青春100% 作:完結の陽炎
親戚に東城遥という女子がいる。
5つ以上も年が離れている綾と正太郎の従姉だ。
綾にとっては甘えられるお姉ちゃんである。
しかし正太郎は違う。
姉を奪ってしまう嫌な人だ。
綾がいるので他の姉は不要。
親戚のお姉ちゃんだと言われても受け付けない。
普段は遠くにいるので仲良くする気になれない。
友達がいるので遊ぶ必要性も感じられない。
たまに来られても正太郎にとっては迷惑でしかなかった。
東城遥にとっての災難は性別が女であったこと。
もし男であれば正太郎もお兄ちゃんが出来たと喜んで甘えられたはずだ。
遥は正太郎に存在を全否定されてしまう。
その時のショックは察するに余りある。
綾と仲良くできても正太郎には嫌悪される事実。
その遥が原因で姉弟喧嘩になるほどであった。
交換日記で正太郎は書く。
気にせずに仲良くすればいい。
自分が我慢すればいいだけだ。
綾からは悲痛な返事を送った。
どうして仲良くできないのか?
いとこのお姉ちゃんが嫌いなのか?
姉と弟、女と男として分かり合えないデリケートな心の領域。
板挟みの遥は大いに困り果てた。
自分がいないほうがいいのではないか?
そう思ってしまうのも無理はない。
ある日、歩み寄りを始めたのは正太郎からだ。
これ以上、姉を悲しませたくない。
だから苦渋の決断を下す。
遥に国語の家庭教師をやってほしいと。
なぜ家庭教師? なぜ国語?
国語は正太郎が唯一得意とする科目だ。
正直、家の中まで勉強はしたくないが仕方がない。
遠くの従姉は正太郎にとって受け入れ難い。
そんな訳の分からない関係ではなく先生と生徒の関係を望んだ。
この要求を遥は呑んで引き受ける。
正太郎からセンセイと呼ばれて嫌な気はしなかったようだ。
スポンジの如く国語の知識を吸収していく。
好きこそ物の上手なれだ。
「なんて呼んでほしい?」
遥から正太郎へ呼び方のリクエストを尋ねた。
学校の先生からは苗字で呼ばれている。
姉と被ってしまうため、名前の呼び捨てで構わないと返答。
ついでに敬語も不要。堅苦しい喋り方は元々好まない。
「国語、楽しい?」
正太郎は素直に頷く。
ネタの宝庫を発掘する心境でワクワクするから。
姉を超える小説を書く野望を実現するための修行だ。
そのためなら嫌いな人から教わろうとも関係ない。
こうして折り合いをつけることで、これ以上の関係悪化を回避したのである。
綾がドジを治そうとするのは弟のため。
正太郎の前では立派なお姉ちゃんとして振る舞いたい。
裏を返せば正太郎のいない所では油断をしやすい。
趣味の小説を書くため、空想にふけってしまいボーとしがちだ。
一人にしては危ないからと、つかさが東城家まで来てくれた。
綾と一緒に通学をして面倒を見てくれる。
「おはようつーさん。いつもねーちゃんがセワになってかたじけない」
「おはようおとうとくん。あやのことはあたしにまかせなよ」
「じつはねーちゃん、ネボウしやがってバタバタしてんだ」
「あちゃー、どうせおそくまでホンをよんだりしたんじゃないの?」
「よふかしダメってオヤにいわれてるのに。だからがっこうでもウトウトしてケガするかも。とくにタイイクはあぶないから気をつけて」
「りょーかい」
しばらくして綾がやってきた。
髪が跳ねているのでつかさが綺麗に整えてくれる。
こうして三人揃って通学路を歩く。
「おとうとくんのクラス、カワイイてんこうせいがきたんだってね。ウワサになってるよ」
「こっちもつーさんのウワサをきいているぞ。ナイトみたいにカッコいいから」
「あたし、おんなのこなんだけどなぁー」
「ねーちゃん。そこカベだから」
「ほらあや、あるきながらのかんがえごとはダーメ」
綾がぶつかる前に正太郎とつかさで制止させる。
さらに曲がり角で正太郎が先へ行き異常がないかを確認。
その間、つかさが綾の盾役になってくれる。
「つーさんはつくるのはクッキーだけ?」
「ホットケーキ・スイートポテト・フレンチトーストはつくったことあるよ。こんどカップケーキにチャレンジするんだ」
「たべたいな、たべたいな、たべたいな」
「やめてよしょうたろう!! はずかしい!!」
「なんだよボーとしてたくせに。こういうときだけねーちゃんぶりやがって」
「あはは、おとうとくんはくいしんボウだね。いいよ、うまくできたらよんであげる」
つかさの了承に正太郎のガッツポーズ。
おやつの確保はとっても大事なこと。
回復要員は貴重な存在である。
「ともだちもつれていっていい? みんなでたべたほうがおいしいってニンジャがいってた」
「いいけど、なんにんいる?」
「オレ・うちば・サンボウ・あーちゃんで4にん」
会話をしていく内に目的の小学校へ到着。
学年が違うので下駄箱で別れる。
それと入れ替わるようにちーちゃんと美鈴で鉢合わせをした。
「おはようしょーくん!!」
「おはようちーちゃん。サンボウもおはよう」
「……おはよう」
「なんだよ、テンションひくいな」
「アンタたちがうるさいだけよ」
意に介さず靴を履き替えて移動をする美鈴。
それについていくのが正太郎とちーちゃん。
教室には内場がいるが、いつもより少し様子が変だ。
「どうしたうちば? かおがカチカチだぞ」
「とうじょう……さいきん、マンガがうまくかけん。ペンがすすまんのや」
「ぐあいでもわるいのか?」
「からだはげんきやで」
「たいへんだサンボウ。うちばがマンガかけないって」
「きっとスランプね。よくあるハナシよ」
「えぇーなになに? うちばくん、トランプしちゃったの?」
「スランプよ」
これは友達として見過ごせない。
どうすればスランプを抜け出すことができるのか?
その解決策を皆で考えてみた。
「マンガなんてわすれて、パーとあそんじゃえばいいんだよ!!」
美鈴の後ろで抱き着くちーちゃんの発言。
確かに気分転換は妥当な手段である。
遊び尽くして宿題を忘れたというオチに注意だ。
「マンガばかりみてないで、たまにはしょうせつでもよめば?」
美鈴のアドバイスはとても限定的で人を選ぶ。
マンガやアニメに比べると小説を読む小学生はいない。
正太郎の知っている限り、姉と美鈴しか知らない。
「ねてやすんでカイフク」
シンプルに休むことを提案する正太郎。
これで三つの選択肢が生まれた。
内場は腕を組んで唸ってしまう。
「うちばくんって、なやみだすとああなっちゃうね」
「うちばだからな。サンボウみたいにパッときめられないんだ」
「ほおっておきなさい」
「あ、サンボウ」
「なによ?」
「オレはシュギョーする。ねーちゃんをこえるために」
「あのトキみたいなコト、またやるつもり?」
「だいじょうぶ。こんどはモデルがいるから」
「ふえ? モデルってちなみのこと?」
「そうだ」
端本ちなみをモデルにオリジナル小説へのチャレンジをする。
ひとつの肉体に二つの精神あるいは魂が存在。
まるで二重人格のようなキャラクター性。
それを想像をするだけで創作意欲が湧き上がってきた。
「アンタのかくしょうせつ、キャラのなりきりがおおいよね?」
「そっちのほうがかきやすい。ねーちゃんみたいなカミサマしてんもたまにかくけどな」
想像でキャラクターを演じながら書くこと。
感情移入をして思ったことを素直に表現する一人称。
ある意味、ちーちゃんの演技を頭の中でする感じだ。
「しょーくんがちなみのマネするのぉ?」
「アタマのナカでやるぜ。あーちゃんにもなりきるぞ」
「しょ、しょーくんが、あたしのマネ……」
「ごめん。いま、がっこうだから。ちーちゃんにもどって」
「……ちょっとまちなさい」
「どうしたサンボウ? なにか――」
予鈴チャイムは空気を読んでくれない。
中断をされて放課後までお預けとなる。
なお、悩み抜いた内場は帰って休むを選んだ。
時間が過ぎての放課後。
内場を見送り美鈴の家へ向かう。
ちーちゃんが美鈴の腕に抱き着いて歩く。
「すこしはなれなさい。あるきにくいから」
「えー!!」
「えーじゃない。ほら、これならモンクないでしょ」
手を繋ぐという妥協を示した。
ちーちゃんはそれで充分だと快諾。
そんな二人を気にしないのが正太郎。
マイペースにネタ探しで周辺を見渡している。
「しょーくん、なにかみつかった?」
「トリがフンをおとすのをみた」
「きたないわね」
電柱の電線に鳥が羽を休めてフンを落とす。
体に当たらないよう気を付けないといけない。
上空からの飛び道具と考えてメモに書いておく。
戦闘描写の参考になるかもしれないから。
創作のアイデアはどんな些細なことでも取り入れてみるものだ。
場所は変わって美鈴の部屋。
兄ヒロシの写真部屋と違って本棚が象徴されていた。
ホコリや汚れを防止するスライドガラス。
普通の本もあるが、スタンドで飾る正太郎のノートが主役。
表紙がしっかりと見えるようにして立っている。
中身は内場漫画の二次創作集だ。
「た、たいせつにかざってるんだね。しょーくんのしょうせつ」
読めないのに正太郎の小説を読みたがるあーちゃん。
美鈴からは諦めろと何度も忠告をしている。
おとなしい振る舞いをしているが意外と頑固だ。
「ヒゲキのヒロイン、おぼえてる?」
美鈴が本題に入り、正太郎へ問いかける。
ちなみが独りぼっちの寂しさと悲しみを演じたヒロイン。
忘れるはずもない。
「あれになりきるのってどうなの?」
「かくごのうえ、といったら?」
「どこまでかくつもり?」
「できるコトぜんぶ、といったら?」
「はしもとがしられたくないコトもかくつもり?」
「それはのぞく」
切れ味が鋭い問い合わせに実直な応答。
あーちゃんの視点では、二人の会話がとても賢く見えた。
総合的な成績では美鈴が圧倒的にトップでも、国語のみに限定するのであれば正太郎も負けていない。
万能型と特化型。
その組み合わせが目の前に広がっている。
「はしもとはどうなの?」
「あ、あたし……しょーくんのしょうせつをみたい」
「それで、つらかったコトもかたるの?」
「しょ、しょーくんなら、いいよ」
美鈴が瞬時に問題点を察知。
これは止めなければいけない。
本当は言わないようにしていた。
しかし正太郎に危険が迫るとなれば話は別だ。
「まえのがっこうで、イヤなコトされていたとしても?」
「っ!!」
なぜそれを知っている?
あーちゃんの驚く顔が語ってくれた。
美鈴の優れた頭脳を舐めてはいけない。
「やはりね。だからだまっていたのに」
「サンボウ、どういうコトだ? せつめいしろよ」
「イジメよ。はしもとはイジメをうけていたのよ」
端本ちなみは家庭事情だけが問題ではない。
学校の生活にも問題があった。
イジメをしたほうは面白半分でやったに過ぎない。
でもやられたほうは一生忘れない心の傷を負う。
子どもは時として残酷になれる生き物だ。
「いいたくないコトはいわなくていいよ。でもコイツをキズつけるコトはゆるさない」
美鈴の内なる怒りがにじみ出ている。
それに威圧されたあーちゃん。
すっかり怯えてしまい正太郎の後ろへ隠れた。
「つまり、ちーちゃんあーちゃんのストーリーをかくと、オレのココロがキズついてズタボロになるのか?」
「アンタがホンキで、はしもとになりきってかくつもりならね」
美鈴が怒っている理由はよくわかった。
正太郎としてもイジメをネタに書くのはマズイと思う。
気合いで乗り切るにも限度はある。
美鈴が引っ叩いてでも力づくで止めに入るだろう。
「いつものアンタらしくかけばいい。わるいトコロをなおすアンタならできるでしょ」
「そうだな……もしイジメがなかったら、というセッテイにするか」
「ぜんぶしらないとかけないってワケでもないでしょ?」
「おう、やってやんよ」
自尊心が高いのか大見得を切ってしまう。
モデルとなるあーちゃんとちーちゃんの協力が不可欠。
楽しいことや嬉しいことを話してもらい、得意なこと、苦手なことも知る。
それら諸々の情報をネタとしてまとめていき、実話を元にした日記小説を書き上げた。
これならあーちゃんまたはちーちゃんでも無理なく読める。
美鈴にチェックをしてもらってお墨付きを頂く。
そして日記小説は美鈴からあーちゃんへ手渡された。
「も、もらっていいの?」
「はしもとをモデルにしたのなら、はしもとにケンリあるから。アンタもそれでいいでしょ?」
「おう。またかきたくなったら、それでつづきをかくからよろしく」
「あ、ありがとう……そとむらさん、しょーくん」
右拳を上げてガッツポーズをする正太郎。
創作のスキルレベルが上がったという気分を味わう。
ステータスの数字上昇までイメージしようとしたが、苦手な算数を連想してしまいやめた。
………………。
…………。
……。
内場家で世話になる日のちなみ。
漫画が読みたくて内場の部屋へ遊びに行く正太郎。
その漫画以外にもモノが散らかっている惨状。
漫画を除いて正太郎とあーちゃんで片付けた。
それにより足の踏み場を確保する。
「うちば、マンガにかこまれないとおちつかないのはしってるけどさ。せめてマンガだけにしとけよ」
「すまんな。あとまわしにしとるとつい……それよりこのマンガ、オススメやで」
「おー、あたらしいバトルマンガじゃねーか」
正太郎と一緒になってあーちゃんもバトル漫画を読む。
演技ができそうな所をピックアップ。
今度、遊ぶときやってみるのもいいだろう。
「ナカええな、ふたりとも」
「サンボウのほうがナカヨシだろ?」
「ガッコウではそうやけど、今みたいにイエのナカはべつやで」
「イエはあーちゃんがでるからな。あ、つぎめくっていい?」
「う、うん」
一緒に漫画を読むため。正太郎とあーちゃんの距離は近い。
どうしても体を寄せ合うようになる。
内場ではこうはならないらしい。
「うちば、おもしろかったぞ。つづきがでたらよみにいくぜ」
「じぶんでかわんのか?」
「マンガはうちばでよむ。そうきめてるから。タダでみれるし」
「ホンネだだもれやな」
「あ、もうジカンだ。ゆうがたのメシまでにかえらないと」
正太郎が帰ろうとするとあーちゃんが服を掴んで止める。
行かないでほしいというアイコンタクト。
あーちゃんの正直な気持ちが行動に出ている。
それを見た内場からの提案は簡単なことだ。
「とうじょう、うちでメシくっていきや」
「うちばのおやがオーケーならオレはいいぜ」
「おやにいうとく。せやからそっちもデンワいれとき」
「わかった。ちょっとデンワかりるぞ」
その日の夕飯は内場家で食べることにした。
あーちゃんはとても嬉しそうである。
正太郎と一緒にいる時間が楽しいようだ。
そしてあーちゃんの母がお迎えをして帰宅。
正太郎には夜道が危ないからと、内場の父が東城家まで送ってくれた。
とある日に美鈴から漫画と二次創作用ノートを受け取った。
問題点の書かれたメモを参考に執筆をする。
姉との交換日記には、小説を書く楽しさを語りまくって送った。
そして漫画は内場に返却し、完成した二次創作ノートは美鈴に渡す。
「サンボウ、ちょっといいか?」
「なによ? ここではいえないこと?」
「ちーちゃんともうひとりのほうでききたいことがある」
「なになにしょーくん、ちなみたちのこと?」
「そうだ。ちーちゃんがいると、もうひとりのこともあってはなしにくい。ちょっとサンボウをかりるぞ」
小学校の廊下に出て要点を伝える。
それはちーちゃんとあーちゃんの違いだ。
美鈴に対してちーちゃんはスキンシップを求めるほど好意的。
だが、あーちゃんは美鈴に対してどう接しているのか?
「まったくベツジンね。そとではベタベタするくせに」
「いえではベタベタしないと?」
「こっちにちかづこうとしないわね」
美鈴の部屋で居心地悪そうなあーちゃん。
美鈴は我関せずで読書という気まずい雰囲気。
そこを打開してくれるのが美鈴の兄であるヒロシ。
部屋へ乱入をして撮影という魔の手を伸ばす。
それを阻止してあーちゃんを守るのは美鈴。
そんな兄妹のやり取りで笑いを取らせるのが上手い。
「ブチギレであーちゃんにきらわれてるんだろうな」
「ハッキリといってくれるじゃない」
「おなじからだで、こころがぎゃくになるってフシギだとおもった」
「いまのはしもとはね、えんぎしてるのよ。ホントはあたしのこときらっているけど、すきにみせかけてるだけ」
「えんぎスキルってヤバいな。きらいなあいてでもそんなことができるんだ」
「おんなはヤクシャでもあるのよ」
「そっか。でもオレをまもるためにおこってくれた。サンボウがいわなかったらオレはヤバかった。そこはありがとうといいたい」
「……べつに。アンタになにかあったら、アンタのしょうせつよめなくなるからよ」
面と向かってお礼を言われるのに美鈴は慣れていない。
ついそっぽを向いて建前を口にしてしまう。
表面上は仲良しでも心の底では分からないものだ。
小学生でそんなことができるのも恐ろしい。
ちなみだけが別格なのかもしれないが。
「なんかわるいな。サンボウはわるくないのに、イヤなヤクおしつけてるみたいで」
「アンタがきにすることじゃない。というかアンタぐらいよ、そんなことかんがえるの。しょうがくせいらしくワガママでもふりまけば?」
「しょうがくせいらしくじゃない。オレはオレらしくやるだけだ」
なにをもって小学生らしくなんて語れるものではない。
正太郎は自分のやりたい事を正直にやるだけである。
そんな真っ直ぐなところが美鈴の気に入る所だ。
「そうねテイセイするわ。アンタはアンタらしくすればいい」
「そうさくのネタになった。れいをいうぜ」
「けっきょくそれなのね。せっかくのいいシーンがだいなしよ」
「ねーちゃんをこえるしょうせつをかくためだ。そのヤボウはゆずらん」
その日の放課後。
東城家に来るちーちゃん又はあーちゃんは上機嫌。
先に宿題を済ませて時間を確保した。
ちーちゃんとあーちゃんの双方を確認。
性格の使い分けは問題なくできている。
漫画でありがちな暴走はなく、健康面も大丈夫とのこと。
カルテのように紙に書いて異常なしとした。
「いまからするしつもんにこたえてくれ。もくひけんはありだ」
刑事ドラマでも見たのだろうか?
正太郎の言葉にあーちゃんは頷く。
そこから正太郎は率直に問う。
「サンボウはこわいか?」
「……ちょ、ちょっとだけ」
「サンボウはきらいか?」
「……あまりすきじゃない」
美鈴に言われたことで返す。
相手が好きじゃないならこっちも好きじゃない。
まさに鏡のように接するかのごとくだ。
「うちばはこわいか?」
「ぜんぜんこわくない」
「うちばはきらいか?」
「きらいじゃない」
正太郎はわざと答えやすい質問に変えた。
これは予想通りの回答である。
内場は怖いと思わせることをしていない。
部屋の散らかしが玉に瑕かもしれないが嫌うほどではない。
「オレはこわいか?」
「こわくない」
「オレはきらいか?」
全力で首をブンブン振り否定のアピール。
おとなしい性格のあーちゃんができる精一杯のことだ。
相手によって回答が違うことを学ぶ。
「あーちゃんはオレとにている」
「え?」
「ちがうのは、うまくえんぎしてきらってないようにみせられること。オレはそんなマネできない」
「……し、しょーくん、きらいなひといるの?」
身の上話をしていいのか少し迷った。
嫌う内容は異なるのにどこか似ていると思ってしまう。
それを見過ごすことができず、あーちゃんなら言ってもいいかと理屈抜きで話した。
「イトコというわけわからんヤツがいる。ねーちゃんのニセモノだ。きたときはねーちゃんよろこぶけど、とおくいったらねーちゃんがかなしむ。オレはそのよくわからんヒトがきらいだ」
遊びに来たかと思えば瞬く間にいなくなってしまう。
そのたびに姉が行かないでほしいと泣くのだ。
こんなことなら最初から来るなと怒りが生じてたまらない。
どうせ長く滞在しないから仲良くしても無駄だ。
正太郎の価値観ではそうなってしまう。
「はじめてだったよ。オレとねーちゃんがケンカしたの」
あーちゃんに回想話を聞かせる正太郎。
姉のために家庭教師という妥協までした。
嫌いな人を先生として好きな国語を学ぶ。
おかげで国語のレベルが上がったのは確かだ。
こうして得があると思って割り切るしかない。
「オレにはえんぎスキルがないから、こくごの修行でガンバるしかなかった。えんぎスキルをもつあーちゃんのかたわれがうらやましい」
「……つらくない? きらいなヒトからおしえてもらうの」
「それはそれ、これはこれ。こくごはネタのタカラだから」
あーちゃんは正太郎が大人のように思えた。
少なくとも今まで見てきた小学生とは全然違う。
だからあーちゃんも思ったことを伝えた。
「あたし……お、おこるそとむらさんはこわくてスキじゃない。でもやさしいそとむらさんは、あ、温かくてスキ」
「それはサンボウにいってやれ。でもサンボウがおこるのは、ゼッタイにりゆうがある。おこられるようなコトをしなければおこらないから」
後日、ちーちゃんを通じて美鈴へ伝える。
美鈴は理由もなく怒ったりはしない。
好かれようと嫌われようと自分らしくありたいと主張。
でもキツイ言い方で怖い思いさせたのはごめんなさいと謝った。
それができる人は少ない。
これを機にちーちゃんはますます美鈴に懐き、あーちゃんも控えながら接近して会話をするようになった。