青春100% 作:完結の陽炎
休みの日から混み合っている現実。
考える事は皆同じということだろう。
人の混雑に対しての反応は二通り。
賑わいを楽しめる者とストレスに感じる者だ。
前者は唯、後者は勇で真逆となっている。
「ほらほらゆーくん!! すっごい人で一杯だよぉ!!」
「なんで唯はそんなに元気なんだよ。勇は混雑でうんざりしてるのに」
「だってお祭りみたいで楽しいじゃん!! ワクワクしちゃうよ!!」
「勇はそのノリについていけない」
案内板の地図を確認するのは美鈴と正太郎。
行き先の段取りは事前に済ませて最終確認をしている。
それを傍で見守るのが内場とちなみだ。
「思った通り混雑してるわね」
「それで精神ダメージを受けてる勇も予想通り。やはり序盤からカラオケで混雑の回避とストレス発散で進めよう」
「皆、それでいい? 問題があるなら言っておきなさいよ」
「僕はええで」
「わたしもいいよ」
「唯もOK!!」
「……勇が混雑苦手って言った覚えないぞ?」
「オレの観察力を甘く見るなよ。それぐらいは普通に見抜けるぜ」
「いや普通じゃねーよ」
勇のツッコミをよそにカラオケの部屋へ向かう。
場を盛り上げるため、一番槍として正太郎が英語で歌を始めた。
勇がピアノ演奏をしてセッションをした曲である。
フルバージョンでも手加減モードで歌い切れるように訓練済み。
次はちなみにマイクを渡す。
癒し系の曲をリクエストして、正太郎の滾りを落ち着かせる作戦だ。
「サンキューちなみ。初っ端から本気出して、後半でバテバテするのは避けたいからな」
「しょーくんの歌、素敵だったから感謝と愛情を沢山込めたよ」
「はいはーい!! 次は唯とゆーくんで歌う!!」
小柄な体でどれだけのパワーを持っているのか。
勇が抵抗する間もなく唯に引っ張られてしまって一緒に歌う。
ピアノと連弾のごとく唯がリードしていった。
「漫画をアニメ化された曲は……あ、これやな」
「どれだよ内場……あ、これって原作小説があって、そこから漫画やアニメにもなったヤツか」
「せやで。元ネタは確かに小説みたいやな。僕は漫画から入ったクチやけど。ほな南戸たちの次ちゅう事で登録しとくで」
「あとは美鈴か……任侠映画の演歌とは渋いな」
「なによ文句でもある?」
「まったくない。盃シーンが印象的で唯とマネしたのが懐かしいと思った」
ちょうどオレンジジュースを注文して飲んでいる正太郎。
その当時のことが昨日の事のように思い出せた。
唯と勇の歌が終わって席に戻り、今度は内場がマイクを握る。
「転校で遠くに行った唯に入れ替わるようにして、ちなみがこっち側に転校してきたんだよな」
「そうなのか? 東城たちと唯は昔からの幼馴染じゃなかったのか?」
「幼馴染だぜ。転校してからも唯は夏休みや冬休みなどの長期休みだけ、美鈴の家に滞在してオレたちと付き合いがあったからな」
勇だけは高校からの関わりになるため、正太郎たちの経緯を知らない。
そのことに勇が少しばかり寂しさを覚えてしまった。
もっと早く出会いたかったというのがあるのだろう。
「案ずるな勇。付き合いは長さじゃなく密度だ。美鈴から呼んだ恋愛小説の格言でもあるぜ」
「べ、別に勇は羨ましくなんて思ってないぞ」
「むしろ短い時間で唯から気に入られる勇のほうがスゴイぜ。ピアノ繋がり恐るべしだ」
「んー、気に入ったっていうか。なんか唯がいないとゆーくんの食生活がヤバい感じだから」
「うるさい。カワイイお洒落か何か知らねえがな、スカート履いて色気に突っ走るほうがヤバい感じだろうが」
「うわー、ここにスケベがいるよ。ゆーくんってばやーらしー」
冬でもおしゃれを楽しみたい唯。
スカートで厚手のストッキングをはいている。
女子高生で若いから寒くても慣れるというのがありそうだ。
「なあ東城、昔から唯はこうだったのか?」
「後ろから不意打ちを仕掛けるニンジャではあった。おそらく前世は闇の世界に生きる暗殺者だったのだろう」
「しょーたろ、なんかカッコ良さそうに言ってるけど、唯はもっとカワイイ前世がいいなぁー」
「たとえば?」
「童話に出てくるお姫様とか、アニメに出てくる魔法少女とか、映画ドラマのヒロインとか」
「唯は姫という堅苦しい立場は苦手だろ? 魔法の遠距離よりも物理の接近戦が唯には合っている。どうしても遠距離の攻めがしたいなら手裏剣のような投擲もあるぜ。あとヒロインについてだが、唯はサブヒロインで輝くタイプだと分析するぜ」
「うーん、言われてみるとそうかも。しょーたろって頭いいよね」
「目の前にオレよりも頭がいい誰かさんがいる訳だが?」
露骨に美鈴に向けて唯に合図を送る。
向こうを見ろと言わんばかりに。
それに応じて美鈴が鋭く目付きで射抜いてきた。
「なによ? 言いたい事があるならハッキリ言いなさい」
「昔話になるけどさ。転校したばかりのちなみに美鈴はかなり警戒してたな?」
「そう? あたしはいつも通り、何も変わらなかったと思うわ」
「あんまり好きじゃなかった、ってちなみから聞いてるけど?」
「……忘れたわ」
「初めて会った時は様子見していたな。逆の立場ならオレも同じようにしただろう。いきなり悪目立ちなんてしたくないし」
そう言って勇に目を向ける。
自己紹介で彼女募集中をやらかした事実。
勇は黒歴史とばかりに顔を背けてしまう。
そして無かった事にしようと言葉を発する。
「東城は端本と付き合ってるって聞いてる。でも勇は詳しいことを知らない」
「付き合い始めが中学時代で、きっかけは思春期による探求心から。ちなみが全力で口説いてきたから、オレも本気で相手する形で向き合った。決定打は恋人がするようなスキンシップだな」
要約すれば正太郎が言った通りとなる。
足りない補足はちなみが大いに語ってくれた。
美化されている点も多々あるが概ね間違ってはいない。
そうしている間に内場が歌い終えてマイクを美鈴へ渡した。
「なんや昔話で盛り上がっとるな。ああ、端本との同盟は今でもハッキリ覚えとるで」
「ちなみがそこまで美鈴を実力を高く評価していたとはな。唯もそういう風に見えてしまうか?」
「実際、美鈴はスゴイじゃん。だから当時のちなみが不安になった気持ちは理解できるよ。とっても切ない感じがしたからね」
「内場はちなみと同盟を組んでから、美鈴に対して積極的になったな。おかげで美鈴のことは内場に任せる方向で心が傾いた。頭で思い浮かんでも全く違和感なかったしな」
「せやけど東城、今更な気もするけど、美鈴が東城に気があったらどないするつもりやったんや?」
「親子感情を恋愛感情に変えさせる。これができるのはちなみだけだ。美鈴はそこまで大胆な行動がとれない。実際に付き合っている内場が一番よく分かっているはずだ」
決定打に欠けてしまうので成立しなかった。
最終的に正太郎を振り向かせられるのはちなみしかいない。
プライドの高い美鈴では遠回しのアピールが関の山である。
「創作家として頭の中で相手になりきるオレと、役者として行動で相手を演じるちなみ。その本質は同じだと思う。ちなみは誰よりもオレを理解し、オレは誰よりもちなみを理解する。少なくともオレはそう心掛けしている。でないと、ちなみを視点にした小説が書けないからな」
「……東城」
「なんだ勇?」
「熱く語ってくれるのは別にいいんだけど、ちょっと大胆過ぎないか?」
勇の指摘は何を指しているのか?
それは正太郎の膝の上にちなみが座っているから。
ちなみの後ろから正太郎が抱っこしている体勢である。
「冬の寒さでもっとくっつきたい願望が強く出るからな。人前で遠慮するべきという言い分は分かるが、このメンバーならいいかという開き直りがあるのだろう。あとついでに言っておくと、オレが熱く語ってしまうのは、そうしないと変な気分になりそうだから」
「勇、ここはあえてスルーやで。突っ込んだら負けや」
「そ、そうなのか?」
「いいなー。唯もーー」
「ダメだ。重くなるから乗ろうとすんな。逆に乗るぞこんにゃろ」
「ひどーい唯は重くないもん!! あと唯に乗るってなに!! やっぱりゆーくんはエッチだよ!!」
「ばっきゃろー!! 男のエロスを甘く見るんじゃねー!!」
内場が慣れた様子で間に入って二人を落ち着かせた。
長年の経験から仲裁役が板についてしまっている。
カラオケでテンションが上がっていったことは確かだ。
その後、雑貨屋で可愛い物グッズを見に行く。
唯はぬいぐるみコーナーに興味津々。特に抱っこできるクマのぬいぐるみがとても欲しがって分かりやすい。
ちなみはヘアオイルやハンドクリーム、リップなど容姿を引き立たせる美容品を気にかけた。その容器の可愛いデザインにもこだわり、使う時のワクワク感も大切にしている。
美鈴は食器類、ハンカチ、タオルなど日常的に使うものを見て回った。森林や海、あるいは春夏秋冬の花や雪など自然系なデザインがお好みのようだ。
男三人はそれらを邪魔しないように温かく見守る。
「勇、次のプレゼントが決まったな。露骨に勇をチラチラ見て欲しいアピールしてたし」
「ったく子どもかよ。東城の彼女は化粧品か。そっちはマジ女って感じのチョイスしてんな」
「より美しくなりたい女の子の強い願望がよく出ているぜ。さて内場の彼女である美鈴のほうは、実用性を兼ねつつも自然モノのデザインで心を癒す感じが見て取れるな」
「せやな。美鈴は見晴らしのええ景色とか好むし、自然モノが狙い目になるのは確かや」
一通り雑貨屋を見た後、混雑回避のため少し早めに喫茶店で軽食を取る。
その後、規模の大きい書店で男三人は各自のジャンルを選んで調べ回る。内場は漫画、勇はピアノ関連の書物、正太郎は小説全般である。
今度は女三人がモール内の書店入り口近くで会話をしていた。
「どうやったら美鈴みたいに美人になったり、ちなみみたいに可愛くなれるかな?」
「規則正しい生活、栄養バランスがとれた食事と適度な運動でしょう。少なくとも夜更かしはダメね。お肌にも悪いから」
「自分がカワイイと思えることを色々試して好きな人に見てもらうこと」
「美鈴、それは美人というより健康に向けての模範解答っぽいよ。ちなみは試して失敗する不安とかないの?」
「全然。失敗しても改善すればいいだけ。それを恐れてたら何も出来なくなるよ」
「なんか考え方がしょーたろみたい。付き合ってたらそういうのって似てくるのかなぁ?」
「唯たちも掛け合いのテンションが似てるし、そういうものじゃない?」
「そうかな? でもあれはゆーくんが悪いんだよ。おとうさんみたいに子ども扱いしてさ」
書店の後は正太郎の要望を叶えようと和菓子の常設店へ足を運ぶ。
全国チェーン店で昔ながらの材料で手作りの和菓子が陳列されていた。
出来立ての甘い香りと甘美な見た目が食欲を刺激する。
――饅頭・団子・どら焼きで調べるか。
その場で食べて試したいのでおはぎは除外とする。
店内での召しあがりは客の混雑もあってテイクアウトの一択。
定番の単品で購入をして、正太郎はちなみと半分にして食べた。
共有したほうが美味しく感じる。
和菓子の決め手探しにも協力してもらった。
「饅頭とどら焼きが食べやすい。団子は粉でもタレでも落ちそうだよ」
「確かに。それなら和菓子といえば饅頭という方向で。種類も豊富だし」
大きな枠組みだけ決まればそれで充分である。
洋菓子のケーキにしても、和菓子の饅頭にしても。
どちらも細かく分ければ際限がないほどに広がっていくから。
「いいなぁ。唯もお菓子食べたくなってきたよぉ」
「そんなにチラチラ見るな。勇は甘いものが苦手だ」
「知ってるよ。ゆーくんの家、スナック菓子とかお煎餅とか置いてあったし。あ、唯もスナック菓子はよく食べるよ。ポテトで定番なうす塩とか」
「のり塩も捨てがたい」
唯と勇でポテト談義になってしまう。
つまんで食べられる気軽さは魅力的だ。
シェアもしやすく値段も手ごろである。
「僕と美鈴は食べ歩きよりも座ってのんびり食べる派やな」
「そーね。食事はゆっくり味わいたいから」
美鈴と内場は持ち帰りよりも店内で食べることのほうが多い。
店内のインテリアも食事の味を引き立たせるものとして含まれるからだ。
和菓子を堪能した後、自由に弾けるモール内のストリートピアノへ移動をする。
「ほ、本当にやるのか?」
「大丈夫だって。唯がちゃんとリードするから」
人前で緊張をする勇だが唯にごり押しされる。
一緒に指慣らしから入って弾いていく。
本人の思った以上に集中ができていた。
純粋なピアノ好きを感じさせる。
その楽しむ勇の表情を誰よりも近くで見ていたい。
サポートする唯の演奏がそれを物語っていた。
――この二人だから出来る演奏。こっちまで幸せを感じさせる素晴らしい関係だ。
正太郎は感慨深くなった。
人生何が起きるか分からないものである。
ちなみもしみじみと感じ入っているようだ。
美鈴と内場もどことなく嬉しそうにしている。
友達の幸せを祝福しているようだ。
こうして唯と勇の連弾でトリプルデートの心地よい閉幕を迎えた。
………………。
…………。
……。
バレンタインに向けて、購入組と手作り組に分かれる。
購入組はさつきを筆頭として、唯とこずえである。
せっかくなので三人で集まり、それぞれ選ぶ楽しさを堪能。
贈る相手が決まっているので、どういうものを買えばいいのかも見えてくる。
「へえー、唯は煎餅セットかい?」
「うん。普段のスナック菓子よりもちょっと贅沢な感じ。ゆーくんは煎餅好きだし」
「北大路さんは何を買うんですか?」
「既に取り寄せ注文をして、あとは受け取るだけだよ」
「そうなんですか? 参考までにどんなものを買ったか教えてもらってもいいですか?」
「いいよ。あたしが取り寄せたのは、携帯用の革製な靴ベラだ。金属の靴ベラを持ってるみたいだけど、なんか金属って冷たそうだしさ」
天地の靴を履くところを見かけることがある。
かかとが潰れないように携帯用の靴ベラを差し込んで使う。
そのコンパクトな金属の靴ベラが印象に残って仕方がなかった。
「そういう向井はどうするんだ?」
「えっと……色合いのあるイチゴのチョコレートを」
「それいいじゃん。唯もそう思わない?」
「うん。きっと小宮山先輩、大喜びで受け取ってくれるよ」
「あ、ありがとう」
一方、手作り組はつかさを先生として、綾・美鈴・ちなみがつかさの台所へ集まる。
既に材料は購入済み。
綾に関しては刃物禁止となっているので、必要な所はつかさが手伝った。
見栄えで崩れにくい装飾の工夫も、つかさの指導で問題がないようにする。
「これでうっかり落としても変に崩れたりしないはずだよ」
「お、落とさないよ……多分」
「はいはい。次は美鈴ちゃんかな?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
コーヒーに合う一口サイズのチョコ袋詰め。
星や月など型抜きにして目でも楽しめるようにしたい。
事前に要望は聞いているので型抜きを用意して整えた。
ラッピングまで抜かりなくつかさが教えてくれる。
「つかさ先輩、ありがとうございました」
「どういたしまして。お役に立てて何よりってね」
「最後はわたしです」
ちなみは和菓子と洋菓子を組み合わせての白玉団子チョコを作る。
和洋折衷として、つかさも創作ケーキをする上でいい刺激になった。
盛り付けや箱詰めラッピングでつかさの補佐でどうにか形にできる。
バレンタイン当日になっていつどのタイミングで渡すのか?
学校内か? 下校時か? 家に赴く又は招待するのか?
それは各自によって様々であり十人十色だ。
時間的に誰よりも一番早く渡したのは唯である。
勇の家で朝ごはん作りのついでに贈ったという形だから。
勇は大いに照れながらもぎこちないお礼を言う。
「ホワイトデー楽しみにしてるね」
「そういう催促は心の中に留めておけよ」
「言葉に出さないと忘れられてしまいそうだし」
「そこまで勇は薄情じゃないぞ」
次に校内で手早く渡したのがさつき。
シンプル思考ゆえに遠慮もしない。
堂々と天地のクラスへ乗り込んでプレゼントをしたのだ。
天地は感動の余りに涙する。
「あ、ありがとうございますさつきさん!! 一生大切にします!!」
「まったく大げさだな。でも喜んでもらえたならあたしも選んだ甲斐があるってものだ」
毎回会いに来てくれる力也にそっと渡すこずえ。
気恥ずかしさもあって言葉は出せない。
でも手渡しをするだけで力也は狂喜乱舞である。
「うひょー!! さいこぉおおおおおおお!!」
「あわわっ、力也さんがこんなに喜んでくれて。あたしも嬉しい」
昼休みにいつもの踊り場で集まる正太郎たち。
そこで弁当を食べ終えた後にちなみからの手渡しが入る。
丁寧に受け取って正太郎は応じた。
「ありがとうなちなみ。ホワイトデーの意味は適用したほうがいい? マシュマロやグミ、ハンカチはNGだったな?」
「しょーくんがわたしのことを考えて贈るものなら何でもいいよ」
「そういうことなら了解。ホワイトデーを楽しみにして待ってるといい」
これに続けとばかりに美鈴が指先で内場の体をツンツンする。
それに反応した内場の目の前にプレゼントの包装。
内場は優しく笑顔で受けとった。
「おおきに美鈴」
「べ、別にこれぐらい大した事ないわ」
「帰りに僕の部屋に寄っててや。ちょうどええコーヒーを用意しとるし、一緒してくれると僕は嬉しいんやけど?」
「し、仕方ないわね。そこまで言うなら付き合ってあげる」
職員室で発想の逆転から行動をしたのはヒロシ。
意中の人から何も貰えないなら自分から贈ればいい。
お酒のつまみに合うナッツ系の詰め合わせを黒川先生に渡した。
「まったくお前というヤツは、つくづく変わった事をする。見返りは期待するなよ」
「受け取ってくれたことが、僕にとっての見返りですよ先生」
映像制作部のメンバーで最も後に渡すのはつかさである。
バイト先の店主こと日暮の祖母に、今日はオフであることを聞いた。
「日暮さんにはお世話になっているから、感謝の気持ちで渡そうと思ったのですけど。もしご迷惑でなければこれを渡してくれませんか?」
「それなら家まで直接渡しておやり。住所を教えるから」
「でも突然押しかけて、日暮さんが困らないですか?」
「大丈夫じゃよ。私から連絡を入れておくから」
教えてもらった住所で日暮の家へ向かう。
呼び鈴を鳴らして日暮が出て来た。
相変わらず手に甘いお菓子の香りがしている。
「プロのパティシエである日暮さんに、バレンタインを渡すのってかなり度胸がいりますね」
勇気ではなく度胸を言う所につかさの男勝りが伝わる。
まるで決闘でもするような堂々とした振る舞いだ。
さつきと気が合うのも頷けてしまう。
「もしかして、真心のこもった贈り物に難癖つけるタイプに見られてる?」
「専門家ですから。日暮さん、女の子からの人気凄いけどバレンタイン贈られました?」
「いや、そういうのはまったくないな」
「そういう事です。もはや神様扱いで贈り物なんて畏れ多いんだと思います」
「その割に西野くんは楽しそうだ」
「誰もやった事がないことに挑戦するってワクワクしませんか?」
「そうだな。新しいお菓子を作ろうとする時には胸が躍るよ」
「あ、話が脱線しちゃいましたけど、日頃の感謝にどうぞ」
「ありがとう。外は寒いだろ。中に入って温まっていくといい」
「はい。お言葉に甘えてお邪魔します」
日暮の人となりを知っているからか。
まったく警戒することのないつかさ。
むしろガンガン迫るような積極性すら感じさせる。
和室の客間でこたつに入ってぬくぬくタイム。
用意されたホットココアでリラックスモードのつかさがいた。
「少しも警戒しないんだな?」
「誰でもこうだと思っているなら間違いですよ。そもそも警戒するような相手にバレンタインなんて渡しませんから」
「それは褒め言葉と受け取っていいのか?」
「もちろん。正直に白状すると、友達の皆は贈る相手がいるのに、あたしだけいないというのが何とも言えない気持ちでして」
「それは意外、と言ったら失礼か?」
「別に気にしませんよ。日暮さんこそ特定の異性とお付き合いしていないんですか? そういう浮いた話は聞いたことないです」
「バアさんから催促はあるが、生憎そういうのに縁がない、よくフランスに行くこともあるから尚更だろうな」
「店長から早く孫を見せておくれ、なんて言いそうに思ったのはあたしだけですか?」
「それ、実際に言われたことある。もう耳ダコになるぐらいにな」
苦笑いをする日暮にクスクスと楽しく笑うつかさ。
高校生にしては妙に達観しているようで落ち着きがある。
少なくとも今まで出会った女子高生では初めてだ。
「西野くんの贈ってくれたクッキー、何か大切な思いが込められていると感じたよ」
「小学生の頃、お友達に教えたり振る舞ったことがある思い出のクッキーです。あの時の無邪気な笑顔があたしの原点。その初心を忘れないために、今でもたまに作ることがありますよ」
「そっか。そんな大切な思い出を贈り物としてくれてありがとう。ここまで心が揺さぶられたのは初めてだ」
日暮は祖母からつかさを嫁にしたらと勧められた事がある。
まだ本人はそれを聞いていないようだ。
そう遠くない内に耳にすることになるだろう。
ーーバアさんの望み、真剣に考えてみるか。まあ、西野くんの意思もあるがな。
ホットココアをゆっくりと味わうつかさ。
ほのぼのとした心地よい時間。
バイト中には見られない貴重な姿である。
「そういえば日暮さんって照れた時にそっぽ向く癖ありますね」
「そ、そうか?」
「あと口元を手で隠す癖もありますよ」
「よく見ているな」
「教わっている相手を観察するのは当然のことです。親友の弟くんがよくしています」
「あー、あの天才の青少年か。たしか東城……だったか?」
「はい。やっぱり日暮さんの記憶にも残りましたね。きっと日暮さんとも気が合うと思いましたよ」
「ああ、そうだな。今時の高校生にしては芯が通ってて好感が持てた。向上心の塊を目の当たりにしたな」
正太郎に関して共通の認識をした。
日暮の作る洋菓子をトップクラスに気に入っている。
だから客としてまた来店することもあるだろう。
その日も満足してもらえるように精進あるのみだ。
………………。
…………。
……。
ホワイトデーについての事前なる作戦会議を開く。
主催をしたのは正太郎で場所は洋館の食堂。
内場・勇・淳平・力也の手作りでお返しするメンバーが集まった。
天地とヒロシは購入でお返しをするため不参加である。
なお、ヒロシが渡す相手は妹の美鈴だ。
誰からも貰えなかった兄にお情けで安物の板チョコを頂いたから。
手作りに関しては内場に任せるようだ。
「内場は美鈴が映画鑑賞でよく食べるポップコーンをチョコにしたヤツで決まりか?」
「せや。チョコのポップコーンなら僕でも何とかなりそうやと思うたで」
「勇はクッキーか。唯がお返しの意味を深読みしないといいけどな」
「どういう意味だ?」
「クッキーやビスケットは友だちのままでいようという意味があるんだよ。サクサク食感でサバサバ関係を連想させるらしい。だからクッキーを贈りたいなら、変な誤解を与えないように事前に説明をして了解を得たほうがいい」
「マジかよヤバいな。なあ東城、何か無難に済むものってないか?」
「カップケーキにクマのような可愛い動物で飾ってやれば喜ぶぜ」
「おっ、そいつはいいな。それでいこう」
カップケーキの意味はあなたは特別な人である。
唯と付き合っている勇なら無難に済むものだ。
何も間違ってはいない。
「こずえちゃんに俺の熱い想いをこめた最高のものを作りたいぜ!!」
「いや小宮山、具体的に何を作るつもりだよ?」
力也の情熱に呆れ顔の淳平がツッコミを入れる。
正太郎は情熱をキーワードにしてアイデアを練った。
そこから導かれてたのは……。
「コミさんから幸せを積み重ねていく意気込みを感じるっス。それならバウムクーヘンが縁起よくてお勧めっスよ」
「おう!! バムだろうとドムだろうとやったるぞ!!」
「決まりっスね。最後にカントクは何を作ろうと考えてるっスか?」
「うーん……綾からは小型のチョコケーキをもらったからな」
「ねーちゃんは創作家として幻想的な描写を得意とするっス。悲恋好みな所はあるが、理想は永遠の愛を望むっス。カントクは円周率を知ってるっスか?」
「それぐらい知ってるよ。パイの3.14から始まってずっと長く続く数字だろ?」
「そうっス。近似値から3月14日はパイの日とも言われてるっス。円周率が永遠に続く愛を置き換えることができるっスよ」
「それってただのダジャレじゃないか?」
「現実にパイの日として存在するっスよ。とにかくカントクにお勧めするのはアップルパイでどうっスか?」
「うーんまあ、でもオレまともに料理したことねえし」
集まったメンバーで多少できるのは正太郎ぐらいだ。
それでも人に教えられるレベルではない。
では具体的にどうするのか?
「パティスリー鶴屋の店主に相談をして、休業日に調理場と講師役にひーさんが手伝ってくれることになっているッス。あとは作りたいものを事前に話して、レシピや材料などの打ち合わせをするだけッス。そこは主催者であるオレが責任をもってやるッスよ」
「なあなあ、東城は何を作るつもりや?」
「色々調べてみたが、桜とホワイトチョコのマフィンにしようかと。春の味とホワイトデーも兼ねて」
こうして話をまとめた正太郎。
時間を作ってくれた日暮と細かく打ち合わせをする。
必要なレシピや材料の調達にも協力をしてくれた。
「東城くんは創作家だったな?」
「そうだよ。自称の端くれながらそのつもりでいる」
「自分で書いて思い出となった作品はあるか?」
「二つある。一つは小学時代の写真一枚でオリジナル小説を書いたこと。もう一つは中学時代に高校の映画作りのための脚本を書いたこと。その共通点は皆の力を借りて完成させたことにある。オレひとりの力では決して成し遂げられなかった」
だからこそ正太郎は仲間を大切にする。
自分だけではどうしても限界が訪れてしまうから。
もし独りで突っ走ろうとすれば志半ばで倒れてもおかしくはない。
「ひーさん、つーさんは誰とも付き合ったことがない。過去に少しだけ聞いたことがある。恋愛のドキドキ経験がないって。もしかしたら舞台の上でなく、観客席でずっと見てる感じかもしれない」
「そうか……確かに西野くんは大人びた印象が感じられたな」
「ドキドキしない恋愛もありだとオレは思うんだ。刺激よりも安定重視で、未来を創作する上で現実を見て行動する力は大事かと。機会があればそういう小説も書いてみたいな。ドキドキしないからって、それを異常だと思わなくていい。そんなメッセージを込めてみたいものだ」
「……西野くんは本当にいい友達を持っている。羨ましい限りだ」
「クリスマスのバイトでつーさんの人望が厚いことは証明されたぜ。皆、つーさんの夢を応援しているんだよ。無論オレもだ」
誇らしげに語る正太郎。
つかさの実力を大いに認めているから。
その夢を叶えるだけの力を持っていると信じている。
そんな真っ直ぐな彼だからだろう。
日暮が身の上話を聞かせてくれた。
「東城くん、実はバアさんから西野くんを嫁にしないかと言われてるんだ」
「つーさんはそれを知ってるの?」
「いや、でもそう遠くない内にバアさんから西野くんへ話すだろう」
「なるほど。おそらくつーさんは、ドキドキしないことを気にすると思う。恋愛感情がないと思って、それでひーさんの嫁と言われても戸惑うはずだ。でもまあ、つーさんはオレよりも悟ってる感があるから、何かしらの答えは出すだろう」
「俺はバアさんの望み、真剣に考えていくつもりだよ」
「それだけの魅力がつーさんにあるという事か。ひーさんは存分にそれを味わったようだ」
「その言い方は少し誤解を招くから人前で言わないでくれ」
「了解。きっと大丈夫だよ。つーさんはひーさんをちゃんと見てくれる。天才パティシエという色眼鏡なしで。そういう人って中々いないと思うんだ」
「俺から言わせれば、東城のほうがよっぽど天才だと思うがな」
「代償が高いんだよ。本気出して欲張ってしまうと、一気に疲労困憊してしまうから。恋人にも姉にも無茶をしたらダメって散々言われてるし」
若さの勢いに任せてもっと本気で頑張りたいのに。
でもやり過ぎてしまうからコントロールが不可欠。
今も腕時計装着の手加減モードで上手く立ち回っている。
「とにかく、ひーさんのことはオレも好ましく思ってるんで、きっとつーさんも満更でもない様子になると思うよ」
「だといいがな」
「もし当たってたら今度ケーキのサービスしてほしいな」
「抜け目がない」
「それだけひーさんの作るケーキが美味しいんだから仕方がない」
「そこまで喜んでもらえると、俺もパティシエとして自信がつく」
後日、日暮の指南と充実した設備もあって、各自の希望する菓子作りは成功。
ホワイトデーの当日、各々は問題なく渡すことかできた。
受け取りの反応が大きかった一人として唯がいる。
唯はホワイトデーのお返しについての意味を気にするタイプだ。
カップケーキをクマでデコレーションしてくれたことも嬉しいが、特別な人というメッセージで心が舞い上がる。
勇はもっと普通か茶化すかを予想していたが大きく外れた。
それでも喜んでくれているから細かいことは気にしない事にする。
あとで意味を知って動揺したことは余談だ。
平常運転はこずえになるだろう。
バウムクーヘンは結婚の引き出物としてもよく扱われる。
お得意の妄想で身悶えして、力也がそれを見てデレデレする馴染みの光景だ。
嬉し泣きまでしたのは綾。
淳平が一生懸命に作ったアップルパイ。
円周率の意味から永遠の愛を知っている。
泣くほどかとオロオロと取り乱すのが淳平らしい。
贈り物として最も悩んだのが天地。
さつきは着飾りをしないのでネックレスや指輪などのアクセサリー類は不可。
ポニーテールにするためのヘアゴムをターゲットにした。
無地と花柄を組み合わせて普段使いでも身に付けられるシュシュを厳選。
布地を筒状に中へゴムを通した髪飾り。
髪にゴムの跡がつかないのがメリットとされている。
天地の贈り物をきっかけにお洒落も悪くない。
その後のさつきはシュシュをトレードマークのように愛用した。
意表を突いたのが黒川先生だろうか。
数学の課題プリントと一緒に粗品のペンでヒロシにお返しをしたこと。
添え書きメッセージにつまみに対する礼と学生の本分を真っ当するように書かれていた。
この日のヒロシは有頂天となり、家に帰ってからも不気味に笑って美鈴をドン引きにさせた。
美鈴は冷静を装う姿に内場が和み、ちなみは積極性に正太郎へ抱きつきでお互いの性格がいつも通りに表れている。
嬉しかったことに間違いはない。
つかさのほうは日暮からイチゴのショートケーキをお返しに頂いた。
それはつかさの原点に合わせてのことだ。
思い出話を聞かせてもらうほどで初心を忘れない思い出のケーキとなっている。
お互いにパティシエを目指すきっかけはあったということだ。
バイト先でつかさと日暮の祖母こと店長との仲は良好。
孫のように可愛がってもらい、つかさも祖母と接しているような感覚で親しみを持った。
後日、そんな店長とのやり取りで思いがけない言葉を聞かされる。
「つかさちゃん、ウチの孫の嫁になる気はないかい?」
つかさとしては唐突であり、完全に意表を突かれた形だ。
孫とは言うまでもなく日暮龍一に他ならない。
その内、お見合いでもするだろうと思っていた。
そのほうが日暮と釣り合える女性と出会えるはずだから。
もっとも日暮がその気になるかは別の話だが。
「いきなりでビックリしちゃいましたよ店長。日暮さんに催促してるのは聞きましたけど、いずれお見合いでもするのかなってぐらいしか思ってなかったです」
「龍一はお見合いを嫌うんじゃよ。そんなヒマがあるなら、新作の菓子に挑戦するほうが有意義じゃと言うてのう。実際フランスにたびたび出て修行ばかりしよって」
「きっと堅苦しい席が苦手なんですね。そもそも日暮さんって、恋愛や結婚に興味ないかもしれませんよ。仕事一筋の職人さんってイメージがすっごく強いです」
「そんなことはない。バレンタインのあの日、龍一につかさちゃんが来ると連絡をした時、龍一はわかったと言うて承知しよったからのう。もしイヤなら断るなり家を出るなりしたはずじゃ」
「店長、日暮さんにこの話はしたんですか?」
「ああ、随分前から言うておるよ」
「えー、あたし何も聞いてない。日暮さん、黙ってるなんて人が悪い」
「きっとアタシから言うと思うたんじゃろうって」
つかさは少しばかり拗ねてしまう。
話す機会はいくらでもあったのに。
これで日暮の知らない一面を知る事になった。
「めんどくさがり屋ですね。仕事はプロとしてスゴイのに、それ以外では違う感じですか?」
「まあ、そういうことじゃよ。つかさちゃんなら龍一のそういう所も受け入れてくれるじゃろう」
「聖人君主じゃないので何でも受け入れたりはできないですよ。例えば食品を扱っているのに、長い髪を結ぶなり帽子で隠すなりをしてなかったり。無精ひげのままだったりで、身だしなみができてないのは衛生的にアウトです」
「さすがに私もそれは見過ごせないから、そんな不届きなことがあれば厳しく取り締まるわい」
「これは極端な例え話です。日暮さんがそんなことをする人だとは思っていませんよ。食べてくれる人のことをちゃんと考えられるパティシエだと信じています」
このまま煙に巻いてしまってもいいが、それでは日暮の祖母に不安を残してしまう。
つかさとしても持ち出された問いには真面目に答えてあげたい。
お世話になっている店長に誠実でありたいから。
「店長、ひとまず結婚の話は預からせて下さい。あと日暮さんとその辺りの話をしたいので、時間を取ってもらえるようにお願いします」
「あいわかった」
職場の中では誰かに聞かれてしまうかもしれない。
日を改めるとして、日暮との話し合いができる時間をもらう。
外は寒いのでバレンタインの日と同じく日暮の家で話すことにした。
こたつでぬくぬくタイムをしてもつかさのツリ目は止まらない。
「店長からいきなり日暮さんとの縁談話を持ち掛けられてビックリ仰天。日暮さんには既に話していたみたいですけど、あたし何も聞いてませんからね」
「わ、悪かった。そう睨まないでくれ」
「べーつーにー。日暮さんが仕事以外では横着する人だと分かっただけでも収穫です」
「そんなことは……多少あるかもしれん」
「この際なので訊いておきたいんですが、日暮さんって仕事一筋で恋愛や結婚に興味ないんじゃないですか?」
「……以前までならそうだったな。バアさんに催促されても聞き流す程度だった」
今は違うということだろう。
つかさは怪訝そうな目に切り替わった。
頭の中をフル回転させて何を確認すべきかを見出す。
「日暮さん、これまでお付き合いされた人っていますか?」
「いない。もっぱら菓子職人の道を突き進んでいる身だ」
「そのまま突き進めばいいのでは? どうして今までみたいに聞き流そうとしないんですか?」
「相手が西野くんだから、と言ったら?」
「あたしだからいいの? そんな疑問が浮かびますね」
「西野くんの人柄は見せてもらったつもりだ。それで全部わかった訳でもないけどな」
「……日暮さんはあの店を継ぐ意思がありますか?」
「そうだな。バアさんの願いを叶えてやりたい気持ちはある。ただ俺だけでは継げないことも分かっている」
「日暮さんはお菓子作り以外では不器用な人ということですね」
「ハッキリと言ってくれる。でもまあ合ってるから否定できねえ」
「ここであたしがオーナーパティシエとして活躍するから、日暮さんは菓子作りに専念して下さい、なんて言えたらカッコいいんですけどね」
つかさとしては経営も学びたい意思は大いにある。
菓子作りをするための腕と店を切り盛りするための頭脳。
両方を兼ね備えてから将来に向けて立ち向かっていきたい。
「……」
思わず言葉を失う日暮。
これほど心躍るようなワクワクを味わったことがない。
可能性を秘めたつかさへの期待が大きく高まってしまう。
そういう未来があるといいと夢を見てしまった。
「俺はそうしてくれると嬉しいぜ。未来のオーナー」
「おお、これは責任重大。店の存続はあたしの手に掛かっている――って縁談の話はどこへ行ったのさ!?」
「ちゃんと話は繋がってるぜ。俺と結婚して店を継げばいい。ただそれだけだ」
「結婚ってそういうもの? 皆がやってる恋愛の延長線上に結婚があるんじゃないの?」
「別にそれだけが全てって訳でもない。それに俺は西野くんを好ましく思ってるぜ」
「ドキドキはしてないですよね?」
「心温かいからホッカホッカだ」
「あたしは日暮さんにワクワクしたことはあっても、ドキドキしたことがないんですよ」
「ああ、知ってる。東城が気に掛けてその辺りを言っていたからな」
「……さすが弟くん。お見通しって訳だ」
「今こうしてくつろいで、ありのままを見せてくれているのを好意として受けているよ」
「こたつ好きなんです。あたしの家にないから余計にありがたくて」
にへらと無防備な笑みをするつかさ。
日暮は口元を手で押さえてそっぽを向く。
照れた時のクセが両方ともに出てしまった。
つかさの視点では、笑いを我慢しているように見えてしまう。
だからムスッと不機嫌となるのも必然だ。
「ぬくぬくしてるあたしの姿がおかしいですか? 笑いたければ笑えばいいですよーだ」
「いや、素直に可愛いと思ったんだ。気を悪くしないでくれ」
「日暮さんの口から可愛いという言葉が出るなんて。初めて聞きましたよ超レアです」
「そこまで言うか。でもまあ、確かにここまで正直になったのは初めてかもしれない」
「言いたいことは溜めずに言ったほうがスッキリしますよ。頭で分かってても中々言えないのが現実ですけど」
「言いたいことか……だったら西野くん、職場はともかく仕事以外の時は敬語抜きってどうだ?」
正太郎の敬語抜きもあってか。
つかさの対しても普段の口調で会話をしてみたい。
そんな日暮の要望に対してつかさが切り返す。
「日暮さんがあたしを名前で呼び捨てするようになったら、と言ったらどうします? もちろん公私混同はしません」
「これはまた積極的な提案だ」
「結婚に乗り気な人が名前の呼び捨てぐらいどうってことないでしょう?」
「そちらも結婚に関して前向きに検討すると思っていいのかな?」
「まだ高校2年生ですよあたし。後ろ向くつもりはないですが、日暮さんとお付き合いもしていないのに結婚なんて、段階を飛ばしすぎです」
「つまり段階を踏めばいいと?」
「……実際の所、興味はあるんですよ。一人の女の子として、可愛いお嫁さんを夢見る時ありますし。ウエディングドレスに憧れる時だってありますからね」
つかさは胸の内を暴露する。
恋愛感情がないのに付き合うのは日暮に対して失礼ではないか。
結婚を利用して夢を叶えようとするのも無粋ではないか。
男女交際の経験もないから色々と不安もある。
「嫌いになったりしたらその時点で縁を切ればいいさ」
「そういう思い切りが出来る人って中々いませんよ。惰性というか変化を恐れる感じでダラダラ続ける人もいるみたいですし」
「つかさはそんなことしないだろ」
「っ!!」
「おっ? ドキッとしてくれたか?」
「不意打ちアウトだよ。女の子には心の準備があるの」
「わかったわかったから。こたつの中でガシガシ蹴らないでくれ」
「ああもう、本当にあたしでいいの? 探せばもっと素敵な人が見つけられそうなのに?」
「つかさだからいい。心底気に入った。そこに嘘偽りはない」
さわかやな笑顔で口説いてくる。
それに疑いの目をしてしまうつかさ。
一体どこが気に入ったのだろうと不思議でならない。
「結婚を前提とした付き合いをするなら、あたしの両親にも話を通すのが筋ってものだね」
「マジか?」
「マジマジのマジの助だよ。婚約の話を隠すほうが不誠実だし、何もやましい事じゃないなら堂々と伝えたらいいんだよ。さらに店長も混ぜてあたしの両親に挨拶させたらいいんじゃない? 縁談を持ち出したのは他ならぬ店長だし」
「そうだな。バアさんに伝えて挨拶できる機会を作ろう」
「よろしくね龍一さん」
「っ!!」
「ほら、逆の立場になって分かったでしょ? 不意打ちは卑怯だって」
「敬語を抜くだけでなく、名前で呼ばれるとは予想外だった」
「イヤだった?」
「全然。むしろ大歓迎だ」
つかさは龍一の両親については触れない。
家で暮らしているのが龍一と祖母の時点でお察しである。
本人の口から言わない限りは尋ねたりはしない。
つかさの両親と龍一の祖母、つかさと龍一。
つかさの家で四人揃っての話し合い。
まだ高校生のつかさに婚約というのは両親からの抵抗が大きい。
祖母としても今すぐの話ではないし、当人同士の気持ちを尊重する。
そこで龍一はつかさのどこが気に入ったのかを大いに語ってアピールをした。
娘を褒められて嬉しくない親はいない。
しかしそれはそれ、これはこれはだ。
つかさの意思を両親が尋ねてみる。
「一人前になるまでは節度のある交際をして、お互いの夢を高め合い、成長できたらいいかなって思ってる」
恋愛のドキドキはなくても夢のワクワクはある。
この人となら未来を切り開けるかもしれないと。
やってみなければ分からない人生。
後悔のないように決断をして前に進んでいきたい。
つかさの志もあって両親は複雑な思いで了解をする。
こうしてつかさと龍一は婚約者という関係になった。