青春100% 作:完結の陽炎
正太郎たちのクラスに転校生が現れる。
まるで唯と入れ替わるかのようなタイミングだ。
フルネームは端本ちなみ。
八重歯と内巻きのボブカットが特徴である。
座席は空いてしまった美鈴の後ろだ。
「はしもと、ちなみ。どっちでよんだらいい?」
最低限知っておきたいことを問う。
どこか淡々としているのが美鈴らしい。
唯がいなくなってから少し機嫌が悪かった。
「ど、どちらでも……」
「わかった。とりあえずみょうじでよぶから」
「そとむら、そないにツンツンせんでも――」
「してない。あたしはそとむら」
「そ、そうか? あ、ボクはうちばや。よろしくな、はしもと」
「あ、うん……よろしく」
「ほらアンタも。なまえぐらいはいいなさい」
「とうじょう。こっちもサンボウとおなじ、みょうじでいいぜ」
席が近いので声を掛けたに過ぎない。
他の生徒からの質問攻めで困っていたら助けておく。
まだ初日もあって、転校生の性格が掴めない。
明るく振る舞うのか? おとなしくするのか?
今のところは後者で様子見をしているようだ。
まずは自分たちを知ってもらったほうがいい。
それで合わなければ他を当たってもらえばいい。
漫画を読むかと問われたら、少しは読むと答えた。
よって内場の描いた漫画を見せることにする。
「す、すごい!! うちばくんの絵、おもしろい!!」
「そ、そういわれるとテレてまうわ」
「ちょーしにのらない。まだまだレベルがたりないわ」
「キツイな。とうじょうみたいなこといいよって」
「まだやさしいほうだぜ。てかげんナシのサンボウはマジでヤバいぞ」
「……さんぼう?」
「かしこいヤツといういみだ。せいせきトップのじつりょくしゃ」
「ほへえー、そとむらさんってすっごいんだ」
割と打ち解けるのが早い。
転校前に何かあったのかは知らない。
気にならないといえば嘘になるだろう。
だがそんなことよりも今を大切にする。
「ほらアンタ、マンガなおして」
「いつもどおりか、わるいトコロは?」
「ぜんぶメモにまとめた」
「わかった。うちばのマンガレベル、あがってきたからジカンかかるぞ」
「アンタだってそうでしょ。きたいしてるから」
「まかせろ。ねーちゃんをこえるなら、これぐらいできないとな」
このやり取りにちなみが不思議そうにする。
自然と正太郎の二次創作へ興味が生じた。
「なに、アイツのしょうせつをみたいの?」
「ダメ?」
「よめるの? モジだらけのせかいを」
「せやな。とうじょうのしょうせつ、よめるのはそとむらだけやで」
「とうじょうくん、よんでみたい」
「こういってるけどアンタ、どうなの?」
「べつにいいけど、サンボウにわたしてるから、そっちでかりてくれ」
美鈴から小説ノートを受け取るが、開いた瞬間に眩暈を覚えた。
正太郎が本気で書いた文字の羅列。
それが容赦なく視覚に襲い掛かって拒否反応を起こす。
僅か数秒の出来事でノートは閉じられた。
「はしもともいっしょやな。そのハンノーはよぉわかるで。ホンマにクラクラしよるしな」
「わるかったな。字がきたなくて」
「いやいや、字そのものはええねん」
「じゃあなんだよ?」
「リョウがキツイんや。あとむずかしいタンゴもおおいで」
「サンボウ、もうすこしよみやすいヤツあるだろ?」
「イヤよ。アンタのホンキ、うけとめられないヒトによませる気はない」
「あいてがわるかったとおもってあきらめろ、ってコトか?」
「そういうコトよ」
ちなみが悔しさに打ち震えた。
そんな顔もするのか?
美鈴は少しばかり感心をすると同時に優越感も味わった。
「ちなみは……ううん、あたしガンバる!! こんなコトであきらめない!!」
「はしもとにはムリよ。ゼッタイにムリだからあきらめなさい」
「ムリじゃない!! よめるようになる!!」
「オレのしょうせつはノロイのアイテムかよ。それよりさ、はしもとはスキルないのか?」
「す、スキルって?」
「とくいなコトだよ。しゅみやとくぎはないのか?」
「えっと……へんしん? モノマネ? えんぎ?」
「へぇー、おもしろいスキルだ。ちょっとためしてみようぜ」
「アンタ、なにするつもりよ?」
内場の漫画を開いてペラペラとページをめくる。
そこから使えそうなシーンを確認をした。
「アクションのシーンは?」
「い、いたいのはイヤ」
「こっちだってイタイのはイヤだぜ……あ、これならたぶんいける」
内場と美鈴も該当するシーンをチェック。
剣術は危ないので、素手で飛び道具を放つ技のマネをする。
回避、受け、流しがあって動きが些か激しい。
「どうよ。コレのマネできるか?」
「えっと……とうじょうくんがコウゲキするほう?」
「そうだ。で、そっちがうごきまわってハンゲキするほうだ」
「アンタ、やられるフリなんてできるの?」
「ヒザからくずれおちダウンならいけるだろ?」
「なーなーとうじょう、ふっとびのシーンは?」
「やるワケないだろ。ケガするだろうが」
「それで、いまからやるつもり?」
「いや、ほうかごにしよーぜ。さすがにめだつからな」
放課後になって最寄りの小さな公園へ向かう。
立会人は内場と美鈴。
対峙するのは正太郎とちなみ。
早速、演技を始めようとするが。
「セリフわすれた。うちば、マンガもういっかいみせて」
「おいおい、しっかりしいや」
「あ、これか……はしもとはセリフおぼえてるか?」
「うん、だいじょうぶ」
「……よしおぼえた。またせたな。いくぜ」
漫画を内場に返しての仕切り直し。
急にちなみの表情が険しくなった。
そのノリにつられて正太郎も目を鋭くさせる。
アクションシーンの幕開けだ。
最初は正太郎から切り出す。
「きさま、おごるなよ。このおれさまに、かてるとおもってるのか?」
「ごたくはいい。さっさとかかってこい」
ちなみはドスのきいた口調から武術の構えをみせる。
内場が見比べてみると、マンガに描かれている構えと同じだ。
表情も似せて雰囲気が盛り上がる。
これには美鈴も驚いてしまう。
ちなみの演技力が思った以上に高いからだ。
「くらえ!!」
正太郎が手を突き出してから振り回す。
飛び道具が放たれるシーンに見立てた。
ちなみが俊敏に受け、流し、避けの動作をしてから前へ進む。
手を振り続ける正太郎。
その懐に入り込んでの掌打という寸止め。
ここだけはちなみの戸惑いがあり、少しばかり動きが鈍かった。
「ぐふ……」
正太郎は膝を崩してうつぶせに倒れる。
ここで演技のシーンは終了。
小学生のごっこ遊びにしては上等である。
「ええなええな!! エンギっておもろいやん!!」
「さいご、ちょっとおそかったけどね。まあ、わるくないんじゃない」
「と、とうじょうくん。だいじょうぶ?」
「ちょっとヒザすりむいたけどヘーキ。それより、そのスキルいいじゃん」
「そ、そう……?」
「キャラになりきるスキル。しょうせつでやくだつし」
「アンタ、わりとなりきってたね」
「つられたぜ。はしもとのせかいへ、ズルズルとひきずりこまれた」
まだ時間があるので別の演技も試す。
今度は内場とちなみでやってもらうことにした。
「ボクはエンギしたことないんやけど?」
「コレならいけるだろ。セイトのやく」
「じゃあ、ちなみがセンセイのやくだね」
「そうそう。うちばはセリフなし。すわってきくだけだぜ」
「イスないんやけど? あとつくえも?」
「あー、くうきイスとか?」
「アホ!! メッチャしんどいやんけ!!」
「せんせいのセリフがながいわね。アンタ、きおくりょくをみるつもり?」
「うん。ながいセリフをおぼえられるかをみてみたい」
「じゃあ、うちばにたいいくすわりでもさせたら?」
「そのアレンジでいくか。セリフじゅうしだぜ」
内場の描いたファンタジー漫画。
それに出てくる教師で魔法の講義をするシーンだ。
属性から始まり、相性や弱点などの説明もある。
割と長いセリフだ。
先生役は指示棒が握られているので長めの定規で代用をした。
体育座りの内場に向かい合って立つちなみ。
定規を片手に黒板があるように見立てての説明口調。
表情は時に厳しく、時に優しく。
ちゃんと使い分けができている。
たまに左右や前後に移動するところも抜かりがない。
後ろ手に組んだり、定規でトントンと差す仕草も合っている。
「ちょっとぎこちないわね。こくばんつかうところ」
「じつぶつないからな。がっこうだったらよかったかも」
「でもセリフはあってる」
「それをおぼえてるサンボウもすげぇよ」
美鈴と正太郎のやり取りをよそに演技は続く。
やりきった後に内場は大いにはしゃいだ。
まるで本物の先生みたいだったと。
多少の違和感はあっても、台詞の間違いはなかった。
演技の記憶力は突出しているのかもしれない。
「なーなー、つぎはそとむらが――」
「イヤよ。みるのはいいけど、やるのはキョーミないの」
「うちば、サンボウはやらないって。だってサンボウはサンボウだし」
「なによそれ、バカにしてるのアンタ?」
「バカならサンボウなんてあだ名をつけないぞ」
美鈴は演技をしない。
素の自分を出して正直に生きている。
正太郎たちがいるから自分を偽る必要がない。
「はしもと、モノマネもできるか?」
「た、たぶん」
「サンボウのモノマネさせたら、ゼッタイにサンボウおこるよな?」
「わかってるならやめて。たたくよ」
「はいはい」
「へんじはいっかい!!」
「はーい」
ちなみは二人のやり取りから感じ取った。
純粋に羨ましい。
演じる必要がない人と仲良くしていることが。
「どんなスキルも、つかいすぎるとヘトヘトになるぜ」
「せやな。たまにグッスリとやすまんとアカンわな」
「そうだろ? はしもとのスキル、つかいすぎはヤバいとおもう」
「ま、まさかイノチがけずれてしまうってオチか――いたっ!!」
「うちば、えんぎでもないこといわない。アンタもいいかたかんがえて」
美鈴に叩かれて涙目の内場。
注意された正太郎はここぞと言う。
「やるときはとことんやる。でもカイフクはだいじだぜ」
「カイフクね。クッキーでもつくるつもり?」
「ニンジャはとおくにいっちまったし。つーさんだよりだな」
「アンタがつくれば?」
「サンボウがつくれば?」
「マネしないで。おこらせたいの?」
「おいおい、はしもとのえんぎほどじゃないだろ?」
「どっちでもムカつくのよ」
二人の会話中は内場は割り込んで来ない。
入り込む隙がないから。
それはちなみも同じであった。
「とにかく、はしもとはゼッタイにムリすんなよ。つかれたトキは、つーさんのおやつでカイフクさせてやる」
「つーさんって?」
「そのうちおしえてやるよ。とりあえずムリはすんな」
「う、うんわかった」
「やけにシンパイするじゃない。はしもとのこと」
美鈴にとっては少し面白くない。
自分はそんな風に優しくされることがないから。
正太郎は思ったことを素直に話す。
「スキルレベルのたかさをしったからな。そういうのってショウヒもはげしいんだ」
「マンガのみすぎよ。でもアンタがそこまでいうぐらい、ウマイことはみとめる」
ここでちなみは一体なにを思ったのか。
突然、三人に言ったのだ。
悲劇のヒロインを演じたいと。
周りに泣かせてる誤解を招くので却下をする美鈴。
演技だとわかるのであればOKとする正太郎。
意見が真っ二つに分かれた。
「アンタね、エンギかどうかなんてわからないでしょ?」
「カントクがいればいけるんじゃね? エイガつくるのがユメだっていってたし」
「バカね。それにはキザイがいるのよ。わかってるの?」
「がっこうのセンセイにエンギやらせて、というのはダメか?」
「ダメね。キョカがでるとはおもえない」
「なんで?」
「おとなってメンドウなことはイヤがるから。セキニンなんてとりたくないの」
「マジかよ。やる気あってもダメなのか?」
「ふんっ、こどものやることだからって、みくだしてるのよ」
「サンボウってものしりだな。おとなのじじょーまでしってるなんて」
「アンタがしらないだけよ。ま、しらないほうがしあわせね」
ふとちなみから家の中を提案。
ちなみの親は夜遅くまで帰らないらしい。
周りの目が気にならない環境なら演技をしても問題はない。
ここまでちなみがやりたがっているのだ。
何か理由があるのかもしれない。
「はしもと、いえまでアンナイよろしく」
「うん」
「サンボウ、うちばもいくぞ。まだジカンあるだろ?」
「しかたないわね」
「ええよ。ほないこうや」
ちなみの住む場所は、かつて唯が住んでいた所。
家は新しく建て直されている。
三人とも複雑な気持ちになったが何も言わなかった。
ちなみの部屋にはぬいぐるみや人形に囲まれている。
転校してしまった唯と趣味が合いそうだ。
演じたい悲劇のヒロインとは何か?
どういうキャラなのか?
詳細を探るも答えない。まずは見てほしいと。
だからやってもらうことにした。
親の前でいい子を演じ続ける。
手のかからない子ども。
親の邪魔をしない子ども。
本当は甘えたいのに遠慮する子ども。
「くっ……」
正太郎は食卓で親との会話が苦痛だった頃を思い出す。
無理をしていい子を演じようとした。
姉のおかげで今はムリに会話をしなくて済んでいる。
他人事に思えず感情移入をした。
「っ……」
内場が苦々しい表情を浮かべる。
父親が遊園地に連れて行くと約束をしてくれたのに。
仕事の都合でダメになった頃を思い出す。
大人は嘘つきだという心のシコリが残ってしまった。
「……」
冷ややかな目で無表情な美鈴。
ふつふつと怒りの炎を溜めているようだ。
一体なにを考えているのか分からない。
涙が演技とは思えない。
ちなみが放つ心のSOSを感じさせる。
あるいは素の自分を探し求めているのかもしれない。
だからこんなセリフが出たのだろう。
「ちなみはちなみ、あたしはあたし」
一人称でスイッチの切り替え。
ちなみは演ずる自分、あたしは素の自分。
そういう風に分けていこうとしているのか?
もし制御できなければ二重人格に陥るかもしれない。
原因は親の愛情不足だろう。
仕事ばかりで放置されていること。
ご飯も買ったものばかりで独りぼっち。
お父さんは海外出張、お母さんは夜まで仕事。
ハンカチで涙をぬぐいとって一呼吸。
丁寧にお辞儀をして締めとした。
重々しい空気の中で美鈴が切り出す。
「これってさ、ストレスのはけぐちにされたっておもっていい?」
「そとむら、そんなキツイいいかた――」
「なんでそれをやりたくなったの? フツーじゃないってコトぐらいわかるよね?」
「う、うん……」
「はしもと、なんでこっちをみる?」
ちなみが助けを求めるような目をしている。
それがより一層に美鈴の癪に障った。
「へえー、コイツならうけとめてくれると? わたしとうちばはオマケなワケ?」
「お、おちつきそとむら、ケンカはアカンって――」
「うるさい!! こんなあつかいされて、アタマにこないほうが――」
「サンボウ」
「なによ!! アンタもそいつのみかた――」
「オレたちぜんいんにみてほしかった。ちがうなら、ひとりだけよべばいいだろ」
「アンタだけだったらふしぜんよ!! それと、こないかもしれないとおもったんでしょ!!」
美鈴の言い分は的を得ている。
正太郎もそれはそうかもしれないと思う。
怒っているのに冷静な指摘が恐ろしい。
「はしもと、さっきこっちみたけどさ。サンボウがブチギレてこわいからたすけて、とおもったか?」
「……」
「ずぼしか。そりゃサンボウおこるぞ。フツーじゃないけど、ぜんいんにしってほしかった。うけとめてほしかった。それをつたえてから、やったほうがよかったんじゃないか?」
「ご、ごめんなさい」
「サンボウは、すげぇアタマいいんだ。ちゃんとせつめいすればわかるんだよ」
「せやせや。ボクらのなかで、そとむらはイチバンかしこいんやで」
「でも、サンボウのことしらないのはしかたない。ニンジャみたいにつきあいがながくないし」
「そとむらがおこるとビビるよな。たすけてほしくなるのはムリないで」
「なにようちば、あたしのせいだっていいたいワケ?」
「そ、そういうつもりは……」
内場がタジタジになって二の句が継げない。
そんな様子に美鈴はため息をついた。
「もういいわ。わるいトコロはなおせばいい。コイツがいままでしてきたみたいに」
「えぇー、サンボウがたすけてやれよ。アタマいいんだからさ」
「なにふざけたコトいってんのよ。アンタがたよられてるんだから、アンタがやりなさい」
「いやまて。ここはダイサンのセンタクをしよう。たのんだぞうちば」
「なんでやねん!?」
「というよりさ、ぜんいんでやればいいんじゃね? そのほうがカクジツじゃん」
「だったらはじめっからそういえばいいでしょ」
東城家、外村家、内場家。
それぞれの親にちなみの家庭事情を話す。
友達が悲しんでいるから助けてやりたいと。
それから親同士での話し合いが入った。
ちなみの母の多忙は避けられないらしい。
経済的な理由もあるのだろう。
迎えに来るまで、三家が交代で食事を出したり遊んだりすればいい。
ちなみの母は申し訳ない気持ちだったが全面的に呑んだ。
せめて休日は家族の時間を持つと約束をした。
………………。
…………。
……。
ちなみは触れ合いに飢えている。
手を繋ぐ、頭を撫でる、髪を優しく流す、背中を撫でる、抱きつく等。
今まで我慢していたことがある。
ちゃんと説明をすればわかってくれる。
正太郎に言われているので美鈴がターゲットとなった。
「……いつまでよ?」
「もうすこし……」
「さっきとおなじコトいってたじゃない」
「ダメ?」
「……あと1分だけよ」
「ありがとう、そとむらさん」
美鈴の後ろから抱きついている。
うっとおしいと感じても抵抗はしない。
それが嬉しくてたまらない様子だ。
なお、今は教室の休み時間中である。
「はしもと、あのふたりにはやっちゃダメよ」
「なんで?」
「オトコだからよ」
「おとこだとダメ?」
「あたりまえよ。オトコはスケベのヘンタイなの。あぶないならやめなさい」
「あぶない? なにがあぶないの?」
「ああもう……うちば、なにジロジロみてんの?」
「べ、べつに。ナカヨシやなぁーと」
「ったく、ミセモノじゃないのよ。で、アンタはなにしてんの?」
正太郎はメモを書いている最中だ。
その内容は演技に関することである。
一人称の使い分けで心のスイッチが安全に入るか?
ちゃんと性格を制御できるのか?
二重人格になって記憶が飛んでしまわないか?
内場のマンガでは、記憶喪失で描かれた物語がある。
その辺りも含めて懸念事項を書き殴っていった。
「きょう、ゴハンいっしょにしてあそぶ日だからな」
「なによ。はしもとに、へんなことさせるつもりじゃないでしょうね?」
「はしもとがさ、エンギするのがたのしかったって」
「うん。とうじょうくん、ノリノリでたのしかった」
「のせたヤツがそれいうか? ま、そうさくにつかえそうだからな」
「かいたらみせてくれる?」
「それはサンボウにいってくれ」
「な、なんで?」
「ぎゃくにしつもんするけど、うちばのマンガはどうよ? たのしめるだろ?」
「う、うん。よめばよむほどおもしろい」
「よかったなうちば。これでファンがふえたぞ」
「そ、そうか。いやーそういわれるとテレてまうわ」
時間になったので離すように注意をする美鈴。
ちなみは名残惜しそうに離れた。
そして正太郎に視線を向けて話しかける。
「あたし、とうじょうくんのしょうせつ、よめるようになりたい」
「えっと……たしかなまえがえんぎモードで、いまはえんぎじゃないほうか?」
「あ、ちなみのほうがいいの? そっちがいいなら――」
「いまは素にしとけ。やりすぎるともどれなくなるぞ、たぶん」
「シンパイしてくれるんだ。やさしーねとうじょうくんって」
「だから素にもどっておけよ。バレバレだぞ」
「……す、すごい。とうじょうくん、わかっちゃうんだ」
「アンタ、なにげにスゴイことしてるってじかくある?」
「ないぜ」
「なーとうじょう、なんでわかるんや?」
「なれてるから。ねーちゃんとかで」
姉もよそ行きの演技をしている。
他人の前と家族の前では態度が全然違うから。
小説はネタ探しが重要だから、自然と観察力が身に付く。
それもあってか、ちなみの演技も見抜けてしまう。
学校が終わり、正太郎がちなみを自宅まで連れていく。
殺風景な部屋に姉から借りたクッションを渡した。
それで適当にくつろいでもらってから向き合う。
「わかりやすくするため、ふたつのあだ名をつけようかとおもってる」
「と、とうじょうくんがつけてくれるの?」
「ほかにだれがいるんだよ? えんぎモードと素のモード、どっちもあだ名にハンタイなしか?」
「うん。ちなみとあたしで、くべつする?」
「つかいこなせたらベンリだとおもう。こころもつよくなってパワーアップするぜ」
「わかった」
「モンダイはどんなあだ名にするか。それぞれのアタマでわけるか」
「ちーちゃん、あーちゃん」
正太郎は黙り込んでしまう。
わかりやすいといえばわかりやすい。
しかし友達をちゃん付けで呼ぶのは抵抗を覚えた。
家族の両親と姉は例外である。
「マジでそれがいいの?」
「ダメ?」
「はしもと1ごう、2ごう――」
「やだ」
「そりゃそうだ。いまのはちー……ちゃんか」
「せいかぁーい。きゃは。とうじょうくんってばカワイイ」
「あー……ちゃん、もどってこい」
「う、うん……えへへ」
「たのしそうだな」
「うん。だって……こんなことできるの……とうじょうくんだけ、だから」
正太郎は思考を巡らせる。
適度に相手するぐらいで丁度よさそうだ。
このまま主導権を握られるのは些か面白くない。
「サンボウはどうするよ? あーとちーのちゃん付けあだ名」
「そ、そとむらさんはいいよ。はしもとのままで」
「いいのか? くべつするの、オレだけになるぞ」
「うん。とうじょうくんだけでいい」
「わかった。スイッチのコントロールはしとけよ」
「えっと……よ、よんでくれたらだいじょうぶ」
「……ちー、ちゃん」
「あ、はーい」
「あー、ちゃん」
「は、はい」
やり取りの中、お互いの性格がわかってくる。
ちーが活発的でおちゃらける傾向がある。
あーは消極的で言葉を詰まらせやすい。
呼ぶのが少し恥ずかしくても慣れるしかないだろう。
この場は開き直ることにして気持ちを切り替える。
「エンギはちーちゃんでいいのか?」
「そうだよー。ちなみのほうがむいてるもん」
「がっこうではどうする? あーちゃんがでるのか?」
「う、うん。あたしがでないとダメかなって……」
正太郎は忘れないようにメモをしておく。
それぞれの特徴も書き込んで記録する。
「ふだんは、あーちゃん。エンギするときだけ、ちーちゃんか」
「……」
「これさ、ちーちゃんはほとんどでてこれないんじゃね?」
「えぇー? そうなのぉ?」
「そうだよ。かたほうだけですませてしまいそうじゃん」
「そんなことないよぉ。ちなみがいないとダメなんだから」
「バランスのもんだいだぜ。あきらかにかたよってる」
「それじゃあとうじょうくん、おしえてよぉ。どうしたらいいとおもう?」
「いえとがっこう、あさとよる。スイッチのきりかえとして、わかりやすくないか?」
「さっすがとうじょうくん、あったまいいね」
「どっちでも、きおくはぜんぶおぼえてるよな? わすれたりしないよな?」
「うん、だいじょうぶだよぉ」
どのようにして交互に出していくのか?
真面目に細かく分析して話す。
その優しさに包まれて、ちなみは心地よく感じてしまう。
「よるはグッスリとねてしまう。ばしょできりかえるほうがバランスいいだろう」
「う、うんそうだね」
「がっこうはどっちがでる?」
「と、とうじょうくんは、どっちがいいと、お、おもう?」
「がっこうはゲンキなちーちゃん、いえはリラックスのあーちゃん」
「う、うん……あたし、それがいい」
「いえのなかで、エンギをたのめなくなるけどな」
「そ、そんなこと……とうじょうくんがひつようなら、よんでくれればできるよ」
「それって、こっちがよんだら、いつでもスイッチきりかえるってこと?」
「う、うん。とうじょうくんだけ、とくべつ……」
「そっか。どっちもケンカせずナカヨクやれよ。つぶしあいなんてマジやめろよ」
「し、しないよそんなこと。そもそもできないから」
「あとさ、サンボウとうちばにせつめいしたほうがいいぞ。ビックリするから」
「わ、わかった」
こうして使い分けの話し合いを済ませて夕食タイム。
おとなしいあーちゃんに綾が優しく声掛けをする。
両親は邪魔にならないように静かに見守るだけ。
正太郎の件で二度と同じ失敗はしない。
「しょうたろう」
「なんだ、ねーちゃん?」
「ちなみちゃん。かよわいんだから、やさしくね」
「……よわくないよ」
「しょうたろう、きいてる?」
「はーいきいてるよ」
あーちゃんが羨ましそうに見つめる。
一人っ子だからこその憧れだろうか?
もし兄弟姉妹がいたら、もう少し違っていたかもしれない。
夕食後、再びあーちゃんと一緒に部屋へ戻る。
「す、すてきなおねえさん、だね」
「うるさくなったよ。むかしはあーちゃんみたいだったのに」
「そ、そうなんだ……あの……」
「なんだ?」
「あ、あたしも……とうじょうくんを、あ、あだ名で……」
「ことわる。とーちゃんになってしまうだろうが」
「ち、ちがうよ!! したのなまえのあだ名!!」
「しょうたろうで、どうやってあだ名をつけるつもりだよ?」
「えっと……し」
「し?」
「……しょーちゃん」
「おいまて!! オトコにちゃん付けなんてはずかしいぞ!!」
「そ、そうだね。じゃあ……しょーくん?」
「まあそれなら――って、なんであだ名でよびたくなったんだよ?」
「ダメ?」
「べつにいいよ。さきにあだ名をつけたのはオレだし」
あだ名をつけてやり返されても筋は通る。
くん付けの配慮もあるから反対する理由がない。
「よんでもいい?」
「いいぜ」
「ありがとう。よろしくねしょーくん」
「ちーちゃんはハンタイしないのか?」
「するワケないじゃなーい。しょーくん、カワいくてサイコーだよぉ」
「もどってこい、あーちゃん」
「……しょーくん。も、もしかしてちーちゃんのこと、き、キライ?」
「へんしんスキルはスゴイとおもうぜ。あのサンボウもみとめるレベルだしな」
「そう……しょーくん、そとむらさんの――ううん、なんでもない」
「サンボウはサンボウだ。テキにまわすつもりならおススメしないぞ」
「て、テキって、そんなコトしないよ!!」
雑談で時間を潰して保護者が迎えに来た。
家の外でちーちゃんに性格が変わる。
それでも母に違和感を持たれないように演技をした。
実家に帰った瞬間にはあーちゃんの性格。
ここでは演技の必要がなく素でリラックスをするだけ。
「し、しょーくんのおかげだね」
性格の切り替えが以前よりも楽になった。
ちーちゃんはあーちゃんのマネができる。
あーちゃんはちーちゃんのマネはできない。
だからプライベートではあーちゃんが適任である。
こうして端本ちなみの一日は過ぎていった。
………………。
…………。
……。
学校内の端本ちなみは演技モードのちーちゃん。
美鈴にスキンシップをとっての仲良しアピールだ。
「そとむらさんのおはだスベスベだぁ」
「ちょ、ちょっとくっつきすぎよ。はなれなさい」
「えぇーちなみ、もっとそとむらさんとなかよくしたいのぉー」
「だからってだきつかないの!! うでとかうごかしにくいでしょ!!」
転校生は瞬く間に打ち解けている。
ちなみのグループは美鈴を中心に正太郎と内場。
男子2名と女子2名でバランスもとれている。
「ちょっとアンタ、なにかしたでしょ?」
「なぜそうおもう?」
「いまのはしもと、べつじんのようにかんじるのよ」
「せつめいしたほうがいい?」
「あたりまえよ。へんなことしてたら、しょーちしないんだから」
東城家であった出来事をそのまま話す。
家の中と外で性格のスイッチを切り替えさせる。
それで偏らせることなく精神も安定する。
区別をつけられるようにあだ名もつけた。
そしてお返しのあだ名を付けられたことも伝えた。
「アンタにあだ名って……かってなコトを」
「とうじょうヤバいで。そとむら、なんやメッチャおこっとる」
正太郎とちなみのあだ名付け合いが気に入らないのか。
どうにも不機嫌になってしまう美鈴。
正太郎は気にすることなく疑問点を口にした。
「みょうじでよんだら、どっちがでてくるんだろう?」
「アンタ、なにするつもりよ?」
「じっけんタイム。おーい」
「はいはーい。よんだしょーくん?」
「っ!!」
「こわっ!! そとむらからドス黒いオーラーがみえるで!!」
漫画を描く内場らしい言い回しである。
そんな負の感情に正太郎は意にも介さずに続けた。
分からない事を早く解明したいから。
「しつもんがある。いまここで、みょうじをよんだら、どっちがでてくる?」
「……やっ」
「え?」
「ちーちゃんってよばなきゃイーヤ。へんじしなーい」
「はしもと」
「……」
ちーちゃんとあーちゃん。
どちらの性格からも拒否反応。
正太郎が苗字で呼んだことへの怒りの雰囲気。
スイッチの切り替えが不安定になり、ちなみの顔色が悪くなった。
「ちーちゃん」
「なーに、しょーくん」
「みょうじでよぶのはやめとく。なんかヤバいケハイがした」
「うんうん。なんかすっごぉく、きぶんわるくなったよぉ」
「ぐあいがわるくなるほどかよ!! そういうコトはちゃんといってくれ!!」
「はーい。あ、そとむらさーん」
「……なに?」
「うちばくん、すっごくおびえてるよ」
「き、きにせんでええで。ちょっとこわいユメをみとるだけや。きっとそうなんや」
正太郎は禁止事項をメモしておく。
少なくとも自分が苗字で呼ぶのはアウトだ。
下手をすれば取り返しがつかなくなる。
軽はずみな実験は自重しなければならない。
「もしサンボウがあだ名でよんだら、ぐあいわるくなるんじゃないか?」
「おことわりよ。よぶつもりはサラサラないから」
「うちばも、あだ名はやめといたほうがいいぞ。さっきのでヤバいとおもったからな」
「お、おう。はしもと、でええよな?」
「はーい、うちばくんはそれでよんでね」
「アンタ、とんでもないことしちゃったんじゃないの?」
「ぎゃくだぎゃく。あだ名でくべつしなかったら、きっとランダムでぐあいわるくなってたぞ」
「ま、いまここでグタグタいってもしかたないわね」
チャイムが鳴って授業が始まる。
休み時間のたびにちなみが美鈴にくっついて甘えた。
まるで猫がすり寄っているかのように。
「はしもと」
「なーにそとむらさーん」
「アイツのこと……どうおもってるのよ?」
「う―んとね、ちなみたちをたいせつにしてくれるやさしいヒト」
「それだけ?」
「あとねあとね。エンギがすごいってほめてくれるの」
「ほかには?」
「へんしんスキルがうらやましいって。そうさくにやくだちそうだからって」
「ふーん」
「ねー、そとむらさんこそ、しょーくんをどうおもってるの?」
「……おさななじみのくされえんよ」
「いいなぁー。しょーくんとのつきあいながいんでしょ?」
「べつに」
美鈴の機嫌が悪くなってきている。
八つ当たりが怖くて内場は近寄らない。
正太郎は次の授業を用意している最中だ。
「しっかりかんりしなさいよ。よけいなシンパイさせないで」
「はいはーい。そとむらさんはやさしーね。てんこうするマエは、こんなにやさしくしてもらえなかったのに」
「きいてほしいならきくけど、カコはかえられないわ」
「しってるよぉ。だからイマがいいの」
美鈴の中でモヤモヤした感情。
言いたいことはハッキリと言ってしまおう。
その決断は早かった。
「しょうじきにいわせてもらうけど、あたし、アンタのことあまりスキじゃないわ」
「そっか、きらわ――」
「あ・ま・り、スキじゃないわ」
「……ちょっとはスキなのかな? かな?」
「そもそもスキキライでどうこうする気なんてない。けっかがダイジよ」
「それじゃあ、けっかをだしたら、そとむらさんともっとナカヨシになれちゃう?」
「なまえぐらいはよんであげてもいいわ」
「わかった。イマにみててよー」
放課後から夜まで、ちなみは三家のお世話になる。
東城家では正太郎との演技が楽しめる。
外村家では美鈴との女の子同士の触れ合いで甘えられる。
内場家では内場の漫画が読める。ただし部屋の散らかしだけは減点。
日ごとの交代で仕事三昧の母親はかなり助けられた。
………………。
…………。
……。
唯の手紙を受け取っていた。
ピアノ教室へ通って指慣らしの練習を欠かしていない。
少しでも弾けるようになってくると楽しい。
いつか必ず全部弾けるようになりたい。
そんな目標を立てて奮闘しているようだ。
正太郎は事前に両親へ頼み、手紙の用紙・封筒・切手を買ってもらっている。
唯の文通で使うためという正当な理由に応えてくれた。
お返事の手紙に現状報告が不可欠。
内容としては転校生の端本ちなみを紹介する。
個性的で演技スキルの持ち主だから書くことが多い。
しかし文字だけでは唯が読みにくくなってしまう。
そこで交換日記で培われた装飾作戦だ。
「かざりつけ、ペタペタ」
簡単な図や落書き、折り紙の動物カットで貼り付け。
唯の動物好きを知っているからこその工作である。
頭の中で思い浮かぶは美鈴の名言。
――サクヒンはよむヒトのココロにどれだけヤキツケるかよ。
転校で遠くに離れたからこそ心に染みる。
絶対に忘れられないようにしてやる。
遠距離なんかに負けてたまるか。
そんな正太郎の闘争心が溢れるばかりである。
「シャシンがほしいな」
端本ちなみがどんな人物かを見せるために欲しい。
写真といえば美鈴の兄ヒロシの出番だろう。
翌日の放課後、美鈴に事情を伝えて外村家へ向かった。
ちょうど外村家でお世話になる日だからタイミングも良い。
「サンボウのにいちゃん、よろしくおねがいします」
「フフッ。いいねいいね。カワイイおんなのこのシャインがとれるなんてユメのようだよ」
「さ、サンボウ、なんかにいちゃんのようすが――」
「わすれて。あれはビョーキなの。だからわ・す・れ・て」
「わかったわかったから、ガチでせまるなよ」
どんな変人であろうともカメラの腕は確かだ。
そこは身内の贔屓なしで美鈴も認めている。
「あ、あのしょーくん」
「なんだ?」
「あ、あたしひとりだとちょっと……い、いっしょに――」
「はしもと、いっしょにとってあげる。それでモンクないでしょ?」
「サンボウ、わりこみはやいって。まるでニンジャみたいだぜ」
「なによアンタ。はしもとといっしょにとられたいワケ?」
「サンボウがやってくれるならまかせるぜ」
今は家の中にいるため、素のあーちゃんが表に出ている。
不安そうなあーちゃんの隣に美鈴が堂々と立った。
学校にいるちーちゃんと異なり、物理的な距離が少し遠めである。
おとなしいあーちゃんと強気な美鈴では、相性に問題があるのかもしれない。
「すばらしいツーショットだね。じつにサイコーだよ。ふふふっ」
「あ、サンボウのにいちゃん。あーちゃんのシャシンだけじゃなく、もうひとりのシャシンもほしいんだ」
「もうひとり? はて、ここにはホカにだれもいないけど?」
「おいサンボウ、いってなかったのかよ?」
「いってない。ひつようだとおもわなかったし。でも、アンタのやりたいコトはわかった」
「わかってるならてつだってくれよ」
「だったらよびだしなさいよ。アンタじゃないとできないんでしょ?」
「あーちゃん、かわってもらうけどいい?」
「うんいいよ」
「それじゃあ……おーいでてこいよ、ちーちゃん」
「はいはーい!! ちなみ、ただいまさんじょー!!」
待ってましたとばかりに切り替わるちーちゃん。
急激な態度と言動の変化。
隣の美鈴に抱き着いて離れようとしない。
あーちゃんの時は遠ざかっていたのに。
「うっとおしいから、さっさとすませてちょうだい」
「えへへ。おにいーさん、ちなみのことキレイにとってね」
「お、おおおおおおおおーーー!!」
「うっさい!! はやくとれバカにい!!」
あーちゃんとちーちゃんの写真撮影に成功。
違いも明確に出ているから分かりやすい。
後日に写真を受け取り、お返事の手紙に添付することができた。
そして郵便ポストに投函し、唯に端本ちなみの紹介を済ませたのである。