青春100%   作:完結の陽炎

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第41話「映研と映制の合同合宿」

 映研メンバーの淳平・綾・ヒロシ・つかさ・さつき・力也・こずえ。

 映制メンバーの美鈴・内場・正太郎・ちなみ・唯。

 集合場所は和館や洋館に立ち入る前の門。

 周りが高い壁で覆われて警備スタッフがいる所だ。

 今年は去年のリベンジを果たす。

 寝坊の淳平は綾が迎えに行って連れてきた。

 天地は大人数用の車を二台準備した。

 今回は初日から黒川先生がいて、10日まで滞在できるように延ばしてくれた。

 3日は有休を使ってくれているようである。

 

「おはようございます。このたびは合宿先をご提供して頂き、動画部の一員として心よりお礼を申し上げます」

「ご丁寧な挨拶痛み入ります。こちらこそ、我が天地家の別荘を御活用頂き誠に光栄にございます」

 

 暑い日差し予防のサファリハットを外して伊達メガネを装着。

 忠義モードを発動させた正太郎が天地の執事を相手にした。

 その執事の礼儀作法も取り入れての振る舞いを示す。

 

「わわっ、しょーたろのメガネ姿ってとっても新鮮だよぉ」

「えらい似合っとるで。なあ美鈴?」

「ノーコメントよ。まったく勝手に挨拶しちゃって」

「お姉様、しょーくんのメガネ姿ってどうですか?」

「正太郎がメガネを付けたの初めて見たから。私よりも似合ってるんじゃないかな」

 

 唯・内場・美鈴・ちなみ・綾がそれぞれ口にする。

 天地は秘書の経験が活かされていることを知って上機嫌だ。

 試したくて仕方がないという純粋な心も理解をしている。

 

 ――映画作りが終わったら、天さんの秘書もっとやってみたいな。お試し期間では見習いにすら足が届いていないと思う。

 

 天地ならいつでも歓迎をするだろう。

 指導をしてくれた秘書からも評価をしているから。

 主への忠義を尽くして結果を出すこと。

 それがどれだけ大変であることか。

 同時に達成した時の喜びも半端ではない。

 その場の空気を読み、メガネを外して通常へ戻って引っ込んだ。

 それぞれ車に乗って何事もなく予定のロケ地へ到着。

 自然に溢れる地方の郷土愛がある土地柄。

 去年が海の別荘とするならば、今年は山の別荘だ。

 大人数に対応したコテージの温泉付き。

 虫よけグッズが充実をして対策が取られている。

 事前に撮影の資材を倉庫へ運び、映画作りはいつでも可能だ。

 部屋割を済ませて手荷物を置き、周辺を把握するための見物に時間を割いた。

 

「ここから本格的に映画作りっスよカントク。悔いのないよう全力で勝負するっス」

「オレ、映研の皆と一緒に頑張って作るから。映制に負けないスゴイ映画にするよ」

「望む所っス」

 

 正太郎と淳平が力強く握手を交わした。

 これで勝負の火蓋を切って気が引き締まる。

 映研メンバーが集まって撮影前の準備。

 つかさが主演女優となるため台詞の練習は不可欠。

 事前に台本を渡して予習をしてもらっているが。

 

「ちょっと待って真中くん。主人公って小宮山くんが演じるの?」

「え? オレはそのつもりだけど、去年主役してもらったし。だよな小宮山?」

「お、おう。あれ? なんかマズかった?」

「あたし、てっきり主役は真中くんだって思ってたよ。脚本担当の綾、その辺りはどうなってるの?」

「わ、私も主役は淳平くんだと思ってた」

「ほらね。もぉー、しっかりしてよ」

 

 つかさが淳平に呆れながらも楽しそうだ。

 そんな前向きな姿勢を綾も見習おうと思った。

 ヒロシがさつきに向けて言う。

 

「二人が演じてる間の指揮は北大路がしてくれるかな?」

「簡単な指示ぐらいならやるよ。あの撮影スタートのカチカチは向井がやればいい」

「は、はい!! がんばります!!」

 

 力也には裏方の手伝いがあるので役割はある。

 去年と同様、力仕事が専売特許のようなものだ。

 それは力也でなければできない事として信用されている。

 こずえと一緒に縁の下の力持ちで頑張ってもらう。

 

 一方、映制メンバーでも少しトラブルがあった。

 映研と違って配役は事前に決めて合意を得ている。

 しかし脚本の内容で主役が病気で寝込むシーンが問題だ。

 正太郎が健康で病気の経験がほとんどない。

 疲労困憊なら演じることはできても、病気のマネができないことに直面。

 わざと病気や怪我になって苦しむ経験を味わうしかないのかと口にする。

 これには映制メンバーの全員が猛反対。

 特にちなみの怒りを通り越した悲しみは凄まじく、正太郎が謝罪をして前言を撤回する。

 

「主役の先生役をちなみ、脇役の弟子役をアンタで変えたらいいじゃない?」

 

 男女を変えて問題がないか?

 念のために脚本を見直して問題がないことをチェック。

 どちらでも出来るようにリスクヘッジ済みだ。

 

「……仕方ない。ちなみ、ちょっと耳を貸して」

「なになに……うんわかった」

「誰にも言わないようにな。二人だけの秘密だから」

「うん言わない。約束する」

 

 それが何なのかを二人が明かすことはない。

 気持ちを切り替えて配役の変更をする。

 映研と映制がロケ地探しをしたかったが大雨により中断。

 黒川先生が有休を使ってくれたのは、天候の悪さで撮影が延びる可能性を想定してのことだろう。

 さり気ない心遣いにヒロシは惚れ込んでのアプローチ。

 軽くあしらわれてしまうが諦めるつもりはない。

 この辺りは天地も激しく共感をして友情度が上がった。

 

「「きゃああああっ!!!」」

 

 広場の食卓で夕飯をとっている最中。

 ピカッと光った直後に大きな雷鳴が響く。

 雷が苦手な綾とこずえが同時に悲鳴を上げて互いに抱き着く。

 落ち着かせようと、つかさが二人を励ましてフォローをした。

 逆に正太郎と内場は、漫画の雷魔法を連想してテンションが上がる。

 怪談話や百物語でもしたら盛り上がりそうだと笑った。

 それを聞いたヒロシは、雨が止んだら夜に外で肝試しをしようと発案。

 綾とこずえはイヤイヤをしたが、ヒロシの巧みな話術で押し込む。

 せめて映画作りが終わってからの先延ばしで逃げようとする綾。

 それに乗じて映画最優先を唱えるこずえ。

 淳平も映画を作りに来たのであって遊びに来た訳ではないことには同意。

 後日改めてということでその場は何とかしたのである。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 脚本の内容に適したロケ地を探す。

 台詞の練習も怠らない。

 映研と映制どちらもやることは大体同じだ。

 別々に撮影を行なって映画作りに入っていく。

 NGであればカットされてやり直し、OKが出れば次の撮影へ移る。

 

「唯、カチカチ鳴らせてすっごく楽しぃーよ」

 

 唯のお気に入りはカチンコを鳴らすこと。

 撮影スタートに一回、カットで二回で上機嫌に鳴らしてくれる。

 打つタイミングがあるので簡単そうに見えて結構侮れないものだ。

 ピアノをやっているからかリズムを取るのが抜群に上手い。

 

「貴方、カメラの調子は?」

「問題ないで。ちゃんと回っとるわ」

「それじゃあ二人とも位置について」

「了解。よろしく、ちなみこと先生」

「任せて、しょーくんことお弟子さん」

 

 夏に冬を舞台とした撮影は並大抵の苦労ではない。

 これは時間との勝負だ。

 日差しがあって暑くなる日中は屋内限定で撮るしかない。

 外の撮影をするなら夜か早朝ぐらいしかない。

 汗が出ると不自然になるため短時間で仕上げなければならない。

 どうしても長くなる場合は小分けしての撮影で対処する。

 まさに試行錯誤の創意工夫。

 全力で部活に励む若々しい高校生たちの熱意がそこにあった。

 

 一方、有利な映研の撮影では淳平がミスを連発する。

 台本の台詞覚えが上手くできていない。

 振り付けは悪くないのであとは台詞間違いがなければいい。

 多少のアドリブはしてもいいので丸暗記の必要はないのだが。

 

「行かないでくれ。オレやっとわかったんだ!! オレ……オレ、好きなんだよ綾のこと」

「はいカーット!!」

 

 こずえがカチンコを二回叩き、ヒロシがカメラ撮影を中断。

 さつきは台本を片手に握って淳平の頭を叩いた。

 真面目にやる気あんのかとガン飛ばし付きである。

 ワンピースの衣装を着たつかさは苦笑いしかない。

 綾は俯き、手をモジモジとさせて照れるばかりである。

 

「次、ミスったら蹴るよ」

「やめて!! 北大路が蹴ったら洒落にならないから!!」

「心配しなくても折ったり砕いたりはしないさ。ちょっと喝入れてやるだけだ」

「そのちょっとが怖いんだって!!」

 

 さつきのスパルタ指揮もあって淳平は必死である。

 その心境は背水の陣。

 前に突っ走って活路を見出すしかない。

 黒川先生は散歩がてら双方の部活を見回った。

 その表情は昔の学生時代を懐かしむようである。

 

 映研と映制でロケ地が重なる可能性がある。

 この場合、どっちが先に撮影するかで揉めてしまいがちだ。

 双方ともに段取りがあるので急激な変更は避けたい。

 これを予防するため、正太郎とヒロシが事前に打ち合わせを欠かさない。

 

「美鈴が立派に監督を務めるところを撮らせてほしいな」

「残念。ご自分の部活をしましょうヒロシ兄さん」

「くぅーん。こうなったら内場くんに頼んで――」

「オレたち映制が勝ったら、来年の映画作りでいくらでも撮れるよヒロシ兄さん」

 

 腕時計を外して本気状態でヒロシの言葉を遮る。

 その正太郎の力強い言葉に嘘偽りは微塵もない、

 ヒロシが悪魔の笑みを浮かべて返す。

 

「言うね正太郎くん」

「信頼を置ける美鈴がトップに立ってくれるから、オレたち映制メンバーは存分に実力を発揮できる。ヒロシ兄さん自慢の妹は史上最高の監督だよ」

「殺し文句かい?」

「悪い気はしないでしょ?」

「そうだね。美鈴を大切に支えてくれて心から感謝するよ」

「そりゃどうも。まあ、忠誠を尽くして結果を出すのが楽しいから」

 

 腕時計を装着して手加減モードで己を制御する。

 程々に話を切り上げて持ち場へと戻っていく。

 ヒロシも満足そうに映研メンバーの所へ向かった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 映制は映研と比べて撮影のNGは少ない。

 ちなみの演技力がズバ抜けて美鈴が期待する以上の成果を示す。

 そんな彼女の世界に引き込まれて配役を演じる正太郎。

 まるで催眠術にでもかかったかのように夢中になる。

 現実へ戻るための抱擁で多少の時間ロスはあるが許容範囲だ。

 

「自然の山って森みたいな光景はいいけど、蚊の襲撃が最悪だ」

「せやな。カメラの映らない位置に蚊取り線香を炊きまくりやで」

「唯たち、無臭の虫よけスプレー使ってるよ。絶対に欠かせないよね?」

「一応、置くだけの虫除けもあるけど効果あるかな?」

「さあね。とりあえず山の中だから、肌を極力晒さないようにしなさい」

 

 正太郎・内場・唯・ちなみ・美鈴が屋外の虫除け対策に苦心する。

 最悪、噛まれた時のためにかゆみ止めの塗り薬も常備した。

 屋外の早朝と夜のシーンを最優先で撮っていく。

 それが終わると次は屋内での映像をカメラに収めていく。

 順調に進んで見せ場となるのは床に臥せるシーン。

 弟子役の正太郎が先生役のちなみの手を握る。

 

「先生!!」

 

 呼び掛けて目を覚ましてほしいと願う。

 まだ手に微かな力と熱がこもっている。

 今にも命の灯が消えような弱々しさが表現された。

 先生が薄目で微かに唇が開く。

 聞き逃すまいとそこへ弟子が耳を近付ける。

 

「……た」

「えっ?」

「たの……し……った」

「楽しかった?」

 

 死に際の台詞というのは正太郎が創作する中で最も悩んだこと。

 死んだ経験がないから死に際の台詞に対するリアリティが望めない。

 それでも自分が最期に残す言葉を想像した場合。

 こうありたいと思う生き方を示した願望をシンプルに表した。

 病気ということで台詞は途切れ口調で表し、看取り人が通訳することでフォローを入れる。

 

「な、なぜです!? 今も先生の作品は評価されないまま、どうして楽しいと言えるんですか!?」

 

 見栄でも嘘でもない。

 まるで子どもが悪戯をして成功させたような笑顔。

 ちょっと悔しさを滲ませつつ目を閉じて握った手の力が抜ける。

 そこで何度呼び掛けても反応をしない。

 残された弟子が先生の床に顔を埋めて声を押し殺して泣く。

 見苦しい号泣はしない。

 先生の前で無様な姿を見せたくない。

 それでも涙が止まらないからと顔を隠すも声が抑えきれない。

 これは迫真の演技というよりも本気だ。

 大切な人を失う心の痛みをそのままダイレクトにぶつけている。

 これを繰り返すと正太郎の精神ダメージが計り知れないのでNGは絶対に出させない。

 ちなみとしては好きな人を悲しませることは正直やりたくなかった。

 しかし脚本の都合上、どうしてもクライマックスが必要なため一度限りを条件にやり遂げる覚悟をした。

 

「っ……っ……」

 

 感受性の高い唯がもらい泣きをしつつも声を出さないように必死だ。

 ここで台無しにしてはいけない。

 それは唯も重々にわかっているから。

 内場も目を潤ませているが、失敗が許されない中でカメラを全力で回す。

 唯一、冷静に判断を下せるのは、映制の監督である美鈴だ。

 決して目を逸らすことなく、鋭い眼光で真剣に見届ける。

 その手は台本を強く握り締めて気丈に振る舞う姿であった。

 ラストシーンは弟子が亡き師匠の遺志を継ぎ夢を追う。

 それを墓の前で誓う形で終了。

 あとはエンディングのスタッフロールを流して、唯のピアノ演奏の曲が流れるところだ。

 

「カット」

 

 本当は声を張り上げたかったが、さすがの美鈴でも精神的に来るものがあったのだろう。

 それが冷静だと周りには見えたようで、唯がカチカチと二回強く鳴らす。

 ちなみが演技を解除してすぐに正太郎のフォローに入る。

 これで冬の馳せる者の脚本すべての演技は完了だ。

 

「しょーくん、大丈夫?」

「大切な人の死別を疑似体験ってのはキツイ。それが本物だったらと――」

「ダメ。それ以上考えたらしょーくん壊れちゃう」

 

 緊急処理として、ちなみが正太郎をくすぐって無理矢理に笑わせる。

 たとえ逃げても追い回してくすぐり攻撃をやめない。

 それぐらいしないと正太郎が悪い方向に想像してしまうから。

 

「向こうはあれで大丈夫そうね。唯、よく我慢したわ。もう泣いてもいいから」

 

 美鈴の胸の中で飛び込む唯。

 声も我慢しなくていいと言われたので素直に泣き出した。

 内場はそんな美鈴の気高さに見惚れてしまう。

 先ほどの悲しい気持ちがどこかへ吹き飛んでしまった。

 そんなこんなで映制メンバーは概ね活動を完了させる。

 ささやかにお菓子とジュースで乾杯をして労った。

 

「美鈴、映画の編集は任せていいんだな?」

「任せなさい。貴方はサポートよろしくね」

「ええで。カメラの映像しっかりパソコンに反映させてな」

「唯の録音したピアノの曲も美鈴が取り込んでくれるんだね」

「ええ。皆が頑張って作り上げたもの。監督のあたしが責任をもって対応するから安心しなさい」

 

 一方、映研はNGシーンはあるが何とかOKで形になっている。

 映制とは逆に屋内は少なめ、屋外が多い。

 天候に影響が出るため、できるだけ撮影のシーンを稼ぎたい所だ。

 ヒロイン役の台詞がメインで、主人公役の台詞はサブの位置にある。

 まだ淳平が覚える台詞の量はつかさよりもマシだ。

 それでも記憶力あるいはアドリブの応用力が足りないから苦難は必至。

 映画監督を目指すのであって役者ではないという感情があるのかもしれない。

 

「綾、真中くんの台詞もうちょっとコンパクトにできない? 要約する感じで」

「う、うん。それならこうしたらいいかな」

「そうだね。長々と言うよりもインパクト出ると思うから試してみよ」

 

 若干の手直しをしつつも物語に支障はない。

 小説で想像をするのと演技という形で見せるでは勝手が違う。

 実際にやってみると主人公をもう少し口数を減らして、ヒロインに喋らせたほうがいいかもしれないと思ったりする。

 振り付けも同様で試行錯誤を繰り返す。

 ラストシーンは列車の窓を開けた主人公。

 その先に草原に駆け出して笑顔で見送るヒロインで締める。

 これ自体は別々に撮ればいい。

 流石に本物の列車を使っての撮影には無理があるので作り物で対応だ。

 つかさの笑顔と共にフラッシュバックをさせて、夏に歌う者の映画を終わらせる。

 あとはヒロシのパソコン編集が頼りだ。

 外村兄妹ともに血は争えないほど重要な立ち位置である。

 

「な、なんかオレが色々と足を引っ張った感じがするけど」

「終わり良ければすべて良し。真中くんはよく頑張ったよ。もちろん他の皆もね」

「そうだよ。淳平くんもつかさもお疲れ様」

 

 綾に労われてホッとする淳平。

 つかさもヒロインとして演じきって楽しかったと満足気だ。

 ヒロシに至っては映画だけでなくカメラの写真を撮ってサイト更新に励む。

 映研の活動は絶好のネタになるからうってつけだ。

 本当は唯も撮りたかったが、映制とは別活動だから今回は断念である。

 あとで唯ファンの読者メッセージで要望が激しくなったのは言うまでもない。

 

「さて、お楽しみの肝試し大会だね」

「わ、私は楽しみなんてしてないよ外村くん!! 危ないからやめようよ!!」

「そ、そうだよ!! もし怪我とかしちゃったら先生に迷惑かけちゃう!!」

「いやいや、これは二人にとってのチャンスだよ。東城は真中に、向井は小宮山に。それぞれ守ってもらい甘えられる絶好のチャンスだと気付かないかね?」

 

 綾とこずえにメリットをそそのかしてその気にさせてしまう。

 畳み掛けられて反対しきれなかった。

 そしてヒロシは黒川先生に肝試し大会の許可をもらいに行く。

 

「お前たちで好きにすればいい」

「先生も一緒――」

「外村、先生はヒマじゃないんだぞ。一週間も学校から離れて何もしないと思っているのか?」

 

 報告書が山積みのイメージだと思ってくれたらいい。

 離れている分だけ処理しなければいけない仕事が多いのだ。

 そう言われてはヒロシもしょんぼりと引き下がるしかない。

 有休の日に改めてナンパしようと誓って気持ちを切り替えた。

 そして映制メンバーの美鈴へ肝試しの呼び掛けをする。

 

「イヤよめんどくさい」

「そっか。なら内場くんに美鈴の恥ずかしい過去話を暴露しちゃおうかな」

「やめなさい!! 妹を脅迫するなんて最低よ!!」

「だってお兄ちゃん、美鈴たちにも楽しい思い出作ってほしいんだもん」

「気色悪いのよ!! バカ兄貴!!」

「あ、やめて蹴らないで。お兄ちゃん痛いのは……あ、でも癖になりそう」

「美鈴アカンって。ヒロシさんが変な扉を開けてしまいそうやで」

「もう手遅れよ。せめてあたしが引導を渡してトドメ刺さないと」

 

 兄妹の間に入って仲裁をする内場。

 何とか説得をして渋々ながら肝試しに参加を認める。

 唯は面白そうだから大歓迎。

 ちなみは正太郎がOKだったら参加する。

 そして正太郎は……。

 

「安全性があるなら参加。そうでないなら不参加だな」

 

 至極真っ当なことである。

 暗闇の森は視界が悪く何が潜んでいるのか分からない。

 懐中電灯の明かりを頼りに進むので、下手をすればケガをするかもしれない。

 植物に足を引っかけて転んでしまったり、枝に引っ掛かって傷を負ったり等だ。

 

「危険を承知でスリルを楽しみたいのだろうけど、ちなみを巻き込むとなれば話は別だ。まあ、これを言ってしまうとちなみもオレに危険なことはするなって怒られるけどな」

 

 同じ高校生として理解はしている。

 どんな物事でも多少のリスクはつきものだ。

 それを楽しむという感情も分かるからこその意見だ。

 

「とはいえ、多数決でやれば全員が参加するんだろ? ヒロシ兄さんのことだから、既に根回しをしているだろう。それでもあえてオレがこう言ったのは、皆でケガしないように楽しく遊ぼうって意味だ。頭ごなしの否定でないことは分かってほしい」

「しょーくん、それじゃあ参加するの?」

「最初から選択の余地はないんだよ。言うべき所は言ったからそれでいい」

「わかった。ケガしないように気を付けて楽しもうよ」

「何かあったら、言い出しっぺのヒロシ兄さんに責任を取ってもらおうぜ。美鈴たちが証人ってことで」

「ちゃっかりしとるな東城」

「当然のことよ。強引に誘っておいて責任逃れをする兄貴じゃないよね?」

「もちろんだよ。僕としても皆にケガなんてしてほしくないからね」

「そう思うなら肝試しなんてしなければいいでしょ?」

「それはそれ、これはこれだよ美鈴」

 

 肝試し大会は夜8時にスタート。

 ヒロシが皆を集めて懐中電灯に自分の顔を照らしながら曰くつき伝説を語る。

 要約すると、恋しが池という縁結びの名所があったが、いつからか恋に破れし者の怨念が集まり、立ち寄る者を池に引きずり込む。

 今は水も枯れて無数の怨念もカップルには手を出さないらしい。

 

「そんな訳で男女のペアで目的地の池まで行けば……ね? 怖くないだろ?」

「ウソくさーい!! なにが男女ペアだよ、それ兄貴の作り話じゃない!!」

「作ってない作ってない!! お兄ちゃんを信じて美鈴!!」

「ヒロシ兄さん、ちょっといい?」

「なんだい正太郎くん?」

「男6名・女7名で1人余るんだけど?」

 

 男子は淳平・ヒロシ・天地・力也・内場・正太郎。

 女子は綾・つかさ・さつき・こずえ・美鈴・ちなみ・唯。

 これでは一人だけ余ってペアが組めない。

 

「ゆーくんがいてくれたら丁度良かったのに」

「勇はまだ部員じゃないからな。まさか肝試しのためだけにここまで引っ張り込むのも非常識だろ……それで言い出しっぺのヒロシ兄さんはどうやって解決するのかな?」

「フフッ、簡単だよ正太郎くん。男一人に女二人の両手に花状態で組めばいいのさ」

「オレの案は、罰ゲームとして男を誰か一人だけにして池まで行かせる。あと女同士のペア一組にすることだな。どちらの案がいいかは皆で多数決しようぜ」

 

 まずヒロシの案に賛同する者を挙げてみる。

 女同士のペアで怨念が対象外になるかは分からないので綾とこずえ。

 男一人だけになるのは嫌ということで淳平と力也。

 男一人だけは可哀想と同情を覚えてのつかさ。

 

 次に正太郎の案に賛同する者を挙げてみる。

 女同士ペアも楽しそうかつ男一人だったらどうなるか気になる唯。

 両手に花状態がムカつくので断固反対の美鈴とちなみ。

 美鈴の意見に合わせての内場。

 一途ゆえに二股は許さない硬派な天地。

 

 現時点で5対5の同数で引き分けだ。

 提案をしたヒロシと正太郎は除く。

 あとは残っているさつきの投票で全てが決まる。

 一同の注目を浴びるさつきの答えはこうであった。

 

「怨念なんて気合いでどうにかなるさ。甘ったれず一人で立ち向かえる男であってほしいね」

「決まりだな。ヒロシ兄さんオレの勝ちだ。たまには譲ってもらうよ」

「フッ、成長したね正太郎くん」

「日々の絶え間ない修行の賜物だぜ」

 

 公平にするためのクジ引きを作ることにする。

 誰が作るのか?

 ヒロシが名乗り出るも変態は信用できないと酷い言われそうだ。

 正太郎は映研からつかさを、映制からは美鈴を指名して二人に作ってもらう。

 材料はコテージに常備されている割りばしとペンである。

 

「なんであたしを選んでくれたの弟くん?」

「仕切り上手なつーさんが映研で最も公平な人だと判断したから」

「そっか。ありがとう」

 

 つかさは照れながらもクジ作りをする。

 美鈴のほうは当たり前だと受け入れて何も疑問に思わない。

 こうして男子用のクジと女子用のクジで完成。

 それぞれペン立てに入れて、割り箸の先端が見えないようにしてある。

 男女または女同士で同じ番号があればペアだ。

 男一人だけの外れクジにはゼロ番が記載されている。

 

「なんや東城。クジ取らんのか?」

「残り物に福がある作戦。あえて一番最後を取るぜ」

「さつきさんに当たりますように、さつきさんに当たりますように」

「こずえちゃんと同じ番号、きっと同じ番号になる」

「オレってクジ運に自信ないんだよな……女子の4番は誰?」

「はい、よろしく真中くん。綾でなくてごめんね」

 

 割り箸を淳平の目の前で見せるつかさ。

 そこには確かに番号の4が書かれていた。

 

「あ、天地くんが3番? いつも正太郎が迷惑かけちゃってごめんなさい」

「とんでもない。素晴らしい弟をお持ちで羨ましい限りだよ」

 

 3番は綾と天地である。

 淳平が悔しそうにしていたが仕方のないこと。

 天地もさつきに当たらなかったが顔に出さないのが大人である。

 

「げえっ!! よりにもよって兄貴と同じ1番なんて最悪!!」

「そう言うなよ美鈴。ナンバーワンって縁起のいい番号じゃないかい」

 

 美鈴とヒロシの兄妹は同じ1番のクジだ。

 明らかに不満な妹と楽しそうに満足する兄。

 正反対な反応で実に分かりやすい。

 

「なんだ? 小宮山が2番か。足を引っ張るなよ」

「お、おう。一撃必殺、食らわないようにしないと」

 

 クラス替えで力也が暴走した時、さつきの空手による一撃で気絶させられた。

 あれ以来、不用意に暴走はしないがトラウマを植え付けられている。

 力也を止めなければ大騒ぎになっていたので仕方のないことであった。

 

「あ、向井先輩とお揃いの6番だぁ。よろしくお願いしまーす」

「こちらこそよろしく南戸さん」

 

 女同士ペアの6番でこずえと唯。

 怨念のホラーが怖くないといえば嘘になる。

 でもこずえは唯の底なしの明るさで気が紛れていた。

 

「5番は端本やな。東城でなくて悪いんやけど、クジ運やから割り切ってや」

「しょうがないね。お互い様ってことでよろしく内場くん」

 

 内場とちなみで5番を確認した。

 幼なじみでもあり、過去に同盟を組んだ関係でもあるので信用はある。

 たまに漫画を読ませてもらうこともある。

 夢に向かって頑張ってほしいと今も心から応援をしている。

 

「オレが外れを引いたか」

 

 残された正太郎の割り箸は0が書かれていた。

 つまり外れクジで男一人で行かねばならない。

 言い出しっぺが自分に跳ね返った結果である。

 

「なんや東城が一人かいな。残りものに福ちゃうんか?」

「やかましい。ちなみのこと頼むぜ内場」

「しょーくんだけってなんか心配、はしゃぎ過ぎてケガしないでね」

「子ども扱いすんなって恥ずかしいから」

「僕の提案に乗っていたらこうはならなかったのに」

「ヒロシ兄さん、意外と根に持つんだな。美鈴、ヒロシ兄さんってかなり負けず嫌いじゃね?」

「負けたことがないから調子に乗ってたんでしょ。いい気味だわ」

 

 ざまあみろと胸の内がスカッとしている美鈴。

 兄を負かした正太郎によくやったと褒めていた。

 ヒロシにとっては初めての敗北だったのかもしれない。

 

「残り物作戦が失敗したから、今度は逆にオレが一番乗りでいくぜ。あ、0番だからゼロ番乗りかな?」

 

 ルールは単純。

 池の跡がゴールでそこに箱が置かれてある。

 その中にゴールした証拠となるボールが入っているから、それを取って戻ってくればいい。

 目印として矢印の張り紙が掲示されているから迷う心配もない。

 

「懐中電灯はOK。蚊対策のアイテムも装備OK。水分補給用の水筒もOK。まあ、大体は手荷物リュックに備えてあるからな。じゃあ皆の衆、お先に行くぜ」

 

 正太郎は単身で森の中を進んで行く。

 静かな森かと思えば野鳥の鳴き声が所々に聞こえる。

 風に吹かれて藪からざわざわと自然音が響いた。

 

 ――天さんからクマ用の鈴、撃退スプレーがあるから取り出せるようにしておこう。

 

 懐中電灯を片手にスプレーは腰のホルダーにしまって拳銃のようなイメージで出せるようにしておく。

 自分の肉体を制御するためのウェイトベストは、手加減モードでも重さを適度に調整して服の下に付けてある。

 本気状態ならもう少し重くしたほうがいいかもしれないが何もしないよりはいい。

 

 ――天さんってサービスいいよな。オレへ投資をしてくれる。忠義モードで返せるかどうか分からないのに。

 

 物音に反応して寒中電灯を向ける。

 黒猫が横切って通り過ぎた。

 縁起がいいのか悪いのか何とも言えない。

 

 ――目印があった。ここからさらに向こうか。

 

 木に矢印の張り紙がついているから分かりやすい。

 これなら迷わずに済むだろう。

 念のためにメモで簡易的な地図を描いてのマッピングをする。

 まるで宝の地図でも描くような楽しい気分になった。

 

 ――携帯は圏外か。山の中だと電波悪いけど将来的に繋がるだろうな。

 

 そうしないと登山家の命に関わってしまうから。

 技術が進めば携帯もさらに進化していくだろう。

 そうやって現在の不便は未来の便利に繋がると考えた。

 需要があれば供給が発生する。

 それが天地財閥で秘書を通じて学んだことだ。

 

 ――頭の中で唯と勇の演奏が思い出される。なんか英語で歌いたくなってきたぜ。

 

 独り言を口に出すのはマズイかと思って英語の歌にしておく。

 ショートバージョンにしておくことで程々にするのがコツだ。

 やがて池の跡を思わせる場所へ到着。

 そこに置かれている箱の中からゴールの球を入手。

 

 ――念仏代わりに歌で慰めておくか。

 

 蛍の群れで青白い綺麗な光が見える。

 そこへ向けて両手を合わせて英語の歌で追悼を捧げてみた。

 幽霊が見えたらそれはそれで構わない。

 世の中にそういう摩訶不思議なことがあってもいいではないかと思うから。

 歌い切ってお辞儀をして踵を返した瞬間。

 なんとなく背中に妙な気配を感じてしまう。

 正太郎はあえて振り向かずにこう言った。

 

「お迎えはダメだぜ幽霊さん。まだオレはねーちゃんの小説を超える野望を果たせていない。ちなみとの未来創作もやり遂げていない。そっちの分まで頑張れるかは分からないけど、やるだけのことはやってみるつもりだ。この後にも人が来て、一時的に賑やかになるからよろしく」

 

 空いてる片手を上げながら立ち去る正太郎。

 本当に幽霊だったかは分からない。

 こういうのは謎のままそっとしておくのがいいと解釈をした。

 だてに創作を趣味としていない。

 たとえ幽霊であろうと受け止められるだけの精神力が備わっている。

 

 ――色々想像してみるのも面白い。前世の魂とか、ご先祖の霊体とかな。

 

 幽霊に恐怖しなければいけないルールはない。

 そんな枠組みに囚われて生きていくのは不自由に感じる。

 発想は自由でありたい。

 それが正太郎が持つ創作家の性分である。

 

「ただいま。お土産の球を持ってきたぜ」

「おかえり正太郎くん。うん確かに。それじゃあ美鈴、行こうか」

「まったく。こんな茶番なんて、さっさと終わらせるわよ」

「お茶がほしいなら内場に用意してもらえよ」

「お茶じゃなくて茶番よ茶番」

「字を逆にすると番茶になるぜ。ネットで調べると健康にいいらしいぞ」

「ほら兄貴、置いて行くわよ」

「サラッと流された!! ヒロシ兄さん、美鈴って番茶嫌いなのか?」

「そんなことはないと思うけど。とりあえず行って来るよ」

 

 次は1番目のヒロシと美鈴が一緒に歩いていく。

 兄妹で一緒に行くというシチュエーションは非常に少ない。

 お互いに同い年の友達付き合いがあるからだ。

 

「美鈴と二人でいる時間って何気に貴重なんだよね」

「……兄貴」

「なにかね?」

「あたしが隠し事を好まない性格は知ってるよね?」

「知ってるよ。正太郎くんみたいに、思ったことをハッキリ言ってくれる正直者が好みだってこともね。自分がそうだから相手も、といった所かな?」

 

 美鈴は妹としてヒロシに可愛がられている。

 家族の愛情表現であることは分かっているつもりだ。

 それに満足できるかどうかと言われたら個人差はある。

 美鈴の場合は……。

 

「兄貴を超える。そんなことを思った時期がなかった訳じゃない。でもアイツを見てると、何か自分を見ているようで恥ずかしくなった」

「いいじゃないか。お姉さんを超える野望でここまで正太郎くんは大きくなったんだよ。まだまだ彼は成長する。それは美鈴もよく分かってるだろ?」

「あたしはあたし、兄貴は兄貴。比べ合うことがバカバカしい。アイツと綾先輩だけで充分なことよ」

「美鈴は自分の道を見つけたいのかい?」

「さあーね。少なくとも兄貴に教えるつもりはない」

「見つけたようで何よりだよ。美鈴にパソコンのことを伝えて良かった」

「いつまでも上から目線で言ってると、今回みたいに足元をすくわれて負けるよ」

「フフッ、そうだね。僕にとって初めての敗北。一生忘れそうにない」

 

 美鈴は悔しさを滲ませる兄を初めて見た。

 それで少し嬉しそうに見えるのは相手が正太郎だったから。

 長年ずっと見守ってきた正太郎の成長が見られたから。

 

「映研と映制の映画対決、果たしてどっちが勝つかな?」

「当然あたしたち映制よ。どれだけ兄貴が頑張っても無駄だから」

「果たしてそうかな? 映画作りは僕だけの力じゃないからね」

「結果は嵐泉祭で明らかになるから。これ以上の問答は無用よ」

 

 兄妹は目的地のゴールで箱の中の球を取る。

 蛍の光で少しばかり心が癒されてから現地へ戻った。

 球は置いてある回収箱の中へ入れておく。

 

「ほら小宮山、行くぞ」

「は、はい」

 

 女番長と舎弟のような立ち位置。

 天地がポーカーフェイスを気取りつつも心の中で涙する。

 なんと羨ましいと不機嫌な嫉妬のオーラまでは隠せていない。

 

「ただ歩くのも退屈だから競争だ。よーいドン!!」

 

 さつきに言われて力也は追いかける。

 競争に勝っていい所をこずえに見せつけるつもりだ。

 しかし日頃から鍛えているさつきには敵わない。

 行きも帰りも競争をしたが惨敗に終わってしまう。

 

「り、力也さん!? 大丈夫ですか!?」

「ぜぇぜぇぜぇ……も、もうダメぇ」

「だらしないね。せっかくガタイがいいのに鍛え方が足りないよ」

 

 地面にうつ伏せでダウンする力也に心配するこずえ。

 さつきはさわやかな笑顔で息一つ乱れていない。

 天地の嫉妬による不満の溜飲が下がった。

 

「それじゃあ気分が晴れた所で行くか。綾さんよろしくお願いします」

「あ、はいこちらこそよろしくお願いします天地くん」

「……」

「そう睨まないでくれ真中。僕には心に決めた人がいるんだ。間違いなど何も起きないよ」

「わ、わかってる。天地はいいヤツだし信用してるよ」

「わかってくれて何よりだ。まあ、あまり時間を掛けないようにするさ」

 

 言葉通りになるべく早めに終わらせるつもりだ。

 二人が付き合っていることは承知しているから。

 しかし暗闇の森で怖がる綾への気遣いは忘れない。

 

「綾さん、弟のことについて詳しく聞きたくないかい? 例えば僕の秘書として働いた時の事とかね」

「あ、はい!! ぜひ知りたいです!!

「彼は取引先にも気に入られるほどに素直で誠実な対応をしてくれたよ。教わり上手というべきだろうね。新しい知識や技術を貪欲に吸収していく姿勢が素晴らしい。実に教え甲斐があるよ。実際に模倣をして僕たちに見せてくれるからね」

 

 まるで自慢をする子どもみたいで微笑ましくなる。

 それで結果を示してくれるからさらなる期待を寄せる。

 どこまで高みにのぼっていくのかと興味が尽きない。

 

「この合宿が終わったら、夏休みの間だけでも僕の傍で働いてもらいたいと考えている」

「正太郎が言ってました。あれは長期を前提でやることだから、もっと沢山学ぶことが多いって。だから少しでも機会あれば、天地くんの下で忠義を尽くしてみたいって」

「それは嬉しいことだね。僕としては歓迎すべきことだよ」

「天地くん、弟のワガママに応えてくれてありがとうございます」

「こちらこそワガママを言っているからお互い様さ」

 

 こうして正太郎の話題で盛り上がってゴールの球を獲得。

 戻る際にコケそうになった綾を受け止めて支える。

 まるで昔の自分を見ているように思えた。

 

「ごめんなさい。ドジしないように気を付けたつもりなのに」

「僕もそういう時期があったから気持ち分かるよ。まあ、僕の場合はさつきさんの指導で克服したけどね」

「私は運動が本当にダメで。天地くんみたいにはなれない」

「それでも諦めずに努力することが大切さ。綾さんの弟がそれを証明しているよ」

「うんそうだね。私は正太郎のお姉ちゃんだから諦めない」

「その意気だよ。さて、綾さんの無事な姿を真中に見せてやるといい」

「あ、はい」

 

 天地は綾を守って無事に淳平の所へ送り届けた。

 球を回収箱に入れてさつきに労われる。

 綾への紳士な対応に好感を抱いたようだ。

 

「人として当然のことをしたまでです」

「それが出来る人は少ないのさ」

「さつきさん、僕の気持ちは変わりませんし諦めませんよ」

「あたしに勝ってから言いな。あたしも手加減はしないからな」

「望む所です」

 

 正々堂々と試合をして勝ったら付き合ってほしい。

 それが天地の真っ直ぐな想いである。

 自分よりも強くあってほしい。

 そんなさつきの望みを必ずやり遂げたいから。

 

「さて今度はあたしたちの番だね。あとがつかえてるから早く行こ」

「わ、わかった」

「ごめんね綾。ちょっとだけ真中くんを借りる形になっちゃうけどすぐ返すから」

「べ、別に私は何も――」

「はいはい。バレバレだから変な意地を張らないの。じゃあまた後でね」

 

 元気に手を振って先陣を切るつかさ。

 それを追いかける淳平。

 作り話だと思って信じていないつかさだったが。

 

「真中くん、なんか物音がしない?」

「そ、そうだね。後ろをついてくるガサガサ音が――って西野早いって!!」

「だったら何とかしてよ!!」

「とにかく落ち着いて!!」

 

 このまま走られても困る。

 淳平はつかさの両腕を掴んで動きを止めた。

 一瞬だけ音が消えても、しばらくすると藪から音が響く。

 

「まさか男女で歩いても、恋人同士に見えないと襲ってくるのか?」

「で、でも真中くんは綾と付き合ってるじゃん。まさかそれを見抜かれて……」

「そもそも幽霊なんている訳――うわあ、また音が聞こえる!?」

「ど、どうしよう!?」

「とにかく手を繋いで様子を見ないと!!」

「わ、わかった!!」

 

 淳平とつかさがお互いに手を握る。

 不思議と音が鳴りやんだ。

 それにより二人の心がホッと一息つく。

 

「……あたしが神様だったら、真中くんと綾を同じ番号のクジにしたのにな」

「その気持ちだけで充分だよ」

「綾とは上手くいってる? 恋人として付き合えてる?」

「う、うん」

「ふーん」

「なんだよ信じてないのか?」

「だって綾は素直じゃないから。本当はもっとワガママ言えばいいのに我慢しちゃう所があるんだよ。真中くんもそんな所があるんじゃない?」

「そ、そんなことは――っ!!」

 

 再び得体の知れない物音と気配にパニック状態の二人。

 その場でもつれあってつかさが淳平に覆いかぶさっていた。

 

「ごめんね真中くん、重かった?」

 

 淳平の視線はつかさの胸元へ注がれる。

 当然それはつかさに気付かれてしまって鉄拳制裁。

 立ち上がった瞬間に音の正体が黒猫だったと判明する。

 なぜ猫が近寄っていたのか?

 その原因を探ると淳平のポケットにさきイカが入っていた。

 このニオイに釣られたのだろうと確信を得る。

 

「真中くん、なんでさきイカなんて入れてるの? 意味わかんないだけど?」

「適当に他の物と一緒に紛れて入ったのかも」

 

 確かに意味不明である。

 少なくとも淳平は意図的に入れた記憶がない。

 おやつとするにしても、むき出しのさきイカを不衛生に入れて食べる趣味はない。

 

「猫ってイカあげたらダメだったよな?」

「あたしはよく知らないけど、猫用じゃないのはダメじゃない?」

 

 淳平はその場でさきイカを食べて処分をする。

 捨てたら野良猫が食べて健康を害してしまうかもしれないから。

 シッシッと淳平が手で追い払って黒猫が去っていく。

 

「あーあ、胸見られちゃった。綾に言いつけちゃおうかな?」

「ごめん!! わ、わざとじゃないから!!」

「まあ暴れて倒れちゃったのはあたしのせいだし。今回は無かったことにしてあげる」

 

 気を取り直してゴールの球を手に入れる。

 戻る時には特に何事もなかった。

 あと残るのは二組である。

 

「ほな行ってくるで美鈴」

「行ってくるねしょーくん」

「はいはい早く行ってきなさいよ」

「幽霊がいたらよろしく伝えてくれ」

 

 見送られて森へ進む内場とちなみ。

 この二人だけになるのは稀である。

 お互いに振り向かせるための同盟を組んだ時ぐらいだ。

 

「内場くんは美鈴とキスしたの?」

「い、いきなりやな……美鈴が恥ずかしがって中々難しいんや」

「内場くんが強引に迫るなんて出来ないもんね」

「抱き締めることはできるんやけど、キスはハードル高いで」

「慣れだよ慣れ。一回しちゃえばあとは何回でも出来るようになるから」

「そない言うってことは端本は経験済みなんやな」

「それ言い方エッチすぎ。まだ初めてはあげてないから」

「オープンしすぎや。つーか東城ってそういう所あんま意識せんのか?」

「図書館で性教育を調べて、そういう事は大人になってから、結婚できるようになってから、みたいに考えてるんだと思う」

「あとは端本が望まない限りはしない可能性もあるで」

「……あり得る。やっぱ内場くんはしょーくんの親友だからよく分かってるね」

「端本には負けるで」

 

 森の中から鳥がバサバサと飛び立つ音が響く。

 不意を突く感じだったら二人がビックリした。

 ホラーが怖いというよりも急に大きな音を出すのは反則だ。

 

「心臓に悪いね」

「ホンマやで。あ、ここがゴールやな」

「内場くん、ボールはこれでいいんだよね?」

「せやな。あ、何か目の前に変なもんが見える。蛍か?」

「あの白い光が蛍? それにしては大きくて広いような……?」

 

 内場はメガネを掛け直してよく観察をする。

 それでも正体は今ひとつ掴めない。

 不用意に近付くのもどうかと思いその場で言った。

 

「幽霊さん、東城がよろしく伝えてって言うとりました。幽霊いうても僕らには真っ白な光にしか見えんから正体はサッパリや」

「ちょっと内場くん、悪ふざけしてるの?」

「僕は幽霊がおってもええ派やからな。呪い殺すとかは流石にアカンけど。僕らに害を与える感じちゃうし、幽霊と仮定して話しかけて、向こうが否定をしたら謝ればええ」

「仮に幽霊だとして会話なんてできるの? 内場くんが描いた漫画ではよく会話されてるけど」

「見えんかったり、会話が成立せんことが多いらしいで。今まさにそうやし。けど僕らの声は向こうに届くかもしれん。一方的なのを承知で言うだけ言ってみるんや」

「さすがしょーくんの親友だね。なんかしょーくんも同じノリでやりそうな気がするよ」

 

 ちなみの言い分は合っている。

 ゼロ番乗りで背を向けた状態で言葉を掛けたから。

 内場は正面から遠巻きに話しかけているので違いはある。

 

「あと一組でラストなんで。女同士のペアやけどお手柔らかにお願いします」

「……内場くん、満足した?」

「ああ満足や。ほな僕らでこれで失礼します」

「なんか内場くんなら幽霊に懐かれそうだね」

「漫画のネタになるなら幽霊相手に相談乗ってもええけどな。幽霊探偵を主人公にして描いてみてもおもろいやろうな」

「しょーくんなら小説でそれを書いちゃうかも。ネタを頂きとか言って」

「簡単に想像できてまうで。端本のほうが東城の理解者やな」

「当然。わたしはしょーくんの彼女だからね」

 

 軽い足取りで戻って球を回収箱へ入れる。

 あとはラストのこずえと唯のペアだ。

 力也に励まされてこずえはやる気を高める。

 

「わあー、見渡す限りの森ばっか。なんか面白いもの出てこないかな?」

「南戸さん、あまり歩き回ると危ないよ」

「へーきへーき。あ、向井先輩あっちに目印があるよ」

「うん。ここで合ってるね」

 

 目印に従って正しいルートへ歩く。

 好奇心旺盛な唯はこずえの周りでウロウロしまくる。

 全く持って落ち着きがない。

 

「あ、向井先輩って小宮山先輩と付き合ってるんだよね?」

「はい」

「キスとかしたの?」

 

 唯の直球な質問にこずえが頬を赤らめる。

 妄想が発動をしてキス以上のいやらしいことまで浮かび上がる。

 悶えてしまって唯が見ても不思議な様子だ。

 

「そういえば妄想使いってしょーたろが言ってたね。見てる分は面白いのかな」

 

 ただ動きが止まってしまうのは困る。

 いつまでもその場で悶えてしまってはゴールにつけない。

 だからといってこずえを一人残す訳にもいかない。

 

「こういう時はくすぐって正気に戻すのが平和的だね」

 

 脇腹をこちょこちょしてこずえが笑って悶えた。

 現実に戻してからゴールへと向かう。

 そこで唯とこずえは白昼夢のような不思議な現象を体験。

 こずえは力也との妄想通りの展開を疑似的に味わった。

 唯については……。

 

「あ、これパラレルワールドだ。内場の漫画で見たから知ってる」

 

 映画鑑賞をするように別の世界を見る。

 淳平がつかさと付き合った場合の世界だ。

 なぜか懸垂しながらつかさに告白する淳平に笑えてしまう。

 

「あれれ? あっちの世界で唯たちはいないの?」

 

 色々とおかしな点があった。

 映制メンバーがいずれも中学にいない。

 淳平と幼い頃から仲良しのヒロシもいない。

 代わりにサッカー部のカッコイイ男子と仲良くなっている。

 

「向こうの世界のじゅんぺーはスケベすぎ!! 女の子のイチゴパンツを撮影するために告白なんてあり得なーい!!」

 

 女の子を何だと思ってるんだとプンプンお怒りの唯。

 もしその世界にいたらドロップキックでもかましての説教だ。

 

「つかさ先輩も綾さんもかわいそー。じゅんぺーがさいてー」

 

 あっちへフラフラこっちへフラフラ。

 どちらか好きか分からない状態の淳平。

 曖昧な態度を取り続けて女の子の気持ちを弄んでるように見えた。

 

「なんでこうなっちゃうんだよ? もしかして唯たちがいないのが関係してるのかな?」

 

 唯が不思議に思うのは正太郎の出番がないことである。

 一体どこで何をしてるんだとツッコミを入れることもしばしば。

 少しだけ出番があってそこを見る限り、泉坂高校に入っていないことが判明。

 また向こうの正太郎と唯が知る正太郎とは明らかに異なる。

 少なくとも姉の下着チェックをする正太郎はあり得ない。

 

「これ見た目だけだよ。中身が全然違うじゃん」

 

 唯の出番がかなり後になっていた。

 小さい頃に引っ越した点は同じだが転居先が全く違う。

 向こうの世界では新幹線を使わないといけないほどの遥か遠方の田舎。

 こっちの世界では普通電車で行ける範囲で郊外の住宅街。

 もし向こうの世界であれば、泉坂高校には新幹線通学になってしまうためとても通えなかっただろう。

 桜海学園のような寮でもない限りは実現不可能である。

 要するに向こうの世界は県外で、こっちの世界は県内という違いだ。

 

「へえー、パラレルワールドって引っ越し先でも違いが発生するんだ。おもしろーい。あれれ? ちなみが完全に別人だよ!! 悪い子ちゃんでほとんどの女子から嫌われ者になってるじゃん!!」

 

 向こうの世界のちなみは似て非なる存在。

 男にチヤホヤされたがりでお金に飢えた守銭奴。

 力也と付き合ったかと思えば途中で別れている。

 小悪魔チックで男子を寄せ付けるが、そういうぶりっ子は女子に嫌われやすい。

 もしこっちの世界で小さい頃に正太郎たちと関わってなかったら、向こうの世界のちなみと同じようになったと考えられる。

 

「あ、さつき先輩も別人だね。向こうの世界では空手やってないんだ。さつき先輩が淳平に色仕掛けって……こんな露骨なことをする女の子なんていないよ」

 

 引っ越し先が違うため、唯とさつきでの接点は発生していない。

 露骨な色仕掛けはこっちの世界ではあり得ない。

 まるで漫画のご都合主義を見ているような気分だ。

 まだ内場の漫画のほうが遥かにリアリティがある。

 

「黒川先生も別人だね。唯のいる世界の黒川先生はもっとマジメだよ」

 

 高校生の綾たちと混じってはしゃぐ姿はそれはそれでありかもしれない。

 ボディタッチが激しすぎるのは些かどうかと思えてしまうが。

  

「美鈴は映研に入ってる。というか映制がないじゃん!!」

 

 ここが大きな違いである。

 向こうの世界では映研vs映制という対決がないのだ。

 映研に入っているのは美鈴とちなみだけ。

 しかもちなみは途中で退部してしまっている。

 

「なんかもうメチャクチャだよ。淳平が本気で映画作ろうとしてるように見えない。きっと映制がいないからだよ」

 

 頑張ってるように見せかけているだけという印象を受ける。

 それよりも恋愛のほうを取り上げているようだ。

 しかし……。

 

「天地先輩が綾さんに惚れてアプローチしまくってる。これはまだ分かるかも。唯の知る天地先輩もさつき先輩に似たようなことしてるし。ちょっと性格に変な所はあるけど」

 

 だが報われない恋である。

 どんなに頑張っても向こうの世界の綾も淳平に好意を寄せているから。

 天地とさつきが手を組むシーンがあったので、出会い方が違っていたら天地とさつきという未来もあったことだろう。

 こっちの世界では天地がさつきを好きになっている。

 向こうの世界を知ることで唯はなるほどと納得をした。

 

「むぅー、ホントじゅんぺーって優柔不断だよ。もっとハッキリしなよ」

 

 向こうの世界の淳平がする行動には目に余る。

 つかさと付き合ってるならそのまま貫いてほしい。

 他の女の子に好かれても、つかさという彼女がいるでキッパリと断ってほしい。

 その点では、向こうの世界の天地はちゃんと出来ているから見習えと言いたい。

 

「あー!! なんで向こうの世界の唯が爆弾みたいな立場になってるんだよ!!」

 

 つかさと綾で二股をかけているような状況の淳平。

 その現場を目撃した唯の心中は察するに余りある。

 罰が当たればいいと言った唯に全く持って同意。

 二人の女の子に優しいフリをして、どちらも泣かせることをしてきたから。

 

「二人どころじゃないけどね。これって多分、じゅんぺーをフォローしてくれるまともな男子がいないせいだよ。サッカー部の仲良しさんが途中で出番なくなってるし」

 

 そう考えると唯のいる世界でヒロシや正太郎、内場などの男子がいかにありがたい存在かを淳平は感謝しないといけない。

 もしいなかったら、向こうの世界の淳平みたいになっていたかもしれないから。

 

「あ、内場は最後だけ出てる。美鈴と付き合うようになったのは一緒だね」

 

 漫画という共通点もある。

 ただ向こうの世界では漫画のレベルは既に高いらしい。

 こっちの内場はまだ発展途上である。

 

「うーん。なんか向こうの世界の唯がかわいそー。色々と扱いが酷いよ」

 

 向こうの世界の唯はこれといったスキルがない。

 でもこっちの唯はピアノという音楽スキルがある。

 それを通じて同じ趣味を持つ勇と知り合えた。

 

「そういえばゆーくんは全然出てなかったね。向こうの世界ではモブキャラですらないんだ」

 

 パッと目が覚めて元の世界へ戻った唯。

 ゴールのところで周りを見るとこずえが妄想の海に浸ったままだ。

 あるいは同じように夢でも見ているのかもしれない。

 

「パラレルワールドの世界って不思議だね。同じ唯でも全然違うんだなって思ったもん」

「あんっ……だ、だめぇ……はうぅん……り、力也さぁ……んんんっ」

「向井先輩、お楽しみ中だけど今は肝試し中だから後にしてね」

 

 くすぐり攻撃でこずえの目を覚まさせる。

 最後の球を取った時に唯は幻聴が聞こえた。

 向こうの世界の唯から頑張れと。

 まるで全てを託すかのような思いを感じた。

 

「そっちも頑張りなよ。唯は唯なんだから出来るって」

「南戸さん、どうしたの?」

「こっちの話だから気にしないで。それより戻ろうよ」

「は、はい」

 

 二人は現地へと戻って球を回収箱を入れる。

 これで肝試し大会は終了だ。

 企画をしたヒロシが目印の張り紙やゴールの箱の回収へ向かう。

 その間に唯は正太郎をジーと見つめた。

 

「なんだ唯? オレの顔に何かついてるか?」

「しょーたろ。小説のネタになるパラレルワールドの世界に興味ない?」

「あるから聞かせろ」

「はーい」

 

 白昼夢の出来事を正太郎に聞かせる。

 近くにいたちなみや内場、美鈴にも話した。

 すると美鈴は露骨なため息をつく。

 

「映研に入らなくて正解。映制を立ち上げたことが正規ルートよ」

「僕らが幼なじみでなかったら成立せん事やけどな」

「へえー、しょーくんたちと仲良くしてなかったら、わたしってそんな性悪女になっちゃうんだ」

「向こうの世界のオレは、ねーちゃんを超える小説を書く野望を抱いてなかったんだな。特に修行もしてないようだし。堕落したオレなんて御免だぜ」

 

 そう言いながらメモでネタを仕込んで速記をした。

 良くも悪くもちょっとした変化でも未来が変わることもある。

 唯の不思議体験を貴重な情報源として受け止める正太郎であった。

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