴めば各問題に費せる時間の計算が可能。

 時間配分がしやすくなるメリットは大きい。

 今よりもさらに余裕ができることへの期待で胸が一杯だ。

 

「これは他のことでも応用ができるから見習う価値はある」

「そっか……美鈴ってホント賢いからね」

「妬くなよ」

「妬いてない」

「怒るなよ」

「怒ってない」

「甘えてもいい?」

「いいよ」

 

 両手を広げてお誘いをするちなみ。

 正太郎は誰も見ていないかを徹底的にチェック。

 そして導かれるまま抱擁のスキンシップを堪能した。

 

「んっ……しょーくんの切ない想い、ギュッと感じちゃう」

「こういう時間が少ないから」

「もっと甘えていいのに」

「忙しいじゃん。授業とか部活とかバイトとか、プライベートで空く時間帯は夜がほとんどで、その時間にちなみはいない。お泊りでもない限りは夜に甘えられないし」

「お泊り……」

 

 悶えそうな想像が勝手に浮かび上がって照れてくる。

 それを強く抱きしめることで振り払おうとするちなみ。

 意外と力があるようで正太郎が少し息を詰まらせた。

 一緒に空手の稽古をして体力がついているのだろう。

 

「そろそろ時間か。名残惜しいな」

「そう言いつつも、しょーくんギュッとしたまま離してくれないね」

「ちなみこそ、ギュッとやり返してるくせに。そっちからどうぞ」

「しょーくんから離れてよ」

「……やだ」

「かわいい」

「……合図したら同時で」

「うん」

 

 せーのでお互いに離れる。

 慣れた様子でタイミングはバッチリだ。

 教室の前で手を振って入るちなみを見送る。

 正太郎も自分のクラスへ戻った。

 座席についている美鈴の気まずそうな雰囲気。

 付き合いが長い正太郎には丸わかりだ。

 こういう時こそ何事もなかったように挨拶をする。

 

「おはよう美鈴」

「……おはよう」

 

 まともに目を合わせてくれない。

 人の心は機械ではないので、すぐに切り替えができない。

 正太郎はお構いなしに具体的な改善を話す。

 

「本気と手加減のバランスを維持するための実験をする。理由は美鈴のお察しの通り。とりあえず毎日1回の本気ではなく、2日か3日に1回にして少しでも長く手加減を続ける。欲求不満で多少イライラするかもしれないが適当に流せ」

「……」

「ちなみとの話し合いで決めたことだ。ちなみがオレの体調をチェックするし、何かあればちなみを頼る。もうグッタリすることはない。というより同じミスをするつもりはない」

「……」

「そうやってオレはレベルアップしていくんだ。全てはねーちゃんを超える小説を書くため、その野望のためだ」

「……高校生にもなっても変わらないのね」

 

 呆れ顔を見せてくれた。

 罪悪感にまみれた美鈴は似合わない。

 いつもの美鈴でいてほしい。

 そんな願いを込めて真っ直ぐに理念をぶつける。

 

「そこだけは何があろうとも変わらん。最強ねーちゃんの偉大な才能をオレの積み重ねた努力で打ち破る。映画を通じて勝負してるんだから、改めてよろしく頼むぜ監督」

「……はぁー、暑苦しいからそれ以上近付かないで」

「ああ、それでいい。接近を許すのは内場だけにしておけ」

 

 悠々と自分の席へ戻ろうとする正太郎。

 次の瞬間。

 

「昼休み、映制の皆で踊り場に集合よ」

 

 美鈴が平常心を取り戻しての指示。

 それに了解すると警告も入った。

 

「あと勝手に無茶したらぶっ飛ばすから」

「それは恐ろしいな。暴走のリスクに気を付けないと」

「そうならないための実験なんでしょ?」

「そうだよ。オレの様子、美鈴がちなみに報告するのは全然構わないからな」

「あたしを実験に巻き込むつもり?」

「オレを監視して報告するだけなら巻き込みもないだろ」

「監視って……普通はそういう事されたくないものよ」

「あいにく、オレは何もやましいことはないからな。監視バッチコイだ。それでちなみが少しでも安心するならむしろやれ」

「……アンタと話してると常識を疑ってしまうわね」

「常識破って自由な発想になろうとも、法に反するような非常識はないから安心しろ」

 

 チャイムが鳴って自分の席へ戻る。

 授業は手加減モードのまま板書をノートに書き写す。

 それだけでなく図解や表などのアレンジも加えた。

 そんな中、黒板の書き間違いを発見する。

 間もなく美鈴が指摘をして修正がされた。

 

 ――やはり授業って退屈するものだな。

 

 学生なら誰もが経験している退屈な授業タイム。

 こっそり携帯をいじっていたり、漫画や小説を隠し持って読んでいたり、居眠りをしたりで色々な生徒がいる。

 先生の話を聞いているように見えて、ただボーとしているのが現実。

 人間の集中力には限界もあるから。

 

 ――オレが弟子に教える時は面白おかしくやるけどな。戦闘に置き換えたり、イメージ戦略立てたりとか。

 

 個別と集団で勝手が違うことを差し引いても、まだ他にやりようがあるだろう。

 雑談で程よく脱線してインターバルを取り戻してみるか。

 あるいは逆の発想で生徒に調べてもらい、それを教えてもらう形にするか。

 聞くばかり受けるばかりでは退屈しやすい。

 自主的に学べる方向性も一考の余地としてあるのではないか?

 

 ――そう考えると、今の授業体制を改善できる点は多いな。そもそも教師は心底から楽しんでやってるのか? 仕事だから仕方なくしてやってるみたいな、そんな大人の身勝手な押し付けを感じるぜ。

 

 反抗期ゆえに大人嫌いの正太郎はより敏感になる。

 貴重な時間がもったいなく感じてしまう。

 聞いているフリというのも地味にストレスだ。

 自分を偽っているようで腹が立って来るから。

 

 ――腹いせに美鈴へ愚痴メモを送りつけてやる。

 

 授業が退屈に感じる問題。

 そうなる原因とどうすればいいかの改善。

 授業の在り方の疑問も添えて生徒に回してもらう。

 声に出すと先生にバレる恐れがあるため、美鈴に回すように添え書きの指示を付けた。

 しばらくして返事のメモが届く。

 

 ――見つかったら面倒だからメモ回すなって優等生な説教かよ。スリルを楽しむのもまた一興だろ。退屈な授業をする先生が悪い。クラスの皆だって本音ではヒマしてるって分かるだろ?

 

 これでもかとお叱りのメッセージで、そのくせ内容には同意をして理解を示している。

 でも教師と生徒という立場が違うから、現状を変えることはできずに放置するしかない。

 

 ――先生が見てなかったら皆の前で一発芸でもするのに。

 

 変なことをして先生が見たときは元通りに聞くポーズという遊び。

 これができるのは先生が板書をしている時だろう。

 チョークでカツカツ音がするからタイミングが分かりやすい。

 

 ――実際にやると生徒がクスクス笑うから先生にバレるリスクが高い。また先生がバカにされたと思って怒る可能性もある。容易に想像つくんだよな。

 

 同じ生徒として楽しませるためにやってもいいのだが、先生に目を付けられたくない。

 極力関わりたくないから。

 全く持ってままらないものである。

 正太郎が静かにため息をつくと。

 

 ――んっ? また美鈴から?

 

 今度はなんだとメモを確認する。

 回すなと書いておきながら美鈴も回してるじゃないかと突っ込むのは野暮だ。

 

 ――なになに、そんなに退屈なら先生に成り代わって授業やってみれば……なるほどその手があったか!!

 

 逆の立場になってみることで得られることもある。

 彼女のちなみに対してよくやっている考え方だ。

 これをするには先生からの同意を得る必要がある。

 次の授業が数学の黒川先生だから出来るかもしれない。

 終了のチャイムで休み時間。

 正太郎は職員室に行って黒川先生に相談を持ちかけた。

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