青春100%   作:完結の陽炎

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第46話「学費問題がバレたら最終手段」

 冬の冷たさはパソコンでも執筆でも手がかじかんでしまう。

 おかげで指に力が入らず動かしにくい事この上ない。

 そんな日常の悩みを抱く正太郎。

 終業式の帰りにちなみへ愚痴をこぼした。

 すると家に招かれて、クリスマスの前倒しにパソコン用の手袋ハンドウォーマーをプレゼントされる。

 その場で手書きを試して効果があった。

 

「悪いなちなみ、前倒しなんてさせてしまって」

「全然。大切なのは日程じゃなくて好きな人が喜ぶことだから」

 

 自分だけが前倒しであることを良しとしない。

 正太郎は一旦自宅へ帰ってから再びちなみの部屋へ戻る。

 そしてラッピングされた箱を渡した。

 

「ありがとう。開けていい?」

「どうぞ」

 

 包装を解いて中から取り出されたのはイヤーマフ。

 後ろから付けるふわふわタイプで、頭の上のように髪型が乱れることはない。

 これで耳の防寒となるだろう。

 去年に贈った定番のチェック柄マフラーは愛用されている。

 贈ったものを使ってくれるのは嬉しいものだ。

 

「これ、先日のデートで試着した時の……ありがとうしょーくん」

「今年も喜んでもらえて何より。ところで小学時代のクリスマスプレゼント、というかタイムカプセルってまだ持ってるのか?」

「もちろん……はい」

 

 ちなみが机の引き出しにしまってある鍵付きの箱。

 中には未来に向けた自分たちへの手紙が入っている。

 小学生の頃、内場の漫画にあるタイムカプセルを真似たものだ。

 

「しょーくんが鍵を預かってるよね?」

「ここにある。さっきのプレゼントと一緒に持って来たぜ」

 

 正太郎は鍵を差し込んで箱を開ける。

 茶色の封筒は正太郎、白色の封筒はちなみだ。

 お互いに開封をして高校生になった自分たちへのメッセージを確認した。

 

「成人だと長すぎ、中学生だと短すぎで高校生宛にしたんだよな」

「しょーくんはなんて書いたの?」

「ねーちゃんを超えて最強の小説家になっているという予言だ。今ここで小学生のオレに返事をするとしたら、脚本では勝ったが小説はまだ勝負中だから待ってろ、だな。ちなみはどうなんだ?」

「美鈴に負けない素敵なレディーになって、しょーくんの特別になりたい、かな」

「特別は当たってるが、美鈴に勝てたか?」

「うん!!」

「それは良かったな」

「……負けてたら、今こうしてしょーくんと一緒にいないよ」

 

 今度は大人になった自分へ向けて手紙を書く二人。

 それを箱に入れて鍵をかける。

 再び正太郎が鍵を、ちなみが箱を預かった。

 

「わたし、季節の中で冬が一番好き」

「ああ、オレも冬がお気に入りだ」

 

 その理由はお互いに一致している。

 寒いからこそ人肌が恋しくなってしまう。

 ベットの上で体を寄せ合って温かくなる。

 比較的にスキンシップがしやすい季節だ。

 

「あー毛布ぬくぬく、これいい」

「でへー、しょーくんと一緒、あったかーい」

 

 同じ毛布にくるまって温め合う。

 人をダメにしちゃうほどに心地よい。

 こたつから抜け出せなくなる気持ちと似ている。

 甘え合う恋人のひとときを過ごしていく。

 

 一方、正太郎の姉である綾は淳平の自宅にいる。

 冬休みの宿題を進めていくためだ。

 映制の撮影やクリスマスバイト等の予定が盛り沢山。

 できるだけ宿題を進めておく必要がある。

 こたつのおかげで足元が寒くならずに済んだ。

 しかしこたつの誘惑を侮ってはいけない。

 その温かさゆえに眠気を誘発してしまうから。

 

 ――ダメだ寝るな!! 寝たら死ぬぞ!!

 

 淳平は映画の雪山遭難シーンを思い浮かべる。

 そこから人肌で綾と温め合う妄想へと飛んでいく。

 理性ではスケベな淳平の思考を叱りつけるが効果は薄い。

 欲望がそそのかして綾に甘えてしまえと囁くから。

 長期戦では敵わない。

 短期戦で一気にケリをつけなければいけない。

 こたつの虜にされてしまっては負けだ。

 だが現実は非情である。

 淳平がうつ伏せでスヤスヤと居眠りへ突入。

 無防備な寝顔に綾の前に曝け出している。

 

「……」

 

 この時に綾がふと思い出すこと。

 映画対決で映研が映制に負けてしまったあの日。

 淳平が悔し涙を流し、それに綾が無力さに謝り泣いて、そして……。

 

 ――淳平くんから……キスされちゃった。

 

 東城の中で何らかのスイッチが入った。

 寝ている淳平の隣まで近寄る。

 まるで野生が慎重に獲物を狙うかのごとく。

 

 ――初めてだった……初めてが淳平くんで……嬉しかった。

 

 恋人として付き合っている事実。

 それが綾を大胆にさせていく。

 もっとワガママに、好きな人を欲してしまう。

 キスをされた初めての経験。

 ならば今度は……。

 

 ――淳平くんがいい……初めてする人……淳平くんがいい。

 

 淳平が起きている間にはできないこと。

 寝込みに迫る卑怯な行為はいけないこと。

 それでも好きな人を求めて進んでいく。

 

 ――神様許して。

 

 誰も見てなくてもお天道様は見てる。

 古来より日本人の精神として創造された道徳心。

 寝ている淳平の唇をそっと重ねる。

 誰もいない二人っきりの部屋で。

 綾だけが秘めた事実のつもりが。

 

「っ!!」

 

 淳平が綾の抱き着いて押し倒した。

 あまりに唐突ゆえに綾は言葉すら失う。

 

「……綾……」

 

 ビクッと綾の体がこわばってしまう。

 だが淳平は何もせずに寝息を立てている。

 目が覚めていたのではなく寝ぼけていたのだ。

 それを知った綾は安堵するも鼓動のドキドキは止まらない。

 今の淳平は夢を見ているのかもしれない。

 そこで自分の名前を呼んでくれた。

 好きな人の心に自分の存在がいてくれている。

 そんな都合のいい解釈で幸せに感じてしまう。

 

 ――今はこのまま……このままでいさせて。

 

 目をつぶって淳平の背中へそっと腕を回す。

 いけない事をしているかのような背徳感。

 それ故に想いが燃え上がって幸せを高めてしまう。

 

 実際に付き合っている恋人同士だから悪いも何もない。

 本人が嫌なら別だが、そうでなければ暗黙の合意だ。

 淳平は目が覚めて抱き合っている事に驚きを通り越す。

 現実逃避で夢だと思い込み、それなら好きにすればいいやと開き直る。

 しかし下手に動けば夢が終わりそうな気がしてしまう。

 理屈ではない。

 淳平の頬と綾の頬が寄せ合っている。

 とても目を合わせられない。

 互いの吐息を耳で感じ取っていた。

 

 ――綾が眠るまでこうしよう。

 

 事なかれ主義の淳平は持久戦を選択。

 問題は綾が寝てるか否かの判断である。

 顔を見ることは却下。

 自分が起きていることを綾に知られたくはない。

 

 ――あ、綾って胸が大きい。

 

 くっついているので胸の感触もダイレクトに伝わる。

 触ってみたい欲望はグッと耐えた。

 もぞもぞと動くたびに互いを意識し合ってしまう。

 終わりを告げたのは玄関のドアが開く音。

 淳平の母親が帰ってきて、我に返った二人はどちらともなく離れた。

 息子の宿題を見てもらっている綾にお礼を言う母。

 取り繕うように応対をする綾。

 そうこうしている内に今回の出来事が流されていく。

 お互いにやましい気持ちがあるからか。

 この事は触れないという暗黙の線引きが行なわれた。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 小説を書く際にリアリティを出したい正太郎。

 それならば、実体験に基づいた人の話が良い。

 お菓子作りにおいてはつかさが適任である。

 ちなみを連れて色々と話を聞いてみよう。

 ケーキの試食に誘われていたので丁度いい。

 つかさの部屋に招かれると、綾と淳平がいた。

 今回の試食メンバーはこの四人である。

 

「つーさん、実はこれこれしかじかで」

「まるまるうまうまと――って乗せても意味わかんないから!!」

「冗談は置いとくとして、創作でケーキ作りの描写をする時の参考にしようかと思って。お菓子の魔法使いを目指すつーさんが適任ッスよね?」

「それならあたしより日暮さんのほうが詳しいよ」

「でもひーさんは忙しいッスよね?」

 

 以前、パティスリー鶴屋の店主から孫の日暮龍一を紹介された。

 ひーさんとは日暮につけたあだ名である。

 若き天才パティシエで、高校生である正太郎のタメ口を受け入れてくれる。

 背が高く手に甘い匂いがする男。

 指が太めでガッチリとした体格で腕っぷしも強いらしい。

 

「今日はオフだよ。それであたしの家に来て、新作のケーキを教えてもらう予定なんだ」

「なるほど。オレとちなみ、カントクとねーちゃんの四人でそれを試食するッスね」

「楽しみだねしょーくん」

「ああ。最強のケーキが待ち遠しいぜ。きっと全回復できる美味しさに違いない」

「全回復って……東城、ゲームじゃないんだから」

「カントク、確かに空想と現実は別ッスよ。でも空想を応用すれば現実で活かせるッス。ソースはオレ。今までのオレの生き様がそれを証明しているッスよ」

「そ、そういうものか?」

「気にしないで淳平くん。正太郎はいつだって変な所あるから。ちょっとおバカな子なの」

「おいねーちゃん、子ども扱いすんなよ。それにバカって何だよ。それを言うならねーちゃんは奥手のビビり屋だろ。本当はもっとカントクに甘えたいくせに。カントクが寝てる隙にこっそりとキスなんてしたんじゃねーの?」

「っ!? な、なんでそれを――あっ!!」

「うわー、マジでやりやがったのか。悪いなカントク、こんな悪戯っ子なねーちゃんで。今度ねーちゃんが寝てる時にやり返せばいいから。別にそれで嫌われたりしないから大丈夫。逆にねーちゃん喜ぶし」

 

 寝てる時にキスをされた。

 それを知った淳平がうろたえてしまう。

 余計なことを言う正太郎にポカポカと叩く綾。

 つかさが温かく見守っている。

 ちなみは機会があれば自分も悪戯をしようと意味ありげに笑った。

 インターフォンが鳴ったので皆で玄関へ向かっていく。

 今回のケーキ作りで先生となる日暮龍一の参上である。

 

「どうもひーさん。やはり間近に見ると体格デカいし指も太い。迫力満点の大男だ」

「もぉ、失礼だよしょーくん」

「おう、今日も威勢がいいな青少年。西野くんから聞いたぞ。お菓子について知りたいんだってな?」

「いかにも。インターネットだと偏ったり間違った情報になることがあるから。実践する人の生情報はとっても重要なんだよ」

「熱心なのはいいことだ。それなら話を聞くよりも、実際に作ってみれば理解が深まるぞ」

「家事で料理は少しやるけど、ケーキ作りは未経験だぜ。初心者でも大丈夫か?」

「ああ。西野くんの後に教えてやろう。なにか作ってみたい菓子はあるか?」

「チョコレートケーキの王様って出来る?」

「ザッハトルテか。さては甘党だな。もちろん材料があればできるよ」

 

 つかさは日暮から必要な材料を確認。

 足りない分は言い出しっぺの正太郎が買い出しへ行く。

 ちなみもそれに同行。

 この間につかさが日暮に新作ケーキを教えてもらう。

 戦闘服という名のコックの服と帽子で本格派なスタイル。

 こうすることで気持ちの切り替えを行なっている日暮。

 淳平と綾は邪魔にならないよう、つかさの部屋で待機をした。

 しかし……。

 

 ――綾がキス……キスしたって……オレが寝てる時に……。

 

 意識をしてしまってドキドキが止まらない。

 綾の唇をチラチラと見てしまう。

 その視線に綾は気付いていて、同じく心臓が跳ね上がっている。

 

 ――西野はケーキ作りで当分来ないし。東城や端本も買い出しでしばらくは戻らない。い、今なら……。

 

 これはチャンスだと欲望の悪魔が囁く。

 理性の天使は人の家でいけない事だと自重を促す。

 悶々とした葛藤をしながら何もきっかけが掴めない。

 会話をしようにも上手く切り出せない。

 そんな困った時には正太郎をネタにすれば大抵は何とかなる。

 

「綾の弟って意外と甘いもの好きなんだな?」

「そ、そう? 正太郎は小さい頃からお菓子好きだよ。それで元気に回復するからって」

「まるでゲームみたいだ。綾の弟はイケメンだし、強くて頼れるイメージがあるんだよな」

「うーん、でもすぐ調子に乗っちゃって無茶するから。私はもうちょっと落ち着いてほしいかな」

「意外といえば、小宮山といる時が無邪気な感じですげぇビックリしたな」

「それはきっと、正太郎はお姉ちゃんよりもお兄ちゃんが欲しかったんじゃないかな?」

「そんなことはないだろ。今もお姉ちゃんを大事にしてるって」

 

 綾はなぜそう思うのか?

 それは従姉である遥のことを指している。

 もし綾が兄だったら、正太郎はお姉ちゃんとして遥を受け入れて懐いたはずだ。

 正太郎が力也を兄みたいに親しくするように。

 

「遥さんのことだったら、心底嫌ってるとは思えないんだよな。だって、着ぐるみ状態の東城が遥さんを助けたんだろ? 綾はそう聞いたんだよな?」

「う、うん。きっと遥お姉ちゃん、あの着ぐるみの正体に気付いている。その上でお礼を伝えてって私に言ったんだと思うの」

「きっと複雑なんだろうな」

 

 映画のドラマでも似たような人間関係を見ることがある。

 正太郎なりに色々と思う所があるのだろう。

 こうして弟の話題でぎこちない雰囲気から脱していく。

 

 一方、買い出し中の正太郎とちなみ。

 スーパーで購入した材料を袋に入れて店を出た。

 外は寒い冬の風で吐息が真っ白になる。

 冬用のコートや帽子、手袋などで着込んでも肌の露出する顔は冷たい。

 

「手袋越しで繋ぐと感覚が違うんだよな」

「あ、それならしょーくん。ちょっと手を離して手袋外して」

「うわ風が冷た!! で?」

「上着コートのポケットに入れて、そしてわたしも手袋を外してこうすれば」

 

 正太郎のコートポケット内に二人の露出した手が繋がっている。

 ねじポケつなぎという冬に有効な繋ぎ方だ。

 

「腕組みに近いな。歩調の合わせ方も似てる感覚だ」

「んっ……もぉしょーくんったらニギニギしちゃって、わたしの手はオモチャじゃないよ」

「別に。それよりちなみって強めが好みだよな? 痛くないの?」

「そのほうが愛情が伝わって幸せに感じるから」

 

 愛情や幸せなどがキーワードだったのか。

 正太郎がちなみの唇を意識してしまう。

 戻る前に満たしたい愛情の飢えを感じてしまった。

 

「ちょっと寄り道いい?」

「うんいいよ」

「……ここなら誰も見てないな?」

「冬に小さな公園にいる人って、中々いないからね」

 

 遊具の物陰で死角を作ってちなみに寄り添う。

 ポケット繋ぎをしているため抱きしめることはできない。

 その状態のままソフトな一瞬キスだけに留める。

 

「ねえしょーくん、もっとして」

「ダメだ。歯止めがきかなくなるから」

「そんなぁー、意地悪だよぉ」

「続きはちなみの家に帰ってから」

「そんな長くお預けなんてひどぉい」

「愛情の応急処置なんだから仕方ない。オレだって本当はもっとしたいんだ」

 

 ポケットの握る手で強弱をつけて抗議するちなみ。

 お返しでニギニギを繰り返す正太郎。

 そのたびにお互いの心が繋がっていることを実感する。

 

「とはいえお預けは長すぎるのは同意。何か妙案はないものか……」

「つかさ先輩のお家に戻ってラブラブする」

「人の家でそれはヤバいだろう。ヒッソリとやるにもねーちゃんとカントクがいるし」

「いない場所でしちゃえばバレないから」

「そんな都合のいい場所あるか?」

 

 ちなみが胸を張ってえっへんと威張っている。

 何か考えがあるようなので任せてみた。

 まずはつかさの家へ戻って材料を渡す。

 それからちなみに案内されたのだが――。

 

「……ちなみ」

「なにしょーくん?」

「入ってから言うのもアレだけどさ」

「ん?」

「ここトイレだぜ。明らかにおかしいだろ?」

「うーん、そうかな?」

 

 ちなみが知らないフリをしながら後ろ手で鍵をかける。

 つかさの家にあるトイレは車椅子を想定しているのか。

 割と広くバリアフリーが施されていた。

 

「なぜ鍵をかけた?」

「トイレにいるんだから鍵かけるの当たり前だよ」

「おい、何故にじり寄ってくる?」

「静かにしないとバレちゃうよ」

 

 小悪魔な笑みを浮かべるちなみ。

 正太郎は何とも言えない表情で便座に座る。

 完全な密室で逃げ場はない。

 

 ――入った時点で合意してるようなものだけどさ。

 

 風呂場や脱衣所、親の部屋など。

 他にもある中でなぜトイレを選んだのか?

 鍵をかけられて、誰にも邪魔が入らない場所だから。

 

「用を足すところで悪い事をしてる気分だぜ」

「合意の上ならOK」

「ここ使う人が来る可能性高いぜ」

「うん。だから早くお預けを済ませよう」

 

 背徳感を味わいながらのスキンシップ。

 我慢できない若気の至り。

 いけないと思いながらも雰囲気に呑まれてしまう。

 それからしばらくの時間が経過。

 トイレに立ち寄ろうとする淳平がやって来た。

 ドアを開けようとするも鍵がかかって入れない。

 中からの物音で一旦引き下がった。

 別に我慢できないほどではないので待つ。

 

 ――トイレ使ってるのは東城か? でも端本もいないよな?

 

 淳平がそんな事を思っている間。

 トイレの中では座り抱っこ状態の二人。

 開けようとしてきた音でドキドキが止まらない。

 鍵を掛けているのが分かっていてもスリルがある。

 正太郎はちなみの耳元で囁く。

 

「出る時どうするんだ? 二人同時はマズイだろ?」

「今の力強い音からきっと真中さんだよ。わたしが気を引くから、その隙にしょーくん出て」

「わかった。よろしく頼む」

 

 流し音を合図としてちなみが先に出た。

 淳平が待っている位置からは死角となっている。

 トイレの中にいる正太郎は見えていない。

 

「あ、真中さん。あっちの玄関にある傘立てって、お姉様の家にあるのと同じっぽくないですか?」

「え? そうだっけ?」

 

 淳平が玄関を見てる隙に正太郎がトイレから離れた。

 共演する間柄もあって連携プレイはお手の物である。

 お互いにサムズアップを交わしてつかさの部屋へ戻った。

 

「正太郎、今までどこにいたのよ?」

「別室で創作ネタを構想していたぜ」

「もおー、人の家で勝手に他の部屋へ行っちゃダメでしょ」

「小学時代の探検ごっこみたいなノリだぜ」

「なんでもノリで許されると思ったら大間違いだからね」

「まったく、カントクが見てないからって保護者ぶりやがって」

 

 淳平がトイレに行っているので弟の正太郎に遠慮がない。

 偉そうな姉だと反抗をしてみたくなる。

 そうこうする内につかさの新作ケーキ作りは完了。

 

 次は正太郎がエプロンと頭巾を借りて装着。

 希望をするザッハトルテを日暮が教えてくれた。

 作り方として大まかな工程は三つ。

 土台となるチョコのスポンジケーキを作る。

 焼き上げスポンジケーキにアプリコットジャムを塗る。

 ケーキの表面をチョコでコーティングをする。

 

「ひーさん、アプリコットってあんずと同じ?」

「そうだな。英名と和名で呼び方が違うだけと思っていい」

「へえー、ザッハトルテに欠かせない立役者だな」

 

 正太郎の学習能力が底知れない。

 黒川先生のおかげで覚醒された潜在能力。

 少し日暮が手本を見せて教えると再現度の高い模倣をしてくる。

 作り手の角度や速度など数学の計算をして解析をする。

 相手が何故その動作をするのか?

 そんな国語の読解力あるいは解釈力の分析も行なう。

 日暮の培ってきた歴史を探り、その相手になりきるようなものだ。

 場数をこなせばこなすほど、それが直感的に分かってくる。

 

「ケーキ作りの描写として、混ぜる・塗る・焼き上げるといった工程は外せない。最低限ここだけは要点として書いて、それをいかに読者に分かりやすく、かみ砕いて表現するかだな」

「将来は作家志望かい?」

「うーん、それはねーちゃんが向いてるかもな。オレは尊敬できるトップに、忠義や忠誠を尽くすのを楽しんでるぜ。秘書とか執事、マネージャーのような補佐役が性に合ってるかもしれないってな」

 

 正太郎は創作部部長をやっているので、トップがどれだけ責任重大かを身に染みている。

 少しでも判断を間違えたら、創作部の居場所を失い、廃部になってもおかしくない。

 部員が安心して創作を楽しめるように、それを守るために色々と立ち回っている。

 その辺りの苦労話を日暮に語ってしまう。

 

「でもまあ、この上に立つ経験は補佐役でも活かせると思ってるぜ。トップってこんなにも大変なんだなっていう気持ちがあれば、そのトップを支えてやりたくなるから」

「そうか。よく頑張ってて偉いな」

「これもまた修行。己を高めてレベルアップをする男のロマンってヤツだ」

 

 目指す道は違えど向上心が果てしないことは同じ。

 高校生にも色々あるんだと日暮は大いに感じ入った。

 そんな会話をしている内にザッハトルテを完成させる。

 

「ありがとうひーさん。若き天才パティシエで評判の腕前をとくと堪能したぜ」

「やれやれ。どっちが天才だか分からないな」

 

 どちらのケーキも皆で試食をして談笑となる。

 特に甘味好きの正太郎はこの上なく大喜び。

 ケーキ作りで脳を駆使して、糖分を求めていたから尚更であった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 クリスマスのパティスリー鶴屋の店先で店頭販売。

 積み上げたケーキの入った箱売り。

 売り子の唯とちなみがサンタ衣装、内場はトナカイ衣装。

 例外として雪だるまのマスコットキャラをした着ぐるみ。

 プラカードで宣伝をする楽しげな正太郎。

 クリスマスの雰囲気に当てられて踊ってしまうほどテンションが上がっている。

 そんな正太郎の頭部に後ろからプラカードで叩かれてしまう。

 振り返るとお揃いで雪だるまの着ぐるみをした美鈴がいた。

 真面目にやれというジェスチャーを示している。

 

「唯もあっちのほうが良かったかも」

「東城はノリノリやな。ほんで美鈴はいつも通りや」

「……ちょっと妬けちゃうな。お仕事だから仕方ないけど」

 

 唯・内場・美鈴・ちなみが各自で感想を口にした。

 店内ではつかさとヒロシが接客をする。

 

「ごめんね外村くん。この日ってシフト避ける人が多くて」

「気にしなくていいよ。まあ、クリスマスだから仕方ないさ。でも臨時が僕で本当にいいのかい?」

「事前研修で問題ないってさ。店主のお墨付きだから自信もちなよ。あとウエイター制服が似合ってるよ」

「それは光栄だね。西野もウエイトレス制服が可愛くて最高だよ」

「コラコラ、褒めるのは店の制服だけかい」

「この僕に中身まで褒めさせたら日が暮れてしまうよ。それでも構わなければ喜んで話すとしようか」

「それは黒川先生にしてあげたらいいんじゃない?」

「……僕の気持ちはバレバレかい?」

「悟らせまいとするほうが逆に不自然だから。頑張りたまえ若者よ」

「同い年同い年」

 

 ヒロシのツッコミにクスクスと笑うつかさ。

 そんな話もそこそこに来客があり真面目に対応をする。

 ヒロシも研修通りに従って仕事に励んでいく。

 外では売り子のサンタとトナカイ、そして雪だるまの着ぐるみで売り上げに貢献した。

 

 一方、淳平と綾は青都大の見学に来ている。

 クリスマスだから大学キャンパスのイルミネーションが印象的。

 淳平は芸術学部映像科の志望で、大学に入っても映画作りをして監督の夢を果たしたい。

 綾も同じ大学で一緒に夢を叶えていきたい意向がある。

 小説はいつでもどこでも書けるから。

 

「綾が行くとしたら文学部だよな? でも青都大は……」

「大丈夫だよ淳平くん。青都大で学びたい学部・学科があるから」

「えっ、そうなの?」

 

 綾が青都大で選択するのは心理学部心理学科。

 人の心に向けての興味が尽きないから。

 心理学を通じて小説を書くことにも活かす。

 淳平が思い悩んだ時にはカウンセラーとして力になれるかもしれない。

 

「小説を書いてる綾にピッタリかもな」

「正太郎みたいに上手く応用できるか。やってみないと分からない所はあるけど」

「挑戦しないと何も始まらないからな。オレは応援するよ」

「うん。ありがとう淳平くん」

「それにしても大学の学費高いよな。負担してくれる両親にマジ感謝だよ」

「私、後でちゃんとお礼言わないと」

「そうだな。オレも帰ったら礼を言っておこう」

 

 子どもの進路を支えてくれる両親への感謝。

 多感な年頃ゆえに照れくさくてお礼が言いにくいかもしれない。

 しかし流石にお金の問題は親の助けがないと厳しいから。

 お礼ぐらいは伝えるべきだと二人は思った。

 

 これに対して実際にお礼を伝えた双方の両親はどう反応したのか?

 不器用にも感謝を口にする息子の淳平が微笑ましかった。

 若い内に好きな事はやっておきなさい。

 一人前の社会人になって安心させてくれ。

 母と父の言葉に淳平は必ず夢の監督を実現させると誓う。

 一方、娘の綾に心からのお礼を言われた両親は複雑だ。

 息子の正太郎に対する負い目があるから。

 正太郎が姉に秘密とする気遣いが分かるだけに辛い。

 現実は中々親の理想通りにはいかないものである。

 当たり障りのない親の対応は、綾に違和感を覚えさせた。

 もしかして学費が払えないのではないかと不安になって問いかける。

 親は問題ないと嘘は言っていない。

 確かに綾の分だけなら負担はできるから。

 

「お父さんお母さん、本当に大丈夫なの? もし無理なら私、進学諦めてもーー」

「綾は気にしなくていいのよ。正太郎の気持ちを無駄にしないで」

「おい母さん、それはちょっと」

「あっ……」

 

 母の失言である。

 父が嗜めるも既に遅い。

 賢い綾はこれで理由が分かってしまった。

 向かう先は正太郎の部屋。

 夜の時間帯で既にクリスマスバイトから帰って来ている。

 

「正太郎!! なんで黙ってたの!?」

 

 その問い詰めで正太郎は全てを悟る。

 バレる時が来ることも想定をしていた。

 だから感情的な姉に平然と答える。

 

「聞かれなかったから」

「私が言わなかったらずっと隠すつもりだったの!!」

「なんでも教えてもらえると思うな。昔、ねーちゃんがオレに教えてくれたことだ」

「ふざけないで!! 私がそんな事されて喜ぶと思ったの!?」

「ずいぶんと弟の実力を見下してくれるぜ。特待生となるオレに対してもう少し敬意を払いな。互いに進学できる道があるんだから文句はあるまい」

 

 綾は何も知らずに進学する自分を許せない。

 そんな大事なことを隠していた両親と弟にも腹が立ってしまう。

 まるで蚊帳の外みたいで、一緒に解決策を考えさせてくれないのが悲しい。

 自分だけ平然と大学に通うことが恥ずかしくなってくる。

 

「金という現実問題だ。オレの学費免除でねーちゃんは問題なく進学できる。あ、先手打たせてもらうが、今更こっちに譲るなんて馬鹿な真似はすんなよ。カントクの夢を支える覚悟あるなら、これぐらいのことで諦めるな」

 

 正太郎は腕時計を外し本気状態で姉を説き伏せる。

 綾と淳平の幸せを守ろうとする弟の覚悟がそこにあった。

 だからこそ綾の感情がゴチャ混ぜになる。

 もはや嬉しいのか悲しいのかすらも分からない。

 

「ねーちゃんの小説、その才能は間違いなく最強だ。カントクを原動力としてから一気に創作レベルが跳ね上がった。ねーちゃん、恋愛ってすげえ可能性やパワー持ってるよな」

 

 正太郎は堂々と胸を張り、真っ直ぐに綾を見つめて逸らさない。

 綾も自分からは背けるものかを姉として意地を張る。

 

「これはねーちゃん超えを果たしたオレの新たな試練だ。見事これをクリアして、ちなみとの未来創作を夢に突き進んでいくぜ」

 

 正太郎の芯は強い。

 どんな障害があっても挫けずに前へ進む。

 問題解決能力にも優れており結果で証明していく。

 

「時々、私たちに血のつながりがあるのか疑う事ない?」

「その疑いはたびたびあるぜ。まあ仮に血のつながりがなくても、今更他人扱いできるか?」

「無理だよ。全然想像できない」

「まったくもって同感だ」

 

 淳平からすれば二人は姉弟で内面が似ていると言ってしまうが、当人同士だと似ていないと否定になる。

 第三者と自分たちでは見方が違うということだろう。

 共通の創作においても、心理描写や作風などで色々と異なっているから。

 

「カントクと一緒に夢と幸せを掴めるように頑張れ。オレがねーちゃんにしてやれるのはここまでだからな」

「正太郎……」

「誇りにしろよ。最強ねーちゃんの弟が最高の力をもって結果を叩き出してやるよ」

「……不公平だと思わないの?」

「それこそ実力でねじ伏せてやるさ。これもまた修行だと思えばワクワクするぜ」

 

 正太郎なら本気でやってのけるだろう。

 そう思わせるだけの意気込みを感じさせる。

 姉としてどうしても心配はしてしまうが、同時に頼もしく成長する弟が嬉しくなっていることも事実。

 そうさせたのがちなみとの恋愛であろうと理解もしている。

 

「お姉ちゃんが特待生になるから、正太郎は普通に入学して」

「それは不可能だ」

「なんでよ!?」

「青都大学の特待生は定員が少ない。慶法大学なら返還のない給付奨学金が充実している分まだ可能性が高い。そうなるとカントクと同じ大学に行くことができなくなってしまう。無理せずに親に出してもらえ」

 

 いくら説得しようとしても綾は頑なに受け入れない。

 このままでは大学進学を断念してもおかしくはない。

 奥の手を使うしかないかと正太郎は携帯を取り出す。

 

「もしもし天さん、夜分遅くに電話してごめん」

「何かトラブルでもあったのかい?」

「大学の学費問題でねーちゃんと揉めててさ。親が一人分しか出せないからねーちゃんに譲ってオレは特待生でやろうとしてるんだが、ねーちゃんがそれを良しとしなくてな」

「お姉さんからすれば弟に苦労かけさせて自分だけ、というのは許せないのだろうね」

「ねーちゃんはカントクと同じ青都大学志望で、そこの特待生は人数少ない狭き門だから正直厳しいと思うんだ」

「なるほど……そこにお姉さんいるなら代わってくれないか?」

「了解。ねーちゃん、天さんから話があるってさ」

 

 天地を巻き込んで綾は怒った様子を見せている。

 それでも話があると言われた以上は電話に出るしかない。

 

「す、すみません。弟が勝手に電話しちゃって」

「内緒にされたことでお怒りになる綾さんの気持ちはわかります。それを知られてしまうことで、綾さんが大学を諦めてしまうことを心配した彼の気持ちもわかります」

「あ、はい」

「彼が僕を頼るのは余程のことです。綾さんのように心優しい人として、僕を巻き込まないよう遠慮していたのでしょう。なんとも水臭い話だ」

「……はい」

「綾さん、彼の学費については天地家が支援しよう。その代わり、彼には高校卒業後、僕の秘書として住み込みで傍についてもらう」

「正太郎が秘書なんてできるのでしょうか?」

「実際に研修をしてみたところ、吞み込みが早く取引先にも顔を覚えられている。意欲的に学んで実践する所はとても好感がもてるよ」

「そ、そうですか」

「綾さんの分も支援できるが、それでは綾さんもご両親もさすがに心苦しくなるだろう。僕は彼の可能性に投資をするのだから、この支援に対して申し訳なく思う必要はない」

 

 綾としては分かりましたと返事をするしかない。

 弟をそこまで高く評価してくれることを嬉しく思い、同時に照れくさくもあった。

 正太郎に電話を代わるように言われて綾がそれに従う。

 先ほどの説明をするためだ。

 

「自立したいと思っていたから住み込みはオレも望む所。秘書として天さんに忠義を尽くし、己のレベルを高めていくことにも異存はない」

「いい返事が聞けて嬉しい限りだよ。他に何か質問はあるかい?」

「大いにある。まず住み込みの場所だ。それによって進学先も変わってくる」

「京都だ。そこに天地家が所有する屋敷がある」

「……さっちゃんから聞いた話だけどさ。親戚が京都のとある料亭を営んでいて、そこの女将候補として誘われているらしいね」

「さぞ素敵な女将となるだろう。僕はとても楽しみにしているよ」

「察したから京都を選んだ理由は聞かないでおく。そうなると必然的に進学先は京大か。文系と理系、両方とも自由に学べる大学として興味は大いにあるぜ」

「総合人間学部は幅広く学びたい君に合うだろうね」

「天さんは経済学部かな?」

「ああ、学業と家業のバランスを取るのにいい学部だよ」

 

 正太郎は乗るつもりでいるが問題はちなみだ。

 それを理解している天地が続けて言った。

 

「屋敷はそれなりに広い。住み込みの家政婦を確保しておきたいのだが、誰か心当たりはないかね?」

「天さんはホント人としての器がデカイな。あとで本人の意思を確認して返事するよ」

「間違いなく乗るだろう。さもなくば僕が君を独占することになるからね」

「金持ち恐るべし」

 

 あとでちなみに確認をしたら即答で応じた。

 天地の予想通りである。

 これで綾は学費を気にせず大学へ行けるようになった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 今年の冬休みは忙しい日々を過ごした。

 宿題をちなみと一緒にやりこなし。

 

「えへへ、しょーくんと二人っきりで勉強会」

 

 映制で冬の撮影を美鈴という監督の下で積み立て。

 

「はいカット!!」

 

 空手道場でさつきを審判に、天地との組手でギリギリの攻防戦で勝ちを拾い。

 

「僕の負け越しか。まだまだ精進が足りないようだ」

 

 弟子の中間に久しぶりの勉強と創作の指導を行ない。

 

「師匠、来年は受験生として泉坂高校を目指して頑張るよ」

 

 内場の部屋で描かれた漫画を読ませてもらい。

 

「東城、頼むから僕の描いた漫画のマネは勘弁やで。あれはホンマにハズイんや」

 

 姉との交換日記で創作された短編小説を二次創作でやり返してみたり。

 

「創作部の部長として色々頑張ってるみたいだけど、無茶だけはしないでよ」

 

 淳平の家に遊びに来て、姉をよろしく頼んでみたり。

 

「わかった。でも東城からにーちゃんと呼ばれるのはマジ戸惑うから、カントクにしてくれ」

 

 自室のノートパソコンで年明け以降の計画を構想も行なった。

 

 ――資格取得・映制の映画作り・創作部の活動・天さんの秘書・その他諸々。

 

 やることが一杯あるのはある意味で幸せなことかもしれない。

 分割をして少しずつこなせば何とかなるものだ。

 場合によっては取捨選択も辞さない覚悟である。

 

 ――それはそれとして年末年始はどうしようかな?

 

 ちなみは海外出張の父親が帰ってくる。

 その日ぐらいは親孝行しようと家族と過ごす予定だ。

 

 ――天さんはさっちゃんと初詣デートでテンション上がってたな。

 

 独立を目指して色々と立ち回っている天地。

 だからといってさつきとの思い出作りを逃がす訳がない。

 抜け目がないというべきか。

 

 ――内場と美鈴、ねーちゃんとカントク、唯と勇、コミさんと妄想使いも似たようなものだな。

 

 いずれのカップルも正月だから好きな人と過ごすだろう。

 例外はつかさで、両親とパリ旅行で年末年始を過ごすとのこと。

 日暮がフランスで修行をたびたびしているから会うこともありそうだ。

 

 ――お土産を買ってくれるみたいだし、フランスのお菓子は楽しみ。

 

 完全にフリーとなった正太郎。

 弟子の中間を面倒見るのも悪くはないが。

 

 ――せっかくの休暇みたいな感じだし、あえて一人で過ごしてみるか。

 

 小学時代のような冒険がいいかもしれない。

 見知らない場所でもマッピングをして気を付ければ迷子を予防できる。

 創作のネタとしても何らかの足しとなるだろう。

 

 正月に厚着スタイルで見知らない場所へ向かって冒険をスタート。

 温かい飲物を魔法瓶に入れて回復アイテムのおやつにも余念はない。

 そんな小荷物を背負って旅人となる正太郎。

 その心がワクワクに満ち溢れていた。

 

 ――小さい頃の猫や鳥の冒険小説を思い出すぜ。

 

 生まれ変われるなら神出鬼没な猫となって世の中を冒険したい。

 そんな無邪気な願望も心のどこかであった。

 鳥になって自由に世界を飛び回って見るのも捨てがたい。

 あくまでリスクのない夢物語としてだ。

 現実は弱肉強食で過酷だから都合よく楽しめるはずもないが。

 

 ――ねーちゃんはその辺りの冒険も幻想的に書く天才だ。オレにはあれだけの美しい描写はできんし思いつかん。二次創作もどきでやり返すしかなかったぜ。

 

 未知なる公園、住宅街、高速道路沿い、シャッター商店街など。

 正月休みが多い中、人混みを避けての歩き旅を続けていく。

 解放感に満たされながら、自分の過去を振り返り見つめ直す。

 

 ――オリジナル書くようになったのは、ヒロシ兄さんの写真から始まって。ちなみの日記小説で足掛かりにして……それでもねーちゃんに比べたら作品数として少ないな。

 

 原作があるほうが設定や世界観など用意されているから書きやすい。

 無から有を生み出すオリジナルは多少苦手かもしれない。

 少なくとも得意分野であるとは胸を張って言えない。

 

 ――ねーちゃんに脚本で勝てたのが良かった。皆の力で勝ち得たってのが最高だった。

 

 しかし正太郎は心のどこかで感じている。

 純粋な小説の真っ向勝負では負けるだろうと。

 姉が受賞して自分が落ちる未来を想像してしまう。

 

 ――まあ、あんな精神的にイカれた小説が通ったらそれはそれでヤバいけどな。

 

 表向きはそう見せないように書いている。

 夢に向かって一生懸命に頑張ったけどダメだった。

 それだけの単純なお話である。

 

 ――まともな精神じゃない裏設定。それを演じ切ったちなみが素直にスゴイ。ちなみもそういう狂気を持ってるってことだよな。だからオレとちなみは気が合うのかもしれない。

 

 綾の創作する原動力は淳平にある。

 そこに疑いの余地はない。

 では正太郎の原動力はどこにあるのか?

 

 ――ねーちゃん超えという野望は果たした。だからオレが創作する原動力はなくなる訳だが。

 

 姉と同じように当てはめるなら、正太郎が創作をする原動力の対象がちなみとなる。

 それで綾の恋愛と才能を融合させた創作力に対抗できるのか?

 

 ――そもそもオレはオリジナルより二次創作が圧倒的に多い。創作者というよりも編集者って感じだ。もしかして、オレはそっち方面に強いってことか?

 

 原作の持ち味をより引き出させたい。

 そんなエゴが正太郎の原動力かもしれない。

 事実、今の綾が作った脚本の編集も自分に合っている。

 

 ――そういう事か。オレって原作の改造が楽しくて好きなんだ。受験の時もそうだった。

 

 分かってしまえば何てことはない。

 己を見つめ直す旅はいいものだ。

 原点に立ち戻って考えることができるから。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 月日が流れて冬の3学期が過ぎていく。

 卒業するまでに秘書・英語・パソコンの上級は取っておきたい。

 階級の数値なら1級を目指したいところ。

 去年の2学期には初級から手をつけて取得済み。

 徐々に上げてレベルアップをする過程を楽しみたいから。

 必然的に次は中級をターゲットに狙い撃ちである。

 

 ーー美鈴は英語の資格を中級ぐらいから入ってコンピューター系は国家資格に手を伸ばしたか。

 

 コンピューターと美鈴との相性が良く、理系タイプかもしれない。

 もはや正太郎ではまともに太刀打ちできない。

 英語にしても、その気になればもっと上を目指せるはずだ。

 

 ーーまったく慢心なんて出来ないぜ。上には上がいることをつくづく思い知らされる。

 

 今でも対抗意識から禅問答という名で勝負をしている。

 それでも呆気なくスラスラ解かれてしまう。

 正太郎のプライドはとっくの昔に木っ端微塵だ。

 美鈴のスピードにギリギリついていくのがやっとである。

 

 美鈴の視点で正太郎はどう映っているのか?

 やればやるほど改善をして成長する恐ろしさ。

 本気状態の正太郎に何度もスリルを味わっている。

 それでつい美鈴も手加減なしで即答をしたり、倍返しで問題を出したりで圧倒する。

 互角だと思わせてしまってはいけない。

 あともう少しとなれば正太郎がムキになってしまう。

 それで無理して倒れられては目も当てられない。

 だから容赦なく叩き潰すぐらいがちょうどいいのである。

 

 ――三部同盟の良好関係を継続させるのも大変だな。

 

 創作部・書道部・美術部に共通しているのは創作物であること。

 自らの手で作品を完成させるのは同じだ。

 困った時はお互い様。

 万が一、部室の明け渡しを食らっても居場所の確保は約束されている。

 

 ――前部長は慶法大学文学部へ進学か。名門として知名度の高い所だ。

 

 ちなみの話では真紀も前部長と同じ大学かつ学部である。

 この二人の関係についての噂もあるが真偽は定かではない。

 

 ――ねーちゃんはカントクと同じ青都大で心理学を専攻か。

 

 交換日記を通じて知っている。

 創作の心臓部となる心理描写に活かすつもりだろう。

 それもまた一つの選択肢だ。

 

 ――冬の撮影はあらかた片付いた。とりあえずは順調だな。

 

 まだ春と夏が残っているので油断はできない。

 時間を味方につけることが肝要。

 和館の部室で美鈴・内場・ちなみ・正太郎・唯・勇の6名が集まっている。

 そこで唯からこのメンバーで遊びに行こうと発案してきた。

 昼休みによく集まっているメンバーだが全員で出かける機会はほとんどない。

 たまには息抜きしてもいいでしょうという唯の主張にちなみが賛成に回る。

 トリプルデートも楽しそうだからと。

 正太郎は末端冷え性である勇を気に掛けた。

 

「勇は断りそうだな。寒いから無理って感じで」

「そういう東城はどうなんだよ?」

「寒い屋外は流石にオレもキツイ。だから屋内に限定するなら受けてもいいと思うぜ。唯はピアノの作曲で頑張ってくれてるし、その労いも兼ねて」

「勇の労いは?」

「唯からカイロを忍ばせられるタイプの手袋をプレゼントされてないか?」

「クリスマスにもらった。あれは東城の入れ知恵だったのか?」

「アドバイスはしたぜ。それで効果はどうよ?」

「何もしてないよりはいい」

「靴下に貼るタイプまたは靴に入れるタイプのカイロは?」

「張るタイプ使ってる。入れるだけだとズレることがあるからな」

 

 唯がごり押しをしたら勇は受けるだろう。

 屋内という条件をつければ折り合いとなる。

 正太郎は内場にも確認をした。

 

「書斎で漫画描きというイメージのある内場。この真冬に遊びに行くはキツイか?」

「僕は引きこもりちゃうで。建物の中なら寒くないやろうし、たまにはそういうのもええ思うとる」

「相変わらず寛容というか受け入れが早い。そうでなくては美鈴のパートナーは務まらんという訳か」

「アンタ、それどういう意味よ?」

「美鈴の想像に任せる。それより、美鈴としては唯の提案は呑めるのか?」

「そうね……唯、今度の休みなら構わないわよ」

「やったー!! 次の休みが楽しみだよぉ!!」

 

 休日の約束をした後、具体的な所を話し合う。

 各自でそれぞれに行きたい所を挙げてもらった。

 

「唯は可愛いグッズのある雑貨店」

「僕は漫画がある所ならどこでもええで」

「温かいコーヒーが飲みたい気分よ。それさえあればどこでもいいわ」

「カラオケ。しょーくんの歌声が聞きたい」

「特に行きたい所はないぞ。ピアノしか勇は思いつかない」

 

 正太郎はメモでまとめる。

 大型のショッピングモールなら大体の要望が叶うかもしれない。

 そうすれば屋内で過ごせて外の移動による寒さのダメージを最小限に抑えられる。

 そのように正太郎が発言するとちなみが問いかけた。

 

「しょーくんは行きたい所ないの?」

「和菓子屋」

「アンタが甘党なのは知ってるけど、何で和菓子なのよ?」

「いいか美鈴。オレは洋菓子といえばケーキと即答できるが、和菓子は悩む。コレだという和菓子を見つけていないからだ」

「うんうん、和菓子もいっぱいあって選ぶの大変だよね。唯もどれが一番か悩んじゃうよ」

「このメンバーで甘いものが苦手なのは内場と勇だったな?」

「僕は単品なら甘さ控えめで、コーヒーがあるなら普通に甘くても食えるで」

「勇が好む菓子は手軽に食えるスナックや煎餅だ」

 

 和館の書斎にあるパソコンで美鈴が調べてくれる。

 駅に直結した商業施設として立地を重視して決めた。

 該当する駅の改札付近で待ち合わせにして一同が同意。

 こうして休みの日を迎えていくのである。

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