青春100%   作:完結の陽炎

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第37話「唯と勇の友達成立」

「次の数学授業、乗っ取りしてもいい?」

「東城ちょっとこっち来い」

 

 職員室でいきなり乗っ取り宣言をされた黒川先生。

 眉間にシワが寄って他の先生がいない場所へ移動をした。

 これで正太郎は心置きなく話せる。

 

「なにを考えてそうなったか言え」

 

 その詰問にありのままを答える。

 炊きつけたのが美鈴だと知って呆れていた。

 美鈴にそんなつもりはないが、正太郎に吹き込んだのは事実である。

 

「東城、お前がそれをしたら我々教師の立場がなくなるから控えろ」

「授業は退屈だという常識を破ることは悪いこと?」

「そんな常識は知らん。大人の社会はお前が考える以上に理不尽なものだ。まともに受けるな、かわす事を覚えろ」

「常識の範囲内で適当OK?」

「お前の常識を問い詰めたい所だが、生憎そんな時間はない」

「師匠の邪魔はしないよ。乗っ取りもしないからお仕事頑張って」

「やれやれ、もう行っていいぞ」

 

 スタスタと早歩きで自分の教室へ戻る。

 美鈴が怪しんでいたが正太郎は気にしない。

 席に座って数学の準備を済ませる。

 チャイムが鳴り、黒川先生が来て講義が始まった。

 

 ーーあれ、なんかオレの指名が多くない? 退屈しなくて済むから別にいいけど。

 

 美鈴との問答キャリアを積み上げてきたので、黒川先生とやり合うのも楽しいものだ。

 答えだけでなく、なぜそうなるのかの理屈まで要求された。

 実況の解説者になりきってかみ砕きの説明をする。

 聞き逃しのリスク回避のため黒板も使わせてもらった。

 

 ーーチョークの使い方を学べた事が地味にありがたい。

 

 コツコツ音がいかにも先生をしているようで面白い。

 可愛い動物に台詞をつけての説明を書いておく。

 数学をネタにしつつもボケたりツッコミを入れたりでの退屈しのぎ。

 男子生徒こと茶髪勇者から分からない所の質問。

 黒川先生が簡単に説明をしてから、正太郎に補足を出させる。

 

 ーーなんか師匠の助手になっている気分だ。

 

 他のクラスメイトからも次々と解説を求めて来る。

 黒川先生は要点だけ教えて、あとの細かい説明を正太郎へ丸投げ。

 同じ生徒の目線でなおかつ創作家だから共感性が高い。

 教え上手な姉の影響も大きいのだろう。

 思いの外、授業が早く進んでしまった。

 残りは自習タイムとなるが、その前に黒川先生からの一言。

 

「外村、お前に話がある。ついて来い」

「わかりました」

「他の者は自習だ。騒ぐなよ」

 

 誰も使っていない空き教室へ連れていく。

 正太郎にアドバイスという名の指示を送った美鈴。

 危うく授業が乗っ取られる所だった。

 それに関しての教育的指導を行なう。

 

「も、申し訳ありません」

 

 さすがの美鈴も正太郎の行動が読めなかった。

 黒川先生の所へ成り代わり宣言をするなんて思いもよらない。

 軽率なことをすれば思わぬ事態を招くことを知った。

 

「まあいい。事前に伝えに来るだけマシだ。それよりも本題はここからだ」

「本題ですか?」

「授業を退屈と感じている東城が逆の立場になったらどうなるか?」

「もしかして、さっきの授業はその実験ですか?」

「我々教師は教える範囲さえこなせばやり方はおおよそ自由だ。今回は東城で試してみたが、思った以上に成果はあった」

「退屈の気持ちが分かるからこそ、生徒たちを退屈させない教え方になったと言うことですか?」

「フッ、まさかボケとツッコミの漫才を授業でやることになるとは思わなかったぞ。例え話の説明も中々ユニークなものだった。黒板も動物の絵に台詞をつけての説明が何気にチャーミングだ」

「あれは彼――もとい内場の漫画をマネしたのだと思います。女子からウケが良かったです」

 

 退屈な授業は教師の責任であり、そうならないように努力をする義務はある。

 少なくとも黒川先生はそう考えているタイプだ。

 それで生徒の成績が良くなるのならそれに越したことはない。

 成績に反映できれば結果が出せている事となり、大人の事情に振り回されることもない。

 

「あとは私の教え方次第だ。他のクラスで東城のマネができる生徒がいるとは思えないからな。腐らせておくには惜しいとは思っていたが、まさかここまで急成長するとは思わなかった」

「潜在能力に目覚めてから苦労されています」

「ああ、知っている。お前の兄からも聞いているからな」

「……あの兄が何か?」

「フフッ、そう疑ってやるな。あやつは東城を気に掛けているだけだ」

 

 身近に賢い人というのはそんなに多くはない。

 まして冷静に話し合える関係ともなると尚更だ。

 将棋・囲碁・チェス・麻雀など、頭脳戦で勝負をしたら大いに楽しめるだろう。

 お互いにパソコンを持っているので、そういう事ができる機会もある。

 

「兄貴の趣味にしては真面目すぎます。まさかニセモノですか?」

「お前が知っている兄の姿は一面に過ぎんという事だ。多才で器用だから色々な顔も存在するのだろう」

「……なぜ兄はそういう所を見せないのか理解に苦しみます」

「別に理解を求めていないからだろう。さて話を戻そう。東城は遊び盛りの子どもと本質は同じだ。本気を出さなければ欲求不満になる。出し過ぎれば疲労困憊になる。そんなエネルギッシュな所は、若い連中ならよくあることだ」

 

 大抵の人は心身にブレーキがかかるから自然に調整ができる。

 だが正太郎の場合、他の人よりもブレーキが悪いのだろう。

 極端に行く所まで行ってしまう傾向が強すぎる。

 だから手加減というスイッチをわざわざ付けないといけない。

 車のようなガス欠を起こさないようにするためだ。

 

「お前の兄は言っていたぞ。東城が本気を出せば、自分を凌ぐほどの実力を発揮するだろう。ただし消耗が激しいから持久戦が弱点になるだろうとな」

 

 ヒロシは正太郎の現状をよく見抜いている。

 美鈴の兄だけあって問題点もしっかりと把握されていた。

 美鈴としては兄に対して色々と思う所はあるが、今は正太郎のことを優先する。

 

「黒川先生は動画部の顧問として何かアドバイスはありませんか? 特に東城についての注意点があれば参考にします」

「そんなのは必要あるまい。身近にいるお前たちが誰よりも東城を見ているのだ。お前たちで判断しろ。それもまた勉強の内だと思え」

「わかりました。あと活動場所が変わったことはご存知ですか?」

「ああ、ずいぶんと豪華な場所を提供されているじゃないか。仕事がなければプライベートで遊びに行きたいところだ。実にけしからん」

 

 部活も含めて一通りの話が終わり解放となった。

 チャイムが鳴って教室へ戻る美鈴が真っ先にすること。

 正太郎を蹴ってやろうとしたが逃げられる。

 茶髪男子を盾にしての勇者バリア。

 巻き込まれた茶髪勇者はとんだとばっちりである。

 

 正太郎が受ける次の授業は体育。

 腕時計を外さないといけないので手加減モードは不可。

 体操服に着替えてちなみのクラスへ立ち寄る。

 そして彼女に予定の変更を伝えた。

 

「体育のない日に手加減ということで。明日から本気を出さない」

「逆なら内場くんの漫画で見たよ」

「オレも。あれの逆バージョンだ」

「これもフラグになっちゃうのかな?」

「作者の内場を入れて論じたいが、今はそんな時間ないからまたの機会にするぜ」

 

 内場が距離を置いて見ているので、片手で勝利のVサインを送る。

 すると内場の近くにいる唯が両手でピースを返してきた。

 二倍返しである。

 

「さすがだ。元ニンジャは侮れん」

「しょーくん、そろそろ行かないと遅れちゃうよ」

「分かった。行って来る」

「行ってらっしゃい」

 

 体育は一口に言っても様々な種目がある。

 正太郎が好むのはマイペースに戦える個人種目。

 球技ならテニスやバトミントン、格技なら柔道や空手、陸上なら短距離走といった形だ。

 ではチームプレイが求められる種目が苦手かと言われたら案外そうでもない。

 美鈴を支える原理で、サッカーやバスケ、野球などでもサポート役として活躍ができる。

 だが、そんな正太郎でも唯一ダメな運動がある。

 

「……マズイな」

 

 誰にも聞こえない程度に正太郎がそっと呟く。

 今回の体育は男子がグラウンドで長距離走だ。

 走るペースの調整が問われる陸上競技。

 短距離走の先行逃げ切り型が使えない。

 長時間の本気を維持しなければならない持久走は相性が悪すぎる。

 後半でスタミナ切れになることは必至だ。

 なお、女子は体育館でバレーボールである。

 

「なあ勇者、聞いてくれ」

「な、なんだよ?」

 

 盾にしたことを根に持っているのか。

 やけに警戒されているが今は気にしていられない。

 苦手な種目であろうともチャレンジをする。

 それが男のプライドすなわち意地だから。

 

「オレ、この持久走を終えたら、放課後に天地レストランでパフェを食いに行くんだ」

「なんだよその死ぬ気満々なセリフ!?」

 

 実にいいツッコミだと正太郎は笑う。

 内場と組ませたら面白いコンビになるかもしれない。

 

「オレにもしもの事があったら、オレの彼女であるちなみに命懸けの戦いをした結果だと伝えてくれ」

「彼女がいない者への当てつけか!!」

「あと先に謝っておくぜ。勇者に彼女が出来たら名前で呼ぶ約束、果たせないかもしれない」

「真顔でそんなこと言うなよ。なんか冗談に聞こえないって」

 

 正太郎はいつだって本気である。

 付き合いが短い茶髪勇者には分からない。

 これで言うべき事は伝えた。

 あとは凶悪な持久走という敵に向かって死力を尽くすのみ。

 無念無想の極地へ旅立ってみよう。

 覚悟を決めた正太郎の背中が茶髪勇者の目に焼き付く。

 そして長く苦しい長距離に向けて駆け出していった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 内場が座っているのは教室の窓際となる席。

 英語の授業を受けながらグラウンドを眺める。

 なぜか胸騒ぎがした。

 体育の授業を受ける親友が持久走をする時点でアウトだ。

 

 ――アカン!! 本気の東城に持久走はアカン!!

 

 全力投球をする正太郎では長距離に耐えられない。

 救急車で運ばれる悪い未来を想像してしまう。

 そんな不吉な思考は即座に否定だ。

 

 ――ちょい待ち。今の東城は空手で鍛えとるやろ。きっと大丈夫や。

 

 しかし今一つ確信が持てない。

 持久走は他の種目と違って内容が走るだけのシンプルさ。

 それ故にごまかしが効かない。

 本気の状態で走り方の加減ができるのなら、そもそも手加減モードなんて作らない。

 

 ――なんや、僕の所にメモか?

 

 授業中に隣の生徒からメモがこっそりと渡された。

 差出人はちなみである。

 生徒を介して先生にバレないように回したようだ。

 心配そうに窓を眺める内場の様子を気にして、グラウンドで何が起きているのかを知りたがっている。

 

 ――ここで嘘かますと後が怖いから正直に言わんとな。

 

 返事を書いて生徒に回してもらう。

 ちなみがメモを受け取ると目を見開いた。

 その直後に挙手をして先生に告げる。

 

「先生、お腹の調子が悪いのでお手洗いに行きます。もし具合が良くならなかったら、そのまま保健室に行きます」

「あ、それなら唯が付き添う!! 内場は肩かしてあげて!!」

「了解や!! 任せとき!!」

 

 まるで示し合わせたかのような連係プレイ。

 英語教師から許可をもらって廊下を出た。

 向かう先はグラウンドである。

 

「ねえ何があったの? 唯に教えて」

 

 唯の疑問に内場が移動をしながら説明をする。

 最悪の場合、正太郎が体を酷使して倒れるかもしれない。

 それを聞いて唯が真っ青な顔になった。

 

「今の東城は空手で鍛えとる。それで耐えられるはずや」

「ほ、ほんと?」

「……た、多分」

「いやそこは絶対とか言って――」

「静かにして唯。今はしょーくんを信じて見守るから」

 

 持久走の経過として正太郎がトップに躍り出ている。

 グラウンドの外周をグルグルと回る単純なコース。

 1周目よりも2周目、2周目よりも3周目とペースが速くなっている。

 無表情のまま汗だくで呼吸の乱れが激しい。

 何度か汗が目に入りそうになり、乱暴に腕で拭いてダッシュをする。

 精神が肉体を凌駕するも、裏を返せば心と体が一致をしていない。

 体の悲鳴に心が気付かない。

 ふとコケそうになるも咄嗟に体勢を整えて止まらない。

 この時の正太郎は一心不乱だ。

 

 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 そんな心の雄たけびで暴走をするだけ。

 断じて声には出さない。

 一瞬で肺の酸素がなくなって潰れてしまうからだ。

 やり遂げることが大切。

 自分の限界を超えて行きたい。

 ところがグラウンドには他の男子も走っている。

 その中で茶髪勇者が転倒してしまって起き上がれない。

 中学時代に保健委員をしていた正太郎。

 これには見捨てられず、茶髪勇者の所へ駆け寄って状態をチェック。

 左足首を痛めているらしく、肩を貸して立ち上がらせる。

 保健室に行っていいと体育教師が認めてくれた。

 

「わ、悪い東城」

「気にするな」

 

 ゆっくりと焦らずに怪我人を気遣って歩く。

 保健室の扉に声掛けをして養護教諭に開けてもらった。

 その場面を廊下の死角から監視するのはちなち・内場・唯の三人。

 そんな事を知らない正太郎は保健室へ入っていく。

 茶髪の男子生徒はテーピングを施されての様子見。

 痛みが引かないようなら病院へ行くように言われた。

 それを見届けて正太郎は戻ろうとしたが。

 

「くっ……」

 

 眩暈が起きて咄嗟に踏ん張った。

 気合いで意識を保たないと気を失いかねない。

 迂闊に倒れると頭を強打する危険があった。

 養護教諭からベッドで安静するように指示が下される。

 現在は汗まみれの体操服で、着替えとなる制服は別室にある。

 それを取りに行くことを希望したのは茶髪男子。

 無理をさせられないので却下。

 保健の先生が体育の先生に報告をして、他の男子に取りに行かせた。

 正太郎はベッドに移動して、そこで汗を拭き取って制服に着替える。

 制服のポケットに腕時計を入れてあるので、それを装着しての手加減モードに切り替え。

 気が緩んで心身ともに疲労感が押し寄せる感覚。

 そのまま休んで回復に専念していった。

 一方、覗き見をしていた三人は……。

 

「今から保健室の侵入を開始します」

「侵入って言うけどな端本。僕らケガしとらんのにどないして入るつもりや?」

「あ、唯わかっちゃった。ちなみってば仮病で演技するつもりでしょ?」

「今の僕ら、確かにそういう建前でここにおるけど、相手は保健の先生やで。そないに都合よく欺けるんか?」

「内場くん、わたしの演技を疑ってるの? あんな疲れ果てて、今にも倒れそうなしょーくんを放っておけない。せめて近くにいたいの」

「別に疑っとらんし、そうまで言うなら僕は止めたりせんで。南戸は?」

「唯も止めないよ。大丈夫だって内場、女の子には大変な日があるから、ちなみの演技ならイケるイケる」

「男の僕には縁のない事やな。ほな、僕と南戸は戻るわ。健闘を祈るで」

「ちなみ、ガンバだよぉ」

 

 茶髪男子が退室してちなみが入室する。

 女の子特有の不調を演技してもう一つのベッドで休む権利を得た。

 隣のベッドで正太郎が休んでいる。

 仕切りカーテンで見えなくても匂いで察知ができる。

 体育で汗をかいていたから余計に分かりやすい。

 このシチュエーションにドキドキとしてしまうちなみであった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 体育が終わり着替えて教室へ戻った美鈴。

 そこで待ち構えていたのは別クラスの内場と唯の二人。

 只ならぬ気配を受けながら用件を尋ねると。

 

「東城が保健室で安静中や。次の授業は出られんと思うで」

「どういうこと?」

 

 茶髪男子に証言をさせて内場が説明をする。

 聞き終えた美鈴の表情は固く鋭い目付きだ。

 

「あのバカは……無茶するなって言っておいたのに」

「まぁまぁ落ち着き美鈴。相性が最悪な持久走ならしゃーないって。他の種目なら東城は問題なかったはずや」

「しょーたろ、短距離走だったら得意なんだよね?」

「せやで。一瞬で本気を出す瞬発力が、ええ感じで東城の本気とマッチするんや」

「……ちなみは?」

「保健室で休んどるで。それで察してや」

「察したから皆まで言わなくていいわ」

 

 次の授業が終わったら昼休みになる。

 それまでに復活するかどうかは分からない。

 屋上前の階段踊り場に集まることに変更はしない。

 場合によっては三人だけで昼食タイムになることは想定しておく。

 

「ねーねー勇者って友達いないの?」

 

 唯が勇者とあだ名されている茶髪男子に話し掛ける。

 彼女募集中と自己紹介でウケ狙いをして滑ったからか。

 誰とも打ち解けていないボッチな印象を与えている。

 

「東城がいるから」

 

 内心でグサグサと突き刺さりながらも返答をした。

 そもそも正太郎が友達と思っているかは不明である。

 確認をしたらただのクラスメイトと言われてしまう可能性が高い。

 そうなれば茶髪勇者は激しく落ち込むだろう。

 まさに知らぬが仏だ。

 

「他には?」

 

 茶髪勇者は何だこの失礼なヤツは、という目で睨む。

 でも唯は全く気にしない。

 美鈴の鋭い目付きで慣れているからだ。

 いわゆる睨みの耐性持ちである。

 

「……いない」

「うんうん。正直に言えることは勇気のあるスゴイことだよ。だからしょーたろが敬意を込めて、勇者のあだ名をつけてたんだと思うんだ」

「そ、そうかな? つーか誰だよお前、クラス違うだろ?」

「南戸唯。方角の南に戸締りの戸で苗字、唯一の唯で名前だよ。わかった?」

「あ、ああ」

 

 チビのくせに偉そうなヤツだというのが第一印象。

 男の制服を着せたら男と間違われるお子様タイプだ。

 面識がないこともあって接し方に戸惑っている。

 

「唯は勇者に感謝してるよ。勇者が途中でコケて怪我をしなかったら、しょーたろはずっと無茶して走って、それで倒れちゃって大変なことになったかもしれないから」

「そんな大げさな……いや、東城が不吉なこと言ってたから間違ってないのか?」

「なになに不吉なことって? しょーたろ、なんか変なこと言ったの?」

 

 持久走を終えて放課後にパフェを食うこと。

 もしもの事があった場合に備えてのちなみへ伝言。

 勇者に名前で呼ぶ約束が果たせないかもしれないお詫び。

 これら3つのフラグを伝えると、それを近くで聞いた内場は――。

 

「アホか!! どれも死亡フラグやんけ!!」

 

 美鈴は青筋を立てて。

 

「へえー、そんなふざけたこと言ったんだアイツ。これはお灸をすえないといけないわね」

 

 唯は呆れ果てて。

 

「あーあ、男の子ってそういう所あるよね。無茶するのがカッコイイみたいな。勇者はあんなマネしないほうがいいよ」

「そもそもできないって。あと勇者って呼び方は認めていないからやめろ」

「えー、でもしょーたろは良くて唯はダメなんて、そんなの差別だよ不公平だよ横暴だよ」

「意味わかんねーよ。だったらお前のことはチビ――いたっ!! 蹴ったな今、こっちは怪我人なんだぞ!!」

「唯のことバカにしたからそんなの関係ない。マイナスポイントは改善すべき注意事項だよ。っていうか女の子の友達もいないのに、いきなりハードル上げちゃってどうするの?」

「う、うるさいな。とにかく勇者って恥ずかしい呼び方はやめろ。お前だって恥ずかしいあだ名つけられたら嫌だろ?」

「たとえば?」

 

 深く突っ込まれて答えを詰まらせてしまう。

 特に何も考えていなかったから。

 でも言われっぱなしは腹が立つので強引に言った。

 

「南戸だからみーちゃんとか呼ばれたら嫌だろ?」

「サイコーじゃん!! むしろカワイイからそう呼ばれたい!!」

「やめろ。期待した目をこっちに向けるな。もうチャイム鳴るから戻れよ」

「むぅー、ケチな男はモテないよ。彼女募集中の勇者」

「こ、この野郎!!」

「野郎じゃない!! 唯は女の子!!」

「このアマ!!」

 

 律儀に訂正をして罵る。

 ノリのいい男だと間に入って仲裁をする内場は思った。

 そして内場と唯は自分たちの教室へ戻っていく。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 昼休みに階段の踊り場に集合をした映制メンバー。

 正太郎は復活をしたが、ちなみからお仕置きを受けたようで反省中。

 どんな内容だったのかは暗黙のタブーとして、美鈴たちは触れないし聞かない。 

 その場を盛り上げるため、唯が茶髪勇者の話題を上げた。

 内場もそれに乗って面白いと評価を下している。

 

「南戸はああいう男が好みのタイプなんか?」

「全然。見た目ならサッカー部でカッコイイ男子が好みのタイプ」

「中身を込みで考えたら?」

「うーん、内場やしょーたろを基準にしたら中々いないかも。美鈴のお兄さんは面白くて変態さんだから全然違うし」

「褒め言葉として受け取っておくわ。せやけど僕や東城はどないに口説かれても彼女一筋や。決して揺らぐことはないで。せやろ東城?」

 

 大人しくなっている正太郎へ確認を取った。

 さり気なく話に参加させようとする内場の気遣い。

 それを無下にするほど正太郎も鈍感ではない。

 

「唯が勇者の彼女になるなら、名前で呼ぶ約束を実行するがどうなんだ?」

 

 反省をしても性格は変わらない。

 ピッチャーでド真ん中ストレートを全力で投げるイメージだ。

 唯は正太郎らしいと笑いながらも即答で返す。

 

「このアマ呼ばわりする人の彼女になりたい人がいたら見てみたいよ」

「そこが改善されたら結果は変わるのか?」

「まだ足りない。だって勇者のこと、唯は全然知らないもん」

「それを知るためにお友達から始めましょうのパターンは?」

「クラスが違うし、唯との接点が全くないんだよねぇー」

「唯が気になるならオレが勇者の情報収集をしてもいいぞ。さっちゃんの調査してくれた謝礼ってことで」

「義理堅いねしょーたろは。唯はこういう時こそ遠慮しないんだ」

「了解した。話が終わったから再び反省へ戻る」

 

 ちなみの演技に影響されているのか。

 これはこれ、それはそれで切り替える。

 素の自分だけでは世の中を渡るのは厳しい。

 そう悟っているのかもしれない。

 

「反省は誰でも出来るわ。アンタは次回の体育でどう対策するつもり?」

 

 美鈴は先を見通すような視線で射抜く。

 正太郎がこのまま反省するだけで終わる男ではない。

 それを知っているからこその問いかけである。

 

「命を捨てる覚悟で立ち向かうことは、無策で挑むに等しく敗北は必至だ。それが今回学んだことであり、同じことをすれば次はないと思う」

「……それで?」

「半袖の体操服で腕時計の装着は不可能。時期的に長袖は不自然だから無理。それなら別の形でハンデを隠して付ければいい」

「続けなさい」

「半袖でも隠せるウエストと靴下の内側あるいは靴に重りを仕込む。調達先は天さんで。無論、次の体育までに検証はしておく」

「……だそうよ。ちなみ」

 

 ちなみの不安を取り除く意味で話を振った。

 そんな美鈴の心配りに頷いてくれる。

 正太郎を信じることは彼女の務めだから。

 

「持久走があることを事前にわかっていれば対策ができていたから、情報収集がいかに大事かを改めて痛感した。授業なら予習が大事だし、人なら相手を知ることの重要性で応用される。いい勉強になったよ」

「アンタみたいなタイプは敵に回すと一番怖いのよね。貴方はどう思う?」

「せやな。東城が敵になることはあり得んけど、仮にそうなったら僕ならすぐに降参するで。被害を最小限にする意味で」

 

 漫画家志望の内場らしい答え方である。

 正太郎の無限なる可能性が楽しみで仕方がない。

 まだ発展途上で心身ともに成長できる高校生だから。

 

「さて、アクシデントで本来の趣旨から外れちゃったけど。あたしの進路に関しての悩みで、皆に心配させてしまったこと、心からお詫びするわ」

 

 丁寧に頭を下げて現状で出来ることを伝えた。

 デスクワークのスキルアップを応援する一同。

 飲食の接客バイトは内場と唯が任せろと意気込みを見せた。

 

「アンタは天地先輩の秘書として働くのよね?」

「学業と部活に支障がない範囲という条件付きでな。映制の活動を優先していいとは言われているから安心してくれ」

「実際の所できるの? 相当なスキルを要求されそうなイメージがあるけど?」

「やるよ。今後の生活に関わってくるから忠義モードは確立しておきたい。ちなみの演技に及ばずともな」

「そう……ちなみはどうするの?」

「わたしはちょっと美鈴のお兄さんに相談だね。これからに関わる大事なことだから」

「あ、兄貴に相談って何を――」

「天地さんは美鈴のお兄さんとお友達なんだよね。色々と教えてもらうことが一杯あるんだ」

 

 嫌な予感がする美鈴だが止められない。

 天地に秘書という形で正太郎を奪われる。

 ちなみの激しい嫉妬は将来を突き進むための力となる。

 その天地から奪い返すためにヒロシを利用する考えだ。

 ヒロシからすれば色々な意味で歓迎すべき事である。

 

 ――まさに兄貴の思い通りね。ホント癪に障るわ。

 

 口には出さずに心の中で思うだけに留める。

 それだけ兄が優れていると認めざるを得ない。

 実力のある賢者は上手く相手を動かしてみせるものだ。

 

「なるほど、ヒロシ兄さんはこうやって計算してるのか。人を動かす計算って数学の応用術だけでは足りない。心理学も学んで組み合わせないと難しそうだ」

「アンタ、兄貴を知ってるような口ぶりね」

「パソコンのメールでやり取りしてるからな。ヒロシ兄さんの夢も知ってるよ」

「ちなみがそこに行く可能性も?」

「オレはちなみの意思を尊重するぜ。ちなみがオレを信じて見守ってくれているのと同じだ」

「アンタだって他人事じゃないわよ」

「そうだな。ヒロシ兄さんの夢に乗るかどうかは、選択肢の一つとして頭の片隅に置いておく。他の選択肢も探り比較検討をして、その上でちゃんと結論を出していくさ」

 

 正太郎が真面目に考えていることは伝わってくる。

 それなら何も言うまいと美鈴はこれ以上の問答を控えた。

 この後、教室へ戻った正太郎は茶髪勇者の調査をする。

 特に知りたい事は、なぜ自己紹介で彼女募集中という型破りをしたのか?

 要約をすると名前を覚えてもらえない印象の薄さに嫌気がさしてのこと。

 過去からそんなモブキャラ扱いで散々からかわれてきた。

 お前誰だっけ? 名前なんだっけ?

 そんな風に言われ続けてイジメられた被害者である。

 だから高校で見返してやろうとあえて目立つことを言った。

 

「じゃあ何だ? 彼女募集中はネタか? 嘘っぱちか?」

「それは嘘じゃない」

「友達募集中にしなかったのは?」

「それ目立たないと思ったし、ボッチ扱いは嫌だから」

「友達に依存しない自立した一匹狼ってことでいいんじゃね?」

「集団生活で致命傷だろソレ。ひとりで生きていけるならそうしてるよ」

「ほう、意外と頭は悪くないんだな」

「なんだよ意外って!? そんな頭悪そうに見えるか!?」

「見える。自己紹介でバカやってるし、持久走でコケて捻挫してるし」

「ぐっ……ちょっとは友達に優しくしろよ」

「勇者はただのクラスメイトだぞ今の所」

 

 微塵の迷いもなく堂々とした発言。

 茶髪勇者はショックを受けるが、今まで会った連中と違うことを知る。

 印象が薄いことをからかったりはしないし差別もない。

 誰に対しても言い方が平等で、接し方も真っ向からである。

 

「なにかスキルはないのか? 特技でも趣味でもいいけどさ。勇者は過去に学校で色々あったようだけど、家というプライベートならまた別の話ってことで、何かできたことはないのか?」

「……下手の横好き」

「好きこそ物の上手なれの可能性もある。それは否定するなよ。で、何が好きでやってるんだ?」

「……電子ピアノ」

「普通のピアノとの違いは?」

「平たくいえば、鍵盤を押して連動するハンマーから音が出るか、スピーカーから出るかの違い」

「電子ピアノは後者って訳か。唯は前者だから、双方の違いを楽しむことが出来そうだな」

「マジか? あの変なチビが生ピアノ弾けるのか?」

「チビって言うなよ。本人気にしてるし、身体的な改善は極めて困難だぞ。今の勇者だったら、南戸と呼ぶかあだ名で呼ぶかのどちらかだろう」

「あだ名は絶対に嫌だ。何が恥ずかしくてみーちゃんなんて呼ばなきゃいけないんだ。猫かよ」

「でも南戸って呼びにくくね? 戸が邪魔だと思わないか?」

「呼びにくい。でもみーちゃんは嫌だ。ハズすぎる」

「ちゃん付けはすぐ慣れる。かつてのオレがそうだった」

 

 昔のあーちゃんとちーちゃんを指す。

 恥ずかしいのは最初だけで、何度も呼んでいれば自然と呼べる。

 経験者は語るだ。

 

「それなら唯と友達になって、下の名前で呼ぶ権利をもらえばいい。赤の他人が馴れ馴れしく下の名前を呼ぶのは不快で非常識となるが、友達としてOKが出れば何の問題もない。勇者の友達がいない点も解消されるから一石二鳥だろう」

「なんであんな口うるさいヤツと友達に――」

「生ピアノに興味があるだろ。オレ、観察力に自信があるから、勇者が生ピアノに興味持っていることは見抜いたぞ。仲良くなるメリットはある」

「そんな損得勘定で友達なんて……」

「当然、損得以外でも見るなり接するなり色々と試せばいい。それで合わないなら離れてしまえばいいんだよ」

 

 茶髪の男子生徒は考え込む。

 言ってることは頷けてしまうから。

 だが……。 

 

「片方で友達は成立しないだろ。向こうがどう思ってるのか分からないのに友達も何もあるか」

「勇者がその気ならオレが仲介役となろう。報酬は電子ピアノの演奏で」

「人に聴かせられるほど上手くない」

「それを決めるのはオレだ。イヤなら断ればいい。オレは別にどっちでも構わん」

「……強引なヤツ」

「オレはそういう人間だ。もう関わりたくないと思ったら縁を切ってくれていいぜ」

 

 失うことを恐れない正太郎の凄みを感じる。

 だからこそ茶髪の勇者は懐いてしまう。

 目の前の男が持つ果てしなく強い個性に魅かれて。

 

「わかった。東城に任せる」

「了解した」

 

 唯も携帯を持っているのでメールで事情を送信する。

 授業中に返信が届いて電子ピアノに興味津々だ。

 非常に食いつきが良く、お友達になることの否定はない。

 下の名前で呼ぶことも友達になるならOKという許可を得た。

 

 ――ああ見えて、唯もちゃんと相手を見るからな。

 

 ちょっかいを掛けるということは見込みがあるということ。

 嫌な相手なら、そもそも相手にしないし無視をする。

 唯は茶髪の勇者に対して少なくとも嫌っていない。

 それは断言できる。

 好きになって恋人関係になるかは保証できない。

 お互いに選ぶ権利があるから何とも言えない。

 

「勇者、唯は友達OKだが、電子ピアノが見たい・聴きたい・触りたいの三拍子で釣られている。そっちの部屋に行く気満々だがどうだ?」

「ちょ、ちょっと待て!! 友達初日で男の部屋に行く女っておかしいだろ!!」

「それを送信したところ、何日後ならいいのかで返されたぞ。で、どうよ。一週間か? 一か月か?」

「気が早いって!! 少しは警戒心を持て!!」

「警戒って、勇者は唯に害を与えるようなことでもするのか?」

「するか!!」

「じゃあ何も問題ない。散らかってるなら来週ぐらいにしておけば片付けられるだろ?」

「……東城も来るのか?」

「ああ、報酬を受け取りに行くからな。唯と二人っきりがいいなら配慮するが?」

「しなくていい。あんなうるさいヤツと二人だけなんて冗談じゃないや」

「それじゃあ来週ってことで、唯には連絡を入れておく。都合が悪くなったらオレに言ってくれ。もちろん唯に言ってくれても構わんぞ」

 

 午後の授業が終わっての放課後。

 その日の映制活動はお休み。

 正太郎が平気だと言っても却下である。

 

「ちなみ、連れていきなさい」

「はーい。しょーくん、部活はまた今度頑張ろうよ。今は休むことが大事だから」

「……美鈴、面目ない」

「そう思うなら、次はこうならないように改善しなさい」

「内場と唯も、迷惑かけてすまん」

「別に迷惑思っとらんよ。端本の言う通りやで。今の東城には休息が必要や」

「そうだよ。回復することだって部活みたいなものだよ。だからゆっくり休んでね」

「いい仲間に巡り合えて幸せ者だよオレは。ちなみ、よろしく」

 

 満面な笑顔で正太郎の手を握って引っ張るちなみ。

 観念をした正太郎は隣に位置づいて歩調を合わせる。

 そんな二人を見送った美鈴は内場に視線を向けた。

 

「僕の部屋ええか? 昔をリメイクした四コマ漫画描いたんや」

「いいわよ。批評はしっかりとさせてもらうから」

「望む所や。ほな南戸、また明日」

「うんバイバーイ」

 

 美鈴と内場が肩を寄せて歩く。

 正太郎とちなみは若々しい熱烈な関係。

 美鈴と内場は落ち着いた大人の付き合いを思わせる。

 どちらのカップルにも違いがあって羨ましい唯。

 いつか自分にもそういう恋愛をする時が来るのだろうか?

 

「勇者、ヒマだから遊ぼうよ」

「っ!! いきなり背後から声を掛けるな忍者かお前は!!」

「お前じゃない!! 唯だよ!!」

「……」

「ゆ!! い!!」

「教室で騒ぐな。いくら放課後でも人目があるんだぞ」

「勇者のくせにビビりだ」

「なんだと。別にビビってないぞ!!」

「だって友達の名前も満足に言えないなんてビビりだよ」

「ビビってないって言ってるだろ!! 名前なんて簡単に言える!!」

 

 勇者の反発に唯がジーと目で訴える。

 言えるものならこの場で言ってみろと。

 周りの残っている生徒からの視線が痛い。

 チクチクと呼んでやれよという空気が漂っている。

 

「そもそも、こっちは怪我人だぞ」

「しょーがないな。ちゃんと治してから遊ぼう」

「なあ、勇者って呼び方変えてくれよ」

「うーん。じゃあこうしよ。勇者は唯のことをみーちゃん、唯は勇者をゆーくんで」

「ばっきゃろう!! そんなこっぱずかしい事ができるか!!」

「うわー、あれもダメこれもダメ。そんなワガママは通らないよ」

「ぐぎぎぎっ……わかったわかったよ!! 下の名前で呼べばいいんだろ!!」

「ではどうぞ」

 

 なんという公開処刑であろうか。

 唯は鬼なのか? 悪魔なのか?

 彼女募集中の男子と噂になることに対して恐れないのか?

 言いたいヤツには言わせるスタンスのようだ。

 

「耳を貸せ」

「変なことしたら叫ぶからね」

「するかバカ」

「バカじゃないもん」

 

 周りに聞こえる声で呼ぶのは恥ずかしい。

 だが勇者は自覚していない。

 耳元で囁くほうが周りから見ればカップルを印象付けることを。

 そんなことは露知らずに名前を囁いてから離れた。

 

「ほら呼んだぞ。これでいいよな?」

「オーケーだよゆーくん」

「うっ……」

「あ、イヤなら勇者――」

「べ、別に!! ちょっと呼ばれ慣れてないだけだ!!」

 

 女子からクスクスと微笑ましそうな目。

 男子から嫉妬や羨ましそうな怒りの目。

 その場から一刻も早く離れて校門を出る。

 唯は楽しそうに駆け回っていた。

 

「なんで唯は友達になろうと思ったんだ?」

「そういうゆーくんはどうして友達になろうと思ったの?」

「東城が勧めてくれたから」

「勧められなかったら友達にならなかった?」

「そもそも縁がないから考えすらしなかった」

 

 自宅の最寄り駅はどちらも同じ。

 駅から帰りのルートは反対になるので別れの分岐点でもある。

 駅を出たところで唯が話しかけた。

 

「ゆーくんはストリートピアノ弾いたことある?」

「人目が気になるから、誰もいない時にこっそりと少しだけ」

「じゃあ唯と連弾しない?」

「無理に決まってるだろ!! 人目があると緊張しすぎて無理!!」

「それなら唯の部屋で連弾しない?」

「おいおい、男を連れ込むことに慣れてるのか?」

「え? 連れ込んだことなんてないよ」

「少しは恥じらい持てよ。そんなんだと彼氏できないぞ」

「彼女募集中のゆーくんに言われたくないな」

 

 そう返されると二の句が継げない。

 ブーメランが突き刺さる心境である。

 

「……生ピアノに興味ある。だから足が治ったら見てみたい」

「唯も電子ピアノに興味あるから、おあいこだね」

「先にそっち見せてくれよ。そしたらこっちも見せるから」

「いいよ。唯の生ピアノとゆーくんの電子ピアノ。わくわくだね」

「こっちは勝負できるほど上手くないって」

「上手い下手というより、好きか嫌いかが大事なんじゃない?」

「上手いほうがいいだろ?」

「確かに上達して演奏できるようになると楽しくなっちゃうね。でも下手だからって嫌いになっちゃうのは悲しいことだよ。下手でも楽しければいいじゃん」

「そう開き直れる唯が羨ましいぞ」

 

 唯と接していると不思議と前向きになれそうだ。

 今までが後ろ向きで自信のない生活だったから。

 そんな過去から生まれ変わっていくような気分だ。

 

「ゆーくん、携帯持ってるなら番号交換しよ」

「コロコロと話題を変えやがって。気まぐれ猫かよ」

「あ、ゆーくんの携帯ストラップが招き猫でカワイイ」

「ただの縁起物だ。って、そっちも招き猫じゃないか。デザインは違うけど」

「縁起が良くてかわいいからお得な気分になるんだよね。偶然にもゆーくんと一緒だ」

 

 互いの携帯番号を交換をして連絡が取れるようになる。

 試しに着信とメールをテストして問題はなかった。

 

「ただのクラスメイトって言われたんだよな」

「しょーたろに?」

「ああ……」

「ずっとそうなるって限らないんでしょ?」

「今の所って言われたからそうだな」

「しょーたろって意地悪だから。悔しかったら結果を出して見返してみせろって感じだね」

「厳しいな」

「きっと美鈴の影響もあるんだよ。しょーたろは周りに影響されやすいから」

「個性強すぎなんだよ」

「だからこそゆーくんはしょーたろと仲良くしたいんだよね? 友達になりたいって思うんだよね?」

 

 現状で満足してはいけない。

 正太郎にただのクラスメイト扱いされたことは確かに悔しい。

 縁を切られても構わないと言われるぐらいにどうでもいい扱いは悲しい。

 見返してみろと挑発をするのなら乗ってやる。

 しかし具体的にどうすればいいのか?

 

「……スキルか?」

「うんスキルだね。しょーたろが気に入るてっとり早い方法だよ。ゆーくんの電子ピアノが良かったら友達認定されるかも」

「実力評価かよ。マジで厳しいんだな」

「きっと、そうしないと将来生き残れないって思ってるのかも。多感なお年頃だよね」

「唯だって年頃だろうが」

「そうだよ唯は成長期だから、いつか必ずお子様扱いされないほどに大きくなるんだ」

 

 そんな夢を持つ唯に何も言わない。

 大きくなれない可能性を口にするのはタブーだ。

 別れの分岐点で唯が手を振ってバイバイしてくる。

 それを見送って自宅へと帰っていく勇者こと勇であった。

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