青春100%   作:完結の陽炎

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第40話「映制は負けられない」

 練習の場所は生ピアノがある唯の部屋。

 女の子の部屋に入るのが初めての勇。

 周りをキョロキョロして落ち着きがない。

 

「悪いなちなみ。観客役の練習に付き合ってもらって」

「全然OKだよ。他ならぬしょーくんのお願いだし、それに唯の演奏も聴きたいと思っていたから」

 

 今回は正太郎とちなみが観客として参加である。

 内場は古書店のバイトがあるのでここには来れない。

 二人は肩をくっつけて用意された動物柄のクッションに座る。

 

「ゆーくん、そんなジロジロ見るほど興味津々なの?」

「べ、別に。人の家に来た事がないから珍しく感じるんだ」

 

 今まで友達がいなかったことを暗に示している。

 それを配慮して唯は深入りをしない。

 正太郎とちなみも同様である。

 それよりも演奏で美鈴を納得させるための練習だ。

 勇としては激しいプレッシャーとの戦いになりそうだから逃げたくなる。

 しかし約束は約束だ。

 映制に入ると言った以上、そのための試練を乗り越えなければならない。

 少なくとも逃げる選択肢はない。

 生ピアノを弾いてみたいのもある。

 実際に触って感覚の違いに大いに戸惑っていた。

 

「電子ピアノの鍵盤とこんなに違うのかよ。指のタッチ加減でハンマーの音が変わる感じがスゲーな」

「こういうの電子ピアノにはないでしょ?」

「面白いけど音を一定に保てるのかコレ?」

「あえて音の違いを楽しむんだよ」

 

 指慣らしでスムーズに動かすことは出来ている。

 鍵盤のタッチ加減が難しく簡単には慣れない。

 それでも本物のピアノを触っている喜びに勝るものはない。

 活き活きと弾く勇の姿は唯が望んだこと。

 たとえぎこちなくてもいい。

 ピアノを弾きたいから弾く。

 それが何よりも大切だと思っている。

 

 観客の正太郎とちなみはメモでやり取り中。

 声を出してピアノの練習を邪魔したくない。

 だから紙に書いて見せ合いをしている。

 

【しょーくん、二人が一緒にピアノを弾くと絵になるよ。イラストに描きたい気分】

【描いてみたらいい。ショートストーリーで良ければオレも書くぞ】

【唯と勇くん、お似合いだと思わない?】

【同意する。ピアノという共通の音楽スキルがあるのは大きい。勇の人柄も常識的で良い。唯の世話焼きで勇は満更でもないようだ】

【温かく見守りたいね。勇くんが映研に入ってくれたら、しょーくんの負担も減るんでしょ?】

【その通り。だから二人に頑張ってもらわないといけない】

 

 ただ時間が足りないように思ってしまう。

 もっと練習できる時間を確保してやりたいが。

 

【部室が使えたらな。勇は実家の一人暮らしで、部室に泊まり込みもできるから有利だ】

【まだ映制メンバーじゃないから使ったらダメなんだよね?】

【部外者だからな。黒川先生の許可も下りない。入部届を出すのが条件だってさ】

【そりゃそっか。平日は練習少ないし、週末はバイトでわたしたち来れないこと多いね】

【夏休み中は宿題と映画作りのスタートで忙しくなる。どんなに遅くても終業式までには決着をつけたいぜ】

【できるの?】

【何とかやってみよう】

 

 練習の頃合いを見計らって作戦会議を開く。

 美鈴に聞かせる曲についての相談だ。

 これで全てが決まるといっても過言ではない。

 すると勇からのリクエストがあった。

 

「ピアノを弾いてみるから、それに合わせて英語で歌ってほしいんだ」

「前に歌ったあの曲か?」

「そうだ。頼めないか?」

「いいぜ。勇の演奏、存分にかかって来るがいい」

 

 歌うノリに合わせて、勇はピアノの演奏に集中。

 正太郎が目立つことで、緊張が分散されて心理的な負担が減る。

 ここに唯が連弾でサポートをすれば即興の演奏会が完成だ。

 観客役のちなみはボーカルを務める正太郎に見惚れてしまう。

 フルバージョンでやり遂げて自然に拍手するぐらいの感動であった。

 

「ゆーくんってしょーたろが歌うと上手く弾けるんだね」

「歌って目立つから。あっちが主役でこっちは脇役だと緊張しないんだよ」

「要するにオレを盾にしたい訳だ。でもまあ、映画作りは人前で演奏する訳じゃないから、実際にはオレの歌はいらないと思うが?」

「そんなことないって。歌のおかげでピアノのテンポが安定するから必要だ」

「だとすれば、映画に入れる音楽は歌付きも検討しないとな。歌なしは唯に任せるとして、歌ありなら勇と唯が連弾すればイケそうだ。ちなみ、これで美鈴は認めると思うか?」

「わたしは美鈴じゃないからハッキリとしたことは言えないけど、でも今の演奏は良かったよ」

 

 これによりセッションで美鈴を説得する作戦に決定。

 日を分けて練習を繰り返しての調整を行なった。

 内場にも聴いてもらってOKが出る。

 そして指定した日時に唯の部屋へ美鈴を呼び出した。

 

「おい勇、怖気づくなよ。何のために練習したと思ってるんだ?」

 

 美鈴が腕を組んで射抜くような目付きで睨んでいる。

 それが勇にとっては怖いの一言に尽きた。

 正太郎が勇の耳元で励ますも、ガチガチに固まって効果がない。

 

「唯、このままだと失敗するぞ。そしたら全てが台無しだ」

「ど、どうしよう。励ましても逆効果だよね?」

「ご覧の有様だ。オレが言っても石化状態になっていやがる。美鈴の態度キツイから付き合いが長くないと耐性は得られん」

「あ、そうだ。内場に何とかしてもらおう」

 

 唯が内場に囁くようなお願いをする。

 美鈴の態度をソフトにしてほしいと。

 お安い御用とばかりに内場は承諾。

 美鈴の肩に腕を回してそっと寄せてみせた。

 

「ちょ、ちょっと貴方――」

「ええからええから。この状態でも演奏は聞けるやろ。そのままジッとしとき」

 

 照れる美鈴で意外性というギャップを見せる。

 ただ怖いだけの存在ではない証拠を示した。

 正太郎と内場が親指を立ててのサムズアップで交わし合う。

 

「腕時計を外して……こっちは準備OK」

「唯もOK。ゆーくんは?」

「OK」

 

 あとは練習通りに演奏をするだけ。

 何の小細工もない美鈴に向けての真っ向勝負だ。

 果たして美鈴を唸らせるだけのクオリティになっているのか?

 それはやってみないと分からない。

 正太郎が本気で英語の発音で歌い、勇と唯がそれに合わせてピアノを奏でる。

 練習の成果を存分に出し尽くしていく。

 そして演奏が終わった後に美鈴が下した評価は――。

 

「粗削りね。歌の主張が強すぎてピアノとの調和がとれていないわ」

「本気状態だと一切手加減できないのが欠点になったか。映画に出す場合は、手加減モードで歌ったものに改善したほうがいいな」

「わかってるなら最初からそうしなさい」

「オレが目立たないと勇がプレッシャーに呑まれるからな」

「別に観客の前でやりなさいと言ってる訳じゃないから、緊張することもないでしょ」

「それはオレも思ったし実際に言った。それで勇を採用か不採用かどっちだ?」

 

 正太郎はストレートに結論を求める。

 一同の視線を一身に受けた美鈴。

 勇の正面でハッキリと言った。

 

「ピアノが好きなら音楽の部活へ行くべきよ。映画好きでもないのに無理に付き合う必要なんてないわ」

「あ、やば。そっち指摘されるとマズイ」

 

 美鈴の正論に正太郎は思わず声に出してしまう。

 それを無視して美鈴は勇に向けて頭を下げた。

 

「部員が迷惑かけたわね。部長としてお詫びするわ。ごめんなさい」

「い、いやそんなことは……」

「唯、一緒にやりたいという気持ちは確かに伝わったわ。でも些か強引がすぎるわよ」

「だ、だって――」

「言い訳は聞かない。あたしたち映制は映研に勝つため真剣にやっているの。映画に興味もないのに無理に引っ張り込むのはやめなさい」

「ううっ……」

 

 ピシャリと言われて唯は涙目である。

 強引に誘ったのは事実だ。

 勇が映画に興味がないことも見抜かれている。

 

「アンタもアンタよ。自分が楽をしたいからって唯に加担して、彼の意思を尊重しなかったのはどういうつもり?」

「勇、イヤならイヤと今ここで言えよ。でないとオレたちが怒られるんだ」

「反省する気ないのねアンタ」

「内場に不向きな力仕事を押し付けていいのか? 楽をするのも合理的かつ正当な理由だ。人材として使えると見込んでのことだぜ」

「そこに彼の意思はないのかしら?」

「本当にイヤだったら今ここにいないと思っている。わざわざ練習まで付き合ったしな」

 

 だから今ここで勇の意思を確認する。

 どうしてもイヤなら正太郎も無理には引き留めない。

 美鈴の言う通り、ピアノが好きなら音楽の部活へ行くのが道理だ。

 そして勇は自分の考えを口にする。

 

「正直、足手まといになるかもしれないって不安だ。入部するにも今は時期が悪いんじゃないかって。だから募集してないんだろうなって」

「ええ。今は真剣勝負中だから、新入部員の募集は勝負が終わってからの予定で立てているの」

「負けたら廃部になるのか?」

「勝った方の部の支配下に入るわね。それがイヤなら仰る通りに廃部よ」

「……こっちこそごめん。外村のこと誤解してた」

 

 厳しいという認識は正しいが怖いは間違いだ。

 映制のトップとして責任感のある凄い人だと思った。

 ちゃんと相手のことを考えてくれる優しさもある。

 大将の器量が備わっていることを目の当たりにした。

 

「副部長は東城か?」

「助監督が内場だから副部長も内場だ。オレは三下だと思っておけ」

「じ、冗談だろ? 東城で三下扱いってどんだけヤバいメンバーなんだよ」

「しょーくんは三下なんかじゃないよ。わたし的には美鈴に負けないレベルだもん」

「僕が東城より格上ちゅうのは流石にないで。成績だけで見ても明らかや」

「しょーたろも美鈴も頭すっごく良くて頼りになるよぉ」

 

 三下どころか映制の柱として欠かせない存在だ。

 勇の結論として今は見送る。

 映研が勝利をして募集を始めた時に入部を希望したい。

 これを機に映画を見てみるのも悪くない。

 

「負けたら入部はしないということね?」

「心から応援したいんだ。もし負けたら帰宅部なり音楽部へ行くなりで引っ込むよ」

「これは大変。ますます負けられなくなったわ。将来の貴重な部員のためにも勝ちに行かないとね」

 

 美鈴が部員に発破をかけると一丸となってオーと声を上げる。

 一体感のある映制メンバーを勇は眩しい太陽の如く見つめた。

 こうして勇のためにも映画作りに励むことになっていく。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 短期バイトで部費の確保に成功。

 必要な資材を揃えて和館の倉庫へ収納をする。

 パンフレットの作成も完成して映研の皆に見てもらう。

 写真は内場、テンプレート及び印刷は美鈴、記事の改訂を正太郎などで協力をした。

 その甲斐もあって淳平たちから分かりやすく見やすいと好評。

 お返しとして映研からも自己紹介の動画をネットを通じて見せてくれた。

 正太郎たちのチェックを受け、美鈴が問題点を、正太郎が改善点で意見が飛ぶ。

 それらは動画の改良版として後日に反映された。

 

 和館と洋館の繋がり廊下にある個室。

 そこは双方の代表者が話し合える席を設けている。

 手加減なしの本気状態である正太郎こと映制の柱。

 悪魔じみた思考に異質な空気を醸し出すヒロシこと映研の頭脳。

 お互いに囲碁の対局をしながらの雑談だ。

 

「正太郎くん、秘書をやってみた感想はどうだい?」

「あれは絶対に短期で済むレベルじゃない。長期前提の仕事だよ」

「いわゆるお試し期間だね。キミなら色々吸収して自分のモノにしたんじゃないかい?」

「そうしないと生き残れない大人の世界に足を踏み入れたよ」

「ちなみちゃんが聞いたら誤解させるから気を付けたほうがいい――はい、これでどうだい?」

 

 囲碁で黒はヒロシ、白は正太郎。

 左側の陣地が囲まれて正太郎に不利。

 まだ右側で挽回の余地が見受けられる。

 それでも形勢逆転できるかは微妙なラインだ。

 

「もうちょっと抵抗する」

 

 突破口を貫くつもりで左の陣地を捨てたりはしない。

 仲間を見捨てない正太郎の性格がよく出ていた。

 そこをヒロシが見逃すはずもなく狙い打ちだ。

 

「伊達メガネで忠義モードのスイッチを確立して、秘書になりきり大人相手に丁寧な対応をする。まだまだ改善する所は多いけど、黒川先生で実験をしてOKをもらった」

「それは重畳だね。デメリットはどうだい?」

「精神的な消耗があるから手加減モードは必須。むしろ手加減したほうがリラックスして長く集中できる。それでも適度に休憩入れて緩急をつけないとしんどいかな」

「メリハリは大事だよ」

「抑え続けると発散したくなるから空手の稽古で解消しているよ。勉強や創作でもいいけど、体を動かした方がスッキリしやすいから」

「ちゃんと休んでいるかい? 正太郎くんは少々はしゃぎ過ぎる傾向があるからね」

「うん。ちなみが癒してくれるから大丈夫。おかげでオレはまだまだレベルアップできるよ」

 

 正太郎は陣地の流れを読み取って定石を打つ。

 その直後に切り返しの一手を食らっての長考。

 ここでヒロシが別の話題を振る。

 

「奥手の似たもの同士は、お互いに気を遣い合うから悪い方向に考えがいきがちだね」

「……付き合っているのに距離が遠く感じる恋愛小説にあるあるだよ。お互いにもっと知りたい気持ちを行動で示せば改善されると思う。でもカントクとねーちゃんは、どちらも嫌われることを恐れて消極的だ」

「なまじ交際をしているから、その立場を失うことを恐れてしまうのだろうね」

「ねーちゃんは夢見がちな所があるからな。幸せを一緒に築こうというよりも、悲劇のヒロインに浸ろうとする傾向が垣間見える。カントクもそういった悲劇の主人公症候群みたいな感じがする」

「言い得て妙だね」

「二人は愛情が有限であることを知らない。適度に言葉や態度で補充しないと、疑心暗鬼という状態異常になる。確かに好きな人のためなら何でも出来るみたいな勢いでテンションは上がるよ。それで無限に愛情があるように勘違いをしても仕方ないけどさ」

「へえー、よく分析しているね。経験者は語るって事かい?」

「大正解……これぞ神の一手!!」

「はい残念。悪魔の一手」

「ぎゃあ!! 陣地壊滅で泣くに泣けない!!」

 

 ヒロシの一打で大勢は決した。

 三手先を読むことはビジネスでも活かせる。

 正太郎はそのつもりでやっていたが、まんまと誘導されて操られてしまった。

 潔く負けを認めての投了である。

 

「僕は五手先まで読んでいたよ。次は倍の十手先まで読んでみようか?」

「ヒロシ兄さん、内場の漫画ではオーバーキルだから」

 

 腕時計を身につけて手加減モードに戻す。

 ちなみ特製のクッキーを食べて回復に務める。

 反動の精神疲労に備えて事前に用意してもらったものだ。

 

「ご馳走様。真心こもったお菓子で愛情を実感できるのもいいな」

「おやおや、惚気かい?」

「日々学び続ける者ここにあり。手加減モードに入ったからそろそろ退散する」

「ちなみちゃんに甘えたくなったのかい?」

「男のプライドに賭けてノーコメント」

「これは失敬。それじゃあまた今度会おう」

 

 正太郎は席を外してちなみの所へ一直線に駆け足。

 休憩室となる和室でのんびりと膝枕をしてもらう。

 周りには誰もいないようにしてもらっている。

 

「唯が頑張ってピアノの曲作りしてるよ。勇くんを迎えるためにも絶対に勝つって」

「それは重畳。美鈴はこれを狙い、あえて突き放したな。兄妹揃って格が違うぜ」

「脚本の演技、わたしたちも頑張らないとね」

「バイトも終わったし、夏休みになる時には先に宿題を済ませて本格的にやっていくぜ」

「うん。でも張り切り過ぎて体を壊したらダメだからね」

「精神面の用心も必要だろう。手加減と本気のバランス調整な。チェックはちなみに任せた」

「任された」

 

 ちなみの髪を触らせてもらって癒される。

 気持ちよさそうな彼女の顔が嬉しくなる。

 正太郎の手を通じて愛情の補充をしているのだろう。

 

「最近、勇が唯のことでオレに訊いてくる。唯を知ろうと興味を持っているようだ」

「それって唯のことが好きなんじゃないの?」

「本人はピアノの連弾で呼吸を合わせるためと言っていた。そのためにも唯のことをもっと知りたいってな」

「わたしは唯から聞かされてるよ。将来の部員になるから、ご飯作って健康的な生活をしてもらうんだって」

「あー、勇が愚痴ってたな。断ったのに家に押しかけてきて、もう勝手にしろと根負けしたようだ」

 

 まるで通い妻である。

 おかげで唯の手料理を毎日食べる生活。

 一緒に登下校もして、付き合ってる噂が広がった。

 お互いに否定はしているのだが説得力が皆無である。

 そして本格的な夏休みを迎える日は刻々と近付いていく。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 淳平の目覚めは朝から悶々としていた。

 いやらしい夢を見ることは罪深いことか。

 健全な高校生としての欲望は半端ではない。

 例えるなら空腹状態で目の前に御馳走が置かれてお預けを食らうようなもの。

 彼女の綾にどれだけの欲望が渦巻いていることか。

 

 ――綾、オレとんでもないケダモノだよ。優しいとか無いから。

 

 好きな人を大切にしたいのにムチャクチャに支配をしたくなる矛盾。

 そんな心の悪魔に天使が必死で抵抗をして追い払う。

 顔を洗って気休め程度にスッキリとした。

 いつも通りに食事や歯磨き、学校の準備などで忙しい朝。

 登校をしてヒロシとの会話で気を紛らわせていく。

 力也は相変わらずこずえのクラスへ乱入まっしぐらだ。

 

「真中、溜まってるのかい?」

「な、なんの話だよ?」

「わかってるくせに」

「こんな場所で言えるか!!」

「素直になったほうがお互いの為にもいいと思うけどね」

「そんなことしたら綾が……いや何でもない」

「やれやれ。あ、もうすぐ1学期末のテストがあるね。ちゃんと勉強してるかい?」

「あ、うん。綾に教えてもらって何とか」

 

 今日は部活がない日で、帰ったら淳平の部屋で綾にテスト勉強を見てもらう予定だ。

 補習を食らわないように赤点は避けなければならない。

 そんな不甲斐ない彼氏で申し訳なく思う。

 

「テストが無事に乗り切れたら、勉強のお礼にデートでもしたらどうだい?」

「デート……」

「付き合ってるのだから何も不自然なことではないよ」

「そ、そうだよな。付き合ってるからデートぐらいするよな?」

「というかしてないのかい? そっちのほうが逆に驚きだよ」

「あ、えっと……夢の映画作りで忙しかったから。あははっ」

 

 笑ってごまかすも内心でヤバいと思ってしまった。

 不安になってヒロシへ言葉を漏らすほどに。

 

「たまには綾のクラスに行ったほうがいいかな?」

「そうするといい。何なら今からでも行ってみるかい?」

「さ、さすがに今すぐは心の準備が」

「なんの準備がいるんだい? 会いたいから会う。至極真っ当な理由じゃないか」

 

 ヒロシに言いくるめられて綾のクラスへ向かう。

 大喜びの力也と優しく微笑むこずえの談笑が目立つ。

 つかさが気付いて綾の背中を押してのゴーサイン。

 戸惑いながらも淳平のところへ来てくれる。

 

「お、おはよう綾。いい天気ーーじゃない曇ってる!?」

「今日はお昼から雨だって。淳平くん、傘は持ってきた?」

「やばっ!! 完全に忘れた!!」

「だ、大丈夫だよ。私が持って来てるから一緒に入れば大丈夫」

「あ、ありがとう助かる」

 

 淳平の視線が定まらず落ち着きがない。

 顔・胸・スカート・足と上から下へ順番に見てしまう。

 全体を舐め回すようにジロジロとした視線。

 綾が恥ずかしそうにして遠回しな注意をする。

 

「じ、淳平君ここ学校だから、あまり変なところ見るのはちょっと……」

「わ、悪い。ちょっと綾の全てが見たくて――ってなに言ってるんだオレ」

 

 誤解をさせるような言動であたふたとする淳平。

 綾も多感な年頃でベットシーンのような想像をしない訳ではない。

 まだキスもしたこともないのに。

 そんな淡い期待と不安が入り混じっての複雑な乙女心だ。

 

「み、見たいの?」

「見たい――あ、違う違う!! 別に綾の成長した胸とかスカートの中とか生足とか、決して見たいとか思ってないから!! 変な想像とかしてないから!!」

「だ、ダメだよ真中くん!! クラスに見られて恥ずかしいよ!!」

「ご、ごめん!!」

 

 予鈴のチャイムが鳴ってそのまま逃げ去る。

 綾のクラスに行かないほうがよかったかもしれない。

 休み時間になったらヒロシの肩を掴んで揺さぶった。

 もはや見苦しい八つ当たりである。

 

「どうしてくれるんだよ外村!! お前が行けって言ったから!!」

「別に僕は助言しただけで命令はしていないよ。真中の失言までは流石に責任取れないね。それで裸でも見たいと言ったのかい?」

「そんなこと言う訳ないだろ!!」

「おっぱい見たい、パンツ見たい、あるいは足で踏んでほしいとでも言ったのかい?」

「最後のは何だよ!? そんな趣味ないから!!」

「いやー、慣れてくるとこれがまた快感が……アハッ」

「きもっ!!」

 

 ヒロシの肩から手を離して遠ざかる。

 これでもかと距離を置いた。

 そんな事はお構いなしにヒロシが言う。

 

「欲望すなわち欲して望むと書く。その心、忠実に従う本能のあるがままを曝け出す勇者さ」

「なにが勇者だよ!! そんな獣みたいなマネしてたまるか!!」

「それは何故だい? 付き合ってそれなりの月日が経つというのに、彼女の体を愛する自信がないのかい?」

「体だけみたいに言うな!! それじゃあまるで体目当てで付き合ってるみたいじゃないか!!」

「体と心は密接に関係があるのだよ真中。体を愛すれば心も愛するさ。真中ならそれができる男だと思うのは僕の勘違いかな?」

「あ、愛って……と、とにかくオレと綾はプラトニックに――」

 

 休み時間終了のチャイムが鳴り響く。

 大人しく自分の席へ戻るしかない。

 しかしウジウジとする淳平が見苦しかったのだろう。

 さつきが淳平の背中に張り手でぶちかまして渇を入れた。

 

「痛いって北大路!!」

「気合い入れてやったんだ。ありがたく思いな」

 

 それだけ言ってさつきは自分の席に座る。

 淳平も隣の席で黒川先生の授業を受けた。

 油断をすると指名を受けて当てられてしまう。

 そんな気が抜けない中で気疲れしながらも何とか乗り切る。

 さつきが天地のクラスへ顔を出すため教室から離れた。

 力也ほどではないがマメなさつきである。

 まだ付き合ってはいないようだが噂にはなっている。

 

 ――噂といえば唯に……あの唯に男!?

 

 今までの唯から想像もつかない意外性のあるニュースだ。

 ヒロシも噂として聞いたことがあるらしい。

 妹のような唯に男の影。

 変な男に騙されてないか?

 兄のように心配をしてしまう。

 そんな淳平を見てヒロシが言った。

 

「証人がいるけど、唯ちゃんから押しかけているようだね」

「ど、どんな男だろう? 今までそんな事なかったのに」

「唯ちゃんもお年頃だからね。好きな男が出来たとしてもおかしくないよ」

「オレ何も聞いてない」

「言う必要があるような立場かい? こういうのは当人同士の問題。黙って見守るのがあるべき姿だよ」

「それで唯に何かあったら」

「同じ1年の美鈴たちがいるから無用な心配だよ。真中が出しゃばることじゃないさ」

「そうか……なんか寂しいな」

「そういうものだよ。僕も美鈴に彼氏ができた時、今の真中のような寂しさを味わったものさ。でもね美鈴が幸せなら、僕はそれで一向に構わないと今でも思っているよ」

「外村……普段からそうやっていればいいのに」

「ひどいな真中。僕は普段から品行方正で真面目な優等生だよ」

「自分で言うな!!」

 

 こうして授業と休み時間を繰り返しての日常。

 放課後になれば綾と下駄箱で待ち合わせ。

 今日は淳平の部屋でテスト勉強を見てもらう約束だ。

 淳平のやらかしは無かったことにしてくれてありがたい。

 蒸し返されても勉強に支障が出るだけだから言わないのだろう。

 

 ――綾に教えてもらったほうが分かりやすいんだよな。

 

 綾の親切丁寧な教えが淳平に合ってるのだろう。

 少なくともスパルタ教育をされるよりは頭の中に入る。

 今時そういう教え方をする先生は皆無だが、黒川先生が若干それらしく感じた。

 

「これでテストの赤点はないと思うよ。テスト解いたら見直しで気を付けてね」

「わかった……頭を使うとすげー疲れるけど、おかげでテストは何とかなりそうだ。ありがとう綾」

「お役に立てて良かった」

 

 淳平に尽くして結果を出してくれることで幸せを見出す綾。

 まさに内助の功である。

 それに報いるためにも淳平はテストが終わったら遊びに行こうと誘ってみる。

 ご無沙汰のデートに綾は照れながらも静かに頷く。

 

 ――ああもう可愛い!! 辛抱できないってこんなの!!

 

 自分の彼女だという所有欲かつ支配欲を満たしたい。

 欲望という洪水に理性が流されていく。

 そのため一歩踏み込んだ。

 

「あっ……」

 

 綾の少し戸惑ったような声が漏れる。

 衣替えで制服は薄地の半袖。

 抱き締めると感触が伝わりやすい。

 ほのかに石鹸のような清潔感のある香りがする。

 

「……」

 

 綾が目を閉じて抱き返してきた。

 今この時を大切にしたいから。

 心のどこかでこうなることを望んでいたのだろう。

 お互いの心臓がドキドキして激しく伝え合った。

 

「じ、淳平く、ん」

「あ、綾」

 

 頭の中が真っ白でその後どうしたらいいのか分からない。

 嫌がってないか心配になって綾の顔を見た。

 のぼせ上がるような熱い眼差しに唇への意識が向いてしまう。

 見られている間は金縛り状態で動けない。

 そんなとき、部屋のノックが響いて即座に離れる。

 淳平の母から夕飯の時間が迫り、綾もご一緒に食べるかどうかの確認だ。

 帰りますのでお構いなくとなり淳平が玄関で見送る。

 

「オレ、テスト頑張るから。綾に教えてくれたこと無駄にしない」

「うん。じゃあまた」

「ああ、また」

「……あ、あの淳平くん」

「どうしたの? なにか忘れ物?」

「えっと……す、少しだけ目を」

「目を?」

「と、閉じてもらっていい?」

「あ、うん」

 

 言われた通りに淳平が目を瞑る。

 そのままでいると綾が近付いて背伸びする。

 淳平のほっぺに綾の唇が触れてすぐに離れた。

 その感触にポッと赤く染まる淳平。

 同じく茹で上がりの赤面で逃げるように帰る綾。

 淳平は母親に呼ばれるまでそのままボーとしてしまった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 正太郎が姉の部屋へ訪問。

 綾の機嫌が大変に良いので淳平との進展があったのかと察する。

 あえて触れずに交換日記を渡した。

 ついでに進路の話を持ち出して将来を探ってみる。

 

「カントクと同じ大学に行くにしても、そこに文学部がないんじゃないか?」

「文学部だけが文系の全てじゃないよ」

「確かに」

「そういう正太郎はどうなの?」

「オレはねーちゃんと違って、文系と理系の両方備わる文理融合がいい」

「欲張りだね。正太郎らしいけど」

「まあ、オレはまだ1年だからな。気長にやるさ」

 

 正太郎も進学ができるなら進学をしたい。

 だがここで気になったのは学費のことだ。

 姉も進学、弟も進学。

 両方の支払いで負担をかけてしまう両親が気になった。

 正太郎は進学をしてもお金が払えるかどうかを尋ねる。

 経済的に綾は出せるが、正太郎までは苦しいと返事があった。

 かなり申し訳なさそうにしていたので、就職をするから気にしないとフォローをしておく。

 

 ――文理融合の大学がないから就職ってことにしておこう。

 

 これで正太郎は就職の方向性で考えようとした。

 だが後日、綾のお節介でマズイことになる。

 弟のために文地融合の大学を調べてくれたから。

 こういう時に限ってお姉ちゃん風を吹かせてくる。

 

「オレが言った文系と理系の合体技ってリベラルアーツ教育を指すのか?」

「一言でいえば教養だね。頭を柔らかくして考える力を持てるようになるんだって」

「仕事で役立つとか限定的な話ではなく、生き方で役立つ根っこを鍛える話か」

 

 綾が調べた資料を見比べてしまう。

 そこにはヒロシの志望する東大も含まれていた。

 他にも学部名は異なるが京大・広大・九大などもある。

 国立の場合は学費が一律だ。

 私立よりはマシだが両親の財布事情に厳しい事に変わりはない。

 

 ――別に大学に行かなくても勉強はできるからな。

 

 わざわざ調べてくれたのでお礼は言っておく。

 当たり障りのない対応をしてその場を凌いだ。

 姉が進学を諦めて譲られても後味が悪くて困るから。

 

 ――でもな、これバレたらねーちゃんが自分を責めるの分かり切ってるし。全てを丸く収めるには、オレが実力で学費免除できる大学に入ればいいのか。

 

 いわゆる特待生のことである。

 ただし特待生でも免除されるのは入学金や授業料のみ。

 その他の費用は必要となるので給付の奨学金制度で何とかできないか?

 親の年収が条件として関わってくる。

 だからネットで調べてから親に確認して条件が一致することを確認済み。

 特待生と給付奨学金、必要であればバイトも視野に入れる。

 

 ――黒川先生に相談するか。

 

 家庭の事情を話して、姉弟どちらも進学できる道はないかを模索する。

 黒川先生が該当する大学に問い合わせて詳しく調べてくれた。

 支払いの分割や延納、大学独自の支援制度など色々な情報を入手する。

 二人だけの別室だったので師匠と呼んで厚くお礼を言う。

 

「東城、姉には何も知らせずに済ませるつもりか?」

「ねーちゃんは何も気にせずに大学に行ってもらいたい。それで伸び伸びと才能を磨いてくれたら、オレは心置きなく戦える」

「お前が犠牲になるかもしれないのにか?」

「逆だよ。守るものがあるから男は強くなれるんだよ師匠」

「端本には聞かせられない台詞だ。気を付けろ」

「確かに」

 

 部活と進路を両立して上手く時間を配分している。

 黒川先生から習った数学の知識を活かしての計算だ。

 しっかりとスケジュール管理に役立っている。

 

 ――ちなみに隠し事は無理だな。付き合ってるオレと進路で関わってくるし。

 

 放課後に和館の広間で脚本にある演技をちなみと練習をする。

 進路という僅かな雑念を見抜いてちなみから指摘を食らった。

 家庭の事情だから口外してほしくはない。

 それを告げると誰にも言わないし秘密にすると約束をしてくれた。

 

「ねーちゃんが大学に進学することは知っているよな?」

「うん。きっと真中さんと同じ大学に行くよね?」

「おそらくな。それで大学の費用を親に出してもらう訳だが、ねーちゃんはともかくオレまで払うのは無理だと判明している」

「……お姉様はそのことを知らないよね?」

「ああ。進学を諦めてほしくないから知らせていない。でもねーちゃんはオレが文理融合の大学志望を知っている。だから就職を選ぶとねーちゃんは確実に問い詰めてきてバレるだろう」

「しょーくんはお姉様のために進学を諦めるの?」

「そしたらねーちゃんが一生十字架を背負うことになるから諦めてはいない。特待生・給付奨学金・大学独自の支援制度・アルバイトなどあらゆる方法を駆使して進学を果たすつもりだ。これもリベラルアーツの一環といえる。早速、課題を解決するための実践をする訳だ」

 

 課題とは姉弟のどちらかしか学費を出せない場合の解決をすること。

 前提条件は両方の進学である。

 片方を犠牲にした進学または両方とも断念というのは論外だ。

 

「そんなの不公平だよ。しょーくんだけが苦労するなんてあんまりだよ」

「こういう戦いはねーちゃんよりもオレのほうが向いている。ねーちゃんにはカントクと幸せになってもらいたいし、才能ある小説を伸ばしてほしい。ちなみから見ればオレが損な役回りで腹が立つだろうけど、こういう逆境こそ男の心は燃えるんだよ」

「……」

「言っておくがオレは不幸だとは思ってないぜ。そんな悲劇の主人公に浸る趣味はない。自信をもって堂々と挑む。この課題を見事にクリアしてさらなるレベルアップをするぜ」

「……納得はしない」

「反対は?」

「駄々こねる子どもみたいなマネはしないよ」

「ありがとう。オレの意思を尊重してくれて」

 

 感謝を言葉だけでなく態度でも示す。

 ちなみを胸の内に引き寄せて優しく抱き締める。

 さらに手櫛にして髪を自然と流すように撫でた。

 

「わたしも文系や理系の枠にこだわらず学びたい」

「ちなみは演技の特化型でいかないのか? 劇団に入るとか?」

「演技をするにも教養は必要だよ。あらゆる演技をするなら尚更。それに演技以外の道もあるかもしれない。ここで視野を狭くして道を決め付けるのは良くないかなって」

「そうなると、ちなみはオレと同じ大学かつ学部で、リベラルアーツ教育を受けるのか。彼女が受験のライバルとなるのかコイツは面白い」

「それ嫌味だよしょーくん。わたしの学力でしょーくんの学力に敵う訳ないじゃん」

「誰であろうと勝負とあれば全力を尽くす。それはそうと、ちなみの家はちゃんと大学の費用出してもらえるのか?」

「うん。それは大丈夫だよ」

 

 聞く所を聞けたので正太郎が離れようとする。

 ちなみがしがみついて駄々をこねた。

 もっと撫でてほしいとおねだりもするのでお望み通りにする。

 こうして水面下での進路活動も地道に行なっていった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 和館と洋館とは別エリアとなる道場。

 そこで空手着で組手をする正太郎と天地。

 審判かつ師範として二人を見届けるさつき。

 本気状態の正太郎は短時間で決着をつける速戦即決タイプ。

 対する天地は長時間で巻き返していく持久戦タイプ。

 全くの正反対で序盤はとにかく正太郎が攻めまくる。

 防ぐのがやっとの状態の天地はとても苦しむ。

 ここを乗り越えれば反撃のチャンス。

 それが分かっているからこそ、正太郎は天地から有効打を当てなければならない。

 少しでも緩みがあれば天地がそこを突いてくる。

 

「ちっ……」

 

 汗が目に入って動きが微かに鈍る正太郎。

 これをチャンスと天地の踏み込んだ刹那。

 

「ぐっ!!」

 

 絶妙なタイミングで正太郎の下段蹴り

 天地の姿勢が崩れた。

 間髪入れずに正拳突きの寸止め。

 指導通りの残心の構えで油断をしない。

 さつきから勝負あり判定で互いに正位置で一礼を交わした。

 

「お相手ありがとう天さん。攻めてる間はずっとヒヤヒヤしたぜ」

「まんまとしてやられたよ。まさかアレが誘いの内だったとは」

「秘書は臨機応変な対応が求められる。あの心得は空手でも応用できるんだよ天さん」

「そんなキミにはリベラルアーツを嗜むのが合うだろうね。もし大学へ進学をするなら教養部あたりに該当するだろう」

「文理融合はオレの望む所。あ、そういえばさっちゃんは進学するの? スポーツ系が合いそうだけど?」

「あたしの頭で進学はないさ。やりたい事を探してる最中だし、いっそ自分探しの旅でもしてみようか?」

「冒険は小説でもよく取り上げられる題材だ。もしさっちゃんが自分探しの旅を出た時は体験談を聞かせてほしいぜ。冒険小説の参考にしたいから」

「好きにすればいいさ。でもまあ、旅をするにも金が掛かるね」

「それなら僕が支援するよ。愛する人を支えるのは僕の義務だからね」

 

 何の迷いもなくハッキリと宣言をする天地。

 真っ直ぐで一途な恋を貫く一人の男がそこにいる。

 さつきは目を合わせずポニーテールを触りながら言った。

 

「モノ好きだね。金持ちの坊ちゃんに、あたしみたいなガサツな女とは釣り合わないのに」

「そんなのは何の障害にもなりません。今の僕があるのは貴女のおかげなんです」

「確かに最初の天さんとは大違いだ。さっちゃんに鍛えられてからは変わったよ」

 

 こういった稽古を済ませた後。

 和館と洋館の渡り廊下にある個室へ移動をする。

 ヒロシがソファに座って待っていた。

 

「約束の10分前には来たけど待たせた?」

「気にしないでいいよ。稽古お疲れ様」

「いい汗かいて気分スッキリだよ」

 

 ソファに座ると使用人から紅茶を出されて頂く。

 肩の力を抜いてのリラックス効果があった。

 

「打ち合わせ、別の日にしても良かったのに」

「天さんの家業手伝いがこんな感じで連戦をしていたんだ。これは社会に出た時にも役立つだろうと思ってさ」

 

 今の正太郎はそんな天地を模倣している。

 明鏡止水のごとく精神の受け流しを心構えた。

 おかげでヒロシからのプレッシャーを上手くかわせる。

 

「素晴らしい。秘書を通じて天地をよく観察していたのが伝わってくるよ」

「連戦ならこういう水や風のような属性のイメージで接するのがコスパ良し。手加減モードとの相性も抜群だ」

「本気の場合はさしずめ火になるのかい?」

「火で攻めつつ土で守るイメージで交渉あり。確かにその場合は本気状態との相性はいい」

「正太郎くんはゲーム感覚で現実に当てはめて実践するんだね」

「属性に関しては、内場の漫画を参考にしているよ。魔法概念でよくある事だから」

 

 雑談もそこそこに本題に入る。

 今回は夏休みの合宿についてだ。

 行き先を別々にしてしまうと、顧問の黒川先生が困るから却下。

 お互いの脚本にある世界観は、季節が違えど同じようなものとして扱っていい。

 だから同じ合宿先で撮影場所が似てても構わない。

 

「今年の提供先も天さん頼り?」

「そうだね。北大路がいるなら言わずもがな」

「日程は? 映制は終業式終わった翌日からいつでもOK。親にも了解済み」

「こっちもだよ。早い内に撮影を済ませたいからね。夏休み初日からで構わないよ」

「黒川先生が仕事の都合上、一週間が限度って言ってた」

「一週間か。中々大変だね」

「でも頑張るしかないと」

 

 この後の主導権はあえてヒロシへ譲って話を引き出す。

 気持ち良く話してもらえばトントン拍子に進行していくから。

 内場が得意とするコミュニケーション術である。

 

 ――オレは内場みたいに愛嬌がないから劣化コピーだけどな。

 

 こうして連戦を乗り越えて話し合いは終了。

 無性に人肌が恋しくなってきた。

 ヒロシを相手に手加減モードの受け流しは厳しかったか。

 人は慣れないことをすると精神的なストレスが大きいものである。

 チャレンジをすることで経験を積めるから悪い事ばかりでもないが。

 部屋を出ると待ち構えていたのがちなみである。

 

「……」

 

 何も言わずに手を差し伸べてきた。

 それに応じて手を伸ばして握る正太郎。

 精神的疲労で隣で歩調を合わせるだけの余裕はない。

 せめてちなみの後ろを守るようについていく。

 人払いされた和室の休憩室。

 テキパキとした動作で膝枕の準備が完了。

 正太郎は素直にちなみの膝の上に頭を乗せた。

 よく頑張ったと労うように頭を撫でてくれる。

 

 ――あ、そっか。今は何も言わずに休めってことだ。

 

 信じて待つというのは大変なものだ。

 どうしても心配という感情が湧いてくるから。

 好きな人のことだから余計にそうなってしまう。

 

 ――ごめんちなみ。ちょっとマジで寝る。

 

 気を許して無防備に寝顔を曝け出す。

 熟睡する正太郎の唇にそっと重ねて離れる。

 愛しくてたまらない。

 そんな彼の寝顔を優しく見つめるちなみであった。

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