青春100% 作:完結の陽炎
映制で気になるのは映像コンクールの結果だ。
黒川先生の呼び出しで放課後の教室へ映制メンバーが集まる。
去年のあの時と同じような光景。
そんな中、黒川先生からの発表が下される。
「おめでとう。お前たちの作品は優秀の2位入賞だ」
「ああちくしょう、やっぱ1位無理だった!! 絶対キャラ食いが原因だ!!」
「正太郎、静かにしなさい!! 皆の前で恥ずかしいことしないで!!」
正太郎のオーバーアクションに綾が叱り飛ばす。
他のメンバーも非常に悔しそうだ。
あれだけ最善を尽くしてもまだトップに立てない。
現実の高い壁を痛感してしまう。
「ここの卒業生で角倉周がいる。そいつも審査員として入っていたが、ヤツはこの映画が1位であってもおかしくないと評価していた。確かに粗削りこそあるものの、それは他の上位の作品でも言えることだとな。それでヤツはこの映画を作った監督と話をしてみたいそうだ」
メンバーからの視線が美鈴へ一斉に注がれる。
プロの若手監督に話せるのは大変に名誉なこと。
だが美鈴は冷静な面持ちで言った。
「黒川先生、このようにお伝えください。1位を取った時にお会いするのを楽しみにしています。それとお会いするのはあたしではなく、あたしをお手本にして学んだ真中先輩でよろしくお願いします」
これにはメンバーも驚きを隠せない。
特に矛先が向いた淳平の動揺は大きい。
ハッキリと断る美鈴の迅速な決断と理由に黒川先生は不敵に笑う。
「なかなか言うじゃないか。わかった、私から上手く伝えておこう」
「真中先輩、大学の映画作りで1位を目指して頑張って下さい。きっとチャンスはあります」
淳平は胸が詰まる思いがした。
自分のためにお膳立てする美鈴の優しさが申し訳ない。
ここで正太郎が誇らしげに言い放つ。
「見たかカントク。オレらが誇る最強の部長ここにありだぜ」
あらゆる意味で美鈴には敵わない。
この心遣いを無駄にしてはいけない。
青都大学へ合格して、1位を目指すことを決意する。
「綾、オレ本気で勉強するよ!! ここまでされたら絶対に受かりたい!!」
「うん!! 私も精一杯手伝うから一緒に頑張ろう!!」
淳平と綾の士気はこの上なく高まる。
これも美鈴の狙いだろう。
言うべきところは言ったのでその場で解散となる。
あまり長居をしても名残惜しくなるから。
立つ鳥跡を濁さずである。
映制で2位受賞の結果、優先権を用いて部室を確保。
創作部の部室ではなく、写真新聞部があった部室を獲得した。
これで当面は部室を奪われることがない。
内場や唯は残ろうかと言ってくれたがキッパリと断る。
受験生として他のことに時間を大切にしてほしいから。
一人になった美鈴に新入部員が来るか否か?
映制を存続させるために美鈴は面接を開いた。
「じゃあ、次の質問。今まで見た映画の中で一番好きな作品の名前をあげてください」
だが来る者は冷やかしの生徒ばかり。
ウンザリしながらも地道に面接を続けていった。
数日後、まともな男子または女子の生徒が現れる。
嵐泉祭の映画を見て感動をしたというのがきっかけだ。
どうやって映画が作られるのか?
初心者でも大丈夫なのか?
まったく映画を知らない人でも撮影はできるのか?
活動日がどれだけあるのか?
バイトや部の掛け持ちなどで融通はきくのか?
合宿はあるのか?
映画作りで求められることや気を付ける点はあるのか?
――そうよ。あたしはこれを待っていたのよ。
美鈴が待ち望んでいた。
相手が未経験者であろうと関係ない。
大事なことは知ろうとする気持ちと行動にある。
懇切丁寧に回答をする。
そのしっかりした対応に安心と信頼を寄せる生徒たち。
部長としてのカリスマもあっての事だろう。
美鈴の下に新たな部員が集まっていく。
これを後で知った正太郎は唖然とした。
同じ部長でも美鈴と比べて部員は集まらないのに。
ーー悔しいけど、納得できるだけのカリスマが美鈴にあるんだよな。
占星術の使い手がひょっこりと部室に現れた。
廊下に出て対応をする正太郎、
現状のままで近い内に人が集まるという予言を残した。
それを聞いて正太郎は根回しの必要性を直感する。
――おそらくねーちゃんが受賞するに違いない。それで人が集まるのだろう。
後日、創作部顧問の先生からお知らせが入る。
泉坂高校を通じて蒼睡社から中路賞の受賞が郵送された。
その対象となったのが綾である。
創作部一同は大いに盛り上がって拍手喝采となった。
「中路賞……受……賞……」
綾が驚愕の色を隠せない。
これでプロの小説家として第一歩を踏み出す。
そのチャンスを得たとして誠にめでたい事である。
――オレじゃなくてよかった。あの作品に登場した先生もこんな気持ちだったんだな。悪戯に成功した子どもって気持ちがよくわかるぜ。でもこんな事は何度もやるものじゃない。まともな精神でいられなくなるぜマジで。
冬に馳せる者は評価されないからこそ価値がある。
審査員が正太郎の作品を落選させたのは正しいこと。
一対一の純粋な小説で競って姉に負けた。
その事実を素直に受け止めて己を高める修行を続けたい。
ーーその前に根回しは必要だな。
その場を離れて天地に連絡をする。
綾が受賞したことで、蒼睡社から執筆の催促をしてくるかもしれない。
しかし今は受験生の身だから合格するまでは猶予を与えるべきだ。
その配慮をしてくれるか分からないから事前に手を打ちたい。
もし可能であれば天地財閥から蒼睡社へ釘を刺せないかと頼んでみた。
「今に始まったことではないが、君はお姉さん思いだな」
「オレに勝った以上、ねーちゃんには最強の小説家であってほしいんだよ」
「わかった。時期を見るように働きかけておこう。あとマスコミのほうにもな」
「助かるぜ天さん」
「気にするな。他ならぬ君の頼みだからな。だが全く発表されないようにするのは流石に無理があるぞ」
「本名で応募しているし、おそらく学校から表彰がされるだろう。その辺りはねーちゃんに覚悟してもらうよ。でも写真の掲載は控えてほしいかな。受験で合格を果たすまでは」
「わかった。確かに配慮されるべきだな。上手く折り合いをつけるから安心するがいい」
プライバシーの保護という法律にも関わること。
在籍中は泉坂高校に話を通し、学校は生徒の安全を守るのが道理である。
だからといって天地の言う通り、全く発表されないようにするのは不可能。
後日、全校集会で綾は表彰を受けて一躍有名になった。
両親が盛大に祝い、創作部に生徒が集まる。
副部長のちなみだけでは追いつかない。
部長である正太郎も加わって対処をしていく。
美鈴に負けないぐらい、あるいはそれ以上の部員となった。
――小説家で有名になったねーちゃんの弟か。オマケ扱いは必然だな。
創作部の活動は基本的に自由参加。
やるべき事をやっておけば部室に来なくてもいい。
綾の場合は既に達成している。
だから所属を残しても受験の支障がない。
「映制を引退したなら、創作部も引退して勉強に専念すればいいのに」
「きっとお姉様、しょーくんと高校で過ごせる時間を大切にしたいんだよ。卒業したら家の中でしか会えなくなるからね」
「その家も再来年には出るけどな」
綾が所属を維持することで宣伝効果がある。
弟が守る部活を支えたいのだろう。
おかげで創作部は安泰だ。
――弟子の中間が来るまでは引退できないな。
有名人が所属する創作部。
その部長となれば大変に名誉なことだ。
しかし部長の資質に見合う人材がいない。
育てるにも有名人の弟という色眼鏡が障害となる。
だから中間に部長の座を譲るまでは頑張るしかない。
正太郎が次に向かったのは淳平のところだ。
天地が釘を刺してくれるのは受験の時期まで。
青都大学に合格をしてから苦労の日々を過ごすだろう。
そういう時こそ励まして支えてほしい。
綾が創作をする原動力が淳平にある。
淳平が書いてほしいとお願いすれば単純に書いてくれるはずだ。
「いわゆるアレッスよ。好きな人のために頑張れちゃう乙女心ッス」
「そ、そういうものなのか。にしても東城も大変だな。有名人が身内にできてしまって」
「オレを通してねーちゃんと関わろうする魂胆が見え見えッス。オレのことは眼中なしってのがハッキリと伝わるッスよ」
「東城の凄い所、オレは沢山知っているからな。あまり気にしないほうがいいぞ」
「お気遣いどうもッス。そういうことはねーちゃんに言ってやればいいッスよ」
作家の弟として関わってくる生徒の数が増大。
声掛けが激しく学内は集中しにくい環境になった。
さすがに学外であればそんな事にはならない。
外見的に姉と似ていないのが幸いした。
ちなみと一緒に帰っている最中に正太郎は言う。
「己を高める修行をするには、学外でないと難しいようだ」
「しょーくんの邪魔をしてくる生徒を消す? 消しちゃう?」
「自重しろ。ねーちゃんが卒業したら、今のミーハーな熱は徐々に引いていく。適当に聞き流せばいい。こういうのも創作のネタになるから悪い事ばかりでもない」
ちなみが暴走をしないように釘を刺す。
正太郎を理解できるのはちなみだけ。
その特別感から自信と余裕をもってくれればいい。
「オレは誇らしいぜ。ねーちゃんが認められたこともそうだが、オレの作品があの物語みたいに落選したこともな」
「落ちて喜ぶなんてしょーくんぐらいだよ」
「悔しがったり悲しかったりするのが普通だからな。きっとあの作品の裏を見抜けるヤツはいない。仮にいたとしても、それを評価するかどうかは別の話だ」
「わたしなら評価しちゃう。花丸あげちゃうよ」
「わーいって喜べばいいのか?」
「えへへ……あ、もう家に着いちゃったね」
楽しい時間は早く過ぎてしまう。
まだ一緒にいたいとちなみの目が訴えている。
正太郎もこのまま帰るつもりはない。
「ちなみは青本持ってるよな?」
「うん。しょーくんは赤本だよね?」
「年度数は多いけど解説が少ない赤本。対して年度数は少ないけど解説がされている青本」
「一緒にやったらお得だね」
「青本にない年度数の赤本で、ちなみの分からない所があればオレが教えよう」
「はーいよろしく先生。どうぞあがって」
「ちなみと受験勉強ってことで、夕飯もこっちで済ませて来るって親に連絡入れていい?」
「もちろん大歓迎だよ」
自分の家でやるよりも勉強ができる。
環境を変えて勉強のスイッチが切り替わりやすい。
ちなみは演技スキルがあるから自由にその辺りができる。
なんとも羨ましい限りだと正太郎は呟く。
こうしてお互いの学力を高め合っていった。
………………。
…………。
……。
創作部と映像制作部。
お互いに受賞の実績を持つ部活として対等な関係。
約束を果たすため正太郎が美鈴へ同盟を申し出た。
「いいわよ。何かあれば助け合いましょう」
「よろしく。それにしてもさすがカリスマの部長。アッという間に部員を集めやがって」
「そっちこそ。もうすっかり創作部は有名になってるじゃない」
「こうなることを見越してねーちゃんを引き込んだからな」
「……他の出版社なら、アンタの作品を評価してくれるかもしれないわよ」
「結構だ。オレはねーちゃんと小説の勝負をして敗れた。潔く認めた上で己を高める修行をしていくさ」
「……いつ引退するの?」
「弟子が入学してくるから、そいつに部長の座を譲って引き継いでもらうまで」
「わかった。今度お互いの同盟祝いでもしましょう」
「了解した」
三部同盟と少し違うのは、映像制作部が同盟を結ぶのはあくまでも創作部だけ。
美術部と書道部に関しては無関係を貫く。
いかにも美鈴らしい。
お祝いの乾杯は、ちなみ・内場・唯・勇も誘ってささやかに行われた。
有名になった綾は正太郎以上に生徒たちの声掛けが増えてしまう。
ファンクラブ会長のヒロシが上手いこと庇ってくれる。
まるでマネージャーにでもなったかのような対応だ。
力也は力也で、勉強の息抜きも兼ねて奇行に走る。
机に乗って変なダンスをしたり、タコ星人のマネをしたりなど。
色々と馬鹿をやって周りの注目を集めさせる。
青春100%男のやることだからと割と悪く思われていない。
こんなこともあって綾の精神的な負担はかなり減った。
淳平は二人に感謝しながら、できるだけ綾の傍にいる。
それだけでも綾が安心をしてくれるから。
たまにつかさが顔を出しに来ていた。
その時はさつきも一緒で何かあれば頼れと心強い。
同じクラスのこずえも綾を気にかけて優しく接してくれた。
実に良き友達を持っている。
綾は己の恵まれた人間関係に感謝をした。
「あの豪華な洋館や和館だけどな。解体するのは忍びないから別荘とし残すと言っていたよ。天地にとっても思い出深く感じているみたいでね」
さつきの報告に淳平たちはどこか嬉しそうだ。
あの場で部活をした日を思い出しているのかもしれない。
この時期の3年生は受験ムードでとにかくピリピリしている。
どんよりと重々しく息苦しさを覚えても淳平は投げ出さない。
綾に教わって少しずつ理解をしていく。
時に忘れてしまうことも多々あっても綾は見捨てたりしない。
根気強く繰り返してパッと思い出せるようになってきた。
「おいおい小宮山、大丈夫かい?」
「お、おお外村……頭がクラクラ……数式が……英文が……回ってる」
「力也さん!? 少し休みましょう!!」
「す、すまないこずえちゃん……ああ……こずえちゃんの顔、数式に見える……」
力也とこずえの勉強はヒロシが教えている。
しかし棍を詰めたことで力也が幻覚を見てしまった。
こずえに心配かけさせてしまい机に伏せてダウン。
たまには息抜きをしないと逆効果になりかねない。
「淳平くんも無理しないでね。適度に休むことも大事だから」
「そ、そうだな。小宮山みたいにならないよう気を付けるよ」
ここでヒロシからカラオケで憂さ晴らしを提案。
綾は歌えないので正直気乗りしない。
でもストレス発散をすることには賛成である。
「う、歌わなくていいなら」
聞くだけなら受け入れる綾。
参加者は淳平・綾・ヒロシ・力也・こずえは確定。
さつきは小さい妹や弟の世話があるので今回は辞退する。
天地も家業の都合で参加はできない。
つかさもバイトがあるので次の機会があれば行くと約束をした。
シフトの都合があるので、次に誘う時には前もって知らせたほうがいい。
「美鈴たちも誘っていいかい?」
「オレはいいけど、唐突に誘っても来れないんじゃないか?」
「ふむふむ、正太郎くんが誘ってOKしたよ。さすがだね」
「いつの間に連絡したんだよ?」
「そろそろ息抜きがいるだろうと思って事前にメールしておいたよ。まさに僕の計算通りになったね」
「相変わらず外村がヤバい。映研の頭脳もとい映制の頭脳は恐ろしいな」
「そんなに褒めないでくれよ真中。これぐらいは夕飯前さ」
「オレ、突っ込まないからな」
カラオケでの気分転換。
正太郎と力也が肩を抱き合ってノリノリで歌う。
マイクを握りしめて腹の底から声を張り上げた。
「イェーイ!! コミさん最高ッス!!」
「おー東城!! まだまだいくぞ!!」
姉が有名になった巻き添えでストレスが溜まっている正太郎。
思い切り羽目を外して気分をリフレッシュしたい。
力也も勉強の鬱憤を晴らしたいので似たようなものだ。
「次は唯とゆーくんでデュエットするよぉ!!」
「唯が一人で歌えって。勇はピアノ以外ダメなんだよ」
「大丈夫だって。上手下手は関係ないから」
「内場、先にどうよ?」
「僕は二人の後に歌わせてもらうで。真中先輩もご一緒にどうですか?」
「えー、オレも歌はちょっと……」
「真中先輩がよく見る映画の主題歌。それならイケませんか?」
「うーんまあ。じゃあ一回な。下手でも文句言わないでくれよ」
「僕こそあんま上手くないんで逆に心配なりますわ」
唯はダンスをしながらリズムよく、勇は突っ立ったままで。
唯のリードに勇がついていく。
それはピアノでも歌でも同じだ。
ヒロシのカメラが見逃す訳がなくテンションアップ。
ホームページで唯に関する写真が不足しているから丁度良かった。
内場と淳平の組み合わせは珍しい。
適度な距離で時々詰まりながらもやり切っていた。
「綾さんは歌わないんですね?」
「う、うん。歌うのホント苦手で。こずえちゃんは?」
「すみません。あたし音痴なので聞くだけ派なんです」
綾とこずえはどちらも歌うのが苦手である。
他人事に思えず仲間意識が芽生えた。
ヒロシがマイクを二人の前に差し出した。
「おりゃっ」
「やんっ」
「だめえっ」
「おりゃっ、おりゃっ」
「やん、やんっ」
「だめだめえっ」
からかわれてしまう綾とこずえ。
淳平と力也が二人の可愛さに悶絶をする。
助けてやれよとツッコミを入れる正太郎。
そして助け舟になったのが美鈴である。
「兄貴、おちょくるのもそれぐらいにしな。ほらマイク貸しなよ」
任侠に溢れる渋めの演歌を始める。
あらゆる角度からカメラのシャッターを切るヒロシ。
それらを見守っていると部屋のドアが開いた。
「おかえりちなみ」
「ただいましょーくん」
ちなみが化粧直しから戻ってきた。
少々長かったが女の子には色々と事情がある。
深追いをしてはいけない。
「ちなみ、ポテト食うか?」
「もらう。あ、ジュースありがとうしょーくん」
「どういたしまして。曲はどうする?」
「奇跡の天使チェルシーエンジェル」
「了解。リクエスト入れておくぜ」
しばらくして歌い切った美鈴からマイクを受け取る。
ちなみは振り付けが完璧で、得意の演技でキャラになりきって歌う。
これにヒロシが大興奮。
危うくちなみを様付けで叫んでしまうところであった。
「へえー、コミさんは妄想使いの家族に挨拶したんッスね」
「おう。東城もこずえちゃんから昔のことは聞いてるよな?」
「ずっと女ばかりの生活で、このままではいけないと外へ飛び出して、そしてオレとコミさんで出会った話なら覚えてるっスよ」
「こずえちゃんの家族は女しかいなくてな。こずえちゃんと付き合ってる男のことが気になって仕方なかったんだよ。それで安心させてやりたくて挨拶に行ったんだ」
「はうっ……力也さん、とても素敵でした」
不安で心配するのが親心なら、娘の幸せを願い信じるのもまた親心。
力也がこずえを大切にする熱意は伝わったのだろう。
最終的に娘をよろしくとお墨付きをもらったとの事だ。
「凄いッスよコミさん。オレは昔、ちなみの母親に一回だけ会ったけど、何を話せばいいのか分からなくて困り果てて、ちなみが割り込んで助けられたのに」
「しょーくんは大人嫌いの敬語嫌いだもんね」
「ずっとこのままって訳にもいかないから、忠義モードを開発したぜ。伊達メガネ越しなら挨拶できる自信はある」
「しょーくん、そこまでしなくていいから」
正太郎に尊敬の意を受けた力也は気分良く笑う。
普段はおちゃけていてもやる時にはやる男。
勉強でかなり苦戦しているようだが、こずえのために頑張って結果を出そうとしている。
今のように時々は遊んで気分を一掃させる。
そして効率よく受験生の日々を過ごす淳平たちであった。
………………。
…………。
……。
受賞をした綾の小説が書籍化するのはまだ先の話。
綾が志望する青都大学に合格するまで時間がある。
天地財閥の働きもあって出版社からの催促はない。
写真の掲載もこの時は控えられている。
「ねーちゃん、日記」
「今ちょっと手が離せないの。机に置いて」
「あー、湿気で髪が跳ねていやがる。トリートメントで手間かけて大変だな」
「男の子はいいよね。湿気があっても関係ないし」
「髪が維持できそうにないなら、昔の変装モードで三つ編みにメガネするか? カントクに可愛く見られたいねーちゃんが変装することは滅多にないけど」
「うるさい。用が済んだら出て行って」
「オレのクラスでねーちゃんのサインをおねだりされたり、ファンレターを送ってみたいと言われたり、それらを上手くかわしている弟に対して労いもないとは泣けるぜ」
「う、うそ……やだ、そんな事になってるなんて信じられない」
オロオロと狼狽える姉。
それでも結果を出したことに変わりはない。
見た目と才能は別である。
「オレはねーちゃんのような天性の才能はない。そこからさらに努力していることをオレは知っている。そりゃあタイマンで勝てない訳だよ。オレひとりの実力ではねーちゃんより劣るのは明らかさ」
「やめて正太郎。そんなの聞きたくない」
「いいや聞いてもらう。そんなオレでも映研と映制の対決では順位を上回った。ねーちゃんに劣っているはずのオレが何故勝てたと思う?」
「……」
「映研の団結力よりも映制の団結力が上回った。忠誠を尽くすに値する監督の美鈴、誰よりも優れた演技ができるちなみ、綺麗な音楽を奏でてくれる唯、カメラマンとして尽力をした内場。最高のメンバーが共に力を合わせて映画を作る事で、オレはねーちゃんを超えられることを証明したんだよ」
「正太郎……」
「あの時の達成感をオレは生涯忘れない。ねーちゃんの才能に劣等感や嫉妬をする事もない。オレはオレらしくあればいいと分かったからだ」
責めるつもりは毛頭ない。
才能に恵まれた姉がいたからこそ今がある。
感謝をすることはあっても恨むことは皆無だ。
「こうして日記交換もあと数ヶ月足らずだ。きっと、ねーちゃんは卒業式で答辞をすることになるだろう。そして在校生の代表は、オレらが尊敬する美鈴が送辞を務めるに違いない。その時が楽しみだぜ」
「私がするなんて決め付けないで。他の人がするかもしれないでしょ?」
「成績優秀かつ小説の受賞者なら誰もが納得するって。途中で舌を噛んだりするなよ。身内の恥だけは避けてくれ」
「もぉーそういうこと言わなければいいのに。さっきまでのやり取りが台無しだよ」
憎まれ口の弟に呆れてしまう。
それでも家族や友達を大切にできる優しさを知っている。
嬉しさと寂しさが混ざってしまう。
こればかりはどうしようもなかった。
淳平といる時の綾は恋心で溢れている。
当時に比べて積極性が増し、自分から淳平に手を繋ぐことが増えた。
身を寄せて明らかに距離が近い。
健全な淳平が綾を求めても不思議ではない。
抱きしめたい衝動のままに行動をすれば受け入れてくれる。
淳平の腕の中でうっとりする夢心地で女としての幸せを感じた。
見つめ合えば綾が目を閉じて、その自然な雰囲気のまま淳平から顔を寄せてのキス。
心臓が破裂しそうな程のドキドキでお互いに照れ合ってしまう。
「綾」
「淳平くん」
名前を呼び合うだけでお互いの想いが昂ぶってしまう。
好きという気持ちから相手を求めて止まない。
その日のキスは3回。
もう1回と可愛くおねだりをされては理性が簡単に吹き飛ぶ。
帰った後、お互いに自分の部屋で余韻に浸った。
………………。
…………。
……。
つかさの進路はパリ留学。
そのための留学先や住居は店長を通じて手続き中。
すでに両親の了解は得てパスポートの申請済み。
フランス語の勉強と菓子作りの修行で忙しい日々。
そんな彼女を支えてくれるのが日暮龍一。
髪を短く切りヒゲを剃って清潔感を出している。
当たり前のことだが店長である龍一の祖母からすれば意外らしい。
「龍一さんって、そんなにめんどくさがり屋ですか?」
「そうじゃよ。髪はボサボサ、髭はボーボーと見苦しい日もあってのう。さすがにその時は注意したわい」
「あたしの前だとそんな姿を見せないですね」
「つかさちゃんの前ではカッコ付けておるんじゃよ」
「婚約者になって変わりました?」
「うむ、変わったよ。良き方向に成長しておるわい」
「……恋愛したことがないあたしが龍一さんのお嫁さんで大丈夫でしょうか?」
「龍一のこと嫌いかい?」
「それはないです。嫌いな人なら最初から断っていますから」
「つかさちゃんは今のままでええんよ。真っ直ぐに己の信じる道を進めばよい」
仕事がオフの時、龍一の傍で自然体のつかさ。
心が癒されているのは龍一も同じ。
つかさを家まで送ってくれる紳士的な大人。
その帰り道でつかさが話しかける。
「龍一さん、今年のクリスマスも去年と同じ?」
「いや、つかさは友達の皆と過ごすといい。会える内に会って、思い出を作ったほうがいいぞ」
「おやおや、仕事中は厳しい龍一さんもこの時は優しいんだ」
「おいおい、鬼教官のように思っているのか?」
「混ぜ方が足りないから手伝って。ケーキ盛り付けて。ゴミ出しやって。食器洗って。調味料補充して、エトセトラ」
「コキ使っているつもりはないぞ」
「他のバイトの子が目を回して悲鳴あげてたよ。あたしにヘルプ要請してくる事が多かったんだよね」
「つかさが頼りになるのは俺も認める所だ。全体がよく見えている」
「部活で現場の指揮をとってたから。仕事でも活かされてるみたい」
つかさから手を繋いでいいかを確認。
龍一がどうぞと手を差し出してくれる。
そして互いに手袋越しに繋いで歩く。
「ドキドキはしないけど安心するよ。なんか守られているって感じ」
「俺はそのつもりだけどな。でも安心と言われて嬉しいぜ」
「弟くんが彼女に背中を守られて安心。なんて聞いた事があるけど、きっとこんな気持ちなんだろうね」
「東城か……つかさは東城に対してドキドキしないのか?」
「ないない。小さい頃からカワイイって思ってたぐらい。今も親友のカワイイ弟くんって感じだね」
「それは男として複雑だぞ」
龍一がそう言ってもつかさとしては仕方のないこと。
自分の心に嘘はつけない。
そしてあるがままを口にしていく。
「前にも言ったけど、あたしはドキドキ経験がないんだ。ワクワクしたり、ホッとしたりはあってもね。遊園地のジェットコースターでのスリルはさすがに違うし」
「だったらドキドキさせてやろうか?」
「人前で?」
「俺は気にしない」
「あたし、見世物になるつもりないよ。二人っきりで試してほしいな」
「後悔するなよ」
「でも子どもはまだ早いよ」
「っ!! ち、違うそういう意味で言ったつもりじゃ――」
「クスッ、貴重な龍一さんが見れてあたしは満足だね」
年下のつかさに踊らされる龍一。
家に辿り着いた時につかさが言った。
「両親ともに今日は遅くなる日なんだよね」
「……誘ってるのか?」
「ドキドキさせるって言ったよね? あれは嘘なの?」
「つかさ……あがっていいんだな?」
「どうぞ」
龍一がつかさの家に来るのは少ない。
お菓子作りを教える時に入るぐらいだ。
つかさの部屋というプライベート空間は初めてとなる。
コーヒーと紅茶どちらを選ぶか?
紅茶を選んでつかさが用意をしてくれた。
「あたしの部屋ってそんなに珍しいの?」
「こう言っては何だが、女の子の部屋に入ったことがないんだよ」
「それは意外。大人で経験豊富なイメージが勝手についちゃうんだけど?」
「本当に勝手なイメージだな」
「初体験おめでとう龍一さん」
「それ、誤解招くから人前で言わないでくれよ」
「はーい……龍一さん」
「なんだ?」
「龍一さんはドキドキしてます?」
「俺の胸に手を当ててみればわかるぜ」
「んー、服越しでは分かりにくいな」
つかさは龍一の服の中に手を差し込む。
手のひんやり感で龍一がビクッと震えた。
「あ、なんかドキドキしてるっぽい」
「つ、つかさ。直接触れるのは大胆すぎるぞ」
「仕方ないじゃん。こうしないとドキドキしてるか分からないし」
「もうわかっただろ? そろそろ手を――」
「もうちょっと待って。比べてみたいから」
つかさはもう片方の手を自分の胸に当ててみた。
龍一はドキドキしているのにつかさは平常心だ。
若干早いかもしれないが龍一ほどではない。
そんな比較を終えてから手を引っ込める。
「あたしは龍一さんみたいにドキドキしてないや」
「だから俺がドキドキさせてやるって話だよな?」
「痛いのはダメだよ。あたし、そっちの趣味はないから」
「だから言い方!! まったく最近の高校生ってそんな感じか?」
「人それぞれだから一概に言えないって」
ここから龍一からのスキンシップ。
髪を撫でたり、抱きしめたり、胸に手を当てたり、顔を撫でたり。
色々と試してつかさは嫌がらない。
体の奥から温かくなるような不思議な心地よさがあった。
「辛い時や疲れた時、ギュッと抱きしめてくれると元気になるかも」
「こうか?」
「うん……お菓子の甘い匂いがする」
「毎日菓子作りしてるからな」
龍一の動きがどうにもぎこちない。
女の子の扱いに不慣れで緊張しているようだ。
逆につかさは落ち着いている。
気持ちいいからと屈託のない笑顔を曝け出す。
「龍一さん」
「……なんだ?」
「あたし、龍一さんと一緒にいる時間が好きなんだって思う」
「ドキドキしなくてもか?」
「うん。だって居心地がいいから。龍一さんは緊張してるみたいだけど」
「なんかずるいな。俺だけ緊張してつかさは平気なんてさ」
「バイトの初日は緊張したから、それと同じで訓練すればきっと慣れますよ」
「こういうことを繰り返して慣れろと?」
「イヤかな?」
「イヤな訳ないだろ。だがな俺も一人の男だってことは分かってくれ」
「龍一さんはあたしとエッチがしたいと?」
「直球すぎるぞ!!」
「違うなら違うっと言ってほしいな。超能力者じゃないから龍一さんの心は読めないからね」
会話の主導権はつかさにある。
龍一は心を乱されて振り回されがちだ。
年上として、男としての面目が立たない。
「違わないが、そういうことはまだ早い」
「同感。キスも早い?」
「したいのか?」
「興味はあるよ。でもちゃんとケアしたいからまた今度だね」
婚約者という立場上、なにも焦る必要はない。
つかさは自分らしく龍一と向き合って接するだけだ。
言葉にも遠慮がない。
プライベートの時は龍一の望み通りにタメ口である。
こうして二人の時間は心地よく流れていった。