青春100% 作:完結の陽炎
映制は春の撮影も積み立てていく。
正太郎とちなみのコンビは役者として安定感がある。
淳平と綾はNGシーンを繰り返しつつも微調整で何とかなったが。
「美鈴、オレとちなみって主人公とヒロインじゃないよな? 脇役としてして主役を引き立てるのが役割だよな?」
「アンタたちがいないと物語が成り立たないわよ。ヒロインの勇気を踏み出させるためにも、失敗から学んだ主人公が葛藤して成長するためにも」
「ねーちゃんとカントクが進展したのも、オレたちのお膳立てがあったから。それを考えるとサブキャストの重要性は理解しているつもりだ、しかし……ハッキリ言ってキャラ食いしてないか?」
美鈴もそれは思った。
正太郎とちなみの演技が圧倒的に上手いのもある。
だから余計にそう感じてしまう。
「脚本の担当はアンタよ。その時点で気付かなかったの?」
「出番は減らしてるぞ。弟として兄の主人公が失敗をしてもフォローしたり、妹として姉のヒロインが思い悩んでも励まして元気付けたり。成長するための過程で脇役が手腕を振るわないといけないから。そのシーンの積み重ねで、主人公とヒロインという原石が磨かれて輝くようになっているはずだ」
「アンタとちなみが主人公とヒロインでよくないか。なんて視聴者からのツッコミが入りそうね」
「だからといって弟と妹が足を引っ張るマネをすると、それこそ主人公とヒロインの成長を促せずに物語もグダグダで落ちぶれてしまう。兄弟姉妹のコンプレックスを与えないよう、さり気なくする所がポイントで、出番を減らす理由付けにもなっている」
「困った時はお互い様として、主人公とヒロインがサブキャラを助けるシーンでもあれば意外性を突けるんじゃない?」
「映像の時間が限られてる中、その小細工は困難だぜ。小説だったら出来ても、制約のある脚本だと無理が生じるからな」
もう少し主人公またはヒロインを積極的にするべきか。
せめて台詞でもう少し大胆に迫るぐらいにすればいいかもしれない。
精神的に成長する中盤以降ならそれをしても不自然にはならない。
「NGシーン増えそうだけど、地道に撮影を積み立てる作戦なら時間的に大丈夫か?」
「やってみる価値はあるわね」
淳平と綾の演技に頑張ってもらうしかない。
多少の試行錯誤も活動においては必要なことだ。
つかさの指揮でメンバーをまとめて撮影を進めていく。
「お疲れ弟くん。りゅうい――日暮さんから伝言で今度お店にサービスするから来てくれって」
「了解ッス。ちなみを連れてお祝いに行くッスよ」
「何に対してのお祝い?」
「今、つーさんが考えていることで合ってるっスよ。顔にも書いてあるんで」
「むむむ、そんなに分かりやすい?」
「観察力に定評のある男なんで」
「だったら、そのご自慢の観察で大切な彼女を見てあげなよ。後ろで寂しがってるよ」
「もう愛情不足か。ちょっと補充してくるッス」
振り返ってちなみの手を握りその場を去る。
人目のない所でイチャイチャをするつもりだろう。
去り際のちなみが期待に満ちた目をしていたのは言うまでもない。
後日、事前に来店する日時をつかさを通じて連絡済み。
龍一のケーキ作りにつかさが補助をして、特別のショートケーキをサービスしてくれた。
フルーティな甘さとクリーミィーな甘さが絶妙に合っている。
その洗練された味はつかさだと上手く再現できない。
日暮龍一の真骨頂を思わせる芸術的な洋菓子であった。
「しょーくん美味しかったね」
「ああ。二人の幸せがこもった最高のケーキだ。愛の力は偉大であることが現実でも目の当たりにできたぜ」
ここで店長の計らいがあり、二人の前につかさと龍一が姿を見せた。
シェフスタイルで厨房から離れることは滅多にないが今回は特別である。
「ひーさん、あれはオレでもマネできない最強クラスのケーキだぜ」
「そう簡単に盗まれてやるほど、パティシエの道は甘くないさ」
「ケーキは甘かったけどな。あ、おめでとうと祝いの言葉も送るぜ」
「もう知られているのか?」
「店長が自慢していた」
「まったくお喋りなバアさんだ」
そう言いながらも満更でもない龍一。
二人が話している間、ちなみがつかさと会話を交わす。
「婚約おめでとうございます、つかさ先輩」
「ありがとう。まだ実感は薄いけどね」
「それはそうと、泉坂の男子ファンが暴走するでしょうから事前に手を打ちましょう」
天地財閥やヒロシのファンクラブ会長としての人身掌握など使えるものは存分に使う。
根回しを徹底的にすることで迷惑行為を起こさせないように抑止力を跳ね上げた。
他の女の手から正太郎を守るちなみの実力は本物である。
――ちなみちゃんってとっても頼もしいけど、恋敵になったら一切容赦しない感じがかなり怖いかも。
つかさの直感は当たっている。
味方に優しく敵に慈悲はない。
女の嫉妬は恐ろしいものであり侮ってはいけない。
もっとも敵になることはあり得ないので何も心配はいらないが。
「さすがちなみだ。つーさんを守ることにも抜かりなし。自慢の彼女で誇らしくなるぜ」
「もうしょーくん、そんなに褒められると照れちゃうよ」
「つーさんは心置きなく夢に向かって頑張れッス。そんな中、映制の手伝いをしてくれて感謝しかないッスよ」
「礼には及ばないって。あたしは自分のやりたい事をやっているだけだから」
龍一のつかさを見る目が優しい。
良き友人を持ち大切にできることで好印象を抱く。
ますます気に入った様子である。
………………。
…………。
……。
春の新学期でクラス分けが発表される。
3年生の掲示板を確認する淳平たち。
4組はヒロシ・力也・こずえ・淳平・綾だ。
「やっぱり僕ら三人は生涯固い絆で結ばれているのだよ」
「ずっと同じクラスを保てたのは俺たちぐらいだな。そして今年はこずえちゃんと最後と高校生活を送るんだ。ぐへへっ」
「り、力也さんと最後の高校ライフ……あっ……ダメこんなところで……やんっ……」
「なんかもう見慣れた光景だよ。でも綾と同じクラスになれて、ホント良かった」
「わ、私も。最後の一年よろしくね淳平くん」
1組は天地だけのはぐれ者。
「フッ、僕は悟った。これは試練だと。この程度の障害など僕の敵ではない」
5組はさつきとつかさの北西コンビ。
「ラッキー。さつきがいるなら退屈しないからありがたいよ」
「それはあたしも同じさ。つかさがいるならヒマになることはないね」
こうして淳平たちは去年よりも落ち着いた形で丸く収まった。
なお、創作部の前部長と真紀は2組である。
一方、2年生のクラス替えを正太郎たちがチェックする。
1組は唯・美鈴・ちなみの女子三人組。
「やったー!! 美鈴とちなみで同じクラスだよぉ!!」
「騒がしくなりそうね。あ、さすがにアイツとは別になったみたい」
「ううっ……またしょーくんと別だよ。ぐすんっ」
3組は正太郎・内場・勇の男子三人組。
「内場と同じクラスになるのは久しぶりな気がするぜ」
「奇遇やな。僕も同じ事を思うたで」
「勇も同じクラスだぞ」
なお、美術部の女子三人は2組、漫画同好会の男子と写真新聞部の女子は4組である。
この時期は新入生の部活勧誘で取り合いとなる。
春休み中にパンフレットやネット動画などで宣伝は済ませた。
映像制作部と創作部どちらも両立はしてある。
場所は創作部の部室。
小説・詩集・短歌・俳句・川柳・漫画・新聞など幅広く扱っている。
メンバーが多ければ独立させるのも一手だ。
集まっているのは正太郎・ちなみ・内場・漫画同好会の男子・写真新聞部の女子。
綾は映像制作部がメインゆえに創作部に顔を出すことは少ない。
真紀と前部長は進路活動で忙しいから滅多に来れない。
新入生の入部希望者に対応をするのが副部長のちなみ。
しかし現実は誰も来ない。
閑古鳥が鳴いているとはこの事である。
「しょーくん、誰も来ないね」
「一向に構わん。新入生の意思を尊重するぜ」
「せやけど東城、このままやと将来的に創作部の危機ちゃうか?」
「最善を尽くしても滅ぶ時は滅ぶさ。そういう運命だと思って割り切れ」
元々文芸部はあまり人気がなかった。
地味と思われているのかもしれない。
運動部や音楽部のような派手さや激しさは確かにない。
「内場は漫画同好会と漫画の意見交換でもするといい」
「了解や。同じ趣味同士、内容も真面目やし仲良くしとるで」
「写真新聞部のほうは、記事に関しての編集はオレがやろう。写真は畑違いかもしれないがイラストが描けるちなみにチェックを任せるぜ」
「わかった任せてしょーくん」
今いる部員が楽しく創作活動ができるよう面倒を見る。
堅苦しい部活ではないので気軽にやればいい。
この平穏な時間を過ごせることも必要だから。
美術部についての様子見。
幽霊部員であるとはいえ、正太郎とちなみも所属している事に変わりはない。
新しく部員が入ったかどうかぐらいは最低限として把握したい。
1年で女子二人が入ってきたようである。
それで部員存続の条件は満たされた。
そこで美術部の部長である女子が不安を口にする。
正太郎とちなみの両名が退部したりしないだろうかと。
「同盟で必要なことだから退部しないよ。幽霊部員という条件でお互いに了解してるし」
「でも、ちゃんと活動しないとダメとなったら退部するしかないよね? あたしもしょーくんも創作部と映像制作部の掛け持ちで忙しいから」
書道部のほうにも顔を出す。
調子はどうだという気軽なスタンスで。
新入部員として1年の男子1名が入ってきたようだ。
書道部部長から創作部の調子を訊かれたので答える。
「こっちはサッパリだよ。創作部って扱ってる分野は広いけど実績がないからな。もっぱらの弱小部さ」
「やっぱり運動部や音楽部のほうが人気高いみたいだね」
だからこその三部同盟だ。
部活動ができるための避難場所は確保している。
いつ部室を取り上げされてもおかしくないから。
――コンクールで受賞できそうなのはねーちゃんと内場か。オレのあのトチ狂った小説では無理だろう。
あとで天地の厚意もあって財閥のネットワークで調べてもらった。
小説では東城姉弟、漫画では内場が予選を通過しているらしい。
他は予選落ちで全滅してしまった。
――前部長の小説は敗北したか。ねーちゃんと内場は当然として、オレの小説が予選を通ったのは想定外だ。
評価されないほうが価値を高める狂気な作品。
審査員を相手に全力で創作をして落ち続けることを楽しむ主人公の先生。
まさに逆転の発想で天邪鬼もいいところ。
裏事情を知らなければ、夢を目指して儚く散った美談のストーリーだ。
「美鈴のところは新入部員来てないか?」
「募集を締め切ってるからね。タイミングが悪いのよ。今、制作中の映画に新入部員が割り込めると思う?」
「雑用ぐらいしかないからな。役者は埋まってるし、迂闊に入れてしまうと支障が出るか」
「どうしてもやりたいなら、かつてのあたしたちみたいに対決形式しかないわよ」
「それハードル高すぎだって」
映像制作部は新入部員を募集できる期間が短い。
嵐泉祭が終わった後ぐらいしかない。
映画を作り始めたら新入部員が割り込める余地がない。
積み立て撮影のデメリットがここにありだ。
「次に映画作る時は夏に限定したら部員確保しやすくなるんじゃないか?」
「そうね。前向きに検討するわ。でもその頃、アンタはいなくなってるでしょ?」
「なぜそう思う?」
「アンタにはアンタが道があるからよ。幼馴染として見抜けないと思ってるの?」
「そうだな。映制のやり残しは今の映画が全てだ。オレは冬に馳せる者以上の作品が書けない。ゼロからするオリジナルよりも既にある創作の編集に向いてるって分かったからな」
「ちなみの誕生日にする創作は例外?」
「例外だ。というかあれは彼女の日記小説だから、厳密にはオリジナル小説じゃない」
映制の積み立て撮影は順調である。
これで残るのは夏の撮影だけになった。
物語の都合上、舞台は別荘に変えるため一昨年の合宿先を選択。
ゲストの天地も役者として参戦する予定である。
果たして一昨年のリベンジを見事に成し遂げることはできるのか?
………………。
…………。
……。
淳平たちにとって高校最後の夏休み。
映制の合宿をスタートさせる。
顧問の黒川先生は仕事の都合もあっての途中参加だ。
まるで一昨年にタイムスリップをしたかのような懐かしさ。
こずえにとっては脚本を改悪したあの出来事に罪悪感を覚える。
それを払拭するためにもいい機会だと受け取ってもらった。
「ちょっと正太郎!! なんでこんな大胆な台詞に変えるの!?」
「そうしないとオレとちなみが目立ちすぎてキャラ食いが発生するからだ。ストーリーも終盤に入ってるんだから、ヒロインのねーちゃんが成長して積極性が上がっても別におかしくない」
「だ、だからって抱いてくださいなんて大胆すぎるよ!! どこでそんなこと覚えてきたのよ!?」
「あ、それはヒロシ兄さんの助言な。本当はもっと過激な台詞があるようだけど、美鈴が睨んでいたから重点となる所だけ出した。大体よ、抱いてくださいってコアラの抱っこみたいなスキンシップだろ? なにをそんなに怒る必要があるんだ?」
「そ、そんなの私の口から言える訳ないでしょ!!」
「とにかくやれ。最高の映画にするために必要な試練だと思え。カントクからも言ってやれよ」
「いやオレに振られても困るって!! つーか東城、抱くって意味知らないのか?」
「スキンシップの抱っこだろ? 違うのか?」
「間違っては……ないけど……」
「ちなみ、オレなにか間違ってる?」
「大丈夫だよしょーくん、抱きしめる行為そのものは合ってるから」
具体的な意味についてはもう少し大人になってからである。
それまでは清い心であってほしい。
ここでヒロシが教えようとしたが美鈴の蹴りで阻止される。
「余計なことするなバカ兄貴」
「ひ、ひどいな美鈴。僕が先輩として正しい男のエロスを――あ、踏まないで痛い痛い!!」
綾の心の準備ができるまで、先にゲスト出演となる天地を撮影した。
ヒロインのお見合い相手という設定だから単独で割と出せる。
付き人役としてさつきにも出演をしてもらった。
「えへへ、唯のカチカチ大活躍だよ」
唯はカチンコを鳴らすのが楽しいようだ。
それを勇が雑用をしつつも見守っている。
設営や資材運び等で力也の力仕事は役立ってくれた。
現場を仕切ってくれるつかさの貢献も忘れてはならない。
――演技のちなみって本当すげぇとしか言いようがない。ちなみワールド、恐るべしだ。
意味合いが同じなら台詞のアドリブが認められている。
台詞を丸暗記しなくて済むのはありがたい限りだ。
ちゃんと配役になりきれば心の底からの台詞が自然と出てくる。
サブキャストとして正太郎とちなみの演技が大いに輝く。
「お姉様のご縁談、誠にめでたき事です。しかし妹様はご不満がおありのようですね」
「……わかっています。お家のためにも避けては通れない道……それでもお姉様が不憫でならないのです」
「兄の至らぬ所、改めてお詫び申し上げます」
「あの使用人に問題はありません。お姉様にとって大切なお方。傍にいるだけで幸せを感じさせてくれるのです」
「……そう思って頂けること、使用人として身に余る光栄です」
「……私もお姉様と同じ。今こうしているひと時に安らぎを覚え、幸せを感じさせてくれるのです」
「なんともったいなきお言葉」
やり取りは言葉だけではない。
表情、仕草、動きも演技の上で外せない重要な要素だ。
それらも抜かりなく表現をしてみせた。
「はいカット!! OKよ!!」
美鈴の発声で唯がカチカチと音を鳴らす。
その後、一同が後ろを向くのも慣れたものだ。
ちなみワールドに引き込まれている正太郎の心を連れ戻す。
そのためにちなみがギュッと力強く抱きしめる。
しばらくして我に返る正太郎というお馴染みの光景だ。
「何度やってもこの時が照れくさいぜ」
「気にしない気にしない」
「それで、いつまで抱き着いてるんだ?」
「もうちょっと」
「あまり長くすると美鈴が怒るぞ。撮影の時間は有限だからな」
「うーん、しょーがないな。あとでギュッとしてね」
正太郎は次の撮影に関して美鈴と打ち合わせる。
過去にNGシーンが出たのは数回だけ。
急に雨が降った時、猫や鳥などの動物が割り込んだ時、ヒロシが撮影するカメラのバッテリー切れというアクシデントぐらいだ。
脚本をパラパラとページをめくって確認をとる。
「オレとちなみが残ってる撮影は……海辺の砂浜が最後か。この二人の関係、続きが気になるぐらいに留めておくのがポイントだな。見る人の想像に丸投げするぜ」
「言い方……兄の幸せを願う弟の使用人と姉の幸せを願う妹の令嬢。似た者同士で惹かれあってもおかしくはないのよね」
「立場は違っても考えは似ているからな。家族の幸せを願う所は、これまでの過程で大いに見せている」
「主人公とヒロインが逆に二人の仲を応援する可能性も想像できてしまうわね」
「小説ならその辺りも描写して主人公の弟思いとヒロインの妹思いで魅力を出せるけど、映画の時間は限られてるから残念ながらカットだぜ」
そこが脚本作りの大変なところかもしれない。
内容の取捨選択をしないと際限がなくなってしまうから。
綾が書いた脚本を正太郎が二次創作で色々と書いたらより良くなるかもしれない。
――ちなみは大変だな。暑いのに着物を身につけて。
正太郎は長袖のワイシャツスタイル。
天地の執事が着ている暑そうな服ではない。
そして二人のサブキャストが残りのシーンへ向かう。
「本番!!」
助監督の内場が掛け声を上げる。
「本番!!」
つかさが復唱をする。
「カメラ、回して下さい!!」
「はい、回したよ!!」
内場の掛け声にカメラマンのヒロシが応じる。
唯が持ったカチカチをカメラのフレームへ位置付けた。
舞台は晴れた海の砂浜。
演じるのは正太郎とちなみで準備完了。
あとはパラソルの下でアウトドア用の椅子に座った監督こと美鈴の合図を待つだけ。
そしてその時が間もなく訪れる。
「よーい、スタート!!」
美鈴の発声に合わせて唯がカチッと鳴らしてフレームから離れた。
あとは役者を静かに見守りカメラを回し続けるのみ。
「あなたにとって兄とはどのような存在でしょう?」
真っ直ぐに見上げて問いかける。
その表情は真剣そのもの。
使用人は一定の距離を保っている。
そっと顔が空へと向いていった。
「私にとっての兄とは……空に浮かぶ雲のような人です」
「雲……ですか?」
「はい、空をご覧下さい。雲は時の流れと共にゆっくりと進み変化していきます。人の心も同じです」
空に浮かぶは兄という上の立場を暗に示している。
その雲の変化を良く思うか悪く思うかは相手の受け取り方次第だ。
願わくば良い意味であってほしい。
「ではお姉様のことはどのように?」
「夜に輝く月となりましょう。時に満ち、時に欠け、これもまた人の心にも言えることです」
夜は未知なる未来のこと。
期待と不安の中でも美しく光り輝く。
心が満たされる時もあればそうでない時もあるだろう。
傍にいる夜の雲が月を守ってくれたらと祈ってしまう。
「あなたも雲なのでしょうか?」
「いいえ。私は弟という下の立場。天に浮かぶ兄上と同格はあり得ません」
見上げた顔はゆっくりと下へおりる。
その向かう先は果てしない海へと向けられた。
「使用人としてのお仕えする忠義。それは目の前の海のごとく、広く深いものでありたいと心に刻んでおります」
敏腕なカメラワークを駆使するヒロシ。
海の向けられた正太郎の真っ直ぐな目をした横顔。
清潔感のある髪と共に潮風によって優しく揺れている。
それを心地よさそうに受けるちなみの立ち位置も上手く映していた。
「あなたが海だとして、私は何になるのでしょうか?」
「妹様は日中を照らして頂く温かい太陽です。恐れ多くも高貴なご令嬢ゆえに天の位置に指しております」
「私もお姉様と同格はあり得ません。そのような事があればお家騒動の元。数々の歴史がそれを証明しています」
「然り。優劣は時として災いを生みます。手を取り合っていくことが理想。それが分かっていても、人というのは不思議と争いが絶えないものです」
「私は……この砂浜でありたいと願っています」
しゃがみこんで手で砂をすくう。
そうなりたいと心から願うようにして。
従者はヒザをつけて令嬢の手元にある砂を見つめた。
「それは何故でしょうか?」
「海の波は押し寄せて引いて行くでしょう。この砂も波が引いたときにさらっていきます」
手元の砂を波のある方向へそっと放り投げる。
まるで溶け込んだように砂が見えなくなった。
海という従者にさらわれることを望んでいるようだ。
だがそれは決して許されないことである。
「妹様、海にもできないことはあります。ご覧の通り、全ての砂を波をさらっていくことは不可能です」
無限にある砂という果てしない障害。
身分違いゆえに望みは叶わない。
目の前の現実が示している。
それでも令嬢の悲壮感らしきものは微塵もなかった。
「少しの砂で構いません。それが海の中に溶け込んでくれれば……だから私は、砂浜でありたいのです」
「妹様……」
どちらともなく立ち上がって見つめ合う。
もはや口からの言葉はいらない。
目で語り合っている。
監督である美鈴の目がより鋭くなった。
脚本を書いた綾も感動の余りに体が震えてしまう。
台詞も自分が書いたものよりも表現が豊かだ。
詩的な言い回しが綾の好むところである。
これが出来るのは、姉の創作を長年見てきた正太郎だからこそだ。
二人の演技に呑まれてしまう映制メンバー。
正太郎とちなみのワールドがそこに広がっていた。
思わず止め時を見失ってしまうほどである。
ここでいち早くに冷静を取り戻したのは内場。
数々の漫画を描いてきた男の精神力を舐めてはいけない。
美鈴の肩にそっと手を置く。
アイコンタクトを送って静かに頷いてみせる。
美鈴も同じく頷いてからカットという終了宣言をした。
「唯ちゃん、鳴らして」
「あ、はい!!」
つかさに言われてカチカチと二回鳴らす。
我に返るのが少し遅れたが仕方のないことだ。
それだけ正太郎とちなみの演技が凄まじかったから。
こうしてサブキャストである二人の出番は完了。
あとは淳平と綾のメインキャストに時間を割いていった。
………………。
…………。
……。
別荘の一部屋でビデオチェック。
実際の目で見たのと映像で見るのでは視点が違ってくる。
手際よくヒロシが操作をしてくれた。
数々のシーンで不備がないかを皆で確認していく。
「おおっ、天さんとさっちゃんがカッコイイ」
「夏だけのゲスト出演だが、上手くできて何よりだ」
「あたしは後ろで控える程度だったな。難しい台詞を覚えなくて済んでよかったよ」
次にチェックをするのが正太郎とちなみの共演。
台詞だけでなく立ち居振る舞いにも違和感がない。
ヒロシのカメラワークも上手く魅せて映してくれている。
演じた当人たちは羞恥心を感じるも耐え抜いた。
「スゴイ。本物のお嬢様と使用人みたい。唯だったらこんな上手く演技できないよ」
「勇、雑用でマジよかった。出演なんてとんでもないや」
「……なんかオレ。二人の足を引っ張ってるみたいで申し訳なく思えてきた」
「それを言うなら私も……」
「もう真中さんもお姉様もしっかりして下さい。お二人にとって、今年最後の映画作りとなるのですよ」
「まったくだぜ。オレたちはあくまでも引き立て役だ。心残りがないようにやり遂げてくれよ」
あとは淳平と綾の共演。
少しずつ魅力が上がっていく。
何とかついていこうとするひたむきさ。
やればやるほどに味が出てくる。
監督の美鈴が厳しく見ているので及第点は確実だ。
「ねーちゃんがカントクをお前呼ばわりする所がサマになったきたな。最初は全然ダメダメだったのに」
「う、うるさい」
「真中さんのお嬢様呼びも段々良くなってきましたね。最初はお姉様の名前呼び捨てで間違えてましたから」
「わ、忘れてくれ」
笑い話になるのも後々のいい思い出となる。
要は楽しんだもの勝ちだ。
概ね問題なしとしてチェックは完了。
そして残る撮影のシーンはひとつ。
海岸でヒロインが主人公に告白すること。
設定では、お見合い相手の善意もあって、東京の学校で学ぶ機会をくれたお嬢様。
その古き時代では学校で学べるのは贅沢なことである。
お嬢様は勉強がしたい。すぐにお見合い結婚は望んでいない。
先延ばしを承知の上で乗る以外の選択肢がない。
だが、そこに使用人までついていくことはできない。
東京の学校へ行けば使用人とお別れとなるのは必定。
遠くへ行く前に自分の気持ちを伝えたい。
そうしないと一生後悔するだろうというシチュエーションである。
――これらの設定を理解した上で、ねーちゃんがカントクに告白できるのか?
配役では告白していない秘めた想いを抱えての許されない恋だ。
でも淳平と綾は互いの気持ちを告白して付き合えている。
綾の演技力でそれらのギャップを埋めて上手く演じることができるのか?
――もし現実でねーちゃんがカントクと付き合っていない片想い状態だったら。長年の秘めた想いを乗せて本気の告白をし、この上ない迫力を出せるのだろうな。
懸念を抱きながらも実践をしてもらうしかない。
案外、撮影の本番でやれば上手くやってくれるかもしれない。
綾の演技は着実に成長をしているのだから。
しかし……。
「カット!! ダメよそうじゃない!!」
美鈴からダメ出しが入ってしまう。
演技をしている綾もしっくり来ないようだ。
パラレルワールドを知る唯は、ラストシーンは向こうの世界の綾が凄かったと言っている。
それを正太郎が詳しく確認してみた。
「唯、向こうの世界のねーちゃんは片想いだったんだろ?」
「うん」
「長年に積もった片想いを乗せた一撃必殺のガチ告白なんて反則だ。そんなのと比べられたらどうにもならん。こっちの世界のねーちゃんは両想いで成功している訳だしな」
「そうだよね。向こうは向こう、こっちはこっちだと唯も思う」
「とはいえ、今の告白シーンでは素人が見ても嘘っぽく見えるよな。改善点はヒロインの表情すなわち目だろう」
美鈴へ原因と改善の意見を申し出る正太郎。
原因は事実関係としてどうにもならない。
ヒロインの表情でラストを魅せたいのは大いに分かるのだが。
「告白は台詞だけが全てじゃない。行動で示す告白もありだと思わないか?」
「行動ってなによ?」
「愛情に飢えたスキンシップを求める。すなわち抱擁だ。お嬢様が使用人の胸へ飛び込んで顔を隠すんだよ。恥じらいをごまかすように使用人の服でもギュッと掴んでおけばいい」
「……続けて」
「使用人は立場に縛られて、それに苦しみながらも葛藤の末にお嬢様を強く抱きしめる。それは一人の人間として、ひいては男としての本能といってもいい。今この時だけはお許し下さいみたいにして、お嬢様への愛を示すんだよ」
「……そうね。ヒロインだけでラストを締めるのではなく、主人公とヒロインの二人でラストを締める訳ね」
「ああ。たとえ悲恋であろうとも、それは一人でやることじゃない。二人でやるものだろう」
「理屈はわかったわ。でも……」
「カントクの演技力が問われる。メチャクチャ葛藤させる訳だし、抱きしめるタイミングだって重要だし。要求レベルが跳ね上がって難儀すると思う。多数のNGは覚悟の上だな。さあ、どうする?」
美鈴は淳平と綾を呼び戻して説明をする。
抱擁ということで動揺を隠せない二人。
しかしヒロインの告白だけではどうしても限界がある。
「行動重視だから台詞は少なめにする。だからカントク、最高の映画で締めくくるためにも、かなり難しいとは思うが挑戦してくれないか?」
「……やるよオレ」
「ねーちゃんも飛び込む時にドジってコケないでくれよ」
「コケないって!! というか本当にそんな大胆なことするの?」
「ねーちゃんも分かってるだろ? あの告白では何度やっても無駄だ。態度で示す方向に改善するしか手がないんだよ」
「うんわかってる。今のままでは上手くヒロインに感情移入しきれてないって」
「抱いて下さいで伏線は張ってあるから回収すると思えばいい」
「あれはそういう意味じゃ……ああもう、やればいいんでしょ!!」
ここからが大変なNG集の幕開けとなった。
10回や20回なんてアッという間である。
途中参加である顧問の黒川先生が労ってくれた。
ヒロシがハイテンションでやる気満々となる。
NGに付き合わされるカメラマンも大変だから。
撮影の時間は日中を指定するため夕方には中断。
次の日に頑張るということでその日は終了となった。
その日の夜。
淳平と綾は二人っきりで隠れての練習を行なう。
夜の海岸で満月の下で最高のシチュエーションだ。
一生懸命になってアドリブも試してみる。
使用人の言葉をヒロインが遮ってみたり。
「お、おじょ――」
「今この時だけ!! この時だけでよいのです!!」
使用人が強く注意しようとしたり。
「い、いけませんお嬢様!! これは許されないことです!!」
あえてゆっくりと近寄り使用人の胸へ顔を埋めたり。
「……」
逆の発想で使用人から告白もしてみた。
「申し訳ありません!! 決して許されないことですが、それでも私は、お嬢様のことが好きです!!」
この光景を抜け目なく撮影をするヒロシ。
二人の行動を先読みしていたようである。
見張り役として正太郎・美鈴・ちなみがいた。
「お嬢様の積もった片想いに対して、使用人から告白をされたら、さぞや幸せだろうな」
「これはありかもしれないわね。両想いということで特に違和感も起きないわ」
「使用人さんだってロボットじゃないんだし。最後ぐらいワガママ言ってもいいじゃない」
使用人から告白をする。
感極まったお嬢様が使用人の胸へ飛び込む。
お嬢様も告白を返す。
使用人が嬉しさの余りにお嬢様を抱きしめてしまう。
これでいこうと満場一致で話がまとまった。